凶器がないかのボディチェックから試合を決めるゴングを鳴らすまで
全ての戦いをコントロールするのがレフリーである。
ときにインチキな高速カウントをしたり、逆に妙に遅いカウントをしたり。
さらにはレスラーの暴行にあったり、オッサンにキスをされたりも……
そんな中でもレスラーと観客を試合の終わりへ連れて行く
それがレフリーである……
「それでは最終試合を開始します!まずは西側より、ファルマリアの海からやってきた白エルフ、エルフィンドールズの入場です!!」
ジャンの叫びから西側控室の天幕を開けてマリンとニコが羽根のついたガウンを着て入場した。背中の羽根を見せつけるようにくるくる回ったりしながら!
「おお、馬子にも衣装……いや、荷役にも衣装か?!別嬪さんに見えるぞ、マリンにニコ!」
「やったれマリン・ニコ、地上最強のオークとやらに沖仲仕(荷役)の力を見せてやれ!」
港湾労働者組合の一同が座る席から声がかかる、オークとコボルトと白エルフの労働者が並ぶその席から。
「マリンねえちゃん、ニコねえちゃん、がんばえー!」
今度は子供達の声だ。ファルマリアの孤児院からチカたち孤児も会場(ハコ)に来ていた、というかこれはジャンに頼まれたディネルースの招待である。子供たちの目はいつも以上にキラキラとしていた。
マリンとニコは孤児院の皆に向かって大きく両手を振る。
リングへとゆっくり歩むマリンとニコには他にも沢山の声援が飛ぶ。孤児院の食材を買っていた商店街の面々、昔の水兵仲間の白エルフ……ジャンは目に熱い物がこみ上げる。リア大尉からプロレスの話を聞いた時から、ジャンにはこの入場の絵が見えていたのだ。
エルフィンドールズがリングに登った時にはより一層の声援が轟いた。貴賓席の我が王グスタフ、エルフィンド新首相、旧女王も拍手を送った。
そんな喧噪の中で一人動いていた者がいた。ディネルースである。
透明な瓶に入った港湾労働者組合からの火酒を空にした瞬間に彼女の心のエンジンに注がれた火酒に火が着いていた。
・同じ接待していた来客に「ちょっと失礼」と声をかけてスタスタと歩く
・歩きながら近くにいた特別警護班から紅い色眼鏡を調達
・東側控室に侵入
・ゾフィーの後ろで入場準備していたエッダ軍曹の後ろに寄る
・CQ……チョークスリーパーでゾフィーに気づかれないようにエッダ軍曹を落とす。
まず以上の行程を意識もせずに行った。
「それでは東側よりオルクセンの生んだ地上最強のオーク、武神ゾフィー・スコヴァ選手の入場です」
ジャンの声と共にゾフィーが天幕から入場した。ジャンはその後ろにふたつの紅い光を見た。エルフ特有の夜目を利かせた時に光る、瞳の淡く紅い燐光。特別警備班の紅い色眼鏡は表情を隠すだけでなく、この光を目立たなくするための物であったのだ。
ジャンはコーナーポストを鉄製メガホンで『カンカン』と2回叩いた。
ゾフィーの入場は必ず単独で行われるのをいいコトにゾフィーの入場の裏で、ディネルースはそばに有ったまだらの紐でエッダ軍曹を縛り上げていた。そして色眼鏡を掛け、紅いハンカチで口元を覆い、覆面レスラー『レッドマスク』へと変身した。
「それでは東側より、予定を変えましてサプライズの特別参戦選手、『レッドマスク』選手の入場です!」
なぜレッドマスクと呼ばれたかなど疑問にも思わないヨッパライ、ディネ……レッドマスクがスタスタと入場する。
その瞬間、入場するレッドマスクを背にして各方向へ特別警護隊が
【覆面レスラーの正体については今後一切公言を差し控えることを強く要望す。グスタフ・ファルケンハイン】
と書かれた大きなボードを掲げ挙げた。旗揚げ試合の一件から、ディネルース以外のオルクセン女子プロレスの面々と特別警護班はレッドマスクの乱入対策を決めてあったのである。先ほどのジャンがコーナーポストを鉄製メガホンで2回叩いたのは、レッドマスクの出現警報だったのだ。当然、色眼鏡を取られた時点で特別警備班もなんらかの警報を発していたのである。
