MCU転生チート主人公の思考実験   作:鳥ささみ

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第6話

 

1:二〇一四年・春

 

二〇一四年。ニューヨーク決戦から二年が経過した世界は、一見すると平和を取り戻したかのように見えた。だがその実、超人たちの存在は、既存の軍事ロジックを根底から狂わせる「致命的なバグ」として、各国の防衛システムを苛み続けていた。

 

トニー・スタークが、宇宙の深淵への恐怖からパニック障害を患い、その脆弱な精神を覆い隠すようにスマートなアイアンマンスーツを乱造していた頃――。

ニューヨーク郊外、地下数千メートルに構築されたイージス・ディフェンス・システムズの秘密ドックで、三十二歳になったカケル・レイメイは、それとは全く異なる「恐怖」と「対抗心」の結晶を完成させつつあった。

 

カケルには、この世界の未来を知る「原作知識」など何ひとつない。

だが、彼には世界最高峰の科学的知性と、神の権能『ソロモンの知恵』があった。二年前のニューヨーク決戦の全データを冷徹に分析した彼は、アベンジャーズという組織、とりわけ「ブルース・バナー」という一個の生体兵器の存在に、強烈な危機感を抱いていた。

 

「……計算が合わない」

 

カケルはホログラム上に展開された、緑色の巨獣――ハルクの戦闘データを睨みつけながら、細い指でキーボードを叩いた。

 

「ハルク。生体組織の密度、分子結合の強度は既存の生物学の枠を遥かに超越している。怒りの感情(アドレナリン)に同期して質量と出力が無限に自己増殖するシステム。……これは生物ではない。ただの不確定要素の塊(バグ)だ。もしあの巨獣の制御システムが逆流し、マンハッタンではなく、我が社のレイメイ・メディカル本社や、私の両親の住む郊外の住宅地に牙を剥いた場合、現在の『タートル・シェル・マークII』の重装甲であっても、面で圧殺される」

 

カケルの設計思想は一貫している。徹底的な生存性の担保、そして組織としての物量。

一個の天才がその時々の感情で世界を救うような綱渡りを、彼は本質的に信用していない。ハルクの「暴走する肉体の質量」や、チタウリの『リヴァイアサン』という「巨獣の暴力」に対抗するためには、それを物理的に上回る「絶対的な質量と出力」を用意する以外にないと、カケルの論理は結論づけていた。

 

「――スタークが『個の極致(スーツ)』に拘るというなら、こちらは『空間の支配(重機)』でそれを叩き潰す」

 

カケルが視線を向けた先。巨大な地下ドックの固定クレーンに吊り下げられていたのは、全高約五メートルにおよぶ、鋼鉄の巨神だった。

 

識別名――**『ブレイク・スルー(戦術汎用重機)』**。

 

それはトニー・スタークが後に作る、人間の骨格を肥大化させたようなパワードスーツ(ハルクバスター)とは、根本から一線を画する兵器だった。

ビジュアルはまさに、戦場に降臨した自律・有人型の歩兵戦闘ロボット(タイタン)。チタウリの生体金属をリバース・エンジニアリングし、分子配列をカケルの魔術的知見で組み替えた複合結晶装甲は、武骨で角張った傾斜を持ち、圧倒的な質量感を放っている。

 

背面のマトリクスに収められているのは、カケルが魂のOSから『ゼウスの神雷』を完全にハッキングし、純粋な量子力学のエネルギーとして抽出・量産化することに成功した専用の「量子プラズマ・ジェネレーター」である。カケルの肉体を電池にするような目先の危険なリスクなど、彼の完璧なロジックが許すはずがない。彼は神の力を「完全に工業製品として安定制御するシステム」を二年間で構築しきっていた。

 

イージスの隊員が重装甲服『タートル・シェル・マークII』を着用したまま、胸部のハッチを開いてその精神リンク式コックピットに「乗り込む」ことで、この巨神は手足のように駆動する。

 

「タカシ、技術班からの最終同期が完了した」

コックピットの調整を終えたジョンが、機体からワイヤーで降りてきて、カケルの横に並んだ。

「信じられないパワーだ。シミュレーションを走らせたが、これ一機で、あの緑の怪物(ハルク)と正面から殴り合って、文字通り『踏み潰す』ことができる。……お前は本当に、怪物を飼い慣らす天才だな」

 

