ひぐらしのなく頃に~神楽舞   作:晃晃

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第69話 僕たちの哀歌

再び、診療所地下の会議室にて。

 

「すいません、僕が未熟なばかりに……」

 

そう頭を下げたら、イリーはそれを手で制した。

 

「サニー、あなたのせいではありませんよ。おそらくは、作戦が間違っていたのです。すでにKにより陥落されている少女たちを攻略しようというのは無理があったということです」

 

クラウドも腕組みをして頷く。

 

「考えてみればそのとおりですな。サニーは我々の期待以上に奔走してくれた。気にすることはありません」

 

「そうだね。もう一度、現実的な作戦を考えてみたほうがいいんじゃないかな」

 

トミーも笑顔でそう言ってくれた。

 

すこし涙腺が緩みそうになるのを必死でこらえた。

 

この場に、涙なんか似合わないから。

 

「では、どうやって彼の牙城を突き崩すか……ですが」

 

「それについては、僕に提案があるんだよ」

 

イリーの言葉に、トミーは自信ありげな笑顔を浮かべる。

 

「ほう、どんな名案ですかな?」

 

期待をこめてクラウドが言った。

 

「逆に考えるのさ、クラウド。あげちゃってもいいさ、と考えるんだよ!」

 

「な、なんだってー!?」

 

その提案は練り直され、二、三の修正を加えたうえで……再び僕が実行者となって動き出した。

 

「あら、悟史? 無事だったのね」

 

まずは前回酷い目に合わされた梨花ちゃんに狙いを絞り、学校の廊下で呼び止める。

 

「あはは、親切な人が助けてくれてね。梨花ちゃん、すこし聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

 

「何よ」

 

わずかな警戒心をにじませる。

 

無理はないんだけど酷いなぁ……一方的に被害を受けたのは僕だと思うんだけど。

 

「梨花ちゃんは、圭一とずいぶん仲良しになったよね」

 

「ん、そりゃまぁね。こ~、ラブラブよ!?」

 

機嫌よさげにない胸を張る梨花ちゃんだった。

 

「普段はどんな感じなの? やっぱり家の中では、遠足のときみたいに大人のキスをしてたりとか……」

 

「何よ、人のプライバシーを覗こうなんて趣味悪いわよ」

 

と言いながらも満更ではなさそうな態度だった。

 

よし、ここは……。

 

「むぅ、そうだよね。ごめん、ちょっと無神経だったよ」

 

興味をなくしたそぶりで立ち去ろうとすると、ぐっと服の裾を引っ張られた。

 

「まー、ここだけの話でいいならちょっとくらいは話してあげてもいいわよ。ね、聞きたいでしょ!?」

 

話したいんでしょ……という本音は出さずにおく。

 

「そ、そうだね。誰にも話さないからすこし教えてくれないかな、梨花ちゃん」

 

「しょーがないわねーもー」

 

にぱ~☆と嬉しげに惚気話を始める梨花ちゃんだった。

 

それによれば、前原屋敷では就寝時の添い寝は暗黙のうちに交代となっているが、たいてい忍んでいく頃には圭一は眠っているので、圭一がどこまでわかっているのかは不明らしい。梨花ちゃんたちにとっては、圭一の寝顔を見られるだけでも幸せなので別にいいのだとか。

 

……そ、そんなこと言われてみたいなぁ!

 

「でもね~、やっぱり圭一の一番は私だと思うのよね!」

 

その根拠はと聞けば、圭一が家にいるときに一緒にいるのはたいてい自分だという答えが返ってきた。圭一が勉強している背中にもたれて漫画を読んでたり、圭一が漫画を読んでるときに圭一の膝の上(指定席だそうだ)で一緒に読んでいたり、圭一が腹筋や腕立て伏せをしているときは足や背中に乗って漫画を読みながら手伝っているのも梨花ちゃんだという。どうでもいいけど漫画読み過ぎだろ!?

