廃人サバイバー、異世界へ行く   作:ドレットノータス

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リィナの騎乗訓練中の話(16話 空を渡る準備)になります。
結構ご都合主義です


第一部 短編
短編1 採集組の1日


番外編 採集組の一日

 

 この家の一日は、ライラが目を覚ますより少し早く始まっていた。

 

 家の中は、まだ完全には明るくない。窓の外から差し込む朝の光は淡く、居住区の奥には夜の気配が少しだけ残っている。けれど、拠点のあちこちでは、もう様々な音が響いていた。

 

 小型の子達が寝床の中で身じろぎする音。外へ出ていく足音。高い場所で翼を畳み直す音。遠くの水場で、誰かが水を飲む音。倉庫の扉が開く音。

 

 この家に暮らす子達の一日は、全員が同じ時間に始まるわけではない。夜明け前から動く子もいれば、日が高くなってからようやく起きる子もいる。

 

 そして、私が部屋を出て、朝の騎乗訓練へ向かう途中、倉庫の前はいつも少しだけ忙しい。

 

 最初に見た時は驚いた。けれど、数日もすれば分かる。

 

 これは特別な準備ではない。

 

 この家では、採集組の一日が毎朝こうして始まるのだ。

 

 主任がいた。

 

 大きな体に、黄色いヘルメット。黙ったまま、倉庫の入口で在庫をひとつずつ確認している。

 

 木材、石、鉄、黒曜石、ベリー、わら、繊維、原油。その他、細かく分類された素材の山。

 

 主任は、ひとつひとつの置き場を黙々と見て回る。昨日減った分、今日も補充する分、いつも通り積み増しておく分。ライラが横で細かく指示しているわけではない。この確認そのものが、毎朝の習慣になっているらしかった。

 

 鉄の置き場を見て少し考え、次に木材の場所を見る。それから、食料用のベリーや草の保管場所を見る。

 

 その無言の確認が終わる頃、採集組が集まり始めた。

 

 まず、大きな影が倉庫前の広場へ現れる。マンモスだ。朝の空気を吸い込むようにゆっくり鼻を動かしている。木材集めの主力として、今日も森へ向かうつもりらしい。

 

 横を、テリジノサウルスが器用に歩いてくる。長い爪を持ちながら、動きは意外なほど細かい。木材も、わらも、ベリーも、草も集められる万能役だ。丁寧に分けて持ち帰る子もいれば、少し得意げに集めすぎる子もいる。

 

 少し遅れて、アンキロがやって来る。鉄や黒曜石を採るのが得意などっしりとした子だ。遠い場所へ行く時は、だいたい運搬役に任せることが多い。

 

 ドエディクルスもいた。石材担当だ。丸くなれば運びやすくなるため、運搬役にとっては少しありがたいらしい。丸まったまま運ばれている姿は、確かに少し可愛い。

 

 カストロイデスは、水場の近くから来た。木材担当だが、マンモスより小回りが利く。森の端や水辺の近くで、細かく木材を集めるのに向いている。

 

 さらに、上空からアルゲンが降りてくる。大きな翼を広げ、倉庫前の空気を揺らした。直接掴んで運ぶ役だ。アンキロやドエディクルスを目的地へ運ぶことができる。

 

 その後ろには、ケツァルの巨大な影がゆっくりと高度を下げていた。背に広い足場を持つ、空の輸送役。何体かをまとめて乗せ、素材も一緒に運べる。採集隊の移動拠点のような存在だった。

 

 リニオグナタもいた。細いようでいて、驚くほど力がある。大型の採集担当すら掴んで運べるその姿は、外の人間ならまず理解が追いつかないだろう。けれど、この家ではそれもいつものことだった。

 

 少し離れた場所では、ワイバーンが一体、翼を畳んで待っている。今日の主な役割は護衛らしい。採集班にワイバーンが一体いるだけで、周囲の危険な生き物はほとんど近づいてこない。

 

 さらに、熱を帯びたような体を持つマグマサウルスが、倉庫前をゆっくり通った。危険な鉱床でも単独で向かい、平然と鉄を集めて帰ってくる鉄担当だ。外界の基準なら、重装備の採掘隊と護衛が必要になるような場所でも、この子にとってはいつもの採集場所でしかない。

