ひとりのオークの男が膝をつき、泣きながら叫んだ。そう平和がやってきたのだ、やってきてしまったのだ。
そして、その平和はこの男のほとんど全てを奪うのだ。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ仕事が遅れた時に、最悪のタイミングで挽回の手立てのない平和が襲ってきたのだ。もはやこれまで……男は夜の闇に紛れてオルクセン王国を後にした。
最愛の家族を、娘を捨てて……
「そんな馬鹿なことがあるか!」
ファルマリアに移動した総軍司令部に集まった我が王、グスタフ・ファルケンハインをはじめとしたオルクセン王国軍の幹部たちが皆叫んだ。
「そんな馬鹿なコトになってしまったのです、こんな、こんなタイミングで」
キャメロット連合王国の在オルクセン駐在公使であるクロード・マクスウェルが言う。休暇中の領地から拉致されるようにキャメロットの首都ログレスに呼び戻され、大慌てでこの地までやってきた彼は四通の親書を携えて来た。一通は母国であるキャメロット連合王国からの親書、もうひとつは今現在オルクセン王国が戦争をしているエルフィンド王国のもの、それぞれにアールブ語とキャメロット語で書かれたものがあり、しめて計四通である。クロードが読み上げた内容は心底、この場にいる者たちを驚かせたのだ。
「あの気位の高いエルフィンドの女王が敗戦を認めると、現時点での和睦を希望するとキャメロット連合王国を頼って来たと……」
オルクセン王国外務大臣のクレメンス・ビューロがつぶやく。
キャメロット連合王国からの親書はエルフィンドからの和平案を受け入れて欲しいとの要望書だ。エルフィンド王国からの親書は要約すると
『親愛なるオルクセン国王と国民に対してエルフィンドの女王の名の元に、ここに敗北を認める。ただし無条件降伏を受け入れるのは困難であり、以下の和睦案を提示す。シルヴァン川流域のエルフィンド領(河川より20km範囲)及びダークエルフ居住地の譲渡、エルフィンド海軍全ての艦船と基地施設の譲渡。我が王家は退陣しエルフィンドは第三国の監視・協力の元で選挙による民主国家化を実施、迅速に新体制を作るものとする。オルクセン王国には何より我が民とその命の源である白銀樹についてその保護保全を願う』
「ベラファラス、モーリア、ファルマリアの戦いでオルクセン王国軍の強さと準備に勝つ見込みがないと判断、敗北を受け入れるに至ったので仲介を我が国に頼って来たのです」
クロードが淡々と話す。
「……そして、これは文章では出せないからと口授されたのですが、ファルマリアでオルクセン軍が追撃したエルフィンドの民、軍と民間住民にキャメロットの記者が帯同していて、現在、エルフィンド国内で保護されている、と。」
「くっ!」
オルクセン王国の幹部の誰か……いや、国王グスタフが思わず声を漏らす。
勝敗が決まればエルフィンド王国が無条件降伏に首を縦に振らずとも、もはやダークエルフの居住地を襲い、虐殺した「レーラズの森の事件」の事実だけでほぼ無条件降伏に近い状況にすら追い込めると思っていたのだ。
だが、ファルマリアから逃げたエルフィンド軍と追撃戦を繰り広げた、ダークエルフで構成されたアンファングリア旅団が多数の民間住民まで手にかけてしまっていたのである。「レーラズの森の事件」の発覚はダークエルフの正気を失わせてしまったのだ。
このファルマリア追撃戦の事実を知ったオルクセン王国としては現在、この件については公式にいっさい公言しない対応を取ると決めたばかりだったのだが、第三国であるキャメロットの記者がその惨劇を見ており、この後、それを世界に広く報道された場合にはオルクセン王国が『侵略戦争を仕掛け、怒りのまま多くの民間住民を虐殺した国』と後世まで言われ続ける状態となる。
