ひぐらしのなく頃に~神楽舞   作:晃晃

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第68話 男たちの挽歌 

それは、蛍光灯に照らし出された薄暗い室内。

 

窓のひとつもないことが、逆説的にここが地下であることを教えてくれる。

 

診療所に地下室があるなんて驚きだ。

 

でも、内緒話をするにはもってこいの場所だった。

 

がちゃりと扉が開いて、遅れていた一人を連れて監督が姿を現す。

 

「どぉ~も。東京からはるばる、ご苦労様です」

 

僕の隣に座る恰幅のいい刑事さんが相好を崩す。

 

「いえ、仲間の危機とあっては……駆けつけないわけにはいきませんよ」

 

そう言いながら眼鏡の奥で温厚そうに微笑むのは、富竹さんだった。季節ごとにこの雛見沢に現れる、フリーのカメラマン。

 

「それでは、会合を始めましょうか」

 

監督がそう言って、富竹さんも席に着く。

 

監督は蛍光灯を消しテーブル上に設置されたスライド映写機を動かした。

 

一方の壁に設置されたスクリーンに、

 

 

 

『はみ出せ!ソウルブラザー会議』

 

 

 

という流麗な文字が映し出される。

 

「ほう。こいつぁ、なかなかの達筆だ」

 

「これは……羽入ちゃんですね。お習字の時間に見たことがあります!」

 

「そうなのかい? いまどきの子にしちゃあ、筆を使い慣れているみたいだねぇ」

 

トミーが感心した声をあげる。

 

「彼女にシュークリームひとつで依頼したのですが、快く引き受けてくれましてね。こうしたちょっとした特技というのも、萌えの一要素になりうると思うんですよ」

 

僕たちは賛同の声をあげ、会議机を叩いた。

 

「異議なし!」

 

「異議なし!」

 

「異議なし、鋭いよイリー!」

 

大きく頷きながらその声に応えつつ、イリーがスライドを進める。

 

「むむむ……」

 

「……なんと」

 

次々と撮影される画像を目にして、クラウドとトミーがうなり声をあげるのも無理はなかった。

 

それはメイド軍団を引き連れたKであったり、ダム現場でレナと抱き合うKであったり、梨花ちゃんを後ろに乗せて自転車で走るKであったり、プールで水着姿の魅音と梨花ちゃんに抱きつかれるKであったり、夜道で羽入ちゃんと抱き合うKであったり、女の子四人に囲まれて笑顔で登校するKであったり、湖畔で梨花ちゃんと堂々とディープキスをするKであったり、沙都子の買い物を手伝って一緒に歩いているKであったり、遊園地のメリーゴーランドでお馬さんに二人乗りした魅音になにやら怪しい動きをするKであったり、恥ずかしげに頬を染めた鷹野さんにマフラーを首にかけて貰っているKであったりした。

 

「……このように、彼はあまりにもおいしい萌えシチュエーションを独り占めし、あまつさえこの村の綺麗どころである彼女たちのハートをほぼ一人で鷲掴みにしているのです。Kは我々を導く同志ですが、これを許せますか?」

 

僕たちは即座に机を叩いた。

 

「許せないよ! どんな一夫多妻制だよ、K!」

 

「手が滑って独占禁止法違反で逮捕してしまいそうです」

 

「た、鷹野さん……僕にマフラーはぁあ!?」

 

三人の悲痛な叫びを受けたイリーも拳を震わせ、机へと叩きつける。

 

「そう! 仲間の幸せを常に願うのが我々ソウルブラザーですが、いまのKはむしろ幸せを独り占めし、我々の幸せをむしり取っていく侵略者にほかならないッ!」

 

高らかに熱い怒りを謳い上げ、その背では白衣がマントのように広がる。地下で澱んでいるはずの空気がびりびりと震えるのが感じ取れる。……さすがイリー、Kに次ぐ強度の固有結界をもつと目される実力者!

