ひぐらしのなく頃に~神楽舞   作:晃晃

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第90話 108まであるひみつ

三四さんは、嘘をついている。

 

端的に言って……私、北条沙都子の結論はそれだった。

 

「いやね、沙都子ちゃんはなにも心配しなくていいのよ。忙しいっていっても、いまだけのことだし……みんなと遊べば、疲れなんて吹っ飛んじゃうわ」

 

無邪気な子供のように笑顔を見せる彼女はとても可愛くて素敵な人だけれど、実は……それほど強い人ではないと、このごろ気づくようになっていた。

 

一緒に暮らしたのはたったの半年だけれど、時間なんて関係ない。心から愛する家族だからこそ、彼女の強さだけでなく、心に隠した弱さも感じ取っていた。

 

いつだったか私に教えてくれた泣き虫さんのお話は、彼女がかつて信じていた物語なのではないだろうか。

 

誰かのために泣けるほど、誰よりもやさしい泣き虫さん。

 

三四さんはなにかがあって泣き虫ではいられなくなった。

 

……いえ、違う。

 

彼女はいまでも、泣き虫のままなのかもしれない。

 

誰よりも、きっと……やさしい人だから。

 

「さ、後かたづけをして診療所に戻るわね」

 

「お皿くらい、わたくしが洗っておきますわ!」

 

そう申し出たら、すこし困った顔をする。

 

「でも、沙都子ちゃんは宿題があるでしょう?」

 

「ご心配は無用ですわ。洗い物も宿題も、すぐに片づけてしまいますもの。わたくしは出来る女ですもの!」

 

笑って言ったら、三四さんは一瞬泣きそうになった。

 

でもすぐにふわりと微笑んで、私の頭を撫でる。

 

「沙都子ちゃんはやさしいのね。……それじゃお願いするけど、怪我しちゃだめよ。それから、宿題、わからないところがあったら明日の朝教えてあげるわね」

 

「こ、子供じゃあるまいし、洗い物くらいで怪我なんかしませんわよ!」

 

すこしむくれてしまう。この人ときたら、私を小さな子供のように思っているのではないだろうか。

 

レディに対してそれはあんまりだ。

 

とにかく、最近以前にもまして忙しくなっている三四さんだけど、その横顔はいつもどこか張り詰めている。

 

瞳には迷いがある。

 

正月の頃から常に付きまとっていた翳りがすこしずつ不吉な形を帯びて、鮮明なものになっている気がする。

 

それが、きっと、嘘。

 

「いってきます。夜更かししないでね、二人とも」

 

「わかってますわ。いってらっしゃいませ、三四さん!」

 

「いってらっしゃい。気をつけて」

 

三四さんを送り出して洗い物をしながらも、私の胸には不安が渦巻く。

 

張り詰めた糸が切れたとき、三四さんがどこか遠くへいってしまいそうな……小さな不安。

 

幸せないまの生活が、幸せすぎるからこそいつかどこかで壊れてしまうはずだという、私の根拠のない被害妄想に過ぎないのかもしれない。

 

でも、一度沸き起こってしまった不安感はそう簡単には消えてくれない。

 

翌日……、私はお弁当を持って裏山へ出かけた。

 

四月も半ばを過ぎて、陽射しも暖かい。のんびりとお散歩気分で歩くにはいい日和だった。

 

「あ、沙都子~!」

 

「おはようございますです」

 

待ち合わせ場所まで行くと、すでに梨花と羽入さんが待っていた。

 

レナさんや圭一さんが転校してくる昨年まで私が一緒にいることが多かったのは梨花とにーにー、それに羽入さん。

 

魅音さんは園崎家の人だから学校では仲良くしてくれたけど、魅音さんの立場を考えて外で話しかけるのは私のほうで遠慮していた。

 

そうなると、同性では同学年の梨花と羽入さんになるのは当然のことだ。

 

……とはいえ、園崎と同じ御三家でありながらもまわりの視線も気にせず親しくしてくれた二人には感謝しなければならないと思う。

 

「今日は圭一さんやレナさんは一緒ではありませんの?」

 

「む」

 

私がそう口にした途端に、あからさまに不機嫌そうになる梨花だった。

 

以前の梨花は基本的にいつもにこにこしていて素の感情をあらわすことはなかったけど、あれはひょっとして、姉の羽入さんの真似をしていたんだろうか?

 

そういえば口調もそっくりだった気がするし……。

 

慣れてしまえば、私からすればいまの表情豊かで無駄にえらそうな梨花のほうがわかりやすくて楽しい話し相手だ。

 

その単純さが、一緒に住むようになった圭一さんの影響なのか、梨花がもともと持っていた資質なのかは……梨花の親友として、あえて言及しないことにしておこう。

 

乙女道大原則ひとーつ!

