1:天文学的損失と『大亀の甲羅(タートル・シェル)』の残響
ニューヨーク決戦の傷跡は、物理的な破壊以上に、人類の傲慢さを完膚なきまでに叩き潰したという精神的敗北において深かった。
マンハッタン。かつて世界の金融と文化の中心地だったその街は、今や半壊した高層ビルの群れと、異星人の巨大な生体宇宙船『リヴァイアサン』の骨組みが象徴する、巨大な墓標へと姿を変えていた。
レイメイ・メディカルのシンクタンクが弾き出した、ニューヨークにおける直接的・間接的な被害総額は、**七千三百二十億ドル**。
これはアメリカ政府やシールドが国民のパニックを恐れて発表した「公式発表」の、実に三倍を超える数字だった。都市機能の完全な麻痺、金融市場のパニック、そして数万人規模の死傷者。既存の保険システムは完全に破綻し、世界経済は文字通り、奈落の淵に立たされていた。
だが、各国の最高情報機関、そしてホワイトハウスの地下深くにあるシチュエーション・ルーム(危機管理室)を最も震撼させていたのは、その天文学的な損失データではなかった。
彼らの机の上に並べられていたのは、グランド・セントラル駅周辺で一般市民が命がけで撮影し、ネットの海に流出する前にシールドが辛うじて検閲・回収した、数本の隠し撮り映像だった。
そこには、大混乱に陥るニューヨークの市街地で、整然と隊列を組み、襲い来るチタウリの軍勢を「正面から押し潰した」謎の軍隊が映し出されていた。
『――何だ、この肉の壁は。戦車を歩かせているのか!?』
映像を見つめる国防総省の高官が、驚愕のあまり声を荒らげる。
画面の中で、不気味に輝く一本のスリット状バイザーを湛えたフルフェイス・ヘルメットの兵士たちが、武骨で分厚いダークグレーの複合チタン装甲――『タートル・シェル(大亀の甲羅)』を軋ませながら、チタウリの光線銃による一斉射撃を、文字通りその胸板で弾き返していた。
チタウリのプラズマ弾が直撃し、装甲表面が激しく爆発して火花を散らす。通常の兵士であれば肉体ごと蒸発しているはずの衝撃。しかし、その重装歩兵たちは、わずかに上体を反らせるだけで、何事もなかったかのように前進を再開するのだ。
背面のマトリクスバッテリーからハイドロリック・シリンダーへと爆発的な電力が供給され、人間の規格を遥かに超えた巨大な電磁加速銃(コイルガン)が火を噴く。一撃ごとに、異星人の歩兵部隊が文字通り「肉片」へと変わっていく、圧倒的な面での制圧。
それは、トニー・スタークのアイアンマンのような、華麗で洗練された「一個の天才のスタンドプレー」ではなかった。
高度に計算され、絶対に死なないことを目的とした「組織としての物量と暴力」の体現だった。
「この装備の識別名は『タートル・シェル』。保有しているのは、レイメイ・メディカルの完全子会社である民間軍事会社『イージス・ディフェンス・システムズ』です」
報告を行う分析官の声が、恐怖で微かに震えていた。
「彼らは、アベンジャーズがマンハッタンの中心部でエイリアンの本隊と交戦している隙に、グランド・セントラル駅周辺、および民間人の避難シェルターの周囲に展開。確認されているだけで、数千人の市民を『無傷』で保護、救出しています。……我が国の州兵や正規軍が、初動で何ひとつできなかったその場所で、彼らは完璧に戦線を維持していました」
「レイメイ・メディカルだと……!? あの医療とエレクトロニクスの新興巨頭か! どこからあんな技術が出てきた! スタークの盗用か!?」
「いえ。スターク・インダストリーズの技術顧問であるペッパー・ポッツ経由の調査でも、技術の流出形跡はありません。それどころか、装甲の素材、人工筋肉の分子構造、そして背面の高密度バッテリーにいたるまで、スタークの『アーク・リアクター』とは完全に異なるアプローチ……独自の理論で構築されています」
