ひぐらしのなく頃に~神楽舞   作:晃晃

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第84話 エンジェルモートへようこそ!

疲れているのかもしれない。

 

正直そう思う。

 

いまさら魅音のふりを続けるのが疲れるなんて、一年前の自分なら想像もつかなかったと思う。

 

でも、ちょっと想像してみてほしい。

 

たとえそれが生まれたとき本来の利き手であったとしても人生の半分近くを逆の利き手で過ごしてきている。

 

いまさら元の利き手だけで生活しろってほうが無理だ。

 

そんな不自由さと焦燥、それに……寂しさが募る。

 

そりゃあ学園に押し込まれてから一年以上も離れて暮らしていたとはいえ、あの頃は雛見沢にいれば確実にお姉がいるという希望があった。だからこそ意地でも帰ってやる、逃げ出してやるという目標だってはっきりしてた。

 

でも、いまは違う。

 

双子の直感を信じているとはいっても、本当のところは魅音が生きているのか死んでいるのか、どこにいるかだって確信と呼べるようなものは何もないのだから。

 

そんな状態で、いつ終わるとも知れない『入れ替わり』を続けていれば……ストレスは決して少なくない。

 

こんなにも心が弱っているから、バレンタインのチョコのへたっぴなラッピングひとつにさえも心が揺れる。

 

そこに、不器用だったあの子の面影を見てしまうのだ。

 

と、テーブルを拭きながら自己分析していたら先輩がやってきた。

 

「園崎さん、入り口にこれ立てておいてくれる?」

 

「あ、はーい」

 

手渡されたのは、『本日デザートフェスタ!』とでかでか書かれたのぼりだった。

 

興宮へ出てくるだけで手間がかかる冬の間はバイトも控えていたんだけど、休む子がいるとかで助けを求められては無視するわけにもいかない。動いているほうが精神的にもラクだろうと思って、ひさびさのエンジェルモート制服に身を包んでいるわけだ。

 

もちろん興宮までの足は葛西。

 

店の前まで送ってくれただけで外せない用事があるとかで帰ってしまったけど、意地はってないで食べに来ればいいのに……チケットくらい融通してあげるのにな。

 

「あ、魅音ちゃん」

 

のぼりを立て終わったところで声をかけられて振り向くとそこに立っていたのは鷹野さんだった。

 

なにかいいことでもあったのだろうか、にこにこしながらこちらへやってくる。

 

「あれれ、鷹野さん。どうしたんですかー、やけにご機嫌がいいみたいですけど」

 

「うふふ、魅音ちゃんがいればいいなって思ってたから」

 

少女のように顔を綻ばせる鷹野さんに、なぜか微笑ましいものを感じてしまう。昔は看護婦さんなのにどこか不気味なたたずまいがトレードマークだったけど、部活の仲間として親しさを増してくると、この人は案外可愛いところもあるんだなと思えるようになってきた。

 

最初の頃はメイドとして大人として一歩引いたポジションを保っていて、そつのない笑顔を見せていた。でも正月の頃に一度落ち込んだ様子だったあとは、どこか自然な表情で仲間に溶け込んでくるようになった。

 

部活で負けがこんでくると口を尖らせて拗ねた表情をみせ『もー。今に見てらっしゃい』とかぶちぶち言ってくるし罰ゲームで過激な衣装を押しつけられると、顔を真っ赤にして『こ、これはその……ちょっぴり厳しくないかしら』とすがるような目で言ってくる。

 

思わず『だぁあめぇえぇぇえええ!!』と無慈悲に返してしまって、しゅんとした表情なんかはもうたまらない。

 

なんというか、圭ちゃんや悟史くんなら『可愛いお姉さん萌えだ!』と叫びそうだけど(実際何度か叫んでるけど)私の見解はちょっと違う。

 

この人の強力なチャームポイントは、梨花ちゃんとか魅音と共通する『手のかかる妹』っぽさなのだ!

 

甘えられると思わずさんざんいぢりたおしてから撫で撫でしてあげたくなる愛くるしさとでも言おうか。泣きそうな顔をされたりするとこう胸の奥がきゅーんてなるし!

