「……レナさんや」
自室(というか梨花&羽入の部屋)にテーブルを出して宿題らしきものを広げていたレナに声をかける。
「なにかな、圭一くん?」
ノートからきちんと視線を上げて相手を見る。
小さなことではあるけれど、人に好感を与える基本的なところが身についているのがレナの偉いところだと思う。
……宝探しのときとか料理のときはそっちに夢中で振り向きもしないが、火とか刃物とか危ないものを扱っていることが多いので、それは仕方ないところだろう。
「その、さ。ちょいと羽入さんを怒らせてしまったのだが機嫌をとるのにいいアイディアがあったら教えてくれ」
「羽入ちゃんを?……珍しいね」
んー、とシャーペンの頭を顎にあてて考える仕草。
そうなんだよな。梨花やレナは俺から悪戯を仕掛けて怒らせることもしょっちゅうだし、二人ともその場では沸騰したみたいに怒るけど後にはひきずらない。
俺を叩きのめして気分がすっきりすればけろっとした顔で「大丈夫?」なんて言ってくるあたりが小憎らしいが、さっぱりしてるのはいいことだよな。
では羽入はひきずるのかといえば、そもそもめったに怒らない。俺や梨花によくだらしないと小言は言うけれど、それは非を正して欲しいから叱るのであって、怒ってこっちに向かってきたり怒鳴り散らすなんてことはない。
ちょいと拗ねたりむくれたりはあるが、構ってやればすぐに機嫌を直して、笑顔になってくれる。こっちが悪くてもたいていのことは許してくれるから、ついついまたいぢりたくなってしまうわけだが……。
「……真っ先に思いつくのは、シュークリームかな」
「それで済むなら、最初からレナに相談しない。はっきり『シュークリームでも許しませんのです、あぅ!』と言われてしまった俺がいるから助けてプリーズ」
それはますます珍しいと、ここでようやく興味深そうな顔を向けてくるレナだった。
「……何やったの?」
「あ~……、そこなんだよな」
レナが立ち上がって、部屋の隅に積んであった座布団を俺の足元に置いてくれる。俺は素直に腰を下ろしてあぐらをかくしかなかった。
「羽入ちゃんが怒るなんて、よっぽどのことだよね?」
「うむ」
羽入が怒ったところを見たことそのものがあまりない。
風呂入ってるときに俺や梨花がお邪魔してもあぅあぅ言う程度で許してくれるし、今日みたいに風呂に連れ込んでも同じことだ。無理やり着替えさせたりするとレナだったら武器を持ち出すが、羽入はさめざめと泣くくらいで怒ったりはしない。脱がせたまま冷え冷えの刺身を身体の上に並べられても、『あ~ん』してやったら許してくれたし、丹念に手洗い揉み洗いしたときなんか怒る気力もなくただただあぅ~んと突っ伏すのみだった。富竹さんが家族写真用にってくれた古いカメラで、梨花といっしょに羽入悩殺写真集を作ったときも絶対に人に見せないでほしいのですとは言われたけど別に怒ってはいなかったな。家族だけでやった部活の縮小版で羽入がビリだったから夜の散歩のときに犬耳に首輪とリードをつけてやったときも真っ赤にはなってたけど怒らなかったし、夏祭りで帰ったときによいではないかよいではないかって帯を引っ張ってもあぅあぅ目を回してるだけだったし、羽入が風呂上りの楽しみにとっておいたヨーグルトをたまたま見つけて半分食べかけてたところでバレてひどいのですひどいのですって泣かれたときも残りの半分を口移しで食べさせてやったらおさまったし、膝枕で耳かきしてくれてるときに足を撫で撫でしてもあぅあぅ言って赤くなってるだけだったし、寝ぼけてる羽入にさあ口を開け歯を立てるんじゃないぞと言って勝手に歯磨きしたときも驚きはしたけど怒らなかった。あと夏に飛び込んできたセミを服の中に入れてやったら泣きながら踊りつつ服を一枚一枚脱いでいったけど、あのときも畳に突っ伏してぐったりしてるだけだったし、寝てる間に布団ごと屋根の上に移動させてやったときも寝ぼけてただけかもしれんが普通におはようございますって言ってたよな。暇で暇でしりとりすることになったときも梨花とふたりで『る』回しをやったたのに泣きながらるのつく言葉を捜し続けてた。あと羽入が宿題で書いてた風景画にリアルなシュークリームの絵をこっそり書き加えてやったときもなにか足りないと思っていたのですよってむしろ喜ばれてしまって恐縮したな。あぁそうだ、鷹野さんがくれたショートケーキのイチゴを掠め取ったときはさすがに真っ赤になって怒ってたような気もする。