MCU転生チート主人公の思考実験   作:鳥ささみ

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第14話

 

1:異分子の自動検知(インジェクション・アラート)

 

アベンジャーズとの激闘が「仕様変更(プランB)」という形で幕を閉じてから、わずか数時間後。ヘブンズ・ゲート・ドックのメインコンソールは、かつてないほどの赤色警告(クリティカル・アラート)に染まっていた。

 

「警告。ニューヨーク上空および市内3箇所に、時空局所収縮(ワームホール)を検知。未知のパケットデータが現実世界(サーバー)にインジェクションされています」

 

イージスの自律AIの報告を聞きながら、カケルは既に白衣の袖をまくり上げ、モニターに表示される波形を鋭い凝視で解析していた。隣では、アーマーの再起動を終えたトニー・スタークが、ホログラムの数式を操作しながらホイッスルを鳴らす。

 

「おいおい、サイトウ。ファイアウォールを引っ込めた途端、宇宙のバックノズル(引き算の理)は容赦ねえな。このエネルギー波形……5年前に俺たちがタイムトラベルで過去からストーンの波動を『リモート・コピー』した時に開いた、時空のバックドア(脆弱性)が完全に逆流してやがる」

 

「想定内だ、スターク」カケルはキーボードを叩く手を止めない。「バックノズルはこの地球(MCU)の『誰も死なず、すべてが最適化された幸福』を宇宙のバグと判定した。だから、システムの均衡を保つために、マルチバースの全ログから『最も過酷な絶望のデータ』をこの世界に強制転送(ダウンロード)し始めたのさ。……そして、その同期の媒介(アンカー)に使われたのが――」

 

カケルが画面をフリックすると、1人の少年の生体コードが拡大された。

「――パーカー。お前の固有オブジェクトIDだ」

 

「えっ!? 僕ですか!?」コンソールを覗き込んでいたピーター・パーカーが飛び上がる。「僕、何もやらかしてないですよ!? 今回はちゃんと大人しく、MJとデートの約束について考えてただけです!」

 

「お前が幸福だからだ、パーカー」カケルは冷酷に言った。「お前がトニー・スタークという最大の後見人に守られ、何一つ失わずに生きているという『最大出力のプラスデータ』そのものが、宇宙システムにとっての歪みなんだ。バックノズルは、お前という概念を磁石にして、別世界の『すべてを失ったスパイダーマンの因果』を引き寄せている」

 

その言葉を裏付けるように、メインモニターにニューヨーク市内のライブ映像が映し出された。

 

マンハッタンの高架橋付近。空間がバリバリと静電気のようなノイズを立てて裂け、そこから巨大な4本の金属触手を背中に生やした男――ドック・オク(オットー・オクタビアス)が這い出てくる。

さらに、タイムズスクエアの配電盤からは青白い電撃を放つ電気人間(エレクトロ)が、そして空中からは不気味な高笑いと共に、緑色の装甲を纏った怪人(グリーン・ゴブリン)がグライダーで飛来した。

 

「なんだここは……!? スパイダーマンはどこだ!」

オクタビアスが金属触手を激しく振り回し、周囲のコンクリートを破壊しようとする。原作の世界線であれば、ここでピーターが肉体一つで飛び込み、大惨事の市街戦が始まるところだった。

 

しかし、この世界は黎明駆の「イージス・システム」によって統治されている。

 

『未登録の異分子(不正オブジェクト)を検知。安全プロトコル、フェーズ4を実行します』

 

彼らが現れてから、わずか「3秒後」だった。

上空で待機していたイージスの無人迎撃ドローン連隊(アイアン・レギオン改)の一個大隊が、音速を超えて現場に急行。一糸乱れぬ戦術フォーメーションを展開する。

 

「な、なんだこの機械人形どもは! 邪魔をするな!」

オクタビアスが触手をドローンに叩きつけようとするが、カケルが事前に組んだ防衛アルゴリズムは、その挙動を完璧に先読みしていた。ドローンから放たれた強力な指向性電磁パルス(EMP)が触手の駆動モーターに直撃。さらにナノマシンを含んだ液体金属が触手の関節部にまとわりつき、その物理的駆動を完全にロック(フリーズ)した。

 

「バカな、私の触手が……システムを乗っ取られているのか!?」

 

同時に、タイムズスクエアで暴れるエレクトロ(マックス・ディロン)に対しては、イージスが誇る「超伝導高容量バッテリードローン」が展開。マックスが放つ数億ボルトの電撃は、都市を破壊することなく、ドローンの特殊アース壁によって100%「ただのクリーンエネルギー」として急速充電され、彼のエネルギー源そのものが枯渇していく。

 