 

「それになんといっても、たいてい一緒にお風呂入ってるもの。これは大きいと思うのよね!」

 

ひゃ~☆と恥ずかしそうに身をくねらせるけど、沙都子もたまに一緒に入ろうと言ってくるし、梨花ちゃんの歳ならお父さんやお兄さんとお風呂に入っている子もいるんじゃないのかなぁ、なんて思ってしまったりする。

 

「夜の散歩が長引いて私が先に寝ちゃうときとかは羽入と一緒みたいだけど、それ以外はたいてい私だもん。どう考えても圭一は私のよね、ね!?」

 

「そ、そうだね。……いや、そうに違いないよ!」

 

そこでようやく、作戦を思い出して頷いた。

 

「梨花ちゃんはもっと自信をもっていいと思うよ。いまの話を聞いていたら、同じ男として圭一の気持ちが伝わってきた気がするんだ。きっと圭一は、梨花ちゃんのことがいちばん好きに違いないよ!」

 

力強く断言すると、梨花ちゃんは嬉しそうに拳を振り回した。なぜかクリーンヒットして床に倒れ伏してしまう僕が見えているのかいないのか、

 

「そうよね、そうよね! うん、ありがとう悟史! 自信が沸いてきたわ……あぁもう、ドキドキしてきた。圭一にロマンチックあげたくなってきたじゃない、も~!」

 

ひゃっほう☆と上機嫌にスキップしながら去っていく梨花ちゃんの背中を見ながら僕はぐっと親指を立てた。

 

「まず、一人……!」

 

次に僕が狙いをつけたのは、魅音だ。

 

下校時、沙都子を鷹野さんに任せてダッシュで園崎家前に向かって待ち伏せ、帰ってきた魅音に手を振る。

 

「みおーん!」

 

「悟史?……どしたの、なんか用?」

 

「うん、ちょっと相談したいことがあってさ」

 

すこし考えるそぶりをした魅音だったけどすぐに頷いて、

 

「いいよ、あがって」

 

園崎家に通された。すこしだけど緊張する。かつては近付くことさえ怖れたこの屋敷に、魅音の友人として足を踏みいれることになるなんて思わなかったな……。

 

縁側を歩いているところで、ちょうど部屋からでてきたお魎さんが僕をみつけた。

 

「おぅ、北条の坊主。妹は元気にしとるんかぃ?」

 

「あ、はい。おかげさまで。お婆さんも、寒いですからお体を大切になさってください」

 

そう言ったら、かっかっかと笑い飛ばされる。

 

「年寄りゃあな、あっちゃこっちゃガタぁきとるんよ。それと付き合いながらお迎えを待つんがえぇんね」

 

「なーに縁起でもないこと言ってんの。長生きしてくんないと私が困りますってーのよ、四の五の言わずにあったかくして部屋にこもってな!」

 

魅音が笑い返し、しっしっと追い払うような仕草をする。口は悪いけど、魅音がお魎さんの身体を心配してるのがよくわかった。

 

「ひゃっひゃっひゃっ、もうえぇから死ね、っちゅうまで長生きするんも悪くないんね!」

 

きつい冗談を飛ばしながら、お魎さんは奥の自室があると思われるほうへとゆっくり歩み去っていった。

 

「ったくもう。さ、入って入って。蜜柑がえらい届いちゃってねー、ノルマ五個以上ね!」

 

こたつのある部屋に通されて、すぐさま蜜柑が山と積まれた籠をずいっと前に突き出される。

 

しかたなく、蜜柑を食べながら話をすることにした。

 

「あのさ、魅音。圭一とは、最近どうなのかな」

 

「へっ、圭ちゃん!?……えぇと、どうって言うと?」

 

さっきまでの堂に入った態度が嘘のように口を尖らせ、目を泳がせる魅音だった。

 

「ほら、この前罰ゲームで遊園地に行ったりしたよね。あれから進展してたりするのかなって」

 

