穀倉駅まで、小一時間。
そこから郊外へ向かうバスに乗って行くのだけれど、もちろん拳銃持った変なバスジャック犯なんかでてこなくて、無事に遊園地までたどりついた。
ペアチケットで二人分のフリーパスを発行してもらった私と圭ちゃんは園内に入り、ようやく私はその腕にぎゅっとしがみつくことに成功した。
悲願達成! さすが園崎、半端じゃないぜ!
「おい詩音、当たってるぞ!?」
「当ててんです!」
「しかし、歩きにくくないか?」
「歩きにくいです! でもやめません!」
「なんという潔い答え……! ならば俺は何も言わん!」
圭ちゃんが感動の面持ちで認めてくれたので、思う存分腕を組ませてもらうことにした。
見たか、この園崎詩音の勇気と覚悟……!
姉とは違うのだよ、姉とは!
『無理しないでこっちにおいでよ~、詩音~』
呼ぶな、そのヘタレ乙女空間に呼ぶんじゃない!
『えぇ~、詩音は仲間なのに~』
お願い、わかって。お姉とは、いつでも会えるから……。
脳内お姉と心温まるトークを交わしていたら圭ちゃんが笑顔で私を見て、
「なあ、どれから乗るんだ?」
日曜とあって親子連れやカップルの姿も多く、地方の遊園地とはいえまだオープンしてからひと月かそこらなせいもあってあちこちに短めの行列ができていた。
「と、とりあえず遊園地の定番ですから、ジェットコースターなんかどうです?」
「おう、望むところだ!」
というわけで、ジェットコースターの列に並んだ私たち。
「あ、圭ちゃん。今日は一日私の言うこと聞いてくれるんですよね?」
「ん、まあ罰ゲームだもんな。……何をする気だ?」
私がポケットから取り出したものをみて顔をしかめる。
「うふふふ、私としては圭ちゃんの素敵な悲鳴が聞きたいんです。だからお願い、……ね?」
そう言って渡したアイマスクを、圭ちゃんは渋々受け取ってぼやく。
「そりゃ見えないほうが怖いだろうけど、なんか損した気分だよな。高い場所からの眺めやハイスピードで吹っ飛んでいく景色ってのもジェットコースターの楽しみのひとつだろ?」
そんな呑気なことを言ってられるのも、順番が来て乗りこんだコースターが動き始めるまでだった。
「……お、おい。これ、どこでどう動くかさっぱりわからなななああああああッッッ!?……ひぃぃぃぃぃぃッ!」
心の準備がまったくできずに、ひたすら『落ちる』感覚だけが襲ってくるのだから、これで怖くないわけがない。
やっぱり目隠しジェットコースターは正解だった!
「いやぁあぁあぁあああ! らぁめぇえええええッ!?」
「あはははは、あーっははははは!」
悲鳴をあげ続ける圭ちゃんの隣で、私はひたすら笑い続けた。愉快痛快とはこのことだ。やっぱり私はこうでなければ……負けっ放しは性に合わない。
良い子のみんなは、目隠しでジェットコースターなんて危険な遊びはしないようにね☆
「……ま、まいった。詩音さん、もう勘弁してください」
酔ったのだろうか、青白い顔をしてベンチにぐったりと座り込んだ圭ちゃんが泣きそうな様子で見上げてくる。