 

レディは慈悲深くあらねばならない、ですわ!

 

「……圭一は今日はレナとおでかけよ。いまごろ興宮の金物店で、新しい鉈の品定めでもしてるんじゃないかしら。『圭一くん、この鉈なんかどうかな?かな?』『うーん、いいんじゃねぇかな。花柄のプリントがよく似合うぜ!』とかラブっちゃってる様子が目に浮かぶわ!」

 

は、花柄プリントの鉈って……!?

 

「ほんとはレナが服を買うから圭一に見立ててほしいって連れて行ったのです」

 

妹のアホな発言に呆れた様子で羽入さんが説明する。

 

「……そ、そんなことだろうと思いましたわ」

 

「くぅっ、圭一め……先に沙都子と約束していたから仕方ないとはいえ、私を置いていくなんて、許すまじね。今度レナの鉈のグリップにフリル付きリボンを巻いてやるから覚えてらっしゃい!」

 

「それはそれでかぁいいって喜びそうですわ……」

 

悔しがる梨花に、げんなりしながら返すしかなかった。

 

梨花の中では、レナさんはどこまでも鉈女らしい。

 

私のイメージでは、レナさんといえば三四さんに迫れる女性らしさを持つ将来的目標のひとりなんだけれど。

 

「……ふん、まぁいいわ。来週は私が圭一とふたりっきりでおでかけだもの♪」

 

両手をほほにあてて目を閉じて、うっとりした表情のまま空中浮揚スキルを発動しながら光を放って回る梨花。

 

「あぅ、羨ましいです……」

 

羽入さんは心底羨ましそうな目で見る。

 

二人きりのデート……紳士にほど遠い圭一さんが相手では多少の不足もあるけれど、たしかに羨ましくないといえば嘘になる。

 

「それはまた、どういう風の吹き回しですの?」

 

梨花は突拍子もない行動をとることは多いけど、ある意味圭一さんとは兄妹じみたおさまりの良さを獲得してしまっていて、いまさら改めてデートする姿は想像しにくい。

 

「ほら、遠足のときに約束したでしょ。春になったら私を湖に連れていって、ボートに乗せるって♪」

 

たりたりら~ん☆という梨花の脳内効果音が聞こえてきそうな浮かれっぷりだった。

 

「そういえばそんな約束もしてましたわね……」

 

「うん☆」

 

にぱ~☆と嬉しげに花のような笑みを浮かべる梨花を見ていると、さきほど不機嫌だったのが嘘のようだ……。

 

この笑顔の愛らしさは、親友として見習いたい。

 

くぅ、さりげなく漢空間の住人のくせに……っ!

 

「うふふふ、ボートの上で見つめ合い、縮まる二人の距離……触れあう指先、重なる鼓動、一つになる影、木漏れ日の下で二人は後戻り出来ない禁断の領域へ……っ!」

 

どんどん乙女にあるまじき方向へ妄想が加速していくあたりがアホ梨花と呼ばれるゆえんではないかしら。

 

「り、梨花……小学生が不健全な妄想を展開させるのは、姉として感心できませんのです」

 

羽入さんに激しく同意だった。

 

「んもう、けいいちってば……指先の魔術師☆」

 

いったいなにを妄想してるのか、私にはわかりかねる。

 

どっと疲れた様子の羽入さんは梨花の手をつかみ、

 

「あぅあぅ……、いきましょう、沙都子」

 

「賛成ですわ。付き合い切れませんもの……」

 

勝手に浮かれて赤面しつつ、くねくねと悶える梨花を引きずって、私たちは裏山の頂上へ向かった。

 

「あ、あれ……? ボスが近くに来てるッ!?」

 

小屋に着いた頃に再起動した梨花がやたらとオーバーアクションでバッ!バッ!と周囲を警戒している。

 

ときどき私の親友は、私とはとても遠い世界で生きているような気がする……。

 

「ともかく、今日の本来の目的を果たしますわよ」

 

「……ん、そうだったわね」

 

ようやく通常モードに復帰した梨花が、持っていたバッグからビニールシートを広げる。

 

「あぅ、僕は水をくんでくるのです」

 

羽入さんは私と梨花の分の水入れを預かって小屋の裏手にある水道に向かう。

 

私は石を拾って、梨花の敷いたシートの四隅を押さえた。

 

梨花と並んで座り、画板のひもを肩にかける。

 

さすがに山頂だけあって、ここからの眺めは最高だった。

 

「さて、それじゃ書きますか。……羽入~、はやく!」

 

「ぁ~、ぅ~!」

 

……両手に水入れ、もうひとつは口にくわえて羽入さんが戻ってくる。ふらふらするたびに口から下がった水入れの水がこぼれそうで、泣きそうになっている。

 