国防長官は、重々しく拳を机に叩きつけた。
「制御不能な一人の天才(スターク)だけでも頭痛の種だというのに、今度は一企業が、正規軍を遥かに凌駕する重装歩兵連隊を私有しているというのか。ホワイトハウスに連絡を。直ちにレイメイ・メディカルの最高経営責任者を呼び出す」
世界は、アベンジャーズという「光」に目を奪われていた。
だが、その影で、より冷徹で、より強固な「人間のロジック」による軍事力が芽吹いていた事実に、ようやく気づき始めていた。
2:二大天才の対話、そして「神のコード」への分解
「――君のところの『大亀の甲羅』、あれは傑作だな。センスは最悪だが、実用性という意味では、僕のパワードスーツに嫉妬の炎を燃やした男の執念がこれでもかと詰まっている」
ニューヨーク決戦から一ヶ月後。
レイメイ・メディカルのCEO執務室に設置された、カケル専用の最高機密ホログラム通信に、トニー・スタークの立体映像が投影されていた。
トニーの顔は、どこか酷くやつれていた。一見するといつもの不敵な笑みを浮かべているが、その目の奥には、ワームホールの向こう側で「宇宙の深淵」を目撃してしまった者特有の、深い焦燥と恐怖の色彩が張り付いている。
カケルは、デスクに肘を突き、冷淡な視線をトニーに返した。
「勝手に私のプライベート回線をハッキングするな、トニー。それに、あれの識別名は『タートル・シェル』だ。君のような、剥き出しの心臓(アーク・リアクター)を積んだ華奢なブリキ缶とは、設計思想の根底が違う」
「ああ、そうだろうね! 君のスーツは、兵士を『絶対に死なせない』ために、レイメイ特製の医療ナノマシンが過剰なまでに詰め込まれている。あんな非効率でコストを無視した設計、普通の軍事企業じゃ絶対にやらない。……中和剤の件も含めて、君の裏にいる『タカシ・サイトウ』って男は、僕が思っていたよりもずっと、お節介で、寂しがり屋な天才らしい」
トニーは画面越しに、チタウリの武器から回収した「謎のエネルギー核(発光する青い結晶)」のホログラムデータを放り投げてよこした。
「これを見てくれ、カケル。君ならこのエイリアンの技術(チタウリ・テクノロジー)、どう料理する?」
カケルは、目の前に展開された異星人のエネルギー結晶の分子配列を、その鋭い瞳で一瞥した。
彼の脳内にある『ソロモンの知恵』が、その瞬間、カケル自身の意志とは無関係に、超高速でその技術の本質を解体し始める。
(チタウリ・テクノロジー。神経系と機械を分子レベルで融合させた生体サイバネティクス。エネルギー源は、宇宙の背景放射を微弱に受信・増幅する有機結晶……。なるほど、高度に見えるが、システムとしての構築は驚くほど雑だ。量産性を重視するあまり、個々の端末(兵士)の自律的思考能力を完全に排除し、マザーシップからの遠隔同期(シンクロ)に依存しすぎている。……バグだらけだ)
カケルは、生まれ変わったこの世界における「原作」の知識など、何ひとつ持っていない。チタウリが何者で、この先にどんな脅威(サノス)が控えているのかなど、彼は知りもしなかった。
しかし、彼には『ソロモンの知恵』という、世界のあらゆる理を強制的に理解する「神のOS」があった。そして、それ以上に彼自身が積み上げてきた、前世の記憶と今世の努力の結晶である『現代科学のロジック』があった。
「ただの粗悪な生体ドローンだな」
カケルは、トニーが怯えている「未知の宇宙技術」を、あっさりと切り捨てた。
「トニー、君はこのエネルギーの『未知の巨大さ』に怯えているようだが、本質を見るべきだ。この結晶の分子結合は、特定の高周波振動を与えるだけで簡単に乖離する。つまり、ジャミング(電波妨害)一つで一網打尽にできる程度の、未熟な設計だ」
「……ジャミングだと?」