「うん、それ無理☆」
宇宙レベルに可愛く言ったら圭ちゃんの顔にはっきりと、
『 殺 さ れ る !』
の文字がよぎるのがわかった。くっくっく、怯える獲物でしかない自分の立場がよぅくわかってきたみたいね。
いつもいつも振り回されているばかりだと思ったら大間違いだ、圭ちゃんには今日一日、どっちが上であるべきかをたっぷりと思い知ってもらおう。
「さて、それじゃ次はコーヒーカップいきましょうか?」
「こ、この状態で……ですか……?」
ぐいっと腕を組んで、圭ちゃんを無理矢理立たせる。
「えへへ、圭ちゃんと一緒に乗りたいです!」
「……なんで俺の周りにはこう、ドSな奴が多いんだ」
力無くぶーたれながらも、ちゃんとついてきてくれるところが圭ちゃんの迂闊で可愛い一面だった。
カップに仲良く並んで座り、私がハンドルに手をかける。
「いま三半規管がおかしくなりかかってて……できれば、最初はゆっくりで頼む……ってうあああああ、そんなに、そんなに回しちゃだめですぅぅぅぅ☆」
ぐるんぐるんとなすすべもなく揺れる圭ちゃんが、力無く私にもたれかかってくるから、仕方ないのでハンドルから手を離して膝枕をしてやった。
「……んぁ、こりゃ気持ちいいやぁ~」
ハンドルを使わないぶん回転がごくゆっくりしたものとなって、圭ちゃんは心地よさそうに私を見上げる。
「ふふふ、優しい私に感謝してください」
「感謝するする。……あ、でもさ」
圭ちゃんが言いにくそうに言葉を濁す。
「……ん?」
「顔が、顔が見えないよ! この角度からだとツインキャノンの陰に隠れちゃってるよ!?」
ツイン……!?
そ、そんなわけないでしょうが、私から圭ちゃんの顔がばっちり見えてるのに!……でも確かに、下から見上げるとかなり邪魔というか視界を覆ってしまってるんだろうなとも思うわけで、急に恥ずかしくなってくる。
「て、天誅ぅ~!」
圭ちゃんを膝の上からたたき落とそうとしたら、それを察知したのか腰に腕を回して、おなかにぎゅっと顔を押しつけてきた。ななな、なにやってんのこの人ぉー!?
「むぉぉぉぉ、腰ほっそいな詩音! これでちゃんと内臓とか入ってるか!? てかやーらかい! いいにおい!」
「もふもふしたまま喋るな! そして嗅ぐな!?」
やたらくすぐったい上に、まわりの視線も恥ずかしいという二重のダメージを受けてしまう私だった。
「ビバ! 詩音のおなかぁぁぁッ!」
「ひぃぃぃん、声が響く、響くってば、変態ッ!?」
というわけで、どうやら第2ラウンドは私の負け。
あそこまで堂々たる変態を、ここまで好きっていうのも、なにか間違ってるんじゃないかと思う私だ。
……でも、なんか気持ちよくてぞくぞくしちゃったことは圭ちゃんには内緒にしておこう。
続く第3ラウンド。
「再び絶叫系、フリーフォールで勝負です!」
「どんとこい! 詩音成分を補給した俺がさっきのようにたやすく陥れられると思うなよ!?」
どんな成分よッ!?
