ひぐらしのなく頃に~神楽舞   作:晃晃

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第80話 アホの子だって考える

「……寒」

 

なにか寒いな、と思いながら目を醒ますと、布団の中には誰もいなかった。我が前原家には電子毛布も湯たんぽもないので、夜中における最高の暖房器具は人間だ。

 

いっそこたつで寝たいけど、羽入とレナが烈火のごとく怒るからお昼寝だけにしている。

 

なので、起きたら誰もいないという事態は少ないが……。

 

はて?

 

圭一の襲撃順はたしか羽入だから、今日はレナと一緒に寝たはずなんだけど。レナの場合私や羽入と寝るときはお気に入りのぬいぐるみであるかのようにしっかと抱き枕にしてくれるので、身動きできないのは窮屈だが適度に柔らかくてふかふかなのであれはあれで心地良い。

 

起き出して時計を見ると、ちょうど日付が変わった頃だ。

 

もうひとつ、壁の半纏を見れば……そちらも私のぶんしか残っていなかった。

 

ふーむ。

 

ここから導かれる結論は……。

 

「ま、まさか……!」

 

レナと羽入が共謀して圭一を襲撃中……!?

 

脱いだら意外と凄いレナと、ぷにぷにほわんな羽入が圭一の理性の壁を打ち破るべく手を組んだなら、いったい今頃圭一の部屋ではどんな恐ろしいプレイが……っ!?

 

あぁあ、私もまぜろッ!?

 

というか、圭一は私のなのに!

 

圭一のはじめて☆物語は、全部私とのメモリーで埋め尽くしてやる予定だったのにぃぃぃ!?

 

……と、ひとりエキサイトしてみたところで、ちょっぴりクールになる私。よく考えてみたら私はともかく、レナも羽入もなんだかそっち方面にはヘタレだから、そんなおもしろ羨ましい事態になっているはずがない。

 

となると……?

 

私は半纏を着て靴下を履くと、慎重に気配をうかがいながら部屋を出る。猫っぽさというステータスを持つ私の特技のひとつが忍び足だ。そのせいでたま~に『梨花ちゃんってひょっとして殺し屋さんかな?』みたいな疑いをもたれることもなかったわけじゃないけど、特技は特技だ。

 

一階の廊下は薄暗い。

 

普通は小窓やカーテンの隙間から多少は光が漏れてくるものなんだけど、二月に入ってますます降り積もった雪を屋根から下ろしているうちに、庭には窓の外が見えないほどに雪の壁ができてしまっているのだ。

 

……私にとってはずいぶん久しぶりの真冬の雛見沢だけど例年よりちょっと雪が多いかも知れない。

 

毎日の雪かきがたたって、この可憐で華奢な私にいらない筋肉がついてしまいそうな勢いだ。……いやまぁ、今回の惨劇がどうなるかは知らないが、身体を鍛えておいて損はないのだろうけど、圭一のように大喜びする気分にはなれない微妙な乙女心。

 

抜き足差し足忍び足……っと。

 

明かりはついていないけど、こたつのある居間から囁くような声が漏れてきていた。

 

……これは、レナの声?

 

相手の声は聞こえないから、電話だろう。

 

圭一の家の電話は最新式で、子機を持っていれば家の中ならどこでも話ができたりする。興宮の電器店でも見かけたことがないから、珍しい物好きだという伊知郎が出版社のコネかなにかで手に入れたものなのだろう。

 

寒い玄関先で話をする必要がないから大助かりだが、この夜中にレナはいったいどこにかけているのだろう……?

 

レナの声は小さくて、ごくごく断片的な単語しか聞き取れない。

 

東京の事務所で……とか、診療所と関係が……とか。

 

どうやら電話の相手は詩音のようだ。

 

年末くらいから詩音とこそこそやっているのはなんとなく知っていたが、意外なことに彼女たちは診療所が怪しいというひとつの正解に辿り着いているらしい。

 

ま、それも当然か……なにしろどっから見ても怪し過ぎる園崎が実はまったく怪しくないということを、いまの詩音はあの全く発症することのなかった魅音と同じ立場にいる分だけ、よく知っているのだろうから。

 

そうなれば雛見沢で怪しい組織を捜した場合、入江診療所……いや入江機関の存在に目をつけてもおかしくはない。

 

詩音や魅音がその気で園崎の力を使ったなら、この雛見沢で暴けない秘密などそう多くはないのだ。

 

ただ、相手は秘密結社『東京』だ。

 

私は知らないことになっているからなにも言えないけど、電話で重要な話をするのはまずくないだろうか?

