ひぐらしのなく頃に~神楽舞   作:晃晃

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第85話 デザートフェスタへようこそ!

「フッキフキ!」

 

「フッキフキ!」

 

「フッキフキ!」

 

「フッキフキ!」

 

 

……ああああ。

 

店内は大合唱だった。

 

デザートフェスタの日に来店するお客様にたちの悪い人間が多いというのは当然よくわかっていたし、それなりに警戒もしていたというのに、ちょっとした油断でこんなことになってしまっていた。

 

死角から足をかけられ、運んでいたパフェを取り落としてしまい……それが、お客の股間を直撃してしまった。

 

要求は過酷だった。

 

そりゃあかかったのが胸や足だというのなら、ナプキンで拭き拭きするのも我慢しよう。

 

だけど、見知らぬ男性の股間に対して同じことをやれといわれれば自分が悪いとしても恋する乙女、中学二年生女子として断固拒否したいのはわかってもらえると思う。

 

しかもそれが仮にも自分の好きな男の子の目の前で、なのだから……事態は最悪だ。

 

「フッキフキ!」

 

「フッキフキ!」

 

「フッキフキ!」

 

「フッキフキ!」

 

悲劇の音は鳴り止まない。

 

いったいどうしてこんなことに……。

 

私は今日という日を思い返すことで目の前の惨劇から逃避することにした。

 

「いらっしゃいませ!……って、悟史くんに沙都子?」

 

目を丸くしてしまう。

 

前原一家に遅れてエンジェルモートに来店したのは、北条兄妹だった。しかも二人を連れてきたのは、でっぷりした体格の中年刑事……興宮署の大石だ。

 

「ええと、これはどうしてまた……?」

 

「今日はイ……監督と来る予定だったんだけど、なんだか都合が悪くなっちゃったとかでね。クラ……大石さんが、せっかくだから沙都子も一緒にどうかって」

 

ああ、そういえばどういうつながりなのかいまひとつよくわからないけど、悟史くんはいつの頃からか監督や大石、それに富竹のおじさまと親交があるんだっけ。

 

去年の綿流しの頃や、大石がしつこく沙都子に事情聴取しようとしていた頃を思えば、ちょっと信じられないような組み合わせではあるけれど……なにげなく雪合戦に参戦してきたりと大石を意外な場面で見かけることは多くなっていたから、不思議というほどではないかもしれない。

 

「んっふっふ、せっかくのデザートフェスタですからね。チケットを余らせるのはもったいないじゃないですか」

 

「わたくしも甘いものは嫌いではありませんし。すこーしばかり車内はタバコ臭かったですけれど!」

 

沙都子に批判された大石は頭をかきかき苦笑して、

 

「なっはっは、こりゃ手厳しい……窓を全開にしてお迎えにあがるべきでしたかねぇ」

 

「ついでに灰皿のお掃除もなさいませ。レディーの扱いがてんでなってませんわー!」

 

仲良しこよしというわけではないのだろうけど、別に大石自身を煙たがってる様子でもない沙都子の様子に、すこしだけほっとしてしまう。

 

一見して平和な雛見沢の裏側は複雑怪奇に入り組んでいることがわかってきて、一筋縄ではいかないけれど……私やレナはともかく、沙都子たちにとってはそこが優しい世界であってほしい。その笑顔のためにこそ、私たちが暗闘に身を投げ入れる価値があるのだから。

 

「……あの、後ろの方は? 同僚の刑事さんとか?」

 

チケットは一枚で4名まで。

 

大石、悟史、沙都子の後ろには、この界隈であまり見かけない顔の大柄な男が立っていた。

 

「ああ、彼は私の知り合いでして。ちょうどこちらに遊びに来ていたんで、人数合わせついでにお招きしたんです」

 

「私用ではありますけどね、遊びに来たわけじゃないって言ってるじゃないですか……赤坂といいます。よろしく」

 

大石の言い草に文句を言いながらも私に向かってぺこりと頭を下げるその男の名前を、私は知っていた。

 

前回圭ちゃんと鷹野さんが接触した人物、雛見沢の別荘地に家を建てることを計画しているという奇妙な訪問者。

 

赤坂 衛。

 