レールに沿ってゆっくりと押し上げられていくときのどきどきする感じが私は好きだ。遊園地デートで絶叫系が多用されるのは吊り橋効果を狙ってのことだと言うけれど、それもわからなくはないなぁなんて思いながら圭ちゃんの手を握ったら、圭ちゃんはふふんと鼻を鳴らしてくる。
「フリーフォールってさ、コースターと比べると全然怖くねぇよな。上下左右に動いたりしないし、逆さまにもならないし。ただ落ちるだけって単純すぎるだろ、おい!」
わはははと平気そうな顔をするものだから、こっちもむくむくと意地悪な気持ちが頭をもたげてきた。
「……圭ちゃん。実はここ、オープンの3日目から早々に3日くらい営業停止したらしいんですよ」
「へ……?」
「オープン時に間に合わせるために、保守点検の時間がなくていいかげんな仕事したんでしょうね。なんでも絶叫系のマシンに乗ってた人がひどい事故を起こしたんだとか。一番端の席に乗っていて投げ出されて、左半身はぐちゃぐちゃだったそうですよ……?」
怪談めいた、低いぼそぼそとした声でそう言ってやったら覿面に圭ちゃんの顔が青ざめた。圭ちゃんは私に内側の席を譲って、フリーフォールの右端の席に座っていたのだ。
「へ、へぇえ……そ、そりゃ、気の毒だったよな」
必死で平静を装いながらもごくりと唾を呑み込み、ちらちらと自分を固定しているバーや接続部分の金具に目をやっているのがわかる。
「なんでもその人、一緒に来る予定だった彼女に振られて一人で来て事故に遭ったらしくて……一緒に乗っていたカップルの男のほうを指さして、最後まで呪うみたいな目をしていたらしいです。逆恨みもいいところですよねぇ」
「ひぃっ……!」
ますます青くなった圭ちゃんはぎゅっと目を閉じる。
ちょっと脅かしすぎたかな。……でも、これできっとまた可愛い圭ちゃんの悲鳴が聞けるでしょ。
「ん?」
ふと、握っていた圭ちゃんの手が抜かれ、私の手を包んでいることに気づく。その手は震えていたけど、暖かくて、優しい握り方だった。顔をあげると、
「詩音……」
蒼白なままで、圭ちゃんは微笑んで私を見つめていた。
「俺がこっちの席に座ってよかったよ。……もしも、俺が死んだらさ、ときどきは思い出してくれよな」
どきーん☆と心臓が跳ね上がった。
ななな、なんで?
なんだってそんな話聞いて、自分が危ないほうの席に座ってよかったなんて思えるわけ?
どうしたらそんな、大事な物を守れてよかったなんてやり遂げた男みたいな顔して笑えるわけ!?
思わず目頭が熱くなっちゃうじゃない、この!
「け、圭ちゃ……ッ!」
口を開いた瞬間、目の前の圭ちゃんの髪が轟音とともに真上に流れた。というか、猛烈な勢いでフリーフォールの車体が落下していた。
「いだぁあぁあああああああいッ!?」
フリーフォールを降りた私は両手で口を押さえて、恨みをこめた目つきで圭ちゃんを睨みつけた。
「いや待て、これから落ちるってときに口を開いて舌噛んだのは俺のせいじゃないだろ」
「ぅ~! ぅ~!」
ぽすぽすと脇腹にパンチを入れてやる。
「おーい。よせって、ほら」
圭ちゃんは私の残る片手をつかむなり、身体ごと引き寄せて唇を重ねてきた。
「っむ……ッ!?」
思わず息を詰まらせて目を閉じたところで、私の噛んだ舌を圭ちゃんが優しく撫でるみたいに舐めていった。
唇を離して息をつくと、圭ちゃんはいつもより丁寧な仕草で私の頭を撫でる。
「消毒だ。……もう痛くないだろ?」
痛いって!
と文句を言いたかったけど……不思議と、どきどきする胸のほうがうるさくて、痛みどころじゃなくなっていた。
ジゴロだ!
ここにジゴロがいるよ、助けてよお姉ぇ~!?
『人前でなにこのバカップル。おじさん感心しないよ?』
感動的なまでに役に立たないお姉に涙するしかない。
ともかくこれで1勝2敗、これ以上は負けられない!
「け、圭ちゃん……!」
ぐっと拳を握りしめて圭ちゃんを見上げる。
「……な、なんだよ」
心なしか私の気合いに圧倒されたかのようにのけぞる。
「あれで勝負ですッ!」
私の指さしたものを見て、圭ちゃんが思いきり顔をひきつらせた。それも無理はない。
「あれって……あれかぁあ!?」
メリーゴーランド。
……メリーゴーラウンドが正しいんだっけ?