リングの上でガウンを脱いだエルフィンドールズのふたりは『想定通り』とニヤリと笑い、リングに登ったばかりのゾフィーは一度こめかみを押さえて『またか』と目を瞑った後、覚悟完了して笑って両手を挙げてリングを回り歩いた。
ゾフィーがこめかみを押さえた時には我が王グスタフも同じようにこめかみを押さえたが、特別警護班の頼みでディネルースに隠れていま掲げられているボードに事前に署名していたので、こちらもある程度は覚悟していた。そして当然のように立ち上がって右手の人差し指を『シーッ』と口元に立てた。同時にボードを持った特別警備員とジャンと前回の箝口令を知る人々が人差し指を立てた。
遅れて今回初の観客たちとエルフィンド新首相、旧女王も口元で人差し指を立てた。
「おい、伝説のレッドマスクが登場したぞ!またあの凄い動きが観られる!!」
「旗揚げから登場してなかったが、ファルマリアまで遠征してきて良かったな!」
レッドマスクを知る格闘マニアらしい筋肉質のオークと、隣の細身に眼鏡のコボルトが声を上げる。
「チカねぇちゃん、あれなに?」
「あれはね、一番凄い人だから皆で応援しようって話よ」
「え~、皆、マリンやニコねーちゃん応援しないの?」
「ファルマリア以外の人はそうかもね、だから私たち皆でエルフィンドールズをもっと応援しなきゃ!」
「エルフィンドールズ、がんばえ~!!」
チカの言葉で孤児院の子供たちは立ってエルフィンドールズに強い声援を送った。
前回と同じようにディネ……レッドマスクはスタスタとリングに歩み寄り、コーナーポストに登り、左手を腰に、右手の人差し指を天に指してポーズを獲った。
「頑張れ、レッドマスク!」
「お前のプロレスを魅せてやれ!」
観客はノリノリだ。そして皆、『少将』という言葉がNGワードなのは当然理解している。
コーナーポストから降りたレッドマスクと3名の選手がレフリー、リア大尉のボディチェックを受け、ついに『カン』というゴングの音で試合が始まった。
(ヨッパライにタッグマッチなんて出来るのかしら)
そう思ってレッドマスクを先鋒に送り出したゾフィーは赤コーナーの紐を握り(タッグマッチ中に戦う権利のない選手は一応これを握ってなければならない)心配そうにリングの中のふたりを見つめた。
(ヨッパライと試合するの、難しそうだなぁ)
エルフィンドールズの先鋒に出たニコはそう思ったが、思った瞬間にレッドマスクの打点の高い得意のローリング・ソバットが襲ってきた。危うく両手でブロックしたニコだが、着地してすぐにローキックを受けてそれは少し効いた。
ニコは一旦離れてロープに走り、トップロープを足場にしてバク宙からの体当たり(バックフップ・ボディアタック)を放つも、それはレッドマスクにかわされる。
レッドマスクは前回同様、リズミカルなバックステップでリングを回り、ニコを挑発した。再度ロープに走ったニコは反動で普通に体当たりをしようとしたが、レッドマスクはリングに倒れてニコの足を挟み、ニコを転倒させた。ニコは前受け身してマットを叩き、大きな音を響かせる。
スピーディな攻防に客席からは『おぉ』と歓声が飛んだ。
倒れたニコの足をレッドマスクが取って、足関節を極めようとする。ニコはたまらず両手で匍匐前進のように進みロープに逃れた。
リア大尉の『ロープ』の声で観客席のプロレスを知るものから拍手が起き、周りの観客も手を叩いた。
そんな攻防で優勢になれないまま、ニコはマリンとタッチした。そのタイミングでレッドマスクもゾフィーとタッチする。
(ちゃんとタッグマッチしてる、本当にヨッパライなのかしら?)
