常人よりも強く、スタミナがあり、技も多種で、飛び技も素晴らしく、マイクも上手くて観客のウケも良い。相手選手の必殺技もうまく誘導して正面から受ける。
そんなレスラーはそうそういない、いないが、もし突然現れたら?
それはもう応援するしかないだろう。
今ここに、そんなレスラーを……
さあ、満を持して主役チームの誕生だ!
「お前、とうとう女衒もやり出したのか」
製粉所の納屋だった建物を改造した粗末な作りの食堂のテーブルに座ったマリン・ファングが黄色いスープを掬うスプーンで対面のジャン・ベルナールを指して言う。
「女衒とまでは言われたくないけどな。でも来月から荷役フルタイムにしたってこの話よりは稼げないぜ」
ジャンが言う。港まで歩く間にリア・エフィルディス大尉が提示した給与はマリンとニコの現在の収入の2倍以上だったのだ。さらに契約金としてその3倍の一時金もある。期間も最低2年は保証してもらうコトで話を進めていた。
「それはいいけどな、何が楽しくてダークエルフのお遊戯の負け役をやらなきゃダメなのか。こちとら戦争でメッタメタにやられて仲間も皆、海の生物の餌になったんだぞ」
マリンの横に座るニコが言う。それはそうだ。ベアファラス湾海戦の後に引き上げられた遺体は犠牲者の2割にも満たない数だったし、ひと月も過ぎた後に上がった遺体などは欠損がなくとも死蝋化して白く膨らみ、見るに堪えない姿になっていたのだ。荷役をやるまでふたりは最後まで仲間の遺体回収に当たっていた。それでこの地の司祭と縁が出来て孤児院を手伝うことになったのだ。腐敗が進むエルフィンドの司祭の中では珍しい良き司祭だった。司祭からジャンにふたりの仕事を探す依頼があり、今の仕事についているのがマリンとニコの現状である。なんにしろダークエルフにいい感情は当然ない。
「たまには逆に勝つ試合も、体力勝負で勝敗を決める試合もある。人気が出れば手当の増額もある契約に出来そうだし、なによりここの子供たちに戦争の遺恨を持ったまま育って欲しいか?プロレスってのはその遺恨の解消になるかもしれないんだ。ふたりの仕事次第だけど」
「まあ、金の件はジャンに任せるし、ここへの仕送りを増やせるならそれに越したコトはないのだけど。正直、ダークエルフはおっかねぇな」
「そこは俺もついて行くから。絶対に白エルフだからと顔を上げられないような環境にはさせないし、そんなコトになったら契約金の10倍はぶんどって帰って来るだけさ」
マリンの問いにジャンは答える。当然、真っ当にお日様の下を歩けるようにはしてもらわないとダメなのだ。当然悪役として指を指されるコトはあるだろうが、白エルフだからと委縮させられる環境はいらない。
「あと、リア大尉だっけ?お前、あのダークエルフに惚れてるんじゃねぇだろうな」
マリンが言う。ニコがジャンに好意があるのを知っているからだ。ニコは傷ついた頬を少し赤くしてジャンから視線を反らせた。
「そんなワケあるかよ、あくまで商売相手だ。あれで兵站の仕事においてはかなりの凄腕で、ダマして儲けようとして逆に安く叩かれた仲間も多いんだ」
「ならいいが。契約金が少し安くなってもいいから3か月くらいお試し期間とかつけられないか?それならいいか、ニコ?」
ニコは黙って頷く。
「そうだね、そうしよう。文面を纏めて早急に話をつける。でもここの食事は本当に大丈夫なのか?」
「このスープはどう?」
「いつもと同じに美味しいよ。流石はニコの味付けだ」
目の前の皿を指さして問うニコに対してジャンが答える。
「今日の香辛料スープはニコもわたしも手を出してない。全部チカが作ったんだ」
マリンが後ろのテーブルで仲間と談笑している眼鏡の少女を肩越しに親指で指して言う。チカは孤児院で一番年長の少女で、以前から調理を手伝っていたのはジャンも知っていた。
「安心した。決まり次第発つから皆に話しておいて。なあに、月に一度は帰ってこられるさ」
数日後、マリンとニコとジャンはヴァルダーベルクの、アンファングリア旅団の武道館にいた。当然リア大尉も来ている。
「うむ、とんでもない依頼だが、良く来てくれた。わたしはこの旅団を任されているディネルース・アンダリエル少将だ。オルクセン女子プロレスもわたしの直下の組織である。よろしく頼む」
これがダークエルフの頭領かとマリンとニコとジャンは思った。そしてオルクセン国王と深い関係にあると……このあたりはディネルースの許可を取ってリア大尉が事前に話していた。アンファングリア旅団内で知らぬものがいない事実を隠しておいても仕方ない。逆にやって来た3人にすればそんな話を知らされる程度には信頼されていると思えたのである。
「じゃあ、ちょっと通常の練習メニューをやってみるか。エッダ軍曹、みてやってくれないか」
ディネルースの声掛けでエース候補のエッダ軍曹がマリンとニコの横について簡単に腕立て・腹筋・スクワットの作法を実演して、始めてみたのだが……
