MCU転生チート主人公の思考実験   作:鳥ささみ

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第4話

 

1:二〇一〇年・春

 

二〇一〇年。世界は、トニー・スタークという一個の天才が放った眩い光によって、その形を急速に変えつつあった。

「アイアンマン」の出現。それは世界中の軍事バランスを一夜にして崩壊させ、既存の秩序を脅かす特異点だった。

 

だが、その華やかな光が強まれば強まるほど、世界の裏側に落ちる影もまた、深く、濃くなっていく。

 

ニューヨーク郊外の地下数千メートルに位置する『イージス・ディフェンス・システムズ』の秘密本部。

天井の高さが数十メートルにおよぶ広大な地下ドックでは、金属のぶつかる重々しい機械音が響き渡り、火花が激しく散っていた。

 

「……出力をさらに四パーセント引き上げろ。人工筋肉の収縮速度がコンマ零秒、脳の伝達速度から遅れている。これでは前線の兵士が戦場でコンクリートの壁を殴った際、反動で自身の肩を脱臼することになる」

 

二十八歳になったカケル・レイメイは、白い白衣を身に纏い、ホログラムで展開された巨大な設計図を睨みつけながら、超高速でキーボードを叩いていた。

 

彼の視線の先には、整然と並べられた数十着の『重装甲強化服』が鎮座している。

識別名――**『タートル・シェル(大亀の甲羅)』**。

 

それは、トニー・スタークが作り上げた、洗練された空飛ぶホットロッド(アイアンマン)に対する、カケルからの明確な「回答」であり、むき出しの対抗心の結晶だった。

 

スーツのビジュアルは、近未来の特殊工作員のような洗練された機能美と、戦場を面で制圧するための圧倒的な質量感が融合している。

ヘルメットはフルフェイス型で、不気味な細いスリット状の多機能バイザーが、冷徹な青い光を放っている。胸部から肩、大腿部にかけては、弾道計算に基づいて絶妙な傾斜をつけられた、武骨で分厚い複合チタン装甲板が全身を覆っており、そのシルエットはどこか遠い未来の宇宙の重装歩兵(スペースマリーン)を彷彿とさせた。

背面には、カケルが開発した「高密度リチウムイオン・マトリクスバッテリー」が、武骨なバックパックの形でハイドロリック・シリンダーと共にマウントされている。

 

「タカシ。技術班からの報告だ。ハマー・インダストリーズが我が社のバッテリー技術を裏ルートで嗅ぎ回っている形跡がある。どうする?」

 

後ろから声をかけてきたのは、イージスの前線指揮官であるジョンだ。

彼は、かつて戦場で負った四肢の欠損をカケルの再生医療で克服し、今は自らも『タートル・シェル』を着用して隊員たちを率いている。

 

カケルはキーボードから手を離さずに、冷たく言い放った。

「放っておけ。ジャスティン・ハマーのような三流のコピー商品商人に、私のバッテリーの分子配列が理解できるはずがない。彼が真似をすれば、精々、装着した瞬間に爆発して自爆するのが関の山だ。それよりも、ジョン。スーツの着心地はどうだ」

 

「最高さ」

ジョンは、分厚い装甲に覆われた右腕の拳を、ガチリと打ち鳴らした。

「まるで自分が戦車になった気分だ。重さは全く感じない。それどころか、こいつを起動した瞬間、神経がスーツの隅々まで繋がっていくのがわかる。ナノマシンによる止血システムもテストしたが、掠り傷程度なら一瞬で塞がった。これなら、どんな地獄へでも這い進める」

 

「……当然だ。君たちを死なせるわけにはいかないからな」

 

カケルはぶっきらぼうに言い、画面を切り替えた。

ジョンは、そんな若きボスの横顔を見て、バイザーの奥で苦笑した。

カケルはいつも彼らを「外宇宙の脅威を防ぐための、ただの頑丈な壁(パーツ)」だと切り捨てる。だが、この『タートル・シェル』の内部には、兵士が戦場でどれほど過酷な状況に陥っても絶対に生還できるよう、レイメイ・メディカルの最高機密であるナノ医療システムが、過剰なまでに、それこそ予算の概念を無視して詰め込まれている。

 

(壁を長持ちさせたいだけだ、とあいつは言うだろう。だが、本当にそれだけなら、わざわざ全隊員の体格に合わせたカスタムメイドの人工筋肉を、自分で徹夜して調整するはずがない)