 

「このままでは我々の最後のオアシスだった沙都子ちゃんや鷹野さんまでもがその手に落ちるのは時間の問題です……この憤りを、涙を、握りしめた拳にこめて、振り下ろすべき時が来たのです、同志諸君ッ!」

 

「そうです、まったくそのとおりです!」

 

「でも、どうやって……まさか、イリー!?」

 

「我らが総統、マスター・ワンにお出ましを!?」

 

僕とトミーの叫びに、イリーは鋭く制止の声をあげた。

 

「いけません! その名をみだりに出すべきではない……総統が我らの後ろにいることは、Kに知られるべきではないのです。Kは総統の息子として、いつかは総統ご自身を脅かしかねないほどの資質の持ち主……だからこそ我々は我々自身の力で彼を戒めなければ意味がない」

 

そうか……総統にたよってばかりじゃ、この先も僕らはKの脅威に怯えるしかない。あくまでも僕ら自身が戦うべきなんだ。これは、自らの弱さへの反逆……ッ!

 

僕らは頷き合い、イリーへと視線を向ける。

 

「ご理解いただけたようですね。……では、問題になるのはいかにしてKを戒め、我らの楽園を取り戻すか……ですが、これは同志サニー、あなたの尽力に期待したい」

 

「え、僕ですか!?」

 

イリーは眼鏡を光らせて、力強く頷く。

 

「考えてもみてください。我々は見てのとおり、社会的立場もある成年男性です。Kの築きつつある牙城をうち崩すべく動き出せば、即犯罪につながりかねない」

 

なるほどとクラウドが苦い顔になる。

 

「確かに……鷹野さん以外は小中学生ですからな。うちの署の目がありますし、自由に動けるのはサニーだけです」

 

「そうだね。被写体としてはともかく、手を出したらそれはすでに萌えではなく犯罪になってしまう……」

 

被写体にするのもたぶん犯罪だよ、トミー!

 

でも、そう言われてみればもっとも距離が近いのも、自由に動けるのも僕なのだ。

 

「サニー、あなたは彼と同等の立場、彼女たちとクラスメイトでありながら、目の前で次々と彼女たちを攻略され、なすすべもなく天使たちが毒牙にかかるのを見守るしかなかった……その心の痛みは想像を絶するものと思います」

 

「Kの恐るべき実力を、もっともよくわかっているのも、近くにいたあなたでしょう……怖いのはわかります、でも戦ってほしい! ちょっとだけでいいんです、勇気を振り絞ってはいただけませんか!?」

 

「僕はね、サニー。確かにKに戦いを挑んで破れた。でもそのことを後悔なんかしていない。失ったものは大きいが挑まなければもっと大きな物を失ってしまったような気がするんだ。だから君にも、勇気を出してほしい……!」

 

同志たちの熱いエールを受けて、僕はゆっくりと立ち上がった。拳を握りしめる。Kに立ち向かう、それがどんなに愚かしく無謀な行為なのか、僕は知っている……!

 

でも、それでも。

 

諦める方向には進めない、ここは抗う場面だッ!

 

取り戻すんだ、圧倒的な帝国の魔手から。

 

たったひとかけらでもいい、未来に希望の光を……!

 

「やります。……僕が、乗ります(御輿に)!」

 

「おお!」

 

仲間たちが、笑顔で僕を祝福してくれる。

 

「この作戦には、雛見沢や興宮の多くの同志たち、ソウルブラザー予備軍ともいえる彼らも協力してくれます。どうかたった一角でもいい、Kの牙城をうち崩してください、同志サニー!」

 

決然とうなずく僕。

 

やるさ、やってやる。……これ以上影が薄くなって、背景キャラになるなんて嫌なんだ……ッ!(切実)

 

その時から……僕の挑戦は始まった。

 

昼休み、同志たちに手を借り魅音を校舎裏に呼び寄せる。

 

「はろろ~ん、悟史。なんの用~?」

 

笑顔でやってくる魅音に、僕は真剣なまなざしを向ける。

 

「魅音ッ……、お願いがあるんだ!」

 

魅音は委員長として、園崎家の重鎮として、重責を負いながらもいつも笑顔で僕たちを見守ってくれる。その彼女の健気さと明るさに魅力を感じないわけがない。

 

だから伝えよう、この気持ちを……!

