ひぐらしのなく頃に~神楽舞   作:晃晃

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第61話 勝負を決めるはメイド魂

「紅組代表、古手羽入さん!」

 

「あ、あぅ!」

 

名前を呼ばれた羽入がてけてけと堅い動きで壇上へ上がっていく。途中でつまずきやしないかと、後ろで見ているこっちのほうがはらはらしてしまう。

 

普段ならクラスの代表は委員長である『魅音』というか私が務めるんだけど、あくまでもこれは小学校の運動会で、私たち年長組は助っ人としての参加。

 

小学校6年生は羽入のほかに興宮に通っている子で何人かはいるんだけど、その子たちもあくまで雛見沢の住人だから、大人たちにも一目置かれている羽入に代表を回すのは当然といえば当然だった。

 

……でも、登り切ってからなにもないところですっころんで、ぶつけたツノをこんこん叩いて「あぅあぅ、すこし右にずれてしまったのですぅ」とか言ってるのをみると代わってやればよかったかなと思わなくも……「あぅ、直りました!」……も、もしかしてあのツノ、頭蓋骨貫通してるわけ……ッ?

 

「羽入め。ドジっ子属性を自分のものにしてやがる」

 

「ええ。我が姉ながら、恐ろしい天然萌え少女!」

 

ゴールインの瞬間に鷹野さんを含めたパートナー全員に抱きつかれてもみくちゃにされて昇天寸前までいき、『神と対話してきたよ……』と妙に清々しい表情で臨死体験を語っていた圭ちゃんもすっかり正気に戻ったらしく、妹分とアホアホトークを楽しんでいた。

 

「あぅ……お待たせなのです」

 

羽入がようやくの思いで壇上に立ったのを見て重々しく頷き、優勝の賞状をばっと開いた校長先生が、文面を読み上げる。

 

「表彰状……優勝、紅組諸君! 諸君は紅蓮の炎のごとき闘魂を燃やし、血の華を咲かせてこの誇るべき勝利を勝ち取った。敗者の呪詛を心に刻め、非道と誹られなお胸を張れ、血塗られた拳を高く掲げよ、次なる戦に備えてその牙を研げ! そして何よりもこの言葉を贈ろう……“漢であれ”ッ! 雛見沢分校校長、海江田! 以上であるッ!」

 

……え、いまの、いつもの校長の訓辞じゃなくて、表彰状の文面?

 

「おおおお……珍しく長文だったな、校長」

 

「むぅ、万人向けにわかりやすくしたんじゃないかな?」

 

ちょ、悟史くん。いまのどこが万人向け?

 

「それにしても熱いぜ……なんだ、この魂の叫びはよ!」

 

「同感ね……ちょっとそのへんのバイクを、意味もなく蹴倒したい気分!」

 

我が分校の『漢』志願の連中は感動してるけど、私たち恋に生きる乙女にはまったく何がなにやらわからないんだけど……。

 

「いつものことですわ……梨花たちの住む謎の“漢”空間に引きずり込まれたくなかったら、何事もなかったかのようにスルーするのですわ」

 

沙都子はさすがに分校生活が長いので心得ているらしかった。

 

おっと、いけないいけない。魅音も慣れたもののはずなんだった。

 

「レナはすこしわかるかも。ようするに幸せになりたかったら、強くなって敵をやっつけるしかないってことだよね!」

 

梨花ちゃんがちちち、と指先を振ってみせる。

 

そして無意味に格好良く肩越しに振り向いてみせて、

 

「……まだまだ理解が浅いわレナ。理由は無用。まず殴って、話はそれからよ」

 

なんでそんな物騒なことをきらきらした夢見る瞳で言えるのでしょうかこの幼女は。

 

「はぅ……梨花ちゃんかぁいいけどレナ、やっぱりよくわかんないかも……!?」

 

うん、わからなくていい。わからなくていいよレナ。せめてあんたと沙都子だけはこっち側にいてほしい……!