 

ずっと年上なのにその属性をもっているあたり、幼少期の人格形成になにかあったのではないかと思わされるが……彼女の過去は、園崎の力をもってしてもまだわからない。

 

監督や診療所のスタッフはほとんど調べがついているのにどうやら偽名らしい鷹野さんだけは素性が掴めないのだ。

 

そしてそれは奇妙なことに、小此木造園の構成人員と共通している。ほかに診療所に出入りしている人間で正体不明のままなのは、鷹野さんの恋人とされている富竹ジロウ。

 

こうなるとこの三者には嫌でもなんらかの裏があるのではないかと勘繰りたくなってしまう。

 

鷹野さんにせよ富竹のおじさまにせよ、話してみる限りはごく普通の人なのに、どんな裏の顔を持っているのか……

 

もっと徹底的に調べたいのはやまやまなのだけど、それはレナに止められてしまっている。

 

いまは彼らを泳がせ、こちらの疑いを消すべきだ。途中で竿を引いては、大きな『真実』が釣り上げられない……。

 

その理屈はわかるけど、元来短気な私に待ちの戦術というのはつらいものがある。これも疲れる一因かもしれない。

 

そんな私の葛藤を知らない鷹野さんはまるで同年代の友達を見るような人懐っこい笑みを浮かべて、

 

「実はね、診療所にお客様が見えるのよ。それで、ケーキをお出ししようと思うのだけれど……おすすめを見立てて貰えるかしら」

 

「う、うん。いいですよー」

 

そう言ったら、ぱああ……と顔を輝かせつつ胸の前で両手をきゅっと握りしめる鷹野さんだった。

 

「良かった! ありがとう、魅音ちゃん☆」

 

うぁ……やっぱり可愛い。

 

これは萌えか、萌えなのか?

 

年上の同性に首輪つけて飼ってしまいたくなるこの感情をほかにどう名付ければいいのか!?

 

などと内心で悶えつつも、私も笑顔で応じる。

 

「開店前ですけど、どうぞどうぞ」

 

なにしろこの制服は肩とか脚とか露出しているので、この時期の立ち話はつらいのだ。

 

おすすめをいくつか見繕ってあげて奥のテーブル席でできあがりを待ってもらうついでに、紅茶を持っていく。

 

私なりに探りを入れたいというのもあるし、親しい友達だと思っているのはこっちも同じなのだ。

 

仮に、私やレナが考えているように入江診療所や小此木造園が魅音を隠した『敵』であり、雛見沢を恐怖のどん底に陥れてきた『オヤシロさまの祟り』の元凶だったとして、彼女までが敵だとは思いたくない。

 

むしろその内部にいる彼女を味方に引き入れたい、味方であって欲しいと願うのは当然のことだ。

 

「そういえばさっきののぼり、本日デザートフェスタって書いてあったけど……」

 

「あ、うん。月に一度のかきいれどきってやつです」

 

「魅音ちゃんも大変ね。入江所長は来客の予定が重なって行けなくなったって、それはもう嘆いていたわ」

 

くすくすと笑う鷹野さん。

 

すこし前までの人を小馬鹿にしたような笑いかたではなく『しょうがないわね』とでも言いたげな寛容さを感じさせる表情だった。

 

監督ならメイドの心得が彼女を変えたのです!と表現するだろうが、私としては沙都子や私たちといることが彼女を優しくしているのだと思いたい。

 

事実、鷹野さんは以前よりもメイドの衣装やメイドらしさにはこだわらなくなっている。

 

メイドはひとつのきっかけではあっても、この自然な表情を生んだのはやっぱりみんなとの触れ合いであるはずだ。

 

「あっははは、監督をはじめとする一部の方々には大人気ですからねぇ~。このお店は」

 

「ふふふ、お店というよりは可愛いウェイトレスさんが、じゃないかしら」

 

「あれれ、鷹野さんも着てみますぅ~? きっとばっちり似合っちゃう気がするなあ~☆」

 

そう言ってからかったら、すこし頬を染めて困ったように微笑んでみせた。

 

「やだ、若い子のようにはいかないわよ……」

 

その恥じらいがまた、たまらない……!