でもあのときはシュークリームで許してくれたしなぁ……。あと羽入が買ってきたシュークリームを隠したときは世界の終わりみたいな顔をして家中探し回ったあげく『迷子のシュークリームを捜していますのです』って手書きのチラシを二百枚くらい作って村中に貼ってまわった。家に戻ってくるのを見計らって冷蔵庫に戻しておいてやったら、泣きながら笑顔でシュークリームを頬張っていたっけ。いや~あのときは感動したな、俺と梨花がさすがに悪いことしたと思って謝ったのにこの子さえ見つかればそれでいいのです、食べないでとっておいてくれて本当にありがとうなのですってお礼まで言われちまったし。感涙した俺たちは村に走り出て迷子のチラシを回収してまわったもんさ。そのくらいなにやっても怒らないぜ。
「……圭一くん」
黙って聞いていたレナが、そこでようやく口を開く。
「ん?」
「やりすぎ」
めっという表情で言われてしまい、しまったこれは喋りすぎたかなと反省する。いまので羽入に仕掛けた悪戯全体の二割くらいなんだが残りは言わないでおいたほうが命だけは助けてもらえそうな気がする。
「それで今回は何をしたの?」
「うん、さっき風呂に連れ込んだだろ。まぁそれはいつものとおりお嫁にいけない発言をしつつむくれる程度で許してもらえたんだが、なだめようとしてキスしたのがまずかった。いやうがいをしておかなかったのがまずいのかも」
この時期定番のように知恵先生が口にする、外出先から帰ったらまずうがいをしましょうという言葉は、至言なのだといまさら思う。
「…………べつにいいけど。お昼、外で食べたんだよね。なにを食べたの?」
「エンジェルモートの天使の激辛カレー大盛り」
「一生許してもらえないかもしれないね☆」
さくっと言うなよ!?
そんなん俺、めちゃくちゃ寂しいじゃないか!
「だから相談してるんじゃないかぁ~! レナえもん、なんとかしてよ~!」
可愛くじたばたしてみるのだが、レナは困り顔になる。
「四次元収納的には、魅ぃちゃんの役割だと思うな」
そっちかよ!
くそう、レナのツッコミというかむしろボケ返しに近いそれは時々こちらの予想を飛び越えてくるから思わずどきどきしちまうぜ……!
「はぅ……レナはそんなことで圭一くんをどきどきさせていたことが予想外でむしろ狼狽えちゃってるよ?」
そこは照れてほんわかってするところじゃないだろ!?
レナの立ち絵的にはたしかにそれしか合わない気もするんだけど……いまは立ち絵の話じゃないんだよ!
「だからどうやったら羽入に許してもらえるかアイディアを全米から大募集してるってわけなのさHAHAHA!」
「フロンティアスピリットが必要な分野なんだね」
今度のはツッコミですらねぇよ!
そこで『レナは日本在住だよ?』という冷静な返しを期待していた俺は、まるでピエロのようだよ!
「ご、ごめんね圭一くん……。レナじゃ、圭一くんの相方はつとまらないのかな。かな」
すこし傷ついたような顔をするレナの手をそっととる。
「大丈夫さレナ。俺たち普段の相性はバッチリじゃないか……こうやって一緒に暮らしていくうちに、ボケツッコミのセンスだって合うようになるさ。そしていつかは、夫婦漫才で売り出そうぜ!」
ちなみに身体の相性がいいとボケると鉈でツッコまれるので言わない賢明な俺だ。
「圭一くんの場合は一夫多妻漫才になりそうで怖いよね」
……的確といえば的確なんだが、その未来は想像するだけで怖くないかレナさんや。
「そうかな? 楽しそうだと思うよ」
レナのセンスの独自性にちょっぴりびっくりしながらも、俺は本題を思い出す達人だ。
「それで、羽入に許してもらえそうなアイディアは?」
「かぁいいものをプレゼントしたらいいんじゃないかな」
……む。
さんざん引っ張ったあげくに何の変哲もないアイディアを出すことを躊躇わないレナの覚悟が道を切り拓くぜ。
「え、それってダメかな。かな?」
「俺がレナに相談してからここまで、どれだけ遠回りしたと思ってるんだよっ!?」
文句を言ってるのに、レナは笑顔だった。
「レナは圭一くんとお喋りできて楽しかったよ☆」
「うん、実は俺も☆……すまん、邪魔をしたな」
レナとの楽しい語らいのひとときを終えて俺は部屋を立ち去った。あぁなんて充実した休日なんだろう。
リラックスした部屋着のレナがしっかり者のわりには幼さを感じさせる装いで、それが逆にかぁいいのは俺たち家族だけの秘密なんだぜ?
