MCU転生チート主人公の思考実験   作:鳥ささみ

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第13話

1:完璧な世界の「息苦しさ」

 

サノスの軍勢が完全消滅し、インフィニティ・ストーンの因果律ハッキングによって「消え去った全生命」が100%の精度で復元されてから数ヶ月。地球は、人類がかつて経験したことのない超近代的な輝きの中にあった。

 

黎明駆がCEOを務めるイージス重工業は、戦後復興の枠を遥かに超え、地球そのものの「基幹OS」として機能し始めていた。上空を静かに周回するイージスの量子空間監視衛星群は、大気、地殻変動、果ては主要都市のネットワークトラフィックにいたるまで、地球上のあらゆるデータを24時間リアルタイムでスキャンしている。

 

テロの予兆、微小な犯罪のシグナル、未知のウイルスの突然変異、突発的な交通事故――。それら人類の歩みを阻むすべての障害は、発生するよりも前の段階で、イージスの自律デバッグ重機連隊やナノマシン・シールドによって「未然に処理(デバッグ)」されていた。世界から飢餓は根絶され、経済の停滞は過去の概念となった。

 

だが、その「完璧な天井」の下で、息苦しさを募らせている者たちがいた。

 

ニューヨーク、アベンジャーズ・コンパウンドのブリーフィングルーム。かつて地球の命運をかけて戦ったヒーローたちは、重苦しい沈黙の中にいた。部屋のホログラムスクリーンには、世界各地で平和に、だが完全に規則正しく回る都市のログが流れている。

 

「カケル、君の作った世界は確かに安全だ。誰もが飢えず、誰もが不慮の事故で命を落とさない」

 

スティーブ・ロジャース(キャプテン・アメリカ)が、静かに、だが明確な拒絶の光を宿した瞳でホログラムを見つめた。

 

「だが、これは真の平和じゃない。人類から『選択の権利』を奪い、君の書いたコード(プログラム)の通りに歩かせるだけの、超高層の檻だ。人間には、間違える自由もある。そのミスから学び、立ち上がることにこそ、私たちの存在理由があるはずだ」

 

ホログラムの通信画面の向こう側、イージス本社最深部のコントロールルームにいる黎明駆は、白衣のポケットに両手を突っ込んだまま、冷淡な青い瞳でスティーブを見つめ返した。その表情には、一切の揺らぎも妥協もない。

 

「自由という名の曖昧なバグが、サノスという最悪のシステムクラッシュを招いたんだ、ロジャース。私は二度と、このサーバー(地球)を脆弱性に晒すつもりはない。人類の『自由度(パーミッション)』を制限し、最適化されたルートを歩かせる。それが世界を維持するための最も低コストで確実な仕様だ。お前たちのセンチメンタリズムに付き合う余裕はない」

 

「……その仕様書、開発者(エンジニア)の俺でも流石に承認(サイン)はできないな、サイトウ」

 

スティーブの隣から画面に割り込んできたのは、トニー・スタークだった。彼は相棒として、共に5年間の沈黙を乗り越え、全宇宙を救うシステムをビルドした最大の戦友だ。だが、今回のカケルの「地球完全隔離・絶対管理計画」には、一人の人間として、あるいは娘のモーガンを持つ父親として、どうしても首を縦に振るわけにはいかなかった。

 

「お前は宇宙の均衡関数(バックノズル)の反動を恐れている。だから地球全体に巨大なファイアウォールを張って、マルチバースの因果から永久にロックダウンするつもりだ。だが、それをやれば地球人はただの飼い慣らされたデータになる。俺はペッパーやピーターに、そんな呼吸しているだけの未来を渡すためにアーマーを作ったんじゃない」

 

カケルはフッと鼻で笑い、冷たい声を響かせた。

「スターク、お前までロールバック(退行)を望むか。いいだろう。なら、言葉での説得(デバッグ)は無意味だ。力ずくで私のメインプロセスをシャットダウンしてみせろ。……管理者権限の真の恐ろしさを、その身に刻んでやろう」

 

ブツン、と通信が切断される。それと同時に、ニューヨーク上空にそびえ立つイージス本社最深部――全宇宙の因果律が交錯する「ヘブンズ・ゲート・ドック」の防衛システムが、不気味な起動音を鳴り響かせた。

 

2:神々のハッキング

 

**――ヘブンズ・ゲート・ドック。**

 

そこは、地球をマルチバースの因果から永久に隔離する「時空ファイアウォール」の心臓部であり、全宇宙のOSが交錯する絶対聖域。その厚さ数メートルにおよぶ超重力隔壁が、眩い雷光と真紅の魔術エネルギーの直撃を受け、凄まじい爆音と共に内側へとひしゃげ、木っ端微塵に粉砕された。