そう思いながらゾフィーはマットを進み、マリンの前に両腕を出し、力比べを誘う。マリンも誘いを受けて両手を組む。ロックアップの形での力比べ、マリンも善戦するがやはり鍛えられたオークであるゾフィーが有利となり、マリンを膝の上に置く形となる……ところでマリンが反動をつけて返し、立ち上がってゾフィーにチョップを撃つ、オーソドックスなプロレスが展開される。さらにチョップ合戦からロープに走ったマリンの打点の高いドロップキック、ゾフィーの地味だが威力が強そうなバックドロップなど、ふたりの嚙み合った攻防が続いた。
しばらくしてゾフィーがマリンをフォールの形にして、リア大尉がカウント2を取った。そのタイミングでニコはアシストに入ってゾフィーをリング下に蹴り落とす。マリンとニコは同時にロープに走り、反動でトップロープを飛び越えてゾフィーに体当たりした(プランチャ・スイシーダ)。倒れたゾフィーを先に立ち上がったニコとマリンが蹴り上げる。
そこにレッドマスクがスタスタと歩いてきてニコの後ろに回り、場外に敷いたマットの上にバックドロップを放った。マリンはゾフィーの髪をつかんで、丸テーブルの間を歩き、適当なところでゾフィーの頭部にハイキックを入れて、倒れたゾフィーを捨て置いてリングに向かった。
倒れたゾフィーは頭を押さえ目を瞑って首を振り、立ち上がろうとした。その時、目を開けたゾフィーは、横の丸テーブル席の椅子に座っていたひとりのオークと目が合った。
「父ちゃん!」
思わず声を上げたゾフィーだが、直ぐに口を右手で塞いで跳ね起き、立ち上がってすぐ近くにいた特別警護班のマチルダ・バッケスホーフ少尉に『あのオークを興行後にわたしが戻るまで見張っていて』とこっそり告げた。ブリツ道場に通っていたマチルダ少尉はゾフィーの身の上を知っていたし「父ちゃん」という声も聞こえていた。彼女は同じく特別警護班のフリーダ・ゲデック曹長を手招きして、座っていたゾフィーの父、ビョルン・スコヴァの後ろに立った。当然ビョルンが元武官でブリツの達人であるのは知っていたのでビョルンの耳元で、小声で
「貴方のことはよく承知しております。ゾフィーに何をしたかも、ブリツの達人であることも。なので、申し訳ありませんが、妙な動きがあれば即座に発砲して貴方の頭をざくろの様にしてさしあげます。ゾフィーが戻るまではここから離れぬように」
とつぶやいた。ビョルンは全てを悟り、大人しく試合の行方を見るしかなかった。
リング上では今度はニコとゾフィーの対戦となった。レッドマスクと変わらぬような速さでロープの反動を利用したドロップキックやフライング・クロスチョップ等をゾフィーに叩き込むニコ。腕関節を取ろうとしたゾフィーだが、それを前回レッドマスクが行ったように前転で回避、バク転で逆に取るムーブをニコは実行する。ニコは体力と軽業だけでなくプロレスのセンスも良いのである。
そんな攻防をするも、エッダ軍曹の必殺技のデスブリッジボムをゾフィーが放って(既にエッダ戦で掟破りなこの技をエッダに使っていた)、ニコが倒れてフォールの体制に。リア大尉がカウント2を唱えるとマリンがトップロープからドロップキックを放ち、それを制した。流れで今度はマリン対レッドマスクの戦いとなる。
派手にロープやコーナーを使って戦うふたりはまさに大空中戦と呼ぶような形となった。レッドマスクがローリング・ソバットを撃てばマリンもローリング・ソバットを、レッドマスクがドロップキックを放てばドロップキックをというように……
途中ではレッドマスクの左手を右手で取り、左手で祈るようにポーズを取りながらマリンがトップロープを歩くという技も出した。絢爛優美なガウンを脱いだエルフィンドールズはいつもの白のセパレートの衣装だったが、本日、首には特別に黒い紐タイを着けていた。ファルマリアで亡くなった、同僚の兵士たち等への喪章として……
コーナーからコーナーまで歩いた後はそのまま着地してマット近くの低い位置でレッドマスクの左腕を締めあげた。さすがにこの高さでは前転で関節技を解くワケにはいかず、レッドマスクもたまらず呻き声をあげた。
さすがにここでゾフィーがリングに入り、マリンを蹴り上げてレッドマスクを助けるが、その背中に向かってニコがドロップキックを放った。リング内は大乱戦の様相となった。
そして、ここでエルフィンドールズの新しい必殺技が炸裂する。リングのセンターに立ったレッドマスクとゾフィーに対して両側からそれぞれトップロープを踏み台にして飛び、頭を両足で挟んで回転、そのままふたり同時に抑え込んで(ウルトラ・ウラカン・ラナ)レフリーのカウントを待つ。
ここでレッドマスク……ディネルースの目が覚めた。今回は心のエンジンが停止しても眠らなかったのだ。抑え込まれながら、隣でこれも反対に抑え込まれて逆の方向ながら真横にあるゾフィーの顔を向いて軽く頷く。
「今日はこれで負けよう」
と顔と目で訴えたのだ。ブック破りではあるが、ゾフィーもこれに賛同して頷いた。今日の試合はエルフィンドールズのホームの試合だし、レッドマックと自分のペアよりも明らかに声援はエルフィンドールズへのほうが多く強く、子供の声もあったから。ブックのままであればこれを返してゾフィーがマリンを必殺技『スペシャル・トルネード・オーク』で仕留めるハズだったのだが、ファンに受け、声援が多いものが勝つのもプロレスの掟。
しかしリア大尉にはこのふたりの考えが伝わらず、カウントを取らずに固まってしまった。その微妙な時間はほんの僅かではあったが、選手にも観客にもとても長く感じられる時間であった。そんな中……
「アインス(1)!」
と低地オルク語で叫び、平手でテーブルを叩く男がいた、我が王グスタフである!観客もその声を聴いて『アインス』と叫んだ!!