 

「え、何、改まってお願いって……?」

 

戸惑ったような表情を浮かべる魅音。

 

「あ、メイド服の新しいのが欲しいとか?」

 

「そうじゃない! それも欲しいけど、そうじゃない!」

 

僕は素早く魅音の手を両手で握って、じっと見つめる。

 

「……さ、悟史くん?」

 

きょとんとする魅音に、

 

「好きだ、大好きだ魅音ッ! 僕と付き合ってくれ!」

 

「へっ!?」

 

目を大きく見開く魅音。あたふたと周囲に視線を投げて、誰もいないことを確認すると口を尖らせながら、

 

「……ちょっとぉ、本気で言ってます?」

 

「もちろん本気さ!」

 

力強く断言したら、魅音は困り顔になる。

 

「えーとですねー……そのお話、来年くらいに延期になりません? 来年のいつとはまだちょっと言えない段階なんですが、私の一存ではなんとも言えないといいますか」

 

「……そ、そう。魅音にもいろいろあるんだね」

 

園崎家の次期頭首としては、なにか事情があるのかもしれない。彼女一人で答えを出せるわけではないみたいだ。

 

「あっはは! うん、ちょっと嬉しかったですよ。しばらく時間をください。それじゃ!」

 

そう言って笑顔で手を振って、魅音は去っていった。

 

……な、なんだかやけにあっさりしている気もするけど、無碍に断られなかったっていうことは脈ありなのかな。

 

まずは、Kの牙城の一角に爪くらいは立てられたと思っていいだろう。この調子で行こうじゃないか!

 

放課後。

 

「……来ました、竜宮さんです!」

 

同志の報告で、商店街の一角に潜んでいた僕は顔を出し、買い物にやってきたレナを発見する。

 

買い物用の籠を手に、鼻歌交じりでやってくるレナは町会でお嫁さんにしたい子ナンバーワンに選ばれるだけのことはある、家庭的な魅力を放っていた。

 

でもいまは前原家にずっとお泊まりしているらしくて、その手から生み出される料理の数々は古手姉妹やKが独占している状態だ。そりゃお弁当では僕もご相伴に預かれるけど、やっぱりレナはエプロンで台所に立ってほしい!

 

……行け、サニー。当たって砕けろ!

 

「レナ!」

 

「あれ、悟史くん? 珍しいね、お買い物?」

 

沙都子や鷹野さんがいなかった頃はよく商店街でレナに会っていろいろとアドバイスを貰った僕だけど、最近はお米とかのお使いを頼まれないとあまりここには来なかった。

 

「レナ、聞いてほしいことがあるんだ……」

 

「え……なんだろ、なんだろ?」

 

小首をかしげる彼女をちょっと道の隅のほうへ押しやってその両肩をぐっと掴む。

 

「レナ。僕は真剣なんだ……レナに、お味噌汁を作ってほしい!」

 

「え……、もしかして、悟史くん」

 

レナは驚きながらも、僕の言いたいことを理解してくれたようだった。

 

「そうさ、レナ!」

 

「……そっか。誰にでも、そういうことってあるよね」

 

にこりと包容力を感じさせる笑顔で言ってくれるレナだ。

 

さすがクラスのお母さんの座を羽入ちゃんと争うだけのことはあるよ!

 

「でもね、それはレナが応えてあげられることじゃないと思う。きちんと悟史くんが向き合うべき問題じゃないかな……かな?」

 

「え……?」

 

すこしレナの言っている意味がわからなくて困惑する。

 

「あははは、悟史くんなら、大丈夫。頑張ってね!」

 

そう言うとレナは手を振って、商店街のほうに駆け出していった。

 

「好き嫌いはだめだよ、だよ~!」

 

ええと……僕が向き合うってどういうことだろう。

 

よくわからないけど、なにか煙に巻かれてしまった気がする……むぅ。さすがKの信奉者、一筋縄ではいかない。

 

いや、まだまだ。諦めるものか!

