ひぐらしのなく頃に~神楽舞   作:晃晃

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第87話 彼女の嘘と彼の嘘

「Kぇぇい、君に足りないもの、それは……ッ!」

 

とんでもない速度で砂塵をまきあげながら稲妻のように荒野を駆け抜けるのはタンクトップのナイスガイ、富竹ジロウ。

 

「情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ!」

 

とんでもない早口で、どこかで聞いたような台詞を口走る。

 

声優の滑舌すげぇ。

 

……などと感心している暇はなさそうだった。

 

暴走機関車と化したトミーは見る間に間合いを詰め、ましらのごとく空中から俺へと襲いかかる!

 

「そして何よりも……速さが足りないッ!!」

 

轟風とともに叩きつけられる猛烈な跳び回し蹴り……ッ!

 

俺はなすすべもなく吹き飛び、畳の上を転がっていた。

 

……畳?

 

うつぶせになった姿勢のまま、左右に視線を走らせる。

 

眼前に広がっていた荒野はあとかたもなく消え失せ、それどころかトミーすら消えている。

 

かわりに視界に飛び込んできたのは、壮絶な寝相のせいで乱れまくった布団にくるまって、うにゃうにゃ寝言を言ってる幼女様であった。

 

ようやく認識する。

 

ここは俺の部屋で、あれは俺の布団で、やつは雛見沢にそのアホありと恐れられる、古手梨花だ。

 

さっきまでのあれは夢だったらしい。

 

トミーが出てくるまではなぜか詩音がふたり並んで出てきて、ステレオで「さーどっちが魅音でどっちが詩音でしょーくっくっく!」とかわけのわからないことを言い出す夢だったような気もするし、見渡す限りのお花畑をレナとキャッキャウフフしつつ追いかけっこしながら、ときおり振り下ろされる鉈をかわすハートフルかつスリリングな夢だった気もするのだが、これはアレか。

 

梨花に布団から蹴り出された衝撃で一瞬にしてトミーに蹴り飛ばされる夢を俺の脳がダイナミックに構成したというわけか……。人間の神秘というやつだな。

 

しかし梨花め、見た目のちっこさに似合わず容赦レスなナイスキックだったぜ。ここはなにか盛大な報復攻撃をしなければなるまい……!

 

「この前原圭一の本気を見せてやるぜ……!」

 

と意気込んではみたものの、どうすべきかな。

 

窓辺のつららを折ってきて両耳にさしこむのはこの前やっちまったし、耳元で「ぺったん♪ぺったん♪つるぺったん♪」と歌い続けるのはこの前やって泣かれたし、しょっちゅう一緒に風呂に入ってる梨花には全裸系や着替え系の攻撃が通じないのも困ったものだな。

 

……いや、待てよ。逆に考えるんだ圭一ッ!

 

俺は思いついた行動を即座に実行に移し、

 

 

「みぃぃぃぃぃぃっ!?」

 

 

二十分後、そこには元気に湯船で溺れる梨花ちゃんの姿が!

 

「わぷ、わぷっ!ってお風呂!? なんで!?」

 

レナにお願いして沸かしなおしてもらった風呂に叩き込んでやったら、さすがに梨花も目を醒ましてくれた。

 

……というか、身体を洗ってる間に起きろよ。

 

「はっはっは、湯船の中で寝ちゃーだめじゃないか梨花」

 

「え!? ちゃんとお風呂あがって寝たはず……!?」

 

寝ぼけた頭で必死に記憶を辿り、窓の外が明るいのを見てようやくどういう状況か気づいたらしい。

 

「みぃぃ……この起こし方は心臓に悪いわ、圭一」

 

ぐったりした様子でお湯に沈んでいく。

 

「ふははは……この俺をナイスキックで布団から蹴り出してくれたお礼だ!」

 

勝ち誇る俺ではあったが、風呂からあがると梨花は即座にレナに告げ口してくれたので、すぱぱぱぁん☆とレナの空中コンボをくらって木の葉のように空中回転するはめになった。

 

「あぅ、不自然な飛び方なのです」

 

