廃人サバイバー、異世界へ行く   作:ドレットノータス

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第10話 カイザーとの散歩

正門の改修を始めてから、さらに数日が経った。

 

新しく作った通路も少しずつ使われるようになり、外へ出る子たちの行動も落ち着いてきた。朝になると、門の近くにある日当たりのいい草地にはドードーやモスコプスが集まり、採取組の子たちはそれぞれ森や岩場へと出かけていく。

 

もちろん、全員が外へ出るわけではない。寝床でのんびり過ごす子もいれば、一度外を覗いただけで満足して戻ってくる子もいる。せっかく門を開けたのだから、それぞれ好きなように過ごしてくれれば十分だった。

 

「……うん。だいぶ使いやすくなったかな」

 

私は正門の内側に敷いた石床を眺めながら、改修した通路の様子を確かめていた。

 

小型組の出入り口は今のところ問題なさそうだけれど、採取組の搬入口はもう少し広げた方がいい。大型組の通路も、実際に使ってもらうと曲がり角が少し窮屈だった。ワイバーンたちの発着場所についても、着地の風で資材が飛ばされないよう、風除けを追加する予定だ。

 

最初は玄関をひとつ作るだけのつもりだったのに、気づけば直したいところが次々と増えている。もっとも、これまでもみんなのために増築を繰り返してきたのだから、今さら驚くようなことでもないのだけれど。

 

そんなことを考えながら正門へ目を向けると、いつもの場所に黒い巨体が伏せていた。

 

カイザーだ。

 

門を開放するようになっても、この子だけは以前とほとんど変わらなかった。ほかの子たちが自由に外へ出かけるようになった今も、相変わらず正門の近くで身体を休め、行き来するみんなを眺めている。

 

採取組が戻ってくれば片目を開き、小型の子たちが近くを歩いていても特に気にする様子はない。あまりに堂々としているものだから、今では正門の一部みたいになってしまっていた。

 

「……カイザーって、ほんとにそこが好きだよねぇ」

 

思わず笑みがこぼれる。

 

もちろん、カイザーがいてくれるのはありがたい。最近は拠点の近くで危険な生き物を見かけることも減っているし、戦闘組の巡回に加えて、この子が正門を守ってくれているのだから心強いことこの上ない。

 

けれど、だからといって、ずっと門番をしていてほしいわけではなかった。

 

本人がそこを気に入っているのなら構わないけれど、せっかく外へ出られるようになったのだから、たまには違う場所へ行ってもいいと思う。それに、最近はシルヴィアと出かけることが多かったので、カイザーともゆっくり過ごしたかった。

 

「……よし。今日はカイザーとお散歩しようかな」

 

そう決めると、なんだか急に楽しみになってきた。

 

私は正門へ向かって歩き始めた。

 

◆

 

途中、高所の足場にいたシルヴィアがこちらに気づいた。

 

どこかへ出かけると思ったのか、嬉しそうに首を持ち上げ、今にも翼を広げようとしている。

 

「あっ、シルヴィア。今日はちょっと待っててね」

 

そう声をかけると、途端に不満そうな鳴き声が返ってきた。

 

「今日はカイザーとお散歩してこようと思ってるの。シルヴィアは上から見ててくれる?」

 

シルヴィアは私とカイザーを交互に見つめ、納得できないとでも言いたげに首を傾げた。どうやら、自分も一緒に出かけるつもりだったらしい。

 

「お願い。シルヴィアが見ててくれたら、安心できるから」

 

そう付け加えると、今度は得意げに胸を張ってくれたので、私は笑いながら手を振った。頼まれごとをすると張り切るところは、相変わらずである。

 

正門へ近づくと、カイザーがこちらに気づいて大きな瞳を開いた。

 

間近で見ると、その大きさには何度でも驚かされる。伏せている状態でも見上げるほどの高さがあり、黒く分厚い鱗に覆われた身体は、まるで巨大な岩山のようだった。

 

初めて見る人なら近づくことさえ怖いだろうけれど、私にとっては大切なうちの子だ。

 

「カイザー、おはよう。ねえ、今日はちょっとお散歩しない?」

 

そう尋ねると、カイザーはしばらく私を見つめたあと、低く鼻を鳴らした。

 

「最近ずっとここにいるでしょ? たまには外を歩こうよ。ちょうど周りも見ておきたいし」

 

私がそう言うと、カイザーはゆっくりと身体を起こし始めた。太い脚が地面を踏みしめ、黒い巨体が持ち上がるにつれて、足元までかすかな振動が伝わってくる。

 

近くにいたドードーたちは驚いて少し離れたものの、すぐに落ち着いたらしく、また草をつつき始めた。

 

