廃人サバイバー、異世界へ行く   作:ドレットノータス

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第10話 カイザーとの散歩

門を開けてから、数日が経っていた。

 

初日は、外へ出る子達も少し落ち着かなかった。ドードー達は門の前で何度も足を止めたし、モスコプスは草地の匂いを嗅いではすぐに寝床の方へ戻っていった。オヴィラプトルは外と内を行ったり来たりして、結局その日は入り口近くで丸くなっていた。

 

けれど、数日もすれば、それぞれの過ごし方が少しずつ定まってくる。

 

門の近くの日当たりのいい草地は、小型組と生活組のすっかりお気に入りになった。午前中はそこにドードーが数羽集まり、モスコプスが草を食み、ダエオドンが少し離れた日陰で大きな身体を横たえている。採取組の一部は、朝になると自分から外へ向かうようになった。ビーバー達は森の浅い場所へ。アンキロサウルスは黒っぽい岩場へ。ドエディクルスは石の多い斜面へ。

 

全員が外へ出るわけではない。家の中の方が落ち着く子もいる。自分の区画の寝床からほとんど動かない子もいる。一度外を見て、それで満足したように戻っていく子もいる。それでいい。門を開けたのは、追い出すためではない。出たい時に出て、戻りたい時に戻れるようにするためだ。

 

私は門の内側に作りかけの石床を見下ろしながら、仮置きの板に印をつけた。

 

『小型用の通路、今のところ問題なし』

『採取組用の搬入口、もう少し広げる』

『ワイバーン用の高所出入口、風除けを追加』

『大型組用の動線、正門側をさらに拡張の必要あり』

 

やることは多い。でも、少しずつ形になっている。この家は、着実に島と繋がり始めていた。

 

その中で、一体だけ、あまり変わらない子がいた。カイザーだ。

 

黒い山のような巨体は、今日も正門の近くに伏せていた。門が開いた今でも、カイザーはほとんどそこから動かない。外へ出ていく子達を見送り、帰ってくる子達を迎えるように、正門の横で静かに周囲を見張っている。採取組が戻ってくると片目を開き、小型組が門の近くで遊んでいる時は、ただ黙ってそこにいる。

 

頼もしい。それは間違いない。カイザーが正門にいるだけで、家の入り口の安定感は桁違いだった。たとえ森の奥から何かが襲いかかってきても、正門までは絶対に近づけないだろうと思える。

 

実際、ここ数日で拠点周囲の危険な気配はかなり薄くなっている。戦闘組やワイバーン達が動き始めた影響も大きいだろう。ギガノトサウルス達が外周を歩き、ティラノサウルス達が採取組の近くに立ち、ワイバーン達が空を巡回する。それだけで、普通の生き物なら寄り付かない。カイザーが正門に鎮座しているなら、なおさらだ。

 

けれど。私は作業の手を止め、正門の横にいるカイザーを見た。

 

本当に、そこにいたいのだろうか。正門を守ることを、自分の役目だと思っているのかもしれない。そこが一番落ち着く場所なのかもしれない。それなら、無理に動かす必要はない。

 

でも、門は開いた。小型の子達も、採取組も、ワイバーン達も、少しずつ外に自分の場所を見つけ始めている。なら、カイザーにも門番以外の時間があっていい。そう思った。

 

板と炭を置き、正門へ向かう。

 

途中、シルヴィアがこちらに気づいて顔を上げた。高所の足場にいたはずなのに、私が正門へ向かうだけで、もう翼を広げかけている。反応が早すぎる。

 

「シルヴィア、今日はちょっと待って」

 

声をかけると、シルヴィアは露骨に不満そうな顔をした。まだ何も言っていないのに、置いていかれる気配を察したらしい。

 

「今日はカイザーの日。あなたは上から見てて」

 

シルヴィアの首が少し傾く。それから、翼を半分広げ、どこか得意げな顔をする。任せてもいいのよ、という顔だった。

 

「うん。頼りにしてる」

 

そう言うと、シルヴィアはさらに得意げになった。私は苦笑しながらカイザーの前に立った。

 

近くで見ると、やはり大きい。伏せていても、見上げるほどの高さがある。黒く重い鱗。丸太のように分厚い首。大地に食い込むような爪。閉じているだけでも圧倒的な圧を放つ顎。近づくだけで、本能が警報を鳴らすような存在感。

 

けれど、私は怖いとは思わなかった。頼もしい。大きい。強い。そして、大切なうちの子だ。

 

「カイザー」

 

声をかけると、片目がゆっくり開いた。深い瞳が、静かにこちらを見る。

 

「散歩しよう」

 