「3D格闘のキャラって体重がないような飛び方するわね」

 

ううむ、この家庭内暴力さえなければ最高の家なのに……。

 

「危険な起こし方は禁止だよ。圭一くん!」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

レナの暴力も禁止にしてくれ。

 

で、朝食後。

 

せっかくの春休みなのでみんなまったりと過ごしている。

 

俺は、リビングのこたつの上にノートと参考書を広げて、春休みの課題として詩音に渡す予定の3年生用問題集を作っているところだ。

 

レナはといえば、俺の隣でやっぱりノートと教科書を広げており、勉強にいそしんでいたりする。半纏姿の美少女はやはりいい。

 

「圭一くん圭一くん、ここ教えてくれないかな」

 

「おう、どこだ? ああ、ここはな……」

 

いつも騒々しいイメージがありそうな前原家にだって、こんな平穏な時間はあるのだ。

 

「ほらほら、ごろごろしてると吸いますですよ~」

 

「みーっみーっ!」

 

羽入が掃除機をがーがー言わせて、こたつでごろごろしながらマンガを読んでいた梨花をいじめている。

 

……ちなみに羽入は突然掃除を始めたわけではなく、梨花が煎餅のカスをぽろぽろと絨毯にばらまいているのに耐えかねて掃除機を持ち出してきたのである。

 

いつもながら仲のいい姉妹だ。

 

「調子に乗るなこの未来人ポジション!」

 

がばっと跳ね起きると同時に意味不明なことを告げる梨花。

 

「あぅ!? じ、実の姉を、いじられ上手な特盛りメイド呼ばわりとは……梨花こそ、宇宙人ポジションになりきれないくせに!」

 

しっかり話についていってる羽入が恐ろしい。確かに原作初期のミステリアスさと台詞の少なさ、あとは罪編のピンチに乱入してきたあたりは宇宙人に通ずるものはあるかもしれないが……うちの梨花はまったくかぶらないな。

 

「あはは、それならレナはメインヒロインつながりで神様ポジションかな?」

 

険悪な雰囲気をおさめようとしたのかレナが笑顔で話に乗っていくのだが、

 

「レナは眉毛ポジでしょ」

 

「笑顔で刃物のハイスペックなのです」

 

姉妹そろってレナの意見をすっぱりと却下する。

 

傷ついたレナが乾いた笑顔を浮かべるのをみて何故か涙がとまらなかった。詩音もそっちのカテゴリのような気がするのだが、

 

「神様ポジションは魅音よね」

 

「部長と団長ですし、素直じゃないのです」

 

古手姉妹はなにやら俺とは違う意見で合意に達したらしく、おとなしくコタツに入っていく。

 

「……レナ、お茶いれてくるね」

 

崩壊しかけた己のアイデンティティを必死で押しとどめつつキッチンに立つレナであった。

 

レナ、お前はいま泣いていい……!

 

「運ぶの手伝うぜ」

 

胸を貸してやろうかとレナを追ってキッチンに向かう俺だったが、レナはさきほどまでの会話をあまり気にしたふうでもなくお茶の用意をはじめていた。

 

けどすこし疲れた様子に見えるのは……俺の気のせいなんだろうか?

 

俺がじっと見ているのに気づいたのか、レナは手を止めて顔をあげると、視線を合わせてきた。

 

「……圭一くん、詩ぃちゃんのことどう思ってる?」

 

ずいぶんといきなりな質問だった。

 

さっきの馬鹿話につながっているのかそうでないのか判断しにくいが、それよりも聞きなれない呼び方が気になった。

 

レナはいつも詩音のことを『魅ぃちゃん』と呼んでいたはずだ。……あ、魅音だから魅ぃちゃんで、詩音だと詩ぃちゃんなのか。そうすると……、

 

「レナもあいつの本当の名前、知ってるのか」

 

「うん。すこし前に教えてくれた」

 

俺の問いに簡潔に応じて、質問の答えをじっと待つ。

 

いかんいかん、質問文に質問文で返すとはマヌケすぎたな。

 

