ひぐらしのなく頃に~神楽舞   作:晃晃

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第8話 どこにでも夢は隠せる

とほほ、初日っから酷い目に遭ったよ……。

 

そういえば、私ってば昔からお姉……じゃなくて詩音にゲームで挑んでは負けてばっかだっけ……これは下手の横好きってやつなのかね。詩音が特別なのかと思ったけど、ただ単に私が弱いのか……それとも、うちのクラスは猛者ばっかりなのか。

 

なんて考えながら着替えたメイド服をロッカーにしまい込み、帰り支度を始めたところで悟史が声をかけてきた。

 

「あ、魅音。実は……頼みがあるんだけどさ」

 

「ん、何?」

 

悟史の頼みごとなんて、珍しいといえば珍しい。

 

不器用な割になんでも自分でやろうとするあたりは悟史の美点じゃないかと思う。

 

まぁ複雑な家庭だからこそなるべく自分でやる癖がついてるのだといえば、本人にとって嬉しいことでもないんだろうけどさ。

 

「……今度でいいんだけど、アルバイトを紹介してくれないかな」

 

いつもどおり、ぽややんとした笑顔で妙なことを言い出す。

 

「なに、悟史。お金に困ってるの?」

 

軽い気持ちでそう聞いたら、悟史はどこか照れたように視線をそらして、しばし言葉を選ぶ。……文学少年らしい反応だねぇ。

 

「ちょっと……買いたいものがあるんだよ」

 

考えたわりには、悟史の口から出てきたのは芸のない言葉だった。

 

いやまぁ、バイトするのに三回転半くらいヒネリの効いた理由は期待してないけどさ。

 

「ほっほぅ、青少年。それはあれかね、妹には見せられないような素敵グッズがご所望かね?」

 

にんまりとしてそう茶化してやったら、赤くなったのは悟史じゃなくて隣で聞くとはなしに聞いていたらしいレナのほうだった。

 

「は、はぅ、魅ぃちゃん、素敵グッズって何かな、なにかな!?」

 

察しの悪い悟史はまだ意味が呑み込めずにいるけど、ここまで反応するということはうぶなふりしてレナってばなんだかわかってるな~!?

 

くっくっく、それならもうすこしいじってやろうか!

 

「そりゃ~、アレだよ。男の子の必需品! いやいやむしろ、夢の結晶とでも言うべきかね~、ベッドの下とかアンプの後ろとかに隠してぇ……」

 

すぱぁん☆

 

と、気がついたら目の前に床があった。

 

「みみみみ魅ぃちゃん、何を言ってるのか全然わかんないよぅ!」

 

な、なに!?

 

私はさっきの音と同時に一瞬にして床に転がっていて、ほっぺがなにやらじんわり痛い。

 

……いま、なにが起きたの!?

 

まさかレナの攻撃……、そんな馬鹿な。拳が見えないなんてもんじゃない。

 

時間でも止められたみたいに速過ぎるッ!

 

あと、その怪しい踊りはなんなの?

 

「いたた……、じょ、冗談だよぅ」

 

ちょっと涙目でそう言いながら身を起こすと、真っ赤な顔で踊っていたレナは安堵の表情で沈静化する。

 

「な、なぁ~んだ。……あれれ、魅ぃちゃんどうして倒れてるの?」

 

かわいく小首をかしげる。

 

……正直、私はこの瞬間までこの竜宮レナを見くびっていたのかも知れない。

 

羽入が言っていたのは(喧嘩番長レナ)本当のことだったんだ。

 

この子、可愛い顔して実はとんでもない曲者なんじゃ……!?

 

「大丈夫、魅音?」

 

悟史が差し出してくれた手をとって立ち上がる。

 

「あぁ、うん……」

 

ほっぺのとは別の熱がじんわりと手から伝わってくる。……あぁ、いけないいけない。

 

これが思春期の悲しさというやつだろうか、ついこの間まで悟史に触れられようが撫でられようがなんとも思わなかったのに、最近はどうしても意識してしまう。

 

……まったく難儀なものだ。

 

私が園崎魅音である限り、北条悟史とはどうやったって水と油でしかないのだから、最初から意識してはいけない。そう考えたから、私はすこしばかり前から自分を「おじさん」などと呼称し、女っぽさを表に出さないようにとある意味で虚しい努力を続けていた。

 

「……それで、ダメかな?」

 

「え?」

 

一瞬なにを聞かれたかわからなかった。

 

でもすぐに、バイトの話題だったことを思い出す。

 

「あ、あぁ、いいよ。そうだね……興宮のほうの親戚をいくつかあたってみる。ちょっと往復は大変だと思うけど、それでよければね」

 

村の中でも仕事の口はいくつかないわけでもないんだけど、さすがに北条の息子を雇ってくれというのは無理な頼みで、私が頭を下げたところでどうこうなるわけがない。

 

その点興宮にいる親戚のおじさんたちなら、村のしがらみはないから大丈夫。

 

