「寒ぃな……」
別荘地の入り口でぽつりと呟く。
あまり大口開けてしゃべると、余計に冷たい空気を吸い込むはめになるから外では口の動きを最小限にする。
俺も雛見沢の冬の過ごし方ってやつが遅まきながら身について来た気がするな……。
おっと、早合点はよしてくれ。こんなところにひとりぼっちでいるからって、また罰ゲームで外に置き去りにされているわけじゃない。
今日の罰ゲームなら、学校ですませてきたさ!
レナのセーラー服(夏用)を着て、営林署に灯油を分けてもらいにいったさ!
灯油分けてくれないかな、かな☆って言ったときの営林署の人たちの呆然とした顔はたぶん夢にでてくるよ!
ちちちちくしょう、明日は絶対負けやしねえええ!
……とと。
チェーンを鳴らしながら、雪の壁の間を窮屈そうに車がやってくる。
その車は俺の前で停まり、俺は助手席側に回るとドアを開けて乗り込んだ。もちろん車内の暖房された空気を逃がさないように素早く、だ。
「いつもすいません、鷹野さん。忙しいのに」
「遠慮なさらないで、気分転換だと思ってますから」
そう言って微笑んでくれるのは運転席の鷹野さんだった。
「それに、うちのほうの買い物もどうせしなければいけないんですから」
雛見沢は冬の間、陸の孤島といってもいい状態になる。
もちろんそれは自転車くらいしか交通手段がない俺たち子供にとっては、という意味であり、自動車を使えば興宮と行き来できないことはない。
村人に聞いた話じゃ戦前は蓄えを食いつなぐ文字通りの陸の孤島だったらしいが、いまでは最低限の食料品や生活物資は商店街の店に並ぶようになっている。
とはいってもやはりそれは十分とは言えず、足りない物というのはどうしたって出てくるのだ。
前原家には子供しかいないから、そういうときは村の誰かにたよって買い出しに連れて行ってもらうしかない。
もっとも、畑に出られないこの時期は働き盛りの男の何割かは穀倉や名古屋に仕事を求めて出稼ぎに出ているから、そう選択肢は多くない。
必然的に、同じ問題を抱える北条家の免許持ちである鷹野さんか、詩音のはからいで葛西さんに頼むことが多くなるのは道理だった。
「ふふふ、圭一さんも大変ですね。男の子は」
「そういうもんです。俺だってあいつらがいなきゃ生活できないんだから、助け合っていかなきゃ」
買い出しは自然、大荷物になるからそこで駆り出されるのは俺の役目だった。レナと羽入に託された買い物メモを手に興宮へ向かうのも、この冬三回目だ。
「立派です」
くすくすと笑いながら、ハンドルを握る鷹野さん。
雛見沢の診療所に何年か勤めて、冬の間も毎日のように興宮と雛見沢の間を通っていた鷹野さんは雪道の運転も慣れたものだった。
両側を雪の壁に囲まれて先の見通しが悪いから、自然と走るペースは落ちる。歩くときだってそうだが、雪道で滑らないための心得は『急に動くな』だ。急加速、急減速、急ハンドルは禁物、舗装していない雛見沢の道ではあっさりとタイヤをとられて雪の壁に突っ込んだり隠れた溝にはまって動けなくなるはめになる。
負荷がかかって女性には重いだろうハンドルをゆっくりとまわしながら雪の壁すれすれを通して大回りし、着実に車を旋回させていく鷹野さんの手際は、もはや熟練の域に達しているといってもいい。
「あら……」
「牧野さんですね。はまったかな」
なにしろ長年ここに暮らしている年輩の村人さえ、しっかり溝にはまって動けなくなるようなこともそう珍しくはないのだから。
鷹野さんはゆっくりと減速して、立ち往生しているワゴンの横に車を止めた。俺が車を降りると、車の下をのぞきこんでいた牧野さんが立ち上がって頭をかきながら、
「やあやあ圭一さん。それに鷹野さんも。買い出しですかね……いやぁ、参っちゃったなぁ」
「手を貸しますよ。どんな感じです?」
「ははは、タイヤが溝に完全にはまっちまってね。ちょっと持ち上げるんにも難渋しそうですわ……」
覗きこめばなるほど、たしかにこれは俺の少ない経験から見ても厄介そうだ。軽トラくらいなら俺と牧野さんだけでもどうにかできないことはないけど、この車を上げるにはもう何人か男手が欲しいところだ。