「どう、って言われても困るけどな。なにか隠してるんじゃないかとは思ってるけど、相談できることならとっくに相談してくれてる気もするし、だからレナが相談に乗ってやってるんじゃないかと思ってたけど」

 

かすかに目を見開いたレナが、すぐに笑顔になる。

 

「……ちょっと意外、かな。圭一くん、そういうことにはちゃんと気づいてくれてるんだね」

 

「レナや詩音のことは、よく見てるつもりだぞ」

 

俺の評価の低さにすこしがっかりしながらそう返したら、レナはなぜか嬉しそうにはにかんで、

 

「そうだね。……うん。圭一くんが気がついてくれてるなら、レナも詩ぃちゃんも安心かな」

 

すこし考えてから、

 

「……まだ、ちゃんと掴めたことじゃないから詳しくは言えないの。ただ、ね。……『祟り』を起こしてる人たちについて調べてる、とだけ言えるかな」

 

「『祟り』……か」

 

いつかは、いや、おそらく今年の綿流しの季節には、もう一度俺たちが相対しなければならないだろうと思っていた問題をレナはとうとう言葉にした。

 

「手がかりは、いくつかあるの。四年目までの真相もすこしだけどわかってきてる。足りないピースは、6月までに全部埋まらないかもしれないけど……時期になったら、圭一くんやみんなにも話すことになると思う。もうすこしだけ、待っててほしいな」

 

レナがそう言うのなら、異存なんてあるわけがない。

 

俺に詩音の持つ園崎家の情報収集能力とレナの洞察力以上の働きができるとは思えないし、いざってときを考えればぎりぎりまで余計な情報は知らないほうがいいこともあるだろう。

 

その意味で、レナはいまの俺に必要な情報だけを的確に教えてくれたのだ。

 

レナは『祟りを起こしてる人たち』と言った。

 

そこからわかるのは、『オヤシロさまの祟り』と呼ばれる雛見沢連続怪死事件が、それこそ祟りなどという不可思議で超自然的な力によるものではなく、人間の手で起こされている事件であること。

 

そしてそれを起こしているのが個人ではなく集団であること、詩音が時間をかけて調べてもそのピースが埋まらない以上、村そのものや園崎家とは関係のないところにその主体があるということだ。

 

「……いまの段階でレナから言えるのは、それくらいかな。詩ぃちゃんなら、もうひとつ圭一くんに言えることがあるかもしれない」

 

謎めいた言葉だが、思い当たることはあった。

 

「……わかった。午後にでも詩音と話してくる」

 

「うん。レナから電話しておくね」

 

頷いて、俺はレナが手渡した茶菓子の乗ったお盆を手にキッチンを出た。

 

昼に梨花のカレーうどんを平らげた後、俺はコートを着込んで園崎家へと向かった。

 

気になるのは、レナが言っていた四年目までの真相。

 

俺だって、考えなかったわけじゃない。

 

いや、それどころか。

 

この十ヶ月以上の間、ずっと考えていたといってもいい。

 

あの嵐の夜から、ずっとだ。

 

最初の祟りは、ダム現場の監督が殺され、その主犯格の男が忽然と消えた……文字通りの殺人事件。

 

二年目は、沙都子の両親が濁流にのまれて、父親の死体だけがあがったという白川公園の転落事故。

 

三年目は、古手神社の神主だった羽入と梨花の父親が変死し、母親が鬼ヶ淵に身を投げたという事件。

 

四年目は、……沙都子の叔母が沢に落ちて死に、誰も消えなかった。

 

こうして俯瞰してみると、奇妙な違和感がある。

 

クラウド、じゃなかった大石さんはかつて、俺に一連の事件が村ぐるみ、いや御三家の手による事件だという可能性があることを示唆した。

 

村に来てまもなく、梨花への罪悪感もあった俺はその説にあやうく乗りかかって、一瞬でも梨花や羽入たちを疑いそうになったが……。

 

すっかり雛見沢の住人となっている今の俺の目には、そんな図式はまったく浮かび上がってこない。

 