ということで俺はその足で洋間に向かい、こたつで丸くなっている梨花をひょいと抱き上げた。
「みー?」
うとうとしていたのか、寝ぼけたような顔で俺のほうを見る梨花。しばらくなにごとかを考えるような沈黙の後、
「にぱ~☆」
嬉しそうに俺の膝に着地して胸に頬を摺り寄せる。
こたつ梨花はお脳のあたりが深刻なまでに機能してなさそうな気がしてかぁいいよりも先に心配になってしまうのもいつものことだが、考えてみるとお脳を使っていてもアホだったりする場合が多いのでたいして変わらない。
「えーとだな、お前を羽入の血を分けた妹として、相談したいことがあるのだ梨花よ」
耳の裏からうなじにかけてを指先で軽くマッサージしてやると目を閉じて気持ちよさそうにみーみー言っていたが、それですこしは血のめぐりがよくなったのか顔をあげる。
「ん~……なによ?」
もふもふと胸に顔をすりつけながら聞いてくる。
「羽入に激辛カレー味のキスをしたらシュークリームでも許されないほどに怒り出してしまったのだが、許してくれそうなアイディアはなにかないか?」
「羽入ルートのフラグが消えたんじゃない?」
待てよ! そんな簡単に切り捨てるなよ!?
俺は少なくとも梨花と羽入については何があろうとセットでお持ち帰りたいんだよ、梨花まで諦めろってのかよ!
「……それ言われるとなんとかしなけりゃって思うわね」
「だろ? どーにかしてくれ」
「単独の私の魅力をもっと増強すべきね。羽入と私に共通しない属性……、醤油?」
「嫌だよ、醤油属性が増強された萌えキャラなんて!?」
とゆーか単独よりもセットのほうがより魅力的なんだから俺たちの未来に羽入を取り戻そうぜ!
「あ~……まーそーよね。私も、圭一単独より圭一と羽入がセットのほうが萌えるものね」
俺のどこが萌えキャラなのかはよくわからないが、宇宙的合意に達したらしいのは確かなのでここは気にしない。
「羽入といえば……そう、ツノよね」
「ツノ?」
あのツノは確かに特徴的だが、そこに打開策があるのか。さすがは肉親、目のつけどころがシャープでしょ。
「あのツノをヤスリでひたすらこすってみるのよ」
「それはなんだ、意外に気持ちいいとかぴかぴかになって綺麗で羽入大満足みたいな効果があるのか?」
「そうじゃないわ、圭一。細くなったり、色が変わったら……傑作だと思わない?」
うん、ここから二十五分ばかり省略な。
キングクリムゾンッ!(1500秒)
息も絶え絶えに突っ伏してごめんなさいごめんなさいごめんなさいとすすり泣きっぽく弱々しい声をあげる梨花の着衣の乱れを直してやりながら、優しい俺はもう一度チャンスを与えてやることにした。
「いいか~梨花。今度なんの解決にもならないボケをかませばさすがに俺も容赦しないことを固く心に誓ったので、むしろボケをかましてくれ。とても嬉しい」
「ボケないから命だけは助けてくださいご主人様」
涙目で訴えてくる梨花の可愛さったらないぞ。
「梨花、俺のことは好きか?」
「だ、大好きです……」
おぉお、いつもより従順かつ恥ずかしそうに俯きながら、本音らしきことを言う梨花にギャップ萌え。梨花の魅力のひとつは、自他共に認めるS気質の持ち主でありながら、実はとんでもないM気質だってことだよな。
堪能したので、いいこいいこと撫でてやる。
「よしよし。真面目に考えてくれるならもうご主人様はつけなくてもいいぞ。俺はいつもの梨花が好きだな」
「……う、うん」
こほん、と赤い顔で咳払いをしていつもの調子を戻す。
「真面目な話、羽入ってほんとに怒らないでしょ。泣いたり拗ねたりいじけたりわめいたりはするけど、基本的に何をされても相手を許しちゃうのが羽入なのよ」
「そうだな……うーん、なんたる母性の塊よ」
「ま、母性というか神性というか……とにかくその羽入がよりにもよってシュークリームでも許さないって言ってるわけでしょ? しかも激辛カレーの味が残ってるキスですって? 私にしなさいよ、自分ばっかり外でカレー食べてくるなんてずるいじゃない、圭一のばか~、あ~ん!」