「ふふっ、みんな慣れてるねぇ」

 

私はカイザーの身体に沿って設けられた足場へ手をかけ、背中のサドルを目指して登り始めた。

 

シルヴィアに乗るときも高いと思ったけれど、カイザーの場合はまた別の大変さがある。何しろ身体が大きすぎるので、乗るだけでも結構な運動になってしまうのだ。

 

「……よいしょ、っと!」

 

どうにかサドルへ辿り着き、腰を落ち着ける。固定具を確認してから周囲を見渡すと、いつも歩いている通路がずいぶんと小さく見えた。

 

それにしても、シルヴィアとはまるで乗り心地が違う。あの子の背中では翼の動きや風を強く感じるけれど、カイザーから伝わってくるのは、ゆったりとした呼吸と分厚い筋肉の動きだった。

 

「……うん。準備できたよ。ゆっくり行こうね」

 

声をかけると、カイザーは低く喉を鳴らし、重々しい一歩を踏み出した。

 

◆

 

正門を抜けると、目の前には広い草地が広がっていた。

 

カイザーが歩くたびに足元の草が押し潰され、柔らかな土には深い足跡が残っていく。その振動に驚いたのか、近くにいた小さな生き物たちが、一斉に草むらへ逃げ込んでいった。

 

「……うわぁ、すごいなぁ」

 

上から眺めているだけでも、カイザーがどれほど大きいのかよく分かる。普段は正門で大人しくしていることが多いけれど、こうして歩いている姿を見ると、やっぱりギガノトサウルスなのだと実感させられた。

 

ただ、カイザーの歩いた跡を見ていると、ひとつ気になることがあった。

 

「……これ、大きい子用の道も作った方がいいかもね」

 

あれだけ頑丈そうな足でも、柔らかな地面には深く沈んでしまう。小型の子たちが日向ぼっこをしている場所を通らせたら危ないし、採取組が使う細い道も、あっという間に荒れてしまいそうだった。

 

大型組が歩く場所は、なるべく地面のしっかりしたところを選んだ方がいいだろう。

 

そんなことを考えながら向かったのは、拠点から少し離れた森の入り口だった。

 

近づくにつれて木々が密集し、湿った土や葉の匂いが強くなってくる。森の手前には採取組が通ったらしい跡も残っていて、カストロイデスたちが木材を集めているのも、この辺りなのかもしれない。

 

ただ、奥へ進むほど木々の間隔が狭くなり、地面には太い根が張り出していた。カイザーほど大きな身体では、無理に進もうとすれば木々をなぎ倒してしまいそうだ。

 

「……うーん。ここはカイザーには狭いかな」

 

そう呟いたところで、森の奥から枝の折れる音が聞こえてきた。

 

何かが動いているらしい。けれど、その音は私たちに近づくどころか、むしろ遠ざかっていった。どうやらカイザーの存在に気づいて逃げてしまったようだ。

 

「……あはは。あなたがいると、みんな逃げちゃうんだね」

 

首元を撫でてやると、カイザーは低く鼻を鳴らした。本人は特に気にしていないらしい。

 

森の中へ無理に進む必要もなかったので、私はカイザーに方向を変えてもらい、今度は岩場へ向かうことにした。

 

そこはアンキロサウルスやドエディクルスたちが採取に使っている場所で、黒っぽい石の間には金属のような光沢を持つ岩も見えていた。

 

「……あ、ここってアンキロが来てたところかな?」

 

周囲を眺めていると、カイザーが大きな足を岩の上へ踏み出した。

 

その直後、足元から嫌な音が響いた。

 

「……えっ?」

 

見ると、体重に耐えきれなかったのか、岩の一部が砕けて斜面を転がり始めている。大きく崩れたわけではないけれど、このまま進むのは危なそうだった。

 

「カイザー、ちょっと待って! そこ崩れそう!」

 

慌てて声をかけると、カイザーはすぐに足を止めてくれた。

 

「……うん。ここはアンキロたちに任せようか」

 

採取場所としてはよさそうでも、カイザーが歩くには少し地面が脆いらしい。私は来た道を戻ってもらい、別の方向へ向かうことにした。

 

次に立ち寄ったのは、以前シルヴィアと上空から見つけた川だった。

 

森の端から流れ出した水は、草地を横切って海へと続いているらしい。岸辺には背の低い植物が生え、水も見たところ澄んでいた。

 

「……ここなら、水場にできるかな?」

 

もちろん、綺麗に見えるからといって安全とは限らない。上流の様子や水質も確かめなければならないけれど、場所としては悪くなさそうだった。

 