 

 海側では、まだ姿は見えないが、ダンクルオステウス達が海底の原油や素材を採るために動き始めている気配があった。

 

 倉庫前は、だんだん賑やかになっていく。主任は、集まった子達を見渡した。それから、倉庫の中のいくつかの場所を順番に指差す。

 

 鉄。木材。石。ベリー。原油。

 

 言葉はない。けれど、それで十分だった。

 

 マグマサウルスが鉱床の方へゆっくり歩き始め、アンキロはアルゲンの近くへ向かう。ドエディクルスは少し待ってから、器用に丸くなった。カストロイデスはマンモス達の方へ寄っていき、ケツァルは背の足場へ何体かを乗せる準備をしていた。

 

 そこへ、ライラが眠そうにやって来た。

 

「おはよう」

 

 声をかけると、集まっていた子達がそれぞれ反応する。マンモスが鼻を鳴らし、テリジノサウルスが首を動かし、アルゲンが翼を少し広げる。主任はいつものように片手を上げた。

 

「もう出るんだね」

 

 ライラは倉庫の方を見る。主任が指差した場所を見て、何となく今日もいつも通りなのだと理解したようだった。

 

「今日も採りに行くんだね」

 

 主任が頷く。

 

「そっか。じゃあ、みんな気をつけてね。危なかったらすぐ帰ってくるんだよ。無理しないでね」

 

 それぞれが返事をするように動く。

 

 ライラにとっては、それが普通の朝だった。

 

 家の素材を集めてくれる子達が、今日もいつも通り出かける。だから、いつも通り見送る。

 

 それだけだった。

 

 けれど、その光景を遠目に見つめながら、私はようやく理解し始めていた。

 

 これは特別な採集ではない。

 

 この家では、これが毎日繰り返されている。

 

 これから始まるのは、ただの採集ではない。外界の基準なら、軍と鉱山組合と商会と運送隊が合同で行うような規模の資源回収だ。

 

 しかも、彼らは荷車も、大型の輸送船も、倉庫馬車の列も使っていない。

 

 自分達で採り、自分達で収め、必要な場所で取り出す。

 

 ライラさんが使うあの不思議な収納能力に近いものを、ファミリア達も当然のように使っている。

 

 そのことを知った時、私はしばらく言葉を失った。

 

 ◆

 

 ――それから少しして、私はシルヴィアの背の上で、呼吸を整えていた。

 

 まだ、怖い。それは変わらない。

 

 シルヴィアは優しい。私を落とさないように気をつけてくれる。私の呼吸が乱れれば速度を落とし、体が固まれば動きを緩めてくれる。名前を呼べば反応するし、褒めれば少し得意げになる。

 

 それでも、竜の背は竜の背だ。大きな翼、地面から離れる感覚、風、高さ、背中の下で動く強靭な筋肉。普通の馬とは全く違う揺れ。

 

 恐怖が消えることはない。

 

 けれど、以前のように硬直して何もできなくなることは確実に減っていた。

 

「リィナ、怖かったら言ってね」

 

 少し離れた場所から、ライラが見守ってくれている。

 

「はい。まだ大丈夫です」

 

 深く息を吸った。

 

 姿勢を低くしすぎない。肩に力を入れすぎない。シルヴィアの動きに逆らわない。上体が遅れる前に、腰と足で揺れを受ける。手でしがみつきすぎると、かえって体が固まる。

 

 少しずつ、体が覚え始めている。

 

 けれど、覚えてきたからといって、怖くなくなるわけではない。ただ、怖さの中で何をすればいいかが、少しずつ分かってきた。

 

「シルヴィア、ゆっくり」

 

 ライラが言うと、シルヴィアは少し不満そうに喉を鳴らした。もっと速く飛べる、もっと格好よく動ける――きっとそう思っている。だが、私を乗せている時だけは徹底して慎重だった。

 

 地面から少し浮き、短い距離を移動する。風が頬を撫でる。息を止めそうになって、慌てて吐き出した。

 

「大丈夫です、シルヴィアさん」

 

 言うと、シルヴィアはほんの少し得意げに首を動かした。

 

「調子に乗らない」

 

 ライラの声が飛ぶと、シルヴィアは分かりやすく少しだけしょんぼりした。

 

