ひぐらしのなく頃に~神楽舞   作:晃晃

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第58話 ナース祭りはまだですか?

「おや、おでかけかい沙都子ちゃん」

 

隣の病室のおじいさんが声をかけてくるので、私は笑顔でお辞儀をした。

 

「ええ、鷹野さんと一緒にお散歩でしてよ」

 

「そうかい。今日はいいお天気だからね、気をつけていっておいで」

 

おじいさんは窓の外に広がる秋晴れの空を眺めて一句。

 

 

 

 微笑みて メイドと歩く 幼女かな

 

 

 

「うーん……何がおっしゃりたいのか、いまひとつ胸に伝わってきませんわね」

 

「そうかね……もっと精進せねばなぁ」

 

「頑張ってくださいまし。失礼しますわ」

 

もう一度ぺこりとお辞儀をしてその場を離れた。

 

おじいさんはなんでも監督からメイド俳句の担当者に選ばれたのだそうで、いつもメイドな俳句を考えているらしい。ちなみに季語はメイドだそうで、一応雛見沢メイド祭りが来年からは本格的な秋祭りになるそうだから、秋の季語なんだろうか。でも監督なら「秋には秋の、夏には夏の。春には春の、そして冬には冬のメイドがあるのです!」とか無茶を言いそうだ。

 

……オールマイティな季語とか、ありえませんわ。

 

階段を下りると、今日は休診日なのでからっぽの待合室にメイド服の鷹野さんが微笑みながら待っていた。

 

「お待たせしましたわ」

 

「いいのよ。さ、行きましょう?」

 

そう言って私の前にちょこんと揃えてくれたのは、新品の可愛らしい靴だった。

 

「あの、これは……」

 

「いいのよ、ちょっとしたプレゼント。お店で目に留まって、沙都子ちゃんに似合うかしらって思ったらつい買ってしまって……サイズはちゃんと合うから平気よ?」

 

ここへ運び込まれたときの粗末な靴はサイズが合わなくなっていたのに叔母に新しいのがなかなか買ってもらえなくて、窮屈な思いをしていたっけ。それからは……そう、この3ヶ月というもの、一度だって診療所の外に出たことがないのだから、下履きなんて必要がなかった。

 

ちらりと鷹野さんを見ると、うん?と当たり前のように微笑んでいて……遠慮する必要がないことを教えてくれる。

 

「……ありがとうございます、ですわ」

 

真新しい靴に足を通す。……サイズはぴったりだった。3ヶ月もの間、ほとんどつきっきりでお世話をしてくれて、いつも身体を拭いてくれたりお風呂にも入れてくれた鷹野さんが、私の身体のサイズを熟知しているのは当然のことだった。

 

……我知らず、泣きそうになる。

 

成長に合わせて靴を買ってもらえるなんて、普通の家庭に育った子ならきっと当たり前のこと。その当たり前のことに、私はこんなにも飢えていたんだなと思い知らされる。

 

「いいみたいね。でも、もし靴擦れするようだったらちゃんと言うのよ?……それじゃ、行きましょうか」

 

差し出される手を掴み、私はこっくりと頷いた。

 

「ええ……!」

 

鷹野さんと一緒に玄関を出るとき、ほんの一瞬緊張で足が止まりそうになったけど……手を包みこんでいる柔らかなぬくもりが、私に勇気をくれた。

 

何事もなくポーチにでた私は、思わず空を見上げる。

 

屋上に出たとき以来の、四角く囲われていない空。おひさまはぽかぽかと暖かくて、木々をかすかにざわめかせている風も肌に優しい程度。

 

……うん、平気。

 

誰も私を狙っていたりはしない。誰も隠れていたりもしない。もしもそんな人がいたら、圭一さんたちや村のみんなが黙っていないんだから……!