そんなことを考えていると、カイザーがゆっくりと首を下げ、水を飲み始めた。巨大な口元が水面に触れるたびに大きな波紋が広がり、岸辺の泥が少しずつ崩れていく。

 

「……あはは。カイザーが飲むと、川岸が大変なことになりそう」

 

思わず笑ってしまった。

 

ただ水を飲んでいるだけなのだから、本人が悪いわけではない。でも、これだけ大きな子が何頭も利用することを考えると、岸辺を補強するか、大型組専用の水場を用意した方がいいかもしれなかった。

 

◆

 

川を離れたあとは、森から少し距離のある草地を中心に歩いてみた。

 

この辺りには大型の生き物が通ったらしい足跡がいくつも残っていて、拠点からもそれほど遠くない。見通しも比較的よかったので、狩場として使えるかもしれないと思ったのだけれど……。

 

「……あれぇ?」

 

遠くにいた生き物たちが、カイザーの姿に気づくなり逃げていってしまった。

 

しばらく待ってみても戻ってくる様子はなく、辺りはすっかり静かになっている。

 

「……カイザーがいると、狩りを始める前にみんな逃げちゃうね」

 

もちろん、この子が獲物を捕まえられないわけではない。むしろ、あれだけ大きくて強いのだから、普通の生き物では相手にならないだろう。

 

ただ、近くの獲物を狩るつもりなら、もう少し目立たない子を連れてきた方が効率はよさそうだった。

 

「……まあ、今日はお散歩だからいいんだけどね」

 

そう言って首元を撫でると、カイザーは相変わらず落ち着いた様子で歩き続けた。

 

その後は、少し離れた高台へ向かうことにした。

 

山というほど高い場所ではないけれど、草地の中に岩混じりの斜面が続いていて、上まで登れば周囲を広く見渡せそうだった。

 

カイザーはゆっくりと斜面を登り、見晴らしのいい場所まで来ると足を止めた。

 

「……わぁ、いい景色!」

 

思わず声を上げる。

 

そこからは、拠点の周辺に広がる草地や森、岩場、それから遠くの海まで見渡すことができた。

 

見慣れた城壁の向こうには、増築を繰り返した建物の屋根が並んでいる。正門の近くでは小型の子たちがのんびりと過ごし、少し離れた森の端では採取組が動いているのも見えた。

 

「……こうして見ると、結構広がったなぁ」

 

初めて外へ出たときは、周りに何がいるのかも分からなかった。それが今では、少しずつだけれど、みんなが安全に過ごせる場所を見つけられるようになってきている。

 

もちろん、まだ調べていない場所の方が多いし、分からないことも山ほどある。それでも、数日前と比べれば大きな進歩だった。

 

カイザーがゆっくりと身体を下ろしたので、私もしばらく休憩することにした。

 

空を見上げると、ちょうどシルヴィアがこちらへ向かって飛んでくるところだった。私たちを見つけたのか、少し高度を下げて大きく旋回している。

 

「あ、シルヴィアだ。ちゃんと見ててくれたんだね」

 

手を振ると、シルヴィアは嬉しそうに鳴き、もう一度大きく円を描いてみせた。

 

どうやら、頼んだとおり上空からついてきてくれたらしい。

 

私はその姿を見送ってから、カイザーの首元へ手を伸ばした。

 

「カイザーも、今日はありがとね。いつも門のところにいてくれるの、すっごく助かってるんだよ」

 

大きな身体を撫でながら声をかけると、低い喉の音が返ってきた。

 

「でも、ずっとそこにいなくてもいいからね? あそこが好きならいてもいいし、たまにはこうしてお散歩してもいいんだよ」

 

カイザーは何も言わず、ただ静かに目を細めている。

 

どこまで伝わっているのかは分からないけれど、こうして一緒に外へ出てくれたのだから、少なくとも散歩が嫌いというわけではなさそうだ。

 

「……ふふっ。また一緒に来ようね」

 

そう言うと、カイザーはもう一度、低く喉を鳴らしてくれた。

 

その返事が嬉しくて、私は首元を撫でながら、しばらくのんびりと景色を眺めていた。

 

◆

 

ふと、遠くの空に目を向けたときだった。

 

「……ん?」

 

海の向こう、水平線に近いあたりに黒い雲が広がっている。

 

私たちのいる場所はよく晴れているのに、そこだけは妙に暗く、厚い雲が低く垂れ込めていた。最初はただの雨雲かと思ったけれど、よく見ると渦を巻くような形をしていて、ときおり内側で白い光がちらついている。

 

「……雷かな?」

 

目を細めながら眺めてみる。

 