「要領悪いわねぇ~、我が姉は」

 

見かねて手伝おうとした私の服の裾を掴んでさりげなく引き止めつつ、にこにこして愛おしそうに姉の窮状を見守る梨花だった。

 

「HURRY! HURRY! HURRY!」

 

とんでもなく楽しそうに急かす。さ、さすがドS……。

 

「ぁぅぁぅぁぅぁぅぅ……」

 

羽入さんはどうにかビニールシートまでたどりつくと、私と梨花に水入れを渡して深々とため息をつきながら自分のぶんの水入れを手に持ち直してシートに座る。

 

「梨ぃ~花ぁ~、ひどいのですひどいのです!」

 

拳を振り上げて抗議する姿がなんとも可愛いらしい。

 

楽しげな姉妹喧嘩をくすくすと笑いながら、私は下書き用の鉛筆を手に画板に向かう。

 

今日は年少組の図工の宿題、風景画を描くためにここまでやってきたのだ。

 

「う~ん……」

 

私は図面や地図のようなものを描くのは比較的得意だけど見た風景をそのまま描くというのはなかなかに難しい。

 

「おもう~ままかきすべ~らせてっ♪」

 

鼻歌に気づいて隣を見れば、梨花はすでにパレットと絵筆を手にして画用紙に緑の絵の具を塗りたくっていた。

 

よくみると、そもそも下書きをしていないらしい。

 

なんというか……大胆な描き方だ。

 

森の緑を描くのに、絵筆がそんな流れ星のようにバーッと動くのはどうかと思うんだけど。

 

梨花は昔から色鉛筆やクレヨンで落書きをするのが好きな子だったけど、その……正直独創的すぎて、本人以外にはそこに描いてあるのが食べ物なのかモンスターなのか全く理解できない場合が多い。

 

指摘されてもわりとめげないあたりは、芸術家タイプだと言ってしまってもいいのだろうか。

 

機嫌良く描いてる顔そのものは実に無邪気で微笑ましくて思わず撫でたくなるくらい可愛いのだけれど。

 

「あぅあぅはうぅはぅうあぅあぅ♪」

 

で、その向こうでやっぱり鼻歌交じりに描いているのは羽入さんだった。一応下書きから入っているのは梨花よりも真面目だけど、羽入さんの場合はその先が独特だ。

 

お習字が得意だからなのか、あまり色を使わず、ええと、山水画とでもいえばいいのか、不思議なタッチで描く。

 

それはそれで上手なのだけれど、知恵先生に『もっと色を使いましょうね』と注意されて以来、いろいろな絵の具を投入しつつ試行錯誤しているらしい。

 

とにかく個性的な絵を描く姉妹だ。

 

時々おしゃべりや持参したお菓子をいただきながらも午前はそれなりに順調に進み、お昼はお弁当をつつき合う。

 

「三四さんは、絶対になにか隠してると思いますわ」

 

話題の流れが三四さんのことになったのでついそう言ってしまったら、梨花と羽入さんは二人揃っておかずを喉に詰まらせたような顔で私を見た。

 

「……あぅ、そんなことはないと思うのですが」

 

「そ、そうよ。……何を隠すことがあるっていうの?」

 

なにやら歯切れの悪い様子だ。

 

「何を、と言われても困りますけど……」

 

すこし考えて、

 

「たとえば、例の栄養剤の研究がうまくいってないとか」

 

「ッ!?」

 

一瞬目を見開く二人が不審過ぎる。

 

栄養剤というのは監督が専門にしている研究らしく、三年前に入院したときにたまたま私の体質が被験者として合致していることがわかったとかで、退院後も注射を打つように言われている。ひどいときは日に三度も打たなければいけなかったけど、監督や、それをお手伝いしている三四さんは私の恩人だから、私もできるかぎり協力するつもりだった。注射を怖がるほど子供ではない……つもりだし。

 

「そ、そんなことは、ないと、思いますのですよ?」

 

羽入さんがしどろもどろで言う。

 

「鷹野は沙都子のことをとても大事に思っているのです。ですから、その、副作用が出るような危険なお薬を、使うとは……思えないのです」

 

「そ、そうよ。沙都子はなにも心配することないわよ」

 

なぜか慌てた口調でまくしたてる二人。

 

……なんだろう、この反応は。

 

じっと見つめていたら、余計に慌てふためく。

 

「あ、あぅあぅ……さ、沙都子。あ、あのですね」

 

「みぃぃぃ……その、鷹野は大人だから、それなりに秘密があってもおかしくないじゃない!?」

 

「そ、そうですそうです。オヤシロさまだって108のひみつを持っているのですよ。いい女には秘密がつきものなのです、あぅ!」

 

なにかいいかげんなこと言い出した……!?