 

ジョンは、カケルの内側にある、本人すら認めようとしない「人間味という名のバグ」を、愛おしく思っていた。

 

カケルが画面を切り替えると、そこにはスターク・インダストリーズのトニー・スタークの生体データが表示された。

現在、トニーは自身を救ったはずのアーク・リアクターの動力源――パラジウムの毒素に侵され、血中毒素濃度が危険域に達しつつあった。世界中の医学がその原因すら特定できず、トニー自身も自暴自棄になり、夜な夜なパーティーでアイアンマンスーツを着て醜態を晒している。

 

「……馬鹿な男だ」

カケルは、トニーの生体グラフを見つめながら、小さく毒づいた。

 

(パラジウムの毒素による細胞の不可逆的壊死。私の脳内知識、あるいはレイメイ・メディカルのナノ技術を使えば、その毒素の進行を九十九パーセント抑制する薬剤など、数時間で作ることができる。……だが、それを彼に与える論理的理由(メリット)がない)

 

カケルは、自分に言い聞かせるように、脳内で冷徹な計算式を組み立てようとした。

トニーが死ねば、世界の軍事バランスは再び混乱する。それはイージスにとって、世界の盤面を維持しにくくなるというデメリットがある。だから救う。……よし、論理は通る。

 

しかし、彼の胸の奥にある「感情」は、そんな安っぽい合理化など求めていなかった。

 

(私は、ただ悔しいのだ。私をあれほど嫉妬させ、人間の知性の可能性に涙させたあの男が、自ら作り出した未熟な技術の毒ごときで、あんな情けない姿のまま野垂れ死ぬことが、どうしても許せない)

 

それは、友情と呼ぶにはあまりにも歪で、ライバル心と呼ぶにはあまりにも執着に満ちた、極めて人間的なエゴだった。

 

「ジョン。秘匿回線を用意しろ。宛先は、トニー・スタークの個人サーバーだ」

「お荷物(プレゼント)か?」

「ああ、タカシ・サイトウからの、ただのお節介だ」

 

その夜、トニー・スタークの元に、一本の暗号化されたデータと、特殊なカプセルが届けられた。

中身は、パラジウムの毒素を一時的に中和・分解する、未知のナノ医療試薬。データの末尾には、ただ一言、かつてトニーの数式を完璧に修正してみせたあの文字が刻まれていた。

『――T. S.』。

 

病床でその試薬を分析したトニーは、成分の異常な高度さに目を見開き、それから、いつもの不敵な笑みを浮かべたという。

「……やっぱり生きていたか、電脳空間のストーカー野郎。僕に死なれると、マウントを取る相手がいなくなって寂しいってわけだ」

 

カケルは、そのトニーの反応をハッキングで確認すると、フッと満足そうに口元を綻ばせるのだった。

 

2:二〇一〇年・夏

 

トニー・スタークが、モナコのレース場で突如現れたイワン・ヴァンコ(ウィップラッシュ)の襲撃を受け、世界が「スタークの技術が流出した」と大騒ぎになっていた頃。

世界の裏舞台では、もう一つの、より冷酷な戦争が勃発しようとしていた。

 

イワン・ヴァンコの背後にいるジャスティン・ハマー。そして、そのハマー・インダストリーズの影に隠れ、シールドの内部を癌細胞のように侵食している巨大な組織――『ヒドラ』。

彼らは、スタークの技術だけでなく、世界最高の医療テクノロジーと謎のバッテリー技術を持つ『レイメイ・メディカル』、そしてその裏にいる『イージス』の存在を、完全に抹殺し、その技術を強奪するための作戦を始動していた。

 

ある激しい嵐の夜。

大西洋上に偽装された、イージスの最新鋭訓練基地。

突然、基地全体の電源が消失した。ハッキングではない。ヒドラがシールドの最上位権限を悪用し、衛星軌道上から強力な妨害電波と特殊なEMP(電磁パルス)を照射したのだ。

 

「敵襲! 敵襲! 識別不能の特殊部隊が、潜水艦より上陸中!」

 

警報が鳴り響く中、ジョンの怒声が響く。

基地のハッチが爆破され、漆黒の戦闘服に身を包んだヒドラの工作員たちが、見たこともないハイテク光線銃を手に突入してきた。

 