 

次に僕が向かったのは、古手神社だった。

 

今日の当番なのだろう、境内のお掃除をしている羽入ちゃんがいる。梨花ちゃんはよくさぼると嘆いているけど、彼女は真面目だから寒くてもいつも決まった時間にこうして神社にやってくる。

 

はーはーと両手に息を吐きかけて冷たい竹箒を持ち直す。

 

ご両親から預かった大切な神社だからその小さな手で必死に守ろうとする彼女の支えになってあげたいと思わない男がいるだろうか、いいやいまい!

 

「羽入ちゃん!」

 

僕は駆け寄っていき、寒さに震えるその小さな身体をぐっと抱き寄せて暖める。

 

「さ、悟史!?……あぅ、ど、どうしたのですか!?」

 

「どうしたもこうしたもないよ……君が寒さに震えているなら、いつだって飛んできてこうして抱きしめてあげる。君の凍える心まで暖めてあげたい、そして、心からの笑顔が見たいんだ!……そんなのって、おかしいかな?」

 

羽入ちゃんはきょとんとして僕を見ていたけど、あぅあぅとなにやら頬を染めながら笑顔で僕の腕からすり抜けた。

 

「悟史。その気持ちはとても嬉しいです。でも、いま僕は全然寂しくなんかないのですよ。大事な梨花もいますし、圭一もレナも家族として僕たちを大切に扱ってくれるのです。だから心配はしないでくださいです」

 

白い息を吐きながらそう言って、箒を握り直す。

 

「仲間みんなが、僕たちには家族のようなものです。もちろん悟史もそうです。いつも元気を分けてもらってるのですよ。……悟史は、沙都子のことを一番に考えてあげてくださいです」

 

幸せに満ちたその笑顔に、なんだかこっちの心まで暖かくなった気がする。こんな笑顔を向けてくれるってことは、きっと……フラグ立った!ってことだよね!?

 

「羽入ちゃん、いつでも君を見守っているよ……それを、忘れないでほしいんだ!」

 

そう愛の言葉を投げたら、彼女は変な顔をした。

 

「悟史、ストーカーはよくないのです。自重するのです、あぅ!」

 

……なんでだろう、意味はわからないけどいま、日本全国から『おまえがいうな』っていう電波を受信したよ!?

 

それでも僕は挫けない。

 

今度は敵地、前原屋敷へと向かって歩を進めた。

 

「あれ、梨花ちゃん?」

 

前原屋敷の門の前で、スコップを片手にぺんぺんと土を叩いている梨花ちゃんがいた。そのやさぐれた表情と仕草はとても御歳十一歳の幼女とは思えないのもいつものこと。

 

「……あら、悟史。こんなところで珍しいわね」

 

梨花ちゃんはいつからだろうか、姉の羽入ちゃんと似た口調をやめて大人の女性みたいな話し方をするようになっていた。でもそのくせ行動やだだっ子っぷりは前よりも子供っぽく……というかアホっぽくなっているのは、気のせいだろうか?

 

「なにかいま、失礼なこと考えなかった?」

 

「むぅ、そんなことないよ。アホの子はすでに萌え属性のひとつだから、褒め言葉だよ?」

 

ちゃんと褒め言葉だって伝えたのに、梨花ちゃんの顔からすぅっと温度が消えていくのが感じられた。いつもの足音を立てない歩き方で僕の横までやってきて、なにやら殺気のこもったにぱ~☆笑いを向けてくる。

 

「り、梨花ちゃん……?」

 

「えい」

 

どん、と両手で押されてしまいよろめいた先はさっき梨花ちゃんがスコップで叩いていたあたりだった。

 

ぼすっと足元が崩れ去り、緩い地面の中に埋まっていく。

 

「うわわわ!? お、落とし穴!?」

 

沙都子のトラップ仲間である梨花ちゃんがこういう技を使うのは珍しくないけど、なんでいきなりこんなことを!?