確かにダム戦争を軸にすれば、御三家が村の敵を葬っていると無理矢理につなげることはできるが、前提を勝手にでっちあげるのならどんな理屈だって通ってしまう。

 

そういう目で見れば、不自然さばかりが目に付く。

 

第一の事件は複数犯で、主犯格の男以外は普通に逮捕されている。主犯の男が園崎の刺客だとでもいうなら理屈は立ちそうだが、死体を分割してそれぞれの手に委ねるなんて稚拙すぎるやり口は組織の知恵が入っているとは思えない。証拠の死体さえ出てこなければいくらでも逃げようがあるのに、わざわざ発覚しやすい手段をとるあたり、本気で頭が悪い。

 

園崎が関わっている可能性があるとすれば祟りを演出するために主犯の男を隠したこと、のみに限定されるがこれだと奇妙なことになる。

 

要するに、事件が終わってしまうまでの間、御三家はまったく状況をコントロールしていないことになる。

 

つまり、第一の事件は偶発的な殺人事件でしかありえないのだ。

 

第二の事件、これもよく考えるとおかしい。

 

何がおかしいかって、父親の死体が川から発見され、母親の死体が発見されなかったということだ。

 

御三家が祟りの「一人が死に、一人が消える」という演出にこだわっているなら、こんな不確実な手段は使うわけがない。母親は拉致して失踪させたとしても、父親の死体があがらなかったらどうするつもりだ?

 

まして、万が一にも助かってしまったら?

 

これが本当に御三家の起こした事件なら、父親は川に流すのではなく刺殺体かなにかで発見され、母親は行方不明……という結果で終わっているはずだ。

 

つまり純粋な事故なのか、何者かに突き落とされたのかは知らないが、結果を見る限り陰謀なんて上等なものは見当たらない。せいぜい母親自身が犯人でなにかの理由で夫を突き落としたとか、御三家とは関係のない事件だろう。

 

一番不自然で陰謀めいているのが第三の事件だ。

 

神主の変死の理由は毒でも盛られたように見えるし、母親の失踪の理由もとってつけたように思える。

 

時折羽入が話してくれる両親のイメージからして、急死するほどの心労を親しかった監督にもひた隠しにしたり、娘たちを残して後先考えずに身投げするような人だとは思えない。

 

確実に父親を死亡させ、母親を消しているこの事件、前の二件よりもよほど陰謀めいた手口だが、おかしなことにその二件に比べると御三家としての動機はもっとも不自然だ。古手家の頭首夫妻が犠牲者だし、いまの村人たちに聞いても彼らを悪く言う者はほとんど見当たらない。村の敵としてくくるには納得のいかないことが多すぎるのだ。

 

そして俺たちが敗北した昨年の事件。

 

これは大石さんにはわからない、俺たちだけの結論になってしまうが……そもそも、叔父と叔母を殺そうとする人間が多すぎた。

 

俺が知っているだけで悟史にレナ、たぶん沙都子も計画を練っていただろう。

 

本当に一連の事件が全て仕組まれた連続殺人事件だというなら、計画外の動きをするやつがこんなに多くて祟りの演出なんてことができるだろうか?

 

その結果が叔母の死、失踪者がいないという片手落ちの演出だというなら納得できなくもないが、それなら後付でも誰かを消しているべきだろう。直後にあの場へ大石さんたちが駆けつけてきたからすぐには無理かもしれないが、入院中の沙都子はともかく悟史を失踪させるのはそれほど難しくなかったはずだ。

 

……こう考えていくと、祟りの中身がすこしだけ透けて見えてくる。封印された手紙を太陽に透かして文字を読み取ろうとするような大雑把な推理だが。

 

 

“祟り”は、後付に過ぎない。

 

 

第一の事件、第二の事件には人の意志、すくなくとも集団の意志というものは感じ取れない。

 

はじめて陰謀めいてくるのは第三の事件で、そこに御三家の意志は見当たらない。

 

つまり、第一の事件と第二の事件がたまたま綿流しの夜に起こって、それが村で祟りだと噂されている状況を利用して、第三の事件を起こしたやつらが別にいる。

 