空中を飛び回るグリーン・ゴブリン(ノーマン・オズボーン)のグライダーにいたっては、イージスの空間監視衛星からのピンポイント・重力波照射によって推力を強制制御され、そのまま地上へソフトランディングさせられた。

 

一切の市民への被害を出さず、ヴィランたちは出現からわずか数分で、イージスの特殊拘束フィールド「ハイパー・プリズン」の檻へと自動隔離(ホールド)された。

 

「……呆気ないな」マーク85のマスク越しに、トニーが肩をすくめる。「映画なら、ここで映画館の観客がハラハラする大惨事になるところだぞ、サイトウ」

 

「市街地での泥仕合など、開発者(エンジニア)のプライドが許さん」

カケルはシャザムとしての神の力を誇示することすらなく、ただの指先のタイピングだけでマルチバースの脅威を無力化してみせた。

「さあ、バグデータはすべてケージの中に集まった。デバッグ(解析)の時間だ」

 

2:死の運命の解析(ソースコード・デコード)

 

イージス本社の地下に直結された隔離セクター「ハイパー・プリズン」。

強固な量子レーザーの障壁に囲まれた檻の中に、別世界から引き寄せられたヴィランたちが閉じ込められていた。

 

「ここから出せ! 俺を誰だと思っている!」

ノーマン・オズボーンが檻を叩き、狂気を孕んだ目で叫ぶ。オットー・オクタビアスは、完全に機能を停止してダラリと垂れ下がった4本の触手を苦々しく見つめ、マックス・ディロンは身体から電力を吸い取られ続けて床に座り込んでいた。

 

カケル、トニー、そしてピーターの3人は、防護ガラスの向こう側から彼らを冷徹にスキャンしていた。ホログラムスクリーンには、彼らの肉体、精神、そして彼らが属していた「世界線のタイムライン」の全ログがスクロールしていく。

 

「……信じられない」ピーターが画面を見て息を呑む。「この人たち、僕の知ってるニューヨークの科学者や、ニュースで見たことのある有名人に似てるけど……全然違う歴史を歩んでる」

 

「当然だ。別サーバーのデータだからな」カケルはアゴを突き出し、スキャン結果の最も不気味に発光している『赤色の一行』を指差した。

「スターク、これを見ろ。バックノズルが送り込んできたこのデータ……タイムラインのタイムスタンプが、すべて彼らの元の世界における『死亡の瞬間』のコンマ数秒前で停止(フリーズ)している」

 

トニーの表情から不敵な笑みが消え、エンジニアの真剣な瞳になった。

「なるほどな……。ゴブリンは自分のグライダーに突き刺さる直前、ドック・オクは川の底に沈む直前、エレクトロは過負荷で爆発する直前か。つまり宇宙のバックノズルは、彼らをただ転送したんじゃない。それぞれの世界線で『スパイダーマンに敗北して死ぬ運命(確定演出)』が決まった瞬間のデータを引っこ抜いて、この世界にインジェクションしたわけだ」

 

「ということは……」ピーターが震える声でカケルを見つめた。「彼らを元の世界に戻したら、彼らはその瞬間に……死んじゃうんですか?」

 

「システムログの通りにいけばな」カケルは淡々と言った。「彼らが元の座標に戻った瞬間、保留されていた『死亡関数』が実行される。結果として彼らは塵になる。宇宙の自動均衡関数としては、地球に負のエネルギーを叩きつけた後、用済みになったデータをゴミ箱(ごみ箱)に捨てるだけの、極めて合理的な処理だ」

 

「そんなのダメです!」ピーターが声を大にして叫んだ。

「助けられるのに、死ぬって分かっている場所に送り返すなんて、そんなのヒーローじゃないです! カケルさん、トニーさん、彼らを助ける方法はないんですか!?」

 

原作の世界線であれば、ここで「それが運命だ」とするドクター・ストレンジと、ピーターとの間で、魔術のボックスを巡る内戦(シビル・ウォー)が勃発していた。ストレンジは宇宙の秩序を守るため、彼らを死なせる送還を強行しようとしたからだ。

 

だが、この世界にいるのは、魔術の規則に縛られた魔術師ではない。

宇宙のOSすら書き換えた、傲慢で、無敵の二大天才エンジニアだ。

 

トニー・スタークがニヤリと笑い、ピーターの肩を叩いた。

「泣くな。お前は忘れたのか? お前の目の前にいるのが誰かを。過去の運命? 宇宙の確定演出? そんなの、俺たちの最新技術で上書きアップデート(仕様変更)して書き換えちまえばいいだけの話だ」

 