 

と、ぎくしゃくしながら羽入が戻ってくる。そっか。この子もいたっけ。

 

「あぅあぅ、オヤシロさまが遠い世界から僕に告げるのです、雛見沢には次なる祭り、肉弾ひしめく“漢祭り”が必要だと……!」

 

な、なんか受信してるッ!?

 

羽入、お願い、帰ってきてぇぇぇぇぇ!?

 

「あ~、ちょっといいですかね」

 

片づけを済ませて雛見沢へ帰ろうとしていた私たちに声がかけられる。

 

振り向いた私はすぐにその意図を察して、沙都子を庇うように前に出た。

 

なぜなら声をかけてきたのは……沙都子にしつこく事情聴取を迫っていた興宮署の刑事、大石蔵人だったからだ。

 

誰にも文句のつけようがないくらいの沙都子復活をこの運動会でアピールしてしまったのだ、もはや言い訳はさせないというつもりだろう。

 

でも……私たちでさえあの夜になにがあったか沙都子に聞くことを躊躇っているというのに、いくら刑事だからといってそれが許せるだろうか?

 

「なんですか、大石さん。もう私たち、帰るところなんですけどね」

 

監督も硬い表情を見せている。……まだ復帰したばかりの沙都子に、彼の質問、いや尋問といってもいいそれがいい影響を及ぼすわけがないとわかっているのだ。

 

「あれま。すこしくらいはいいじゃあないですか~、んっふっふ。今日も大活躍だったんです、ヒーローインタビューみたいなものですよぅ?」

 

と言って大石は、のっそりと歩を進めて、沙都子の前を通り過ぎ……あれ?

 

圭ちゃんの肩に手を置いた。

 

「お久しぶりです、前原さん。いろいろとご活躍のようで……、お噂は聞いてますよぅ。んっふっふ、もう雛見沢の顔役ってとこですかねぇ~?」

 

「……そんな、たいしたもんじゃないです」

 

圭ちゃんも心なしか緊張しているところを見ると、この男に煮え湯を飲まされたことがあるのだろう。……狙いが圭ちゃんだったのは正直意外だが、こうなるともう私には祈ることしかできなかった。

 

「単刀直入にお聞きしますが……、前原さん」

 

大石の目が、鋭く細められる。

 

「あなた、バニーさんはお好きですか?」

 

沈黙。

 

私を含めておそらくその場の誰もが、時間が止まったかのような錯覚をおぼえて動きを止めてしまっていた。

 

「……はぁ?」

 

ようやくそう疑問の声を発するのが精一杯だというのに、大石はにこやかに続ける。

 

「あなたの尽力で、雛見沢にはメイド祭りなる新イベントがお目見えしたというじゃないですか。ええ、メイドさん実に結構。いいですよねぇ。ですがね、我々のようにバニーさんやナースさんを好む者もいるということを……知っておいていただきたいんですよ」

 

にやりと笑みを浮かべる大石の背後から、ぬっと現れたのは……富竹のおじさまだった。

 

「K……これ以上メイドによる支配と専横を許すわけにはいかない。取り戻してみせるよ……僕のナースさんを!」

 

眼鏡の奥の目が細められ……圭ちゃんを鋭く射抜いていた。

 

ひとつ、言っていい?

 

……なにこのアホアホ展開。

 

「ジロウさん、いつこちらに?」

 

鷹野さんが不思議そうに首をかしげる。

 

「ああ、連絡もなしにすまない。今日一日、見せてもらったよ……鷹野さん。君の、僕にはなかなか見せてくれないその笑顔を」

 

富竹のおじさまは、沈痛そうに手にしたカメラを握りしめた。

 

「ってあなた、小学生の体操着姿をあんまりバシャバシャ撮ってたから、うちの署に通報がきたんでしょうが。さっきまで、私の車でお話聞かせていただいてたの、ひょっとしてお忘れですかぁ?」