 

彼らは電話の盗聴くらいやってのける。もしもこれまでの動きの中で、詩音やレナが診療所に興味をもっていると山狗や鷹野に気づかれていたなら、前原家や園崎家の回線を盗聴対象にしていても不思議ではない。

 

そこらへんは詩音もレナも用心深いし、諜報戦もこなせる園崎組がバックについているのだから大丈夫と判断した上でのことだとは信じたいが……。

 

……要するに、私がこうして傍観者でいる間にも水面下で事態は動き出しているということだ。

 

まだ、昭和58年6月まで時間はある。

 

入江機関と園崎家、どちらもすぐに大きな動きをすることはないだろうが、互いに揺さぶりを掛け合っていることは想像に難くない。

 

「……赤坂さんが何者かは……」

 

その場を離れようとした矢先に、かすかな声を聞き取って思わず足を止めていた。

 

赤坂の名前は、夕食時のちょっとした雑談としてではあるが圭一が話題にしていた。

 

この世界の私が赤坂を知っているという事実があるかどうかがわからないのであまり突っ込んで根ほり葉ほり聞くわけにはいかなかったが、まず感じたのは驚きだった。

 

この時期の雛見沢に、どうして赤坂が?

 

そもそも赤坂が昭和58年に現れたのだって前の世界が初めてのことで、しかもそれが温泉旅行のついでだというから期待はずれもいいところだったのだが、今回は雛見沢に別荘を建てるか引っ越す予定で、その下見だという。

 

……これは、どう考えても嘘だろう。

 

公安の刑事だという赤坂が雛見沢に越してくるというのはちょっと考えてもありえないし、別荘というのもうさんくさい。昭和53年に何があったにせよ、赤坂にとってこの雛見沢は決していい思い出のある場所ではないはずだ。

 

彼はダム戦争の最中にこの村に現れた。

 

目的は、当時の建設大臣の孫が誘拐された事件の捜査のため。あの事件はどうやら山狗がダム計画を中止に追い込むためのアクションのひとつだったらしい。

 

もちろん狡猾な彼らのこと、誘拐と脅迫で直接要求を通そうというのではなく、政界のあれやこれやでなかなか首を縦にふらない建設大臣に対して、いつでも『最悪の事態』を引き起こす準備があるのだと見せつけるための示威行為だったのだろう。

 

当時まだ新米だった赤坂は大石の協力を得て、山狗の描いたシナリオどおりに建設大臣の孫を発見する。

 

……でもその一連の事件にはいくつかのパターンがある。

 

まずひとつは、赤坂の殉職。

 

救出現場で山狗とやり合うはめになった彼は、たいていの場合射殺される。それが経験の少ない彼の勇み足によるものか、それとも小此木がたまたま力加減を間違えるのかは知らないが、彼が生きて帰る確率はかなり低い。

 

この結果になった世界では目の前で新米を死なせた後悔が加わってのことなのか大石の捜査がより陰湿さを増すことが多いのだが、赤坂が生きて現れた以上この世界の過去がこれでないことは確実だ。

 

次に最近私が見てきた世界で多かったのは、私の『警告』を素直に受け容れた赤坂がとんぼ帰りをするパターンだ。当然この場合、赤坂は死なず、どうやら赤坂の妻も無事なことが多いようでたまに大石を通じてお礼の手紙がくることもあった。それによればもともと見込み捜査だったらしく赤坂は『鬼ヶ淵死守同盟に不審な点なし』と報告して、孫が見つかってから多少叱責を受けるだけらしい。

 

誘拐事件のほうは赤坂が絶対に必要なキャストというわけでもないらしく、どういうわけか小此木たちの逃走に一歩遅れる形で大石が孫を発見して解決する。

 

それを考えると、やはり赤坂の勇み足か、逆に有能さが、小此木たちの計算を上回ってしまうからこそ彼が殉職する結果を招いていたのかもしれない。

 

とはいえ、これでは赤坂が助かっただけで私は『予言』を伝えることもできず、古手梨花の死は避けられない。

 

もっとも見たくないパターンは、たまたま山狗とやり合っても生き残ってきた赤坂が東京に連絡し、妻の死を死って悲嘆に暮れる……という結末。あまりにも哀れで惨めで、そしてこちらの話を聞く余裕など吹き飛んでしまうから、私にとっては避けたい結果のひとつだった。