「あ、ぅん、なるほど……そ、そーだね、そりゃー悟史も気になるよね。あっははは!」

 

取り繕うように笑ってから、こほんと咳払いをする。

 

「……ま、その。悟史くんには酷な話かもしれないけど。私は、そろそろ真剣なお付き合いってレベルにきてるんじゃないかと思ってます。レナたちのことがなければ、婆っちゃやお母さんに正式に紹介しちゃってるくらいには」

 

そう言ってからう~んと腕組みして考え込み、

 

「あ、でも、変なこと言うかもしれないけど、諦めたりしないでほしいんですよね。うまく説明できないんですけど悟史くんが好きな園崎魅音は別にいるといーますか……」

 

なにか困り果てた様子だったけど、僕は口の中の蜜柑を呑み込んで魅音に真剣に言った。

 

「いや、魅音。僕のことは気にしなくていいから、圭一の気持ちに応えてあげて欲しいんだ」

 

「へ!?」

 

勢い込んで拳を握り締める。

 

「僕はね、親友として圭一が魅音のことをどれだけ大切に思ってるかわかるつもりなんだ。だから魅音、圭一が好きならためらわないで欲しい。まっすぐに突き進んで、飛び越えちゃってくれよ! 壁とか! モラルとか!」

 

「ええぇえぇえッ!?」

 

真っ赤になって泡を食う魅音に、もう十分だと判断した僕は立ち上がった。

 

「僕は圭一の親友として、魅音の仲間として、二人を応援してるってことを……覚えていてほしいんだ!」

 

「さ、悟史くん……」

 

なにを妄想しているのやらへろへろになっている魅音をその場に残して帰ろうとした瞬間、後ろからぐっと腕を掴まれる。なにか気づかれちゃったかな……と思って恐る恐る振り返ったら、まだ赤い顔をした魅音が抱えた蜜柑を大量に押し付けてきた。

 

「これ、ノルマ……。ごめん、ごめんね!」

 

そう謝りながら僕を押し出して、ぴしゃりと障子を閉めてしまう。その向こうで、影絵のように魅音が胸を押さえてへなへな座り込むのが見えた。

 

これでいい、これでいいんだ……!

 

僕は魅惑のツインキャノンへの未練を振り切りながら園崎家を出ると、ノルマ五個だったのにこれ十個以上あるよどうしようと思いながらもまっすぐに商店街に向かった。

 

見ればちょうど、買い物帰りの羽入ちゃんが元気に歌を歌いながらやってくるところだった。

 

「せいぎとあくとのしきべつかんりょ~♪」

 

こぶしを利かせつつ、気分よさげにサビを歌いきるのを待って僕は声をかけた。

 

「羽入ちゃん、いいかな!?」

 

「あぅ、悟史?……き、聞いてたのですか!?」

 

「ちょっと未来の歌だけど、とても熱かったよ!」

 

あぅあぅと恥ずかしそうに赤くなる羽入ちゃんだった。

 

この子は歌でもなんでも、夢中になるとまわりが見えなくなりがちという無防備さをもつ素敵な村の生き神様だ。

 

だからここは勢いで押し切るのが一番だろう。

 

「羽入ちゃんは、圭一のことが好きだよね!?」

 

「あぅ、大好きです!」

 

僕の勢いに驚きながらもまさに即答だった。

 

「僕はね、羽入ちゃん。圭一が胸の奥にしまいこんでいる気持ちに気がついてしまったんだ……!」

 

「あぅ!? そ、それは……悟史」

 

目を見開いて、おろおろと落ち着かない表情になる。

 

「あのですね、圭一を責めないであげてほしいのです。見守っていてあげてほしいです。その、あぅ……いつか本当になる日がくると、僕は信じているのですよ」

 

とても困った様子で、よくわからないことを言っていた。

 

「羽入ちゃん、圭一のそばにいてあげてほしい。いや、それだけじゃもう足りないかもしれない。圭一はきっと羽入ちゃんの優しさを誰よりも求めてると思うんだよ!」

 

「あぅう!?……そ、そうなのですか?」

 

何故かもっと困ったような顔になる。

 

「そうさ! 男はときに甘えたくなるときがあるんだよ、羽入ちゃん。そして圭一にとって、涙を流せる場所は羽入ちゃんの胸だけだと思うんだ!」

 

「…………あぅ。そうかも、しれませんのです」

 

な、なんでこんな、ずーんと落ち込んでしまうのかがよくわからない! もうこの作戦やめようよイリー!?