「勘違いするな、ジョン。私はただ、予測可能なリスク(バグ)を排除するための道具を作っただけだ」

カケルは白衣のポケットに手を突っ込み、冷たく言い放った。

「世界は、アベンジャーズという不確かな奇跡に依存しすぎている。彼らが世界を壊す前に、私たちがその手綱を握る。それがイージスの論理だ」

 

その時、ドックのメインアラートが、見たこともない血のような深紅の光を放ち、けたたましく鳴り響いた。

 

2:インサイト計画と「不確定要素(レイメイ)」の排除

 

『警告。シールド(S.H.I.E.L.D.)のメインサーバーより、我が社の防衛ネットワークに対する、強制的なバックドアの形成を確認。……これはハッキングではありません。最上位の管理者権限による、物理的なシステム接収です』

 

人工知能の無機質な音声が響く。

 

「何だと……!? シールドが我が社を攻撃しているというのか!?」

ジョンの顔色が変わる。

 

カケルは眉ひとつ動かさず、ホログラム画面に指を走らせた。彼の『ソロモンの知恵』が、電脳空間を流れる膨大なデータストリームの「嘘」を瞬時に見抜く。

 

「いや、シールドではない。シールドの皮を被った、別の組織だ。……二年前、大西洋の基地を襲ってきたあの『蛇(ヒドラ)』どもが、ついにシステムの内側から宿主を食い破って蜂起したらしい」

 

画面に表示されたのは、ワシントンD.C.のシールド本部(トリスケリオン)から浮上しつつある、三機の巨大な新型ヘリキャリアの姿だった。

それは、チタウリの推進技術を部分的に取り入れ、全地球の市民を衛星軌道から常時監視・照準する、恐るべき大量虐殺システム――『インサイト計画』。

 

「ハッキングした暗号データを解析した。このシステムの核にあるのは、アルゴリズムによる『未来の脅威の自動排除』だ」

カケルの瞳が、極限の冷徹さで細められる。

「現在の社会体制、思想、知性を分析し、将来的にヒドラの支配の妨げになる人間を、数百万単位で先制殺害する。……そして、そのターゲットアルゴリズムの最上位リストに、面白い名前がある」

 

ホログラムの画面上で、赤い照準マークが高速で点滅している。

 

**【TARGET NO.0001:KAKERU REIMEI(TAKASHI SAITO)】**

**【TARGET NO.0002:TONY STARK】**

**【TARGET NO.0003:STEVE ROGERS】**

 

「私とトニー、そしてキャプテンが、同列で『最大のリスク』に指定されている。……光栄なことだな。ヒドラの人工知能(ゾラ)は、私の『合理性』が、彼らの世界支配にとって最も不都合な異物(バグ)であると、正しく計算したわけだ」

 

『報告。上空のヘリキャリア二号機の巨大主砲が、照準を固定。……ロックオン対象は、ニューヨークのレイメイ・メディカル本社ビル、および、郊外のレイメイ夫妻の自宅です。発射まで、あと三百秒』

 

「な……っ! 建物だけじゃない、お前の両親まで狙われているぞ! タカシ!」

ジョンが叫ぶ。

 

カケルは、デスクの上で固く拳を握り締めた。

脳内の『ソロモンの知恵』が、冷酷な確率論を弾き出す。

ワシントンに向かい、キャプテン・アメリカたちの戦いを支援し、ヘリキャリアのチップを書き換えるべきか? いや、それではニューヨークの発射までに間に合わない。両親を救うためにライトニングに変身して飛行するか? それでは、レイメイ・メディカルの全システムとイージスの技術が、ヘリキャリアの主砲によって一瞬で灰になる。

 

「……神のシステム(プロット)に頼るなと、自分で決めたはずだ」

 

カケルは、静かに目を閉じた。

彼の中に眠る、前世からの記憶。そして、この世界で「カケル・レイメイ」として生きてきた二十三年の時間が、彼の理性を、猛烈な『意志』へと変換していく。

 

呪文を叫んで、神の姿(ライトニング)になり、奇跡を乞うのは、科学者の敗北だ。

神が用意した変身のシステムではなく、自分が二年間かけてハッキングし、解体し、構築し直した『自分のロジック』で、このバグを上書きする。

 

「ジョン。全隊員に告げろ。『プロトコル・シャザム』を発動する」

 

「……ついに、あれを使うのか」

ジョンの目が、武者震いに見開かれる。

 

「神に祈るな」

カケルは目を開けた。その瞳は、神の雷よりも眩い、青い量子光を放っていた。

「私たちの科学で、あの空飛ぶ傲慢(ヘリキャリア)を、地に叩き落とすぞ」

 

