「お、やっぱバレンタインのチョコはハート形に限……、ぐ、う……うぅぅ……っ!?」
突然苦しみだした圭一!
「犯人は、この中にいる……!」
サニーの冴え渡る推理!
「沙都子ちゃん、うちの子にしちゃうよ~!?」
錯綜する人間関係!
「ひどいわ、魅音ちゃん……」
そして、疑惑の中心にいるのは果たして誰なのか!?
名探偵サニー、今回は解答編ッ!
「……って、どーゆーノリですの!?」
「はっきり言って、悟史が名探偵は無理があると思うわ」
妹と幼女がすっきりばっさりと僕を切り捨てるけど、胸の痛みさえさわやかな快感に変えていけそうな今の僕さ。
なにしろ圭一が保健室でリタイアしているいま、主人公はこの僕、北条悟史なんだからね!
「普段の扱いが扱いなので、ひとときの栄華に溺れるのも無理はないのです……僕は暖かく見守ろうと思います」
「私だって見守るわよ! なまあたたかく!」
ありがとう羽入ちゃん、梨花ちゃん。
とりあえず僕は、今朝の行動を尋ねることにした。
「う~ん、今朝? 家を出て……いつもの待ち合わせ場所に行ったら、レナと梨花ちゃんと羽入がいてさ。圭ちゃんは悟史のとこに行ってるって聞いてたから、特におかしいとも思わずに学校に来たよ」
家を出てから学校まで、不審な人影は見なかった?
「ないない、通学中のみんなしか見かけてないよ」
下駄箱で、チョコの包みには気づかなかったの?
魅音は女の子の中では一番背が高いから、一番上の僕と圭一の段もちゃんと見えたよね?
「え、どうだったかな……レナと話しながら靴を手探りで取ったから、見てないんだと思う」
なるほど……それで、下駄箱から教室までの間に、なにか気づいたことはなかった?
「えっと、今日もカレーの匂いが立ちこめてるなぁって。あ、そうそう。羽入と梨花ちゃんがレナに鞄を押しつけて外に出ていったっけ」
それで、レナと一緒に教室へ?
「そうだよ。みんなに挨拶して、レナと話してたら窓の外で悟史が圭ちゃんを金属バットでブッ叩いてるのが見えて……あれには驚いたよ、ついに主人公の座を狙って悟史がご乱心なのかと思った」
あれは他意はないんだよ、本当さ。
どうして圭一は朝っぱらから犯罪っぽい可愛さの幼女から口移しチョコを貰えるのに、僕は本命チョコを貰えるあてが全くないんだろうって……頭の隅をよぎっただけだよ。
そして気がついたらブッ叩いてたんだ。
ホームラン、って心の中で叫んだ自分が怖かった。
どうして、どうして僕は……っ!
「悟史くん……、尋問してたはずなのにいつの間にか尋問されちゃってるよ……?」
「し、しまった!……魅音、誘導尋問だなんて狡猾な手を使うね。あやうくまた容疑者にされるところだったよ」
思わず冷や汗をぬぐってしまう。
「え、ええ~……。悟史が勝手に言いだしただけじゃん」
「まあそこは流しましょう。思春期の少年少女は誰だって胸に抜き身のナイフを携えているものよ」
梨花ちゃんが窓辺の机に座ってカレースプーンをくわえながら渋くキメていた。膝の上にはできたてカレー。
教壇で同じものを食べ始めている人がいる。
そういえば事件は朝だったのに、もうじきお昼の時間か。
「あとは悟史も知ってるとおり。圭ちゃんと悟史と三人組が入ってきて、チョコの包みを開けた圭ちゃんがかじっていきなり苦しみだしたと思ったら、そのまま……」
だいたい事の経緯はわかった。
僕は静かに魅音を見つめて切り出した。
「……魅音。話してもらえるかな」
「え、いま話して……」
「そうじゃないよ。どうして圭一を殺そうとしたのかを」
瞬間、教室がざわめきに包まれる。
「ま、まさか……魅ぃちゃんが犯人!?」
「いまの話には不審なところなんてありませんでしたわ。いったいどうして……!?」
レナや沙都子も驚愕の色を隠せない。
小さく首を横に振って、僕は真実を告げた。
「それはね、今回のサブタイトルが『容疑者・園崎魅音』だからさ!」
「えええええええええ!?」
そう、レナも羽入ちゃんも鷹野さんもまだ容疑が晴れていないのに、いきなり魅音が名指しであがっているのが絶対におかしい。つまり、みんなの話を順に聞いていったところで、最後は結局魅音の疑いが残るということだ。
それを見抜く自分の洞察力に惚れ惚れする。
「……え、悟史。そ、それが推理なの?」
「そうさ!」
自信たっぷりに胸を張る僕に魅音は深々とため息をつく。
ようやく白状する気になったんだろうか。
「それは推理って言わないよ、悟史……」
え、なにさ。そのかわいそうな子を見るまなざし。
「ちょっとがっかりかな。かな……」
レナまでお肉屋さんの店先に並ぶ運命だねって目を!?
