絢爛!エルフィンドールズ   作:えびたこ

10 / 10
マスクマン。

どこからともなく現れて、正体を隠したまま戦い去っていくマスクマン。

なかでもあのマスクマンを見た時の驚きと感動は今だ忘れられない。

二次元からやって来て、三次元のマットに立ち、四次元の技を見せてくれた

あの素晴らしいマスクマン。

新しいマスクマンが現れる度に彼のコトを思い出す……





第10試合 夏の夜の惨劇

 

 

 ディネルース・アンダリエル少将は上機嫌だった。やっとたどり着いた旗揚げ興行は1試合目から盛況、やる試合やる試合お客さんは盛り上がり、白ビールは飛ぶように売れ、なにより我が王グスタフが腕を上げ、声を上げて喜んでいた。彼の夢もまた少し叶えられたのではないだろうか。

 

 試合の間には西側控室横に置いた指揮用のディネルース座る、四角い小さな机にも多数の人が押し寄せた。居酒屋の店主からの差し入れをもってくるディアンドル姿の旅団の部下、グスタフからの指示のものを持ってくる警護班、テスト興行にも来ていた軍の上役や識者、ファーレンス商会のイザベラ・ファーレンス女史、ただの酔客なども。

 

 いずれも白ビールや別会場で仕入れたワイン、火酒などを持ってきて、ディネルースは断らずに全て飲み干した。合間には自分の腰につけていた水筒に入った火酒も飲み干した。それでも酒は無限にやってきて、面倒になった彼女は全てを1リットルサイズのMassといわれるジョッキに注いでもらい、ちゃんぽんにして飲んでいた。

 

 

 最終試合の前には陽も落ちて、会場では元々あるガス燈や数多く吊るされたランタンに火が入り、夏の夜の盛り上がりとなった。上機嫌になった酔客もジョッキを掲げて叫んだりしている。

 

 

「さあ、そろそろ最終試合を開始します!」

 

 ジャンの声に会場が静まった。ディネルースの前に来ていた多数の客も自分の席に戻っていった。ディネルースは満杯だったジョッキを一気に空にした……

 

 そのタイミングでついに彼女の心のエンジンへとなみなみと注がれていたアルコールに火がついてしまった。体内の栄養吸収が高く、排泄すらほぼしない代謝に優れるダークエルフも加減を超えると酔うものである。戦後、酒量が慢性的に増えていたのも理由ではあるが。

 

 

(わたしなら、わたしならもっと盛り上げられる!皆に熱狂を与えられる!グスタフをさらに幸せにしてあげられる!!)

 

 皆の注意がマットに集まる中で、ディネルースは席を立ち、横にいた警護班のフリーダ・ゲデック曹長の耳元で囁く。

 

「ちょっと借りる」

 

 26名の特別警護班は紅い色眼鏡をつけていた。主な敵味方への威圧、そして着けている物の動揺などが知れぬよう表情を隠すためである。その丸いレンズの入った特徴的な色眼鏡はディネルース自身が選んだ、外れにくく割れにくい物である。ディネルースはフリーダ曹長のそれを外し、指で回しながら西側控室に入っていった。

 

 

「それでは東側より地上最強のオーク、武神ゾフィー・スコヴァ選手の入場です」

 

 ジャン・ベルナールが片手に持った、鉄を丸めて作ったメガホンで叫ぶ。太鼓がゆっくりと『ドンドン』と鳴らされて、東側控室の緑色の帆布を暖簾のように開け、道着姿のゾフィーが太鼓に合わせてゆっくりと入場してくる。花道のランタンに照らされたその姿はまさに武神の面持ちである。

 

「マジで本物のゾフィー・スコヴァだ、凄いな、オルクセン女子プロレス」

 

「相手は聞いたコトもないダークエルフだろ、あの最強のオークとどう戦うっていうんだ?!」

 

 ゾフィーを知る格闘マニアらしい筋肉質のオークと、隣の細身に眼鏡のコボルトが声を上げる。

 

 

 狭い控室ではエッダ・ミッターマイヤー軍曹がひとり、入場のタイミング伺いながら緑色の帆布の奥にあるハズのリングを見据えていた。緊張の中でゾフィーと何度もやったスパーリングを必至に思い出し、自然に戦えるようにと祈っていた……が、そこで彼女の記憶は途切れた。

 

 控室に入ったディネルースが回していた色眼鏡を掛けて、巧みな近接戦闘術……チョークスリーパーで彼女の頸動脈を締めあげたのである。10秒もかからずにエッダ曹長の意識は消えおちた。ディネルースは近くに落ちていたまだらの紐でエッダを縛り上げた。

 

 ゾフィーの入場の太鼓が鳴り響く中、ディネルースはズボンのポケットからグスタフから貰った赤いハンカチを取り出し、それを斜めにふたつ折にして、マスク替わりとして口元を隠し、頭の後ろで結んだ。

 

(これで誰もわたしとは気づくまい) 

 

 

 控室の外ではゾフィーがリングに到着して登り、四方の観客へ両腕を挙げた。酔客たち、いや観客全ても両腕を挙げて声援を送る!