 思わず小さく笑ってしまう。怖い竜。けれど、ライラに注意されるとしょんぼりする竜。その二つが、今は同じ存在の中に当たり前のように並んでいる。

 

 訓練は、そこで一度休憩になった。

 

 シルヴィアがゆっくり地面へ降りる。背から降りると、膝に力が入りすぎていることに気づいた。まだ少し震えている。

 

「お疲れさま」

 

 ライラが水を渡してくれる。

 

「ありがとうございます」

 

 受け取り、一口飲んだ。体の奥に残っていた緊張が、少しずつ溶けていく。

 

 シルヴィアは、当然のように私の近くへ顔を寄せてきた。

 

「シルヴィアさん、近いです」

 

 言うと、少し下がる。しかし、すぐにまた近づく。

 

「近いです」

 

 また下がる。

 

 困りながらも、私は以前ほど強く怖がってはいない自分に気づいていた。

 

 そこへ、遠くから大きな影が戻ってくるのが見えた。採集組だった。

 

 ◆

 

 最初に見えたのは、マンモスだった。背や鼻に木材を抱えて、ゆっくりと戻ってくる。その足取りは安定しており、苦しそうな様子は微塵もない。

 

 見えている量だけでも十分に多い。

 

 だが、この家での採集は、それで終わりではなかった。

 

 マンモスが倉庫前で足を止める。すると、まるで見えない荷台から降ろすように、さらに木材が積まれていく。

 

 私は、思わず瞬きをした。

 

 最初に見た時は、何かの見間違いだと思った。

 けれど違う。木材は確かに増えている。マンモスが物理的に抱えていた量より、明らかに多い。

 

 それを、ライラさんも主任も、採集組の子達も、誰一人として不思議がっていなかった。

 

 その後ろでは、テリジノサウルスが何体か歩いていた。木材、わら、ベリー。個体ごとに持ち帰っているものが違う。中には、妙に得意げに胸を張っている子もいた。明らかに多めに集めたらしい。

 

 彼らも、見えている分を下ろした後、さらに素材を取り出す。

 

 束ねられたわら。

 色とりどりのベリー。

 細かく分けられた草。

 木材。

 

 目の前の空間から、当然のように素材が増えていく。

 

 上空からは、アルゲンが降りてくる。掴まれているのはアンキロだ。その体には、鉱物の欠片がいくつも付いている。別のアルゲンは、丸まったドエディクルスを運んでいた。着地の少し前に下ろされ、ドエディクルスはころんと転がってから、何事もなかったように起き上がる。

 

 ケツァルも戻ってきた。背の足場には、採集担当と素材がまとめて載っている。鉱石の塊、石材、黒い光沢を持つ石、束ねられた繊維。

 

 それだけでも十分おかしい。

 

 だが、倉庫前で下ろされる量は、見えていた分より明らかに多かった。

 

 どうやって収まっていたのか分からない素材が、当然のように分類場所へ積まれていく。

 

 少し遅れて、リニオグナタが重い素材を掴んで戻ってきた。その圧倒的な力を見て、私は思わずその場で固まってしまった。

 

 あれは、外界の常識では「運搬」という言葉では片づけられない。大型の採集担当すら運べるという話を聞いてはいたが、実際に見るとやはり理解が追いつかない。

 

 しかも、それはあくまで見えている部分でしかない。

 

 実際には、ファミリア達はさらに多くの素材を、自分達の中に収めて持ち帰っている。

 

 ワイバーンが上空から降り、採集班の周囲を一度旋回してから高い場所へ戻った。護衛は終わり、ということらしい。

 

 ライラは嬉しそうに手を振った。

 

「おかえり」

 

 採集組がそれぞれ反応する。

 

「今日もいっぱいだね。ありがとう」

 

 その声は、特別な成果を褒めるものではなかった。いつも通り戻ってきた子達へ、いつも通り礼を言っているだけ。

 

 だからこそ、私には余計に恐ろしかった。

 

 外界なら国家が管理するような素材の山が、この家では「今日もいっぱい」で済んでいる。

 

 マンモスが鼻を鳴らし、テリジノサウルスの一体が得意げに首を上げる。カストロイデスは木材を抱えたまま、すでに倉庫の方へ向かっている。

 

 その光景を、私はじっと見つめていた。

 