「全員、『タートル・シェル』を起動せよ! 面で押し潰すぞ!」

 

重厚な駆動音と共に、数十人のイージス隊員たちが動き出す。

武骨な装甲に身を包んだ隊員たちは、ヒドラの光線銃による猛烈な一斉射撃を、その分厚いチタン装甲板(大亀の甲羅)で真っ向から受け止めた。

 

**ババババババババッ!!!**

 

「弾を弾いているぞ! 前へ出ろ!」

 

『タートル・シェル』の圧倒的な防御力が発揮される。ヒドラの放つ高熱レーザーが装甲を焼き、火花を散らすが、弾道計算された傾斜装甲がそのエネルギーを外側へと逃がす。さらに、背面のリチウムイオン・バッテリーから供給される電力によって、人工筋肉が爆発的な筋力を生み出し、隊員たちが手にした重量級の電磁加速銃(コイルガン)が、ヒドラの戦列を次々と消し飛ばしていった。

 

それは、G.I.ジョーのハイテク戦と、ウォーハンマーの重装甲歩兵戦が融合したかのような、圧倒的な物量と生存性の証明だった。

 

しかし、ヒドラの真の狙いは、基地の殲滅ではなかった。

彼らは、レイメイ・メディカルのメインサーバーがある最下層へと、特殊な熱溶断爆弾を持って強行突入を試みていたのだ。

 

「最下層のハッチが破られる! 阻止しろ!」

ジョンが自ら『タートル・シェル』の出力を最大にし、重厚な足音を響かせながら通路を疾走する。

だが、通路の角を曲がった瞬間、待ち構えていたヒドラの大型対戦車レールガンが、ジョンの胸元へと直撃した。

 

**ドガアアアアアアンッ!!!**

 

いくら『タートル・シェル』が頑強なスペースマリーンばりの装甲を誇ろうとも、至近距離での重質量弾の直撃には耐えきれない。ジョンの胸部装甲が大きくひしゃげ、火花を散らしながら、彼は壁へと激しく叩きつけられた。

バイザーが割れ、内部の医療ナノマシンが必死に止血と鎮痛剤の投与を始めるが、ジョンの生体バイタルは急速に低下していく。

 

「隊長!!」

「フン、所詮は民間企業のブリキ缶か。技術データをすべて回収しろ」

ヒドラの指揮官が、倒れたジョンを見下ろし、冷酷に告げた。

 

その時だった。

基地全体の、いや、大西洋のその海域全体の「空気」が、一瞬にして凍りついた。

 

大気中の電位が異常な上昇を見せ、すべての隊員、そしてヒドラの工作員たちの髪の毛が、静電気で逆立つ。

最下層の通路の天井が、物理的な熱ではなく、圧倒的な「空間の歪み」によって、ぐにゃりと溶けるように消失した。

 

そこへ、雲一つないはずの地下空間に、一条の、文字通り『神の怒り』のような青白い巨大な雷が垂直に激突した。

 

**――ドガアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!!**

 

爆音と共にヒドラの工作員数人が吹き飛ぶ。

もうもうと立ち込めるオゾン臭の煙の向こうから、ゆっくりと歩み出てきたのは、真紅のスーツに身を包み、白銀のマントを翻した、あの圧倒的な超人――『ライトニング』だった。

 

その胸元の稲妻の紋章は、これまでカケルが抑えていたエネルギーの全てを解放したかのように、狂暴なプラズマを周囲に撒き散らしている。

 

ニューヨークの自宅の自室から、ジョンのバイタル低下(危機)を感知したカケルは、人生で初めて、**「合理的な計算」をすべてドブに捨てていた。**

ライトニングが目立てば、シールドやヒドラに自分の正体が迫るリスクが高まる。そんなことは百も承知だった。だが、彼の脳内の数式を、激しい『怒り』という名のバグが、完全に上書きしていた。

 

「……私のパーツに、その汚い手で気安く触るなと言ったはずだ」

 

ライトニングの声は、空間そのものをビリビリと震わせるほどに低く、冷酷だった。

 

「何者だ!? 撃て! 撃ち殺せ!」

恐怖に駆られたヒドラの指揮官が叫ぶ。工作員たちが一斉に光線銃とレールガンをライトニングへと向けた。

 