 

「くすくすくす! まあ前にはまってた奴も勝手に脱出していったみたいだから、頑張りなさいな」

 

なにやら笑いながら見下ろしてくるドS幼女だった。

 

「こ、こんな深い穴、よく掘れたね……ちっちゃいのに」

 

機嫌を直してもらおうと絶賛したのに、梨花ちゃんはますますむっとしたような顔になる。

 

「その前にはまってた奴が掘っていったのよ。誰を狙ったのかは知らないけど、暇人よね。……ところでちっちゃいとか言ったわよね。それは背? それとも胸?」

 

「え……どっちもちっちゃいと思うよ。あと心も狭いよ。でもそこが梨花ちゃんの魅力だと思うな」

 

「……あっそう。落とすだけで勘弁してあげようと思ったけど、どうも埋めなきゃダメみたいね。えいえい」

 

どさどさと頭の上から土が覆い被さってくる。

 

「むぅ……なんで、褒めたのに……!?」

 

もう梨花ちゃんは身も心も圭一にどっぷりと染められてしまっていて、僕の言葉が届かないのかもしれない。

 

「ただいまです、梨花?……また埋めてるのですか?」

 

「おかえり。うん、逃げだそうとしてたからもう一度厳重にね。あんたも手伝いなさい」

 

「わかったのです、梨花! 不審人物は土の下がお似合いなのですよ、あぅあぅ!」

 

降ってくる土の量が倍になった。

 

「ただいま~。……なにしてるの?」

 

「おかえりレナ。見ての通り、家の前に穴が掘られてたから埋めてるのよ」

 

「あぅあぅ、おかえりなさいです。こんなところに穴を掘るなんて、迷惑な輩もいたものなのです」

 

「そっか、それじゃレナも手伝うよ」

 

降ってくる土の量が5倍になった。

 

レナは通常の3倍くらいの実力なのか……。

 

そんなこと感心してる場合じゃなかったけど、頭まで土に埋まってしまってもはや叫びもあげることはできない。

 

このときほどオアシスのスタンド能力が羨ましいと思ったことはない。角砂糖くらい口でキャッチするから、誰か助けてくれないかな……?

 

「……ありがとう、誰だか知らないけど同志の皆さん!」

 

結局、そこから独力では脱出できず、そろそろ僕死ぬのかなと思った頃に穴を掘り返して僕をサルベージしてくれたのは、作業服を着たあまり村では見かけない一団だった。

 

「いや、いいんですよ」

 

「あなたはKに対抗する僕らの希望なんです」

 

「どうかくじけないでください、サニー!」

 

名乗りもせずに立ち去っていった彼らの美しい笑顔に、僕はまた新しい勇気を貰った気がした。

 

とりあえず、今日出来る限りのことはした。

 

もう真っ暗だから沙都子や鷹野さんが心配してるだろうとすぐに家路につく。

 

「もう、にーにー! 晩ご飯の時間に帰ってこないなんていったいどういう了見ですの!」

 

家に帰ると沙都子のトラップで4連バケツを喰らってダウンする僕だった。

 

それでも僕はめげない、くじけない。同志たちに貰った、この強い灯火を消すわけにはいかないから。

 

僕は沙都子を抱きしめた。

 

「沙都子……っ! 実の兄妹とか関係ない、禁断の愛こそが萌えの王道だと思わないかい!? 僕を兄でなく、一人の男として見てほしいと言ったらわがままかな!?」

 

「泥だらけで抱きつきながら訳のわからないことを言わないでくださいませーッ!?」

 

くわん☆

 

後頭部に、何故か最強無敵っぽいやかんが飛んできた。

 

ぐったりしたところへ、親友の梨花ちゃんの影響を受けたのだろうか、僕の頭をえいえいと足蹴にする。

 

「をほほ、最近圭一さんや監督の悪影響を受け過ぎなにーにーは、ちょっぴり反省するべきですわー!」

 

いいよ、沙都子……そのピュアな白いソックスが、物凄くいい……妹の靴下による責めって、なんだか未来では熱いジャンルになりそうな気がしてきたよ!