トニーが目を見開く。彼は宇宙の軍勢の圧倒的な物量に圧倒され、より強い力(ウルトロン計画の雛形)を求めて盲目になっていた。だが、カケルの冷徹な、しかし極めて正確な科学的指摘によって、ハッと我に返った。
「怯えるのは勝手だが、技術の奴隷になるな、スターク・インダストリーズの天才」
カケルは冷たく言い放つ。
「どんなに強大に見える力であっても、そこにロジックがある限り、ハッキング(解析・支配)は可能だ。……私は、独自に回収したチタウリの生体装甲のデータを、我が社の『タートル・シェル』の次世代型人工筋肉に組み込む。エネルギー効率が従来の二三パーセント向上する計算だ。恐怖に震えて引きこもっている暇があるなら、自分のブリキ缶の装甲でも厚くし直したらどうだ」
「……ハッ、言うようになったじゃないか、二十代の若造が」
トニーは、どこか救われたような表情を見せ、不敵に笑って通信を切った。
トニーとの通信が切れた後、カケルは一人、地下の最深部にあるプライベート・ラボへと移動した。
そこには、世界中の誰にも、ジョンのような身内にすら見せることのない、カケルの「真の戦場」があった。
部屋の中央に浮かび上がっているのは、カケル自身の『魂の生体データ』。
そこには、神から与えられた六つの権能――『シャザム(SHAZAM)』の魔術的なエネルギー構造が、光り輝く紋章として浮遊していた。
カケルは、チタウリの技術をリバース・エンジニアリングしたことで得られた「空間歪曲(ワームホール)の物理データ」を、自分の魂の解析コードへと打ち込んでいく。
(神の知恵(ソロモン)、神の怪力(ヘラクレス)、神の耐久力(アトラス)、神の雷(ゼウス)、神の勇気(アキレス)、神の神速(マーキュリー)……。これまでは、ただ与えられたシステム(変身の呪文)を、そのまま実行(エンターキー)していたに過ぎない。……だが、それでは駄目だ)
カケルは、ニューヨークでトニーが核ミサイルを背負って飛び込んだあの姿を、忘れていなかった。
トニーは神の力など持たない。ただの「人間の理性と知性」だけで、あの巨大な危機をハッキングしてみせた。
(神が作ったシステムなら、神が気分を変えればいつでも停止(シャットダウン)できる。そんな不安定なものに、私は自分の両親の命も、イージスの仲間たちの未来も、預けるつもりはない)
カケルはキーボードを叩く。彼の『ソロモンの知恵』が、自らの構成要素である「魔術の波長」を、純粋な量子力学の数式へと変換していく。
チタウリの空間歪曲技術を応用し、魔術エネルギーを物理的な「高密度プラズマ粒子」へと翻訳する、第一段階のハッキング・コードの構築。
「……神の力を、人間の科学(ロジック)で完全に代替してみせる。シャザムの六つの権能を、私の支配下に置く。それが完了した時、私は本当の意味で、この世界のシステムを上書きする」
暗闇の中で、カケルの青い瞳が、神の雷よりも冷たく、そして鋭く、ギラギラと輝いていた。
3:アメリカ政府の恫喝と、シールド(ヒドラ)の焦燥
「カケル・レイメイ氏。我々アメリカ政府、および国防総省は、貴社に対して極めて重大な懸念を抱いている」
ホワイトハウスの特別会議室。
カケルの前に座るのは、大統領補佐官をはじめとする、国家安全保障の最高幹部たちだった。彼らの背後には、武装したシールドのストライク・チーム(特殊部隊)が威圧的に控えている。
カケルは、高級なスーツを微塵も乱すことなく、椅子に深く腰掛け、退屈そうに爪を見つめていた。
「懸念、ですか。レイメイ・メディカルがニューヨークの復興資金として、すでに百億ドルの寄付を決定したことに対する感謝の言葉ではないのですね」
「ふざけるな!」
国防省の代表が、机を激しく叩いた。
「我が国が問題にしているのは、貴社が保有する民間軍事会社『イージス』の装備だ! あの『タートル・シェル』と呼ばれる重装甲服は、明らかに現行の国際武器取引規則(ITAR)に違反している! あれはもはや、一個の『歩く大量破壊兵器』だ!」