そいつらは昨年の悟史たちと同じ思考で、綿流しの夜に人を殺すことで、オヤシロさまに、あるいは園崎家に罪をかぶせようとしたのだ。

 

そしてそいつらが第四の事件に暗躍し、第五の事件を起こそうとしているのだとすれば……すでにその目的のひとつは、『祟り』を演出することそのものだと言ってもいいだろう。

 

だが、メイド祭りをきっかけにダム戦争の遺恨は解消され北条家の村八分はもう過去のものだ。

 

理由がなくなったとき、そいつらの『祟り』がどんな方向に向かうのか。

 

それを思うと、……嫌な予感しかしなかった。

 

「圭ちゃん」

 

園崎家の前に、詩音が待っていた。

 

「よう」

 

片手をあげて声をかけると、詩音は小さく首をかしげながら笑みをこぼす。どこか思い詰めたような笑顔。

 

「……すこし、歩きましょうか」

 

詩音の提案に頷いて、ゆっくりと午後の雛見沢を二人並んで歩く。

 

理由は明白だ。人に聞かれたくない話題で、なおかつ園崎家の中で話すべきでないこと。

 

だから俺たちはごく自然に、ひと気のない方向へ歩を進めていた。

 

「その、ですね……」

 

詩音がいいづらそうにしているので、俺のほうから水を向けることにした。

 

「……詩音。先にひとつ聞かせてもらってもいいか」

 

「はい?」

 

俺はさっきまで考えていた予想から導かれるひとつの疑問を口にした。

 

「四年目のとき、本当に誰も消えていないのか?」

 

詩音は、足を止めた。

 

俺もその場に振り返ると、正面から詩音と向き合うように立つ。

 

「一年目、二年目のは偶発的な事件や事故が、無責任な噂の力で後付で祟りにされた。それを利用して三年目の事件を起こし、『綿流しの夜に一人が死に、一人が消える』という演出に乗ったやつらが御三家と無関係の場所にいるなら、そいつらは四年目の事件がたとえ自分たちの意志と無関係に起きたのだとしても、羽入たちの母親と同じように誰かを消すはずだ」

 

仮定だらけの推論、けれど何故か確信がある。

 

「そうでなければ、不整合なそれは“祟り”ではなくなり、必ず疑う人間が出てくる。オヤシロさまでも園崎でもない誰かがこの事件を起こしていると考える」

 

それは、そいつらにとって一番避けたいことのはず。

 

なら、どうして四年目の祟りに限って“鬼隠し”が起きなかったのか?

 

「……破綻した理由があるはずなんだ。消すはずだった人間が消せなくなったとか、消したはずなのにまた出てきてしまったとか……」

 

「あはは、正解です」

 

詩音は不意に笑い声をあげた。

 

晴れやかな笑顔なのに、頬に伝うものがあった。

 

「圭ちゃんとは思えない名推理です」

 

「酷いな!?」

 

「ふふ、でも……気がついてくれたのは本当に嬉しいですよ。四年目に消えたのは、私にとっては凄く大切なひとですから」

 

やはり、詩音には心当たりがあったらしい。

 

詩音がレナの力を借りて事件の裏側を調べているとすれば、それしか原因は思い当たらなかった。

 

四年目が本当に祟りとしては不完全な事件だったなら、詩音やレナが時折思い悩むような顔を見せるほどにこの事件を追いかける理由がない。

 

警察にも村のみんなにもわからないところで“祟り”が成立してしまっているからこそ、二人は密かに事件を起こしているやつらを調べなければいけなかった。

 

「誰だ!? いったい誰が消えて、どうしてそれが俺たちにはわからないんだ!?」

 

「簡単です」

 

詩音は目を伏せて微笑んだ。

 

「私がここにいるからです」

 

唇から流れ出るのは、不可解な言葉だった。

 

「『園崎魅音』の顔をした『園崎詩音』がここにいるから……誰も、『園崎魅音』がここにいないことに気がつかない」

 

……え?

