ひぐらしのなく頃に~神楽舞   作:晃晃

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第62話 愛のお持ち帰り劇場

「そんじゃ、また明日ね。ちゃんと家までそのカッコで帰るんだよ~?」

 

魅ぃちゃんが笑いながら分かれ道でぶんぶんと手を振って去っていくのを見つめて、私は「はぅ……」と困惑気味に手を振り返すしかなかった。

 

珍しく、今日は部活で惨敗してしまった……昨夜、あんまりよく眠れなかったのがいけないのかな。

 

今日の罰ゲームはウェディングドレス。とりあえずスカートの裾は引きずらない程度になっているから普通に歩けるけど、鞄と制服の入った手提げ袋を肩にかけ、ブーケを手にした花嫁さんが村の中を闊歩してるのはさすがに注目を浴びてしまった。

 

「花嫁さん……レナ、なれるのかな」

 

本物のウェディングドレスにはやっぱり憧れるけど、結婚という未来図に怖れや不安がないとは言い切れない。昔はあんなに仲良しだったお父さんとお母さんなのに、お母さんの手酷い裏切りで破局して、お父さんは深く傷ついた。

 

その上、あの人を嫌ってお父さんのところに残った私はお父さんの気持ちをわかろうともせずに自分の寂しさや苛立ちで暴れたり、自殺しようとしたりして……結局、私はお父さんにも嫌われることになってしまった。

 

そんな、世間で言う“崩壊した家庭”の子であるところの私に、本当に幸せな結婚、幸せな家庭なんて望めるのだろうか。大好きな人や子供たちを傷つけてしまうのではないかと……臆病な自分が顔を出す。

 

でも、……うん。

 

圭一くんを好きなこの気持ちは、絶対に本物。

 

彼を想うととてもあたたかな気持ちになれる。

 

だから勇気を出さなくちゃいけない。笑顔でいられるように頑張らないと駄目。幸せになるなんて、口先だけじゃなく不断の努力が必要なんだから。

 

「うん……。あはは、みんな一緒でいるうちは悩む暇もないよね」

 

強烈過ぎる圭一くんの個性に魅入られてのことか、圭一くんのまわりには私以外にもお嫁さん候補がいっぱいいる。魅ぃちゃん、羽入ちゃん、梨花ちゃん……最近は、沙都子ちゃんや鷹野さんもちょっと名乗りをあげそうなくらいに。

 

でもそれぞれが私と同じくらいに圭一くんを大好きで、私と同じくらいに圭一くんを必要としてるのがわかっちゃう上に、私自身もみんなのことが大好きだから……しばらくはこのままでもいいかなって思っちゃう。

 

いつまでって聞かれるとよくわからないけど、圭一くんが誰かを選んでくれるまで……なのかな。それで私が選ばれなかったとして、圭一くん抜きの未来っていうのがぴんと来ないから考えないようにしてるけど……でも、圭一くんだったら本気で『全員まとめて面倒見るぜ』なんて結論を出しそうな気もするなぁ……。

 

なんて考えていたら、自然と足が別荘地に向いていた。

 

私は週に1回くらいここに寄っては圭一くんが暮らすことになるお屋敷を眺める。ご近所になった圭一くんといっしょに登下校するのが楽しみになって、いい気分で家に帰れるから。

 

ほら、見えてきた。もうほとんど完成した前原屋敷が……あれ?

 

その前に立っている二人組は工事の人たちには見えない、でも村の誰かでもない……。

 

「あら?」

 

誰だろうと思っていたら、女性のほうが振り向いた。

 

「……えぇと。お嫁にきてくださったの?」

 

なにやらピントの外れた質問をされてしまって立ち尽くす。それでもう一人、男の人も私のほうへ振り返って……目を見開いた。

 

「おおお、我が家が完成したことをニュータイプ的な洞察力で察知してさっそく花嫁衣装で駆けつけるとは……! なんという嫁の鑑! なんというスペースノイドの先駆者! むしろ私が嫁にもらいたいくらいだぼらッ!?」

 

ハイヒールで思いっきり足を踏みつけられて男の人がおかしな悲鳴を上げるけど、私のほうもそれどころではなかった。言われて自分がウェディングドレスを着ていることを思い出してしまい、あわあわと狼狽えてしまっていた。

 

「え、えとえと、これはですね、あの……!」

 

「イメージ的には、そうね……竜宮レナさん?」

 

「あ、はいっ!」

 

不意打ちで名前を呼ばれて思わずしゃんと背筋を伸ばして返事をしてしまう。それでようやく、目の前の二人が誰であるかに思い至っていた。

 