だが、無駄だった。

ライトニングは避けるどころか、一歩も動かない。放たれた高熱レーザーも、重質量弾も、彼の身体に触れた瞬間に光の粒子となって霧散するか、ぐにゃりとひしゃげて床に落ちた。アトラスのスタミナとヘラクレスの剛力によって守られた神の肉体には、二十一世紀のテクノロジーなど、微風にすらならなかった。

 

「マーキュリーの神速」が発動する。

次の瞬間、ヒドラの工作員たちの視界から、真紅の超人が消えた。

 

**ドゴッ! ガキィンッ! ドカァッ!!**

 

殴られたのではない。ライトニングが通路を「ただ通り抜けた」だけで、その移動時の衝撃波(ソニックブーム)と、触れただけの質量によって、数十人のヒドラ工作員たちの強化スーツが肉体ごと粉砕され、壁へと埋め込まれていく。

 

わずかコンマ二秒。

通路に立っていたヒドラの部隊は、全滅した。

 

ライトニングは、恐怖で腰を抜かし、床を這いずり回るヒドラの指揮官の前にゆっくりと歩み寄った。その巨大なブーツで、指揮官の胸元を軽く踏みつける。それだけで、指揮官の肋骨がミシミシと悲鳴を上げた。

 

「ニック・フューリーに、そしてお前たちの裏にいる蛇(ヒドラ)の頭どもに、タカシ・サイトウの名で警告を伝えておけ」

ライトニングは、氷点下の瞳で指揮官を見下ろした。

「私は世界の観測者だ。だが、私の庭(イージス)を荒らす害獣は、神の雷(ゼウス)を以て、その根絶やしにする。次はない」

 

ライトニングが右手を軽く振ると、凄まじい高圧電流が指揮官の神経を焼き、彼は白目を剥いて失神した。

 

「……ジョン」

カケルは変身を解除することなく、真紅の超人の姿のまま、倒れているジョンの前に膝をついた。

大きな手で、壊れた『タートル・シェル』の胸部装甲を、まるで紙細工のように優しく引き剥がす。

 

「タカ……シ……。すまねえ……。壁の役割を……果たせなかった……」

ジョンが、血を吐きながら微かに微笑んだ。

 

「喋るな、パーツの分際で」

ライトニング(カケル)の声が、僅かに震えていた。

「君の代わりなど、世界のどこを探してもいないんだ。……死なせるものか」

 

カケルは、ライトニングの持つ『ソロモンの知恵』と、自らの『未来医療科学』を極限まで同時並列(マルチタスク)で発動させた。神の雷のエネルギーを、物質の結合を組み替えるナノマシンの動力へと変換し、ジョンの体内に直接流し込んでいく。

細胞が急速に再生し、破裂した内臓が繋ぎ合わされていく。

 

数時間の死闘の末、ジョンのバイタルが安定したとき、カケルは地下室の床に、元の二十八歳の青年の姿で座り込み、激しい呼吸を繰り返していた。

 

「……私は、本当に馬鹿な人間だ」

カケルは、自分の汗まみれの手を見つめ、自嘲気味に笑った。

合理性など、そこには微塵もなかった。ただ、仲間を失いたくないという、あまりにも人間的な情熱だけが、彼を動かしていた。

 

3:二〇一二年・夏

 

二〇一二年。世界はついに、取り返しのつかない混沌の時代へと突入した。

宇宙から飛来した邪神ロキ。そして彼が率いる異星人の軍勢『チタウリ』が、ワームホールを通じてニューヨークの街へと一斉に降り注いだ。

 

空を覆い尽くす巨大なクジラのような飛行艇(リヴァイアサン)と、不気味な咆哮を上げるエイリアンの兵士たち。

トニー・スターク、キャプテン・アメリカ、ソーといった面々が『アベンジャーズ』として表舞台でド派手な死闘を繰り広げている最中、カケル・レイメイは、最悪の状況に直面していた。

 

「――ママ、今どこにいるんだ!? 動くなと言ったはずだ!」

 

マンハッタンの中心部にあるレイメイ・メディカルの高層ビル。そのCEO執務室で、カケルは携帯端末に向かって、これまでにないほど荒い声を上げていた。

 

『カケル? ごめんなさい、あなたのオフィスに向かう途中で、地下鉄が止まっちゃって……。今、グランド・セントラル駅の近くの通りにいるんだけど、空から変な怪物がたくさん降ってきて……キャッ!!』

 

悲鳴と共に、通信が激しいノイズに変わる。

 

カケルの脳細胞が、一瞬で沸騰した。

彼の両親は、今日、息子の会社のオフィスを見学するために、ニューヨークの市街地へとやってきていたのだ。

 

(グランド・セントラル駅周辺のチタウリの密度は、現在最大。アベンジャーズの防衛線からも外れている。……システム的に考えれば、地球全体の存続確率を上げるために、私はここに留まり、イージスの部隊をワシントンや他の重要拠点へ配置すべきだ。二人の一般市民の命は、この大戦局において、ただの誤差に過ぎない……!)