「にーにーまで、アホの子になっていたんですのね……」
「くじけないで沙都子ちゃん。支え合うのが家族よ!」
泣きそうな沙都子の肩を抱く鷹野さん。
「なるほど、さすが悟史ね……冴えてるじゃない!」
「り、梨花ぁ~! 僕は一生面倒みますのですよ!」
……あ、あれ?
梨花ちゃんだけが同意してるってことは僕の推理がどこかで間違ってるってことじゃないか……?
「うわ、なによその失礼な疑問の持ち方は!?」
「ま、まだすこしは正気が残ってるみたいですわ!」
梨花ちゃんと沙都子の声を受けて、僕は咳払いをする。
「……というのは、もちろん冗談さ。サブタイトルで推理だなんて、冗談に決まってるじゃないか」
「あぅ、悟史がこっちの世界に帰ってきたのです!」
「おかえりなさい悟史くん!」
……乗り切ったッ!
ということで、もう一度考え直してみよう。
容疑者になり得るのは、村の人間か村に出入りしている人間。なかでも容疑が濃厚なのは、魅音、レナ、羽入ちゃんの三名だ……動機もあるし、チョコを下駄箱に入れる隙もあったはず。
凶器は毒入りチョコレート。だけど色違いの包みの僕のチョコにはなにも入っていなかった……。
このことから見て、完全に圭一だけを狙った犯行であることがわかる。そして犯人が男性なら、僕にまでチョコを用意する理由はない。だとすれば、問題は……。
「圭一さんの死因はなんだったんです?」
鷹野さんがふと思いついたというように疑問を口にする。
「け、圭一はまだ死んでませんよ!?」
「些細な問題です」
微笑む鷹野さんだった。
もしかして僕の妹は、この人に多大な影響を受けているのではないだろうか?
……だとしたらすこし嬉しい。
沙都子、美人とか頭脳とかお胸とかメイドとかいろいろなものを受け継いでくれると最高だよ!
「でも、確かにそうだね。チョコに何が入っていたかっていうのはすっごく重要だと思うな」
なにかと鋭いレナが同意したので、僕も頷いて一同は保健室へと向かった。
「はい、どうぞ」
監督が通してくれる。
保健室のベッドには圭一が横たわっていた。
「監督、圭一は……」
「ええ、すべすべして……きめ細かいお肌でした。頬ずりするとその感触のすばらしさがよくわかります」
真顔で返す監督に思わず惚れそうです。
「そんなこと聞いてないです、圭一の容態は」
「大丈夫、一命はとりとめました。そして、これが彼の食べ残しのチョコです」
半ばまで圭一の噛み痕がついたハート形チョコをお皿に乗ったまま差し出してくる監督だった。
「……! このチョコ、中が空洞になってるよ!」
目聡いレナが真っ先に発見する。
言われて見れば、たしかに……中がくりぬかれている。
「これは……なんでしょう? なにか液状のものが入っているように見えますけど」
鷹野さんもお皿を覗き込む。……その角度が素敵過ぎて、僕と監督の顔に思わず動揺が走るけど、本筋に関係ないから割愛することにする。
「わ、わかりましたわー!」
沙都子が叫びをあげる。
「これはいわゆるウィスキーボンボンと同じようにお酒に違いありませんわよ! 未成年の圭一さんは不用意にお酒を口にしたばかりに、酔っぱらって倒れたんですわ!」
どこかのコメント欄で見た覚えのある推理だった。
「なるほど、筋は通ってるわね。……羽入!」
「はいです、梨花!」
なぜか絶妙のコンビネーションで応えた羽入ちゃんがお皿に顔を近づけ、くんかくんかとチョコの中に入り交じる、その液体の匂いを嗅ぐ。
「……羽入の数多い弱点のひとつにアルコールがあるわ。沙都子の推理が正しいのであればこの子なら匂いだけでも酩酊し、昏倒してしまうはず……!」
妹である梨花ちゃんの言葉を裏付けるかのように、見る間に羽入ちゃんの顔色が白から赤へと変わってゆく。
これは……沙都子の言うとおりなのか!?