 

「……大丈夫?」

 

鷹野さんの気遣うような言葉に、私は笑顔を返す。

 

「ええ。もちろんですわ!」

 

それを確認して、鷹野さんも微笑み返してくれる。そのまま歩き出してから、鷹野さんは思い出したように言った。

 

「そうだ、私ったら……沙都子ちゃん、今日はどこか、行きたいところあるかしら?」

 

そういえば、どこに行くかさえも決めていなかった。

 

お散歩だからのんびり歩くことが目的といえばそうだけど、あてもなくぶらぶら歩くよりは行きたいところがあればそこへ向かうほうがいい。

 

「そうですわね……裏山のメンテナンスはしておきたいですけれど、今日でなくても構いませんし……あ、羽入さんたちに会いに行きたいですわ!」

 

「あら、いいわね。……梨花ちゃんと圭一さんは、東京に行ってるんだったかしら」

 

「ええ。羽入さんはきっとこの時間ならお家にいらっしゃるはずですわ」

 

「決まりね。行きましょう」

 

目的地が決まった私たちは、手をつなぎながらのんびりと神社を目指した。診療所から神社はそれほど離れていないので、とりとめのないおしゃべりをしながら十数分も歩けばすぐだった。

 

「そういえば、鷹野さん。今日は、富竹さんはよろしいんですの?」

 

「ふふ、ジロウさんなら一昨日東京へ帰ったわ。今回撮影した写真はアルバムにして残していってくれたから、お散歩から帰ったら一緒に見ましょうか」

 

休みの日のデートを潰してまで私の散歩に付き合ってもらったのでは申し訳ないと思ったけれど、富竹さんがもう雛見沢にいないなら余計なお世話だったかもしれない。

 

「ふふふ、半分は野鳥じゃなくてメイド祭りのときの写真だったけどね」

 

「あのときはずーっと富竹フラッシュ!してましたものね」

 

でも泣きながら、『撮ってるうちにメイドさんもいいかなって思い始めてきちゃった僕がいるんだよ、助けてよKぇい! ナース祭りは、ナース祭りはまだぁあ!?』と喚いていたのは意味不明だった。

 

道すがら畑にでているお年寄りに会うこともあったけれど、みんな優しく声をかけて、手を振ってくれた。あれから診療所には何通も、私あてに村の人たちから謝罪と励ましの言葉が並んだ心のこもった手紙が届けられていた。

 

いつも何度か声をかけないと無視したお肉屋さんも、お釣りを乱暴に投げ渡してきた八百屋さんも、心から後悔しているのがわかって……すこし、泣けてしまった。

 

神社の石段を上がるのはここ数ヶ月あまり歩いていなかった私にはすこし疲れる作業だったけど、鷹野さんはゆっくりと私に合わせてくれたからちっとも苦痛ではなかった。

 

「あぅ、沙都子!」

 

境内に出ると、お掃除をしていたらしく箒を手にした羽入さんがこちらに気づいてぱたぱたと近寄ってくる。

 

「こんにちはですわ、羽入さん」

 

「こんにちはです、沙都子。それに鷹野も。お散歩するというのは今日だったのですね」

 

私たちは学校で会うときみたいに頭を下げ合って、鷹野さんもその様子にくすくす笑いながらもお辞儀をする。

 

「久しぶりのお散歩はどうなのですか、沙都子」

 

にこにこしながら尋ねてくる羽入さんは、なぜだか以前の梨花を思い出させた。

 

この間の梨花は私に馴染みのない顔をみせてくれた。羽入さんや圭一さんに話しかけるときにだけそれを覗かせていたあちらの顔が飾らない梨花の本心なら、それを本人さえ気づかぬうちに私に向けてくれたことは喜んでいいのだと思う。

 

「ええ、とっても気分がいいですわ。自分でも何を怖がっていたのかさっぱりですもの」

 

「それはなによりなのです、あぅ♪」

 

そう言って羽入さんは仰ぎ見るように本殿を見つめて、

 

「……オヤシロさまも、村の子が元気になってお喜びだと思うのです。沙都子」

 

ふわりと、シュークリームみたいに甘い笑顔で振り返る。

 

「オヤシロさまはみんな仲良くしなさいっていつも言っている、それは優しい神様です。だから、沙都子が笑顔でいてくれたら、きっともっと喜んでくれるのですよ」

 

思わず私のほうも笑顔になってしまう。

 