「……あの、もしかして、圭一くんのお父さんとお母さんですか?」

 

このお屋敷を建てた当事者、圭一くんのご両親なら、こんなところにおかしな格好で現れた私の名前を知っていてもおかしくない。

 

「ふん、圭一ですって? 奴とは父でもなければ子でもない、いつか戦うことを宿命づけられながら同じ茨の道を辿りゆく好敵手とでも言っておきまべらッ!?」

 

いったん足を振り上げてからの強烈なハイヒールアタックを受けて悶絶する男の人……たぶん圭一くんのお父さん。

 

「圭一や梨花ちゃんからあなたたちのことは聞いてるわ。いつもうちの馬鹿息子がお世話になってしまって……ありがとうね、レナちゃん」

 

「あ、いえっ、こちらこそ圭一くんにはお世話になりっぱなしで……ホ、ホントですよ! いつもお弁当おいしいってなでなでしてくれるし、レナが元気ないとそばにいてくれるし、泣きそうになっちゃったら抱きしめてくれるし、キスしてほしいときにはとっても優しくしてくれて……って何言ってるんだろ! だろッ!?」

 

とんでもないことを口走ったことに気づいて慌てる。

 

……私、もしかして変な子一号?

 

「安心したまえ。不動の一号は梨花ちゃんだし、二号は園崎さんと、順調に襲名してるから!」

 

「それはまったく安心すべきところではないと思うわ」

 

変な子を見慣れているかのように冷静な会話のおかげで、私は混乱から立ち直ることができた。

 

「……えと、申し遅れました。竜宮レナです」

 

ぺこりと頭を下げる。梨花ちゃんはもちろん、今の話だとなぜか魅ぃちゃんも面識があるらしい。

 

それがちょっぴり悔しいけど、もう変な子として認識されちゃったみたいだから怖いものはないよね!……たぶん。

 

「ふむふむ、レナちゃんはたしか圭一と同い年、中学一年生だそうだね」

 

「お料理がとっても上手で、家庭的だって梨花ちゃんも言ってたわ」

 

「セーラー服と笑顔が似合う爽やか系正統派ヒロインで、圭一の朝起こして欲しい女の子ナンバーワンだとか!」

 

「普段はぼぅっとしてるように見えるけどみんなを優しく気遣う、気立てのいい良妻賢母タイプで、クラスのお母さん的存在だとか!」

 

「一見華奢に見えるその体に秘められた無限のポテンシャルは最強無比、一騎当千の部活メンバーをして並ぶものなきハイスペック少女!」

 

「かぁいいモード発動中は雛見沢に名だたる危険生物、二重三重の意味でいつでも圭一をどきどきさせてやまない爆弾級メインヒロイン!」

 

「これが!」

 

「これがッ!」

 

「これがはぅーだッ!」

 

「竜宮レナだッ!」

 

ご両親がハイタッチすると同時に、くわっきぃぃーん!となにかにとどめを刺すような効果音が響き渡る。……主に私の世間体とかそんなものだった気がするけど、木っ端微塵に砕けてしまったからなんだったかよく思い出せない。

 

「は、はぅ……圭一くんと梨花ちゃん、どこまで詳しく話してるんだろ……!?」

 

ちょっぴり涙目になってしまう私だった。

 

「いや、圭一になにげなく『スペックうp』と希望したら、それはもう楽しげに嬉しげに、聞いてないことまで話してくれてね」

 

「梨花ちゃんなんか満面の笑顔で、『もーアホなの。ホントにアホなの!』って自分のことを棚にあげてね……ふふふ、恋敵なのに本当に仲がいいのね」

 

わ、わーい☆ 今度顔を合わせたら、梨花ちゃんのかぁいい顔にレナぱんが炸裂しちゃうかもしれない!

 

圭一くんはいつものことだけど!

 

「……ところでレナちゃんは、これからお家に帰るところかな?」

 

「あ、はい……」

 

すこし気持ちを落ち着けて首肯する。

 

「それじゃそろそろ圭一も帰った頃だね。……どうだろう、我々はこれから圭一を拉致して興宮の一角に立つ当世風の建物内に監禁し、衆人環視の中で奴の体内に動植物のなれの果てを押し込むことを強要するという誘拐ミッションを遂行する予定なのだが、レナちゃんも我々の共犯者としてその名を連ねるつもりはないかな?」

 

「お家でご飯が用意してあるかもしれないから、無理にとは言わないけど……」

 

おじさまの言っていることはよく理解できなかったけど、おばさまの言葉でどうにか意味がわかった。

 

つまり、『圭一くんを誘って興宮のレストランかどこかに連れて行って食事にしようと思うけど一緒にどうかな?』って言われたらしい。

 