この男の正体は、あの後葛西に調べさせることで判明していた。彼の身分は公安の刑事であり、かつて……5年前の綿流しの頃にも一度、雛見沢を訪れている。

 

そのとき彼が何を目的として訪れていたのかも、葛西が記憶していた。当時はダム戦争の真っ最中であり、数日後に綿流しを控えたその時期に発生していたのは建設大臣の孫の誘拐事件だ。公安は当時強硬にダム戦争を推し進めていた鬼ヶ淵死守同盟と園崎家を首謀者の可能性ありとして調査のためにこの男、赤坂衛を派遣してきたのだ。

 

当時は新米刑事だったはずの彼一人に任されたことから考えて、公安から有力な候補とはみなされていなかったのだろうという推測は容易だ。

 

だが、現実に建設大臣の孫は谷河内あたりで監禁されていたのを目の前の大石と赤坂によって救出されたという。

 

誘拐の件で実際に園崎家が動いていたのかどうかは葛西にもわからないという話だが、レナはそれが私たちの追っている小此木造園のやったことではないかと推測した。

 

目的は、ダム計画凍結のための工作。

 

小此木造園、ひいては入江診療所の行っていると思われる何らかの研究にとって雛見沢の環境が何らかの形で不可欠な要素であり、その研究継続のための工作の一環として大臣を動かすために行ったのではないかという推理だ。

 

それが的を射ているかどうかは確認のしようもないが本当だとすれば独力で国のダム計画に勝利したと思っているのは私たちの思い込みで、実際には入江診療所の背後にいる何者かが動いた結果ということになる。

 

その公安の刑事が何故いま、この雛見沢に現れたのか?

 

水面下で再び何かが動き出しているという、予兆のひとつだとでも言うのだろうか?

 

「あぁ、引っ越しのためのあれやこれやだとか言ってましたっけねぇ……んっふっふ、赤坂さん。雛見沢に住むことになるかもしれないなら、こちらのお嬢さんにはご挨拶しておいたほうがいいかもしれませんよぅ? なにしろ未来の園崎家頭首様ですからねぇ~」

 

大石に言われて、生真面目な表情で頷く。

 

「そうですね。まだいろいろと調整中ですが、本決まりになりそうですし……」

 

赤坂さんは進み出て私の前に立ち、

 

「赤坂といいます。いまは東京に住んでいますが、いずれ……そうですね、早ければ夏くらいには家族を連れて雛見沢に越してくるかもしれません。折りを見て園崎さんの家にもご挨拶に伺いますが、よろしくお願いします」

 

彼から見ればたかだか中学生の、しかもウェイトレスに向かって率直な態度で頭を下げる。

 

なるほど、聞いていたとおり好青年という印象が強い。

 

こちらも営業用というか『気さくな園崎の娘』という笑顔で答えてやった。

 

「あーいえいえ、こちらこそ。雛見沢も若い人が来てくれるのは大歓迎ですから。婆っちゃも喜びます! なんでも言ってください、力になりますよ~!」

 

雛見沢はいわゆる過疎の村なので、本当に転入してくるのなら諸手をあげて歓迎したいくらいなのだ。

 

そもそも移住話が調査のための偽装でなければ、だが。

 

「ははは……、お世話になります」

 

当の赤坂さんは私のスマイルをどう受け取ったのだろうか人懐っこそうな笑顔を返してきた。

 

「おんやぁ~? 赤坂さんは、こういうきわどい感じの衣装がお好みですか。鼻の下が伸びてますよぅ~?」

 

にんまりとした大石が肘でどつくと、慌てたそぶりで私から目をそらし、照れくさそうに頭を掻く。

 

「嫌だな、大石さん。からかわないでください」

 

これが演技だとすれば、そつのないものだ。

 

大人にとっての五年という時間がどのくらいの長さなのかはまだ私には想像もつかないけれど、すくなくとも新米という言葉ではくくることのできない落ち着いた態度だ。

 

あらためて油断はできないと思いつつ、四人を空いている席に案内する。あいにく圭ちゃんたちの近くの席はいっぱいになっていたので奥に案内する。

 

「はい、こちら禁煙席になりますので。大石のおじさまは特に、おタバコは控えてくださいね~?」

 

「なっはっは。はいはい、わかってますよぅ~」

 

「魅音さん、ナイスですわー!」

 