カケルもまた、白衣のポケットから手を出し、コンソールの画面を乱暴に書き換えた。

「彼らをそのまま死なせるのは、希少な固有データの無駄な損失だ。エンジニアとして、そんな非効率なゴミ出し(ガベージコレクション)は認めん。彼らの精神異常、および肉体的欠陥(バグ)を修復するパッチコード(治療デバイス)をビルドする。元いた世界線のプログラムごと、彼らの運命を書き換えて送り返してやる」

 

「カケルさん……トニーさん!」ピーターの目に、今度は希望の涙が浮かんだ。

 

「作業開始だ、スターク」カケルは冷たく、だが確かな熱を孕んだ声で命じた。

「我がイージスの量子3Dプリンターを全稼働させる。マルチバースの歴史をひっくり返す、史上最大の『運命修正パッチ』の開発を始めるぞ」

 

3:超弩級デバッグ・ビルド(マルチバース・パッチング)

 

「量子3Dプリンター、第1から第8チャンバーまで全基完全同期。マテリアル・コンポーズ、供給率100%を維持。これより、マルチバース固有オブジェクト専用の『運命修正パッチ』の肉体的・精神的ビルド(製造)を開始する」

 

イージス本社の地下最深部に位置する開発ブロック「コード・ラボ」。

そこは、通常の工場の概念を遥かに超越した、数理物理学の実験場であった。数千ものホログラム・アレイが明滅し、空間そのものを演算素子として利用する量子コンピューターが、不気味なほど静かに、だが凄まじい熱量を放ちながら駆動している。

 

カケルはシャザムの真紅の衣を脱ぎ捨て、再びいつものヨレた白衣に袖を通していた。だが、その両眼に宿る輝きは、先ほどアベンジャーズを赤子のようにあしらった時の神のそれと何ら変わりはなかった。むしろ、物理法則の限界に挑むエンジニアとしての純粋な狂気が、その瞳の奥で青白く燃え盛っている。

 

「スターク、お前はオクタビアスの『抑制チップ』の物理構造をスキャンしろ。パーカー、お前はボーッとするな。お前の世界の遺伝子データベースから、オズボーンの肉体を蝕んでいる『緑色特殊血清』の反転塩基配列(アンチ・コード)を検索(ソート)しろ」

 

「あ、はい! 了解です!」

ピーター(MCU)は慌ててホログラム・キーボードの前に飛び込み、必死に指を動かし始めた。

「カケルさん、でも本当にできるんですか……? 相手は別世界の、僕たちが一度も見たこともないテクノロジーや魔法みたいな生体変化を起こしてるんですよ?」

 

「パーカー。私とスタークの頭脳を何だと思っている」

カケルはキーボードを爆速で叩きながら、冷淡に、しかし絶対的な確信を込めて言い放った。

「科学であれ魔法であれ、この現実に発現している以上、それは特定の数理モデル(アルゴリズム)に従ってエネルギーを出力しているに過ぎない。バグの原因が分かれば、それを相殺する逆関数(パッチ)を記述するのは基本中の基本だ。お前の世界のスパイダーマンは、自宅の狭いキッチンで怪しげな化学物質を混ぜ合わせて治療薬を作ろうとしたらしいが、そんな非効率な泥臭い真似、私のラボでは1秒たりとも許さん」

 

「キッチンって……そんな原始的な作り方、僕でもやらないですよ!」ピーターが苦笑する。

 

「いや、やりかねん世界線もあったのさ」

トニー・スタークがマーク85のガントレットを外し、作業用の特殊グラスを装着しながら会話に割り込んできた。トニーの目の前には、オットー・オクタビアスの背中に直結されている4本の金属触手の3D透過モデルが浮かび上がっている。

 

「……なるほど、こいつは美しいな」トニーは感嘆の溜息を漏らした。「人工知能を搭載した高密度アクチュエーター。だが、設計が古い。脳への負荷を和らげるためのナノ回路(抑制チップ)が、高熱のエネルギー波で焼き切れてやがる。これじゃあ、アームのAIが吐き出すノイズログ(悪意)が、オクタビアス本人の脳のメインプロセス(正気)を直接ハッキングして、システムを乗っ取るわけだ」

 

「修復可能か、スターク」カケルが画面を見ずに尋ねる。

 

「舐めるなよ、誰に聞いてる。俺のナノテクノロジー(アーク・リアクター・リパルス)の応用だ。旧式の抑制チップを取り替えるんじゃない。オクタビアスの小脳の神経パルスに直接アクセスし、アームのAIの優先権(プライオリティ)を『強制書き換え(オーバーライド)』するマイクロ・パッチ・デバイスをビルドする。ものの5分で、アームはただの『お利口な作業用ロボット』にロールバックするさ」

 

