廃人サバイバー、異世界へ行く   作:ドレットノータス

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第21話 遭遇

海も空も、静かだった。

 

けれど私には、その静けさが何もいないからではなく、すべてに見られているからだと分かっていた。

 

調査船は沖合に停まり、小舟が海面へ降ろされていた。波は穏やかに見え、岩場で砕ける白い飛沫も、遠目には美しい景色の一部でしかなかった。

 

けれど、その海の下に何がいるのかを、私は知っている。空の上にも何かがいることを、姿を見たわけではなくても肌で感じていた。ここはもう王国の海ではなく、禁忌の島の海なのだ。

 

小舟に乗り移る人達の動きは、どこか硬かった。最初に上陸するのは王国軍の将官と私、数名の護衛兵、教授、記録係、王国支部の神官、それから最低限の船員で、研究者の多くはまず船で待つことになっている。

 

将官は小舟に乗る前に、もう一度全員へ命令を確かめた。

 

「武器は携行。だが抜くな。構えるな。未知の存在を確認しても、各自の判断で動くな。聖女殿の指示を聞け。恐怖で判断を誤るな」

 

短い言葉だったが、それを軽く受け止めている人は一人もいなかった。

 

護衛兵達は緊張で顔をこわばらせ、船員達は、できることなら船に残りたいという本音を隠せずにいる。教授は記録帳を抱えているものの、筆を持つ手がいつもより固く、神官は聖印を握りしめたまま唇だけで祈りを唱えていた。

 

ただ一人、記録係の若い文官だけは、上陸の前から誰よりも細かく帳面をつけていた。波の高さに風向き、それに時刻まで。手は震えていても、その文字は少しも乱れていなかった。

 

私も、もう一度言った。

 

「ここから先は、本当にお願いします。驚いても、叫ばないでください。近づいてくるものがいても、先に敵意を向けないでください。怖くても、武器を構えないでください」

 

声が震えているのは自分でも分かったが、言わずにはいられなかった。

 

「怖いと感じるのは当然です。ですが、その恐怖を攻撃に変えないでください」

 

「心得ています」

 

静かに頷いた将官のその一言が、今の私にとっては、わずかな支えだった。

 

◆

 

小舟が岸へ近づくにつれて、白い砂浜と黒い岩、そして濃すぎる緑の奥に広がる深い森が、はっきりと見えてきた。

 

私が打ち上げられた海岸に近い場所だった。あの時は意識が朦朧としていて海岸線など覚えていないから、まったく同じ場所ではないのかもしれない。それでも潮の匂いも、湿った土の匂いも、緑の奥から漂ってくる濃密な生き物の気配も、あの日とよく似ていた。

 

喉の奥が詰まった。帰ってきてしまった、と思った。それも今度は一人ではなく、王国の人達を連れてきてしまったのだ。

 

小舟の底が浅瀬の砂に擦れると、護衛兵の一人が先に降りようとして、将官に目で止められた。将官はまず周囲を見回し、少なくとも見える範囲には何もいないことを確かめてから、私を振り返った。

 

「聖女殿」

 

促されて、私は最初に砂浜へ降りた。

 

――懐かしい。

 

そう思ってしまったことに、また胸が痛んだ。ここは怖かった場所で、救われた場所でもある。ライラと出会い、ファミリアという言葉が生まれ、王国へ帰るためにシルヴィアの背中に少しずつ慣れていった場所だった。禁忌の島であることに変わりはないけれど、私にとっては、それだけの場所ではなかった。

 

将官に続いて、護衛兵達と教授、記録係、神官が慎重に砂へ足を下ろした。誰も声を上げず、誰も武器を抜かなかったことに、私は心から安堵した。

 

「周囲を確認しろ。声は抑えろ」

 

護衛兵達は散っていったが、距離を取りすぎることも、剣に手を近づけすぎることもなく、目だけで周囲を探っていた。教授は足跡や波の跡、岩場の苔、森へ続く草の折れ方をじっと見つめている。見たいものが多すぎるのだろうに、勝手に動こうとはしない。今は、それで十分だった。

 