3:『プロトコル・シャザム』――システムを統べる「絶対理性の玉座」

 

カケルはCEO執務室の専用コントロール・ポディウム(制御台)の中央に立ち、変身呪文「シャザム」を叫ぶ代わりに、自身の携帯端末の画面を強くタップした。

 

**【PROTOCOL SHAZAM:RUN(実行)】**

 

その瞬間、地下数千メートルのドックに設置された「量子魔術コンバーター」が完全に同期を開始。カケルの魂に刻まれていた『シャザムの六つの権能』という魔術的なエネルギー構造が、システムを通じて完全に物理的な電気信号、および量子パッチへと変換され、イージスのネットワーク全体へと『同期転送(ハッキング・パッチ)』されていく。

 

「――システム起動。『マーキュリーの神速』を、私の脳細胞へアプリケーション実行」

 

カケルの思考速度が、光速の領域へと一瞬で引き上げられた。

周囲の空気が、まるでゲル状に固まったかのように静止する。一秒が数万時間に引き延ばされた、絶対的な理性の世界。

 

カケル自身の肉体をバッテリーにするような非合理的な手段は取らない。その代わり、光速に達した超のつく思考の並列処理(マルチタスク)を維持するため、カケルはコントロール台に両手を固定し、外界の感覚を遮断して「システムOSの絶対的な統括者(マスターコア)」として君臨した。肉体的ダメージこそないが、全方位の戦況を一人で瞬時に演算し、命令を下し続けなければならないため、彼は物理的にこの場所から一歩も動くことはできない。

 

カケルはその静止した時間の中で、イージスのメインサーバーを通じて、地下ドックに眠る数十機の戦術汎用重機『ブレイク・スルー』のAIへ、同時に複雑な命令コードを書き込んでいった。

 

「『ヘラクレスの剛力』および『ゼウスの神雷』の工業化出力を、量子プラズマとして『ブレイク・スルー』の全機体、および『タートル・シェル・マークII』の人工筋肉へ同期転送(シンクロ)。……神の力を、兵器のスペックとしてハッキング・ダウンロードする。制御はすべて完了した。……これより先は、現場の領分だ」

 

カケルが脳内でエンターキーを押すと、現実の時間があふれ出すように動き出した。

 

ニューヨーク郊外の広大な荒野。その地面が、幾何学的な円形にスライドして割れた。

地下の超大型磁気射出カタパルトから、青いプラズマの尾を引いた数十個の「鋼鉄の質量」が、もの凄い速度で、垂直に夜空へと撃ち上げられた。

 

**ズガアアアアアアアアアアアアアンッ!!!**

 

それは、トニー・スタークの洗練された飛行ではない。

純粋な電磁気力と、マーキュリーの神速の慣性を付与された、数千トンの質量兵器の「投射」だった。

 

その頃、ニューヨーク上空、雲海を突き抜けて浮上し、レイメイ・メディカル本社にその巨大な牙(主砲)を向けようとしていたヒドラのヘリキャリア二号機。

ブリッジにいたヒドラの指揮官は、レーダーに突如現れた、下層からの圧倒的な速度の質量接近アラートに目を見開いた。

 

「下層から接近物!? 速度マッハ七! ミサイルではない、この質量は……何だ!?」

 

「空から、何かが降ってきます!!」

 

次の瞬間、雲海を割って、夜空から「鋼鉄の巨神」たちが、凄まじい質量を伴ってヘリキャリアの甲板へと容赦なく降り注いだ。

 

**――ドゴォォォォォォォォォォォンッ!!!**

 

まさに、**『タイタン・フォール』**。

 

一機あたり数十トンにおよぶ『ブレイク・スルー』の巨体が、マッハの速度で甲板へと直撃したのだ。その凄まじい落下の衝撃波だけで、ヘリキャリアの滑走路は無残に陥没し、並べられていたヒドラの最新鋭戦闘機(クインジェット)が、紙細工のように四散して炎上していった。

 

4:ニューヨーク上空の死闘(組織の物量 vs 陰謀の巨艦)

 

「――イージス各機、ハッチオープン。システム・リンク、良好だ!」

 

ヘリキャリア二号機の甲板に激しく着地した、一号機『ブレイク・スルー』の胸部コックピットの中で、ジョンは不敵に笑った。

彼の全身は『タートル・シェル・マークII』に包まれており、スーツの神経コネクタが、カケルの構築したタイタンの操縦OSと完全に同期している。カケルの完璧な後方演算サポートのおかげで、機体の挙動は恐ろしいほど滑らかだった。