梨花……お前も来るところまで来ちゃってるな……。
「ごめんな、梨花……」
抱きしめて癒せる傷ならばいくらでも抱きしめよう……。
でも俺たちの失ったなにかは大きすぎて、じわじわと痛む傷口は深すぎる。たぶんこの痛みは俺たちが一生かけて向き合っていかなくちゃいけないんだろう。
でも、だからこそ俺たちはきっと離れずにいられるんだ。
俺は守るんだ、梨花の傷ついた小さな胸を……。
「小さな胸ッ!?」
「何ィィ!? いまさらそこにショック受けるのかよ!」
そっちのほうがショックだぜ。
「なるもん……そのうち大きくなるもん……ぐすん」
体育座りをする余裕さえ見出せず、打ち捨てられたかのように転がって横向きに涙を流すしかない梨花だった。
「梨花、俺を信じろ。俺は梨花の小さな胸がこれから全く成長しなくたって構わない。小さな胸には小さな胸なりの魅力と気高さってもんがあるんだ。お前がその小さな胸を気にして小さな胸を痛めていると思うと俺まで悲しくなっちまう。だからもうその小さな胸を受け容れてくれ、俺のこの言葉をその小さな胸で受け止めて、小さな胸がなによって小さな胸を張って生きていってほしいんだ、梨花!」
思いつく限りの言葉で励ましたのに、梨花はしくしくと泣き続けていた。なぜだ、なぜ俺の言葉は届かないのだ!
「優しさが痛い……ありがとう、圭一。あなたのその虐待じみた言葉責めでさえも恋しく感じてしまう自分を見つけちゃったわ……圭一が喜んでくれるならもっとカレー練習するから、ね」
なにやら力尽きそうな梨花をそっと撫でてやった。
「梨花……ところで羽入の怒りを解く方法を教えてくれ」
梨花はぐしぐしと目をこすり、指先を唇にあてて考える。
「そうね……やっぱり、甘いものをあげるのが一番よ」
「でも、甘いものの中でも一番の大好物シュークリームで許さないって言ってるんだぜ?」
「口ではなんといっても、体は正直なんだってば!」
言っておいてからキングクリムゾンされていた間の自分を思い出したのか赤くなってしまう梨花だった。
「そうか。……サンキュ、梨花」
俺はそう言って立ち上がり、梨花は「あぁもう……」とか恥ずかしそうに呟きながら両手で顔を覆って、またこたつの中で丸くなってしまう。
あぁ今日も梨花は可愛かったな。しみじみ。
とりあえず羽入よりひとつ年上のレナとひとつ年下の梨花という二人の意見を聞けたので、ここは間をとればいいと結論する俺だった。
羽入がいじけていると思われる二階に向かって、
「ちょっと出かけてくるな! 夕飯までには戻るから!」
う~、せっかく風呂に入ったのにまた出かけることになるとはな。さっき投げ出しておいたままだった上着が役に立った。俺は家を飛び出すと黄昏どきの冷たい空気に身を震わせながら自転車にまたがり、前原屋敷の門を出た。
……ちらりと俺の部屋の窓に羽入らしき姿が見送っているのが見えた気がするけど、店が閉まってしまわないうちに急ぐとしよう。俺は羽入と話したい気持ちを振り切るようにペダルを全力で漕いだ。
キングクリムゾンッ!(1500秒)
時が動き出すともうとっぷりと日が暮れてしまっていた。
どうにか必死で家まで全速力で戻ってきた俺は、タイヤを鳴らしながら自転車を定位置に滑り込ませ、スタンドをかけると急いで家の中に飛び込んだ。
「さぶぅ……! し、死ぬかと思った」
いったん風呂に入ったのがよくなかったのか、身体が芯まで冷えてしまう感じがした。
「おーい、羽入~?」
とんとんと階段を昇り、俺の部屋へとやってくる。
「……あぅ」
俺の布団を引っ張り出したのか、どこかの引きこもり娘のようにそれをかぶって体育座りしつついじけた目をこっちに向ける羽入さんだった。
「羽入~、機嫌なおせよ。いいもの買ってきてやったぞ」
「あぅ……」
興味があるのか顔をあげようとした羽入だったが、先ほどの怒りを思い出したのかぶんぶんと首を横に振ってまた布団をかぶってしまう。
「シュークリームでも許さないって言いましたのです!」
はははこやつめ、意地っ張りだな。