『平和なエルフの国を焼き払った野蛮な国』と言われる覚悟はしていた国王グスタフであるが、その罪は出来るだけ自分が背負う、背負えると思っていた。だがしかし、民間住民を虐殺した国されるのは……そして、その虐殺をしたアンファングリア旅団を率いているのはグスタフの女でもあるディネルース・アンダリエルなのだ。
彼女とその部下に覚悟は無いとは思わないが、だがしかし……
オルクセン側が『ことの発端』にしたのはエルフィンドがオルクセン王国の領地を含むシルヴァン川流域を自分の領地のように公文書で扱ったからであり、近隣国全てがそれを承知している中で、その流域全てについてオルクセンに差し出すと言われれば、それ以上の要求は難しい。さらに海軍施設などの付加価値もつけているのだ。エルフィンド王国は負け戦の中、絶好のタイミングで巧妙に作られた和睦案をキャメロット連合王国に託したのだ。気位が高いどころか実に現実的で民に寄り添った王家だったのだ。
「しかし我が王、我が国がこんな話を受け入れる必要はないでしょう!各国もここで戦争を終わらせるのは。なにより我が国の財務計画が……」
小さな眼鏡を鼻に乗せたオークが言う。財務大臣のマクシミリアン・リストだ。彼は努力してきた。この戦争のために経済でもオルクセン王国を強い国とするために。そして戦争特需によって皆が儲かると他国を巻き込み、膨大な戦費を作り出すコトに。そして行きく先に見据えていたのはエルフィンドの領土化とその開発投資……
だが、彼の大切な金で揃えた軍備は無駄な投資となってしまう。儲かると他国を煽った戦争特需が反映されるのはまだこれからだ、シルヴァン川流域?そんなところに開発投資の価値なぞあるか、欲しいのは、欲しかったのはインフラも箱モノも増やすに値する、民が沢山いるエルフィンドの都市、そして首都なのだ!
戦争を行っても戦争に勝って経済成長を促すように緻密に作った計画が動き出した途端に頓挫する。国内の物価上昇は既に始まっているが、この勝ち方に納得しない国民はすぐに物価に物申すだろう。投資してくれたファーレンス商会などにバックするなにものもない。それどころかファーレンス商会を率いるイザベラ・ファーレンス女史やヴィッセル社のヴィーリ・レギン会長などエルフィンドの壊滅を望んでやまぬ方々は、この状況をどう思うのか。
しかし、戦争は終わらせた。終わってしまった。平和がやってきた。
オルクセン王国には勝利の凱歌が消えぬうちにじわじわと貧しさが襲ってきた。餓死するような状況ではないが、他国からの信用を少なからず失ったコトが貨幣価値からも相場からも滲み出ている。使う当てのない軍備だけが残った国には景気の復活はそう簡単に望めない。後に『失われた30年』と呼ばれる成長の無いなだらかな下落、不景気が続くのだった。
和睦案の裏側での調整の結果、ファルマリア追撃戦の話は秘匿されたままとなった。だがしかし、故郷の土地が帰って来たのに首都近くのヴァルダーベルクに住んだままのダークエルフ、アンファングリア旅団には王国軍上層部からの、いや近隣の民からの風当たりすらもじわじわと地味に強くなってきた。
もちろんシルヴァン川を超えた故郷へ帰り農業や狩猟の生活へと戻ったダークエルフもいたが、2割に満たない数だった。理由は簡単、ダークエルフたちは既に都会暮らしに慣れ、離れられなくなっていたのだ。ちょっと足を延ばすだけでオルクセン王国の首都ヴィルトシュヴァイン、鉄道線路が張り巡らされた大廈高楼の街はダークエルフたちの心を、舌を、胃袋を離さなかったのだ。オルクセンの服は上質で可愛く、オルクセンの酒も飯も旨すぎる……
~ つ づ く ~
オルクセン王国史の二次創作その2になります。
簡単な小話にするつもりでしたが、若干自分の技量では纏めきれず、とても短い話を数話かけて語りたいと思います。
最初のみなんとなくお堅い話なのですが、当然のごとく今後はネタだらけのポンコツ話になる予定です。
それでは皆様、お暇があればオルクセン王国女子プロレスの旗揚げにお付き合いください!