私は島の奥へ目を向けた。ライラの家はここからは見えないけれど、そこへ続く道はある。ライラにこの状況をどう説明すればいいのだろうと考えた、その時だった。

 

◆

 

ふいに、陽が陰った。

 

最初に気づいた護衛兵が空を見上げて息を呑み、船員が短く呻き、教授が顔を上げた。私もゆっくりと空を仰いだ。

 

青空を背に、大きな影が降りてくるところだった。紫がかった鱗と、雷を帯びたような翼。身体の内側には、青白い光が流れている。

 

「……シルヴィアさん」

 

名前を口にした瞬間、翼の角度が変わり、降りてくる速度が落ちた。けれど王国の人達から見れば、巨大な飛竜が自分達めがけて舞い降りてくるようにしか見えなかっただろう。

 

「あれが……」

 

「聖女様を運んだ竜……」

 

「本当に、いたのか」

 

神官が聖印を握りしめ、記録係が目を見開き、教授は筆を構えたまま固まった。

 

「動くな。武器に触れるな」

 

将官の低い声に、兵士達はかろうじて踏みとどまった。

 

「シルヴィアさん、ゆっくりです。ゆっくり、お願いします」

 

シルヴィアは、聞いてくれた。聞いてはくれたけれど、近づくのをやめはしなかった。

 

砂を巻き上げないように気をつけながら、翼を広げて降りてくる。本人としてはずいぶん抑えているつもりなのだろうが、初めて見る人にとっては、十分すぎるほど恐ろしい姿だった。巨大な爪が浜に触れて鈍い音が響き、シルヴィアは私を見つけると、嬉しそうに喉を鳴らした。

 

竜が鳴いた、というだけで、何人かがびくりと肩を震わせる。けれど私には、それが威嚇ではなく、ただ喜んでいる声なのだと分かっていた。

 

「シルヴィアさん、近いです。まだ近いです」

 

言い終わる前に、その顔は目の前にあった。長い首を下げて私の髪の匂いを嗅ぎ、肩の匂いを嗅ぎ、ちゃんと戻ってきたのかを確かめるように、鼻先でそっと触れてくる。温かくて、懐かしくて、けれど今は本当にそれどころではなかった。

 

「少しだけ、離れてください」

 

シルヴィアは一応顔を引いたものの、またすぐに近づいてきた。

 

「近いです」

 

引いては、また近づく。

 

「嬉しいのは分かりました。私も、また会えて嬉しいです。嬉しいですけど、今は本当に少しだけ」

 

嬉しいと言ったのが伝わったのか、シルヴィアは満足そうに喉を鳴らすと、翼を少し広げて私を半分囲う位置に立った。おかげで、進路は完全に塞がれてしまった。

 

王国の人達は、言葉を失っていた。聖女が竜に懐かれ、竜が名前で呼ばれて聖女の言葉に応えている。神官は祈りの途中で止まったままで、教授は何から書けばいいのか分からない顔をしていた。

 

そんな中で、将官だけは青ざめながらも目を逸らさなかった。この人はたぶん、目の前の光景を奇跡としてではなく、私個人を見分けている未知の飛行生物として見ている。そしてその判断は、おそらく正しい。

 

シルヴィアが王国の人達をちらりと見ると、その視線だけで護衛兵達が固まった。けれど彼女はすぐに私へ顔を戻した。どうやら優先順位は、私の方が上らしい。

 

胃が痛くなった。覚えていてくれたことも、飛んできてくれたことも、本当に嬉しい。嬉しいけれど、今だけはもう少し威厳を保っていてほしかった。

 

◆

 

その時、地面がかすかに震えた。

 

シルヴィアが着地した余韻かと思ったが、そうではなかった。重い震動が一定の間隔で近づいてきて、森の縁の木々が揺れ、何かの群れが一斉に飛び立っていく。

 

血の気が引いた。この足音を、私は知っている。

 

「……まさか」

 

森の奥から現れたのは、黒に近い巨体だった。分厚い筋肉に覆われた脚が地面を踏みしめ、その上には、獣と呼ぶにはあまりにも大きすぎる顎がある。

 

カイザーだった。

 

