歓迎会と梨花の快気祝いを兼ねた、いつもよりもちょっとだけ豪華な晩御飯を済ませてから3人で生活するための決まりごとを話し合った。
といっても、そう決めることは多くない。
圭一はお料理はもちろん家事全般をしたことがないらしいので、家の中のことはこれまでどおり僕と梨花で主にこなす。圭一にはお掃除の当番やお買い物の荷物持ち、その他力仕事全般ということで納得してもらった。
「でも、それだけじゃなんだか悪いな。なんなら俺も、料理当番をもっても……」
「ボクたちのお家を火事にされてはたまらないのでノーサンキューですよ☆」
なにか確信めいた笑顔で却下する梨花だった。
「ぐっ……いくらなんでも、そこまで酷くはないぞ」
圭一の抵抗もどこ吹く風で、「ぼーぼーでうーうーなのです♪」と取り付くしまもない。
とりあえず、防災倉庫が火事になるのは笑い話にもならないような気もするので、いつも妙に勘のいい梨花の意見には賛成しておくことにする。
「それより圭一はとても頭がいいそうなので、ボクたちのお勉強を見てくれるほうがよほど役に立つのですよ」
「それって生活面では役立たずだって言われてるような気が……」
「あぅ……たぶん気のせいじゃないのです」
と言ったら圭一がずーんと落ち込んでしまった。
「り、梨花~、言いすぎなのです!」
「とどめをさしたのは羽入でしょ!」
ちゃぶ台をはさんで姉妹喧嘩になりかけたところを、当の圭一に止められたり。
あとは細々とした取り決め。
寝るときはいつもどおりにちゃぶ台を片付けてお布団を敷くけれど三組敷くだけのスペースがなさそうだったので、圭一は遠慮して台所や押入れでもいいと言い出した。さすがにそれはかわいそうだから、僕と梨花が一緒のお布団で寝ることにした。
その一方で僕は圭一との間についたてを置きたいと主張したけれど、ちょうどいいものが見当たらない上、余計に窮屈に感じると梨花が却下した。
圭一の家は裕福なのか、わりと多めの仕送りをしてくれるそうで、そのうち何割かを生活費として入れてもらうことも、圭一のほうから申し出てくれた。
そのあとは、宿題をすこし見てもらってお開きとなった。
平気なようでも片目を塞がれた状態で歩き回るのは無意識に疲れが溜まるものらしく、梨花はお風呂をすませると早々に床についてしまった。
「おやすみなさいです……zzz」
……梨花、どう見てもお布団を占有してるけど僕が横で寝ること忘れてないですよね?
で、残された僕たちはといえば。
「………………」
「………………」
なんとなく、沈黙。
気まずいというわけでもないけれど六畳一間の悲しさ、寝ている梨花を前にして遠慮なく歓談するというのもどうかと思う。
しばしの間があって、圭一が口を開いた。
「えぇと、羽入ちゃん……お風呂は?」
「あぅ、僕はですね。ちょっとお散歩にいきますので、圭一がお先にどうぞ」
僕の習慣というか、楽しみのひとつがお散歩だった。
隅から隅まで知り尽くして自分の庭のような雛見沢だけど、気まぐれに歩き回るのは楽しい。本当は誰かの後ろについていくともっと楽しいような気もするけど、それはなにか未来的な意味で犯罪の匂いがするので一人で歩くことになる。昼間は畑仕事をしているお年寄りに拝まれてしまうので、皆の邪魔をしないようにたいていは夜中か早朝。
「え、この時間に散歩って……危なくないか?」
それは村人にもよく言われる。
実際のところは山狗が陰ながら護衛してくれているので至極安全だし、僕自身の希望とは反対に後をつけられているわけだけど……慣れればそんなに気にならなくなる。
「……雛見沢は田舎ですから、平気ですよ」
もちろん圭一に山狗の警護を明かすわけにはいかないから当たり障りの無い理由を返す。でも、
「じゃ、俺も一緒に行っていいか? 村の中も歩いてみたいしさ」
圭一はそう言ってくれた。当たり障りの無い口実をつけてきたのは向こうも同じで、心配してくれているのがわかる。
……優しい子なんだ、と実感した。彼や悟史が例外なだけで、このくらいの歳の男の子でそれほど相手を気遣える子は少ないはずだ。