 

「と、とにかくさ。その、羽入ちゃんが落ち込んでたら、圭一だって心配する。だからいますぐ、圭一を抱きしめてあげてくれないかな!」

 

「あぅ……わ、わかりましたのです!」

 

泣きそうな顔でダッシュしていく羽入ちゃんの小さな背中を見送りながら、罪悪感が沸いてきてしまう。

 

羽入ちゃんがどうして落ち込んだのかはよくわからないけど、僕の言葉がきっかけだったのは確かだ。

 

まだレナが残ってるけど、この時期の夕方に吹きさらしのダム現場にいるとも思えないし、最近レナをあの場所で見かけるのは圭一とセットのときだけだ。

 

とりあえずやるだけのことはやったと判断してイリーたちに報告しようと診療所に足を向けた。

 

「なるほど、上首尾ですね。すでに三人を焚きつけてくれましたか。さすがサニーです」

 

イリーは所長室に僕を通して報告を受けると、笑顔でそう言ってくれた。

 

「でもイリー、なんだか胸が痛むよ……」

 

「しかし、作戦の方向性は間違ってないと思いますよ?」

 

この作戦の概要は、簡単に言えば圭一のまわりのみんなを焚きつけて圭一にいままでよりも果敢にアタックさせ、その結果として圭一が誰かひとりを選んでくれれば、残りのみんなはフリーになるし、僕らが圭一を無闇に羨ましがる必要もなくなる。選ばれなかったみんなも、それぞれに新しい恋を見つければそれはそれでとても正常なことだし、いつかはそうなるのだから問題ない。

 

みんなが幸せになるだろう、という作戦だった。

 

最初の説明を聞いたときはなるほどと納得したし、たりらりら~ん♪と嬉しそうな梨花ちゃんを見たところまでは僕もいい作戦だと思ったのだけど、魅音のなぜかせつなそうな顔や、羽入ちゃんのあの落ち込みようを見るとどうにも落ち着かなくなってくる。

 

「でもやっぱり、僕たちの作戦でみんなが泣くようなことになったら……とても後味が悪いと思うんだよ、イリー」

 

そう言ったらイリーも腕組みをして悩み出してしまう。

 

「うーん、確かに……」

 

いまの状態のほうが間違っているのだとしても、みんなはそれなりに幸せそうに過ごしていた。それを僕たちの手で壊してしまうのはなんだかしのびないのだ。

 

「……わかりました、サニー。あなたのその優しい気持ちに免じて、この作戦は中止にしましょう!」

 

ぽんと肩を叩いて、イリーが朗らかに笑ったときだった。

 

どんどんどんと閉まっているはずの診療所の玄関の方から扉を叩く音が聞こえてくる。

 

「監督、監督! 匿ってくれ、頼む!」

 

聞こえてくるのは、圭一の声だった。

 

なにがあったんだろうと僕たちは顔を見合わせ、玄関に向かう。監督が扉を開けると、圭一が息せききって転がりこんできた。

 

「どうしたんです、前原さん」

 

「なんかさ、家に帰ったら梨花の様子がおかしいんだ……いきなりドロップキックで蹴り倒されたと思ったら、俺の服に手をかけて『よいではないかよいではないか』とか、『口じゃ嫌がっても身体は正直だのぅ~☆』とか、わけのわからないことを言い出すんだ!」

 

泣きそうな顔で言う圭一だった。

 

……僕と監督はもう一度顔を見合わせ、天を仰いだ。

 

梨花ちゃん、君って子は……なんたるお約束の権化!?