 

「『園崎詩音』が『園崎魅音』のふりをしているからここに『園崎詩音』がいることに誰も気がつかない」

 

混乱する。

 

詩音の言っているのは、……つまり、『園崎魅音』と『園崎詩音』が別人であるということになる。

 

そんなことがありえるだろうか。

 

詩音は長い髪をかきあげると、手で髪を束ねてポニーテールをつくってみせた。

 

「圭ちゃんが転校してきた頃、この髪型でみんなの中心にいたのは、園崎魅音。……私の、双子の姉です」

 

双子……!

 

それを聞いて、ようやく理解できた。

 

詩音が学校や村のみんなの前で見せている顔、あれは園崎魅音の顔だったのだ。いまこうして俺と話している素の顔が本来の園崎詩音。魅音の双子の妹。

 

頭首としての顔と使い分けているのかと思っていたがそうじゃない、最初から別人だった。

 

詩音は一年近くも、消えてしまった姉のふりを続けていたのだ……!

 

「騙していてごめんなさい。あのとき『魅音』が消えていたら、祟りは完成していた。それがほかの誰かならともかく、仲間の一人……沙都子の味方になることを選んだ魅音が消えたなら、あの子はもっと傷ついていたかもしれない……だから、私は魅音でいなければいけなかった」

 

ぼろぼろと落ちる涙を拭おうともせずに、詩音はそう言った。

 

「みんなの中心にいた魅音が消えてしまっていたら、沙都子を支えるみんなもばらばらになってしまうかもしれない、あのとき必要なのはみんなと面識さえない園崎詩音じゃなく、魅音だった……!」

 

それはきっと、悔し涙だった。

 

あのとき詩音本人がいても何の役にも立たない。

 

ただ魅音の不在が事実として残るだけで、俺たちは立ち上がるだけの力もなかったかもしれない。

 

だから詩音は自分を殺して、魅音にならなければいけなかった。

 

姉の顔でみんなを支えなければいけなかった。

 

……その涙に、気づいてやれなかったことを恥じるのや悔いるのはあとでもいい。

 

いま、しなければいけないことに気づいて……、

 

 

俺は、詩音を抱きしめていた。

 

 

「詩音、……ありがとう」

 

詩音が濡れた瞳で俺を見つめる。

 

精一杯、全身全霊、全力全開、なんでもいい。

 

ありったけの笑顔をかき集めて笑ってやった。

 

「お前がいてよかった。詩音がいてくれて助かった。魅音の顔をしてたけど、俺にとっては詩音だった!」

 

「け……、圭ちゃん……っ!」

 

俺の身体に、腕を回して。

 

全身を震わせて、詩音は泣いた。

 

一年分の涙を振り払うみたいに、大声で泣き喚いた。

 

……魅音の不在にも詩音の存在にもちゃんと気づいてやれなかった不甲斐無い俺にできるのは、頑張り屋の詩音を力いっぱい抱きしめてやることだけだった。

 

情けないな、俺は……。

 

詩音に、こんなにも無理をさせていたなんて。

 

それに……魅音、許してくれ。

 

転校したての頃に嫌味な野郎だった俺を、なんだかんだいって部活に迎えてくれたお前がいないことに気づいていなかった。あの苦い敗北が残していった、こんなにも大きな傷痕を見逃してしまっていた。

 

でも、時間が戻ればいいなんて俺は思わない。

 

詩音の演じ続けたこの嘘を、本当にしてやりたい。

 

嘘だった時間も胸に刻みつけて、この先の時間を本物にしていきたい。

 

だから、魅音。

 

俺たちがお前の真実に辿り着くまで、待っていてくれ。

 

「圭一!」

 

夕食を終えて自分の部屋に戻ろうと階段を上がりかけたところで呼び止められた。

 

「……あの、ですね」

 

羽入が俺を上目遣いで見る。

 

「ん?」

 

「……そろそろですね、お散歩を再開させたいと思うのですが」

 

すこし躊躇いがちにそう言った。

 

「あ……、そうか、そうだよな。だいぶ暖かくなってきたしな」

 

ここしばらく暖かい日が続いたせいもあって、日陰はともかく、道にはもう雪が残っていない。

 