「違反? どの条項にですか?」
カケルは冷淡に問い返す。
「あれは純粋な『民間防衛用の警備スーツ』です。内蔵されているのは、被災地での生存確率を上げるための医療ナノマシンと、瓦礫を撤去するための人工筋肉。電磁加速銃(コイルガン)に関しても、我が社の敷地(プライベート・プロパティ)を守るための、正当防衛の範囲内の仕様ですが?」
「民間人が持っていい威力を遥かに超えていると言っているんだ! スタークのアイアンマンですら、政府は国会聴聞会を開いて接収を試みた! 君たちレイメイ・メディカルにも同様の、いや、それ以上の義務がある!」
大統領補佐官が、冷酷な目でカケルを睨みつけた。
「直ちに『タートル・シェル』のすべての技術開示、および製造ラインを我が国の国防総省の管轄下へ移譲しろ。さもなければ、国家安全保障上の脅威として、レイメイ・メディカルの全資産を凍結し、イージスをテロ組織に指定することになる」
国家という巨大な怪物が、その剥き出しの牙で、一人の若い経営者を噛み潰そうとする。
普通の人間であれば、その圧力だけで呼吸ができなくなるほどの恫喝だった。
しかし、カケルは、クスクスと小さく笑い声を漏らした。
「……何がおかしい」
「いえ、滑稽だなと思いまして」
カケルは立ち上がり、デスクに両手を突いて、政府の高官たちを逆に見下ろした。
「資産の凍結? テロ組織の指定? どうぞ、今すぐにでも実行してください。ただし、その瞬間に、レイメイ・メディカルが世界中に供給している『すべての人工臓器のパッチアップデート』および『先端医療ナノマシンの動作OS』を、完全に停止(シャットダウン)します」
「な……っ!?」
「現在、アメリカ国内の病院の、実に四十二パーセントが我が社の医療システムに依存しています。それが停止すれば、明日からの二十四時間で、全米のICU(集中治療室)にいる約一万二千人の重篤患者が、機械の停止によって死亡することになる。……彼らの遺族に対して、ホワイトハウスがどう言い訳するのか、私は非常に興味がありますね」
「貴様、国を脅迫する気か!」
「脅迫ではありません。純粋な『市場のロジック』です」
カケルは、冷徹極まる笑みを浮かべた。
「政府が私に牙を剥くというなら、私は私の持つ『世界への影響力(ハッキング)』を使って、ただシステムを守るだけです。それに……」
カケルは、幹部たちの背後に控えている、シールドのストライク・チームの隊長――ブロック・ラムロウへと、意地悪な視線を向けた。
「我が社を潰せば、あの『ライトニング』と呼ばれる、神の雷を操る真紅の超人が、再び怒り狂って、お前たちの本拠地(シールド)を灰にしに行くかもしれませんよ? 私と彼は、非常に良好な『協力関係』にありますから」
その言葉が出た瞬間、特別会議室の空気が、別の意味で完全に凍りついた。
特に、シールドの隊員たち、そしてその裏で通信を聞いていたシールド上層部の『ヒドラ』の幹部たちの中に、凄まじい戦慄が走った。
彼らは前話で、大西洋の秘密基地において、ライトニングという「神の化身」の圧倒的な暴力を、骨の髄まで叩き込まれていた。
二十一世紀の最新兵器が一切通用せず、ソニックブームだけで部隊を全滅させ、ゼウスの神雷で空間ごと存在を消し去る、あの底知れない怪物。
(……あいつは、ライトニングの代行者(窓口)だ)
ラムロウは、バイザーの裏で冷や汗を流していた。
(下手にレイメイ・メディカルを表から叩けば、あの『真紅の神』がホワイトハウスの上空に現れ、この国ごと我々を雷で焼き尽くす。……ニック・フューリーも、裏のボス(ピアース)も、今はあの怪物を刺激することだけは絶対に避けろと言っているんだ!)