いつもは正門のあたりにいるはずなのに、たまたま近くを歩いていたのか、騒ぎに気づいてやって来たのか。どちらにしても、最悪の頃合いだった。

 

空気が、完全に凍りついた。

 

シルヴィアの時はまだ、聖女の守護竜だとか、噂の竜だとか、縋るための言葉があった。けれどカイザーには、それがない。目の前にいるのはただ圧倒的な生き物で、まるで災厄そのものが脚を持って歩いてきたかのようだった。

 

教授の筆が止まり、神官は祈りの言葉を忘れたように口を閉ざした。船員が半歩下がり、護衛兵の一人が反射的に剣の柄へ手を伸ばしかける。

 

「動くな」

 

将官の声が飛んだ。怒鳴り声ではないのに、鋼のように硬い声だった。

 

「武器に触れるな。命令なしに声を上げるな。構えるな」

 

兵士の手が止まる。将官の額にも冷や汗が浮かんでいたが、その判断は揺らいでいなかった。ここで一人でも武器を構えれば全員が死ぬと、この人は分かっているのだ。

 

カイザーは人間達の少し手前で立ち止まり、巨大な頭をゆっくりとこちらへ向けた。その視線だけで、誰も動けなくなる。

 

けれど私には、たぶんカイザーも困っているのだと分かっていた。知らない人間達がいて、そこに私もいる。私はライラが受け入れた人間だから、この人達をどう扱えばいいのかが分からない。敵なのか、客なのか。それが分からないから、立ち止まっているのだ。

 

もちろん、王国の人達にそんな事情が伝わるはずもない。彼らの目には、巨獣が自分達を見下ろして、噛み砕くかどうかを考えているようにしか映らないだろう。

 

「カイザーさん」

 

声が裏返りそうになるのを、必死に抑えた。

 

「大丈夫です。この方々は、私と一緒に来ました。敵ではありません」

 

カイザーは私を見て、それからシルヴィアを見た。シルヴィアは私を囲ったまま、何か言いたげに喉を鳴らす。たぶん、自分が先に見つけたのだと言っているのだろうが、今それは本当にどうでもよかった。

 

「シルヴィアさんも、少し下がってください。カイザーさんも、ええと……見ているだけで、お願いします」

 

巨大な災厄に向かって、見ているだけでお願いします。聖女として、今までで一番意味の分からないお願いだったと思う。

 

それでもカイザーは動かず、ただこちらを見ていた。それだけで、十分に恐ろしかった。

 

「……分類、できるのか」

 

かすれた声で呟いた教授の顔には、学者としての興奮よりも先に、恐怖が浮かんでいた。この人も、私が詳しいことを語らなかった理由を、少しだけ理解したのだろう。これは紙の上では、とても説明できるものではない。

 

◆

 

やがて、森や空や海が、静かに動き始めた。

 

草地の端から小さな子達が顔を出し、何かあったの、とでも言いたげにこちらを見ている。木材を咥えた採取組の子は、どうしようかと首を傾げて立ち止まり、岩場の向こうからは別の子が顔を覗かせた。上空ではワイバーンの影が一つ、二つと円を描き始め、海の方からは、何か大きなものが水面の下で身じろぎする低い水音が聞こえてきた。

 

襲いに来たわけではない。シルヴィアが来て、カイザーが立ち止まり、そこに私と知らない人間達がいるから、見に来ただけだ。たぶん、その程度の野次馬だった。

 

けれど王国の人達には、そんなことは分からない。陸にはカイザー、空にはワイバーン、目の前にはシルヴィアがいて、周りには得体の知れない生き物達が集まり、海の中にも何かがいる。船へ戻る道さえ安全とは言えない状況で、しかも誰も襲ってこず、ただ見ているだけなのだ。その沈黙が、かえって恐ろしかったに違いない。

 

「全員、その場を維持。動くな。声を上げるな。武器に触れるな」

 

将官の声は、もはや命令というより命綱だった。

 

本当は、私も動きたかった。調査団に説明したかったし、カイザーには大丈夫だと伝えたかったし、集まってきた子達にも敵ではないと言いたかった。けれど、シルヴィアがあまりにも近い。

 