 

もしかして羽入さんと梨花は、三四さんに関してなにかを知っているのでは……?

 

「ふたりとも……、もしかして?」

 

「あぅあぅ、違うのです違うのです、裏・108のひみつは秘伝中の秘伝ですので教えられませんのです!」

 

「裏ってなによ!? そっちのほうが気になってきた!」

 

あわあわと怪しい踊りをする謎の姉妹だった。

 

結局そのあとはなんだかんだと誤魔化されてしまって、午後はどこかしっくりしない気分で宿題の続きをするしかなかった。

 

一人になった帰り道、考えて見れば羽入さんもときどき診療所に通っているし、梨花は梨花でなにか予言みたいなことができると言われているから……私の知らないなにかを知っている可能性があるのではないかと思い至った。

 

それは三四さんにとって大切ななにかであり、二人の態度から考えて、私が知るべきでないことなのだろう。

 

……ちくりと、胸が痛むのを否定する気はない。

 

それは母とも慕う三四さんに、いまの私がなんの力にもなれないということの証明だから。

 

そして、親友である梨花や羽入さんにとって、私は秘密を明かすに値しない存在であると言われたに等しいから。

 

 

……でも。

 

 

だからといって、私自身が三四さんや梨花たちを信頼する気持ちを捨てるつもりはなかった。

 

それでは、去年の私から何も成長していないというようなものだ。

 

去年の私は、仲間たちを信じていなかった。

 

自分の無力と不甲斐なさを呪うばかりで、自ら死を選ぼうとしたり、叔母や叔父を自ら手にかけることで仲間たちや自分に降りかかる災いを取り除こうとしていた。

 

いまの私は違う。

 

絶対に違う。

 

あの橋の上で圭一さんや羽入さんが教えてくれたことは、手の届かない場所にさえ手を伸ばして大好きな人を守ろうとする勇気だった。

 

あの嵐の日から魅音さんや三四さんが教えてくれたことは立ち上がれないほどの傷の痛みさえも和らげてくれる優しさだった。

 

あの馬鹿馬鹿しいお祭りで圭一さんと村のみんなが私に伝えてくれたことは、疑念や恐れを乗り越えて誰かと手を取り合うことの大切さだった。

 

三四さんも、梨花も、羽入さんも、私を大事にしてくれていることを知っている。秘密を打ち明けられない理由は、きっとそれを知れば私が傷つくことになるからだろう。

 

悔しいけれど、私は弱い子供だということだ。

 

なら、……強くなればいい。

 

浮かんだ疑念や恐れに惑わされず、傷の痛みにも耐えて、大切な人たちが頼ってくれるまで手を伸ばし続けるだけの本当の強さを手に入れよう。

 

私、北条沙都子を支えているのは私一人の力じゃない。

 

ちっぽけな私だけなら、意地悪な風に吹き飛ばされてしまうとしても、仲間たちが、村の人たちみんなが、私の背中を支えくれている。

 

だから負けない、揺るがない。

 

どんな嵐にだって……くじけたりしない!

 

「沙都子ちゃん、悟史くん、ごめんなさい! すこし遅くなっちゃったけど、すぐにご飯作るから……え?」

 

慌てて居間にやってきた三四さんが目を丸くする。

 

ちゃぶ台にはもう、野菜炒めとお味噌汁が並んでいた。

 

「こ、これって……沙都子ちゃんが?」

 

「ええ。にーにーはごはんを炊くのとお皿を並べるくらいしか役に立ちませんでしたわ!」

 

「むぅ……厳しいなぁ、沙都子は」

 

にーにーが不満そうな顔をするから、可笑しくなる。

 

三四さんはしばしぽかんとしていたけど、

 

「わたくしにだって、お手伝いくらいはできますわ。お疲れのときはいつでもおっしゃってくださいませ!」

 

と胸を張ってみせたら、やわらかく微笑んでくれた。

 

「ふふ、頼もしいわ。……ありがとう、沙都子ちゃん」

 

その笑顔の向こうに、悲しい涙があることを知っている。

 

理由は知らないけれど、今はそんなのどうでもいい。

 

でもいつか、私が強くなったなら。

 

誰よりも優しい嘘つきの泣き虫さんを、そっと撫でてあげたい。

 

私はそんな未来を……この胸に、思い描く。




<雑談>

沙都子は燃えキャラです。え?業卒?知りませんねぇ...
まあ、すくなくとも作者の中ではそうです。
……そのせいか、この子が語り手だと
やたらモノローグが多くなる気がします。
このお話の沙都子は防災倉庫トリオでないため
梨花、羽入と接点が少ない気がしますね。
非常に重要な立ち位置ではあるんですが。
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