私のお願いだといえば、本家に内緒でバイトの一人くらい雇ってくれるだろう。

 

「うん、お願いするよ」

 

「そのかわり、中学生を無理いってねじこむんだから多少きつい仕事でも文句は言わせないよ~?」

 

とはいっても、悟史の真面目な性格なら手も抜かないだろうから、その点は安心して紹介できる。

 

「あはは……そうだね、頑張るよ」

 

「目標金額とかあるの? 短期間でたくさん欲しいなら建設現場とか……ウェイトレスとか、いっそ水商売なんてのもあるけどね~」

 

どうしても悟史と差し向かいだとこんなおどけた調子になってしまう。

 

「さ、さすがにそれは……できれば力仕事なんかが嬉しいかな」

 

すこしげんなりとした調子で言う悟史。あらら、いじめすぎちゃったかな?

 

「目標は、え~と……1ヶ月半で、10万円くらい、かな」

 

と、結構厳しい数字を出してきた。

 

一日働けるならともかく中学生の悟史がバイトに割ける時間なんてたかがしれてる。ただでさえ沙都子をかばって疲れ気味の悟史では、そんな無茶な働き方をしたら倒れてしまいかねない。

 

と、考えた私の表情を読んだのか悟史はすこし困ったような表情になった。

 

「……貯金もちょっとはあるから、もうすこしは少なくてもいいんだけどさ」

 

それを聞いてすこし安心する。

 

「オッケーオッケー、おじさんがなんとかしましょう。来週には返事するからさ、すこし待っててよ」

 

言いながらも、胸の内ではすでに計算を働かせている。

 

全額には届かなくても、足りない分は無利子無担保で私が都合してやればいいだろう。何に使うかは知らないけど、たまに頼られたときくらいは何かしてやらないとね。

 

そんな私の心中を知ってか知らずか、悟史は穏やかに微笑んだ。

 

「ありがとう、魅音」

 

話がすむと、梨花ちゃんたちと話していた沙都子に声をかけて教室を出ていく。

 

「今日は楽しかったですわ!」

 

いつも帰るときは泣きそうな顔をしている沙都子も今日ばかりは本当に楽しかったのか、笑顔で手を引かれて出ていく。

 

そんな二人を見送っている羽入もニコニコと笑っていたが、その後ろの梨花ちゃんはすこし冴えない表情をしていた。……そういえば、レナもなんだか浮かない顔だ。

 

「……魅ぃちゃん、帰ろっか」

 

私の視線に気づくなりいつもの笑顔になるレナ。……これは、なにか話したいことがあるっていう顔だな。

 

「そーだね、帰ろうか」

 

羽入と梨花ちゃんに挨拶をして教室を出る。

 

レナは他愛ない話を振ってくるけど、本命の話題はそれなりに考えた場所でないとマズイだろう。……すこし考えて私は、分かれ道をいつもと違うほうへ曲がった。

 

視界の先には茜色、あるいは赤茶けた錆色の景色。

 

「……わぁ~、なに、ここ?」

 

レナを連れてきたのは数年前までダムの建設現場だった河原。

 

当時から不法投棄のゴミが運ばれ続けているため、まるで夢の島のようになってしまっている。……あ~いや、最初は園崎の指示で建設現場への嫌がらせのために運ばせていたんだけど、ダム戦争が終わってからもそのときの業者から情報が流れたのか、不法投棄が止むことはなくていつの間にかこうなっちゃったんだけどね。

 

「へぇ~、なんだかいろんな物が埋まってて、宝の山みたい!」

 

雑多なゴミの山を前にしてそんなことを言い出すレナの感性がちょっと心配になる。

 

一応生ゴミの類はあまりなくて、粗大ゴミや家電製品がほとんどなので致命的に臭かったり不衛生だったりはしないものの、間違っても女の子が喜ぶような場所ではない。

 

村人がほとんど近寄らないからこそ、密談にはうってつけの場所なんだけど。

 

「それで、聞きたいのは何の話?」

 

くるくる踊るようにゴミの上を飛び跳ねているレナに本題を切り出す。

 

「……うん」

 

ぴたりと両手を広げてレナが立ち止まる。

 

円を描いて浮き上がっていたスカートがふわりと落ちて、……なんだか綺麗だと思った。

 

「いろいろあるけど……レナも聞いておきたいなって思ったの」

 

「……何を?」

 

聞き返すと、レナは手を後ろで軽く組んで胸をそらし……、空を見上げた。

 

「ダム戦争。……それに、『祟り』のこと」

 

それはレナの口から出たのだとは信じられないくらい低い、そして深い響き。

 

まるで、奈落の底から聞こえたみたいに。

 

すこし……迷う。

 

レナは何も知らない。6年以上も雛見沢を離れていて、この土地で起きた暗い出来事をひとつも知らずに済んでいる。それは私からすれば羨ましいことだったし、できれば聞かせたくない。