「シルヴィアさん、今は本当に、少しだけ」

 

不満そうな声が返ってくる。

 

「分かりました、あとでちゃんとお話しします。今は、皆さんが怖がっているので」

 

シルヴィアが王国の人達の方を見ると、全員がさらに固まった。

 

「見ないでください。いえ、見てもいいですけど、そんなに近くで見ないでください」

 

胃が、とても痛かった。ファミリア達の側には敵意なんてひとつもないのに、王国の人達は死を覚悟しかけている。この温度差をどう説明すればいいのか分からず、私は途方に暮れかけていた。

 

◆

 

その時、森の方から別の足音が聞こえた。

 

カイザーほど重くも、シルヴィアほど派手でもない足音だった。それなのに、その音が聞こえた瞬間、周りの子達の空気が変わった。シルヴィアが顔を上げ、カイザーがゆっくりとそちらを振り向く。

 

ライラだ。

 

森の縁に、白銀の髪が見えた。けれどライラは、そこから出てこようとしなかった。

 

木の影の中で、立ち止まっていた。

 

最初は、状況を見ているのだと思った。私がいて、シルヴィアが私にまとわりつき、カイザーが立ち止まっていて、知らない人達が青ざめている。何が起きているのか分からなければ、足を止めるのは当然のことだ。

 

けれど、ライラの目は私を見ていなかった。護衛兵達の腰に下がっている剣を、じっと見ていた。

 

その顔からは表情が消え、小さく上がった肩は下りないままだった。右手は腰のあたりで止まり、その指先が、何かを探すようにかすかに動いている。私が知っているライラでは、なかった。

 

その時、周りの子達が動いた。

 

ライラは一言も発していないし、誰かが命じたわけでもない。それなのに、カイザーが一歩だけ横へずれて、その巨大な身体で王国の人達と森の縁のあいだを半分塞いだ。草地の端にいた小さな子達はライラの足元へ集まっていき、高いところで円を描いていたワイバーンのうちの一頭が、少しだけ高度を下げた。

 

さっきまでの野次馬とは、明らかに違う動きだった。王国の人達もそれに気づいたのか、誰かの喉がひゅっと鳴った。

 

私は、その位置取りを知っていた。

 

島にいた頃、私がまだ怖くて震えていた頃、ライラはいつも少し離れたところにいて、急に近づいてくることはなかった。ファミリア達はいつも、私とライラのあいだに、ほどよい距離を空けていた。私はずっと、それを私のための気遣いなのだと思っていた。

 

――違ったのかもしれない。

 

あの時、怖かったのは私だけではなかったのかもしれない。

 

「ライラさん」

 

声が震えないように、ゆっくりと言った。

 

「この方達は、私と一緒に来た人達です。王国の調査団で、誰も武器を抜きません」

 

それから、将官の方は見ずに、もう一度言った。

 

「私が、ここにいます」

 

ライラの目が、ようやく私を見た。

 

長い間があった。やがてライラは小さく息を吐き、上がっていた肩をわずかに下ろすと、腰のあたりにあった手を身体の横へ戻した。

 

そして、一歩。

 

木の影から、ライラが出てきた。

 

武器も持っていなければ、威圧的な服を着ているわけでもない。王国の人達の目には、あまりにも普通の少女に見えたかもしれない。けれど彼女が一歩出た瞬間、カイザーもシルヴィアも、足元の子達も空の影も、周りの生き物達がそろって彼女を意識した。その光景だけで、誰もが理解したはずだ。この少女こそが、中心なのだと。

 

ライラはカイザーの身体の陰から半分だけ顔を出すようにして、そこで立ち止まった。

 

「……リィナ」

 

いつもより、ずっと小さな声だった。

 

「その人達は、お客さん……?」

 

「はい。たぶん、そうです」

 

私が頷くと、ライラは王国の人達の方へ顔を向けた。その目はまだ、剣のあたりから離れきっていなかった。

 

それでも、彼女は口を開いた。

 

「えっと……」

 

言葉が途中で止まり、もう一度、小さく息を吸う音がした。

 

「……ようこそ?」

 

誰も、答えられなかった。禁忌の島の真ん中で、年若い少女が、ようこそと言ったのだ。

 