この紛らわしさと怪しさと無駄にまわりくどい言い回し、ああ本当に圭一くんのお父さんなんだなぁって実感してしまう。でもとにかくこれは嬉しいお誘いだった。

 

あの家で一人で食べるご飯はおいしくない。

 

「え、えぇと……その、もしよろしければ、ご一緒させてください!」

 

そう言ってお辞儀すると、二人はにっこり笑ってくれた。

 

「よし、ではいったん家に帰って着替えてもう一度ここへくるのだレナちゃん。そのときが我々の作戦行動開始としよう……いいかね、時計合わせを」

 

「あの、時計もってなくて……」

 

「よかろう、ならば体内時計合わせだ。こう、胸と胸を密着させてだねびゅらッ!?」

 

足の甲をヒールでぐりぐりと踏みにじられておじさまが天を仰ぐ。……この変態っぷりも本当に心から圭一くんのお父さんなんだなぁって物凄い勢いで納得してしまう。

 

「ふふふ、私たちも内装の確認がいくつか残ってるから、急がなくていいわよ。せっかくの綺麗なドレス、汚さないようにゆっくり行ってらっしゃい。それから、お家のひとにはちゃんと言ってらっしゃいね。……あ、これ、私たちの名刺だから、お渡し願える?」

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

どうせ家に帰ってもお父さんはいないからどうだっていいんだけど、それをここでお話ししてもしょうがないから言われるままに受け取った。

 

「そ、それじゃ、また来ます! 失礼します!」

 

笑って手を振ってくれる二人にもう一度お辞儀してから、私はなるべく早足に自宅へ帰った。

 

苦労してドレスを脱いで私服に着替え、さぁ出掛けようと部屋を出たところで……玄関が開いて誰かが入ってきた。

 

「……ん、ああ、礼奈。帰ってたのか」

 

お父さんが私を見て、バツの悪そうな顔をする。

 

「おかえりなさい……あの、お夕飯は」

 

「今日は外で食べてきたんだ。……その、礼奈」

 

言いにくそうにしているところへ、玄関からもう一人が入ってくる。

 

「あら、礼奈ちゃん。まだ……なんだっけ、宝探し?とかで遊んでる時間かと思ったわ」

 

肌もあらわな服を着た女性……間宮リナさんだ。

 

お父さんによれば最近仕事の関係で知り合って友人になった人だと言うけれど、もう何ヶ月も前から時々、ブルーなんとかいうお店からかかってくる電話の声と同じだと、とっくに気づいている。……水商売の人なんだろう、と私は勝手に決めつけていた。

 

やけに鼻につく香水も、下品なマニキュアも、気味の悪い化粧も、身に纏うすべてが私の美意識に喧嘩を売っているような女性で、たまにお父さんと一緒にこうして家にやってくるようになったけど、ちっとも仲良くしたいとは思えない相手だ。

 

……そのうえ、こういうときたいていお父さんは歯切れ悪そうに『お友達の家で遊んでくるといい』なんてことを言い出す。こっちにも予定ってものがあるのに、自分の都合で女性を連れ込んで娘を適当に追い出すのだから、正直勘弁してほしい。ここはこの人の持ち家だから、それが身勝手だとまでは言わないけれど。

 

でも今日はそのほうが都合がいいかもしれない。

 

「……お父さん。私、今日は友達に誘われてね、お泊りの約束なんだ。今出るところだから、なんにもおもてなしできないけどいいかな?」

 

私がそう言ったらお父さんはあからさまにほっとしたような顔をして、

 

「あ、あぁ。そうか、約束じゃしょうがないな。先方のご迷惑にならないようにな。なんだったら、制服や教科書ももっていって、そのまま学校にいっても構わないぞ。お父さん、朝ごはんは自分でなんとかするから」

 

「……うん。それじゃ、そうするね。リナさん、どうぞごゆっくり」

 

ちっとも働かないこの人に曜日の感覚を求めても仕方ないけど、明日は全国的に日曜日といって、原則学校にいかなくてもいい日だったりもする。そのくらい、娘の生活にはまったく興味がないということなんだろう。

 

「レナちゃんもその年でなかなかの不良よねぇ~。なんかさぁ、お泊り多くない? お友達って、女の子なのかな~なんて。きゃはははッ!」

 

……汚い歯をむき出して笑うな、売女。誰のせいでそのたびにお泊りしなきゃいけないと思ってる。

 

虫唾が走るのをこらえて、私はいったん自分の部屋に戻った。何日分かの着替えやお泊りに必要なものを一番大きなバッグに詰め込むと、それをかついで家を出る。少なくとも数日、あの下品な女の匂いが完全に消えるまではこの家に帰りたくない。