戻る途中で圭ちゃんたちの席に寄り、イチゴタルトをお持ち帰りしようとしているレナの後頭部をトレーでどつく。

 

「はぅ!? あ、み、魅ぃちゃん。このタッパはね、違うんだよ、ほんとだよ!?」

 

あわあわしながら言い逃れようとするレナのこめかみを両の拳でぐりぐりしてやった。

 

「こちらでお召し上がりになってくださいねっ!?」

 

解放したら、レナは頭を抱えながらごまかすように笑い、

 

「でもでも、おうちに飾っておきたいなぁって……☆」

 

「食べ物を飾らないでくださいっ!」

 

レナの感性にはある意味圧倒されてしまう。たまに。

 

「かぁいいのに……かぁいいのに……」

 

ぶちぶちと呟くレナの耳元に口を寄せて、トレーで隠しながらこっそりとささやいた。

 

「奥の席に大石と、例の公安の赤坂が来てます。沙都子と悟史くんも一緒に」

 

「!……うん」

 

小さく頷いて了解の意を返してくる。

 

言われてすぐに振り向いたりしない用心深さと、物事の本質を見抜く聡明さを持つレナならば今回の件からも何らかの答えを引き出せるのかもしれない。

 

……悔しいことに、私にはさっぱりだ。

 

いくつか推測ができなくもないけど、いざ根拠を説明しろといわれたらお手上げになってしまう。

 

と、羽入がぱっと花のような笑顔とともに片手を上げた。

 

「魅音、魅音、僕に山盛りシュークリームパフェをお願いしますのです!」

 

「ま、まだ食うのかよ……!?」

 

言われてテーブルの上に目を向ければ、羽入の前には食べ終わったらしい食器の山ができていた。

 

圭ちゃんや梨花ちゃんはもうとっくに自分の分をたいらげたのだろうか、食器も下げられてドリンクだけで過ごしているらしい。

 

確かにこれは、戦慄すべきかもしれない。

 

あの細い身体のいったいどこにこれだけの甘い物が消えていったのだろうか……私自身ケーキ好きだけど日々の体重管理にも気を遣っているから、なにかコツがあるなら教えてほしいものだ。

 

梨花ちゃんがため息をついて、じとっとした目で己の姉を見つめながらストローを指揮棒のように振り回す。

 

「羽入、あんまり食べ過ぎると……」

 

「太りませんのです」

 

先回りして、きっぱりと言い切る羽入。

 

……乙女として、ちょっと羨ましいくらいの覚悟だ。

 

でも梨花ちゃんもめげずに続ける。

 

「……虫歯になるわよ?」

 

そっち方面から攻めていくか……!

 

一瞬ぐっと言葉に詰まった羽入だったけど、遠くを見るようなまなざしになって呟く。

 

「梨花……」

 

「?」

 

無駄に儚く美しい微笑みだった。

 

「この世界に、歯医者なんかいらないのです」

 

「……いや、それはどーよ」

 

言葉は無力だ。

 

力強く甘い物を追い求める羽入を止められる言葉なんて、この世のどこにもありはしないのだから……。

 

「いいから早く持ってくるのです魅音。スチュワーデスがファーストクラスの客に、お酒とキャビアをサービスするように……ッ!」

 

普段あぅあぅな羽入が爛々と目を光らせて言うものだから恐ろしくなってしまう。慌てていったん厨房に戻り、あのダメ巫女様が怒り出さないうちにと自分でシュークリームパフェを用意して、運ぶ途中で……悲劇は起こった。

 

「……あっ!?」

 

足をかけられてすっ転ぶ私、トレーから慣性のままに浮き上がった山盛りシュークリームパフェはスローモーションで美しい放物線を描きながらたっぷりのクリームを撒き散らしつつ見目麗しいという言葉に喧嘩を売っているのではないかと思われる容姿の持ち主(仕事中なのでソフトな表現を心がけてみました)の股間へと落下していき……。

 

「フッキフキ!」

 

「フッキフキ!」

 

「フッキフキ!」

 

「フッキフキ!」

 

……こんな事態になっている、というわけだ。

 

運命は残酷だ。どれほど回想してみても逃避してみても、目の前の過酷な現実は変わらない。

 

なにより泣きたい気分にさせてくれるのは、大好きな私の想い人とかちょっぴり気になる男の子とか無二の親友とかなにかにつけて小生意気なおちびとかが大合唱に加わっているという事実だった。

 

いや、最後のはそれほどショックでもないんだけどさ。

 

「失礼ね、この雛見沢に名だたる仲間思いの梨花ちゃんに向かって……!」

 

テーブルに片足のっけて拳を突き上げながらそんなことを言っても、まったく説得力がないんですけど。

 

そんなことよりも、圭ちゃんはいったいどうしてそんなに楽しそうなんですか!?