 

大石が指摘すると、富竹のおじさまは恥ずかしそうに頭を掻いた。

 

「あっはっは、バレちゃしょうがないなぁ……。嫌な事件だったね」

 

「えぇ、本当に……!」

 

あの優しさあふれるメイド鷹野さんすら引かせるとは、おじさまも顔のわりになかなかのやり手だ。

 

「でも、鷹野さん。君にはもうそろそろ目を覚ましてほしいんだ……ナースの素晴らしさを、ミニスカナースの神々しさを思い出してほしい!」

 

と、そこへ監督が割り込んだ。

 

「待ってください富竹さん、いやトミー! あなたは我々の同志のはずだ、ナースとメイド、その両方を兼ね備えた我らが女神、メイド鷹野さんを望んだ魂の同志!」

 

両手を広げて高らかに叫ぶ監督、でも富竹のおじさまは苦しげに首を振った。

 

「もう……駄目なんだよ、イリー。ここにいるのは僕の知っているナースの鷹野さんじゃない。どこからどうみても、メイドさんでしかないんだ!」

 

言われて皆の視線が鷹野さんへと注がれる。

 

……まあ、普通に見て、ナースさんには見えないよね。

 

「ジロウさん、よくわからないけれど……ナースであろうがメイドであろうが、私は私よ。そうじゃないの?」

 

鷹野さんが小首を傾げながらそう言うけど、監督と富竹のおじさまが同時に叫ぶ。

 

「違うッ!」

 

二人はらんらんと目を輝かせて、自らの信念を謳いあげる。

 

「メイドさんとは、個人である前にメイドという名の唯一至高の存在なのです! メイドであるからこそ、その気高い魂は光り輝く……ああ、これぞ地上における絶対の美ッ!」

 

「ナースさんへの僕の信念は、揺るぎのない愛なんだ! だから僕のこの溢れる愛ゆえに鷹野さんにはナースさんであって欲しい! そう、神聖不可侵の愛がそこにあるのさ!」

 

そこへ大石までもが足を踏み入れる。

 

「そうはさせませんよ……。鷹野さん、あなたほどの女性はバニーさんであるべきです。なぜならバニーさんこそが男の魂の還るべき場所、癒しの天使の究極形だからですッ!」

 

ばちばちと3人の間で熱い火花が散り、譲れない信念がぶつかり合っていた。

 

えぇと……たぶん、これはこの場のほとんどの人が共通して内心でツッコミいれてると思うんだけど、言ってもいいのかな……。

 

「いい年した大人がアホなことで張り合ってないで仕事しろですわー!?」

 

……さすが沙都子、言い切った。

 

見れば女性陣は、全員が例外なく『グッジョブ』と沙都子に親指を立てていた。

 

どちらかといえば彼ら寄りの感覚をもつはずのレナでさえも呆れてるんだから、まさしくどうしようもない対決だった。

 

「待つんだ沙都子。これはね、女の子にはわからないかもしれないけど、正念場って奴なんだよ。この崇高な戦いを誰にも止めることなどできない、決着を決められるのは、いつだって彼ら自身だけなんだ……!」

 

涙を流しながら妹を止めるのは悟史くんだった。

 

こ、これが変態同士のシンパシーってやつなのかな……?

 

そう思って恐る恐る圭ちゃんを見ると、……おや?

