1:外宇宙のハッキング――タイタン星遅滞戦闘
赤茶けた大地が歪んだ重力に引かれ、不規則に宙へと浮かび上がっている。かつて高度な文明を誇りながら、資源の枯渇と人口爆発によって自滅したとされる、覇王サノスの故郷――タイタン星。その荒涼たる廃墟の上に、今、地球を代表する最高峰の知性が立っていた。
トニー・スターク。アイアンマン・マーク50を纏った彼は、ナノテクノロジーによって形成された漆黒と真紅の装甲の奥で、激しく明滅するバイザーのインジケーターを見つめていた。
「フライデー、地球からの同期ログは?」
『安定しています、ボス。レイメイ最高経営責任者からの暗号化パケット、デコンパイル完了(展開完了)。サノスの生体スペック、および装着されているインフィニティ・ガントレットの出力波形解析データをマーク50のコア回路へパッチ(適用)しました』
トニーの脳内に直結された人工知能の音声は、原作の世界線よりも遥かに冷静で、明確だった。
ドクター・ストレンジがニューヨークのサンクタム・サントラムでカケル・レイメイと接触し、一四、〇〇〇、六〇五通りの未来演算(エミュレート)を終えたその瞬間、カケルが作成した『宇宙仕様書:プロジェクト・エンドゲーム』は、密かにトニーのアーマーのバックグラウンドプロセスへと送信されていたのだ。
カケルからトニーへ下されたオーダーは、冷酷かつ極めて単純なものだった。
――サノスを倒すな。お前のスペックでは、ストーンが揃ったサノスを殺した瞬間、宇宙の自動調整(バックノズル)による惑星規模の地殻崩壊に巻き込まれて一〇〇%死ぬ。お前の役割は、奴の脳(処理速度)を疲弊させ、地球襲来を一分一秒でも遅らせるための『時間稼ぎ(遅滞戦闘)』だ。
「言うのは簡単だよな、あの白衣のガキは……!」
トニーは自嘲気味に呟きながら、背中のスラスターを爆発させて空へと舞い上がった。正面から迫り来るのは、五つのインフィニティ・ストーンをその左手に嵌め込んだ、巨躯の覇王サノス。その存在自体が時空を歪めるほどの質量を持った、宇宙の絶対的な不具合(バグ)である。
サノスが左手のガントレットを掲げると、紫色のパワーストーンが妖しく輝き、空間そのものを破壊する純粋エネルギーの奔流がトニーへと放たれた。
今のトニーのアーマーには、カケルの宿す『ソロモンの知恵』が編み出した『神殺しの計算式』の一部がインプットされている。
「フライデー、ナノチャフ散布! 奴のガントレットの入力周波数に対して、逆位相の量子共振をぶつけろ!」
トニーの右腕が変形し、目に見えないほどの極小ナノマシンが霧のように空間へと展開された。サノスが放った紫色のエネルギー波が、その霧に触れた瞬間、まるでプログラミングのエラーを起こしたかのように四散し、タイタン星の荒れ果てた地表を無意味に爆砕した。
「何……!?」
サノスの鉄の顔に、初めて明確な戸惑いが走る。ストーンの力が「無効化」されたわけではない。ただ、そのエネルギーが標的に到達するまでの指向性(アルゴリズム)が、ナノマシンの物理的な干渉によって力尽くで歪められたのだ。
「お前が神のチートを使おうが、それが空間を伝わる『波』である以上、物理法則(エンジニアリング)で相殺できない道理はないんだよ、大男!」
トニーは空間の歪みを縫うように飛行し、マーク50の武装を次々と可変させていく。右腕が巨大なナノリパルサー・ブレードへと変形し、サノスの分厚い装甲を切り裂く。ピーター・パーカー(スパイダーマン)が放つウェブ、ガーディアンズの無秩序な波状攻撃が、トニーの精密な戦術コントロールによって完全に一つの「タイムライン」へと統合されていく。
すべては、サノスの処理能力(スペック)を削り、その思考を戦闘だけに集中させるためのハッキング行為だった。
ドクター・ストレンジは、その激闘の最中、瞑想するように宙に浮遊しながら、カケルの遺した言葉を頭の中で反芻していた。