トニーの指先がホログラムを踊るように操作すると、量子3Dプリンターの第2チャンバーから、眩い黄金色の輝きを放つナノチップが超高精度で形成され始めた。

 

「次はオズボーンだ」

カケルがモニターの画面を切り替えると、そこにはノーマン・オズボーンのド迫力の遺伝子二重らせん構造が、禍々しい緑色のエフェクトを伴って回転していた。

 

「これはひどいな。不完全な身体強化血清が、彼の脳の精神防壁(セキュリティ・ウォール)を完全に破壊している。ひとつの肉体に『ノーマン』という基本OSと、『グリーン・ゴブリン』という凶悪なルートキット(人格破壊バグ)が同居し、管理権限を奪い合っている状態だ。そして現在のメインプロセスはゴブリンに占有されている」

 

「治せるんですか、カケルさん……?」ピーターが心配そうに覗き込む。

 

「血清の分子構造を『逆アセンブル』した。ゴブリンの人格を形成している異常ニューロンの結合を、選択的に切断・中和する生体パッチ(抗血清)の化学式は、すでに12秒前に完成している。第4チャンバー、出力(デプロイ)を開始しろ」

 

シュゥゥゥ……と音を立てて、カケルの指示通りに透明な液体がカプセルに満たされていく。それは、別世界のスパイダーマンたちが命をかけても届かなかった、「ヴィランたちの救済(デバッグ)」という名の奇跡の弾丸だった。

 

「最後はディロン(エレクトロ)か」トニーが画面をスクロールする。

「純粋なエネルギー体への変質。肉体の電子化。これは生体としては完全なメモリリーク(制御不能な肥大化)状態だ。このままだと彼は全エネルギーを吸収し尽くして、最後は過負荷(バースト)して消滅する運命にある」

 

「それについては、先ほどタイムズスクエアで我がイージスのドローンが吸収した彼の余剰電力を解析済みだ」

カケルは引き出しから、鈍い銀色に光る小型のチェスト・ハーネスのようなデバイスを取り出した。

「『量子エネルギー収束グリッド』。彼の肉体から無秩序に漏れ出す電子パケットを、このグリッドによって一定のシークエンスに強制整流する。これを装着した瞬間、彼はただの『電気を少し扱える普通の人間の肉体』に再コンパイルされる」

 

「完璧だ」トニーが口笛を吹く。「原作(本来の歴史)のストレンジが見たら、あまりの効率の良さに魔術の呪文を忘れるレベルのスピード開発だな」

 

「当然だ、これは『作業』ではなく『デバッグ』だからな。……よし、全ての修正パッチ(治療デバイス)のビルドが完了した。パーカー、これを持て。今から地下のケージ(ハイパー・プリズン)へ向かい、バグまみれの彼らを強制アップデートする」

 

カケルは白衣のポケットにデバイスを放り込み、冷然とした足取りで歩き始めた。

 

4:最初のアップデート(エラーログの消去)

 

イージス本社の地下深く、量子レーザーの青い障壁に囲まれた隔離セクター。

そこには、自分たちの身に何が起きているのかを理解できず、苛立ちと恐怖を募らせるマルチバースの怪人たちがいた。

 

「おい、ここを開けろ! 俺はオットー・オクタビアス教授だ! この触手(アーム)の機能を止めるとは何事だ!」

オクタビアスは、壁に寄りかかったままピクリとも動かない4本の巨大なアームを必死に動かそうと息を荒げていた。アームの人工知能が彼の脳にささやく「すべてを破壊しろ」という幻聴が途切れ、彼は極度の禁断症状のような混乱に陥っていた。

 

そこへ、強固なセキュリティの扉がスライドし、カケル、トニー、ピーターの3人が入ってきた。

 

「静かにしろ、老人」カケルはガラス越しに冷たい視線を投げかけた。「お前のその騒がしいバックパック(アーム)を静かにさせてやる。スターク、実行(ラン)しろ」

 

「了解、ボス」

トニーが手元の端末をタップすると、オクタビアスの背後の檻の天井から、精密なイージス・ナノアームが伸び、彼の首の後ろのベースパーツへと正確にアプローチした。

 

「な、何をする! やめろ!」オクタビアスが暴れようとするが、ナノアームの動きは電光石火だった。

カチリ、と小さな電子音が響き、トニーが開発した黄金のナノチップが首の後ろの基盤へインジェクション(挿入)される。

 

次の瞬間、オクタビアスの身体が激しく硬直した。彼の目が大きく見開かれ、瞳孔が急速に収縮していく。

「あ……あ、ああ……!」

 