 

「ゾフィー頑張れー!」

 

「相手を壊すなよ、でも派手にやっちまえ!!」

 

「続いては西側より……」

 

 ジャンの言葉が詰まる。控室から出て来たのは紅い色眼鏡を掛け、赤いハンカチで口元を覆った……ディネルース・アンダリエル少将だったから。レフリーのリア・エフィルディス大尉は驚いて両手で口元を抑え、ゾフィーは両手を挙げたまま顎が外れるほどに口を開いた。観客の多くも、脇から見ていたエルフィンドールズたちレスラーも、居酒屋の店主も、警護の皆も、グスタフすら……皆が、顎が外れるほどに口を開いた。

 

 色眼鏡とマスクがわりのハンカチを纏って、これでバレないなどというのはヨッパライのディネルースだけの思考である。なにより彼女は軍服の上下、肩に階級章が光る上着を着たままスタスタと歩いていたのである。彼女と同じ階級章を持つものはアンファングリアの軍服を着る者には他に存在しない。

 

「……失礼しました、予定を変更してサプライズのレスラーの登場です、デ……あ、レッド、正体不明の謎の覆面レスラー、レッドマスク選手の入場です!」

 

 一番先に気をとりもどしたジャンが機転を利かせて叫び、取り繕う。我が王グスタフは近くの警護を呼び寄せて何事か囁いた。

 

 

 リングまで歩いたディネルースはひょひょいと青いコーナーポストに登って立ち上がり、左手を腰に手を当てて、天高く右手の人差し指を突き伸ばした!

 

 対応のわからない観客が固まる中でエルフィンドールズふたりが叫ぶ!

 

「レッドマスク~!」

 

「がんばれレッドマスク!!」

 

 ジャンとつき合いの長い、プロレスをよく勉強したふたりがなんとか反応したのだ。

 

「よし、頑張れレッドなんとか」

 

「簡単にのされるなよ、レッドマスク!」

 

 観客もここまで来て、プロレスの流儀がわかるものが育っていて声援を送る。エルフィンドールズの声を聴いたイザベラ女史も『行け~レッドマスク!』などと叫び、両手でマリンとニコの名の書かれた団扇を振っていた。

 

 客の反応を見て聞いたディネルースはコーナーポストを降り、ゾフィーと共にレフリーのリア大尉のボディチェックを受けたりした。そんな時にリングの四方などを紅い色眼鏡を掛けた特別警護班が囲んだ。彼女たちは一斉に何か大きく書かれた紙を掲げた。

 

【覆面レスラーの正体については今後一切公言を差し控えることを強く要望す。グスタフ・ファルケンハイン】

 

 グスタフ自筆の記名入りの箝口令(かんこうれい)指示である。慌てたグスタフは警護班に紙と筆記用具を探させた。警護班の皆は会場に張っていた旗揚げ興行のポスターを剥がして、居酒屋の店主が白ビール屋台に置いてあった筆と黒インクを接収し、グスタフは大急ぎで数枚書き上げて彼女らに掲示させたのである。

 

 掲示された紙を見た酔客たちは一斉に我が王グスタフのほうを向いた。グスタフは口元で『シーッ』と人差し指を立てた。そのグスタフを見て警護の皆も、リング上のジャンとリア大尉も、観客も『シーッ』と人差し指を立てた。国王かつ国軍大元帥であるグスタフが下した箝口令、いやもはやこれは戒厳令……宙を見ながらリングをトントンと跳ねていたヨッパライ、ディネルースただひとりだけがその状況に気づかなかった。

 

 

 戦う前にディネルースと握手したゾフィーはすぐに事態を把握した。

 

(少将、お酒くさい……)

 

 スポーツマンとして自分を律するためにゾフィーは酒を嗜まなかった。居酒屋でも冷やした茶などを飲む。でも加減を越えたヨッパライがどんな眼をするかは知っていた。色眼鏡の向こうは鬼教官なディネルースの眼ではなく居酒屋の会計直前のディネルースの眼だった。