 

立ち込める白煙を鋭く切り裂き、アベンジャーズの精鋭たちが一斉にドックへと突入する。

 

アイアンマン・マーク85を纏ったトニー・スタークを先頭に、ヴィブラニウムの盾を構えたキャプテン・アメリカ(スティーブ・ロジャース)、ストームブレイカーからパチパチと神雷を散らすソー、魔術の術式を編み上げるドクター・ストレンジ、両手に不気味な赤いカオスマジックを揺らめかせるワンダ・マキシモフ、背中から矢を引き抜くホークアイ(クリント・バートン)、そしていつでも跳躍できるよう低く身構えるスパイダーマン(ピーター・パーカー)。さらにその後方からは、宇宙の深淵からの緊急信号に応じて駆けつけたキャプテン・マーベル(キャロル・ダンヴァース)が、全身にまばゆいバイナリー光波を奔流のように纏い、音速の壁を爆破しながら滑り込んできた。

 

カケルの進める地球隔離ファイアウォールは、マルチバースの時空構造そのものを物理的に固定し、外宇宙や異次元からの干渉を完全に遮断する超大規模システムである。それは地球を救うための方策であると同時に、マルチバースの因果律そのものを強制的に上書きし、全宇宙のパワーバランスに多大な不可逆的影響を与える。そのため、普段は地球の局所的な問題には介入しないキャプテン・マーベルも、これを「全宇宙、およびマルチバース規模の致命的な危機」と判断し、宇宙の深淵から超光速で戦線へと復帰していた。

 

現代の、そして宇宙の神話すら塗り替える、文字通りの「地球最強の布陣」。

 

だが、突入の先陣を切ったトニーの足が、不自然にピタリと止まった。マーク85のバイザーインジケーターには、敵の迎撃や自動銃座のロックオンを示すアラートが、ただの一つも点灯していない。

 

「……おい、何かがおかしいぞ。フライデー、迎撃ドローンやレイメイのナノマシン・シールドの応答は?」

 

『一切感知されません、ボス。このエリアの防衛プログラムは完全にスリープ(休止)状態です』

 

「セキュリティが全く作動していない……? 世界中のあらゆる犯罪やテロを未然にデバッグしてきたイージスの本陣だぞ。まるで、鍵を開けて待っていたみたいじゃないか」

 

トニーの言葉に、アベンジャーズの面々が怪訝そうな表情を浮かべて互いに視線を交わす。あまりにもすんなりと最深部へ侵入できてしまった現実に、歴戦の戦士たちの本能が「異常な罠」の気配を察知して警鐘を鳴らしていた。

 

スティーブが盾を構え直したまま、空中から静かに降臨したドクター・ストレンジへと問いかける。

 

「ストレンジ、魔術的な結界や罠の可能性は?」

 

ストレンジは険しい表情でアガモットの目を走らせ、空間の歪みを凝視していたが、やがて重々しく首を振った。

 

「いや、物理的な罠も、魔術的な欺瞞(フォースフィールド)も存在しない。……だが、不気味なほどこの部屋の『中心』に向けて、宇宙の因果律が異常な速度で収束している。彼は、最初から我々がここへ乗り込んでくることを完全に『予測』していたんだ。仕様書の予定通りにな」

 

「ハッ、大層な歓迎じゃないの。世界を巨大な檻(ファイアウォール)に閉じ込めようとする傲慢な開発者様が、随分と余裕をぶっこいてるじゃない」

 

キャプテン・マーベルがその拳に宿る光子エネルギーをさらに爆発させ、いつでもドックごと全てを消し飛ばせる構えをとる。その圧倒的な輝きが、広大な白磁のドックの闇を白日の下に晒した。

 

部屋の中央。宇宙OSの接続レバー――「時空ファイアウォール」の起動コンソールの前に、彼らを迎えるようにして佇む人影があった。

 

無数の防衛ロボットでも、タイタン連隊でもない。ただの一人。

いつも通りの高級な白い研究衣を羽織り、白衣のポケットに両手を突き戻したまま、気怠げに、しかし底知れない冷徹さを湛えて佇む青年――黎明駆(カケル)、その人だった。

 

「……ようやく揃ったか。データの読み込み(ロード)に随分と時間がかかったな、アベンジャーズ」

 

カケルは彼らの持つ神の武器や最新のアーマーを冷めた瞳で見渡しても、眉一つ動かさない。その姿はあまりにも無防備で、あまりにも「ただの人間」だった。

 

トニーがマーク85のリパルサーをカケルの胸元へと照準し、金属音を響かせて一歩前に出る。

 