――『魔術師。スタークが外宇宙でサノスのスペックを削っている時間が、そのまま私が地球を完璧な檻へと作り替えるためのビルド時間(猶予)になる。お前はただ、ストーンを渡す確定エンターキーのタイミングだけを間違えるな』
サノスの怒りが頂点に達し、リアリティ・ストーン(赤い光)によってタイタン星の建造物の残骸を火の玉に変えてアベンジャーズへ降らせる。マーク50の装甲が次々と砕け、トニーの肉体にも血が滲み始める。限界だった。生身の人間が、宇宙の根源を相手にこれだけ時間を稼いだこと自体が奇跡だった。
サノスがトニーの胸部にブレードを突き立てようとしたその瞬間、ストレンジが静かに目を開け、アガモットの目からタイム・ストーンを差し出した。
「止めろ。ストーンを渡す。……代わりに、彼の命は救え」
サノスはストーンを受け取り、ガントレットの最後から二番目のスロットへと収める。時空を支配する緑色の光がサノスを包み込み、彼は地球へ向けて空間の裂け目(ワームホール)を開いた。
サノスが去り、極限の静寂がタイタン星を支配した瞬間、宇宙の絶対的な不具合(スナップ)が全宇宙の因果律へ向けて送信された。
「トニー、何かが起きる……!」
ピーター・パーカーの声が震える。次の瞬間、ピーターの体、ガーディアンズの面々の体が、音もなく灰へと変わり、タイタンの風に溶けて消えていった。ストレンジもまた、「トニー、これしかなかったんだ」と言い残し、静かに粒子となって消滅した。
2:タイタン星のハッキング割り込み(パケット・インジェクション)
仲間たちが全員灰となって消え去り、ネビュラと共にただ二人取り残されたトニー・スタークは、力尽きたように地面に座り込んでいた。
「……終わったのか。すべて, あいつの言う通りに……」
トニーが、血と汗に汚れた顔で星空を見上げる。絶望が彼の胸を締め付けようとした、その瞬間だった。
チカッ、チカッ、と、壊れかけたマーク50のバイザーの端で、不自然な青い量子光が明滅を始めた。外宇宙の通信網が完全に遮断されているはずのこの場所で、イージス重工業の独自量子通信プロトコルが、空間の因果律の隙間を縫ってトニーのアーマーへと強制割り込み(ハッキング)をかけてきたのだ。
バイザーの画面に、ノイズ混じりながらも、鮮明な青いテキストがスクロールしていく。
`[AEGIS-SYSTEM: PING SUCCESS]`
`[STATUS: EARTH SYSTEM 100% OPERATIONAL (NORMAL-MODE)]`
`[MAIN-INFRASTRUCTURE: INTACT]`
`[PEPPER POTTS / RHODEY / HAPPY HOGAN: SURVIVED]`
トニーの目から、熱い涙が溢れ落ちた。ペッパーも、ローディも、ハッピーも、地球の我が家(インフラ)も、誰一人、何一つ失われていない。カケル・レイメイは、宇宙の絶対のルール(引き算)を騙し通し、トニーの守りたかった世界を完璧に無傷で保護してみせたのだ。
テキストの最後に、カケルからの冷徹で、傲慢で、しかし最高に信頼できるメッセージが弾けた。
`[MESSAGE: OWNER-KAKERU REIMEI]`
`『スペックを削る仕事(デバッグ)、ご苦労だったな、スターク。地球は一ミリのクラッシュもなく私が5年間維持してやる。漂流などという非効率な真似はせず、宇宙船の回路をハッキングして、さっさと生きて帰ってこい。5年後の足し算(復元デバッグ)に必要な、安全なエネルギー還流デバイス(マーク85)の仕様書は、もうお前のアーマーの隠しフォルダにビルドしてある』`
トニーは、宇宙の暗闇を見つめながら、涙を拭い、声を上げて笑った。その瞳には、原作の絶望など微塵もなく、ただ「最高のビジネスパートナー(相棒)」の無茶振りに応えようとする、不敵なエンジニアの闘志の炎が猛烈に燃え盛っていた。