 

(これはサプライズとかじゃないな、ただのヨッパライだわ、面倒だなぁ)

 

 ゾフィーは思った。予定のブック(シナリオ)ではエッダを軽くあしらいつつも次第に圧され、必殺のデスブリッジボムを被弾、苦戦になりつつもエッダに関節技を決めて勝利して

 

「私と戦うには百年は早いのよ、エルフさん」

 

 と吐き捨て、そこから再戦までのエッダの各レスラーとの修行の戦いの旅が始まるというものだったのだ。それが……どうするか、まともに戦って怪我させても困る。

 

 

 『カン』とゴング……鐘がなった。ディネルースはヨッパライとは思えないバックステップでリングをぐるぐると回り、速いテンポの音を刻み、響かせた。そこからトンと飛んだかと思うと、打点が高いまま一回転しての後ろ回し蹴り(ローリング・ソバット)をゾフィーに打ち込んだ。

 

顔面をガードして耐えたゾフィだが、ディネルースは着地と今度はゾフィーの体を駆け上り、ゾフィーの額を蹴ってその反動で後方宙返りしてスタッと着地した。そんな攻防が数度となく繰り返された。

 

(なんかやられてばかり。もう関節決めてさっさと試合を終わらせてもいいよね)

 

 そう考えたゾフィーは両手を前に出して構えて、力比べをディネルースに要求した。ヨッパライのディネルースもプロレスの作法は頭にあるようで挑発にのって力比べのためゾフィーの両手を両手で握った。

 

 その瞬間、ディネルースの左手の腕と肩関節を決めようと手を持ち替えて捻り上げたゾフィーだが、ディネルースはゾフィーが捻じった方向に前転して決められないようにして、さらにその反動でバク宙して逆にゾフィーの腕を捻じり上げた。この攻防も何度か繰り返された。

 

(こんな返し方知らない、少将強い……酔っててコレ?酔ってるからコレ?)

 

 力技でディネルースの手を外したゾフィーは一度落ち着こうとリング下に降りたが、ディネルースはロープワークの反動からロープの間を抜けてゾフィーに飛んだ(トペ・スイシーダ)。倒れたふたりだが、先にディネルースが起き上がり、ゾフィーをリングに押し込む。観客はずっと盛り上がりまくりだ。

 

 リング内ではさらに打点の高いローリングソバット、ロープの反動からのこれも打点の高いドロップキックなどがくり出させる。ゾフィーは防戦一方となる。ここでディネルースはゾフィーの背後に回り、両腕をクラッチして投げようとするが、そのままゾフィーは後ろに倒れ、なんとか脱出する。

 

(これは負けるかも……)

 

 そう思ったゾフィーは誰か壊すかもと心配し、練習では封印していた掌底(拳の代わりに掌を使う打撃)を使うコトにした。立ち上がったディネルースは胸に掌底を当ててロープに飛ばされ、戻って来たディネルースは……

 

(あっ、少将はもう)

 

 ゾフィーは反動で返って来たディネルースの腕を掴んだ。ディネルースはゾフィーを中心に社交ダンスのようにくるりと二回転近く回って、そのままふたりは重なるように倒れた。ロープから飛んで来るところでディネルースの心のエンジンの火は消えていた。電池が切れた子供のようにゾフィーが掴んだ時には動きを止め、完全に酔いつぶれていたのである。

 

 転がり倒れてゾフィーの下になったディネルースの顔を、片膝ついて覗き込んだレフリーのリア大尉が頭の上で大きくバツ印を作った。ゴングが『カンカンカンカン』と鳴らされる。リア大尉は担架を持つポーズを取った。近くにいた警備班ふたりがマット下に用意されていた担架にディネルースを載せ、リングから歩き出す。

 

「なんか鼾(いびき)の音してたけど、レッドマスク、脳が……」

 

 などと心配する酔客もいた。いや、当然ただヨッパライが酔い潰れて鼾をかいて寝ているだけなのだ。倒れる瞬間、ゾフィーはちゃんとディネルースの頭を護っていたのである。

 

 様子を見ていたグスタフは近くの警護に『わたしの馬車へ運べ』と指示して、警護班数名でディネルースを近くの通りに止めていたグスタフの馬車へと運んだ。

 

 そんな様子見て、ジャンはリングに登り、試合した選手全てもリングに集めてメガホンに向かって怒鳴った。

 