 

そうさせないために東京へ帰らせるよう努力するのだが、かなわぬときは私が電話線を切って回るようになった。

 

こうすればその行動の不審さも手伝って、赤坂も小娘の話を聞く態勢ができる。……もっとも、その後の赤坂はやはり妻の死を知って悲嘆に暮れているのだろう、雛見沢に再び現れることはついぞなかった。

 

私にとって最良のパターンといえるものを見つけたのはここ最近のことで、まだ数えるほどしか成功していないからこの世界がたまたまそのパターンになっていれば幸運としか言い様がないのだが、私の『警告』に対して踏み込んできた赤坂に、奥さんに電話をかけるように告げるのだ。

 

東京に調べに行かせた羽入によれば、赤坂の電話によっていつもどおりの行動をしなくなった奥さんが生き残り、別の人間が事故に遭うらしいが……後味がよくないとはいえ赤坂はそのまま村に残って捜査を続け、私の予言もしっかりと聞いてくれるから、私には一番都合がいい。

 

もっとも、その場合でも山狗との取っ組み合いで彼が死亡する確率も残っているから、最終的に赤坂と妻の両方を救うことができて『予言』まで聞いてもらえたのは一度か二度……それだって最近といっても、私の記憶もはっきりしないくらいに昔のことではあるのだが。

 

もちろんなにかの気まぐれで赤坂以外の捜査官が雛見沢にやってくる場合もあったのだが、これは関係ないので除外する。

 

私が赤坂に対して期待を抱いていた理由のひとつが、この起こりうる分岐の多さだ。

 

あれだけ多くの強い意志が絡み合う誘拐事件という舞台でさまざまなパターンを生み出せるのはイレギュラーの塊である圭一と同じく、運命への『抵抗力』とでも言うべき物を彼が持ち合わせていることの証左だった。

 

残りは、彼が村のしがらみにとらわれない外部の人間であることや圭一たち仲間に比べれば経験を積んだ大人で、山狗とある程度やり合える程度の実力もあり、公安の刑事という立場も村の暗部を調べるには都合がいいという理由だった。

 

……おっと、レナに見つかる前に部屋に戻っておくか。

 

さて、困ったのはこの世界の過去を私が知らないことだ。

 

赤坂と妻が両方生きていることから考えて、とんぼ帰りか最良のパターンのどちらかの可能性が高いとは思うのだが……果たしてそれは正しいのだろうか?

 

ややこしいのは羽入が女王感染者で、当然ながらループの記憶もないということ。だから羽入が赤坂に接触しているという可能性はほぼないのだが、女王感染者ではないこの世界の私が、赤坂に接触しているかどうかがわからない。

 

一応村人たちに『予言』の才能を認められているから、昭和57年4月以前のこの世界の私もループの記憶があったと考えるのが自然だろう。

 

だからこそ羽入への態度がいまの私と変わらないので羽入も違和感なくいまの私を妹として受け容れた。

 

だとすれば、この世界の私も赤坂の現れる時期を察していて手を打ったとも考えられなくはない……。

 

前の世界の赤坂はとんぼ帰りのパターンだったから危機感なく温泉旅行なんかしてたけど、別荘だなんだと嘘をついてこの時期に現れた赤坂はなにか違うような気も……?

 

……く。

 

せめて赤坂が来たときに出会って多少なりと会話を交わしてさえいれば、そこからある程度の推測も立てられたものを……『ここか~、ここがええのんか~』とか言いながら羽入の角をごしごし洗ってる場合じゃなかった……ッ!

 

この世界では圭一と仲間たちに賭けている私だけど、赤坂の協力が得られるなら勝ちの目は大きくなる。

 

絶体絶命の危機に劇的に現れて『君を助けに来た!』とかやらなくても別にいいから、むしろそれは圭一がしてくれたほうが数倍ドキドキするからノーサンキューで!