言ってから、自分で少しだけ笑いそうになった。調査ではある。生活圏の確認もする。でも本音は別だ。私はカイザーと一緒に、外を歩きたかった。

 

カイザーはしばらく動かなかった。私を見ている。それから、ゆっくりと鼻を鳴らした。低く、腹の底に響くような音。確かな返事に聞こえた。

 

「うん。行こう」

 

カイザーが立ち上がる。地面が揺れた。近くにいたドードー達が、ぴ、と短く鳴いて少し離れる。モスコプスが顔を上げる。ビーバー達が木材を抱えたまま、一瞬だけ固まる。

 

でも、恐慌状態にはならない。みんな、カイザーを知っている。驚きはしても、怯えて逃げ惑うことはなかった。

 

カイザーの背には、サドルがついている。巨大な身体に合わせて作られた、重く頑丈なサドル。戦うためだけの装備ではない。私が必要な時、カイザーと一緒にいられるための場所。手入れはされていた。革も、固定具も、記憶にある通り整っている。

 

私はカイザーの横からサドルへよじ登った。高い。シルヴィアに乗る時とは違う。

 

シルヴィアの背は、空へ向かうための場所だ。翼の動きと風の流れが近く、乗った瞬間から身体が空へ持ち上げられる感覚がある。カイザーの背は、大地そのものに乗っているようだった。分厚い筋肉の躍動。低く深い呼吸。一歩ごとに伝わる途方もない質量。視点は高いのに、空ではなく大地に深く繋がっている。

 

私はサドルの固定を確認し、首元に手を添えた。

 

「大丈夫。ゆっくりでいいよ」

 

カイザーが低く鳴き、重々しい一歩を踏み出した。

 

正門を出る。門は大きく開いている。けれど、カイザーが通ると、その巨大な門でさえ小さく見えた。私が何度も広げたはずの大型用の通路も、カイザーが歩くと余裕があるとは言い難い。これはさらに拡張した方がいい。

 

外の草地へ出る。カイザーの足が地面を踏むたび、草が大きく倒れる。柔らかい土にはクレーターのような足跡が残る。小さな虫のようなものが一斉に草むらへ逃げ込み、遠くで鳥に似た生き物が高く飛び上がった。

 

歩くだけで、周囲の環境が動く。普通の人間から見れば、歩く天災みたいな光景だと思う。でも、私にはそれが不思議と頼もしかった。

 

ただし、合理的には考えなければならない。カイザーが歩くルートは決めた方がいい。小型組の日向ぼっこ場所と重ねるのは危ない。採取組の搬入路とも分ける。水場周りも、踏み荒らす可能性がある。

 

「カイザーの散歩道もいるね」

 

カイザーの背から見下ろすと、地面の起伏がよく分かった。一見平らに見える場所にも、浅い穴がある。草が少し深い場所もある。小型組が入り込むと姿が隠れそうな茂みもある。

 

『カイザー通行ルート、大型組外側に限定』と板に書きつける。

 

 

次に向かったのは、森の入り口だった。近づくにつれ、木の匂いが強くなる。湿った土。樹皮。葉。少し甘い果実のような匂い。どこか薬草にも似た青い匂い。資源は豊富そうだった。

 

ただし、視界が悪い。木々が太く、葉が幾重にも重なり、奥は暗い。足元には太い根が張り出し、ところどころにぬかるみもある。

 

森の奥に、何かの気配があった。けれど、カイザーが近づいた途端、その気配がさっと遠ざかる。枝が揺れる。何かが複数、奥へと逃げていく音がした。

 

「……あなたがいると、調査対象が逃げるね」

 

カイザーは何も言わない。ただ、ゆっくりと瞬きをした。

 

森の入り口は採取組用。奥は保留。護衛はティラノかスピノ一体くらい。カイザーは入り口まで。板に印をつける。

 

 

次は岩場へ向かった。石材や鉱石の候補地として見ておきたかった場所だ。カイザーが近づくと、地面の硬さが変わる。草が少なくなり、黒い石と灰色の岩が増える。ところどころに、金属のような光沢を含んだ石が見えた。アンキロやドエディクルスにはよさそうだ。

 

カイザーが一歩、岩の上に足を置いた。みし、と不吉な音がした。次の瞬間、脆い岩が少し崩れる。小石が転がり落ち、下の草地へ散った。

 

「……ここ、カイザーは駄目だね」

 

カイザーが低く喉を鳴らした。分かっているのかもしれない。

 

 

岩場を離れ、次は水場へ向かう。上空から見た時に川のような筋が見えていた場所だ。近づくと、涼しげな水の音が聞こえてきた。細い小川だった。森の端から流れ出し、草地を横切って、やがて海の方へ向かっているらしい。水は透明に見える。流れは速すぎない。