彼の頭の中で、長年鳴り響いていた「アームたちの邪悪な大合唱(ノイズログ)」が、まるで電源を落とされたかのように一瞬で完全な静寂へと変わった。

ダラリと力なく床に垂れ下がっていた4本の触手が、今度は滑らかに、まるで本物の自分の手足のように優しく、オクタビアスの身体を支えるように動き始めた。アームの先端の爪が、主人の意思を汲み取るように、そっと床を撫でる。

 

「……静かだ」

オクタビアスは、自分の両手を見つめ、それから背後のアームたちを見上げ、ポロポロと涙を流し始めた。

「私の頭の中が……こんなに静かなのは、あの実験の事故以来、初めてだ……。アームの声を、私が『支配』している……? いや、彼らが私の言うことを、聞いている……?」

 

「アップデート完了だ、オクタビアス教授」トニーが防護ガラス越しに優しく微笑んだ。「ナノ回路がアームのAIの優先権をお前に書き換えた。もうそいつらにお前の正気をハッキングされる心配はない。お前は、お前自身のままでいられる」

 

「ありがとう……君たちは、一体……」

正気を取り戻した偉大な科学者は、その場にへたり込み、安堵の溜息を漏らした。

 

「次だ」

カケルの視線は、隣の檻で膝を抱えてブツブツと呟いている男、マックス・ディロン(エレクトロ)へと向けられた。彼の全身は未だに青白い電撃のスパークで不安定に揺らめいており、この世界の空気(窒素や酸素)と触れるたびに、パチパチと不快なノイズを撒き散らしている。

 

「おい、そこの光る電球」カケルは防護ガラスのインターホン越しに呼びかけた。

「お前は、自分が特別な存在(エネルギー)になったと勘違いしているようだが、私の目から見れば、ただの『制御を失って液漏れしている出来の悪いバッテリー』だ。これ以上エネルギーの浪費(メモリリーク)を続けるなら、ここで完全放電させて塵にしてやってもいいんだぞ」

 

「なんだと……!? 俺をコケにするな! 俺は電気だ! 神なんだよ!」

マックスが激昂し、青い電撃の奔流をガラスに叩きつける。しかし、イージスの特殊量子ガラスはそのエネルギーを瞬時に吸収し、ビクともしない。

 

「パーカー、デバイスをインジェクションしろ」

 

「はい!」

ピーターが檻の投入口から、先ほどカケルがビルドした『量子エネルギー収束グリッド』を滑り込ませた。それは、胸部に装着するタイプの精緻なチェスト・プレートだった。

 

「マックス、それを胸につけて! 君を助けたいんだ!」ピーターが叫ぶ。

 

「助けるだと……? お前らも、俺をまた元の『誰からも見向きもされない日陰者』に戻す気だろう!」

マックスは拒絶しようとしたが、カケルは容赦なく手元のコンソールの「強制装着プロトコル」のボタンを押した。

檻の床から磁気ギミックが起動し、マックスの肉体を一瞬だけ固定。その隙に、チェスト・プレートが自動的に彼のアーク状の肉体へと飛び込み、胸部へと完璧にロックされた。

 

カチリ!

 

「が、あ、あああああ!?」

マックスが絶叫する。彼の身体から放射されていた、制御不能な青い電撃のパケットが、チェスト・プレートの中心にある量子コアへと猛烈な勢いで吸い込まれていく。

溢れかえっていたエネルギーが完全に整流され、数式通りの一定サイクルへと収束していく。

 

電撃の眩い光が収まったとき、そこにいたのは、青い光の怪物ではなかった。

縮れ毛の、少し気弱そうな、ごく普通の「人間の皮膚と肉体」を持った一人の黒人男性が、自分の両手を見つめて呆然と立ち尽くしていた。

 

「……あ? 俺の、身体が……戻った?」

マックスは自分の顔を触り、温かい人間の体温があることに驚愕していた。

「電気が……暴走してない。俺の中に、ちゃんと、大人しく収まってる……。消えそうだったあの恐怖が、ないんだ……」

 

「お前の肉体の電子データを、人間の仕様(デフォルト)に再コンパイルした」カケルは淡々と言った。「二度と過負荷(バースト)で死ぬことはない。お前のデバッグも、これで終了だ」

 

二人のヴィランが、カケルとトニーの圧倒的な超科学によって、何の手間も怪我もなく、一瞬で「救済」された。それは、本来のマルチバースの歴史であれば、自由の女神像を破壊するほどの死闘の末にようやく成し遂げられるはずの、気の遠くなるような偉業だった。

 

だが、カケルの表情は一切緩まない。彼の青い瞳は、最後の檻――最も深い闇を抱えた、あの男の檻へと向けられていた。

 

5:最悪のバグとの対峙(グリーン・ゴブリンの咆哮)

 

最後の隔離ケージ。そこには、緑色の装甲を身に纏ったまま、頭を抱えて低く笑い続けている男――ノーマン・オズボーンがいた。

 