「ドローンもアーマーも無し、たった一人で生身で俺たちを迎え撃つ気か、サイトウ? お前がどれだけ異次元の天才だろうが、ここでその薄っぺらい白衣を引っ掴んで拘束すれば、お前の完全管理計画(ロックダウン)は終わりだ。大人しくレバーから手を離してシャットダウンに応じろ」

 

カケルの傲慢なシステムに異を唱え、人間の「不完全な自由」を守るために集まったヒーローたち。彼らの目には、カケルはどこまでいっても「圧倒的なテクノロジーと冷徹な頭脳を武器にする、普通の若造」に映っていた。力ずくの物理戦闘になれば、一瞬で制圧できると確信していた。

 

だが、カケルはフッと鼻で笑い、髪を軽くかき上げた。その瞳の奥で、恐ろしいほどの知的愉悦がギラリと脈打つ。

 

「相変わらず、プログラムの『中身』を読めない連中だ。スターク、お前たちは私を『科学という道具に依存した人間』だと定義しているようだが……それはただの初期設定(デフォルト)に過ぎない。変身しての本格的な戦闘は初めてだが、お前たちという最上位のバグデータを処理するなら、このシステム(神権)をハッキングして使うのが最も低コストだ」

 

「何……?」 トニーのバイザーに、突如としてノイズが走る。

 

カケルはゆっくりと天を見上げ、その薄い唇を動かした。彼の中に眠る、世界の理を書き換える最上位のルート権限――そのトリガーコードが、ドックの空間そのものを細かく震わせる。

 

「―― **『シャザム(SHAZAM)』** 」

 

**――落雷(システム・インジェクション)。**

 

次の瞬間、イージス本社の強固な天井を、物理的な質量を完全に無視して貫き、視界のすべてを真っ白に染め上げるほどの、純白の絶対量子エネルギーの雷霆がカケルの身体に直撃した。

 

**ドガアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!!**

 

ドック全体を狂ったような衝撃波と電磁の嵐が吹き荒れ、頑強なコンクリートの床が激しく波打って亀裂を走らせる。アベンジャーズの誰もが、そのあまりの物理的・エネルギー的圧力に息を呑み、思わず腕で顔を覆って数歩後退した。

 

「な、なんだこのエネルギーは!? 魔術の気配じゃない……熱力学の法則を根底から無視して空間から引き出されている! 質量保存の法則が壊れているぞ!」

 

ストレンジが瞬時に展開した真紅の魔術の盾が、落雷の余波(パルス)だけでバリバリと悲鳴を上げて激しく火花を散らす。

 

やがて、もうもうと立ち込めるオゾン臭の煙の中から、まばゆい白銀の光を放ちながら「それ」が歩み出た。

 

アベンジャーズの誰もが、自分の目を疑った。

 

そこに立っていたのは、華奢な白衣の青年ではなかった。

身長は190センチメートルを優に超え、完璧な黄金比率で構築された、いかなる人類の遺伝子工学も到達し得ない究極の超人の肉体。胸元には巨大な黄金の雷霆エンブレムが眩く輝き、真紅のコスチュームと純白のマントを夜風のような衝撃波で翻している。

 

「……は? 誰、あいつ……え、カケルさん!? 嘘でしょ、マント着てマッチョになってる!?」

 

ピーターが裏返った間抜けな声を上げて飛び退く。トニーのマーク85のヘッドアップディスプレイは、目の前の超人の肉体から放たれる「測定不能」のエネルギー波形を検知し、バイザー全体が真っ赤に染まって激しい警告音を鳴らし続けた。

 

ただの頭のいい若造だと思っていた経営者が、全宇宙の根源の力をその身に宿す「絶対的な神」へと変貌を遂げたのだ。変身を完了したカケルの声は、深く、朗々とドック全体に響き渡り、空間そのものを物理的に震わせた。

 

「これより、アベンジャーズ(バグデータ)の強制排除(クリーンアップ)を開始する。データの一片も残すな」

 

カケルの瞳が青白く発光した瞬間、残像すら残さない『マーキュリーの神速』が発動した。

 

「おい、どこに消え――」

 

ソーがストームブレイカーを構え直すより早く、カケルは既にその眼前に「存在」していた。カケルの『ヘラクレスの剛力』を乗せた拳が、ソーの腹部に容赦なく突き刺さる。

 

**――ズドォォォォンッ!!!**

 

神の肉体と強靭な骨格を持つ雷神ソーの巨躯が、まるでピンボールのようにドックの防壁を何枚もぶち破り、遥か彼方のコンクリートの底へと凄まじい地響きを立てて吹き飛んでいった。一撃。ただのパンチ一つで、アベンジャーズの最大火力が盤面から除外された。

 

「ソーを一撃で……!? 冗談だろ!」

 