と、だらだらと羽入ちゃんの顔に脂汗までが浮かぶ。
「……は、羽入!?」
ぐらりと真後ろへと倒れ込んだ羽入ちゃんは、梨花ちゃんに抱き留められて、涙を流しながら苦しげに咳き込んだ。
「ごはッ、ごほ、ごほっ!」
「羽入、しっかりして羽入、傷は浅いわ!?」
「浅くないのれす……死んれ、死んれしまうのれす!」
微妙にろれつの回らない羽入ちゃんの様子は、酔っているのとはすこし違うように思えた。
「『空気』が……、『爆発』したのれす……ッ!」
なぜかキラークィーンにやられたかのような遺言を残してぐったりと力尽きていく羽入ちゃん。
「これは……わかった! 原因はアルコールでも薬物でもない、この液体は……タバスコだよ!」
魅音が皿を手にして叫ぶ。
「タバスコ!?」
「うん。それもこの匂いの強烈さからすると……輸入物のとんでもない辛さのやつだよ。辛いのが苦手とはいえ匂いだけで羽入をノックダウンさせる代物を、無警戒にかじってたっぷりと呑み込んだ圭ちゃんの喉は……」
みんなが沈痛そうな面持ちでベッドの圭一を見る。
毒物でなかったのはなによりだが、相当たちの悪い悪戯には違いない。いったい誰が圭一をこんな目に……!?
「ひとつ、はっきりしたことがあるわ……」
羽入ちゃんを抱きしめながら、梨花ちゃんが鋭い視線を投げてくる。その先にいるのは……魅音と、レナ!
「……こんな細工は、羽入には絶対にできない。調理中に自爆するのがオチよ」
そうか……つまり、容疑者リストから羽入ちゃんが消えることになる。梨花ちゃんの結論はもっともなものだった。
「レ、レナは知らないよ!? 輸入物のタバスコなんて、使ったことないもん!」
慌ててレナがぶんぶんと首を横に振る。
「そんなのわかんないでしょ。レナは料理好きだし、昨日見せてもらった台所には、見たこともないような調味料や香辛料のビンが並んでたよね?」
自分に疑いがかかるのをそらそうというのか、魅音が指摘するとレナは困ったような表情になる。
「それは……そうだけど、羽入ちゃんが苦手なの知ってるのに、そんな辛いのは買わないよ! それより通信販売で輸入物を取り寄せる魅ぃちゃんのほうが怪しいと思うな」
「え……、ま、待ってよレナ。輸入物ってゲームのことでしょ。それとタバスコと一緒にされたって困るよ!」
普段は仲のいい親友同士だけど、互いに罪をなすりつけられそうで必死なのかにらみ合いになってしまう。
その緊迫した魅音とレナの間へ割って入り、二人の肩を抱き寄せたのは鷹野さんだった。
「待ってください。なにもそれでお二人のどちらかが犯人と決まったわけではありません」
「え?」
「……どういうこと、かな」
呆然と見上げる二人の視線に鷹野さんはその美しい唇を引き結び、頷いてみせた。
「たとえばの話ですけど、犯人はこの私かもしれませんし……圭一さんかもしれません」
「圭一さんが犯人って、どういうことですの!?」
意表を突かれたという顔で沙都子が声をあげる。
……でも、僕にはわかった。
「つまり……圭一の自作自演だっていうんですね?」
「ええ。最近の圭一さんの扱いには、すこし可哀想なものも多かった……それでみんなを心配させようと、わざわざこんなチョコを用意して自ら食べた……と考えれば、辻褄が合いませんか?」
なるほど、コメント欄でも圭一の自作自演を疑う声は多かった気がする。
「しかし鷹野さん、その場合悟史くんのチョコはどう説明するのですか?」
監督が問うけど、鷹野さんは余裕の表情だった。
「当然、自分から疑いをそらすため……でしょうね。これもあくまで可能性ですから、全てが納得行く理屈というわけではありませんけど……でも、可能性でしかないことで仲間同士、親友同士が争うのは悲しいことです」
すこしじんとして、みんなが頷き合う。
……そうだ。
考えてみれば、結局のところチョコに仕掛けられていたのは毒でも薬物でもなく、タバスコだった。
雛見沢広しといえどもタバスコで死ねるのは羽入ちゃんくらいのものだろう。ターゲットが圭一だったなら、そこに殺意はなかったことになる。
ちょっとスパイスの効きすぎた悪戯に過ぎないのだから、こんなことで仲間を疑い合ってしまうほうがよくない。
圭一には悪いけど、犯人探しはこれで終わりにすべきだ。
「……そうだね。じゃあ、部長・園崎魅音の権限で、この犯人探しの部活はここまでとするよ。強いて言うなら被害者になった圭ちゃんがドベってことでどうかな!」
「うん、レナは異議なーし!」
「それで結構ですわ!」
「カレー最高!」
「僕もそれでいいよ!」
「平和が一番、ですね☆」