 

「おい、ヒドラのトカゲども」

ジョンが操縦桿を握り締めると、全高五メートルの巨神が、青い量子火花を全身から激しく吹き出しながら、地響きを立てて突進した。

 

**ズガァァァァンッ!!**

 

ジョンの一号機が、ヘリキャリアの対空機関砲塔をその巨大なマニピュレーター(剛腕)で掴むと、神の出力を得た超出力サーボモーターのパワーで、根元から強引に引きちぎった。

別格の怪力。そして、その数トンの鉄塊を、押し寄せるヒドラの歩兵部隊へと向かってフリスビーのように投げつける。一瞬で戦列が瓦解した。

 

「右舷推進プロペラを破壊しろ! 浮かせておく必要はない!」

無人で自律駆動する他の『ブレイク・スルー』たちが、背面のプラズマ・スラスターを噴射して跳躍し、ヘリキャリアの巨大なローター(推進翼)へと取り付いた。

チタウリの技術をリバース・エンジニアリングし、ジェネレーターから直接高圧プラズマを充填された超大型電磁加速銃(コイルガン)が、至近距離からローターの回転軸へと、青白いプラズマ弾を容赦なく叩き込んでいく。

 

**バリバリバリバリバリバリバリッ!!!**

 

「ローター三番、四番、大破! 出力低下! 艦が傾きます!」

ブリッジは、完全なパニックに陥っていた。

彼らが想定していたのは、キャプテン・アメリカのような超人による「内部からの潜入・チップの書き換え」だった。だが、目の前で起きているのは、カケルの完璧なシステムに支えられた、想定外の『巨大ロボット兵器による、圧倒的な物量での外部からの物理解体』だった。

 

しかし、ヘリキャリア二号機のメイン主砲が、不気味なエネルギーをチャージし終え、完全にニューヨークの街へと狙いを定めた。

ターゲット――レイメイ・メディカル本社、およびカケルの両親の自宅。

 

「間に合え……! 主砲を発射しろ!」

ヒドラの指揮官が狂ったように叫ぶ。

 

その瞬間、ジョンのインカムに、超高速思考状態のままポディウムで指揮を執るカケルからの、極めて冷静なノイズレスの脳波通信が届いた。

 

『……ジョン。二号機のエネルギー回路のバイパスをハッキングした。主砲の臨界点に合わせて、エネルギーが最も逆流しやすい脆弱なノード(座標)をマークする。送ったデータの通りに、お前たちのその鉄の拳(ロジック)を叩き込め』

 

「応よ、ボス!!」

ジョンは叫び、操縦桿を最大まで押し込んだ。

一号機『ブレイク・スルー』の全身のチタウリ装甲が、ジェネレーターの出力を限界まで吸い込み、眩いばかりの白銀に発光する。

 

「お前たちの狙うその場所には、俺たちのボスの、すべてが詰まってるんだよ!! 落ちろぉぉぉぉッ!!!」

 

『ブレイク・スルー』の巨体が、ヘリキャリアの主砲の砲門へと文字通り肉薄し、エネルギーを限界まで充填したコイルガンの銃口を、カケルの指示したノードへ向かって突き刺した。

 

**――――轟ッ!!!!Target locked!!!!**

 

引き金が引かれた瞬間、極大の量子プラズマが、主砲の内側へと一気に逆流した。

天を裂くような青白い光の爆発。ヘリキャリア二号機が放とうとしたインサイト計画のエネルギーは、内側から完全に相殺され、巨大な砲身を木っ端微塵に爆破し、そのままヘリキャリアの艦首を大きく消し飛ばした。

 

「ば……化け物め……! 組織の連携(ロジック)が、ここまでの出力を出すというのか……!?」

ブリッジの指揮官が、炎上する甲板を見つめながら、恐怖に声を震わせる。

 

傾き、炎上しながらも、カケルの書き換えた制御システムによって、ヘリキャリア二号機はニューヨークの街に墜落することなく、ハドソン川の安全な領域へと、ゆっくりと不時着していくのだった。

 

5:エピローグ

 

インサイト計画は、完全に崩壊した。

ワシントンD.C.でキャプテン・アメリカたちが二機のヘリキャリアを同士佇みさせて撃沈した裏で、ニューヨーク上空の二号機は、カケルの描いた完璧なプロットと、イージスの圧倒的な「ロボット兵器の物量」によって、物理的に完全制圧されていた。