確かにいい頃合いだ。

 

「よーし、付き合うぜ。コート取って来る!」

 

そう言ったら、羽入は安堵したように顔を綻ばせる。

 

「あぅ、ありがとうです!」

 

大げさなやつだな、羽入は。

 

一人で行けなんて言うわけないのに。

 

ともかく支度を整えて俺たちはレナに外出する旨を告げると久々の夜のお散歩に出掛けた。

 

こうして羽入と並んで夜道を歩くのは三ヶ月ぶりだ。

 

いつものようにコースは羽入の気分まかせ、俺も歩調を合わせてのんびりとその隣を歩いていく。

 

「夜の空気はまだちょっと冷たいな」

 

吐いた息が白くなるほどではないが、暖かい家の中とはさすがに違っていた。

 

「そのぶん澄んでいる気がするのです……、あぅ」

 

ふと羽入が立ち止まる。

 

「……手袋を忘れてしまったのです」

 

気づくと同時に寒くなったのか、ぶるっと華奢な身体を震わせた。

 

いまから家に取りに戻るにはすこし先まで歩きすぎたし、体が温まるにはもうしばらくかかりそうだ。実に中途半端な場所で気づくやつだな。

 

「これつけろよ」

 

「あぅ……?」

 

片方の手袋をはずして羽入に手渡す。小さな手とそれを見比べてから、羽入は俺を見上げた。

 

「でも、これじゃ圭一が寒いのです……」

 

「そうでもないだろ」

 

手袋をはずしたほうの手で、羽入の冷たい手を握る。

 

「こうすれば、お互い暖かいしな」

 

すこしびっくりしたような顔をした羽入だったが、

 

「……圭一」

 

すぐにほわっとした笑顔で俺の手を握り返してきた。その柔らかさとじんわり混ざり合う体温は心地良い。

 

俺たちは上機嫌で歩いた。

 

「圭一が雛見沢に来てから、もうすぐ一年にもなるのですね……」

 

穏やかな表情で言われて気づく。

 

言われてみればそうだ。

 

俺が雛見沢にやってきたのはゴールデンウィークの頃だから、あと一ヶ月ちょっとで一周年になるのだ。

 

「……ずいぶんいろんなことがあったよなぁ」

 

「まったくです」

 

短いようで長い、長いようで短い。

 

去年の今頃はまだ俺は東京にいて、四月からの中学校生活に何の期待もせず、ただただ勉強に明け暮れては鬱憤を溜め込んでいた。

 

それが梨花に脅されてこの村にやってきて、羽入たちと暮らすようになり、悟史と親友になり、詩音の部活にも加わって……そして悟史と沙都子を救いたいとみんなが願い、それぞれに奔走した。

 

綿流しの夜、そして惨劇の荒れ狂う嵐の夜。

 

羽入と梨花がレナを止めて、俺が悟史と意地をぶつけ合って、詩音は身体を張って沙都子を守った。

 

……それでも、俺たちの必死の抗戦をあざ笑うみたいに祟りは起きて、魅音を奪っていってしまったけれど。

 

それでも、あの出来事は俺たちを以前よりも強く結びつける結果になったと思う。

 

敗北を乗り越えて、俺たちは沙都子のために、いや、みんなのために、もう一度日常を積み上げていくことを望んだ。

 

俺たちが笑っていなければ、沙都子はどこに帰ってきたらいいのかわからない。俺たちが前を向いていなければ、まんまと四年目の祟りを起こした誰かが喜ぶだけだ。

 

そう信じて、あの眩しい夏を迎えた。

 

野球、キャンプ、隠し湯、夏祭り、プール……。

 

全力全開で遊んだ夏休みが終われば、秋。

 

メイドをきっかけに鷹野さんや村のみんなが一丸となって、壊れかけていた沙都子の心を救い出した。

 

復活した沙都子と一緒に運動会で大暴れしたり、前原屋敷に引っ越してレナも一緒に暮らすようになったり……ああそうそう、遠足のときには鷹野さんが部活の仲間に加わったんだっけ。詩音と遊園地に行ったこともあった。あのときの詩音の可愛さは異常だったな、うん。

