1
一九九三年。カケル・レイメイは、十三歳になっていた。
マサチューセッツ州の片隅、表向きは『レイメイ・メディカル』の先進医療研究所として登録されている地下施設。そこがカケルの真の主戦場であり、この世界という不条理なシステムを解体するための観測室だった。
中学生という、心身ともに不安定で、かつ「何者かになろうとする」年頃特有の湿り気を帯びた季節。だが、カケルにとってこの三年間は、世界の底を浚うような冷徹な作業の連続だった。
彼のフロント企業である『レイメイ・メディカル』は、医療ベンチャーとしての枠を完全に踏み越え、世界中にネットワークを張り巡らせる「神経系」へと進化していた。
カケルは、表向きは工科大学への聴講生として籍を置きつつ、裏では「タカシ・サイトウ」の権威を増大させ続けている。
今や、ネットの闇市場において『タカシ・サイトウ』という名は、あらゆる科学技術のボトルネックを解消する、実体なき神格として崇められていた。彼が提示するアルゴリズムや物理理論は、どれもこれもが「あと数十年先の未来」を先取りしたものであり、誰もその正体を知る者はいない。
「シールドも、ヒドラも。彼らは優秀だ。優秀すぎて、自分たちが『運命のレールの上』を走らされていることにすら気づいていない」
地下の秘密基地。
カケルは、巨大な三面モニターを見つめながら、ぬるくなったコーヒーを啜っていた。
十二歳の時に構築したセキュリティ網は、今や北米全域を覆う監視網へと拡大している。S.H.I.E.L.D.のエージェントたちは、今もなお、カケルがかつて見せた『ライトニング』という虚像の正体を追い求め、奔走している。
だが、彼らがどれほど必死にデータベースを漁ろうと、カケルという『本質』に辿り着くことはない。
彼らが追いかけているのは、カケルが意図的に配置した『偽の足跡』であり、彼らが自分たちで勝手に膨らませた『恐怖の物語』でしかないからだ。
「さあ、実験を始めようか」
カケルが目をつけたのは、組織の底に巣食う、組織そのものを内側から食い荒らす寄生虫――ヒドラだった。
彼らはシールド内部で独自の進化を遂げようと躍起になっている。カケルは、その彼らの「向上心」を逆手に取ることにした。
彼は、偽の匿名サーバーを介し、ヒドラの技術部門へ『ナノマシンによる生体神経の代替修復技術』の理論データを流した。
もちろん、それは一見すると完璧で、ヒドラが渇望する「人間を制御下に置くための最終兵器」のように見える。しかし、カケルの理論には、彼らの現在の技術体系と組み合わせた瞬間に、極めて遅効性の『バグ』が発動する仕掛けが施されている。
それは、五年後に必ず、彼らの開発するネットワークそのものをクラッシュさせる「ウイルス」だった。
「ジェイルオルタナティブ(代替可能性)。彼らヒドラというパーツが組織を代替しようと、シールドという組織が代替されようと、結末(バックノズル)は同じ場所に収束する。だが、その過程で彼らがどれほどの汗を流し、どれほどのリソースを費やし、最後に絶望するか……。それを観測することこそが、この物語において唯一、私に許された特権だ」
カケルは、暗黒街で『タカシ・サイトウ』として、ヒドラの幹部たちと交信を始めた。
そのやり取りは、あくまで冷徹で、事務的で、神のごとき高みからのアドバイスのように装う。
『君たちの理論は、四パーセントほど効率が悪い。この数式を代入しろ。そうすれば、夢見ていた神の支配網(ネットワーク)が完成するだろう』
送信ボタンを押す。
画面の向こうで、狂信的な科学者たちが、歓喜の声を上げる光景が目に浮かぶようだ。
カケルにとって、これは善悪の問題ではない。ただの配置換えだ。
盤面の駒を一つ動かせば、それに応じた結果が出る。ただそれだけの、単純な因果律の実験。
「誰が死んでも、誰が生き残っても、システム全体の総量は変わらない。ならば、そのプロセスを最も美しく歪ませる方法を選択すべきだ」
少年は冷たい瞳で、暗転していくログを眺めていた。十三歳の知性は、すでに地球上のいかなる国家機関をも玩具のように扱い始めていた。
2
一九九四年。カケルは十四歳になった。
「タカシ・サイトウ」の伝説は、もはや制御不能な領域へと達していた。
ネットの掲示板、暗号化されたチャットルーム、学術的な学会の裏口。どこに行っても、その名は「何でも知っている神」として語られていた。