「ひとっ走り集めてきますよ」
「ああいや、それが時間もなくてねえ……魅音ちゃんに頼まれて、別荘地を見たいって方が興宮まで来てるとかで、迎えにいくところだったんですよ」
「別荘地? この時期に?」
俺の家が建っている別荘地区画はいわゆる避暑のための別荘を想定しているはずだ。そりゃ村としては一年中住んでくれるほうがありがたいんだけど、こんな不便な村にあえて住もうなんて酔狂な人間はそうそういない。
「うん、なんでも冬の状態を見ておかないと設計の見積もりがだせないとかどうとか……」
あ、そういえば親父もそんなことを言ってたっけ。
そうだよな、いくら使わない間の管理費を村へおさめるにしてもこの雪だ、耐雪設計だけはしっかりしておかないと冬の間安心できるはずがない。
現実的に考えている人間なら、冬の雛見沢を下見しておきたいというのは別段おかしいことではなかった。
「じゃ、私たちがその方を向こうで拾って別荘地までお送りしますわ。前原屋敷をサンプルとしてお見せすればいいでしょう?」
車から降りてきた鷹野さんが、手をこすり合わせながらそう申し出る。なるほど、それなら特に遠回りをするわけでもないから合理的だ。
それに、詩音の頼み事なら仲間の俺たちが代わってやっても問題はないだろう。
「そうかね! なら、買い出しが終わってからでもいいんでエンジェルモートに行ってくれんね。次の汽車で着くようなこと言ってたんで、そこに迎えにいく約束ですんね」
「ええ、かしこまりました」
鷹野さんは白い息を吐きながら微笑む。
「わしゃあ何人か集めてこいつを出したら、あとで前原屋敷のほうにお客人を迎えにいきますんで」
帰りは牧野さんが送ってくれるというのなら、鷹野さんの負担も軽くて済む。なにしろ沙都子や悟史の手伝いはあるものの北条家を切り盛りしながら、遅くまで診療所の仕事もこなしているというから、興宮までの二往復はけっこうきついことになってしまいそうだ。
「じゃ、よろしゅう!」
牧野さんは車をその場に放置したまま、ざくざくと道を逆戻りしていった。いまの雛見沢で男手を集めるのも、それはそれで大変なのだ。
「いきましょう、圭一さん」
「あ、はい」
鷹野さんに促されて、俺は再び助手席に乗り込む。
それからはしばらくとぎれとぎれのお喋りを楽しみながらのドライブになった。雪道の運転は神経を使うからお喋りに熱中するわけにもいかないが、鷹野さんは気が紛れるといってたびたび話しかけてきたからだ。
……正月明けの頃の、沙都子に心配されたような意気消沈した様子はもう見あたらないが、わずかな疲れを滲ませる横顔だった。
そういう顔をしていると……ひとまわり以上も違うだろうに詩音やレナとかわりないようにさえ見えることがある。
「……俺にできることがあったら、なんでも言ってくださいね。たいしたことはできないかもしれないけど」
だからそんなことを言っていた。
鷹野さんはちらりと横目で俺を見てから正面に視線を戻してくすくすと笑う。
「ふふふ、なんだか圭一さんもジロウさんみたいなことを言うのね。男の人って、そういうものかしら」
「……男も女もないですよ。友達とか、仲間とか……大事な人の力になりたいっていうのは、一緒じゃないですか」
俺の言葉に、鷹野さんはすこし押し黙る。
でも……その沈黙は、気まずいものではなかった。
鷹野さんはひどく穏やかな表情で道の先を見つめながら、肩にかかる髪を揺らして小さくうなずいた。
「……ええ。そうね。本当に、そう思うわ」
一転、車内に響く軽やかな笑い声。それは互いの心の重荷を一時忘れさせてくれるような、優しい音色だった。
「ふふふ。……私たち、意外に相性はいいのかも」
「ははっ、そうですね!」
こんなにも暖かい空気が流れているのに……。
窓一枚隔てた外は、厳しい冬の風が流れている。
冬が終わり、春が来て……また夏を迎えても。
俺たちは、こうして笑っていられるんだろうか?
頼むぜ、オヤシロさま。
悪趣味な祟りなんてのはもうお呼びじゃないんだ。
去年の片手落ちなアレで、おしまいにしてくれよ……?