 

脳内の『ソロモンの知恵』が、冷徹極まる確率論を弾き出す。

だが、二十三年間、あの不格好なチェリーパイを焼き続け、自分の頭を優しい手のひらで撫で続けてくれた母親の、あの温もりが、高度な計算式を物理的に粉砕した。

 

「――論理など、知るか!」

 

カケルは白衣を脱ぎ捨て、誰もいないCEO執務室の中心で、その喉が裂けんばかりの声を張り上げた。

 

「――シャザム(SHAZAM)!!」

 

**ドガァァァァァァァァァァァンッ!!!**

 

超高層ビルの最上階を突き破り、白銀の神雷がカケルの身体に直撃した。

真紅の超人――『ライトニング』へと変身したカケルは、ビルのガラス窓を内側から突き破り、ニューヨークの戦火に包まれた空へと飛び出した。

 

「マーキュリーの神速」が、彼の周囲の時間を完全に停止させる。

ゆっくりと煙を上げて崩落していくビル、空中で静止したように見えるチタウリの飛行艇。その灰色の世界の中を、真紅の光条となったライトニングが、光速の領域で疾走した。

 

「ギガァッ!?」

グランド・セントラル駅周辺で、逃げ惑う市民を虐殺しようとしていたチタウリの歩兵部隊の前に、突如として真紅の嵐が巻き起こった。

ライトニングは「ヘラクレスの剛力」を完全に解放し、チタウリの装甲車を素手で掴むと、それを上空から迫り来る巨大なリヴァイアサンへと向かって全力で投げつけた。

 

**ズガアアアアアアアンッ!!!**

 

質量と速度の暴力を受け、クジラのような飛行艇が空中で真っ二つに裂け、炎上しながら墜落していく。アベンジャーズの誰もが苦戦していた巨獣を、彼はただの「一撃」で処理した。

 

「ママ!!」

 

ライトニングは、崩落するビルの車道、ひっくり返ったタクシーの陰で身を寄せ合って震えている、自分の父親と母親の姿を見つけた。

上空から、千切れたビルの巨大なコンクリートの塊が、二人を目がけて落下していく。

 

「危ない!!」

父親が母親を抱きかかえ、目を瞑った。

 

**――ズゥゥゥゥゥンッ。**

 

しかし、衝撃は来なかった。

父親が恐る恐る目を開けると、そこには、頭上から落下してきた数十トンのコンクリートの塊を、片手だけで軽々と受け止めている、真紅のスーツを着た巨大な超人の背中があった。

胸元の稲妻の紋章が、煤煙に汚れた街の中で、眩しく輝いている。

 

ライトニングは、コンクリートの塊を誰もいない路地へと放り投げると、ゆっくりと振り返り、二人の前に膝をついた。

 

「……怪我は、ないか」

変身時の重厚で、空間を震わせる声。だが、その声の端々には、隠しきれない安堵と、震えが混ざっていた。

 

「あ、ああ……助かったよ、スーパーヒーロー。ありがとう……」

父親が、腰を抜かしながらも懸命に感謝の言葉を述べる。

 

しかし、母親は違った。

彼女は、目の前にいる圧倒的な、神のような超人の『瞳』を、じっと見つめていた。

煤と煙に塗れた戦場の中で、その超人のバイザーの奥にある青い瞳が、あまりにも優しく、自分を心配そうに見つめている。

 

その瞳の色、そして一瞬だけ覗いた、どこか子供が母親を求めるような切ない光。それは、彼女が二十三年間、毎日見続けてきた、我が子――カケル・レイメイの瞳と、完全に一致していた。

 

「あなた……もしかして……」

母親が、震える手を真紅の超人の頬へと伸ばそうとした。

 

ライトニングは、一瞬だけ目を見開き、それから優しくその手を遮るように、二人の身体を大きな両腕で包み込んだ。

「安全な場所へ移す。目を瞑っていてくれ」

 