なんでもいいけど、ようするにメルヘンチックなお馬さんとか馬車とかが上下に揺れ動きながらぐるぐる回るだけという、お子様向けの乗り物だ。
「……ゴーカートとかにしないか?」
「だめです。お馬さんに一緒に乗ってもらいます。勝負の世界は非情なんです」
言うまでもなく羞恥心勝負、恥ずかしさに負けて降りようと言い出した方が負けだ。そりゃ私だって恥ずかしいけど中学生の男の子のほうがより奇異な目で見られ、耐えきれなくなるのは目に見えている。
「勝負を放棄するなら、その時点で私の総合優勝ですよ」
「ぐっ……!」
いつの間に勝負になっていたかなどと圭ちゃんはツッコまない。私たち部活メンバーにとって、日常のいかなる場面でも常に勝負になりうるのだから。
「諦めたらそこで試合終了ですよ……か。いい事言うぜ」
なにか遠くの雲を見つめながらよくわからないことを口にする圭ちゃんだった。……あれ? なんかあの雲がいま、『ほっほっほ』って言ったような気がするけど幻覚?
「よっしゃあッ! やあってやるぜぇッ!」
吠えるかのように勝負を受けて立つ圭ちゃんだった。
「グッド!」
親指を立てて圭ちゃんの勇気を讃え、私たちは地獄のメリーゴーランド耐久戦へと向かった。
「ぐぬぬぬ……!」
「うぅぅぅ……☆」
で、現在三周目……は、恥ずかしいです。
さっきからいろいろ囁かれているような気がします。
なにが楽しくて中学生のカップルがひとつのお馬さんに三周も乗り続けるのか、私だったら全く理解できないです!
それでも私は、その、圭ちゃんが後ろに乗って身体は密着してるし、肩のすぐ上に圭ちゃんの息遣いを感じられるし……圭ちゃんの腕に包まれている感じがして、思わず笑顔のひとつも出てしまいそうなくらいではあるんだけど。
圭ちゃんのほうは本当につらそうだった。
「く……これが俺の限界だってのか? いいや、限界なんざ自分で決めるもんじゃねぇ、魂に限界なんてねぇッ!」
ぶつぶつとなにか思い詰めたようなことを言ってる時点で限界に来てると思うけど。
「圭ちゃん、降参する?」
「するわけねぇだろ……この、前原圭一がよッ!」
意味不明な気合いの声を上げた瞬間、……違和感。
「……え、うぇ、ま、まさかッ!?」
「甘いな詩音。この前原圭一に背中を許すとはッ!」
くはははは、と完全にイッちゃった高笑いをあげる。
こ、この男……なんて、器用。
思わず某伝奇ノベル風にそう評してしまいたくなるほど、圭ちゃんのしたことは神業だった。夏服ならともかく、ハーフコートとジャケット、下にはベストとブラウスまで四重のガードに守られている、私の背中のホックを一瞬で外しやがった……ッ!
「くっくっく、油断したなぁ……これからは俺のことを、口先の魔術師じゃあなく指先の魔術師と呼びやがれッ!」
「ふぇあッ、ちょ、ちょっとぉお!?」
真後ろ、完全に死角となった絶対優位から、指先の魔術師とまで自称するその変態的神業を繰り出してくる圭ちゃんにもはや正気はほとんど残っていなかった。
ようするにあれだ、羞恥心がオーバーヒートしちゃって、もはや自分で自分が何をしてるかわかってないッ!