興宮につけば、積もった雪の量は半分以下になる。
それでも東京暮らしの長い俺からすれば大した雪なのだけれど、いまとなってどうということはなかった。
何軒かを回って買い物をすませて荷物をトランクと後部座席に積み込み、俺たちはエンジェルモートへ向かった。
「お食事中申し訳ありません、牧野さまとお待ち合わせのお客様はいらっしゃいますか?」
顔見知りのウェイトレスさんが店内に声をかけてくれる。
ひとつの席から、お客さんが立ち上がる。
「私です。……ええと、こちらは?」
若い……三十路に届くかといったあたりだろう、バッグを小脇に抱えた、体格のいい男の人だった。
別荘を下見するなんていうから、もっと年輩のお金持ちっぽい人を考えていたから、ちょっと意外だ。
「……牧野さんがちょっとアクシデントで来られなくなったので、代理で来た村の者です。村までお送りします」
俺が言うと、その人はすこし考えてから頷いた。
「そうでしたか。赤坂といいます。お手数おかけしますがよろしくお願いします」
俺と鷹野さんに会釈をする。
「こちらこそ。狭い車ですけれど」
会計を済ませた赤坂さんを連れて、俺たちは店を出るとセブンスマートの大型駐車場に止めておいた車に乗り込む。
せっかくだからと俺は助手席を赤坂さんに譲り、後部座席で荷物の山といっしょに揺られることになった。
車が走り出すと、赤坂さんは拳で窓の曇りを拭う。
「いや、凄い雪ですね。美雪にも見せてあげたかったな」
「お子様ですか?」
「ええ、ついてくるってきかなかったんですが、あいにく風邪を引いてしまいまして……妻と一緒にお留守番です」
その様子を思い出したのだろうか、朗らかに笑う。
うん、子供の我が儘言う様子ってのはいいもんだよな。
……と、思わず想像が梨花になってしまうのは別に梨花がお子様の代表だからってわけじゃないぞ?
「まあ……それはお気の毒に」
鷹野さんも楽しそうにくすくすと笑った。
たぶん彼女の脳内では沙都子で再生されてるだろうな。
「まぁ、仕方ないです。連れ出そうにも、妻の監視の目が厳しくてね……写真を土産にしてやることにしますよ」
膝の上のバッグをぽんぽんと叩きながら笑う。
なるほど、耐雪設計に必要な費用を調べるなら当然、雪の量なんかを資料として撮っていくのだろう。あの大きなバッグはカメラだったのかと納得する。
「だったらうちを撮っていってください。別荘地にありますし、去年立てたんですがうちの父もずいぶん耐雪設計にお金をかけたみたいですから」
「そうなのかい? それじゃありがたくお言葉に甘えさせてもらおうかな」
助手席から肩越しに振り向きながら、にこにこと人好きのする笑顔を向けてくる。そんな表情を見ていると好青年というか、たぶん実年齢よりも若く見える気がする。
「それにしても、お金持ちなんですね。その歳で別荘って……男の夢!ってやつですよね」
そう言ったら声を立てて笑って、首をすくめてみせた。
「あはは、別荘になるか、それとも引っ越すかと妻と相談中なんだけどね。仕事も向こうにあるし、なかなか……」
「へぇえ、引っ越してこられるならうちのご近所さんだ、歓迎しますよ!」
雛見沢はひいき目に言っても過疎の村なので、新しい住人は大歓迎されるに決まっている。
でもうちの親もそうだけど、仕事が向こうにあるとなかなか引っ越してくるまではいかないんだろうなとも思う。
「それはありがたい。雛見沢は本当にいい土地だね」
「あら、以前にも雛見沢に?」
鷹野さんが尋ねると、
「ええ、何年か前に一度、旅行に来ましてね。いっぺんに気に入ってしまって……そういえば、当時はダム反対ってのぼりが目につきましたね」
ああ、数年前っていえば話に聞いたダム戦争のまっただ中だったのか。村人たちの団結ぶりを考えると、それはもう凄まじかったんだろうなと想像はつく。
「いまはダム計画も凍結になって、平和なもんですよ」
「うん、そう聞いたよ。あの美しい村がダムの底に沈まなかったというのは喜ぶべきことだね」
どうやら赤坂さんは雛見沢を相当気に入っているらしい。
こういう人がどんどん来てくれれば、村も活気づくんだろうなあ……今度詩音に、もっと積極的に雛見沢への移住を宣伝してみるように話そうかな。