「……今日のところは、このくらいにしておこう」
通信インカムからの指示を受けた大統領補佐官が、苦渋に満ちた表情で、ガタリと椅子を引いた。
「だが、レイメイ氏。政府は君の動向を、常に監視していることを忘れるな」
「ご監視、いつでも歓迎いたしますよ」
カケルは優雅に一礼し、シールド(ヒドラ)の兵士たちが、恐怖を隠せない目で自分を見つめているのを背中で感じながら、悠然と会議室を後にした。
(フン……『ライトニング』というブラフ(虚勢)が、完璧に機能しているな。彼らは私がライトニングそのものだとは夢にも思わず、ただの『神の代行者』だと思い込んでいる。恐怖という名のバグは、国家のシステムすらも簡単にマヒさせる)
カケルは、自らが仕掛けた世界のハッキングが、極めて順調に進行していることに、深い悦びを覚えるのだった。
4:キャプテン・アメリカの訪問と、隠された「生存への執着」
その日の夜。
マンハッタン郊外にある、イージス・ディフェンス・システムズの負傷兵リハビリテーションセンター。
決戦で負傷した隊員たちの治療経過を確認するため、カケルが一人で廊下を歩いていると、中庭に面したベンチに、場違いなほどガタイのいい、しかし酷く静かな佇まいの男が座っているのが見えた。
レザージャケットを羽織り、キャップを深く被っているが、その圧倒的な身体のフレームと、佇まいだけで、カケルは彼が誰であるかを瞬時に理解した。
スティーブ・ロジャース。――キャプテン・アメリカ。
「シールドの監視を撒いてまで、こんな民間の施設に何の御用ですか、星条旗の英雄(キャップ)」
カケルは、ポケットに手を突っ込んだまま、ベンチの横に立った。
スティーブはゆっくりと顔を上げ、キャップの庇の奥から、澄んだブルーの瞳でカケルを見つめた。
「君がカケル・レイメイか。……思ったよりも、ずっと若いな」
「若くて悪かったですね。私はあなたの生きていた時代(一九四〇年代)の基準で言えば、まだ子供のような年齢(二十八歳)ですから」
「いや、年齢の話じゃない。君のその『目』だ」
スティーブは立ち上がり、カケルと正面から対峙した。その体躯はライトニング(変身後)の神の肉体には及ばないものの、人間の極致としての圧倒的な威圧感があった。
「君の目は、あまりにも冷たすぎる。かつて僕の友人で、同じように天才と呼ばれたハワード・スタークという男がいた。彼も、世界のすべてを自分の技術でコントロールできると信じていたが……君の目には、ハワード以上の『危うさ』がある」
「ハワード・スターク。トニーの父親ですか」
カケルはフッと鼻で笑った。
「過去の遺物であるあなたに言っておきますが、世界はあなたの時代のように『善と悪』のシンプルな二元論では動いていません。必要なのは、強固なシステムと、それを維持するための徹底的なロジック(合理性)です」
「ロジック、か」
スティーブは、中庭のガラス越しに、施設の中で『タートル・シェル』を脱ぎ、最先端の義肢(レイメイ製)の調整を行っているイージスの隊員たちの姿を見つめた。
「ニューヨークの戦場で、僕は君の兵士たち(イージス)の戦い方を見た。彼らは、チタウリの攻撃から、自分の命を投げ出すようにして一般の市民を庇っていた。……だが、シールドの報告書によれば、君は彼らを『ただの防壁(パーツ)』だと公言しているらしいな」
「事実です」
カケルは冷淡に言い放つ。
「彼らはイージスという世界の盤面を維持するための、頑強なコンクリートの壁に過ぎない。パーツが壊れれば修理し、使い物にならなくなれば交換する。それが私の合理性(ロジック)です。あなたのように、精神論や正義感という不確かなもので兵士を戦場に駆り立て、結果として多くの仲間(ハウリング・コマンドーズ)を死なせてきた過去の遺物に、私のやり方を批判される筋合いはありません」
スティーブの表情が、一瞬だけピクリと強張った。かつての戦友たちの死を、これほどまでに無残に合理性の刃で切り裂かれたのだ。普通の男であれば、ここで拳を握り締めていただろう。
しかし、スティーブは激昂しなかった。
彼は、カケルの冷徹な言葉の「裏側」にある、ある強烈な違和感を、戦場を生き抜いてきた兵士としての直感で見抜いていた。
「……ハワードとは違うな」
スティーブは、フッと寂しげに、しかし確かな温かみを持った微笑を浮かべた。
「何がですか」
「ハワードは、兵器を作って軍に売ったが、その兵器を着た兵士たちの『その後』には興味を持たなかった。……だが、君は違う。君は彼らを道具(パーツ)だと呼びながら、その道具が『絶対に壊れないように』、過剰なまでの装甲(タートル・シェル)を与え、傷つけばレイメイ・メディカルの最高機密であるナノ医療を惜しみなく投入して、彼らを元の生活に戻そうとしている」