「10分33秒、10分33秒……スペシャル……必殺技、スペシャル・トルネード・オークによるレフリーストップで勝者ゾフィー・スコヴァ、武神ゾフィー・スコヴァの勝利です!これにて全試合終了、我が王、御観覧ありがとうございました。本日旗揚げをしたオルクセン女子プロレス、これからも皆様のご期待に応えられる試合を提供していきたいと思います、今後とも応援の程、何卒よろしくお願いいたします!」

 

 選手とジャン、リア大尉が四方に頭を下げる。我が王グスタフはリングに向かって立ち上がって拍手を送り、観客も総立ちで拍手をした。なんだかんだ素晴らしい形でオルクセン女子プロレスの旗揚げ興行は終了したのである。

 

 

「んん、あれ、わたしどうしたのだったっけ?」

 

 翌朝、ディネルースが目を開けると見知った天井がそこにはあった。彼女は昼近くになったグスタフの寝室で目を覚ました。ぼんやりと辺りを見回すと軍服姿で椅子に座り、足を組んでいたグスタフがいた。

 

「わたし……(しまった)」

 

「ああ、最後の試合のあたりで姿が見えなくなったと思ったら、興行が終わったころにどこかから席に戻って来て寝ていたから、わたしの馬車で連れて帰って来た。トイレにでも行っていたのか?君ほどの代謝の良い呑客のエルフでも、あれだけ飲むとさすがにトイレに行くんだなぁ」

 

 と、グスタフが言う。箝口令は試合後に再度整理され、このようなシナリオが関係者に周知されていたのだ。

 

「試合は、メインエベントは……」

 

「凄いサプライズだったなぁ、聞いたこともないレッドマスクとかいう覆面レスラーが登場するとは。以前きみに教えた、わたしの憧れの覆面レスラーみたいな動きでゾフィー選手と戦っていた。最後はゾフィー選手に負けて、いつの間にか姿を消していたがね。警護班の誰かなんだろう?いや、正体までは聞かぬのがプロレスファンの心得だな」

 

 そんなシナリオも共有されていた。

 

「え、ええ、まあ……」

 

 そう言うとディネルースは頭を押さえた。典型的な二日酔いの頭痛である。昨日は帰宅後にすぐグスタフは軍医を呼んだが、当然『典型的な飲みすぎです』と診断されていた。

 

「水とアサリのスープを用意させてあるから飲むといい。旅団にもオルクセン女子プロレスも今日は休ませると言ってある。なんにしろ旗揚げ試合の成功、おめでとう!きみはよくやったよ!」

 

 そう言われるとディネルースにはなんの言葉も用意できなかった。その日は終日、水とアサリのスープをすすって終わった。

 

 

 翌日、武道館に行くと皆に

 

「どこに隠していたのですか、あんなレスラー!」

 

「さすが特別警護班の人は凄いですね、今度連れてきて下さい!」

 

 などと言われた。すみっこで黙々と練習していたエッダ軍曹にも声をかけたが

 

「私が極度に緊張していたので代わりの選手を出してくれたのですね、ありがとうございます」

 

と言われた。ディネルースは覆面姿でリングに登った記憶はあるが、エッダを落として縛り上げた記憶はすっかり抹消されていた。ヨッパライは都合の良いものである。

 

 

 こうして『どこの誰かは知られているが、誰もがみんな話さない』覆面レスラー、レッドマスクがオルクセン女子プロレスに誕生した。

 

 次の登場があるかはわからないが、この後にファルマリアの孤児院に「レッドマスク」という名の寄付が届き、各国の新聞で話題となったコトから各国の色々な施設で「レッドマスク」からの寄付が届いた。金銭だけでなく、衣類やおもちゃなども各所に届き、いつしか「レッドマスク」運動と呼ばれた。

 

 覆面レスラーの名はもちろん伏されるものであるが、最初に寄付した「レッドマスク」の正体が当然とあるコボルトの女性なのは、皆さまの推測のとおりである。

 

 

~ つ づ く ~

 

 

 




なんで旅団のダークエルフのレスラーが全然追加されなかったかという(笑)

前作で大好きな少将を出せなかったのでどうしようかと考えたらコレに。

あのマスクマンの動きを文字にしたかったけど、自分の技量ではこんな風にしかならなかったです、精進します。

最近のマスクマンといえばケモナー(全然最近じゃない)かブレイバーン……

えっ、蒼魔刀?違うよ、ブレイバーンのはブレイブクロススティンガー!

次回も続きます、今後も応援よろしくお願いいたします。
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