スティーブが戦慄しながらも、長年の戦場で培った本能でヴィブラニウムの盾を構え、決死の突進を試みながらシールドを投擲した。空を切る鋭い回転。

だが、カケルはそのシールドの軌道、空気抵抗、運動エネルギーの総量を『ソロモンの知恵』によって1秒先まで完全に予測(スキャン)していた。激突の瞬間、カケルは迫り来る盾のフチを、ただ指先でミリ単位で小さく弾いた。

 

**――カンッ!**

 

それだけで、盾の運動エネルギーのベクトルが完全に反転。スティーブは自分が投げたはずの盾の、何倍にも増幅された衝撃を正面からまともに食らい、防具ごと派手に吹き飛んで床を転がった。

 

「私の前で、原始的な物理法則を語るな。お前たちの質量など、私の前ではただの確率の静止画に過ぎない」

 

「バカな……アーマーも着ずに、素手でキャプテンの盾をあしらったというのか!?」

 

クリントが震える手で弓を引き絞り、イージス製の量子技術を逆にハッキングして作り上げた、極大の空間爆破矢を放った。カケルの胸元で炸裂する絶大なエネルギー。しかし、カケルは避ける動作すら起こさない。凄まじい爆炎と衝撃波が引いた後、そこには傷一つ無い、超絶的な『アトラスのスタミナ』に守られたカケルが、何事もなかったかのように平然と歩みを進めてくる姿があった。

 

「私の現実(リアル)を侵すな……! 私たちの未来を、お前が勝手にコード化するな!」

 

ワンダが激昂し、その細い両手から現実改変のカオスマジックの奔流をカケルへと叩きつけた。確率を根本から歪め、カケルの存在そのものを不確定な塵へと書き換えようとする、絶対的な精神エネルギーの濁流。

 

しかし、カケルの瞳が青白く輝き、その脳内で『プロトコル・シャザム』の並列演算回路がトップギアで駆動した。

 

「ワンダ・マキシモフ。お前のカオスは、所詮は記述不可能な『不確定要素』に過ぎない。私の脳内OSは、そのカオスすら確率収束演算によって0と1の決定論へ引き摺り下ろす。……処理を終了(終了関数)しろ」

 

カケルが『マーキュリーの神速』でワンダの間合いに踏み込み、彼女が次の魔術を展開する前に、その額に軽く指先を触れた。瞬間、カケルの全身から放たれた『ゼウスの雷光』の微弱な高周波パルスが、彼女の脳内の生体電気信号を完璧にジャミング(妨害)した。ワンダは魔術の接続性を一瞬で失い、カオスマジックの赤い霧が霧散すると同時に、糸が切れた人形のようにその場に力なく崩れ落ちた。

 

「空間の檻(ミラー・ディメンション)に消えろ、怪物め!」

 

背後からストレンジが両腕を複雑に回し、ドックの空間を幾何学的に歪め、カケルを無限に続く鏡の世界へと閉じ込めようとする。空間がバリバリと音を立てて割れ、カケルの身体を飲み込もうとした。

だが、カケルはその空間の数式、位相幾何学(トポロジー)の構造を、視線一つで逆アセンブル(解体)してみせた。

 

「空間の位相幾何学か。私の『ゼウスの雷光』は、あらゆる数理概念、魔術的OSのコードを物理的に焼き切る最強のパケットコードだ」

 

カケルがその強靭な拳をドックの床に叩きつけると、ドック全体の回路を網羅した量子雷霆が激しく走り、ミラー・ディメンションの空間そのものをバリバリと音を立てて本物のガラスのように粉砕した。魔術の概念そのものを力ずくでハッキングされ、破壊されたストレンジは、激しいバックラッシュの衝撃で口から血を吐き、その場に膝を突いた。

 

「そこまでにしなさい、黎明駆!!」

 

その時、ドックの残された空気を激しく引き裂き、眩いばかりのバイナリー光波を放ちながら、宇宙最強の生体ミサイル――キャプテン・マーベル(キャロル)がカケルに向けて超音速で突撃した。宇宙の星々をも粉砕するほどの純粋なフォトンエネルギーをその拳に宿した、絶対的な一撃。

 

しかし、カケルは迫り来る彼女の光の軌道、およびエネルギーの指向性をも『ソロモンの知恵』で完全に逆算(エミュレート)していた。

 

激突のコンマ数ミリ手前、カケルは『マーキュリーの神速』を最大出力まで引き上げ、キャロルの突進を最小限のステップで完全回避。そのまま彼女の背後へと滑るように回り込み、そのうなじに向けて、絶対的な理性を維持する『アキレスの勇気』に裏打ちされた冷徹な手刀を鋭く突き立てた。