 

もう寝る時間の沙都子が立ち去ったあとで、診療所での残業から帰ってきた鷹野さんが僕を発見してくれた。

 

「まあ! 悟史くん、どうしたの? こんなに泥だらけで……それにこんな時間まで外出してるだなんて、おなかがすいたでしょう? 晩ご飯暖めなおしてきますから、先にお風呂を召してくださいな」

 

そう言いながら自分が汚れるのも構わずに僕を優しく抱き起こしてくれる鷹野さんはまさに癒しの天使そのものだ。

 

特にこの、頬にあたる柔らかっぷりは……まさに最強無比の幻想。魅音のが対軍宝具だとすればこれは対城宝具だと言っていいくらいの凄まじさだ。

 

「鷹野さん……!」

 

「はい?」

 

「その素晴らしい宝具で、僕の背中を流していただけないでしょうか!?」

 

そうお願いしたら、鷹野さんはよくわからないという顔をしつつも、頬を染めながらつと目をそらした。

 

「すいません、異性のお背中を流すのは心に決めたご主人様だけと決めていますので……お許しを」

 

こ、この恥じらいと忠誠、まさにメイドの鑑……!

 

つまり僕はまだそのご主人様に相応しくないから、もっと漢を磨いて出直してこいということなんですね!

 

わかりました鷹野さん、いつか僕は、あなたの宝具で背中を流してもらえるような、立派な漢になりますとも!

 

「……今度、みんなで前原屋敷にお泊まりしませんか? あら、これははしたないかしら……でもでも☆」

 

両手を頬に添えて目を閉じ、なにやらぶつぶつと幸せそうに妄想を展開しているらしい鷹野さんだった。

 

そして翌日、僕は本丸に乗り込むことを決意する。

 

「K!」

 

いつもの登校風景、同居の三人と魅音に囲まれて羨ましいくらいの男女比で登校してきた圭一を呼び止める。

 

「おっす、悟史。どうした?」

 

「話があるんだ、ちょっと顔を貸してくれないかな」

 

圭一ははて、と首をかしげながらも残りの四人に先に行くように促した。

 

そして朝の校舎前で対峙する二人。

 

「しっかし、最近寒くなったよな。そろそろ雪でも降るんじゃないかこれ?」

 

のんきに空を見上げて天気の話を始める圭一に、僕はきっと視線をぶつける。

 

「圭一、白黒つけよう。僕は君を親友だと思ってるけど、譲れない思いだってあるんだ。……受けてくれるね?」

 

そう言ったら、僕の声音から真剣さを読みとったのか、圭一はこちらに視線を返してきた。その目が細められる。

 

「悟史……いや、サニー。どうしても止まらないのか」

 

その厳しい問いに、僕は決然と頷いた。

 

「止まらない。いや、止められない。この想いはもう……誰にも止められやしないんだ、Kッ!」

 

それは咆哮だった。

 

ぐっと身を低くして構える僕に、Kも手にしていた鞄を地面に落とす。冷たい風が吹き抜ける校庭に満ちる緊張感。

 

「……いくよ、K!」

 

叫んで駆け出す僕。

 

「来いよ、サニー!」

 

圭一も、ぎらついた笑みを浮かべてくる。

 

「うわぁあぁあああッ!」

 

地面が流れる、加速しているはずなのに景色はゆっくりと後方へと過ぎ去っていく。頬に触れる気流さえも感じられる、これは……極限まで高められた集中力が、時の歩みさえも追い越してしまっているのだろうか。

 

圭一との間合いは一歩ごとに狭まっていく。

 

彼のとるべき攻撃は決まっている。

 

鍛え上げられた右の拳……数々の実戦で立ちふさがる敵を打ち破ってきた、その傷だらけの拳による一点集中突破。

 

それはまっすぐに敵を打ち貫く意志の楔。

 

正面からぶつかり合えば必ず砕かれる、その強さはこの身に染みてわかっているのだ。

 

……ならば、とるべきは先制権。

 

最速を持って、その拳が振り抜かれる前に懐へ飛び込み、全力のカウンターを打ち放つのみ!