距離があるので詳しいことは分からないけれど、周囲の雲とは動き方が違うように見えた。風に流されているというより、同じ場所でゆっくりと渦を巻いているような、不思議な雲だった。

 

「……なんだろう、あれ」

 

そう呟いたとき、上空を飛んでいたシルヴィアが短く鳴いた。

 

顔を上げると、さっきまで気持ちよさそうに旋回していたシルヴィアが、遠くの空へ首を向けている。カイザーも同じ方角を見つめていて、いつもより少し低い唸り声を漏らしていた。

 

「……カイザーも気になる?」

 

もう一度雲へ目を向けてみたけれど、やはりここからでは何も分からなかった。普通の嵐なのか、それとも何か別の理由があるのか。少なくとも、今すぐ確かめられるような距離ではなさそうだ。

 

「……まあ、今はいいか。あっちの方も、そのうち調べてみよう」

 

私は雲のある方角を覚えておくことにした。

 

その後もしばらく高台で休んでいたけれど、カイザーがゆっくりと身体を起こしたところで、そろそろ帰ることにした。

 

「よし、じゃあ帰ろうか」

 

声をかけると、カイザーは低く鳴き、来た道へ向かって歩き始めた。

 

◆

 

帰り道では、今日見つけた場所について考えていた。

 

森の入り口は採取組が使うにはよさそうだけれど、大型の子たちが奥まで入るのは難しい。岩場は石材や鉱石を集める場所として使えそうだし、川の近くには水場を整備できるかもしれない。

 

それから、カイザーたちが安全に歩ける道も必要だろう。今日の様子を見る限り、十分な幅を確保するだけでなく、地面の丈夫さにも気を配った方がよさそうだった。

 

「……また仕事が増えちゃったなぁ」

 

思わず苦笑してしまったけれど、悪い気はしなかった。

 

カイザーと一緒に歩いたおかげで、上空から見ているだけでは分からなかったことも、いろいろと確かめられた。それに、何より久しぶりにこの子とゆっくり過ごせたのが嬉しかった。

 

やがて、森の向こうに見慣れた城壁が姿を現した。

 

正門が近づくと、カイザーは何の迷いもなく、いつもの場所へ向かって歩き始める。

 

「……あはは。やっぱり、そこがいいんだ?」

 

結局、カイザーは正門の横まで戻ると、ゆっくりと身体を下ろしてしまった。どうやら、ここが一番落ち着くらしい。

 

まあ、本人が好きでいるのなら、それで構わない。外へ出たくなったら、また一緒に散歩すればいいのだ。

 

私はサドルから降り、カイザーの首元を撫でた。

 

「今日はありがと。また一緒に行こうね」

 

カイザーは低く喉を鳴らし、ゆっくりと目を細めてくれた。

 

そのとき、上空から大きな羽音が聞こえてきた。

 

振り返ると、シルヴィアが高所の発着場所へ降りてくるところだった。着地を終えるとすぐにこちらを見つけ、嬉しそうに首を伸ばしてくる。

 

「シルヴィアも、お疲れさま。ちゃんと見ててくれてありがとね」

 

鼻先を撫でてやると、シルヴィアは満足そうに喉を鳴らした。どうやら、今日も立派に役目を果たしたつもりらしい。

 

「ふふっ、偉かったね」

 

もう一度撫でてから、私は工房へ戻ることにした。

 

今日見てきた場所を忘れないうちに、簡単な地図へ書き込んでおきたい。森の入り口や岩場、川、それから大型組が歩けそうな道。まだ大まかな位置しか分からないけれど、少しずつ情報が増えてきていた。

 

「……うん。結構いろいろ分かったね」

 

地図を眺めながら、小さく頷く。

 

今日はカイザーと散歩しただけのつもりだったけれど、思っていた以上に収穫があった。これなら、大型の子たちが安全に歩ける場所も、少しずつ増やしていけそうだ。

 

そこで、ふと高台から見えた景色を思い出した。

 

海の向こうにあった、あの黒い雲だ。

 

「……そうだ。あれも書いておこうかな」

 

私は地図の端に小さな雲の印を描き、その横に『遠方に雷雲?』と書き加えた。

 

普通の嵐かもしれないし、何か別の理由があるのかもしれない。今のところ判断できることは何もないけれど、シルヴィアもカイザーも気にしていたことが、少し引っかかっていた。

 

「……まあ、そのうち分かるかな」

 

そう呟き、私は地図を片づけた。

 

窓の外では、今日もファミリアたちが思い思いに過ごしている。正門の近くにはカイザーがいて、高所ではシルヴィアが翼を休めていた。

 

いつもと変わらない、穏やかな夕方だった。

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