「あ、そうそう、村の人に聞いておいたほうが確実かな。学校とか、病院なんかはどうなっているのかな」
引っ越しも検討しているとなれば、そのあたりが気になるのは当然だろうな。
「小中学校は興宮の学校に通う子と、俺みたいに村の分校に通う子がいますね。分校は教室がひとつしかなくて小中学生がごちゃまぜになってますけど、みんな仲いいですし小さい子の勉強を見てやったりとか結構楽しいですよ!」
「ほぉ……それはなんだかアットホームな学校だね。東京じゃ考えられないな」
「俺も去年まで東京にいたから最初は戸惑いましたけど、良い奴ばっかりだからすぐに馴染めましたよ」
俺の話を聞いて赤坂さんは興味深そうな顔をしていた。
「娘も来年には小学校にあがるんだけど、そういう学校に通わせてあげるのもいいかなと思うね」
「都会の学校よりも絶対いいです、両方知ってる俺が保証しますよ!」
太鼓判を押してやると、明るく笑う。
「そうだね、参考にさせてもらうよ。……病院はどうなのかな。こう雪に閉ざされちゃうと娘のこともあるしすこし心配だな。診療所があるって聞いたけど、評判なんかは」
「我が入江診療所は地域に根ざした真心の医療がモットーです。お子様の具合が悪いときは時間外でもご遠慮なく」
鷹野さんがすまして言ったら、赤坂さんが目を丸くする。
「ははは、鷹野さんは入江診療所の看護婦さんなんです。所長の入江先生はちょっとメイドに傾倒してたりしますけど腕は確かですし、たよりになる良い病院ですよ!」
俺がフォローすると、赤坂さんは心なしか照れたように、申し訳なさそうな顔をしていた。
「参ったな、診療所の人だとは思わなかったから……評判なんか聞いてしまって、申し訳ないです」
「お気になさらず」
ころころと笑って水に流す優しい鷹野さんだった。
やがて車は雛見沢に入り、両側にそびえ立つ雪の壁に赤坂さんは目を見張っていた。
「これはまた、一段と凄い雪ですね……!」
「あはは、こればっかりはフォローのしようがないですね……降り出してからは毎日のように雪かきしてますよ」
「なるほど、聞いていたとおりだ……」
すこし考え込むそぶり。
確かにここまでの雪が降るというのは、生活しようとする者にとってはマイナスの要素だろう。俺だって最初のうちは雪合戦ができるとか無邪気に考えていたけど、雪国の大変さはもう身に染みている。
前原屋敷の前につくと、車を降りた赤坂さんは俺の荷物を運ぶのを手伝ってくれた。結構鍛えてると自負してる俺でもそれなりにきつい野菜の詰まった大きなダンボール箱も軽々と抱えていくところからみて、この人も相当に鍛えているみたいだ。……くぅう、はやく俺もこのくらいたよりがいのある大人の男になりたいぜ!
それから自分の荷物から引っ張り出したカメラで、まわりの景色や前原家の外観などを撮影していく。
「この雪かきは圭一くんとお父さんで?」
「うちの父は仕事があって東京にいますんで……、俺とか一緒に住んでる子が、みんなで」
「え、子供だけでかい? 驚いたな……!」
そうしている間に、鷹野さんが微笑みながら俺の服の裾を引いた。
「それでは、私はこれで失礼します。あとはお願いしてよろしいですか?」
「あ、はい。ありがとうございました」
そう言って頭を下げたら、つんと鼻の頭をつつかれた。
「そんなにかしこまらなくても。私たちは、家族みたいなものでしょう?」
からかうような口調でウィンクする。
「……そうですね。鷹野さんも、メイド魂燃やして丁寧に喋らなくてもいいんですよ?」
にやりとして言い返したら、鷹野さんは嬉しそうに顔を綻ばせてくれた。
「ふふふ、そうかもしれないわね。正直言えば、ちょっと歳は離れてるけど、たよりになる弟ができた気分よ」
「そりゃ光栄です。俺は優しくてそつがないけど、たまにたよりなくて可愛らしい姉ができた気分ですよ?」
「あら、……もう!」
失礼な、と子供のように頬を膨らませる鷹野さんは本当に可愛らしく思えた。
互いにひとしきりくすくすと笑い合った後、鷹野さんは撮影に夢中な赤坂さんにも声をかけて挨拶を交わし、車に乗り込んで北条家に帰っていった。これで沙都子と一緒に晩ご飯を作ったあとは、また診療所で残業なのだろう。