 

「……あんたら、何アホなこと言ってんだ」

 

深々とため息をついて、やる気のなさそうな顔をしていた。

 

ざわ……、ざわ……、とその場が一時騒然となる。

 

雛見沢における変態の第一人者、圭ちゃんがこの大一番に同調しない……それは、ある意味ショックな出来事だった。

 

「な、何を言うんですK。あなたはメイド鷹野さんを失ってもいいというんですか!?」

 

「聞き捨てならないなK。鷹野さんは本来ナースさんであるべきだよ。違うのかい!?」

 

「前原さん……いえ、Kと呼ばせていただきます。バニー鷹野さんが見たくないと!?」

 

三人が詰め寄るけど、圭ちゃんはそれを見回して悲しそうに首を振った。

 

そして鷹野さんのほうへと歩み寄り、そっと髪を撫でる。鷹野さんがわずかに頬を染めて、おとなしくなすがままになっているのが以前の彼女を知っているとすこし不気味だ。

 

「……イリー、トミー、そしてクラウド。俺もあえてこう呼ばせてもらうが……お前たちは、ひとつ大きな間違いをしている。萌えとは……その属性を愛するんじゃない、属性をまとったその人の美しさ、愛らしさをこそ愛でるものだ!」

 

「なっ……!?」

 

監督と富竹のおじさまの眼鏡が粉々に砕け散り、大石が両手で頭を抱える。

 

「鷹野さんの言ったとおりさ。ナースであろうが、メイドであろうが、はたまたバニーであろうが、鷹野さんは鷹野さんだ。彼女がどの属性を纏っても、それが鷹野さんであることに代わりは無い。彼女の内面からにじみ出る慈しみと優しさ、時折みせる子供のように無垢な笑顔、そしてその隠し切れない妖艶なスタイル……そこにナースやメイドやバニーが付加されて魅力が増すことはあっても、それらがないからといって鷹野さんの価値が減ずることなんて全くない! わかるか……!?」

 

ばっと大きく手を広げて、まるで福音のように叫ぶ。

 

「同志たちよ、知るがいい。その炎燃える胸に刻むがいい。……萌えとは、諍い争うためのものにあらず! その人が纏う属性を素直に受け止め、その人自身に心震わせること、それこそが萌えの道と知れ……!」

 

三人が、いや悟史くんまでがその場に膝まづく。

 

いやいや残っていた富田くんや岡村くん、クラスの男子たちや村の男衆、後ろのほうではさりげなく葛西までが平伏していた。

 

圭ちゃんはまるで聖者のように清らかな瞳で空を見つめて呟いていた。

 

「たとえば彼女が合意の上でコスプレしてくれたからといって、それだけでは萌えぬもの。真に萌えたいならば、まず彼女に布教しろ。そのキャラや属性に心から萌えさせろ。そして心の底から、楽しんでコスプレしてくれるのを待つのだ。それができないのなら彼女を愛しているのではない、自らの萌えるキャラや属性の身代わりにしているだけなのだと気づけ。俺のいいたいことは、それだけだ……ッ!」

 

な、なにか場に光が満ちているような……。

 

「私たちが間違っておりました、K!」

 

「萌えの奥深さを知ったよ、Kぇい!」

 

「涙が……止まりませんよ、K……!」

 

「魂に響きます、K……ッ!」

 

「あんたぁ、ごっつい男や……!」

 

「あなたが神か……ッ!」

 

「俺たちを導いてくれ……!」

 

「感動です、K……!」

 

男どもはすっかり毒されているし、鷹野さんは恋する乙女的に瞳を潤ませて圭ちゃんを見つめてるし、レナは鷹野さんに頬ずりしてはぅはぅ言ってるし、梨花ちゃんと来たら涙を流して笑い転げてるし、ひょっとしてまともなのは、私と沙都子と羽入だけ……?

 

私たちがおかしいのか、世界のほうがおかしくなってしまったのか、とっても気になるけど……なぜかそれは問うてはいけない話題のような気がしたので、やめましょう。うん。

 

「あぅあぅ、圭一。それでは罰ゲームでコスプレしてる僕たちはどうなるのでしょうか」

 

「そうですわ、嫌々してるのに圭一さんは萌えてらっしゃるようにお見受けしますけど」

 

お、沙都子と羽入の常識的なツッコミが圭ちゃんに。

 

でも圭ちゃんはひるむどころかふたりに微笑みかけた。

 

「それは問題ないさ。だって俺は、そのコスをしていようがいまいが、お前たちを心から愛しているからな……!」

 

「あぅあぅ!?」

 

「ですわー!?」

 

……あ。二人とも撃沈した。ゆでだこみたいになって、へなへな座り込んでる。

 

き、気がつけばもはや味方は私一人……!?