 

「い、いや、すまん魅音。うちは先祖代々、お祭り的空気には逆らえない体質でな……」

 

そんないやな遺伝は後世に伝えないでくださいッ!

 

あと悟史くんも!

 

どうしてここまで出張してきた上に圭ちゃんと肩を組んで声をあげているんですか!?

 

「むぅ……ごめんよ魅音。男はたとえるなら空を翔るひと筋の流れ星だからどうしようもないんだよ」

 

フキフキ大合唱に参加するだけなのに、なんて浪漫と気迫に満ち溢れた発言……!?

 

それからレナ!

 

あんた私の親友でしょうが、閃光のレナぱんで不埒な連中を片っ端からノックアウトするターンじゃないの!?

 

「はぅ☆ だって涙目の魅ぃちゃん、かぁいいんだもん。レナの本能は光の速さで保存中なんだよ!」

 

女の友情、かぁいいものを求める本能に屈したか……!

 

一応私にとって救いなのは、巫女幼女一号がみんなをあぅあぅ言いながら止めようとしてくれていることと、雛見沢のトラップマスターこと沙都子がタライを飛ばして自らの兄と圭ちゃんに反省を促してくれていることだろうか。

 

「にーにーも圭一さんも、いいかげんになさいませ!」

 

我が部活の最終兵器たるツンデレ妹の叱責を受けて、悟史くんと圭ちゃん、そしてレナが渋々と居住まいを正す。

 

「むぅ……確かに、よく考えると魅音がフキフキ☆させられているのはあまり見たくないかもしれないね」

 

「おう、そのとおりだ。自分がフキフキ☆されるのならともかく、見知らぬ男にフキフキ☆などさせられるものか!」

 

「そうだよそうだよ、魅ぃちゃんにフキフキ☆されるのはレナじゃないとだめなんだよ! だよ!」

 

こいつら、欲望の方向性が変わっただけか……!

 

あと台詞に意味もなく星を飛ばすのはやめなさい。

 

「というわけで、てめぇら。このウェイトレスさんは俺のものなので、フキフキ☆は諦めやがれ!」

 

ようやく重い腰をあげて、私の前に立ちふさがってくれる圭ちゃんだった。

 

俺のものって言ってくれるのは正直嬉しいんだけど、引きが長すぎたせいか微妙に感動できないなぁ……。

 

「ななな、なぁにを勝手なことを言っているでござるか! 余の邪魔をすると、痛い目に遭うでござるよ!?」

 

被害者である男性客が奇妙な口調でまくしたてながら席を立ち、不格好な構えをとる。

 

「けっ、能書きはいいからかかってこい! てめぇごとき脂デブが美少女にフキフキ☆してもらおうなんざ43年と3ヶ月ばかりはえぇってことを教えてやるぜ!」

 

「妙に具体的な数字がムカつくでござる!?」

 

圭ちゃんって人は、相変わらず喧嘩の売り方だけは一流かもしれない。

 

「後悔するでござるよ、ヤングメ~ンッ!」

 

「後悔するのはてめぇのほう、だっ!?」

 

向かってきた男性客を迎撃すべく拳を固めて踏み出した圭ちゃんが、いきなり軸足を払われてつんのめる。

 

そいつは思ったよりもずっと俊敏な動きで、遠間からの足払いを放ったのだ。その上、つんのめって状態の流れた圭ちゃんの下へと滑り込み、背後へと投げ落とす。

 

鮮やかすぎる投げ技で、圭ちゃんはなすすべもなく吹き飛んで床を転がるしかなかった。

 

衝撃音とともに、背中を強かに打った圭ちゃんが顔を歪めるのがわかった。

 

「圭一くんっ!」

 

「圭ちゃんっ!」

 