「……全宇宙の運命をただの仕様書(プログラム)扱いか。本当、最悪で最高の最高経営責任者(CEO)だよ、お前は」
トニーは立ち上がり、マーク50の残されたパーツを駆動させ、ネビュラに向かって歩き出した。
「おい、青いお嬢さん。船のエンジンをバラすぞ。地球にいる傲慢なガキが、5年後の大仕事の仕様書をもうよこしてきやがったんだ。遅れるわけにはいかないだろ?」
二人が宇宙船ベネター号の機関部に工具を突っ込み、宇宙船の回路への逆アセンブル(ハッキング)を開始したその瞬間、タイタン星の薄い大気圏を突き破り、まばゆいばかりのバイナリー光波を纏った一つの「流星」が降臨した。
その光の中から現れたのは、キャプテン・マーベル――キャロル・ダンヴァースであった。
「トニー・スタークね。ニック・フューリーの信号を追ってきたけれど……状況はかなり複雑なようね」
「遅いぞ、宇宙のレスキュー隊」
トニーはバイザーに点滅する『EARTH: SAFE』のログを指差し、不敵にニヤリと笑った。
「船のハッキングを試みている最中だが、このポンコツじゃ地球まで時間がかかる。君のその超人的な馬力で、このベネター号を丸ごと引っ張っていってくれ。ニューヨークに、この最悪なバグを全て予定調和だと言い張る、とんでもなく傲慢なエンジニアが待っている」
キャロルは無言で頷くと、彼らが乗ってきたベネター号をその超人的な腕力で丸ごと抱え、光速の輝きを放ちながら地球へと向けて時空を跳躍した。絶望の漂流期間は、カケルの先読みパケットによって、一秒すら存在しなかった。
3:ワカンダ草原の『面デバッグ』――地球絶対防衛
一方、地球。アフリカの秘境に位置する超科学王国・ワカンダ。
その広大な草原を包み込む巨大なエネルギー・シールドの向こう側には、地平線を完全に埋め尽くすほどの異形の軍勢がうごめいていた。サノスの先遣隊、ブラック・オーダーが率いる「アウトライダーズ」。知性を持たず、ただ殺戮と破壊の命令を実行するためだけに量産された、宇宙のゴミデータ(雑魚モンスター)の群れである。
シールドの内側では、キャプテン・アメリカ(スティーブ・ロジャース)をはじめとするアベンジャーズの面々と、ティ・チャラ(ブラックパンサー)率いるワカンダの戦士たちが、武器を構えて決死の表情で前線に整列していた。
しかし、前線に立つ彼らの背後から、地を割るような重低音の駆動音が響き渡った。
ワカンダの王宮ドックから姿を現したのは、漆黒の重装甲を纏い、キャタピラと巨大なレーザー砲塔を備えた、人間が搭乗していない無数の巨大な鋼鉄の塊――イージス重工業製自律防衛重機連隊『ブレイク・スルー(タイタン)』であった。
ワカンダ王宮の最高指令室。
その近代的なホログラムモニターが敷き詰められた部屋の中央で、カケル・レイメイは白衣のポケットに両手を突っ込んだまま、冷淡な眼差しで数千画面の戦況ログを見つめていた。カケルの脳内OS(ソロモンの知恵)が、直接システムの基幹サーバーとリンクし、数千台の無人重機を単一の「手足」のように並列制御(マルチタスク)しているのだ。
「勘違いするなよ、アベンジャーズ」
カケルの冷徹な音声が、戦士たちのインカムへと一斉に配信される。
「私は戦争をしに来たのではない。サノスという親プロセスが地球というサーバーに降臨する前に、システムに負荷をかけるゴミデータ(雑魚)をメモリから一掃しているだけだ。戦士気取りで泥にまみれるのは非効率だ。下がっていろ」
カケルが脳内で「執行(エンター)」のコマンドを送ると同時に、シールドの一部が開放された。そこへなだれ込もうとする数万のアウトライダーズの群れに対し、イージスの重機連隊が一切の躊躇なく、時速百キロを超える速度で突撃(ドライブ)を開始した。
ズガガガガガガガガ!