 

「え、えっと……ようするに圭ちゃんが言いたいのは、人が好きでしてる格好に文句言ったりすんなってことですか?」

 

できるだけ危ない核心には触れないようにそうまとめる。

 

すると……圭ちゃんは、私の頭に手を伸ばして、そっと優しく撫でた。

 

「そうさ。お前もメイドとか好きになって、俺のために着てくれたら……嬉しいなぁ」

 

そ、それって、さっきの話からすると彼女扱い……!?

 

……きゅうぅぅん☆

 

結局私も撃沈されてしまったわけで……。

 

や、やっぱり圭ちゃんは、なにか変なウィルスばら撒いているような気がする。

 

「……しかし、しかしだよ、K!」

 

と、そこで富竹のおじさまがゆらりと立ち上がった。

 

圭ちゃんは落ち着いたまなざしでおじさまを見つめ、先を促した。

 

「僕はそれでもやはり、鷹野さんをナースへと引き戻さなければならない。それを阻むと言うのならK、君が相手でも容赦はできないんだ!」

 

避けられぬ戦いを前に涙にむせぶ富竹のおじさま、いやむしろトミー。

 

「何故だトミー。何故わかってくれない……俺たちは、仲間じゃないか!」

 

あ、圭ちゃん気づいてないんだ。

 

トミーがいるのに、鷹野さんがさっきから圭ちゃんのほうに熱い視線を送ってるの……。

 

「仲間だからこそさ!」

 

カメラを片手に、独特の、というか奇妙すぎる構えをとるトミー。

 

「君ほどの男にはわからないだろう、この僕のちっぽけな意地なんか……それでも、この胸に宿る真実のために僕は君に屈するわけには……いかないんだぁぁああぁぁあッ!」

 

咆哮しながら地響きさえ立てて突撃する、まさに機関車さながらのトミー。

 

「そうか、トミー。よくわからんが、これも修羅の定めか……その喧嘩!」

 

拳を前に突きだして、歯を剥き出して笑う。

 

「買ったぁぁあぁぁあぁあッ!」

 

圭ちゃんもまっすぐに突進する。

 

けれど誰が見ても、上背も体重もトミーのほうに分がある。一対一でぶつかり合えば、まさに機関車に喧嘩を売るのと同じこと、圭ちゃんはなすすべもなく跳ね飛ばされるしかないと、誰の目にも明らかだった。

 

……しかも。

 

「すまない、K。僕は負けるわけにはいかない……富竹ぇえ、フラッシュッ!」

 

シャッター音とともに、構えたカメラから閃光が二度、三度と走る!

 

正面から迫る圭ちゃんの目をくらませるには、それで十分だった。視力さえ奪われた圭ちゃんに勝機はない、その明白な結論に……、圭ちゃんは笑いながら立ち向かう!

 

「負けるわけにはいかない? くっくっく! 違うな違うぜトミー、漢の戦いってもんはなぁ……、ただ“勝つ”だけだッ!」

 

フラッシュのシャワーを浴びながら、まっすぐに駆け抜ける。

 

「なッ!?」

 

それはまるで、暴走機関車に叩きつけられたたった一発の弾丸だった。

 

見えなくて間合いが計れないはずなのに最後の一歩で地面を蹴りつけ、自らの体重と加速度をその拳にこめて叩き込む。

 

「……馬鹿な……!?」

 

そう、フラッシュを放ち続けたシャッター音をめがけて振るわれた拳はトミーの手にしたカメラを撃ち抜き、それを粉々に粉砕しながらトミー自身の顔面へと激突させていた。こうなるともはや暴走機関車の突進力さえ、この痛烈なカウンターの威力へと上乗せされるだけだ。