 

「それだけじゃないんだ。羽入が帰ってきて、一千万パワーで梨花を吹っ飛ばしてくれたんだが……羽入もおかしくてさ、俺の顔を胸に押しつけて大声で歌いだすんだ、わたしのむねでおねむりなさい♪とか! 窒息するほどはないのに、気持ちよくて思わず永眠しそうになっちまった!」

 

……あ、それは羨ましいかも。

 

「男の死に様はそれに尽きますね……☆」

 

眼鏡を光らせて感動するイリーも同感のようだった。

 

「梨花が復活して、『私の持ち歌でしょうが、それは!』とか叫びながら醤油瓶をひっさげて羽入に戦いを挑むんだよ……『負けてらんないのよ、あんたらなんかにぃぃ!』とか、なんか偽りの復活っぽいこと言いながら!」

 

カオスなことになってる……!

 

前原屋敷の現状が最初からカオスなんだけど、それはこの際置いておくとしても、まさか古手姉妹が骨肉の争いを始めるとは……。

 

「レナが騒ぎに気づいて出てきて、なぜか梨花と羽入がタッグを組んで『嵐の夜の再現ね……おいで、鉈女!』とか言い出すからレナもバトルモードに入っちまったし……、そこに魅音まで飛びこんできて『超えられない壁を越えようよ圭ちゃん、傾きかけてる健全の看板なんてもういらないんだよ!』とか叫びだすし! いるよ、それいるよ!」

 

その恐ろしい光景を思い出したのだろう、圭一ががくがくと身体を震わせる。

 

「そのまま三つ巴の戦いになるかと思ったら、アイコンタクトでとりあえず全員で、俺を縛り上げておこうという結論になったらしいので逃げてきたんだ」

 

修羅場勃発かと思ったら対圭一にだけは一致団結か……。

 

よくあの四人から逃げてきたなぁ……。

 

「もう大丈夫だよ、圭一。診療所に隠れていれば、みんなだって……ひっ!?」

 

圭一を助け起こそうと近寄ったら、玄関の扉の隙間かららんらんと光る目が覗いていた。

 

「……圭一くん、見ぃ~つけた☆」

 

レナ!?

 

ぎぃぃぃ……と玄関が開いて、白いコートのレナが足を踏み入れてくる。

 

「ひぃぃぃ、帰れ、帰れよぅ!?」

 

腰が抜けたのだろうか、しゃがみこんだ姿勢のまましゃかしゃかと後ずさる圭一だった。

 

「?……圭一くん、いっしょに帰ろ?」

 

小首を傾げるレナは、思ったより普通の表情をしていた。いわゆる鉈女モードじゃない、普段の可愛いレナだ。

 

圭一も気づいたらしく、きょとんとして見上げる。

 

「あ、あれ……? レナ、鉈はどうした?」

 

「……? 圭一くん、急に家を飛び出しちゃうからみんな心配してるよ。もう喧嘩してないから、かえろ?」

 

そう言ってにこにこしながら圭一に手を差し出す。

 

「ほ、ほんとか? 古手・竜宮・園崎の三大勢力による地球圏の勢力争いは静まったんだな?」

 

「あはは、へんな圭一くん。今日ね、魅ぃちゃんがお泊りに来たんだよ。みんなおなかすかせて待ってるよ、帰って一緒にごはん食べよ?」

 

レナが依然にこにことしているので、圭一はどうにか安心して息をつき、その手を握って立ち上がった。

 

「あー……マジでびびったぜ。何が起きたかと思った」

 

「レナたちは圭一くんを信じてるんだから、圭一くんもレナたちを信じてくれなきゃダメだよ」

 

「……あぁ、全くだな。面目ない」

 

肩をすくめて圭一がドアから出て行ったあとで、レナは僕と監督のほうを見てにっこりと笑った。

 