レナと私が声をあげるけど、圭ちゃんは床を蹴って一動作で立ち上がり、再び拳をセットして構えをとる。

 

「手ぇ出すなよ、レナ。こいつは俺の喧嘩だ」

 

男性客は余裕を見せながら構えをとり、

 

「ふっふっふ……最近のヲタクは意外にマイナーな武道を会得していることが多いでござるから、甘く見ると大変でござるよ~?」

 

「おうよ、いまのでわかったぜ。我流の俺じゃ、その技はかわせねぇかもな……」

 

圭ちゃんは思いの外落ち着いた様子で互いの戦力差を分析しているようだった。これもレナとの戦闘訓練の賜物なのかもしれない。

 

「K、なんでしたら私が……」

 

「前原くん、加勢しようか?」

 

圭ちゃんの近くの席で、大石と赤坂さんが声をかける。

 

大石は非番だし、赤坂さんは公安の身分を隠しているからこそここまで静観していたのだろうが、まがりなりにも暴力沙汰になったのだから割って入る理由はある。

 

「いや、大丈夫です。どうにかします」

 

確かに、背中を打ったとはいえとっさに受け身もとっていたからダメージそのものは深刻ではないはずだ。

 

我流ではあっても、実戦を想定した訓練が多少は圭ちゃんの力になっているのだ。

 

「ふふん、ちょっとばかりタフだからといって、打つ手がないのは変わらんでござるよヤングメン?」

 

そう、そこが問題だ。

 

近づけばあの投げが炸裂する。私なら返し技も打てるし、レナなら投げられる前に拳を数発たたき込めるだろうけど、圭ちゃんにはそこまでのテクニックもスピードもない。

 

攻め手を欠いた圭ちゃんに、勝算があるわけがないのだ。

 

「な、なにやら格闘バトルものっぽいノリになってしまっているのです!?」

 

羽入の悲鳴はとりあえず無視しておこう。

 

「……くっくっく」

 

追い詰められているはずの圭ちゃんが、笑みを漏らす。

 

「くくく、くははははは!」

 

「……なにがおかしいでござるか? 恐怖のあまり頭がおかしくなったのでござるか、ヤングメン?」

 

爆笑する圭ちゃんに、ぎらりとねちっこい視線を向ける。

 

その敵意のこもった視線を真っ向から受け止め、圭ちゃんは白い歯を見せて笑っていた。

 

「いやいや、こんなとこでウェイトレスさんを罠にはめてフキフキ☆させようなんてセコい手で欲望を満たそうとするてめぇが哀れすぎて笑えてきちまってなぁ~」

 

挑発的な態度に、男性客は思わず余った肉を震わせる。

 

「な、なにを言うでござるか! エンジェルモートの美麗なる制服に身を包んだウェイトレスさんにフキフキ☆してもらう以上の喜びがこの世にござろうか!?」

 

ああ、だめだ。

 

圭ちゃんのペースに乗ってしまった。

 

「そうだろうなぁ……いや、すまんすまん。てめぇごとき脂デブにゃ、それさえ高望みの部類に入るんだよな。俺と比べちゃ、かわいそうだよなぁ~」

 

「……ど、どどど、どういうことでござるか!?」

 

動揺してる動揺してる。

 

こうなるともうダメだ。いつも彼としのぎをけずっている部活メンバーならよくわかっていることだが、圭ちゃんの最大の武器は、拳ではなくあの口車なのだから。

 

「客の立場を利用してフキフキ☆させる? はっ、小せぇ小せぇ……この俺は、あのウェイトレスさんをフキフキ☆したことがあるぜ!?」

 

「なぬッ!?」

 

どーん、という幻の効果音が店内に響き渡った。

 

そしてフロア中の目が私のほうに向けられる。

 

「……ぁ、や、そのっ」

 

絡みつくような無数の視線が私の身体の上を這い回る。

 

圭ちゃんの言葉で視線の主たちがなにを想像しているのかわかりたくないけどわかってしまうぅぅぅぅ!?