意識を失った羽入ちゃんを圭一の隣に寝かせると、大切なものを取り戻した僕たちは結論をうやむやにしたまま保健室を出ることにした。
「監督もたまにはいっしょにお弁当どうですか?」
「ははは、いいですね! ご相伴に預かりましょう」
「ビギナーの監督がおかずにありつけますかしら~!?」
「やっぱりお昼はカレーに限るわね!」
「そういえば診療所に戻るのを忘れてましたけど……午後の診察からでいいですよね☆」
教室へ向かうみんなの背中を見ながら、僕は魅音の肩越しに声をかけた。
「魅音……。ひとつだけ、嘘をついたね」
魅音は振り向かずに立ち止まった。
「……なんのこと?」
「魅音は下駄箱でチョコに気づかなかった、それが嘘だ」
手探りであろうと、気がつかないはずがない。
なにしろ僕の分のチョコは、魅音自身の下駄箱に入っていたのだから。それを圭一が見つけてくれて、包みが色違いで同じだし、僕と魅音の靴入れは上下に並んでるから入れ違えたんだろうと判断して僕に渡してくれた。
「こうじゃないかな。魅音は僕と圭一の下駄箱にチョコが入ってるのを見つけて、なにかの理由で手にとった……。でもレナに呼ばれたかどうにかして、慌ててそれを隠しながら手探りで戻した……つもりだった。でもそれは手探りだったからこそ、自分の靴入れの中に入ってしまった」
そこでようやく魅音が肩越しに振り向いた。
にやりと口の端に笑みを浮かべている。
「……さっきまでとは違ってなかなか名推理だね、悟史。でも、そこまでわかるなら、私が犯人かもしれないとは思わないの? たまたまチョコを見つけたんじゃなくて、レナの隙をついて入れたときに自分のところに入れ間違えただけかもしれないよ?」
「そうだね。……でも、僕は魅音を信じるよ」
すこしだけ、魅音の瞳が揺れる。
「そりゃ魅音はタチの悪い悪戯も好きだけど、魅音が仕掛けたのならもう種明かしをしてみんなで大笑いしてるとこだと思う。すくなくとも、レナと一瞬険悪になったりする前にね。仲間思いの魅音が、隠したままにするわけない」
そう言って、僕は魅音の頭をそっと撫でた。
「悟史……、くん」
どうしてだろう、魅音のそれは泣きそうな笑顔だった。
「……つまんないことなんだ。包装するときのへたっぴな癖が、よーく知ってる人に似てたから……まさかと思って手に取っただけ。よく考えたら、そんなはずないんだけど……あはは。信じてくれて、ありがとう」
そう言って、僕の手を笑顔で振り払うみたいに小さく首を傾げる魅音の仕草は……僕の知っている魅音よりもどこか儚げなものだった。
「ふふ……悪戯のタチの悪さまでそっくりだから、もしかしたらもしかするのかもしれません」
どうしてそんなに寂しそうな……そして懐かしそうな顔をして言うのだろう。僕にはその理由がわからない。
わからないけれど……理解する。
魅音にとって、その人がとても大切な人だということを。
「容疑者・園崎魅音……か。まさにそのとおり、です」
くすくす笑いながら、魅音は先に立って教室へ向かう。
僕はその背中を見送って息をついた。
あんな小さな嘘、見逃してしまえばよかったと後悔する。
魅音にあんなせつない顔をさせるつもりで尋ねたわけじゃなかったのに……。
胸の奥が、すこしだけいびつな痛みを伝えていた。
彼女の秘密を暴きたい。
……いや、単純に知りたいと思ってしまう自分がいる。
「むぅ……」
苦笑するしかなかった。
推理には不要な、合理的でない感情の嵐。
「やっぱり、僕は……名探偵にはなれないのかな」
独りごちて教室へ向かおうとしたところで職員室から校長先生が出てきた。振鈴を手にしているから、お昼休みの鐘を鳴らすつもりだったのだろう。
でも僕の顔を見ると、なにかを思い出したように言った。
「北条君。きみと前原君は、揃ってどこかに忘れ物でもしたのかね?」
「え?……特にそういう覚えはないんですが」
「ふむ。今朝、興宮署の刑事さんがここで、君たちの靴箱になにか入れているのを見たのだよ。てっきり、遺失物をわざわざ届けにきてくれたものかと思っていたのだが」
……ああ、校長先生みたいな“漢”の世界に生きている人にはバレンタインなんて浮ついた行事は眼中にないのかもしれないな、と感心すると同時に……。
どこかの見知らぬ乙女の手になるものだと思っていたあの高級感溢れるチョコレートに、魂の兄弟とも誓った一人の男の胸の内、得体の知れないせつなさとかやるせなさとかそんなものがあふれていたのだと知って、すこし気が遠くなってしまう僕だった。
残酷な真実なんて、知りたくはなかった。
そう思ってしまう僕は……やっぱり。
名探偵失格、らしい。