 

冬になったらなったで雪合戦とか、ハロウィンと間違えたみたいなクリスマスとか……うーむ、あのへんはなんだか俺が酷い目にあいまくってるな。

 

正月には巫女さんをやらされたり、バレンタインには毒殺されそうになったり、ホワイトデーもノックアウトされたな……ぐぐぐ、よく生きてるよな俺。

 

……でも。

 

いろいろあった一年だけど、俺の得たものは多くて、同時に大きかった。

 

梨花、羽入、レナ、詩音はたまに怖いけど好意を寄せてくれている。たまに怖いけど。

 

悟史、沙都子、鷹野さんも部活の仲間として家族同然に親しくなった。

 

イリー、トミー、クラウドたちソウルブラザーも、熱い萌えを共有してくれる大切な仲間だ。

 

知恵先生やクラスの皆、村のみんなにもいろいろと助けられたし、俺もできることがあれば助けていきたいと思ってる。

 

一年前の、ひとりで机にかじりついてるだけだったあのどうしようもない前原圭一はもうどこにもいない。

 

ここにいるのは、雛見沢の前原圭一。

 

口先ばっかりの嘘だらけでほんとのとこは弱っちぃ、大嘘つきの大馬鹿野郎。

 

だけど雛見沢とみんなを大事に思う気持ちだけは本物だし、ほかの誰にも負けるつもりはない。

 

そういう俺になりたいと望み、そうなるために努力もしてきたんだ、……もう絶対負けないために。

 

消えてしまった魅音の真実に辿り着くためにも。

 

来るなら来てみろ、五年目の祟り。

 

もう誰も、理不尽な悲劇に泣くことはない。

 

もう誰も、悪趣味な惨劇に膝を折ることはない。

 

もう誰も、俺たちの喜劇を奪い去ることはできない。

 

祟りを起こしてるのがどこのどいつかは知らないが、例え相手が神様だって俺たちの往く道は譲らない。雛見沢の守り神、オヤシロさまだってきっと俺たちの味方に決まってる。そうだろ?

 

「……あぅ、痛いです圭一」

 

強く握り締めすぎたのか、羽入が小さく声をあげる。

 

けれどその表情は言葉とは裏腹に、穏やかで優しい微笑みだった。

 

「悪い。……なぁ羽入」

 

すこし力を緩めて、羽入を見つめる。

 

「なんですか、圭一」

 

羽入もどこか力強く歩きながら、俺を見上げた。

 

「ずっとこうやって、いっしょに歩けたらいいよな。来年も、再来年も、そのまた来年も、ずっと」

 

おかしなことを言っていると自分でも思うのに、羽入はなんの疑問もないみたいにうなずき返してくれた。

 

「もちろんです、圭一。僕たちはずっといっしょです……来年も、再来年も、そのまた来年も、ずっと」

 

交わす視線と視線。

 

そこにこの荒唐無稽な嘘をかなえてみせるという互いの意志を確認して、俺たちはまっすぐに前を向いた。

 

唐突に思う。

 

俺たちは本来、この舞台にいるはずじゃなかった。

 

大事なものも見えない愚図だった俺はきっと、梨花に手を引かれていなければずいぶん出遅れていた。

 

羽入は梨花や俺たちが右往左往するのを、舞台袖から見つめることしかできずにひとりで苦しんでいた。

 

でも俺たちはいま、ここにいる。

 

大切な場所を守るために、反則覚悟でここにいる。

 

一年の間積み上げたものはきっと、無駄じゃない。

 

流した涙も、傷の痛みも、願いの強さも、叫び続けた嘘も、絶対に無意味なんかじゃない。

 

この嘘まみれの奇跡を、真実に変えてみせる。

 

……俺たちは、そのためにここにいるんだから。

 

 

その場所に向かって、歩いているのだから。

 

 

 

 

 

「もちろん風呂だっていっしょだよな!?」

 

「そ、それとこれとは話が別なのですっ!?」

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