カケルは、この「サイトウ」という人格を完全にAIへとアウトソースすることにした。
彼が自作した言語処理プログラムと、膨大な知識データベースを組み合わせ、タカシ・サイトウの「思考パターン」を学習させる。
これにより、カケル自身がキーボードを叩かなくとも、サイトウは自動的に世界中の闇の住人たちと商談し、ハッキングを行い、時に彼らの争いを煽り、時に技術を授けてコントロールするようになった。
「私は私自身を代替(ジェイル)したわけだ。私がベッドで眠っていても、タカシ・サイトウは電子の海で世界の歪みを加速させ続ける。これは実に合理的だ」
カケルは、自身の秘密研究所で、新たな実験に没頭していた。
それは、彼自身の「変身能力」に頼らない、科学的な「力の代替装置」の開発だった。
シャザムの変身は、あまりにも強大すぎる。
もし、彼が変身できなくなった時、あるいは変身というシステムそのものが外部からのノイズによって阻害された時、自分はどうなるのか。そのリスクを想定し、彼は「神の雷」のエネルギー波長を模倣する回路を、小型のデバイスへと収めようとしていた。
研究の過程で、彼は様々な高エネルギー物質を扱った。
この世界のあちこちに転がっている、いわゆる「超常的な遺物」の断片。S.H.I.E.L.D.が管理している未知のエネルギー残留物に似た、特殊な波形を持つ鉱物。
「エネルギーの保存則も、位相の概念も、すべてが私の知識と合致する。……いや、違う。この世界の物理は、私の前世の法則よりも、ずっと『物語』に近い」
カケルはふと、そんな直感を抱いた。
前世の科学は、現象を因果関係で説明した。しかし、この世界は、もっと「ドラマ」を優先する傾向がある。
すべての事象が、どこかで見えない脚本(プロット)に沿うように動いている。
(バックノズル……。すべての物語が同じ場所に帰結するというのは、宇宙そのものが持つ、一種の『予定調和』なのかもしれない)
だとしたら、自分がどれほど抗い、ハッキングしても、最後には同じ結末を迎えるのか。
その考えは、カケルを恐怖させることはなかった。むしろ、彼の知性を激しく刺激した。
「ならば、その脚本をいかに華麗に破り捨て、あるいは書き換えるか。それこそが、この世界で遊ぶための唯一の愉悦だ」
カケルは、その装置の試作機を見つめた。
それは、まだ完全ではない。だが、もし完成すれば、彼は変身せずとも、神に匹敵するエネルギーを制御できるようになる。
それは、ライトニングという偶像をさらに確固たるものにするための、新たな武器(パーツ)だった。
十四歳のカケルには、まだ世界の全容は見えていない。だが、手元にあるデータだけで、この世界が「何らかの特異点」に向かって猛スピードで加速していることだけは理解できた。その加速に、自分というノイズをどれだけ深く噛み合わせることができるか。それだけが、彼の退屈を紛らわせる唯一の手段だった。
3
一九九五年、夏。カケルは十五歳になった。
その日、世界は「外側」の存在に気づかされることになる。
ニューヨーク郊外、深夜の荒野。
空を切り裂き、大気を焼き焦がしながら、未確認の飛行物体が墜落した。
カケルの秘密基地に設置された、地球上の全電磁波を監視する特殊センサーが、未曾有のエネルギー反応をキャッチした。
それは、これまでカケルが観測してきた「地球上の魔術や超科学」とは比較にならない、純粋な宇宙由来の、荒々しく、そして洗練された力だった。
「……何だ、これは。電磁波の位相が完全に反転している。地球の技術体系の延長線上には存在しない波形だ」
カケルはモニターを食い入るように見た。
即座に周囲の通信衛星、およびS.H.I.E.L.D.のローカル回線をハッキングする。
現場には、情報機関の若きエージェント――ニック・フューリーという男が駆けつけていた。そして、墜落した機体の残骸から姿を現したのは、人間離れした光り輝くエネルギーを纏った、一人の女性の戦士だった。
カケルは、墜落現場の周囲に散らばった軍の廃棄カメラや気象観測用デバイスを強引にリンクさせ、映像を復元した。
戦闘は苛烈だった。彼女が放つエネルギー波は、周囲の物理法則を一時的に書き換えるかのような、凄まじい出力を持っている。彼女と交戦しているのは、地球の生物ではない――緑色の皮膚を持つ、擬態能力を持った異星の生物たちだった。
(なんて馬鹿げたパワーだ。アレは、エネルギーの源泉(バックノズル)そのものを無理やり引きずり出しているのか?)