スティーブは、カケルのスーツのポケットから微かに覗いている、小さな薬瓶を指差した。
「それは、君の会社のメインサーバーの警備主任(ジョン)のための、特製の神経修復剤だろう? シールドの医療班が『現代の医学では再生不能』と匙を投げたジョンの脊髄を、君は自分で調合した薬で、夜通し付き添って治療したと聞いた。……パーツの修理にしては、あまりにも過保護で、執着に満ちていると思わないか?」
「それは……!」
カケルは、初めて言葉を詰まらせた。
脳内の『ソロモンの知恵』が、この矛盾(バグ)を合理化するための言い訳を必死に検索しようとするが、スティーブのあまりにも真っ直ぐな瞳の前に、すべてのロジックがフリーズした。
「君は、自分が思っているほど、冷酷な人間じゃない」
スティーブは、カケルの肩をポンと優しく叩いた。
「君はただ……誰かを失うことが、怖くてたまらないだけなんだ。だから、完璧なシステム(鎧)で、彼らを、そして自分を囲っている。……正義だのロジックだのはどうでもいい。だが、戦場で必死に市民を守った君の兵士たちを、僕は誇りに思う。彼らをこれからも、頼んだよ。レイメイ氏」
スティーブはそう言い残すと、キャップを深く被り直し、シールドの監視の隙間を縫うようにして、静かに闇へと消えていった。
カケルは、一人中庭に残され、スティーブに叩かれた自分の肩をじっと見つめていた。
「……お節介な、老人だ」
カケルはぽつりと呟き、ポケットの中の神経修復剤のボトルを、強く握り締めた。
(私は冷酷だ。冷徹な観測者だ。……そうでなければ、この神の力(シャザム)に、前世の記憶という異常なバグ(異物)に、私の精神が耐えられるはずがない)
しかし、そう自分に言い聞かせるカケルの胸の奥には、スティーブに見抜かれた「人間味(バグ)」の温かさが、消えることなく、確かに拍動し続けていた。
5:エピローグ
深夜。レイメイ・メディカルの地下最深部、プライベート・ラボ。
カケルは、自らの魂に宿る『シャザムの六つの権能(魔術的OS)』をホログラムの量子画面に展開し、チタウリの生体サイバネティクスから得られた「背景放射の受信ロジック」を、そのハッキング・コードの最終行へと滑り込ませていた。
画面上には、無数のエラーコードが赤く点滅していたが、カケルが最後のキー(エンター)を叩いた瞬間、それらすべてが、鮮やかな『青(サファイア・ブルー)』へと一斉に書き換わった。
**【神の権能:『マーキュリーの神速(Speed of Mercury)』――リバース・エンジニアリング、第一段階完了】**
**【魔術エネルギーの量子波長変換:成功。個体識別コード『カケル・レイメイ』への権限委譲を承認】**
「……よし」
カケルは、額の汗を拭うこともせず、狂気的な達成感と共に口元を歪めた。
神から与えられた、ただ変身するだけの『呪文(システム)』。
それをカケルは、自らの現代科学とソロモンの知恵を融合させることで、ついに「魔術を物理学へと翻訳し、神の許可なしに発動できる独自のアプリケーション(プログラム)」として、その一端を解体・支配することに成功したのだ。
まだ全体の数パーセントに過ぎない。だが、これは「人間が、神のシステムをハッキングした」という、人類の歴史における決定的な初の一歩だった。
アメリカ政府がイージスの物量に怯え、
シールド(ヒドラ)がライトニングという偽りの神の雷に焦燥し、
トニー・スタークが宇宙への恐怖から、より強固な自動防衛システム(ウルトロン)の妄想に囚われ始めている、この混沌の時代。
カケル・レイメイだけは、世界の誰よりも先、遙か未来の領域を見据えていた。
「政府も、アベンジャーズも、シールドも、私の敷いた盤面(プロット)の上で、精々踊っているがいい」
カケルは、青く発光する画面を消去し、静かに白衣を羽織り直した。
「世界がどれほど混沌(バグ)にまみれようとも……私は私の科学(ロジック)で、この世界のすべてをハッキングし、支配(アップデート)してみせる」
原作の知識など、彼にはない。この先に、どんな絶望的な宇宙の覇者が地球を狙っているのかも、彼は知らない。
だが、そんなものは関係なかった。
彼には、大切なものを絶対に死なせないという、あまりにも強欲で、あまりにも人間味に満ちた「知性の反逆(ハッキング)」があるのだから。
漆黒の闇の中、二十八歳の天才は、世界という巨大な檻に向かって、静かに、しかし確実な宣戦布告の笑みを浮かべるのだった。