だって、羽入さんの口ぶりは優しさにあふれていて……まるで、彼女自身が神様みたいだったから。羽入さんのこの笑顔こそが、私たちを見守ってくれているみたいに。

 

「ええ。……でも、オヤシロさまも時々意地悪ですのね」

 

「あぅ?」

 

「羽入さんが梨花と圭一さんに手洗いされているときには守ってくださらなかったんでしょう?」

 

「……あぅうッ!?」

 

一瞬にして真っ赤になって、涙目で私を見つめてくる羽入さん。

 

「そ、そうなのです。あのような極悪非道の輩をのさばらせておくなんて、神様の風上にもおけないのですよ。あぅあぅ、僕はこの不手際、神の失態を強く抗議するのです!」

 

お賽銭箱の前でぶつぶつと神様に恨み言を言い始めた羽入さんの様子に私と鷹野さんは苦笑しながら首を傾げ、次の目的地へと向かった。

 

「オヤシロさまって、祟りや怖い伝説ばかりが目立ちますけど、ほんとうは優しい神様なんですのね……」

 

そう言ってから、怖い話が大好きな鷹野さんに振るべき話題じゃなかったかなと思った。

 

「……そうね。当時の風習や、鬼の棲む村だと言われて差別されていたからこそ恐れられる側面も持ってしまったけれど、人と鬼との間にさえ絆を結ぼうとした、とっても優しい神様……羽入ちゃんが言うなら、沙都子ちゃんを見守っていてくれたのも本当かもしれないって思えるわね。うふふ、それなら私も今度お供えをしないといけないわね」

 

見上げた鷹野さんは、とても柔らかく笑っていた。

 

以前と別人……というわけではないのだろうけれど、なんだか物の考え方までが優しくなっている気がする。これも監督やにーにーが言うところのメイド効果なんだろうか。

 

「あっ、沙都子ちゃーん!」

 

「はろろ~ん、鷹野さんもご一緒ですか」

 

裏山を抜けて訪れたダム現場にはレナさんと魅音さんがいて、私たちを見つけると手を振ってくれた。

 

「はぅ、沙都子ちゃん。元気になってよかったよ~。鷹野さんも、いつもありがとうございます!」

 

「ほんと、これで我が部のトラップマスターもようやく復活だね。雛見沢に北条沙都子あり!ってとこを見せつけないとね~」

 

抱きしめてくるレナさん、頭を撫でてくれる魅音さん。いつでも優しく見守ってくれて、いつだって私の味方をしてくれた私の大事なねーねーたち。

 

圭一さんや梨花も含めて、つくづく私は『仲間』というものに恵まれているのだと思う。

 

残念なことににーにー以外の『家族』にはあまり恵まれていたとはいえないけど、最後のお父さんや、お母さんにはもっと私のほうが心を開いていればいい関係も築けたのではないかという後悔もある。……でも、二人のためにもいまの優しい雛見沢で、仲間に囲まれながら頑張っていかなくちゃって思う。

 

「今日はレナさんの宝探しですの?」

 

「えへへ、今日のは違うんだよ。魅ぃちゃんに知恵を借りてね、圭一くんとの練習用の仕掛けを作ってるの!」

 

そう言ってレナさんは図面を広げてくれた。このゴミ山のゴミの配置を正確に写し取ったもので、そこにいくつかの印がついている。その位置と、記号から意味するところはすぐに想像がついた。

 

「……これは、ある意味トラップみたいなものですのね」

 

「そうだね、踏み込んだ位置によって、仕掛けたものが飛んできたり倒れてきたりする仕掛け。四方八方から攻撃を受けたときに対処する訓練をするためのものだね」

 

もともとトラップそのものの基本を私に教えてくれたのは魅音さんだから、レナさんにアドバイスを頼まれるのも頷ける。

 

「面白いですわね。……すこし、見せていただいて構いませんかしら」

 

「うん、いいよ☆」

 

私は15分ばかり仕掛けを見てまわったあとで、3人のところへ戻った。

 

「沙都子ちゃん、転んだりしなかったかしら?」

 