「お、お願い、やめッ、圭ちゃ、ひゃ! ダメ、それに、あの、……当たってるんですけどッ!」
「当ててんだよおぉおッ!」
うっひょぉおッ☆とばかりに、公衆の面前でいかがわしさを爆発させた圭ちゃんではあったが、いまはアスファルトの上で焼き土下座さながらに額をこすりつけていた。
「すすすす、すまん詩音ッ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、蹴ってください罵ってください、足を舐めろと言われれば舐めますから勘弁してくださいッ!」
全面謝罪してるくせにそれはそれで変態チックなのは正直どうなのよ!?と思わなくもないけど……ちょっと強引にこっちの有利なフィールドに引き込んじゃったのは私だし許してあげてもいいかな~なんて思わなくもない。
『惚れた弱みってやつかねぇ~。でもあんまり甘い顔してると、調子に乗っちゃうんじゃないかなぁ~?』
う、お姉にしては適切な意見……。
確かにヘンな声もあげちゃって死ぬほど恥ずかしかったし許してあげる道理もないけれど……うぅ。
「顔をあげてください、圭ちゃん」
腕組みをしてそっぽを向いたままで、私はそう言った。
「は、はい……えと、その、許してくれるのか?」
期待をこめたまなざし。……う、可愛い。きゅんきゅん☆
「……まずですね。お昼と晩ご飯は圭ちゃんのおごりで」
「は、はい喜んでー!」
どこの飲食店の従業員ですかあんたは。
「それから……そのぉ、今日だけでいいですから、もっと恋人っぽくしてください。出来る限り」
「恋人っぽく……? む、なんか難しそうだが頑張る!」
がっつ!と拳ふたつを突き出す。ほんと可愛いな!?
「えーとえーと……あと、ですね」
「おう、なんでも言ってくれ!」
私は背中を向けた。
「……その指先とやらでちゃんとはめなおしてください」
「へ……、あ、あぁ、そうか」
別に怒っていたわけではなく、まだ外れたままだったから腕組みをしていたのだと、ようやく思い至ったらしい。
「あいよ」
立ち上がって、さっと私の背中を撫でる。
「できたぞ。微調整もしておくか?」
「へ? も、もう?……いえ、その、自分でやります!」
壁際にいって、圭ちゃんを衝立がわりにしつつきちんとつけ直す……ほんとに一瞬ではまってるわ、恐ろしい。
数ヶ月越しであのときのレナの気持ちがわかっちゃった気分だよ。これって、見方によっては親友同士の共通認識が得られたってことだよね!?
『そんな妙なシンパシー、おじさんはいらないと思うな』
で、ですよね。
それにしても知らない世界を覗いてしまった気分だ。
まだすこし身体が火照ってるかも……?
「さ、行こうぜ詩音。そろそろおなかすいたろ?」
圭ちゃんがそう言って、ひょいと肩を引き寄せてくる。
思わず振り向いたら、至近距離に圭ちゃんのちょっと照れくさそうな笑顔があって、こっちも顔が熱くなるのを感じながらうなずいた。
「……うん」
こ、ここ、これは確かに恋人っぽい!
やばい、梨花ちゃんじゃないのに理性が踊り出しそう!
で……昼食の席で定番の『あ~ん』までしようとしてくれた圭ちゃんをどうにか押しとどめて、私たちは午後の部に突入した。今度はもう勝負とかじゃなくて、純粋に楽しく遊びながらだ。
「カップルの定番といえばお化け屋敷なんだが、いまの時期はやってないみたいだな」
次はどこに行こうかと園内マップを見ながら圭ちゃん。
「夏になればどこか改装するんじゃないですか?」
私もまるで顔を寄せ合うみたいにしてそれを覗き込む。
「……ほら、これ。ミラーハウスあたりなんか」
「そうかもな。じゃ、来年お化け屋敷があるときに来るってことで今日のうちにミラーハウスは寄っておくか!」
「……え」
それって、来年の夏にまた連れてきてくれるってこと?
うぁあ……やっぱり圭ちゃん、天然ジゴロ!