 

とりあえず前の世界の温泉饅頭以上には貢献してほしい。……いや、お饅頭は美味しかったけどね。

 

と、布団の中で悶えていたら襖がすぅっと開いて、レナが部屋に入ってきた。半纏を脱いでハンガーにかけると、眠そうにふらふらしながら私の布団に潜り込んでくる。

 

背を向けたまま寝たふりをする私をぎゅっと抱きしめて、半分寝ているような口調で独り言を言った。

 

「魅ぃちゃん……ごめんね……レナと、詩ぃちゃんが……絶対、たすけて……あげるから……」

 

こんな時間に頭を使って疲れ切っているのだろうか、その先はすぐに寝息に紛れてしまった。

 

すこし驚いたのは、レナがいまの魅音を詩音だと知っているらしいことだ。私はあくまで彼女が『魅音と』五年目の祟りに向けた対策を練っているのだろうと想像していたが詩音はレナに魅音の不在を打ち明けているらしい。

 

そして二人の目的はおそらく、魅音の救出だ。

 

なるほど……ということは、彼女たちも私と同じ結論に達したということだろう。

 

私の推理では、魅音は沙都子を助けるためにかつての悟史や圭一、レナや詩音と同じように叔母を殺し、それと前後して発症、山狗に捕らえられて悟史のかわりに診療所の地下にいるはずだ。

 

おそらくレナたちは、そこまで辿り着いている。

 

祟りで消えた魅音を取り戻すために必死で途切れた足跡を追い、診療所と山狗の影に行き着いたのだろう。

 

言うまでもなく、それがわかったからといって容易に事態を動かせるわけではない。山狗たちはたとえ園崎組であろうと一筋縄ではいかない相手だし、おそらくは園崎組にも警察内部にもその構成員は存在している。迂闊な動きを見せれば、魅音が人質にとられることだってあり得る。

 

ましてや、そういう意図があるとも思えないが、私たちの部活にさえ鷹野という診療所の人間が入り込んでいるのだから、レナや詩音の苦闘は想像に余りある。

 

ここのところ彼女たちが圭一にもたれて甘える余裕を見せられなくなった理由はそこにあったわけか……。

 

私たちに心配をかけまいとなにも言わず日常を演じながら笑顔を見せてくれる彼女たちの健気な努力に、すこしだけじんとしてしまった。

 

そう、いまの生活は幸せだけど……それは完璧じゃない。

 

沙都子は取り戻した、悟史も無事で仲間の中にいる。

 

レナも詩音も、間違っても惨劇なんか起こさないだろう。

 

ここにいないはずの圭一も羽入もすっかり雛見沢に溶け込んでいて、いまとなっては私にも二人のいない生活など想像もつかないくらいだ。

 

でも、……魅音がいない。

 

あの愛すべき根性無しが突如奮起してお魎や町会に挑み、たったひとりで戦おうとしたばかりに消えてしまった。

 

彼女がいなければ、この幸せは完璧じゃない。

 

でも入江機関の情報封鎖もセキュリティも甘くないし、接点を持っているのは羽入とせいぜい治療のために沙都子が通っている程度だ。

 

焦りは禁物、五年目の祟りを起こすために鷹野たちが動き始めれば、そこに必ず隙もできるはずだ。その間際までいけば証拠も浮かび上がり、入江や富竹、大石らの協力を得ることだって不可能ではない。

 

私たちは魅音を確実に救うために、そのチャンスを待つ。

 

そして羽入が殺されてしまっては元も子もないから、五年目の祟りそのものも阻止しなければならない。

 

調査部の富竹に死んでもらっては困るし、鷹野自身のためにも惨劇など起こさせるわけにはいかない。

 

三年目の祟りで私たちの両親を殺したとはいえ、まだ鷹野は正気でいてくれるはずだし、沙都子のためにもそうでなくては困るのだ。許すわけではないが、執行猶予くらいはつけてやっても構わない。

 

いつか沙都子の身体を治し、そして心を癒してくれたなら真実は私の胸にしまっておいてやってもいい。

 

この日々を守れるなら、そして魅音やその先の未来を取り戻せるなら、私たちはどんなことだってしてみせよう。

 

たとえそれが不破の運命でも、私たちには圭一がいる。

 

“不屈”の矛は、“不破”の盾を貫けるか?

 

かつての世界で惨劇の錠前を二つまで打ち砕いた圭一も、最後の錠前の前にはあっけなく敗れている。

 

それでも……、今度こそ。

 

あの扉を破って、私たちは向こう側へ辿り着いてみせる。

 

 

誰ひとり欠けることなく、最高のハッピーエンドへ。




更新しました、神楽舞!
……なんですが、今回はほとんど梨花のモノローグのみという極めて地味なお話です。
原作とだいぶ違う展開になってる分、たまに整理してみないとワケがわからなくなるのですよ。
第2部もあとわずかなので、惨劇の足音がひたひたと聞こえてくるわけです。
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