彼の中に潜む『グリーン・ゴブリン』という人格(ルートキット)は、これまでのオクタビアスやマックスの救済劇を冷や冷やとした目で見つめていた。そして、カケルが自分の檻の前に立った瞬間、ノーマンはゆっくりと顔を上げた。その瞳には、血走った狂気と、この世のすべてを嘲笑う悪意が満ち満ちていた。

 

「ヒッ、ヒヒヒ……素晴らしいね。実に素晴らしいテクノロジーだ、黎明駆(カケル・レイメイ)。そしてトニー・スターク。君たちは神の真似事をしている。バグを直す(デバッグする)だって? 笑わせるな」

 

ゴブリンはガラスにゆっくりと近づき、その不気味な顔を押し付けた。

「お前たちがやっているのは、人間の『本性』を去勢しているだけだ! この強さ、この破壊衝動こそが、進化の正解データなのだよ! それを元の脆くて、哀れで、泣き喚くだけの『ノーマン』という出来損ないのゴミ箱に戻そうだなんて……思い上がるなよ、傲慢な子供たちが!」

 

「うるさいな、バグテキストが」

カケルは表情一つ変えず、ポケットから透明なカプセルに入った『生体抗血清(アンチ・コード)』の注射デバイスを取り出した。

「お前は自分の狂気を『進化』と呼んで自己正当化しているが、システムエンジニアの視点から言わせてもらえば、お前はただの『メモリを異常占有してシステムをハッキングしている有害なウイルス』だ。ウイルスがどれだけ大声を張り上げようが、アンチウイルスソフト(私)に削除(デリート)されるのが世界の仕様(ルール)だ」

 

「削除できるかな!?」ゴブリンが突然、ガラスを激しく叩いて咆哮した。

「俺を消せば、このノーマンの肉体もただでは済まないぞ! 宇宙のバックノズルがお前たちを狙っている! お前たちがどれだけこの世界を『完璧』に塗り替えようとしても、外からはもっと大きな絶望が、もっと多くの死が、お前たちのその生意気な顔を引き千切るためにやってくるんだ! スパイダーマン! お前もだ! お前が幸せでいる限り、お前の周りの人間は全員、お前のせいで死ぬんだよ!!」

 

「僕の……せいで……?」

ピーター(MCU)が、ゴブリンの凄まじい精神的プレッシャーに一瞬、怯んで一歩後退した。その脳裏に、もしカケルさんやトニーさんがいなかったら、自分もこの怪人にメイおばさんを殺されていたかもしれないという、最悪のイマジネーション(別世界のログ)が過ったからだ。

 

「パーカー、下がるな」

カケルの冷徹な声が、ピーターの恐怖の思考を強引に遮断した。

「ウイルス(ゴブリン)の常套手段だ。セキュリティの脆弱性を突けないと分かると、今度はユーザーの精神(メンタル)をハッキングしてシステムを内部から崩壊させようとする。ソーシャル・エンジニアリングの基本だな。……そんな低レベルな脅迫(スクリプト)に耳を貸すな」

 

カケルは檻のハッチを開け、迷いのない足取りでノーマン・オズボーンの目の前へと歩み進んだ。

 

「来いよ、天才の坊や! 俺の首を引き千切ってみせろ!」

ゴブリンが超人的な筋力でカケルに飛びかかろうとする。そのスピードと破壊力は、常人であれば一瞬で肉塊に変えられるほどのものだった。

 

だが、カケルは避けることすらしない。彼は再び、その唇を小さく動かした。

 

「――**『シャザム(SHAZAM)』**」

 

**――落雷(システム・インジェクション)。**

 

地下セクターの防壁を完全に無視して、本日二度目の、純白の絶対量子エネルギーの雷霆がカケルの肉体へと垂直にドロップ(インジェクション)された。

ドック全体が激しく揺れ、眩い光の奔流がゴブリンの視界を完全にホワイトアウト(目潰し)する。

 

「ぎ、あああ!? なんだこの光はァ!?」

ゴブリンが腕で顔を覆って絶叫する。光が収まったとき、彼の目の前に立っていたのは、白衣の若造ではなかった。

胸の黄金のエンブレムを神々しく輝かせ、真紅のコスチュームに身を包んだ、絶対的な理性の神――『シャザム』となった黎明駆だった。

 

「お前は、自分が『強者』だと勘違いしているようだが」

カケル(シャザム)は、『ヘラクレスの剛力』を宿した右手を静かに伸ばし、ゴブリンが反応するよりも早い『マーキュリーの神速』で、その首根っこをガシリと掴み取った。

 