「くっそ、エルフィンドの海軍と海兵隊だけはキャメロット仕込みで練度が高いと聞いてはいたが、これ程とは……」
一緒に練習メニューをこなしていたディネルースが声を漏らした。マリンもニコも練習メニューをきっちりこなし……それどころかエッダ軍曹やディネルースよりも余裕の顔をしていたのである。ディネルースも元々同軍に居た幹部とはいえ、水兵の練度までは知らなかったのである。
「まあ、荷役でさんざん鍛えてましたからね。体力だけしか食う手立てがなかったんで」
マリンが笑って言う。先ほどまでは奇異の目で見ていたダークエルフたちも、いきなり差を見せられては『おー』と感嘆の声しか出せなかった。
続けて受け身とロープワークの練習に入る。基本的な受け身はマリンもニコも経験していたので問題ない。問題はロープワーク……のハズだったが
「ちょっと痛いが、面白いな。これで観客にリズムとスピードを魅せるのか。ならこんなコトも出来るぜ!」
そう言うとマリンはロープを支えるコーナーポストにささっと上がり、なんとトップロープを歩いて渡り始めたのだ。
「なんだそれ、ニコも出来るのか?」
リング下から動きを見ていたディネルースが言うとニコもマリンと同じようにトップロープを歩き始めた。
「俺ら水兵ですから。練習船はオンポロ帆船だったんで、嵐の中で揺れるマストに登って帆を直すなんて毎度の話でしたよ、なんならこんなコトも」
マリンは一度ロープから降りて反対のロープに走り、ロープワークの勢いのままトップロープに飛び乗り、さらにその反動で宙を舞ってディネルースの横にトンと飛び降りた。ニコも真似て、こちらはトップロープからトンボを切ってリング下に降りた。
「おまえら星の世界に住むエルフか!」
ディネルースはとても驚いた。いや、コーナーポストやトップロープから飛ぶ技があるのは我が王グスタフから聞いてはいた、聞いてはいたのだが、目の前でそれに近い技を簡単に見せられるとは思ってもいなかったのだ。まわりのダークエルフも目を丸くして歓声をあげた。山岳猟兵や工兵はロープを使う高所の仕事の訓練も行っているのだが、これほどの軽業が出来る人間はいなかった。皆もう白エルフのふたりを仲間と認めていた。
無限の体力と圧倒的な軽業。いずれもプロレスラーが喉から手が出るほど欲しいもの。オルクセン女子プロレスはとんでもない宝を手に入れたのである。
その夜、マリンとニコ、そしてジャンは宿舎にと与えられた武道館近くの木造の小さな家で祝杯を挙げた。レスラーの仲間はいい奴ばかり。ディネルースもリア大尉も良くしてくれたし悪くない上司であった。リア大尉からもらった純白のセパレート衣装もなかなか可愛いものだった。あれでリングに登るのだ……
「で、タッグチームの名前はどうするの」
「プロレス用語はキャメロットの言葉みたいのが多いからジャンが決めてよ」
マリンとニコの要請にワイングラスをあおっていたジャンが答える。
「悪役だからダーティとかクラッシュ、でも可愛いからビューティかラブリー、ドール……エルフィンド・ドールズ、いや、エルフィンドールズでいいんじゃないか?」
「エルフィンドールズか、いいね、意味は?」
「エルフィンドの可愛いお人形だ。白エルフ代表の美人さんには一番似合うんじゃないか?」
ニコの問いにジャンが答える。ここにオルクセン女子プロレスの誇るタッグチームが結成されたのである。マリンとニコ、いやジャンも入れた3名で!
同じ頃、我が王グスタフのベッドではディネルースがそんな3名の報告をしていた。
「そうか白エルフで、強そうで、キミよりもタフで、ロープから飛べる……そして孤児院の手伝いをしていたと。よくそんな人材を見つけて来てくれたなリア大尉は」
「そうですね、ダメなら大尉がリングにと言ったのが、結構効いたようです」
「リア大尉がリング……」
「グスタフ、貴方、今なにかよからぬ想像をしたわね、わたしの前で!」
「いや、なにも考えてない、無実、無実だから!!」
ディネルースに枕で叩かれながら、なんとか誤魔化してグスタフは眠りについた。そして数分後……
「ルチャドーラ、最高のルチャドーラが手に入るとは。これでルチャが出来るぞ!」
と、意味不明な寝言をつぶやいたのだが、ディネルースは聞かなかったコトにした。
後日、ファルマリア自治区の孤児院にかなりの額の寄付金が送られてきたという。だが寄付金は後にとんでもない金額へと膨らんでいくコトとなる。エルフィンドールズに強力なタニマチといわれる存在が付くのはもう少し先の話である。
~ つ づ く ~
やっと登場しました、エルフィンドールズ!
トップロープのあたりは日本のジュニア戦線を追っていたファンには有名なエピソードですね。
東北から来たルチャドールを初めて見た超有名選手が……
ちなみにメキシコのプロレス、ルチャリブレでは男性をルチャドール、女性をルチャドーラと呼びます。
さて、次回はみなさま大好きな「最強論」のお話です!
何卒応援のほどよろしくお願いいたします!