 

……でも、沙都子や悟史を気遣う上では避けて通れない話題でもあった。

 

レナはすでに『祟り』という単語を口にしている。

 

聞きかじった噂程度の知識はすでにあると思って間違いないだろう。

 

それに、レナは余所者なんかじゃない……たまたまそのときその場にいなかったとしても、村に起きた凶事を知る権利はある。

 

無理矢理自分を納得させると、私はひとつうなずいて語りだした。

 

「……それじゃ、まずダム戦争から話そうか。ちょうどこの場所が、はじまりさ」

 

雛見沢ダム計画。そして、鬼ヶ淵死守同盟を中心とした村の人たちの熾烈な抵抗運動。

 

けれど村は一枚岩ではなく、立ち退き料を受け取ってダム計画に協力しようと言う勢力もあった。いや、園崎だって最初はその案も検討していた。でも、しだいに浮き彫りになる計画の規模は園崎の見積もりを軽く越えていて……村をひとつにまとめて運動を展開するために、生贄が必要だった。……それが、ダム推進派を束ねていた北条家。

 

「…………」

 

レナはじっと聞いていた。

 

どう考えても私の属する園崎家が黒幕だというのに、責める言葉もない。

 

……むしろ、責めてくれたほうが気が楽なんだけど。

 

そしてダム戦争のさなか、綿流しのお祭りの日にこの場所で起きた最初の惨劇。

 

ダム現場監督のバラバラ殺人事件。

 

主犯の男は現場監督の右腕とともに行方不明のまま。

 

その翌年、今度は北条夫妻、つまり悟史と沙都子の両親が同じ綿流しの日に旅先の自然公園で事故死する。夫の死体は引き上げられたけど、妻のほうは見つからず……生存は絶望的とはいえ、これも行方不明には違いない。

 

このころからすでに囁かれてはいた。

 

これは雛見沢を水底に沈めようとした者たちに下された神罰なのだと。

 

さらに翌年、つまり去年。

 

オヤシロさまを祀る古手神社の神主、羽入と梨花ちゃんのお父さんがやはり綿流しの晩に原因不明の急死を遂げた。二人のお母さんも、神の怒りを鎮めると遺書を残して消えた。沼に入水したと伝えられるけど、沼からは死体は上がらず……やはり、行方不明。

 

神主はダム戦争のときに消極的な態度をとり、血気にはやる村人たちを諫め、ダム推進派との仲裁も行ったりして反感を買っていたから……これも、オヤシロさまの意志だということになった。

 

警察の一部では、園崎家がこれらの事件を起こしたと思っている者もいて……私はその容疑者の一人でありながら、それが嘘だとも本当だとも言えない立場にいる。命じてもいないのに、誰かが動いて……その結果だけを利するのが園崎だから。

 

そしてひとつひとつの事件は終わっているのに、誰かがこう呼び出した。

 

雛見沢連続怪死事件。

 

別名を……、

 

「綿流しの夜、一人が死んで一人が消える……『オヤシロさまの祟り』」

 

まるで謳うように嗤うように、レナが静かに口ずさむ。

 

空はもう茜色を通り越して濃い紫になっていて、その姿は影を切り抜いたように黒い。

 

……なんだろう、嫌な感じ。

 

「今年は……誰が死んで、誰が消えるんだろうね……?」

 

不気味な問いに、身体が震える。

 

レナに言われるまでもない、綿流しまであと1ヶ月半。4年目の祟りが起きることを望んでいる者などいるわけがないけれど、無視もできず村の役員会ではたびたび話題にあがっている。

 

そんな場で、強いてあげられる名前は決まっている。

 

……『北条の罰当たりども』。

 

古手夫妻は順番が間違っただけだ、今年も祟りがあるなら北条の家の誰かが死んで、誰かが消えるに違いない……というのがおおかたの意見だった。

 

嫌われ者の叔父と叔母なら誰も悲しまない。

 

でも、……悟史や沙都子が選ばれたら、少なくとも私は平気ではいられない。

 

「……魅ぃちゃん?」

 

影そのものように黒いレナが顔半分だけ振り向いて……目だけが異様にくっきりと開かれて私へと向けられていた。

 

「レナ、聞いてるんだけどな……」

 

え?

 

一瞬、私の反応が遅れる。レナの言葉が理解出来なくて。

 

すぅっ……と剥き出しの目が細められる。

 

その鋭利な視線に貫かれるような錯覚。

 

まるで飢えた肉食獣を前にしているかのように、手足が竦んで動かない。

 

「……今年は」

 

嘘や誤魔化しを許さない、鏡のように無機質な光。

 

私が理解したのは、レナの言葉ではなく……彼女が、笑っているということだった。

 

逆光で見えないけど、絶対に。

 

竜宮レナは、……冷笑とともに『質問』を繰り返した。

 

「誰を殺して、誰を消すのかな……、って」

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