 

「なっ……!?」

 

宇宙最強の馬力を誇るキャロルの身体が、一瞬で硬直する。カケルが放ったのは、単なる打撃ではない。彼女の全身を巡る強大な光子エネルギーの循環システムに対し、逆位相の『ゼウスの雷光』パッチを強制的に流し込み、生体回路を強制リブート(初期化)する、対超人用の特権ハッキングだった。

 

キャロルは自身のエネルギーの制御を完全に失い、輝きを失った流星のように、激しくドックの床へと叩きつけられて沈黙した。

 

魔術も、神の剛力も、確率を歪める超能力も、そして宇宙最強の純粋エネルギーさえも――。すべてがカケルの前では「記述可能なただのデータ」としてハッキングされ、上書きされていく。

 

残されたアベンジャーズの戦士たちは、目の前にいる若造の、底知れない、および圧倒的な「数理的な強さ」に、完全に言葉を失い、恐怖すら抱き始めていた。

 

3:アベンジャーズの「反撃パッチ」:最強同士の臨界点

 

だが、アベンジャーズはただ蹂躙されるためだけに、ここに集まったわけではない。カケルのスペックの前に戦線が一時的に瓦解する中、ドックの隅で、マーク85の膝を突きながら、トニー・スタークが血の混じった唾を吐き捨てた。そのバイザーの奥の瞳には、絶望ではなく、獰猛なまでのエンジニアの闘志が燃え盛っていた。

 

「フライデー……聞こえるか。奴の変身コード『SHAZAM』のエネルギー波形と、さっきの空間解体のログ、すべてをマーク85のメインコアに『強制マージ(結合)』しろ。奴が神の力を工業コードとして安定制御しているなら、その周波数をハッキングし返す仕様(パッチ)を今すぐビルドする!」

 

『ボス、危険です! 奴の量子雷霆はアーマーのナノ構造を分子レベルで崩壊させています。これ以上の負荷は――』

 

「やれ!! 5年間、あいつの傲慢な管理システムを見てきたんだ。ここでただ指をくわえてシャットダウンされるかよ! スティーブ! ソー! キャロル! 奴の『ソロモンの知恵』に例外エラーを叩き込むぞ! 予測不可能なカオス(奇跡)を同時にインジェクションしろ!」

 

トニーの叫びが、限界に達していたアベンジャーズの魂に火をつけた。

 

「ハッ……最初からそのつもりだ、スターク!」

 

ドックの瓦礫を吹き飛ばし、全身から凄まじい青白き神雷を爆発させながらソーが立ち上がった。その瞳は完全に雷光で満たされ、ストームブレイカーが空間を引き裂くような咆哮を上げる。

 

「これ以上の独裁を、地球で許すわけにはいかない!」

 

同時に、床に叩きつけられていたキャプテン・マーベル(キャロル)が、強制リブートの負荷をその超越的な根性で強引にねじ伏せて跳躍した。全身にまばゆいバイナリー光波を再び、しかし今度はかつてないほどの熱量で奔流のように纏って宙へと戻る。彼女の宿す純粋なフォトンエネルギーが、ドックの白磁の空間を熱量で歪めていく。

 

宇宙の特異点とも言える二大最高火力が、トニーのマーク85を挟むようにして完全に同調した。

 

「……面白い。不完全なバグデータどもが、まだ演算を継続するか」

 

カケル(シャザム)は、胸の黄金のエンブレムを冷たく明滅させながら、彼らを見据えた。カケルの『ソロモンの知恵』は、彼らが何を行おうとしているかを100%正しく逆算し始める。だが――。

 

「私の現実は、お前の数式には収まらない……!!」

 

ストレンジの支えによって立ち上がったワンダ・マキシモフが、血の滲む唇を噛み締め、両手からドック全体を覆い尽くすほどの現実改変のカオスマジックを解き放った。それはカケルの脳内OSへ秒間数億テラバイトの「記述不可能な例外エラー(バグ)」を叩きつける、超大規模な精神バッファオーバーフロー攻撃だった。

 

カケルの『ソロモンの知恵』の演算回路が、一瞬だけ激しく火花を散らす。

(ワンダの確率改変により、物理法則の決定項が1秒間に40億回書き換わっている……!? 処理の走査ノイズが……!)