「いいですよ。案内してあげますです」
こちらも微笑んで返し、軽く上着を羽織って二人で防災倉庫を出る。
「圭一、これお願いしますです」
「おう」
僕の渡した懐中電灯を片手に、圭一が隣に並ぶ。雛見沢は街灯がまばらにしかないので、夜道で油断すると田んぼに足をとられたり小川に頭から突っ込んだり沙都子のトラップの餌食になったりする……あぅ、最後のは街灯関係ないような気もしますが。
あと、別に僕の経験から言ってるわけではないので、田んぼにはまった僕や濡れねずみの僕を想像するのはやめてくださいです。もちろん逆さ吊りのまま朝まで泣きながら助けを呼んでいたことなんかありませんですよ、あぅう……。
「ここの神社って、古手神社って言うんだよな?」
表にまわって境内に出ると、圭一が本殿を見上げながら尋ねてくる。
「そうですよ。古手家は代々この神社を守ってきたのです」
「ふーん……立派な神社だよな。なんの神様を祀ってるんだ?」
「はい、オヤシロ様というそれはそれはありがたい雛見沢の守り神様なのです」
圭一は口の中でオヤシロさまねぇ、と復唱してから僕を見る。
「……で、なんのご利益があるんだ? ほら、神様って商売繁盛とか学業成就とか、専門分野みたいのがあるじゃないか」
「あぅ……、強いて言えば縁結びが得意でしょうか」
「縁結び……ふーん」
ぴんと来ないという顔つきだった。
オヤシロ様が縁結びの神様とされるのは、もとは鬼と人との間を取り持つ役割をもっていたからなのだけれど、女の子にこれを言うとたとえ低学年の子でも一気に色めき立つ。
でも男の子の反応はたいていこんなものだ。
「ま、いまさら学業成就なんて意味ないか……」
呟いて、興味をなくしたように肩をすくめる。
「そういえば、圭一は勉強教えるの上手でしたね」
「ん、そうか? 人に教えたことってないからよくわからないな」
境内を横切って石段を降りて、のんびりといつもの通学路を歩く。
「雛見沢は、どうですか?」
「ん? まだよくわからないけど……そうだな、空気がうまいよな」
都会から来た人はたいていそう言うけど、空気に味なんてあるのだろうか。
あるなら、甘~いクリーム味にしてほしい。
……今度、オヤシロ様にお願いしてみようかな。
「あと……そうだな、山に囲まれてるから空は狭いけど、星の数が断然多いよ」
言いながら、夜空を仰ぎ見る。
「東京の空は、星が少ないのですか?」
圭一はうなずいて、
「空気も悪いし、街の灯りが多すぎてこんなには見えないぜ。つくづく、世界が違うな」
「あぅ、圭一っ!」
上を見ているものだから、田んぼのほうに落ちそうになる圭一を慌てて引き戻す。
「っとと、悪い」
バランスを崩した圭一が僕に覆い被さるような態勢になって、……まるで抱きしめられてるみたいで、すこしどきどきする。
「あ、あぅあぅあぅ……!」
思わずぱっと振り払ってしまって、ちょっと後悔。
「ごめんな、羽入ちゃん」
ばつが悪そうに謝る圭一。
……でもばつが悪いのはこっちも同じなので、強引に話題を転換することにした。
「け、圭一、僕のことは呼び捨てで構いませんよ?……しばらくの間とはいえ、僕たちは一緒に暮らす家族なのですから」
「あ、あぁ。そうだよな……えーと、羽入、でいいか」
「はい!」
じっと見つめられて、なんだか落ち着かない気分になる。
そわそわしながら、つい上目遣いで圭一を見てしまう。
「……羽入、ひとつだけ聞いていいか」
「あぅ?……な、なんですか」
瞬時に、脳内に想定問答集を16ページばかり書き記してしまう。
「いや、その……角みたいの、カチューシャとかそんなもんなのか?」
「角、ですか?」
想定問答集には入ってない質問だった。
「圭一は生えてないのですか?」
思わず質問を質問で返してしまう。
「生えて……え、本物?」
「もちろんです。僕はそんなまがいもので大人ぶって背伸びなんかしないのですよ。確かに、年の割には立派だとよく言われるのですが……」
と頬を染めながら言ってみる。
「え、え……そ、それ、このへんの子には、みんな生えるもんなの?」