そんな顔も見せてくれるのが逆に萌えてしまう俺だぜ。
「お~い、はにゅ~う☆」
布団の上からすっぽりと抱きしめた。
「あぅあぅあぅ……圭一なんて、圭一なんて、大好きだけどいまは嫌いなのですよ~!」
だだっ子モードでじたばたして振りほどこうとする。
「おい羽入よ、せっかくお前のために買ってきたのにそんなに暴れると潰れちゃうだろ。食べ物を粗末にするのは感心しないぞ、俺は」
いつものお小言を逆手にとってそう言ったらさすがに羽入もおとなしくなってくれた。
「……あぅう~、圭一にはわからないのですよ。せっかく大好きな圭一がキスしてくれたのに、それが大嫌いな辛口カレーの味だったときの絶望感は……!」
憤然と呟く羽入の声には暗いものがあった。
……実は激辛カレーだったのだが、それは言うまい。
本気で羽入ルートのフラグを折るのはごめんだからな。
「悪かったって。だからほら、口直しにこれ、な?」
胸に入れて保温していたのでまだ生暖かい紙袋を取り出し羽入の胸へと押しつける。
「……あぅ、これは!」
「当然、屋台から奪って逃げてきたものじゃあないぜ!」
紙袋の中に入っていたのは、たい焼きだった。
「当たり前なのですよ!……うぐぅ」
ちょっぴり涙目で俺を見ながら、期待した中の人ネタまでかましてくれる優しい羽入が大好きさ。
「かぁいくて甘い物だったら許してくれるかなって思って商店街までひとっ走り買いにいってきたんだ。羽入のために買ってきたんだから、羽入がいらないなら捨てるぞ?」
そう言ってとりあげようとしたら、慌てて身を乗り出して紙袋をつかまえ、胸にしっかと抱きしめてしまう。
「あぅ、だめです!……た、食べ物を粗末にするのはよくないのです、圭一」
珍しくツンデレ気味な口調ながら、たい焼きをひとつ紙袋から取り出してぱくりとかじる。
「……あぅ。おいしいです」
「だろ!?……だからさ、仲直りしてくれよ羽入」
そう言う俺を見ながらもう一口、ぱく。
もぐもぐとよく噛んで呑み込んでから……息をついた。
「圭一は悪くないです。僕が我が儘だったのですよ」
そんなしおらしいことを言うのだから、全く可愛い奴め。
俺は羽入を撫でて、ひょいとその対面であぐらをかく。
「……圭一も食べるのですか?」
ちょうど一匹食べ終えて、がさりと紙袋に手をつっこむ羽入だったが、俺は笑顔で首を横に振った。
「言ったろ、それは羽入のために買ってきたんだ。俺は、羽入が食べてるのを見てるだけで胸がいっぱいになる」
「圭一……、あぅあぅ☆」
真っ赤になった羽入が、おずおずと次のたい焼きを取り出し上目遣いで俺を見ながら嬉し恥ずかしの顔で口を開ける。
「ちなみに一個だけカレーたい焼きな☆」
ぱくり。
瞬間、羽入が目を見開き、顔から汗がどっと噴き出たかと思うと真っ赤に染まっていく。
「あ、そういえば頭にハバネロってついてたけど、調味料の名前なのか……って、羽入?」
……目を見開いたままの羽入から、魂が分離していく。
そのなにやら神々しい半透明の魂は、
『夢はいつか移ろいゆくもの……人の子よ、さらば』
などと笑顔でおっしゃるものだから、俺はまた必死で羽入の口の中からハバネロとやらの成分を除去してやらねばならなかったわけで……まったくどこまでも謎な奴だ。
でもそんなところも羽入の萌え要素だよな!
「あゥあゥあゥ、今晩はカレーを作りまスのでスよ★」
……例の成分は脳にも侵蝕していたのだろうか、どうにか助かった羽入はまだしばらくかくかくと動いて普段ならば絶対しないような言動をするのだが、
「カレーキタコレ!」
「タマネギうp!」
俺と梨花は小躍りして喜ぶばかりであった。
「……二人ともそのノリは何かな、何かな!?」
ついてこれないレナが狼狽える。
「レナ、カレーを食スときは天と地に感謝スルのでス★」
「は、はぅ、羽入ちゃーん!?」
ちなみに羽入が正常に戻ったのは、翌朝残ったカレーを焼いたトーストにたっぷり乗せて口に入れた瞬間であった。
……え、カレー、トーストにのせて食べない?
食べるよな……?