心配していたらしい鷹野さんがそう言ってくれるけど、私は笑顔を返す。

 

「ええ、わたくしも雛見沢っ子ですもの、平気ですわ。それに、たまには頭の体操も悪くありませんわね」

 

「え?」

 

ひょい、と手を伸ばして、魅音さんの背中を軽く押した。

 

不安定な足場だったため、よろめいた魅音さんの頭めがけて、ゴミの山の向こうからバケツが飛んでくる。

 

「なっ!?」

 

慌ててそれをよけたところへ、今度は背中から物干し竿が振り下ろされた。

 

「なになになに!?」

 

なんとかかわした魅音さんに、今度は空気圧で打ち出された空き缶が3つ、まっすぐに飛来する。

 

「っわぁ!?」

 

避けた先の足場が崩れて落とし穴となり、同時にその底に張られていたネットが絡みつき……巻き上げられていくワイヤーがネットを空中へと吊り上げた。

 

「……な、なによこれ~!?」

 

クレーンのような仕掛けで網にとらえられたまま空中でもがく魅音さん。

 

「ほほほ、少々コンボの甘いところを手直しして差し上げましたわ。圭一さんの泣きっ面が目に浮かぶようですわー!」

 

「さ、さすが沙都子ちゃんだね。だね……」

 

「レナぁ~、感心してないで助けてぇ~!」

 

「……涙目の魅ぃちゃん、かぁいいよ~☆」

 

「ひぃぃぃぃ、かぁいいモードは勘弁!?」

 

大騒ぎする二人をその場に残して、私と鷹野さんはくすくす笑いながら立ち去った。

 

「レナちゃんと圭一さんはあの仕掛けで何をしようとしているの? あんまり危ない遊びはどうかと思うけど……」

 

すこし心配そうな鷹野さんだったけど、

 

「よくは知りませんけど、圭一さんはもっと強くなりたいそうですわ。部活メンバーの中ではレナさんが一番強いから、教えを乞うているのだとか……もっとたよりがいのある殿方になられるのは、わたくしとしても大歓迎ですわ!」

 

鷹野さんはころころと笑って、

 

「あら、圭一さんはいまでも十分たよりがいがあると思うけど。ジロウさんや入江先生に見習ってほしいくらい」

 

言われてみればそのとおり、はっきり言って雛見沢で圭一さんよりもたよりになる男の人なんて見あたらない。

 

「そ……それでも、まだまだですわよー!」

 

「ふふふ、そうね。圭一さんはみんなの、それに沙都子ちゃんのヒーローですものね」

 

なぜか顔が赤くなるのがわかった。

 

「べ、別にわたくしは圭一さんなんてどうでもいいんですのよ。それは、いろいろと感謝することはありますけれど……た、鷹野さんだって、ずいぶん圭一さんにご執心じゃありませんの!?」

 

反撃したら、意表をつかれたような顔をしてすこし考える鷹野さん。

 

「……そ、そうね。あの子には不思議と惹きつけられるなにかがあるわね。無性によりかかりたくなるというか……、おかしなフェロモンでも出しているのかも。ふふふ」

 

鷹野さんの言うことはいまひとつ理解できなかったけど、……ええと。どうして鷹野さんがそんなに顔を赤らめているのか、お聞きしてもよろしいのかしら。

 

圭一さんはそのとんでもない行動力と予想外の言動で、味方を作り出す天才なのかもしれないけど、同時に女性を無闇に惹きつけるのはなにか間違った才能だと思う。

 

……私のは純粋な感謝だと思いたいけど。

 

それから村の中を横切るようにして診療所へ戻ってきたところで……、私は足を止めるしかなかった。

 

診療所のポーチに、信じたくない光景があったから。

 

「……沙都子、どこ行っとったんね」

 

吸いかけの煙草を地面で揉み消して、立ち上がるのは……北条鉄平。叔父だった。

 

「お、叔父様……っ!?」

 

「なぁんね、まだ入院中だっちゅうから来てみたんに、ぴんぴんしとるのぉ……、じゃあったらさっさと家に帰って、メシのひとつも作らんかい、ボケがぁ!」

 