「リィナの知り合いなら……お客さん、でいいのかな。ここは、私の家です」

 

そこで一度、言葉が切れた。

 

「遠いところから来たなら……休んでいって、ください」

 

途切れ途切れのその声は、王国の人達には、人に慣れていない少女のぎこちない挨拶に聞こえたかもしれない。けれど私には、怖いのにもてなそうとしている声に聞こえた。

 

将官が武器には触れないまま、一歩だけ前へ出て、軍人としての礼を取ろうとした。その一歩にカイザーの頭がわずかに動き、ライラの足元の子達が小さく身を寄せ合う。将官はそれを見て、そこで足を止めた。それ以上は、近づかなかった。

 

「王国軍を代表し、貴女に感謝を申し上げます。聖女リィナ・エルシア殿を救助し、王国へ帰還させてくださったこと、深く御礼申し上げます」

 

ライラは、少し困った顔をした。

 

「倒れて、いたので。リィナは、帰る場所があるって言っていたので。だから、帰した方がいいかなって」

 

それが当たり前のことのように言うから、私は不意に涙が出そうになった。

 

ライラはそこでようやく、カイザーを見上げた。

 

「カイザー、大丈夫。リィナの知り合いみたい。……だから、大丈夫」

 

最後の大丈夫は、カイザーに言ったのか、自分に言ったのか、分からなかった。

 

カイザーが低く喉を鳴らすと、それだけで砂が震えた気がして、王国の人達がまた青ざめる。けれどカイザーは一歩下がり、そのおかげで、道が少しだけ開いた。

 

「みんなも、近づきすぎないでね。怖がってるから」

 

その言葉で小さな子達が左右に分かれ、採取組が端に寄った。上空のワイバーンは高度を上げ、海の水音も遠ざかっていく。この少女のたったそれだけの言葉で、包囲は緩んでいった。

 

兵士達の表情は、むしろ険しくなっていた。恐怖のせいだけではない。この島で本当に恐ろしいのは巨大な生き物の数ではなく、その中心にこの少女がいることなのだと、軍人として理解が追いついてしまったのだろう。

 

教授は震える手で、ようやく記録帳に筆を走らせ始めた。記録係の若い文官は、最初からずっと書き続けていた。

 

そしてライラが怯えていたことに気づいたのは、たぶん、私だけだった。

 

「シルヴィア、離れて」

 

ライラにそう言われて、シルヴィアは不満そうに鳴きながら下がった。私はようやく、翼の壁から抜け出すことができた。

 

「ありがとうございます……」

 

「えっと……ずっとここにいるのも、大変だと思うので」

 

ライラは少し考えてから、当たり前のように言った。

 

「座れるところに、行きましょう。ご飯も、出します」

 

この状況で食事、という言葉に一瞬の沈黙が落ちて、私の胃がまた痛んだ。

 

けれど将官は冷静だった。ここで断る方が失礼で、危険でもあると判断したのだろう、深く一礼した。

 

「ご厚意、感謝します」

 

ライラは少しだけ安心したように頷いた。

 

「じゃあ、こっちです」

 

ライラが歩き出すと、カイザーがその少し後ろについた。人間達とライラのあいだに、自然と大きな身体が入る位置だった。ファミリア達は道を開け、シルヴィアだけは私のそばに残ろうとして、ライラにもう一度注意されていた。

 

重い足取りで、王国の人達も歩き出した。それでも、進むしかなかった。禁忌の島に上陸した彼らが最初に受けたのは、攻撃でも威嚇でもなく、島の主人のぎこちない歓迎だったのだ。

 

前を歩くライラの背中は、さっきよりも少しだけ小さく見えた。

 

ここからが本番だ、と私は思った。王国の目を恐怖だけで曇らせず、それを敵意に変えさせない。この島に連れてきてしまった以上、その目が何を見るのかを、最後まで見届けなければならない。

 

それから、もう一つ。あの子が今、何を怖がっているのかを。

 

ファミリア達が開けた道の先に、ライラの家が見えてきた。王国の人達は言葉を失ったまま、その後をついて歩いていった。

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