 

「いやいや、この前の罰ゲームでスク水着たときだって、圭ちゃんも悟史も目のやり場に困ってましたよ~!?」

 

「や、ちょっと、それは思い出させないで~!」

 

そんな軽い話題でひとしきり笑う。

 

ああそうそう、今度この人に罰ゲームでエンジェルモート制服を着せようと心のどこかにメモっておくのも忘れずに……と。前置きはこのくらいにしておこう。

 

「そういえば、お客さんってどちらから?」

 

「東京のほうのね、なんだか偉い方らしいわ」

 

「へー! なんだろ、こんな田舎の診療所に……あ、もしかして、スポンサーとかだったりします?」

 

すこし突っ込んだ話をしてみる。

 

レナに言えばちょっと突っ込みすぎだと叱られそうだけどいまの私は園崎魅音、村唯一のお医者さんである診療所にはそれなりに世話になっているし逆に世話もしている。

 

入江診療所の経営や資金面のことが気になったとしても、それほど不自然ではないはずだ。

 

「そうね、そう言ったら近いのかしら。診療所としての、というよりは所長の研究のスポンサーといったほうが近いみたいだけれど」

 

意外、と言うべきか。

 

鷹野さんはなんでもないことのようにすらすらと答えた。

 

「ほー。そういえば監督、前から羽入を定期的に診療所に呼んでなにやら研究してるって話でしたね」

 

これは古手の先代がいた頃からの話らしい。

 

いまでも羽入が月に2回程度、身体の具合が悪いわけでもないのに診療所に顔を出しているのは確認済みだ。

 

「そうね。私もお手伝いはしてるけど、所長も熱心だから……もしかすると、そういった研究所からのお誘いの話もあったりするのかしら」

 

おっと。やっぱりすこし突っ込み過ぎたのか、鷹野さんは研究の内容からすこし話の焦点を外してきた。

 

ここで焦って踏み込み過ぎるのはさすがにまずい。

 

「う~ん、それは困っちゃうな。監督は開業医としても、少年野球の監督としても、我が雛見沢分校の校医としても村に不可欠の人材なんだけどなぁ!」

 

おどけてそう言ったら、鷹野さんも小さく笑う。

 

「うふふ、村興しメイド祭りの監督としてもね」

 

「あははは、そりゃ確かに代わりがいないです!」

 

危ない危ない、いまのはすこし迂闊だった。

 

でも、監督の研究というのは、すこし気になる要素だ。

 

あの診療所の地下区画の規模を推測してみたとき、真っ先にレナが挙げた可能性は『研究施設』だった。

 

考えてみれば医者というのは研究者の副業というか隠れ蓑としては当たり前の身分だったし、監督が過去に医療行為というには度が過ぎることをしていたという驚きの事実も浮かび上がっている。

 

とりあえずあとで葛西には連絡して、今日診療所に来る客の素性を調べてもらったほうがよさそうだ。

 

「あ、東京からのお客と言えば富竹のおじさまもそろそろ雛見沢に来る頃じゃありませんでしたっけ~?」

 

ゴシップ的な方向に話を飛ばして間合いを作る。

 

「ええ、そうね。ジロウさんも毎年、雪解けの頃には撮影に来るものね」

 

「あれれ、意外とクールな反応ぉ~。ホワイトデーとか、期待しちゃっていいんじゃないですかぁ? 当然、チョコは送ったんですよね?」

 

富竹ジロウは、毎年3月、6月、9月、12月に雛見沢を定期的に訪れている。いろいろと都合はあるのだろうが、本当に野鳥撮影のためだけに来ているのかは疑問だ。

 

鷹野さんとの仲だって、診療所に足繁く通うための口実づくりのためと言われれば、そんなふうにも思えてしまう。

 

「それはもちろん送ったわよ。忙しいのに、ちゃんとお礼の電話もしてくれたし……でも、ホワイトデーはどうなるかしらね。男のひとってそういうところ、気がまわらないこともあるじゃない?」

 

「あぁ~、そうですよね。圭ちゃんや悟史も、言わないと素で忘れてたりしそうな気がする」

 

言われてみれば、富竹のおじさまも人は良いけどその手の贈り物やイベントには疎そうなイメージがあるかも。

 