毒づきながらまっすぐにこちらへ向かってくる。

 

私は身がすくんで動けなかったけれど、さっと割って入ったのは鷹野さんだった。

 

「沙都子ちゃんは当診療所で療養中です。まだ退院の許可は出せませんわ」

 

「はぁあ? 何寝ぼけたこと言うとるん、親が帰ってこい言うとるんよ、医者が何をぬかそうが知ったこっちゃあないんね!」

 

そう言って平手を振りかぶり、

 

「や、やめッ……!」

 

鷹野さんを叩こうとした次の瞬間には、腕をひねり上げられて地面に叩きつけられていた。

 

「ぐがッ……!? な、なにしやぁがる!」

 

さっと私を後ろにかばいながら距離をとる鷹野さん。

 

「いいかげんになさってください。診療所の立場はもうお伝えしました。これ以上横暴な振る舞いをされるなら、私たちにも考えがあります!」

 

緊張した声でそう告げる鷹野さんに、立ち上がった叔父は据えた目つきを向ける。

 

「このわしに喧嘩売ろうっちゅうんかいね。上等こくなぁ、このアマぁああ!」

 

突っ込んできた叔父が拳を振るう。よく見てかわそうとした鷹野さんが、

 

「あッ!?」

 

悲鳴をあげて顔を押さえる。……砂だ。叔父は倒れたときに掴んだ砂で、目つぶしを仕掛けたのだ。

 

「これが喧嘩っちゅうもんじゃ、ごらぁあッ!」

 

たちまち蹴り飛ばされ、鷹野さんが地面に転がる。

 

「きゃあっ!?」

 

叔父は間髪いれず引きずりおこそうと駆け寄ったけど、私は両手を広げてその前に立った。

 

「どかんね、沙都子ッ!」

 

びりびりと空気が震える。

 

……叔父の迫力、その暴力を背景にした威圧感は3ヶ月前と変わらない。

 

なのに、……頭の配線がどうかしてしまったのだろうか、それとも圭一さんたちの悪い病気でも感染してしまったのか、私を痺れさせるような恐怖は数分の一しかなかった。

 

「……どきませんわ! 鷹野さんに乱暴なさるなら、この私が相手ですわよ!」

 

「親になんちゅう口効いとるん、このダラズがッ!」

 

ばぁん、怒号とともに弾けるような音。

 

頬に身体が浮くほどの衝撃を受けたけれど、落ちそうになる膝に力をこめる。口の中に広がる血の味も、私の心を挫くことはできない。

 

きっと顔をあげて、もう一度両手を広げた。

 

「いい機会だから言ってあげますわ、……あんたなんかに、親を名乗る資格があるもんかッ! おとといいらっしゃいまし、このちんぴらッ!」

 

私の背後には鷹野さんが、そして羽入さんが、レナさんや魅音さん、梨花や圭一さん、にーにー……この勇気を教えてくれたみんながいる。村の人たちだって、私のために勇気を振り絞ってくれた。だから……絶対に退かない!

 

「なぁにぬかすッ!」

 

蹴り足にしがみつき、頭に何発も拳骨を落とされても、私は怯まない。

 

引き剥がそうと顔に手を押しつけられたから、指を狙って噛みついてやった。

 

「がぁあ、何さらすんねこのガキぃッ!」

 

ばん、ばん、と両頬に強い衝撃が襲いかかる。それで顔が浮いたところで引き剥がされてしまい、両手で頭を押さえつけられて顔面に膝を叩きつけられる。

 

「ぎぁ……っ!」

 

それで私は地面に転がってしまった。

 

まずい……まだ意志は挫けてなんかいないのに、身体がもう動かない。

 

「胸糞悪ぃんね、もう一度きっちり躾してやるわぁ……!」

 

でもいいんだ、これで怒りの矛先は完全に私に向いた。鷹野さんは無事でいるはず……。

 

「クックッ、沙都子。さっきの女ぁ、お前がやられてる間に逃げよったん。えっらそうなこと言うとったわりに、冷たい女じゃのぉ~!?」

 