 

シールドは崩壊し、その極秘データは、ナターシャ・ロマノフの手によって世界中のネットの海へとリークされた。

国家の防衛システムが完全に麻痺し、世界が深刻な権力の空白(バグ)に直面する中――。

 

カケルはコントロール・ポディウムのロックを解除し、ゆっくりと一息ついた。

肉体の負担は皆無だが、何十機ものタイタンと同時に精神リンクを張っていた脳の疲労を癒すように、デスクの高級な椅子へと深く腰掛ける。画面には、ハドソン川に安全に不時着し、ジョンたちイージス隊員によって完全に制圧されたヘリキャリア二号機の映像が映し出されている。

 

「……見たか、神よ。私は一歩も動かず、呪文一つ叫ばず……私の科学と、私のシステム(現場の人間)だけで、お前の用意した陰謀(プロット)をハッキングしてみせたぞ」

 

その時、デスクの上の最高機密ホログラム通信が、強引な割り込み接続によって激しく点滅した。

割り込んできたのは、マリブの豪邸の地下研究所にいるトニー・スタークだった。

 

トニーは、画面に表示された「シールドのリークデータ」の最奥にある、ある秘匿ファイルを凝視していた。

そこには、二年前、自分にパラジウムの中和剤を送り、自分の数式を弄り続けてきた謎の天才『タカシ・サイトウ』の、真の生体IPアドレスと、その本名が記載されていた。

 

**【KAKERU REIMEI(黎明駆)】**

 

トニーは、手に持っていたレンチを床に落とした。その金属音が、静かな研究室に虚しく響く。

 

「……君だったのか」

トニーは、信じられないものを見るような目で、画面に映し出されたカケル・レイメイの顔写真を見つめた。

「最初から……僕の盤面も、シールドも、この世界の技術革新のすべてが、君という一人の若造にハッキングされていたわけだ。カケル……いや、サイトウ」

 

カケルは、高級な白衣の襟元を少し整え、変わらない冷淡さで言い放った。

 

『気づくのが遅いな、トニー・スターク。シールドの暗号システムなど、私のセキュリティの前には障子紙のようなものだ。君がリークデータを見て私の正体に辿り着くまで、実に十四分もかかっている。脳の衰えを疑った方がいい』

 

「ハッ、相変わらず可愛げのないストーカー野郎だ」

トニーは、自嘲気味に笑いながら、画面にニューヨーク上空の映像を映し出した。そこには、ヘリキャリアの甲板で仁王立ちする、全高五メートルの巨大ロボット『ブレイク・スルー』の姿がバッチリと映っていた。

「……で、あの『タイタン』とやらは何だ? 僕が密かに進めていた、ハルクの暴走対策用の大型アーマー(ハルクバスター)の計画書でも盗み見したか?」

 

『寝言は寝て言え、ブリキ缶の天才』

カケルは、不敵に笑った。

『君の設計思想は、常に一人の人間に頼りすぎている。だが、私はハルクという不確定要素(バグ)を論理的に計算し、それを組織としての質量で「踏み潰す」ためのシステム(重機)を作った。私は一歩も動いていない。だが、私のシステムを信じて戦う現場のロジックが、君のハルクバスターを遥かに凌駕したんだよ』

 

トニーは、悔しそうに口元を歪めながらも、その目の奥の「焦燥(宇宙への恐怖)」が、カケルの傲慢なほどの絶対的自信によって、僅かに和らぐのを感じていた。

世界はシールドを失い、混沌へと向かっている。だが、この生意気な若造だけは、自身のシステムを完全に制御し、次の盤面を見据えている。

 

「世界はこれから、さらに醜い戦場になるぞ、カケル。君のその完璧なシステムとやらで、本当に世界を維持できると思っているのか?」

 

『言ったはずだ、トニー』

カケルは、自身のスマートフォンに届いた、郊外のシェルターへ避難を完了した母親からの「無事よ」という短いメールを見つめ、最高に人間らしいギラギラとした笑みを浮かべた。

 

『世界がどれほど醜いバグ(混沌)に塗れようとも、私のシステムがそれをすべて上書き(アップデート)する。お前のその貧弱な知性で、私の合理性についてこられるか?』

 

通信が切れる。

カケルは、完璧に稼働しきった自らのシステムへの絶対的な確信と共に、静かにコーヒーに口を付けるのだった。

 

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