「うふふ、二人は返す相手がたくさんいて大変そうだけど……ジロウさんはほかにあてがないでしょうからちゃんと気遣ってほしいわね」

 

「おっと、厳しいなぁ。ああ見えて意外にやり手で、東京には若い子がいたりするかもしれませんよ~?」

 

ちょっと意地悪のつもりでそう言ったら、鷹野さんは紅茶のカップを静かに置いてちょっと拗ねた顔をする。

 

「酷いこと言うのね、魅音ちゃん。もしそうだったら私、悲しみのあまり圭一さんに走っちゃうかも……」

 

頬に手をあててよよよと流し目をくれる。

 

「そ、それはまずいんじゃないかなー。圭ちゃんころっといっちゃいそうだから、富竹のおじさまには私からも釘を刺しておかないといけないね!」

 

こっちも口を尖らせてそう言ってから、二人してくすくすと笑い合った。ある意味予定調和のような冗談だった。

 

普段の態度を見ていれば、おのずとわかる。

 

鷹野さんが圭ちゃんに対して抱いている感情は、ちょっとたよりになる弟、という程度のものではあるが……それはなにかのきっかけで揺さぶられてしまいかねない、微妙な均衡の上で辿り着いた着地点だ。

 

悟史くんへの気持ちを、まだ完全に整理しきれているとは言えない私だからこそわかる。

 

寂しさを受け止めてくれそうな人によりかかりたくなってしまう心の重力があるんだ。その重力を振り切って想いを貫けるかどうか、いつも試されている気がする。

 

私たちだけの、せつない符合。

 

「……あ。そろそろケーキ、できたかな」

 

「そうね。魅音ちゃんとお話ししてたらあっという間ね」

 

鷹野さんは微笑とともに小さく首を傾げた。

 

私もあんなふうに綺麗に笑えるだろうかと思いながら笑顔を返して席を立つ。

 

……やっぱり、この人が敵になるなんて考えたくない。

 

レナなら最後まで冷静に見極められるのかも知れないけど私には、彼女への信頼が芽生えてしまっている。

 

こんなに胸が苦しいのは、大切な仲間をわずかでも疑ってしまっているという罪悪感からなのだろう。

 

できあがったケーキを受け取って、

 

「それじゃ、今日はありがとう。お仕事頑張ってね」

 

柔らかな笑顔で店を出ていく鷹野さんを見送って、すこし落ち込んでしまうのを感じていた。

 

「……ええ、お願いします。できれば東京までいける人員をつけてください」

 

店長室の電話を借りて葛西に連絡をとりながらも罪悪感は消せずにいた。

 

信じることから始めなくていいのかな、私たち……。

 

そう思いながら、開店して賑やかになりつつあるフロアに戻ったら、冷や水を浴びせかけられたような気がした。

 

レナが手を振っていた。

 

「魅ぃちゃ~ん。制服かぁいいねぇ☆」

 

「え、あ、レナ……!?」

 

よく見れば、圭ちゃんに羽入、梨花ちゃんも一緒だった。

 

「よう、今日もバイトか? ここで食べるときは、わりと魅音のバイトと重なるよなぁ!」

 

「魅音のことだから狙って待ち伏せしてるんじゃない?」

 

「あぅ、待ち伏せとは物騒なのです……。圭一、また毒殺されては大変なので僕が圭一のメニューを全部、毒味してあげるのですよ!」

 

前原一家勢揃い、というわけだ。

 

一枚のチケットで4人入れるからたまたま誰かがチケットを当てて繰り出してきたということなんだろう。

 

「羽入、お前ってやつは……! よーし魅音、俺のぶんは天使の激辛カレーで頼む!」

 

「あぅ!? け、圭一、デザートフェスタなのですから、デザートを頼まなければダメなのです!」

 

「せっかくだから私も食べてみようかしら、そのカレー」

 

「り、梨花ちゃん、目が据わってるよ!?」

 

相変わらず、こちらの陰鬱な気分を吹き飛ばしてしまいそうなくらいに賑やかな連中だった。

 

「……こほん」

 

だから私は小さく咳払いをして、大仰な笑顔とある意味で挑発的な前傾気味のポーズでみんなを迎えた。

 

「いらっしゃいませ! エンジェルモートにようこそ!」

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