「が、はっ……あ、物理、力が……なんだこれは……!?」

ゴブリンの超人的な力が、カケルの指先の僅かな握力だけで完全に無効化(フリーズ)される。どれだけ暴れようとしても、地球の引力そのものに押し潰されているかのように、指一本動かすことができない。圧倒的な、次元の違う「質量」の差。

 

「お前のその矮小な狂気など、宇宙OSの根源たる『シャザム』の数理エネルギーの前では、ただの一行のエラーログ(誤字)にも満たない」

 

カケルは冷酷な青い瞳でゴブリンを見下ろしながら、左手に持った生体パッチ(アンチ・コード)のシリンジを、ゴブリンの首の頸動脈へと正確に突き刺した。

 

シュゥゥゥ……。

 

「あ……が、あああああああ!!!」

ゴブリンが、今までにない絶叫を上げた。

彼の脳内で暴れ回っていた緑色の血清の悪意あるナノ塩基配列が、カケルの開発したアンチ・コードによって、凄まじい速度で「中和・消去(デリート)」されていく。人格破壊ウイルスのコードが、一行残らず上書きされていく。

 

ゴブリンの目に宿っていた狂気の緑色の光が、急速に色褪せていった。

やがて、彼の身体から力が抜け、カケルが手を離すと、彼は床に崩れ落ちた。

 

「……あ……あ、あ……」

衣服はゴブリンのままだが、その顔つきは、完全に憑き物が落ちた「老いた一人の実業家」のものに戻っていた。ノーマン・オズボーンは、激しく息を荒げながら、自分の震える手を見つめた。

 

「私は……私は一体、何を……。そうだ、オズコープの実験で……私は、恐ろしい怪物を、自分の中に……」

ノーマンは涙を流し、自分の犯してきた罪の記憶(ログ)の重さに耐えかねるように頭を抱えた。「すまない……すまない、私は、私はなんてことを……」

 

「ノーマン・オズボーン」

カケルの胸のエンブレムの輝きが収まり、再び白衣の青年へとロールバックする。彼はポケットに手を戻し、冷淡に告げた。

「お前の中のバグ(ゴブリン)は、完全に駆除(アンインストール)した。お前はもう、ただのノーマン・オズボーンだ。自分の犯したバグの全ログを背負い、元の世界でエンジニアとして再起(リブート)しろ」

 

こうして、マルチバースから襲来した最強最悪の3大ヴィランは、市街地を傷つけることも、誰の命を奪うこともなく、黎明駆の圧倒的な「ハッキング&デバッグ」によって、完全なる救済(アップデート)を完了した。

 

「……信じられない」ピーター(MCU)は、完全に正気を取り戻した3人の大人たちを見つめ、震える声で呟いた。「本当に……みんな、助かったんだ。誰も死なさずに、終わったんだ……」

 

「終わってねえよ、パーカー」トニーがコンソールを指差した。「バグの親玉を駆除した途端、メインシステムが次の『例外処理(エラーハンドリング)』を始めたぞ。……これを見ろ」

 

メインモニターのホログラムが、激しく明滅し始めた。

ヴィランという「負のデータ」が正常化(デバッグ)されたことにより、マルチバースの因果律のネットワークが、さらに激しい同期(シンクロ)を開始したのだ。

 

「警告。ニューヨーク市内2箇所に、オブラートされた同一オブジェクトIDを検知。……これは、パーカー、お前の生体コードと『99.8%一致』する未知のエンティティだ」

 

「え……? 僕と同じコードが、あと2つ……?」ピーターが目を見開く。

 

カケルはフッと口元を歪め、不敵な笑みを浮かべた。

「宇宙のバックノズルめ、ヴィランというバグが消去された例外処理として、同一のアンカー(ピーター・パーカー)を持つ『別世界の抗体プログラム』をこの世界にサルベージ(座礁)させたか。……お前たちの出番だ、先輩スパイダーマン諸君」

 

6:三人のスパイダーマン(抗体プログラムの座礁)

 

その頃、ニューヨークの静かな住宅街。そして、自由の女神像のふもとの倉庫街。

空間が歪み、二人の「異なるピーター・パーカー」が、それぞれの世界の記憶を抱えたまま、この見知らぬ見事な超秩序都市へと放り出されていた。

 

「……ここは、どこだ? 僕はさっきまで、自分の部屋で、MJのことを考えていたはずじゃ……」

 

一人は、少し年季の入った、落ち着いた雰囲気を纏ったピーター・パーカー(ピーター2 / トビー版)。彼は数々の孤独と喪失を乗り越え、自分の世界でスパイダーマンとしての運命を受け入れて生きてきた男だ。

 