はっとして見れば、そこに既に鷹野さんの姿はなかった。

 

……だけど、平気。

 

私は信じてる。鷹野さんが、私を見捨てて自分だけ逃げ出すような人ではないって信じてる。だって、そんな人に……あんな優しい笑顔は、似合わないってちゃんと知ってる。だから……もう一度、叔父を睨みつけた。

 

「おらぁ、家に帰って一から躾なおしてやるん……うっ!?」

 

こちらに手を伸ばそうとした叔父の顔面に、バッグが叩きつけられた。

 

振り返ると、息を切らしながら玄関に鷹野さんが立っていた。バッグは、彼女が投げつけたものらしかった。

 

「あぁん……? 懲りんやっちゃあのぅ!」

 

叔父と対峙しても、鷹野さんは一歩も怯まない。凛とした目を向けていた。

 

「……それを持って、さっさと村を出ていきなさい!」

 

「何言うとるん……、うん?」

 

足元のバッグの口が開いて、そこに札束が転がっているのをみて叔父が動きを止める。

 

「こりゃあ……、うぉ!?」

 

その顔面を、鷹野さんの手にした傘の一撃が見舞った。

 

「沙都子ちゃんのお返しよ! やぁあ! たぁッ!」

 

両手で傘を構えた鷹野さんは、容赦なくそれを振り回し、叔父の身体をばしん、ばしんと打ち据える。剣道かなにかの経験者なのだろうか、その動きは鋭く速くて、叔父も傘の先端を捕まえようとするのだけど、全くついていけていなかった。

 

「が、ぐ……ッ!」

 

圧倒されるように後じさった叔父の目の前に、突き出される鋭い先端。

 

それは喉仏の1センチばかり前で止まっていた。

 

いまにも喉を食い破らんとするその切っ先に、叔父が硬直していた。

 

すっと目を細くした鷹野さんが、低い声で言い放つ。

 

「それを持ってさっさと出ていきなさい。後日、弁護士から連絡がいきます。……今後、私の大切なこの子に近づいたら……絶対に、許さないッ!」

 

その言葉にはもはや、今度は殺すと言っているのと同じ響きがこめられていた。

 

「……ヒ、わ、わかった! 堪忍してぇや!」

 

叔父はそれでもバッグとこぼれた札束を拾い上げると、それを抱きしめるようにしてほうほうの体でその場を逃げ出していった。

 

その背中が見えなくなるまで睨みつけていた鷹野さんが、傘を取り落としてふらりと膝を落とす。……さっきまで、膝も肩も震えていた。必死で怖いのを押し殺していたのだろう。

 

そしてそんな状態だというのに、彼女はすぐに気を取り直して私のほうへ向き直ると、駆け寄ってきて抱きしめてくれた。

 

「ごめんね沙都子ちゃん、ひとりにしてごめんなさい! こんなに怪我して……痛かったわよね、怖かったわね……あぁあ、私、私……こんなことしか、できなくてっ……! 怖かったの、昔を思い出して……あなたが昔の私と同じに見えてしまって……!」

 

ぎゅっと私を抱きしめてぼろぼろと涙をこぼす鷹野さんは、いつかのにーにーと同じように私に謝ってくれていた。それは……きっと、にーにーたちにも負けないくらい、私に向けてくれた愛情なんだとわかって、私も鷹野さんの身体に腕を回した。

 

「ありがとう……、ありがとうございますっ……! 私、わたしっ……鷹野さんのこと、大好きですのよっ!」

 

「……ありがとう、沙都子ちゃん。あなたも、私を守ってくれて……嬉しかった。私も……沙都子ちゃんのこと、大好きだからね……!」

 

私たちはそれから、奥からばたばたとやってきた監督が見つけるまで、抱き合ったまま二人で泣きじゃくっていた。

 

この人は、にーにーや魅音さんや圭一さんたちに負けないくらいの……大切なひと。

 

私の新しい、本当の家族になってくれる人なんだと……この日、確信した。




新たに、同時期に掲載された時明かし(圭一×レナ)も投稿しました。是非、ご一読を。

https://syosetu.org/novel/417958/
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