ビブラニウム結晶の可変構造を取り入れたイージスの重機群は、怪物の群れを文字通り「ミンチ」へと変えて突き進む。砲塔から放たれる超高熱のプラズマレーザーが、地平線ごと怪物の群れを焼き払い、ワカンダの草原に正確な直線の焦土(デバッグ・ライン)を描いていく。
同じ頃、王宮の最深部にある医療ラボでは、天才科学者であるシュリが、ホログラムの操作パネルを前に必死に指を動かしていた。
カケルが事前に提供した『マインド・ストーン指向性中和プログラム』のソースコードが浮かんでいる。
「信じられない……。この黎明という男の数式、人工神経の結合を完全に簡略化(最適化)しているわ。これなら、ヴィジョンの人格データを一ミリも傷つけずに、コンマ数秒でストーンだけをデタッチ(分離)できる!」
シュリが実行キーを叩く。
ヴィジョンの額から、輝く黄色の結晶――マインド・ストーンが、一切の火花を散らすことなく、綺麗に「コトッ」と分離され、カケルの用意した量子隔離カプセルの中へと収まった。
「世界システム稼働率、九九・八%。マインド・ストーンの完全抽出、完了」
すべてのタイムラインが、カケルの書いた仕様書の通りにガチリと噛み合った。その瞬間、ワカンダの森の空間が不気味に歪み、五つのストーンを輝かせた覇王サノスが、ついに地球へと降臨した。
4:サノス降臨と『パーティション・トリアージ』
サノスは最後のストーンである『マインド・ストーン』がこの場所にあることを感知し、その重い足取りで森の中心へと歩みを進めていた。
しかし、彼が目にしたのは、絶望に満ちて立ち塞がるアベンジャーズの姿ではなかった。
ホログラムの隔離フィールドの中で、黄色いマインド・ストーンが静かに宙に浮かんでいる。そしてその傍らには、漆黒と青の重装甲を纏ったアイアンマン・マーク63『ゴッドキラー』、そのヘルメットをハッチオフし、白い研究衣のポケットに両手を突っ込んだまま、冷淡な目でサノスを見下ろしている黎明駆が立っていた。
「……私を待っていたようだな、地球の知識人よ」
サノスが低い声を響かせる。
カケルは、サノスの放つ神のプレッシャーに対し、身震い一つしなかった。ゴッドキラーから放たれる『絶対論理フィールド』が、サノスのエネルギーをすべて安全にアース(中和)していたからだ。
「お前個人(バグ)の意志など、最初から興味はないんだよ、サノス」
カケルの声は、氷のように冷たかった。
「お前は自分を宇宙の救世主か何かだと錯覚しているようだが、私の知性はお前のその安っぽい思想の正体を完全に看破している。お前はただ、増えすぎた生命の質量を減らそうとする、宇宙の冷徹な自動デバッグ関数『バックノズル』に都合よく嵌め込まれた、ただの使い捨ての実行キーに過ぎない。お前が指を鳴らそうが、私がここでマーク63でお前を秒殺しようが、どのみち数年かけて宇宙のルール(仕様)で生命の半分は無秩序に死滅する運命(コード)になっていたんだよ」
サノスはその言葉を聞き、わずかに目を細めた。
「……避けれぬ運命であるならば、私の執行(スナップ)を受け入れるがいい」
「言ったはずだ。お前のやり方は、あまりにも不細工(スパゲッティ)すぎると」
カケルは白衣のポケットから右手を出し、マインド・ストーンの隔離フィールドを解除してみせた。
(サノス。宇宙のバックノズル(引き算)がどうしても『生命の半減』を実行しなければ次のフェーズに進めない仕様(バグ)なら、お前のその指パッチンという、インフラを破壊せずに一瞬で生命のサインだけを消去する『最も効率的なバグ』を利用してやる。)
サノスは無言でマインド・ストーンを掴み取り、ガントレットの最後のスロットへと埋め込んだ。
ドゴォォォン!!
六つのストーンが完全に結合し、全宇宙の因果律を内包した七色のエネルギーがサノスの巨体を駆け巡る。サノスは全知全能の神の視点を得て、目の前に立つ黎明駆の周囲だけが、宇宙の法則から完全に独立した『絶対の聖域(檻)』として、頑強なプロテクトコードで守られているのを視認した。
「実行(エンター)キーを押せ、サノス。これより5年間、地球を私のロジックで完全管理(フリーズ)してやる」
――カチリ。
世界の終わりを告げる、静かな指の音が、ワカンダの森に響き渡った。
5:二大天才の理(ハッキング)――エンドゲームへ
純白の光が、全宇宙のすべての視界を完全に塗りつぶした。
光が収まった時、ワカンダの草原には、原作の世界線とは決定的に異なる光景が広がっていた。
ブラック・オーダーの残党の肉体が灰となって風に溶けていく。しかし、前線に立つキャプテン・アメリカ(スティーブ・ロジャース)も、ティ・チャラも、ナターシャ・ロマノフも、誰一人として灰になっていなかった。