マーキュリーの神速。

次の瞬間、二人が目を開けたときには、彼らはニューヨークから遥か数十キロメートル離れた、レイメイ・メディカルの郊外にある頑強な安全シェルターの中に立っていた。周囲には、すでに避難を完了した大勢の市民と、彼らを警護する『タートル・シェル』を着用したイージスの隊員たちがいた。

 

「隊長、民間人の保護を完了しました」

無線からジョンの声が聞こえる。

 

「……よくやった。そのまま死守しろ」

ライトニングは通信を切り、シェルターの防犯カメラの映像を見た。

画面の向こうで、母親は自分の夫の袖を引っ張りながら、確信に満ちた、しかし同時に酷く複雑な表情で呟いていた。

「ねえ、あなた。あの人、カケルよ。私たちのカケルだわ……」

 

カケルは、変身を解除し、誰もいない部屋で壁に背を預けて座り込んだ。

正体がバレたかもしれない。それは、彼の「完璧な隠蔽計画」において、致命的なバグだった。

 

しかし、彼の胸の奥にある心臓は、悲鳴を上げるような恐怖ではなく、ただ、二人が生きていてくれたという、どうしようもないほどの温かい安堵感で満たされていた。

 

4:エピローグ

 

ニューヨーク決戦の、決着の瞬間。

 

カケルは、崩壊したマンハッタンのビルの屋上から、地上を見つめていた。

上空のワームホールへ向かって、シールド(の世界安全保障評議会)が放った核ミサイルを自らの肩で担ぎ、迷わず飛び込んでいくアイアンマン――トニー・スタークの姿を、カケルはソロモンの知恵の超望遠視覚で、じっと捉えていた。

 

ワームホールが閉じ、一瞬の静寂の後。

光を失った鉄の塊となって、空から真っ逆さまに落ちてくるトニーの姿。それをハルクが受け止め、地上でトニーが荒い息を吐きながら生還した瞬間、カケルは小さく、本当に小さく、拍手を送った。

 

「やっぱり君には、敵わないな、トニー」

カケルは、心地よい敗北感と共に呟いた。

 

(君は、前世の知識も、神のシステム(シャザム)も持たない。ただの生身の人間でありながら、そのエゴと、誰かを守りたいという非合理的なパッションだけで、世界の危機(バックノズル)を完全にハッキングしてみせた)

 

それに比べて、自分はどうだ。

神から与えられた六つの権能を使い、前世の知識というカンニングペーパーを使って、安全な場所から世界を弄ぶことしかしていなかった。

 

だが、今のカケルには、もう虚無感はなかった。

この戦いを通じて、彼は自分の中にある「人間味という名のバグ」を、完全に受け入れていた。

優しい両親。命を懸けて自分を信頼してくれるイージスの仲間たち。この世界には、自分が冷徹な観測者であることを辞めてでも、全力で守らなければならない「美しいバグ」が、確かに存在しているのだ。

 

「ジョン。基地の修復を急げ。それと、レイメイ・メディカルの全リソースを、裏のプロジェクトへ移行する」

カケルは、イージスの本部へと通信を入れた。

 

「裏のプロジェクト? 次は何をハッキングするんだ、タカシ」

ジョンの声が、期待に満ちて響く。

 

二十八歳になった天才は、自らの胸元に手を当て、不敵な、そして最高に人間らしいギラギラとした笑みを浮かべた。

 

「私の魂に刻まれた、この六つの神の権能(シャザム)の、完全なる解体(リバース・エンジニアリング)だ」

 

神が用意した安直なチートシステム(プロット)の奴隷のままでは、トニー・スタークという本物の天才の前に、一生胸を張ることはできない。

ソロモンの知恵も、ゼウスの神雷も、ヘラクレスの剛力も、すべてを自分の『未来科学』のロジックで1から10までハッキングし、解明し、完全に自分の「道具」として代替(ジェイル)してみせる。

神の力を、人間の科学で超越する。

 

大切なもの(バグ)を、自らの力で完璧に守り抜くために。

 

世界という巨大な檻が、さらにその混沌を深めていく中、人間の温かみと、神をも恐れぬ狂気的な知性を手に入れた黎明駆の、真の意味での「世界へのハッキング」が、ここから始まろうとしていた。

 

 

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