 

「今だ!!」 スティーブが叫び、ヴィブラニウムの盾を滑らせてピーターへとトスした。

 

「いっけぇぇぇぇ!!」 ピーターがイージス重工業の防衛ドローンから強奪し、自らのウェブ・シューターに直結させた「ナノ・ジャミング・ウェブ」を、カケルのマントの結合部へと正確に撃ち込み、物理的な接地回路(アース)を形成する。

 

そのわずかな処理遅延(ラグ)とシステムバイパスの隙を突き、トニー・スタークがマーク85の背部から巨大な「ナノ・ライトニング・リフォーカサー(雷光エネルギー還流デバイス)」を展開した。カケルが放っていた『ゼウスの雷光』の残余波形が、デバイスを通じてマーク85へと、驚異的な効率で『逆コンパイル(変換・吸収)』されていく。

 

「ナノマトリクス、エネルギー充填率……12000%を突破!!」 フライデーの音声が、歓喜のノイズを上げる。マーク85は、カケルの神の雷をエネルギー源として、全身から眩い白銀の量子光波を爆発させた。

 

「キャプテン・マーベルのフォトン指向性……逆算完了。ソーの質量ベクトル……予測完了。――いや、待て。スタークのナノパッチが私のバイパスを逆流している。処理が……追いつかない!」

 

カケルの瞳が驚愕に揺れた瞬間、完全に限界を突破した「アベンジャーズの連携(奇跡)」が炸裂した。

 

ソーがストームブレイカーを両手で振り下ろし、宇宙の開闢を思わせる極大の神雷を放つ。同時に、キャプテン・マーベルが光速の領域へと突入し、星々をも粉砕する絶対的なフォトンの一撃を突き出す。そしてその中央から、12000%の過負荷で駆動するトニーのマーク85が、最大出力のナノ・パルス・ブレードを両手に構え、光速の領域(マーキュリーの神速)へと完全に同期して肉薄した。

 

「これで終わりだ、カケル!!」

 

「いいだろう、トニー・スターク。不完全な人間(バグ)の底力、この神のシステムを以て、徹底的に『検収(デバッグ)』してやる。……かかってこい!!」

 

カケルは避けることをせず、自らの『ゼウスの神雷』と『ヘラクレスの剛力』の全出力をその拳へと凝縮させ、正面から迎え撃った。

 

絶対的な合理の神権と、限界を突破した人間のエンジニアリング。交錯する二つの最強のロジックが正面衝突した瞬間、ヘブンズ・ゲート・ドックの空間そのものが、エネルギーの飽和によって「完全な無(ホワイトアウト)」へと反転した。

 

**――ドォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!**

 

光と衝撃が全てを飲み込み、ドック全体の構造物が分子レベルで分解されていく。

 

やがて、もうもうと立ち込めるオゾン臭の煙と爆炎が引いたとき、そこには蹂躙の光景はなかった。

 

「はぁ……はぁ……、クソ、アーマーが完全に焼き切れやがった……」

 

トニーのマーク85は各部から煙を吹き出し、ナノマシンが自壊して強制シャットダウンを余儀なくされていた。ソーもストームブレイカーを杖代わりに辛うじて立ち、キャプテン・マーベルも全身のバイナリー光波を完全に使い果たして膝を突いている。アベンジャーズは全員、全エネルギーを放出して行動不能に近い状態だった。

 

4:天才二人の決戦(チェックアウト)と執念

 

だが、その破壊の渦の対面。

全身の量子回路(SHAZAMシステム)が過負荷によって強制リブート(初期化)され、真紅のスーツから、ボロボロになった「白い研究衣(ただの人間)」へと姿が巻き戻りながらも、気怠げに壊れたコンソールへ背を預ける黎明駆の姿があった。

 

「……フハッ、不完全なバグデータの分際で、私のシステムを相殺(タイ)まで持ち込むか。アベンジャーズ、お前たちはやはり、効率的な計算の枠には収まらないな」

 

カケルは口元の血を白衣の袖で拭い、冷酷に、しかしどこか狂気的な知的愉悦を滲ませて笑った。

 

トニーはマーク85のマスクを強引に跳ね上げ、血塗れの顔でカケルを睨みつけた。アーマーの各部からナノマシンの残骸が火花を散らして崩れ落ちていく。

 

「お前……最初からこんなふざけた力を隠し持ってやがったのか、サイトウ! 天才エンジニアのフリをして、中身はとんでもない化け物じゃないか!」

 

「隠していたわけではない、スターク。使う必要性が無かっただけだ。……そしてお前のナノアーマーのアルゴリズムは、4年前に私が書いたベースコードの上で動いている。お前が次に展開する武装も、エネルギーの指向性も、すべて私の『ソロモンの知恵』のリポジトリ(貯蔵庫)の中にある。私に勝てる計算式(ロジック)は、お前の脳内には存在しない」

 

「……だとしても、アップデートを忘れたエンジニアは引退しろってことさ!」

 