 

たちまち真っ赤になっていく私を見て、なにをどう納得したのだろうかフロアに感嘆の声が漏れる。

 

「け、圭ちゃんの……ばか」

 

トレーで顔を隠して小さな声で抗議するのが、いまの私にできるせいいっぱいだった。

 

「にゃ、にゃに~~~~ッ!? ど、どうみても純情可憐で年端もいかないウェイトレスさんが、フキフキ☆するどころか……されるほうを経験済みですと~~~ッ!?」

 

世界が崩壊するような表情とともに、裏切られたとでも言いたげな不当極まる叫びをあげる男性客だった。

 

「くっくっく……自分がやろうとしていたことが、いかにちっぽけな行為であるか理解できたか……?」

 

「ギギギ……、おのれ、おのれ、リア充めが……余に現実を思い知らせるとは、やってはならんことを……!」

 

怨嗟の声をあげ、血涙を流しながら圭ちゃんに向き直る。

 

その身にまとう負のオーラはまさに圧倒的だった。

 

……が、圭ちゃんはひるまなかった。

 

「唸れ、マイメモリー!」

 

再び拳に覚悟を装填し、咆哮とともに床を蹴る。

 

ゆらりと構えた男性客がその拳を迎え撃つ。

 

「無謀でござるよッ!」

 

そう、あまりにも無謀な突撃。圭ちゃんの拳に勢いがあればあるほど、その力を利用した投げも強烈となる。

 

でも圭ちゃんはまっすぐに突っ込み……、叫んだ。

 

「あのツインキャノンを……手探りでフキフキ☆だッ!」

 

「ッ……!?」

 

一瞬。

 

そう、ほんの一瞬だけ……男性客の視線が流れた。

 

私の胸元へ。

 

無意識に妄想を展開してしまい、集中を掻き乱された。

 

それはいまこの場では徹底的に致命的な隙となる!

 

「しまっ……!」

 

泳いだ視線を戻したときには、ロケットのように加速した圭ちゃんの拳がすでに眼前にあった。

 

まさに注意一秒怪我一生。

 

「……ブチ貫けッ!!」

 

鈍い打撃音。

 

振り抜かれた拳は、脂デ……男性客の体重をものともせず吹き飛ばした。あくまでも直線的な、ただそれだけというバカの一つ覚え的な攻撃にすぎないけれど……それだけに当たってしまえばその威力は並みではないのだ。

 

「ちょっ……!」

 

すこし、まずい。

 

吹き飛んだ先にはレナと古手姉妹がいた。

 

とっさにレナが二人を抱いて退避しようとするが、巨体は猛烈な勢いで突っ込んでいき……、

 

「ふッ!」

 

いつの間にそこに移動していたのか、素早く飛び込んだ赤坂さんによって撃墜されていた。

 

いまさら彼の命が心配になってしまうほどの剛拳だった。

 

「間に合ってよかった……怪我はないかい?」

 

振り向いて尋ねる赤坂さんを、レナの腕の中で梨花ちゃんがアホの子のようにぽかんと大口あけて見上げていた。

 

「ぁ、あかさか……?」

 

「……久しぶりだね。梨花ちゃん」

 

微笑みながら声をかけられて、ますます混乱したような顔になる。どういうことだろう。梨花ちゃんと赤坂さんに、接点があるのか……?

 

私は店内の惨状も忘れて、レナと視線を交わすしかない。

 

「悪い、三人とも!……赤坂さん、助かりました!」

 

圭ちゃんが駆け寄ってきて、梨花ちゃんははっと顔をあげると怯えた仔猫みたいな勢いで圭ちゃんの胸に飛び込んだ。

 

「うわ、なんだ梨花!?」

 

「な、なんでも……」

 

「……?」

 

羽入と沙都子は「?」と顔を見合わせ、悟史くんは手近なテーブルからとったナプキンを気絶した男性客の見苦しい顔にそっとかけていた。……縁起でもない。

 

「いやぁ~、なにやら大変なことになっちゃいましたね。ここは私に預からせてもらいますよぅ~?」

 

そう言った大石が事を大げさにしないように手を打ってくれた。幸いにしてと言うべきか、先に手を出したのは男性客のほうだったので、いつもの調子でよく言って聞かせてくれたらしい。

 

おかげで店にもたいした被害はなく、圭ちゃんもおとがめなしなのだからここは大石に感謝しておくべきだろう。

 

けれどこの日の一件は、またひとつ謎を呼んだ。

 

赤坂 衛。

 

この男に、いったいどんな裏があるのか。

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