 

……これが、北条悟史の、漢サニーの全力全開ッ!

 

さらに加速しようとした一瞬、踏み込んだ足がなにかを踏んづけて身体がつんのめる。そこで間違いに気がつく。

 

しまった……、まだ通学用メイド服のままだったッ!

 

スカートを踏みつけてすぽーんと空中を飛んだ僕は、ある意味意図したとおりに最速で圭一へと突っ込んでいった。

 

まずい、このタイミングじゃ……圭一が足を止めて拳を振り抜けば、避けようのない空中で撃墜されるッ!?

 

思わず目を閉じてしまった瞬間、衝撃がきた。

 

「わぷっ!?」

 

変な悲鳴をあげてしまった僕は、あまり痛くなかったことに気づいておそるおそる目を開けた。

 

間近に、校庭に座り込んだ圭一の笑顔があった。どうやら、僕を両手で受け止めてくれたらしかった。

 

「はは、なんだよそんな勢いで飛びついてきて。そこまで俺のメイドになりたかったのかよ、サニー!」

 

よしよしと撫でられてしまって、思わず自分の顔が赤くなるのがわかった。

 

「むぅ、そんなことないよ!」

 

「ははは、ツンデレメイドか! 新しい技だな!?」

 

「違うよ、違うよ~!」

 

両拳を雨と降らせるのに、圭一にはまったく通じない。

 

それどころか、さらに微笑ましげに僕を見るのだからたまらなかった。

 

「ん……」

 

圭一が僕を撫でながら空を見上げる。

 

白いものが、ちらほらと舞い降り始めていた。

 

「……降り出したな。ほら、教室にいこうぜ」

 

立ち上がった圭一が、さっと手を差し伸べてくる。

 

最大の敵に情けをかけられるようで心外だ。

 

……でも、圭一のそんな笑顔は、大好きだった。

 

「うん……」

 

その手をとって引っ張り起こしてもらい、一緒に校舎へと向かう。途中で圭一の鞄を拾った。

 

「サンキュ」

 

通学鞄を肩にかけ、笑いかけてくれる圭一。

 

雪さえ降ってるっていうのに、胸の奥がじんわりとあったかいのはどうしてだろう……?

 

「ここって結構積もるんだよな。東京育ちだから、楽しみといえば楽しみなんだよな~!」

 

「むぅ……雪かきとか大変だし、そんなにいいものじゃないよ? 雪合戦とかは僕も楽しみだけどさ……」

 

「いいねぇ、雪合戦に雪だるま、あとかまくらも作れるんだよなー、きっと! かまくらの中で鍋とか、こりゃたまらんよなぁ!」

 

都会育ちの圭一ときたら、本当にのんきなものだった。

 

あと何週間かすれば、彼も現実を思い知ることだろう。

 

そのときの圭一の困った顔が楽しみでしょうがない。

 

「……あはは。圭一、頑張ってね!」

 

「ん? ああ、当然だぜ!」

 

意味がわからないなりに、親指を立てる圭一。

 

どんな困難もその前では意味をもたないと思えてしまうだけの信頼があった。

 

……やっぱり、かなわないな。

 

それを認めるのに、ずいぶん回り道をしたものだ。

 

ごめん、同志のみんな。

 

やっぱり僕は……圭一の敵に回るよりも、味方でいたい。

 

どんなときも、彼の隣で笑っていたい。

 

彼が本当に困ったときには、支えてあげたいんだ……!

 

だから……、許してくれるかな?

 

曇り空を見上げたら、そこにはなぜか感涙しながら頷く、イリー、トミー、クラウド、そして謎の作業員姿の皆さんの顔が浮かんでいるような気がした。

 

この気持ちは……きっと、誰にも止められない!

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