 

カイザーは水辺で足を止め、鼻先を近づけた。それから、少しだけ水を飲んだ。その巨大な口元から水がこぼれ、小川の流れが大きく波打った。

 

「あなたが飲むと、小川が大変」

 

カイザーが低く鼻を鳴らす。悪びれてはいない。当然だ。ただ水を飲んだだけなのだから。私は少し笑って、次の場所へ向かった。

 

大型組用と小型組用を分ける。水場は整備がいる。主任に相談しよう。板に印をつける。

 

 

狩場候補の場所は、生活圏の外側にあたった。草地が広く、森からも少し離れている。大型の足跡がいくつかあり、獲物になりそうな生き物が通る気配もある。拠点に近すぎない。でも、遠すぎもしない。

 

カイザーがいると、周囲の気配がさらに遠ざかった。獲物になりそうな小さな影まで、かなり早い段階で逃げていく。

 

「カイザーを狩場に連れてくると、効率は悪そう」

 

強すぎる。存在感が大きすぎる。カイザーは外周や正門の要だ。普段は、やっぱり入り口や大きな道を守る方が向いている。今日はただ、一緒に歩いているだけだ。

 

 

しばらく歩いたところで、見晴らしのよい高台に出た。山というほどではない。草地の先にある、少し盛り上がった岩混じりの場所だ。

 

カイザーはそこまで登ると、ゆっくり足を止めた。視界が開けると家が見えた。高い外壁。開いた門。高所のワイバーン用足場。その周囲に広がり始めた草地の生活圏。森。岩場。小川。遠くの海。

 

空にはシルヴィアがいた。こちらを見つけたのか、少し高度を下げて旋回している。一応、「上から見てて」という言葉を守っているらしい。偉い。

 

カイザーが静かに腰を下ろした。地面が軽く揺れる。

 

私はサドルの上で少し息を吐き、カイザーの首元に手を添えた。

 

「門番、助かってるよ」

 

カイザーが低く喉を鳴らす。

 

「でも、そこにいなくてもいいからね。そこが好きなら、いていい。たまにはこうやって外を歩いてもいい」

 

カイザーの呼吸がゆっくり深くなった気がした。

 

「またこようね」

 

カイザーは静かに首を動かした。それから、低く鳴く。胸の奥に響く音。私には、それが確かな返事に聞こえた。

 

その時だった。遠くの空が目に入った。海の向こう。島の端のさらに先。そこだけ、空の色が重い。

 

黒い雲が低く垂れ込め、渦のように巻いている。時折、雲の内側で不気味な白い光がちらついた。雷だろうか。普通の嵐にも見える。

 

けれど、少し引っかかった。雲の形が不自然だった。風の流れも、そこだけ違っているように見える。海の色も、遠くでそこだけ暗く沈んでいる。

 

シルヴィアが上空で旋回を止める。カイザーが低く唸った。

 

「……嵐?」

 

そう呟く。遠すぎる。今日の目的は生活圏の確認だ。あそこまで行く理由はない。それに、まだ分からないことが多すぎる。

 

カイザーがゆっくり立ち上がる。休憩は終わりらしい。私はもう一度遠くの空を見てから、サドルを握り直した。

 

「帰ろうか」

 

 

帰り道、次にやることを考えていた。大型組の動線をさらに広げる。水場の整備。狩場の範囲決め。カイザーの散歩道の確定。家の外にも、少しずつ明確な役割ができていく。

 

門が見えてきた。正門の前まで戻ると、カイザーはごく自然にいつもの場所へ向かおうとした。私は止めなかった。そこがカイザーの落ち着く場所なら、それでいい。正門前に伏せることも、外を歩くことも、どちらも選べればいい。

 

カイザーは正門の横にどっしりと伏せた。私はサドルから降り、少しだけその首元に手を触れる。

 

「ありがとう。また散歩しようね」

 

低い音が返ってくる。返事に見えた。

 

背後で、シルヴィアが降りてくる羽音がした。振り返ると、案の定、どこか対抗心のある顔をしている。

 

「シルヴィアも、上から見ててくれてありがとう」

 

そう言うと、彼女はすぐに得意げになった。さっきまでの対抗心がどこへいったのか分からないくらい、切り替えが早い。

 

私は広場へ戻り、板を見下ろした。生活圏の輪郭は、まだ仮の線ばかりだ。けれど、昨日よりは少しだけ見えている。門の外にも、家族達の歩く場所ができ始めた。

 

門の外は、少しずつ家の延長になっていく。

 

けれど、そのさらに遠くで。海の向こうの空だけは、まだ重く沈んでいた。

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