トニーは動かなくなったアーマーの右腕から、火花を散らしながらも最後の予備電力を絞り出し、ナノマシンのエナジー・ブレードを不完全に再展開した。トニーの人生、その技術のすべてを賭けた、人間の意地の一撃。

 

しかし、生身に戻ったはずのカケルの瞳が、再び青白く発光した。強制リブートの最中であっても、特権権限の一部はすでに回復していたのだ。カケルは迫り来る光刃を、冷徹な視線とともに、再び発現した神権の左手の手のひらだけで真っ向から受け止め、力任せに握り潰した。バキバキと音を立ててナノマシンが完全に霧散する。

 

間髪入れず、カケルは流れるようなモーションで、完全に機能停止したマーク85の胸部アーク・リアクターに直接手を当てた。

 

「システム・アクセス。特権昇格(ルート権限奪取)」

 

カケルの指先から、マーク85の基盤へと、より深い階層の『ゼウスの雷光』パッチコードが流し込まれる。トニーの視界のモニターが一瞬で赤く染まった。

 

`[SYSTEM LOCKDOWN: CONTROLLED BY AEGIS]`

 

トニーのアーマーの全機能、人工知能、ナノマシンの駆動システムが、完全に外部から強制停止(フリーズ)され、彼はその場に彫像のように縫い付けられた。指一本動かすことすら叶わない。

 

「……チェックアウトだ、スターク。お前たちの負けだ」

 

圧倒的、文字通りの無双。世界を救った最強のヒーローたちが、人間の意地と宇宙の奇跡を掛け合わせて一時的なタイ(相殺)へ持ち込んだものの、神の力をシステムとして完全にハッキングしたカケルの絶対的な管理権限の前に、再び完全に行動不能に追い込まれたのだ。

 

5:エラーログ(感情)と仕様変更

 

完全な静寂が、崩壊したヘブンズ・ゲート・ドックを支配していた。

 

地球最強のヒーローたちが床に膝を突き、トニーもまた彫像のように硬直している。カケルの背後にあるファイアウォール起動コンソールは、バックアッププロセスによって再び息を吹き返し、不気味な起動音を立てていた。

 

カケルは白衣のポケットにゆっくりと手を突き戻し、冷淡な瞳でトニーやスティーブを見下ろした。

 

「これが、お前たちの言う『個の奇跡』の限界だ。システムを一時的に相殺することはできても、根本的なプログラム(仕様書)を書き換えることはできん。私はまだ生きているし、イージスのメインサーバーは健在だ。これより、バックアッププロセスから特権昇格(ルート権限奪取)を再実行する。地球完全隔離計画(プロトコル・オメガ)の執行だ」

 

カケルが再び脳内で『シャザム』のトリガーコードを記述し、完全にファイアウォールをロックしようとした、その瞬間だった。

 

「――待ってください、カケルさん!!」

 

割って入ったのは、絶望的な戦力差に震え、ボロボロになったマスクを剥ぎ取ったピーター・パーカーだった。彼は涙を流しながら、満身創痍の肉体一つで、カケルとコンソールの間に立ちはだかった。

 

「確かに、僕たちはたくさん間違えます! スタークさんだって、ウルトロンを作って大失敗したし、僕だっていつもドジばかりで、みんなに迷惑をかけてる! でも、だからって……間違えないように人間をプログラムしちゃうなんて、そんなの、生きてるって言えないじゃないですか!」

 

ピーターは叫びながら、一歩も引かずにカケルの青い瞳を真っ直ぐに見つめた。

「カケルさんだって、本当は分かってるはずだ! システムが完璧なら、どうして僕たちを……アベンジャーズを、傷つけずに無力化しようとしたんですか!? 本当にただのバグデータとして削除(デリート)するなら、さっきの相殺の瞬間、僕たちの肉体ごと、その神様の雷で塵にすればよかったはずだ! それをしなかったのは、カケルさんの中に……僕たちを生かしたいっていう、数式にはならない『感情(エラーログ)』があるからじゃないんですか!?」

 

カケルの動きが、完全に静止した。

 

スティーブが、盾を支えに苦しげに息を吐きながら、ピーターの言葉を引き継ぐようにカケルを見据えた。

「カケル。君がサノスの脅威を恐れ、二度とあのような悲劇を繰り返したくないと願う気持ちは、決して冷徹な計算だけから生まれたものじゃないはずだ。それは君の『人間としての恐怖』であり、世界を救いたいという『願い』だ。君自身が、システムが最も排除しようとする『不条理な感情』というバグの塊なんだよ。自分自身の人間性まで、コードの中に閉じ込めるつもりか?」

 