「それじゃ、帰ります。あんまりみんなを煽るようなことしたら……レナ、『怒るよ』?」

 

最後の部分だけえらく低くてドスの利いた声で言うから、僕と監督は思わず震え上がってしまう。

 

するとレナはくすくすと笑って、

 

「いつかはそういう日が来るかもしれないけど、レナたちはまだ弱いから……もう少しだけ、見逃してほしいな」

 

笑顔とともに、するりとドアを抜けていってしまう。

 

閉まったドアの向こうで、圭一とレナが楽しげに話しながら遠ざかっていくのがわかる。

 

「……や、やはり今回の作戦はすこし性急過ぎましたね」

 

胸を撫で下ろしながら監督が弱々しく笑う。

 

「監督……、もう圭一を羨ましがるのはやめましょう」

 

「……悟史くん」

 

圭一は確かに、羨ましい生活をしているかもしれない。

 

でもそれは危ういバランスの上で保たれている儚い楽園であり、同時に圭一が選んで背負った重荷なんだ。

 

僕たちは圭一にはなれない。

 

みんなのために、何もかもを敵に回してなお吠えるなんて活躍ができる人間じゃないし、そのふりをするだけの度胸さえない。

 

でもだからといって、圭一をその場所から引きずり下ろそうなんていうのは間違っているんだ。

 

僕たちは僕たちなりに強くなって、圭一と肩を並べて戦える程度にはならないと申し訳が立たない。

 

そう話したら、トミーもクラウドもわかってくれた。

 

「そうだね。僕ももっと腕を磨いて、びっくりするような美しい幼女写真を撮って、鷹野さんを振り向かせるよ!」

 

びっくりはするかもしれないけど幼女はどうだろトミー!

 

「いやいや、いくつになっても学ばされるものです。私も今回の件で小中学生に萌えられる自分を発見しましたよ」

 

萌えるだけにしておかないと、職業上まずいよクラウド!

 

「我々も彼女たちのように日々成長していかないといけません。その成長を春には窺い知れると思うと……あぁ!」

 

頬を染めて春の健康診断を思い描くのはやめようイリー!

 

この作戦を通じて僕たちソウルブラザーはまたひとつ萌えの何たるかを学ぶことができた気がする。

 

今度みんなに謝っておかなきゃ……。

 

でも、次の日前原家の住人(+お泊りしたはずの魅音)で学校に出てきたのは、圭一とレナだけだった。

 

「帰ったら全員、レナぱんでノックアウトされてた……」

 

悪夢のような光景だったと青ざめる圭一だった。

 

どうやらレナは一緒に圭一を追いかけるとみせかけてみんなを不意打ちで無力化し、ノックアウト状態の魅音たちの話を聞いて推理し、診療所にあたりをつけたらしい。

 

「……なんて行動力と洞察力なんだろう」

 

「ああ……レナを怒らせるのはやめようぜ」

 

僕たちが今回の件でもっとも強く学んだのはハイスペック少女、竜宮レナの恐ろしさかもしれない。

 

「なにか怯えてる圭一くんと悟史くん、かぁいい……☆」

 

はっと気がついて振り返ったら、鼻息荒く怪しい動きを見せるレナが立っていた。

 

「やばい、悟史、逃げろッ!」

 

「け、圭一ぃぃぃ!」

 

圭一に突き飛ばされた僕は、見てしまった。

 

身を投げ出して僕をかばってくれた圭一の悲惨な末路を。

 

「お、お、お召し上がりぃぃぃッ!」

 

「レナ、教室ではよせ、レナぁあ……!?」

 

呆然と、捕食される圭一を見ながら……どうしてだろう、空虚な笑顔が浮かんでくるのがわかった。

 

頬に温かいものが伝う。

 

僕は、もう……圭一を羨ましいなんて、思わない!

 

「あははははははははははははは…………」

 

びくんびくん、と圭一の指が……かすかに、震えていた。

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