カケルは、変身(ライトニング)したときの感覚を思い出した。
自分の中に流れる神々の力も、彼女が放つ未知のエネルギーも、根っこは同じ「外側の領域」に繋がっている気がした。
この時、カケルは初めて「地球外文明の介入」という冷厳な事実を、単なるSFの夢物語ではなく、生々しいデジタルデータとして突きつけられた。
クリー、スクラル――断片的な通信ログから拾い上げたその単語は、地球の歴史を遥か上空から見下ろす、星々の巨大な対立を示していた。
「……なるほど。地球という檻(ジェイル)は、この銀河という巨大なシステムの一部に過ぎなかったというわけか。これまで私が弄んできた盤面は、あまりにも狭すぎた」
カケルは、モニター越しにキャプテン・マーベルとフューリーのやり取りを観察した。
彼らは何らかの陰謀を暴こうとしている。それは間違いなく、地球の防衛体制を大きく書き換える転換点(ポイント)になるだろう。
(観測しよう。この『外敵』というバグが、この世界というシステムをどう汚染し、どう修復するのかを)
カケルは、墜落現場に残された「光の微粒子(フォトン・エネルギー)」の解析を、リアルタイムで行わせた。
タカシ・サイトウのネットワークをフル稼働させ、世界中の観測データを統合し、彼女たちの行動原理を逆算する。
「フューリーという男が、宇宙の戦士と結託して、地球の危機を裏で処理している。……あまりに綺麗に事態が収束していくな。この星のシステム(防衛機構)は、この程度の外圧なら自動的に修復してみせるということか」
カケルは、あえて手を出さなかった。
この段階で介入して彼らを助けたり、あるいは邪魔したりしても、結末が大きく変わるわけではない。それよりも、この戦いから得られる「宇宙のエネルギーの法則」そのものを、自身の実験データとして吸い上げるほうが、遥かに有益な「代替(ジェイル)」になる。
戦闘が終わるまで、カケルは瞬き一つせず、その光景を記録し続けた。
彼女たちが去った後、現場に残されたわずかなエネルギーの残滓を、カケルは遠隔操作のドローンを飛ばして、シールドの回収部隊が到着する一瞬の隙を突いて採取させた。
(これが、宇宙の力……。素晴らしい。これがあれば、私の『神の力の代替装置』は、完成する)
しかし、カケルの天才的な脳細胞は、同時に一つの恐るべき結論(ロジック)を導き出していた。
「今回は、たった一人の戦士と、数人の工作員だったから防げた。だが、もしこれが『軍隊』として、数千、数万の規模で空から降ってきたらどうなる?」
データが明確に示していた。現在のS.H.I.E.L.D.の防衛能力、地球上のあらゆる国家の軍事力は、外宇宙の標準的な技術力に対して「紙クズ同然」であると。
もし、地球が何の前触れもなく一方的に蹂躙され、滅ぼされれば、彼が観測している「人間の物語」は強制終了を迎えてしまう。それはカケルにとって、この上なく退屈で、不条理で、我慢のならない結末(バックノズル)だった。
「せっかくの面白い思考実験を、外からの雑な災害(エイリアン)にめちゃくちゃにされたくない。チェス盤をひっくり返される前に、盤面のルールを、防壁の強度を、自分でコントロールしなければならない」
カケルは、手元のフォトン・エネルギーの入ったカプセルを見つめながら、冷徹に微笑んだ。
一般市民の犠牲が増えすぎることは、社会システム(ジェイル)そのものの崩壊を意味する。ならば、彼が遊ぶための盤面を維持するためには、「一般市民の犠牲は最小限に抑える」ことが、論理的な絶対条件となったのだ。
博愛でも、正義でもない。ただの「盤面の維持」のために、十五歳の少年は、地球の防衛体制そのものを自らの手で「代替」することを決意した。
4
一九九五年、秋。カケルは十五歳で、名目上の高校生としての年齢を迎えていた。
だが、彼が高校の校門をくぐることなど一度もない。彼にとって学校とは、ただの「社会との接点としてのパーツ」に過ぎず、真の実態は『レイメイ・メディカル』の最深部にあった。
「外宇宙の脅威に対抗するための防盾(シールド)が必要だ。だが、既存のS.H.I.E.L.D.や国家の軍隊にこのデータを渡したところで、彼らは政治的な利権争いや、ヒドラの内部浸食によって、技術を正しく運用できない。ならば――私自身が、私の息がかかった『防衛専用の私設軍隊』を作るしかない」
カケルは、ダークウェブの深淵に潜む「タカシ・サイトウ」の自動AIシステムを一時的にマニュアル操作へと切り替え、世界中の膨大な機密データベースから「ある特定の条件」に合致する人間を抽出し始めた。
彼が求めた人材は、二種類。