肩を抱かれてミラーハウスに向かい、すこしはしゃいだ気分で圭ちゃんの手をすり抜けて、鏡の迷路へと滑り込む。
「お、おい、待てよ!」
後ろからは圭ちゃんの慌てた声が聞こえた。
お話の定番だとここで迷子になるのだろうけど、私はそんじょそこらの地図の読めない女とは違う。ちゃんと頭の中に通った迷路の地図を描きながらひらひらと進む。
手を伸ばして進めば鏡にぶつかるとか間抜けなことも、
「……あ」
思わず、足を止めてしまった。
目の前に……いや、前後左右に、無数の自分の姿。
いや、お姉、園崎魅音の姿が映っていた。
『……遊んでないでさ、ここから出してよ』
そんな声まで聞こえた気がする。
楽しげに魅音として日常を送り、詩音として圭ちゃんと恋人ごっこで遊ぶ私を、本物のお姉はどこかで見つめているのだろうか。
これはただの鏡像に過ぎなくて、双子の片割れである私だから見てしまう幻であることはわかっている。
でも……責められているようで、なんだかつらい。
沙都子や悟史くんのために必死で戦ってその身を祟りへと捧げてしまったお姉に比べて、いまの私はなんと恵まれているのか。
それは……許されない罪では、ないのだろうか。
胸が、痛む。
立ち尽くす私を無言で見つめる魅音……その向こうに、いきなりぬっと現れたのは、圭ちゃんだった。
「捕まえたっと」
後ろから抱きしめられて、鏡の中の魅音が、ただ単に幸せそうな詩音の姿に変わってしまう。
「ひとりでさっさと行くなよ、詩音」
圭ちゃんの、安堵したような声。……きっと、私が迷って泣いてやしないかと心配してくれていたのだろう。
まったく、天下の園崎詩音に向かってなんて失礼な奴。
……でも、嬉しい。
嘘だらけで時折不安になる毎日の中でも、圭ちゃんやレナやみんなが私をしっかりと見つけて、抱きしめてくれるから……ここにいてもいいよって言ってくれるから、私は押し潰されることなくこの場所にいられるんだ。
「詩音……」
圭ちゃんが、耳元で呟く。
「……なに?」
「ありがとう。……言えないことをいっぱい積み重ねて、お前はいつも俺たちの『日常』を守ってくれてる。前にも言ったけどさ、ホントお前には感謝してるんだぜ」
なんでこんなときだけ鋭いんだろ、この人は……。
「あはは、なんの話?」
諦めたように笑いながらも、私はそう口にしていた。
「……くくっ」
圭ちゃんはおかしくてしょうがないと言いたげに笑みをこぼして……そのうち本当に笑い出した。
「くっくっく、くはははは!……だからお前に、恋人的な形で感謝を示してやろうではないか詩音よ!」
な、なになになに!?
何だかまたメリーゴーランドのノリ、ってゆーかこの前の梨花ちゃん押し倒したときと同じ目になってるよー!?
「行くぜ詩音、遊園地デートといえば究極の定番、観覧車へゴーだ! それは恋人たちの密閉空間、逃げ場のない空中で繰り広げられる男と女のドッグファイトの舞台ッ!」
は、はいぃぃぃぃぃ!?
圭ちゃんはまるでそれこそ迷路の見取り図が最初から頭に入っているかのような足取りで私を抱えたままミラーハウスを通り抜け、観覧車に向かうつもりらしかった。
「詩音、俺たち……もうゴールしてもいいよなッ!?」
「だめぇぇぇぇ!? たぁすぅけぇてぇぇぇぇッ!」
圭ちゃんに拉致される私を、鏡の中の世界でお姉が見つめている気がした。
『詩音、鏡に中の世界なんてないよ~? ファンタジーやメルヘンじゃあないんだからさ』
空気読め、ってか助けてよッ!?
その後、観覧車で何があったかは……え~と。
圭ちゃんとの約束でトップシークレットになったのでここで語ることはできません。ご想像にお任せ……すると、事実以上のことを想像されてしまいそうなので、絶対に想像しないでください。
とりあえず泣きそうですが、ひとつだけ言えるのは……、
「結納かぁ……それもいいかもね……」
ぐすん。
夜、私は……ひとり自室で、真っ白に燃え尽きていた。
『詩音……一足先に大人になっちゃったの~?』
いや、ほんと、お姉……黙ってて。お願い。