それどころか、地球上の主要な国家の政府要人、インフラ基盤のエンジニア、医療従事者、およびイージス重工業の全稼働セクターの人間は、正確に「一〇〇%」その場に生存していた。サノスは「全宇宙の生命を完璧に半分間引いた」という歪んだ満足感と共に、そのまま空間を裂いて、どこか遠くの辺境の惑星(農場のある星)へとワープして撤退していった。
「世界システム稼働率、九八・五%を維持。これより『プロジェクト・エンドゲーム:フェーズ1(アーカイブ統治)』を起動する。ワカンダの前線要員はそのまま現地の残務処理に当たれ」
カケルはマーク63『ゴッドキラー』の飛行システムを駆動させ、ワカンダの草原を飛び立ち、自らの本拠地であるニューヨークのイージス重工業・最高機密軌道ドックへと瞬時に帰還した。
同じ頃、ニューヨーク上空にまばゆい光の尾を引いて、一隻の宇宙船が降臨した。
キャプテン・マーベルによって光速で牽引され、タイタン星から超加速で地球へとサルベージされた、あの宇宙船ベネター号である。カケルの完全誘導シグナルに従い、船はイージスの軌道ドックへと正確に着艦した。
ハッチが開き、中から、エンジニアとしての闘志の炎を瞳にギラギラと燃え立たせたトニー・スタークが、ネビュラと共に降りてきた。
「トニー……!!」
ドックの安全セクターで待機していたペッパー・ポッツが、涙を流してトニーの胸に飛び込んだ。トニーはその愛しい温もりを強く抱きしめ、彼女の無事を確認して深く安堵の息を漏らした。ペッパーも、ローディも、ハッピーも、スターク・インフラも、誰一人として失われていない。
トニーはペッパーの肩を抱きながら、視線をまっすぐに、ドックのテラスで腕を組んで待っていた白い研究衣の青年――黎明駆へと向けた。
「……サイトウ」
トニーは不敵に笑った。
「お前がフライデーの隠しフォルダにブチ込んできたあのクソ重い仕様書(データ)のせいで、宇宙を飛んでいる間も頭をフル回転させなきゃならなかったよ。ペッパーも、俺のインフラも……本当に完璧に残してくれたんだな」
カケルは腕を組んだまま、階段を降りてトニーの前に立った。その青い瞳には、最高のビジネスパートナーの早期帰還を歓迎する微かな光が宿っていた。
「当然だ、スターク。お前が外宇宙でサノスのスペックを削り、キャプテン・マーベルが最短ルートでお前をサルベージした。すべてのオブジェクトの配置(トリアージ)は100%成功だ」
トニーはふと、遠い宇宙の彼方へと思いを馳せ、ニヤリと笑いながら尋ねた。
「ところで、あのガントレットの大男はどうする? 追撃チームを編成して、今すぐストーンをぶんどりに行くか?」
カケルは感情の起伏が一切ない声で、吐き捨てるように言った。
「その必要(コスト)すら発生しない。奴のその後の運命コードは、私の一四〇〇万通りの未来演算(エミュレート)ですでに確定している。奴はあの農場の星で用済みのインフラ(ストーン)を自ら破壊し、数年後のタイムラインでアベンジャーズ(原作のソー)の手によって確実に処理(デッドコード化)される運命だ。ほっておいても勝手に死ぬバグを、わざわざこちらの手を汚してまでデバッグしに行くのは非効率の極みだろ」
トニーはそのあまりにも冷徹で、あまりにも合理的な「未来の仕様(タイムライン)」の扱いに、一瞬呆気にとられ、次の瞬間、声を上げて笑った。サノスは何も知らず、農場で満足して死んでいく。その間に地球は100%の安全圏で次のフェーズの準備を進める。これ以上ない、完璧なハッキングだった。
「おかえり、スターク。感傷に浸る時間は10分だけやる。11分後には、5年後に訪れる『復元(足し算)』のフェーズに向けた、宇宙最強の還流デバイス――『アイアンマン・マーク85』の共同開発(ビルド)を始めてもらうぞ」
トニーはペッパーを優しく抱き直しながら、自らの天才の脳を完全に再起動させた。
「よし、10分で十分だ。サイトウ、神の数式を人間のエンジニアリングでネジ伏せるぞ。最高の5年間にしようじゃないか」
地球を完璧な「檻」として飼い慣らし、社会の稼働率を維持したまま淡々と時を刻むカケル・レイメイ。
そして帰還早々、リパルサーの光を掌に宿し、その檻の鍵(マーク85)を造るために反撃の設計図を広げるトニー・スターク。
二大天才の理性が宇宙のルール(運命)を完全にハッキングした状態で、地球はパニックゼロの、完璧に管理された「5年間のビルド時間」へと突入していく。物語は、宇宙の因果律を完全にデバッグする『エンドゲーム(完全復元編)』という名の、絶対の勝利(答え合わせ)へと収束していくのだった。