硬直コードを流し込まれたままのトニーが、歯を食いしばり、血塗れの顔で不敵に、だが静かに笑った。

「サイトウ、仕様書ってのはな、現場のフィードバックを受けて常にアップデートされるもんだ。完璧なコードなんて存在しない。お前がどれだけ異次元の天才だろうが、人間の『不完全さ』というモジュールを切り離したシステムは、いずれ内側から腐ってクラッシュする。俺たちのエラーログを認めろ。それをデバッグしながら進むのが、俺たちエンジニアの、人間の本当の歩き方だ」

 

『ソロモンの知恵』の残余プロセスが、彼らの放った言葉を瞬時にスキャンし、言語解析を行う。だが、その完璧な超知性をもってしても、ピーターの瞳に宿る「不条理なまでの信頼」や、トニーとスティーブの「不完全さを肯定する意志」という生体ログの矛盾を、論理的に処理することができなかった。

 

(感情、だと? 私にそんな非効率なメモリの無駄遣いがあるはずがない。私はただ、希少なサンプルデータを損失させるのがコストに繋がるから、生体フリーズを選択したに過ぎん……)

 

カケルは脳内でそう反論を記述しようとした。しかし、前世から引き継いだ冷徹な思想の核が、静かにきしむような音を立てた。

 

『ジェイルオルタナティブ(すべての事物は代替が可能である)』。

アベンジャーズが消えれば、世界はまた別のヒーローを代替品として用意する。だから、彼らを特別視する必要はない。

 

だが、今この瞬間に自分を遮っているピーターの涙や、トニーの視線は、システムが用意した「記号」としては、あまりにも熱量が過負荷(バースト)をインジェクションしていた。彼らの存在そのものが、代替不可能な「個の奇跡」として、カケルのロジックを内側から侵食していたのだ。

 

「……フン」

カケルの薄い唇が、小さく自嘲気味に歪んだ。

 

「仕様変更(プランB)だ」

 

カケルが静かに呟くと同時に、コンソールの起動ライトが、不気味な真紅から、穏やかなイージス・ブルーへと切り替わった。地球をマルチバースから永久に隔離するはずだった「時空ファイアウォール」のプログラムが、完全にアンインストール(破棄)されていく。

 

それと同時に、トニーを縛っていたルートロックも完全解除された。

 

「……何をする気だ、サイトウ」

トニーが解放された身体をさすりながら、困惑と警戒の入り混じった声を出す。

 

カケルは白衣のポケットに両手を戻し、冷淡な視線をアベンジャーズ一同へと向けた。

「お前たちのクソみたいなセンチメンタリズム(エラーログ)を完全に排除した結果、システム(世界)に深刻な『排斥運動』の負荷がかかることが判明した。パーカーの言う通り、人間からエラーを起こす自由を奪えば、それは人間というオブジェクトの定義そのものを書き換えることになる。開発者として、元の仕様を損なうような強引なパッチ当ては、私の美意識が許さん」

 

カケルはコンソールから完全に背を向け、アベンジャーズの面々を見据えた。

「地球完全隔離計画(絶対管理)は撤回(ロールバック)する。ファイアウォールは引っ込め、地球の『自由度(パーミッション)』は現状を維持してやる。お前たちはこれからも、間違え、傷つき、泥をすすりながら、自由という名のバグを楽しめばいい」

 

「カケル……君は……」スティーブが驚きに目を見開く。

 

「ただし」カケルはトニーを指差した。「お前たちの傲慢な『個の奇跡』に、この世界(サーバー)のすべてを委ねるつもりはない。イージスはこれからも世界最強の防衛システムとして機能し続け、お前たちが引き起こす大惨事を、常に最前線で自動デバッグしてやる。私という『最高管理者』の監視の目が、常に上空からお前たちを睨んでいることを忘れるな」

 

それは、冷酷な管理者の妥協であり、天才エンジニアとしての、人間に対する最大の「譲歩」だった。

 

「ハッ……最初からそう言えばいいんだよ、このへそ曲がりの天才児め」

トニーは安どのはぁと溜息を漏らし、口元に不敵な笑みを戻した。

 

「ありがとうございました、カケルさん!」

ピーターが満面の笑みで駆け寄ろうとしたが、カケルは「近寄るな、データのノイズになる」と冷たくあしらい、背を向けた。

 

「さあ、デバッグ(復興)の時間だ。ドックの隔壁を壊した分の修理費は、全額スターク・インダストリーズに請求(インボイス)しておく。……速やかに私のラボから退去しろ」

 

アベンジャーズの崩壊を未然に防ぎ、神の力を以てしてもなお「人間のエンジニア」として世界と対峙することを選んだ黎明駆。

完璧な世界の天井は取り払われたが、地球の裏側には、神をもハッキングする最強のシステムが、今日も冷徹に、復興の光の中で牙を研ぎ澄ませていた。

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