もう一人は、長身で、どこか深い哀愁と焦燥感を瞳の奥に宿したピーター・パーカー(ピーター3 / アンドリュー版)。彼は最愛のグウェンを自分の手で救えなかったという、消えない「致命的なバグ(トラウマ)」を胸に抱え、自暴自棄な戦いを続けていた。

 

彼らが困惑しながら周囲を見上げると、上空から静かに、数機のイージス・ドローンが舞い降りてきた。

 

『未登録の同一生体コードを検知。……ピーター・パーカー(別世界線オブジェクト)と断定。安全な転送シークエンスを実行します。抵抗は無意味です。あなたの世界の開発者が、お待ちです』

 

「え? 開発者……? AIが喋ってるのか?」ピーター3が警戒してウェブ・シューターを構えようとする。

しかし、ドローンから照射されたのは、攻撃のためのレーザーではなく、温かい量子転送(テレポーテーション)の光だった。彼らが抵抗する間もなく、二人の身体は光の粒子へと分解され、イージス本社のヘブンズ・ゲート・ドックへと直接「サルベージ」された。

 

フラッシュを浴びたように、二人のピーターがドックの中央に実体化する。

 

「うわっとっと! なんだここは……」ピーター3が周囲を見回す。

「……未来の研究所、か?」ピーター2が冷静に周囲を観察する。

 

彼らの目の前には、この世界(MCU)のピーター・パーカーが、目を輝かせて立っていた。

 

「わあ……! 本当に、本当に僕だ! 別の世界の、僕なんだ!」

MCUピーターが嬉しそうに駆け寄る。

 

「え、君もピーター? ってことは、マルチバースが本当に……」ピーター3が驚き、自分の顔とMCUピーターの顔を見比べる。ピーター2もまた、優しく微笑みながら頷いた。「はじめまして、若き僕」

 

三人のスパイダーマンが、ついに一つの世界線に出会った。本来であれば、絶望的な運命と崩壊する世界の危機の中で行われるはずの邂逅。

 

しかし、その感動の対面を、コンソールの前からの足音が無慈悲に遮った。

 

「感動の同窓会(ログ同期)のところ悪いが、そこまでにしてもらおうか、パーカーズ」

 

白衣のポケットに手を突っ込んだ黎明駆が、トニー・スタークと共に歩み寄ってくる。二人の先輩ピーターは、カケルから放たれる、常人離れした圧倒的な「理性の威圧感(シャザムの残滓)」を感じ取り、本能的にスパイダーセンスをピリピリと震わせた。

 

「君は……?」ピーター2が尋ねる。

 

「黎明駆。この世界(サーバー)のシステム管理者(CEO)だ」

カケルは三人のピーターを見比べ、フッと鼻で笑った。

「宇宙のバックノズル(均衡の理)は、お前たちを『絶望の抗体』としてこの世界に送り込んできた。特にそっちのお前(ピーター3)、お前のデータはひどいな。最愛の人間(グウェン・ステイシー)を救えなかったという致命的なエラーログ(トラウマ)が、精神のソースコードをズタズタに引き裂いている」

 

「……何だって?」ピーター3の表情から光が消え、鋭い警戒の目がカケルに向けられた。「君に、僕の何が分かるんだ……! あの時のことは、君には関係ない!」

 

「関係大ありだ。我がサーバーにそんな暗いバグデータを居座らせておくわけにはいかない」

カケルは冷淡に言い放ち、手元のタブレットを操作した。

「お前たちがここに来た本当の理由は、お前たちの世界でやり残した『未処理の例外(心残り)』を解決するためだ。……スターク、マルチバース・ゲートの座標を固定しろ。これから、この三人のパーカーを引き連れて、彼らの元いた世界線の『過去のバグ』を直接デバッグしに行くぞ」

 

「おいおい、サイトウ、今度はマルチバースの出張デバッグ(現地修正)か?」トニーが楽しそうに笑う。「最高だな。アイアンマンとシャザムのコンビにかかれば、どんな過去の悲劇(バグ)だって、最新パッチでハッピーエンドに書き換えられるさ」

 

「え……? 過去を、書き換える……?」ピーター3が呆然とカケルを見つめる。

 

カケルは白衣のマントのようになびかせ、不敵に言い放った。

「スパイダーマンの運命は『喪失(バグ)』を伴わなければならないという、宇宙OSのクソみたいな初期仕様(確定演出)……そのすべてを、私の技術と神の力で、根底から『仕様変更(上書きアップデート)』してやる。行くぞ、パーカーズ。お前たちの絶望を、すべて完璧にデバッグしてやるからついて来い」

 

宇宙の自動デバッグ関数(バックノズル)に対する、黎明駆の「超弩級の逆ハッキング(運命改変)」が、今ここに幕を開けたのだった。

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