「個人差はありますですよ。梨花はまだお子様なのでぺったんこです」
圭一の顔は『愕然』というお題をつけて額に入れて飾っておきたいほどのものだった。
思わず、こらえきれずに噴きだしてしまう。
「あはははは、冗談、冗談ですよ圭一!」
「……い!?」
僕はほとんど雛見沢をでることはないし、雛見沢の人なら僕にそんなことを尋ねる人はいないからついからかってしまった。
「な、なんだ冗談か……案外人が悪いな、羽入」
「ごめんなさいです。……でも、僕のこれは本物なのですよ」
圭一に、僕がオヤシロ様の生まれ変わりだと言われていることを説明する。
「この髪と角は、そのしるしだって言われているのです。変ですよね……?」
たまに興宮で妙な目で見られることもあるから、そのへんは覚悟していた。
「……うーん、変っていうか、個性的だよな。不思議と違和感ないし、親父ならそれは立派な萌えポイントだって言いそうだぜ」
「萌え?」
……あぅ、なぜか入江の口から同じような単語を聞いたことがあるような気が。
圭一の父様は、入江と同類なのでしょうか。
「それにな、羽入。角付きは男のロマンだぜ!」
なにかこの人、おかしなこと言い出した。
「……あぅ。僕はシャア専用じゃないのです」
「いや、色のイメージ的にはザクよりもむしろ……ギャン?」
「マっ!?」
な、なんて失礼なことを言うのですか圭一は!?
「ぼ、僕はあんな、頭が壺で、盾としてはとても使えそうにない盾を持った不思議系モビルスーツなんかじゃないのです!」
「なにを!? 乗ってるのは確かに変態だが、盾がなかったらビームサーベルしか武器がない、あのストイックなカッコよさがわからんのか貴様ぁ!」
……夜道でわけのわからない口論をしてしまった。
「うぅ……圭一は嫌いです。僕をいじめるのです」
「い、いや、いじめてないだろ」
「差別的発言があったのです。人の身体的特徴を悪く言うのは感心しないのです」
「悪く言ってないぞ。むしろ可愛いだろ、それ」
「あ、あぅ……!?」
自分で言うのもなんだけれど、この角は冷静に見るとだいぶグロテスクな気がする。
さすがに面と向かってバケモノ呼ばわりする人はいなかったものの、たいていの人はなるべくそこにふれないように目をそらす。
可愛いなんて言われたのは、はじめてだった。
「う、嘘だッ!」
「それキャラ違うし、嘘じゃないぞ。そりゃおっさんの頭にその角が生えてたら不気味だろうけど、可愛い女の子なら話は別だ。可愛さ余って萌えまくりだ!」
言っていることはよくわからないけど……本心からそう言ってくれていることはわかる。
「あ……あぅあぅ……」
男の子に面と向かって可愛いなんて言われるのも、……はじめてかもしれない。
意識してしまってはまずいのに。
今日からこの人とお布団を並べて寝るのだから!
街灯のない場所でよかった……赤くなった頬を見られなくてすんだ。
「あー……とりあえず、散歩はいいのか?」
ややあって、圭一が思い出したようにそう言った。
「……そ、そうでした。行きましょうです」
ぎくしゃくしながら散歩に戻り、山狗が遠巻きに見ていることを思い出して余計に恥ずかしくなったけれど、圭一はなにごともなかったかのように話しかけてきて、それに答えているうちに僕もだんだん落ち着いてきていた。
「お、神社に戻ったな」
石段の下まできて、圭一が言う。
「……はい。いつもは一人で歩いているので、楽しかったのです」
「そっか。じゃあ、これからも一緒に歩こうぜ」
二人きりで夜中のお散歩。
すこし、なにか、意味深な気が……。
「あぅ……圭一がそれでいいなら、構いませんです」
「?」
圭一はまったくそういう意識もなく頷いて見せただけだった。
……家に帰って先にお風呂をいただいて、圭一と交代したら梨花の隣に潜り込む。
しばらくして圭一があがってきて、部屋の電気を落とすと無言のまま隣のお布団に入っていった。
圭一におやすみを言っておけばよかった。
そんなことを思いながら、目を閉じて……。
「あぅあぅあぅ……」
なんだか、寝付けない夜だった。