……ほんとに大変だな。
「いや、いい写真が撮れたよ。ありがとう」
鷹野さんが帰ったあとも撮影を続けていた赤坂さんはそう言って笑っていた。確かにこの家はこれから建てようという人の参考にはなるんだろうな、たぶん。
「牧野さんもそろそろ来ると思いますから、中でお茶でもどうですか?」
そう聞いたら、赤坂さんはちらりと腕時計を見て、
「それもありがたいけど、電話を貸してくれないかな。妻に電話するように言われてたのをすっかり忘れていたよ」
「あ、そうか。いいですよ」
赤坂さんを家に通して、玄関の階段脇にある電話のところに案内する。
「ありがとう、すぐに済むから」
「遠慮なくどうぞ。……おーい、ただいまー。レナー?」
俺は運び込んだ荷物を手に台所へと向かう。
「あ、圭一くん。お帰りなさい。買い出しご苦労様」
晩飯の下ごしらえをしていたのか、エプロン姿のレナが振り返る。
「うん、ちょっと手伝ってくれ。羽入と梨花は?」
「羽入ちゃんはお風呂。……梨花ちゃんが多分襲撃中」
相変わらず梨花は姉大好きだな。
……ま、あの二人はたいして戦力にならんからいいか。
「ちょっと待ってね」
レナは作業を中断してさっと手を洗うと一緒に来る。
玄関先で電話をかけている赤坂さんがレナに気づいて会釈をする。レナも会釈を返しながら、
「えっと、……お客さんかな?」
「うん。なんかさ、別荘を建てるか引っ越してくるかもしれないから下見に来たんだって。ほら、耐雪設計とかこの家を参考にしたいらしくて」
「へぇ……、そうなんだ」
首にかけたカメラや赤坂さん本人をひととおり観察してレナはすこし考え深げな表情をみせる。
「ほらほら、さっさと運ぼうぜ~。自慢じゃないが、俺はなにをどこにしまうかすらもわかんないんだからな」
「あ……、うん。それは本当に自慢じゃないよね」
俺がダンボールを抱えながら促すとレナは慌てて大きな袋を両手に持った。
台所に向かう俺たちの背後で、赤坂さんの話し声が響く。
「それで、美雪の具合はどうだい?……そうか、おとなしくしてくれてるようでなによりだよ。うん、こっちはこのままいけば順調に帰れそうだ。そっちにつくのは……0時近くなるかもしれないから、先に休んでくれていいよ」
会話の内容は奥さんとの他愛ない遣り取りみたいだったが耳に意識を集中させている様子のレナの様子がすこしだけ気になった。
「……?」
荷物の分別はレナにまかせて玄関に戻ると、赤坂さんは連絡を終えてちょうど受話器を置いたところだった。
「悪かったね。それじゃ、どうも牧野さんがきてくれたみたいだからお暇するよ。またあの道を戻るとなると、汽車に乗り遅れてしまいそうだ」
なるほど、外からクラクションが聞こえる。おそらく牧野さんがこっちに迎えに来てくれたのだろう。
「はい、お構いできなくてすいませんでした。今度は是非奥さんや美雪ちゃんと来てください」
「ありがとう。また春か夏か、時間がとれたらそうさせてもらうよ。……歳のわりにしっかりしてるね、君は」
玄関を開けて一緒に出ながら肩をすくめる。
「まだまだひよっ子ですよ。はやく大人になりたいです」
そう言ったら、赤坂さんはぽんと俺の肩に手を置いた。
「誰でもそう思うよ。でもね、大人っていうのは、なってみるとそれはそれで窮屈で不便なものだ」
真面目な顔で、まるで諭すようにそう言った。
「確かに君はまだ、何者にもなりきれていないのかもしれない……でも、それはこれから何者にもなりうるってことでもあるんだ。どんなことがあっても、それを忘れないでくれ。圭一くん」
「……?」
よくわからなかったが、なにか含蓄のある言葉のような気がしたのでとりあえず頷いておく。
「そういえば、さっきの子が一緒に暮らしてる……?」
「レナです。ほかに二人いますけど」
「……そうか。エプロンの似合う可愛い子だったね。彼女が将来の奥さんかな?」
面白がるような笑みを浮かべて赤坂さんは「それじゃ!」と手をあげながら牧野さんの車のほうへ走っていった。
俺は手を振り返しながら見送って……、なにかしっくりとこないものを感じながら、家に戻るしかなかった。