 

仲間に頼めば何日かは泊めてくれるだろうし、どうしようもなくなればダム現場の隠れ家で暮らせばいい。どうせお父さんはろくに帰ってこないんだ、新聞はもう止めてあるから、シャワーのついでに回覧板だけまめに回しにくれば、私が家にいないなんて誰も気づかない。

 

私は別荘地にわき道から入り込むと、前原屋敷の裏手にまわり、抱えていた大荷物をいったん真新しい裏口の軒下に置かせてもらうことにした。

 

それから玄関のほうに回りこんで、深呼吸ひとつ。気持ちを切り換える。

 

私はレナ、竜宮レナ。

 

不幸せな竜宮礼奈はどこにもいない。

 

ここにいるのは大好きな男の子のご両親とお出かけするからどきどきしてる、とっても幸せな女の子。

 

「……あら、レナちゃん。早かったわね」

 

タイミングよく、玄関から圭一くんのご両親が出てくるところだった。

 

「あ、はい。お待たせしたらいけないと思って、ちょっぴり頑張っちゃいました☆」

 

「くーっ! レナちゃんは良い子だなぁおい、聞いたかい母さん!? 私はいま、猛烈に感動しているッ!」

 

涙ぐんで拳を振るわせたおじさまは、驚くべき切り替えの速さできりっとしたダンディズム溢れる顔つきになって私の肩に手を置いた。

 

「レナちゃん……私のことは、お義父さんって呼んでくれていいからね」

 

「はい、お義父さん☆」

 

にっこり笑ってそう言ってみたら、おじさまはらんらんと目を輝かせて盛り上がった。そんなところも圭一くんにそっくりだった。

 

「イ……イィィィィヤッホォォォォォウッ! 母さん、母さん! 私に娘ができたよ、こんなに可愛らしい娘が! なんてこった、こいつぁ将来が楽しみだぁ! レナちゃんは嫁にはやらないぜ、ずーっとパパと一緒にいていいんだからねぇぇぇ!?」

 

「なに本末転倒なこといってますかこのアホは」

 

なにかとんでもなく重いものが入っているとおぼしきハンドバッグを振り回し、遠心力をフルに使っておじさまの後頭部へと叩きつけるおばさまだった。

 

……すごく、いい音がした。

 

「……あぁ、時が見える……☆」

 

ぶつぶつ言いながら虚ろな瞳でその場をふわふわ漂うおじさまを放っておいて、

 

「レナちゃん、お家のひとにはきちんと言ってきたかしら?」

 

「はい、大丈夫です。ご迷惑おかけしないようにって言われちゃいました」

 

ちょっと舌を出してそう言ったら、おばさまはにっこり笑ってくれた。

 

「そう。それじゃ早速、こんどは圭一を捕まえましょうか……お父さん、いきますよ」

 

声をかけられてはっとしたおじさまは、はっとして左右を見渡した。

 

「……いま確かに時間が『跳んだ』! ボスが近くに来ているッ!」

 

素晴らしく話が進まない人だった。

 

それでもどうにか正気に戻ってくれて、家の前に停められていた車に乗り込む私たち。

 

私はおばさまと笑顔で話しながら、頭の片隅で……本当に、この人たちが私の両親だったらいいのに、いますぐにでも圭一くんのお嫁さんになってあの家を出られたらどんなにいいだろう、と考えずにはいられなかった。

 

「あ、そこです、次の角を右に曲がってください」

 

「……右コーナーがヘタクソだってことさ!」

 

なにか気合を入れた台詞を叫びながらも安全第一なおじさまの運転と私のナビで村を走り抜けて、古手神社の下までたどり着く。

 

「じゃ、私が圭一くんたちを呼んできますね。すこし待っててください!」

 

「よろしくね、レナちゃん」

 

私は石段をはねるみたいに駆け上がって、境内に出た。

 

……うん?

 

集会所がなにか騒がしい。中から『メイドにきまっとる!』『いいやナースも捨てがたい!』『バニーを忘れるなあ!』って村の運営に関して熱い議論が交わされているらしい声が漏れているから、町会の最中なのだろう。

 

メイドは露出が少ないからまだいいけど、男の人とかお年寄りのミニスカナースやバニーさんはちょっとかぁいくないかも、と思いながらその横を抜けて防災倉庫へ。

 

「圭一くーん、羽入ちゃーん、梨花ちゃーん!」

 

小屋の外からそう呼びかけてしばらく待っていたら、からからからと緩慢な動きで窓が開いて、圭一くんと梨花ちゃんが顔を出した。

 

「お~ぅ、レナかぁ~。ど~したぁ~?」

 

「あぁ~、レナぁ~、ど~したのぉ~?」

 

「……は、はぅ☆」

 

どうしたのはこっちの台詞だ。だら~っとしたしまりのない表情の圭一くんが窓枠に顎をのせてやる気なさげな顔をして私を見ている。そしてその上にちょこんと折り重なるようにして梨花ちゃんが、やっぱりやる気なさげな顔をしていた。

 

かぁいいんですけど! かぁいいんですけどッ!