一つは、**「S.H.I.E.L.D.や国家の情報機関に所属しながら、あまりにも善良で生真面目すぎるがゆえに、組織の腐敗や暗部に気づき、切り捨てられかけているエージェント」**。
もう一つは、**「圧倒的な戦闘技術と経験を持ちながら、国家の都合による非正規戦で使い潰され、退役後にPTSDや貧困に苦しんでいる退役軍人や特殊部隊員」**。
「彼らは優秀なパーツだ。しかし、この社会という檻(ジェイル)は、彼らのような『不器用な正義』を真っ先に廃棄する。ならば、その廃棄物を私が買い取ろう。より適切な配置(ロケーション)を与えるために」
カケルは、レイメイ・メディカルの傘下に、いくつかのダミー会社を経由した民間警備・軍事コンサルティング会社『イージス・ディフェンス・システムズ』を設立した。
そして、選別された人間たちの元へ、タカシ・サイトウ名義の暗号化されたメッセージが届くようになる。
ある者は、不当な懲罰免職を言い渡されたシールドの取調官の端末に。
ある者は、路地裏の安アパートで配給のスープを啜る、元デルタフォースの狙撃手の元に。
『君たちの国家や組織は、君たちを代替可能な使い捨てのパーツとして扱った。だが、私は違う。君たちの技術と、その“守りたい”という非合理な意志を、正当な価格で買い取ろう。……敵は、国家でもテロリストでもない。この空の向こうから来る』
メッセージと共に振り込まれる、莫大な契約金と、一九九五年の地球上には存在し得ない「異星生物の解剖データ」および「未知のエネルギー波形」。
彼らは最初、質の悪い悪戯だと思った。しかし、データのあまりの精緻さと、タカシ・サイトウという「暗黒街の神」の名の重みに、居場所を失った落伍者たちは引き寄せられていった。
マサチューセッツの広大な私有地に建設された、最新鋭の訓練施設。
そこに集まった約二百人の精鋭たちを、カケルは防犯カメラのレンズ越しに観測していた。彼らは一様に、引き締まった表情と、同時に「もう一度生きる意味を得た」という、どこか狂信的なまでの熱を帯びていた。
この組織の性質は、極めて特異だった。
シールドのように世界中でスパイ活動を行うこともなければ、ヒドラのように世界征服を企むこともない。目的はただ一つ、**「外宇宙からの物理的侵略に対する、地球市民の絶対的な防衛・迎撃」**。
カケルは、キャプテン・マーベルの墜落現場から回収したフォトン・エネルギーの解析データをベースに、彼らのための装備を開発した。
レイメイ・メディカルの先進ナノ技術を応用した、驚異的な衝撃吸収能力を持つ非金属製の防弾・防刃スーツ。そして、異星人の装甲を貫通し得る、高出力の電磁加速銃(コイルガン)の試作機。
「素晴らしいよ、彼らは」
カケルは、自身の執務室でモニターを見ながら、独り言ちた。
「彼らにとって、タカシ・サイトウは『自分たちを救い、地球の危機を見据える孤高の救世主』に見えている。だからこそ、命を惜しまずに私の提示した防衛理論(プロット)に従う。だが、私にとっては、彼らもまた『外宇宙のバグを弾き返すための、極めて優秀な防壁(パーツ)』に過ぎない。綺麗な勘違いだ。これほど効率的なシステムはない」
彼らがどれほどカケルを崇拝しようと、カケルの心は一ミリも動かない。
彼はただ、チェス盤の周囲に、外からの乱入を防ぐための「頑丈なフェンス」を立てただけなのだ。そのフェンスの杭が、人間の形をしていて、勝手に忠誠心を燃やしているというだけの話だった。
5
一九九五年、冬。中学生編の終わりが近づく頃。
カケルの構築した『イージス・ディフェンス・システムズ』の存在は、当然ながらS.H.I.E.L.D.のレーダーにも引っかかり始めていた。
シールドのトップであるニック・フューリーは、最近になって、自組織の優秀な人材が不自然に引き抜かれ、あるいは失踪している事実に気づき、その背後を追跡させていた。
「対象の会社を調査したが、資金源は完全にロンダリングされており、追跡不能。ただ、ネットワークの末端に、例の『タカシ・サイトウ』のコードが確認されました」
シールドの本部。フューリーは、エージェントから提出された報告書を睨みつけていた。
「タカシ・サイトウ。ネットワーク上のゴーストが、今度は私設軍隊を動かしているというのか? 目的は何だ。クーデターか?」
「それが……。彼らの動向を監視していますが、政治的な接触は一切ありません。それどころか、彼らが購入している機材や開発している兵器は、すべて『対空・迎撃』、それも通常の戦闘機を遥かに対象外とした、大気圏外への攻撃を想定している形跡があります」
「大気圏外……」
フューリーの脳裏に、あの夏、空から降ってきた光り輝く女性の姿がよぎった。
(タカシ・サイトウ……お前も、あの“外側の存在”に気づいているというのか?)