 

「小細工しなきゃあ、勝てたかもなぁッ!」

 

カメラという機械部品を打ち砕いた代償として血まみれとなった圭ちゃんの拳はそれらを押しのけてトミーの顔面へと突き刺さる。

 

「へぇあッ!?」

 

拳を振り抜いた圭ちゃんの足が地面に突き立てられて反動を全身で受け止めるのとは逆にトミーの巨体は、真後ろに吹き飛んで仰向けに地面へと叩きつけられていった。

 

勝敗は、誰の目にも明らか。

 

「へっへ……、見ろよトミー。一番星がでてやがる」

 

まだ光の残像が網膜に焼き付いているにもかかわらず、圭ちゃんは正確にその明星を見上げていた。

 

トミーもまた、地面に大の字になったまま空を見上げて……ぼそりと呟いた。

 

「僕……、眼鏡が壊れて、よく見えないからさ」

 

「けっ、……そーいうことにしておいてやるよ」

 

たったいま全身全霊で殴り合った男と男が笑い合う。あるいは傷の痛みをこらえて、あるいは流れ落ちる涙など知らぬとばかりに。

 

……これが、梨花ちゃんの言う“漢”の世界?

 

「け、圭一さん……!」

 

救急箱片手に走り寄ろうとする鷹野さんを、圭ちゃんは片手で制した。

 

「トミーを診てやってくれ……あなたの優しさが、メイドの魂が、いま一番必要なのはあいつだから」

 

「……は、はい」

 

鷹野さんがふわりと微笑んで、トミー、いや富竹のおじさまのほうへと向かう。

 

「礼は、言わないよ……K。僕は君に負けたんじゃない。鷹野さんに、負けたのさ……」

 

おじさまが低い声で言った。それはまるで惜別の言葉。

 

圭ちゃんはただ、それに片手をあげて答え……ゆっくりと歩み去ろうとして、

 

「圭一、それ痛くないの?」

 

感心しながら梨花ちゃんが拳をちょんっとつついただけで、たちまち飛び上がった。

 

「んのぉぉぉ~~~~~……ッッッ!」

 

悶絶してごろごろと地面をのたうち回る。

 

……どうやら、ただのやせ我慢だったらしい。

 

でも、そんな意地っぱりのカッコつけもできない男には興味がない。

 

火傷しそうなくらいに熱いなにかをその手の中に握り締めながらも、それを決して手離そうとしない圭ちゃんだからこそ、私は、私たちは、これほどまでに好きなのだから。

 

なお、富竹のおじさまを手当しながらも鷹野さんの圭ちゃんを見る視線の温度はますます上がっていたことも付け加えておく。……超頑張ったのに可哀想なトミー。

 

とまあ、そんなことがあって波乱の大運動会も幕を閉じ、……そういえば大石は何しにきたんだいったいなんてことを思いつつも、私たちはそれぞれに帰宅の途についた。

 

「お恥ずかしいことですが、あのとき……私も、鷹野さんに着物を着て欲しいと思ってしまいました」

 

久しぶりに戻ったマンションの部屋で、葛西が深刻そうな表情を浮かべていた。

 

「いや、そんな懺悔的に告白されても。それより例の調査、どうなってます?」

 

「はい。……やはり、綿流しの夜以降、魅音さんの足取りは掴めません」

 

数通の調査報告書をテーブルに並べる葛西。

 

私はあれから複数の興信所や探偵社を使って、内密にお姉の行方を追わせていた。

 

町会の件で姿をくらませてからというもの、興宮や雛見沢で何度か目撃報告はあり、その中から私だと思われる情報を除外した結果……わかったのは、綿流しの夜以降に人の目に触れている魅音は全て『私』だったということ。

 