「ツヴァイ(2)!」
さらにグスタフは低地オルク語で叫んでテーブルを叩いた!観客も続いて『ツヴァイ!』と叫ぶ!
「ドライ(3)!」
もはや我が王グスタフの声に続かぬ者はいない。観客が『ドライ!』と声を上げたと同時にリア大尉がゴングの係の工兵を指さした!
『カンカンカンカン』ゴングが鳴らされて、観客は総立ちとなって大歓声をあげた。当然、我が王グスタフもエルフィンド新首相、旧女王も立ち上がって拍手をした。
そんな中でレッドマスクはこそこそとリングを降り、暗闇に紛れて色眼鏡とハンカチを外して、何食わぬ顔で自分のテーブルに戻っていった……
「よくやったぞ、マリンにニコ!」
「エルフィンドールズおめでとう、ありがとう!」
大声援の中、汗が光るエルフィンドールズ、マリンとニコが片手ずつ手を挙げてポーズを取る中、ふたりは今まで見たコトもないような強烈な光を浴びた。写真用の閃光器の光だった。
写真機を抱えていたのはキャメロット連合王国のスポーツ新聞記者、アリーナ・アトキンスだった。彼女こそがファルマリア追撃戦で逃げた白エルフに帯同していた記者である。
ファルマリアの海で行われたボートの試合を取材した後、観光のために有給を取って市街のホテルに連泊していた際に戦争がはじまり、気づいた時にはホテルの従業員と夜道を彷徨う状況となり、さらにアンファングリア師団の追撃に遭ったのである。とにかくわけもわからずに逃げた。銃撃と爆発音の中で白エルフと共に必至に逃げた彼女はアンファングリア師団の攻撃の様子などはわからなかった。ただ、逃げる前後の数がまったく合わないコトはすぐに気付いたし、一緒の方向に逃げていたホテルの従業員とか近所の家族などがいない状況は把握していた。
スポーツ記者ではあるがジャーナリストとしての矜持を持っていた彼女は追撃の体験を世に出したいと思い、そのためしばらくエルフィンドに軟禁されていたのだが、その軟禁元をひとり尋ねた、後に彼女の生涯の友となる女性に『平和の為にどうかあの出来事を心に閉じてください』と泣いて請願され、その誠実な願いのためだけに口をつぐむ事にしたのである。
エルフィンドとキャメロットからは莫大な金銭を渡すと言われたが、彼女はそのほとんどを断った。唯一彼女が求めたのが、彼女が今、手にしている写真機と付属品であった。まだ彼女も、そして彼女の所属しているスポーツ新聞も写真機は持っていなかったからである。
そんな写真機で撮影された、エルフィンドールズがポーズを取り、後ろで我が王グスタフ、エルフィンド新首相、旧女王が揃って立って拍手を送る一枚は「世界で一番平和な瞬間」というキャプションと共に彼女の勤務先のスポーツ新聞に大きく載った。その写真は後の世界史書物に必ず載る写真となった。アリーナ自身の名も歴史に残るコトとなる。
なお、アリーナ自身が焼き増しした最初の五枚の写真のうち三枚は新エルフィンド国、オルクセン王国、ファルマリアのオルクセン陸軍駐屯地に贈られ、駐屯地のものはファルマリアがオルクセン王国から新エルフィンド国に返還されるときに同時にファルマリアを治める新自治体に移管されるコトとなった。それには我が王グスタフが裏に返還日の日付を書き、署名をしている。
残りの二枚のうち一枚はアリーナ自身が持ち、そしてもう一枚は彼女の生涯の友となった、市井の女性に贈られた……
~ つ づ く ~
どうにかここまでやってきました……
オルクセン王国史で女子プロレスを書くと思った時に最初に頭に浮かんだのが、女子プロレス映画の金字塔である、とあるアメリカ映画でした。
白い衣装を着るふたりとインチキっぽいマネージャーのドールズ。
試合のラストはその映画の重力圏から離れきれない形になった気もします(笑)
アインス、ツヴァイ、ドライの後にはズッファ(飲み干せ)、プロージット(乾杯!!)が続くのは乾杯の歌「アインプロージット」の後のお約束ですが、ここでは乾杯ではなく完敗!!へと続きます。
お後がよろしいようで……
それでは次回、最終話もよろしくお願いいたします!