フューリーは、この謎の私設軍隊を強引に解体する命令を下せなかった。なぜなら、彼らがスカウトした退役軍人や元エージェントたちの行動は、あまりにも「市民の保護」において完璧であり、いかなる違法行為も表に出さないからだ。さらに、ヒドラの汚染によって機能不全に陥りつつあるシールド内部に対し、タカシ・サイトウの軍隊はあまりにも強固な一枚岩(システム)として完成していた。
一方、シールドの影に潜むヒドラにとっても、この新興組織は不気味な障壁だった。
彼らが世界を支配するための計画(インサイト計画のプロトタイプなど)を進めようとするたびに、タカシ・サイトウの組織が、まるで「最初からそこに罠があることを知っていた」かのように、先回りして防衛網を敷いてしまうからだ。
しかし、ヒドラはタカシ・サイトウに正面から戦いを挑むことができなかった。なぜなら、彼らの技術部門は、カケルが流した『ナノマシンによる生体神経代替技術』という名の「毒の餌」に完全に依存し始めていたからだ。彼らは自分たちの技術が進化していると盲信しているが、その実、カケルによって「5年後に確実に暴走する」という時限爆弾を脳内に埋め込まれているに等しかった。
「シールドも、ヒドラも、私の用意したジェイル(檻)の中で実によく踊ってくれている」
カケルは、自分の部屋のデスクで、完成したばかりの「代替回路(ジェイル・デバイス)」のプロトタイプを手の中に転がしていた。
それは、シャザムの変身を必要とせず、自身の体内に流れる「神の雷」の波形を、科学的に増幅・出力するための小型デバイスだった。
キャプテン・マーベルのフォトン・エネルギーのデータを組み込んだことで、このデバイスは宇宙の物理法則のバグを強制的に誘発する機能さえ備えつつある。
「これで、神の力というシステムさえも、私は半分、科学(ロジック)で代替することに成功した」
十五歳。中学生というモラトリアムの終わり。
カケル・レイメイは、地球という狭い檻の構造をすべて把握し、外宇宙という新たなノイズに対する防壁(パーツ)さえも配置し終えた。
彼が作った防衛軍の兵士たちは、今夜もタカシ・サイトウという「見えざるボス」の指示に従い、世界の裏側で一般市民を静かに守り、未知の脅威に備えている。
彼らは信じている。自分たちのボスは、この世界の誰よりも地球の未来を憂い、孤独に戦っている救世主(ヒーロー)なのだと。
カケルはその報告書を読み、冷たい鼻笑いを漏らした。
「私が世界を守る? 私が市民を救う? ……戯言だ。私はただ、この美しいチェス盤が、外からの雑なノイズで壊されるのが我慢ならないだけだ。君たちが私のために命を懸けて防壁となるなら、私はその無駄なプロセスに、最高の技術という名の『玩具』を与えてあげよう」
夜の帳が、ニューヨークの街を優しく包み込む。
カケルの瞳には、神の雷の残光と、電子の海の深い青が混ざり合い、底知れない輝きを放っていた。
物語の過程(プロセス)は、ここからさらに巨大な、大人の領域へとシフトしていく。
まもなく、この世界には「自らの技術で神になろうとする、傲慢な天才(トニー・スターク)」という名の、最大の歯車が躍り出てくるだろう。
その歯車が回り始めた時、自分が作った防壁(イージス)と、自分が流した毒(ヒドラへのウイルス)が、どのように世界を歪ませるのか。
カケルはそれを想像し、静かに胸を躍らせていた。
すべての事象は、彼が証明すべき「バックノズル(終着点)」へと向かって流れていく。
「さあ、次のフェーズを始めようか」
十五歳の少年の呟きは、誰に届くこともなく、完璧に構築された暗黒のネットワークの彼方へと消えていった。