「県内県外含めて、親戚筋や組関係など魅音さんがあてにできそうな人脈には探りを入れてみましたが、いまのところは当たりなしです。よほど巧妙に姿を隠しているか、それとも……」

 

「お姉のコネクションとは無関係な連中に拉致られたか、この世にはもういないか……ってことですか」

 

葛西は沈黙する。

 

最後のひとつは、私も信じていない。

 

信じたくないというのもあるが、仮にも鬼を継ぐはずだった園崎魅音ともあろう者が、そう簡単に消されるとは思えない。

 

そして人間は食べて寝る必要がある以上、そう簡単に足跡を完全に消せるものではない。誰の世話にもならず、私がいま管理しているお姉の手持ちのお金も使うことなく潜伏するとしたらそれこそ山の中で一人でサバイバル生活をしているくらいしかありえないのだが……お姉にそこまでする理由があるとも思えないし、元来寂しがり屋のあの子が、ひとりきりでもう何ヶ月もいるとは信じられない。

 

「となると……、拉致監禁のセンですね」

 

そう、やはりその可能性がもっとも高いと判断せざるを得ない。

 

ここ数ヶ月『魅音』をやってみて、ひとつ確信できたのは、お姉を拉致したのが園崎と関係のある人間だとは考えにくいということ。

 

もし園崎家のピラミッドのどこかに闇の工作部隊のようなものがあって、そいつらが頭首代行として不適格だからと、あるいは祟りの演出として魅音を『消した』のであれば、こうして私が平気で魅音として表立って動いていることに対してなんらかの動揺が見えてもいいはずなのだ。

 

それが、一切感じられない。

 

鬼婆様やお母さんならばいいかげん薄々私の正体を感づいていてもおかしくないが、それ以外の園崎家に与する誰もが私を『魅音』だと信じている。魅音探しの内偵も、おそらく学園から消えた詩音を捜しているのだと思われているはずだ。

 

「そっちの調べは?」

 

「組関係で敵対する勢力や心当たりをいくつか洗ってますが……どうも、アタリがあるとは思われませんね。それよりも気になる動きがひとつあります」

 

薄く、ほんのごくわずかに笑みを口の端にのぼらせる葛西。

 

この男がこんな表情をするということは、それなりに有力な手がかりなのだと思っていいのだろう。私はわずかな期待をこめて、視線で先を促した。

 

「……小此木造園。ご存知でしょうか」

 

「おこのぎ……? どっかで聞いたような……あ~、確か本家やうちの庭木の手入れをしてる業者じゃないですか? この前請求書を見た覚えがあるわ」

 

興宮にある造園業者が、この件にどう関係するというのだろう。

 

「これは私の勘も含めてのことなので、あまり確実とはいえないんですが……県道の監視をさせていた連中の報告を見る限り、用もないのに雛見沢に出入りする回数が多すぎるように思うんです。なにか組織立ったものを感じましてね」

 

「ふぅん……」

 

葛西のような長年裏社会に通じた男の勘に引っかかるというのは逆に信憑性が増すというものだ。造園業者というのはカバー、表向きの顔で、どこか敵対勢力の工作を請け負っている連中だというのもありえない話ではない。

 

実際ダム戦争の最中には、国が派遣したとおぼしき複数のあやしげな事務所が運動の妨害工作や情報収集にあたっていたと聞いているからその名残ということもありえる。

 

「わかりました。小此木造園について調べられるだけ調べてみて。ただし、絶対に相手に気取られないように。最悪の場合、お姉が人質になっている可能性があるから、ことは慎重に進めてくださいね」

 

「承知しました。相手も同等以上の諜報能力を持っているものと考えてあたります」

 

よし。ひとつ手がかりになりそうな情報は得た。

 

いや、これがなんの糸口にならなくても構わない。

 

あの圭ちゃんを好きな私には、諦めるなんて似合わない。

 

お姉、なにがあろうとなかろうと、絶対に見つけだして、助け出してあげるからね!

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