 

大事なことなので二回言いたくなるくらいかぁいい二人は私の視線に気がついたのか、

 

「あぁ~、晩メシの当番の羽入が、町会からなかなか帰ってこなくてなぁ~……」

 

「おなかすいたしやることもないから、圭一と二人で思うさまたれてたのよぉ~」

 

『たれる』……私の知らない遊び!?

 

これはぜひ今度教えてもらおうと決意しながら、

 

「あのね、レナ偶然会ったんだけど、圭一くんのご両親が来てるの! それで、お夕飯に一緒にいかないかって!」

 

そう言った途端に、圭一くんと梨花ちゃんの目の輝きが変わった。

 

「なぬ!」

 

「ほう!」

 

たれるのはやめたらしく、互いににやりと笑いながら、

 

「伊知郎と藍子の奢り、これはタダ飯よ兄者!」

 

「一食浮くってことだな。さすがだよな俺ら!」

 

なにかおかしなノリで会話しつつ窓を閉めると、着替えや戸締りをすませて防災倉庫を飛び出してきた。最近は驚くまでもないけど、たぶんいま圭一くんと梨花ちゃん、同じ部屋で一緒に着替えてたよね……?

 

とても微妙な表情になっている私に構わず、圭一くんと梨花ちゃんのアホアホ全開コンビは一直線に集会所へ向かうと、町会のど真ん中へいきなり乗り込んだ。

 

「ちょっと待ったあッ!」

 

圭一くんが意味不明の言葉を叫んだので、その場の誰もが静まり返る。

 

そのまま駆け抜けた圭一くんは、奥の御三家の席で退屈そうにしていた羽入ちゃんをつかまえると引っ張って立ち上がらせた。その勢いときたらまるで、恋愛映画に出てくる結婚式場に乗り込む主人公のよう。

 

「あぅ? どうしたのですか圭一。おなかがすいたのでしたら、戸棚に……」

 

きょとんとした様子の羽入ちゃんを熱いまなざしで見つめたかと思うと、ぎゅっと抱きしめる。

 

「羽入……俺はもう、お前を離さないッ!」

 

「あ、あぅあぅあぅ!?」

 

真っ赤になって慌てふためく羽入ちゃんを、そのまま長テーブルの向こうから引っこ抜くと、お姫様抱っこして私たちのところへ戻ってくる。似たような光景を運動会のときにも見たような気がするけど……。

 

「ま、待ってくれ、圭一さん!」

 

「メイドかナースかバニーか!」

 

「村の機運をかけた一大事だ!」

 

「羽入様を連れて行かれては!」

 

町会の皆が声をあげるけど、圭一くんはにやりと笑って親指を立ててみせた。

 

「……大事なのは、愛だろ。愛☆」

 

な、なんでかな。

 

いま、きゅうぅぅぅん☆って効果音が鳴った気がする!

 

どうして町会の皆さんが、頬を染めながら頷き合ってるんだろ。だろ!?

 

わけのわからない感動だけをその場に置き去りにして、羽入ちゃんをお持ち帰った圭一くんは私たちと一緒に意気揚々と石段を駆け下りていく。

 

「あぅ……ぼ、僕はどうなってしまうのですか!?」

 

呆然としていた羽入ちゃんが慌てた声をあげる。

 

「バイキングの例をあげるまでもなく古代社会において略奪婚という風習は極めて一般的かつ合理的、近親交配を防ぐという生物的本能がその基幹にありながらも、他の文化圏との交流や勢力圏の拡大を促す社会的意義のある習慣だったのだと俺は結論するッ! あとは……わかるな?」

 

この場で全く関係のない示唆だけど、

 

「あぅ……! 圭一にそこまでの覚悟があるならば、僕もあえて多くは問いませんのですッ!」

 

羽入ちゃんはどう解釈したのか決然とそう言った。

 

「さぁ行こう、羽入! 俺たちの、未来へ……ッ!」

 

「あぅ、何処へなりと!」

 

愛の旅路の行き着く先は、わりと近場のレストラン。

 

それはそれで素敵な未来かな。……かなぁ?

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