 最初は、ただすごいと思った。大きなファミリア達が、役割ごとに動いて素材を持ち帰っている。ライラが労い、彼らが応じている。その光景自体が、すでに普通ではない。

 

 だが、私の研究者としての目は、すぐに別のものへ向いた。

 

 素材だ。

 

 持ち帰られた木材、石、鉱石、黒曜石、原油。

 

 そして、それが見た目以上の量で取り出されていく現象。

 

 思わず一歩、近づいていた。

 

「リィナ? どうかした?」

 

 ライラが首を傾げる。

 

「……ライラさん」

 

「うん」

 

「少し、聞いてもよろしいですか」

 

 私の声は、先ほどまでとは違っていた。騎乗訓練中の緊張でも、シルヴィアへの恐怖でもない。研究者としての真剣さが混ざっている。

 

「この島の資源についてです。それと……今の、収納のようなものについても」

 

「収納?」

 

 ライラは不思議そうにした。

 

「みんなが素材をしまっているやつ?」

 

「はい。それです」

 

「ああ、みんなも持てるみたい。私と同じ感じで」

 

「同じ感じ、ですか」

 

「うん。素材とか食べ物とか、採ったものをしまっておけるみたい。私より使い慣れてるかも」

 

「……ファミリア達も、ですか」

 

「うん」

 

 あまりにも軽い返事だった。

 

 私は、その軽さにまた胃が痛くなった。

 

 ◆

 

 倉庫前の邪魔にならない場所で、説明を始めた。

 

 ライラは近くの箱に腰かけて聞いている。シルヴィアは、私の近くにいたがっていたが、採集組の動線を邪魔しそうになり、ライラに少し離れるよう言われて不満そうにしていた。それでも、完全には離れない。顔だけは私の方を向けている。

 

 主任は、説明には参加せず、黙々と素材の整理を続けていた。

 

「一般的な常識として、資源には、大きく分けて二種類あります」

 

 私は、できるだけ順を追って説明した。

 

「一つは、普通の自然資源です。森の木、山の石、普通の鉱山で採れる鉱石。もう一つは、地脈から噴き出す魔力溜まりによって、生成されたり、変質したりする資源です」

 

「魔力溜まり」

 

「はい。土地の下を流れる魔力が、特定の場所で濃く噴き出すことがあります。その影響で、素材が通常より遥かに高い性質を持つことがあります。ただし、良いことばかりではありません良い資源が採れる場所ほど危険です。魔獣もまた、魔力溜まりから生まれるからです」

 

 ライラは少し眉を寄せた。

 

「いい素材がある場所ほど、強い魔物が出るってこと?」

 

「はい。そして、この島は……おそらく、その極端な例です」

 

 倉庫へ運ばれる鉄や黒曜石、海側から届けられた原油を見やる。

 

「外界で禁忌の島、あるいは一部の古い伝承でアポカリプスと呼ばれてきたこの土地は、地脈から噴き出す魔力の量も質も、桁違いなのだと思います。だから、ここから採れる資源はどれも最上級に近い。いえ、ものによっては、それ以上かもしれません」

 

「そんなに? 普通の木と石に見えるけど」

 

「ライラさんには、そう見えるのですね」

 

 小さく息を吐く。

 

「普通なら、この水準の資源地は、国が管理するか、危険地帯として封鎖します。採集するにも、護衛、装備、調査、許可が必要です。学術院、軍、王宮、教会研究施設がそれぞれの立場から関わることもあります」

 

 ライラは倉庫を見た。

 

 マンモスが木材を置き、アンキロが鉱石を下ろし、主任が無言で置き場を指差す。カストロイデスが木材を抱えたまま、少し違う場所に置こうとして、主任に無言で止められている。

 

 いつもの光景だった。

 

「でも、みんな、いつも採ってきてくれるから」

 

 ライラは言った。

 

 私は胃が痛くなった。

 

「はい。そこがすごいところです」

 

「すごい?」

 

「外界の基準では、国家管理級の危険資源地から、毎日最上級素材が当たり前のように倉庫へ運ばれている状態です」

 

 ライラは少し黙った。

 

「……毎日」

 

「はい」

 

「そうかも。量は日によって違うけど、だいたい毎日かな」

 

 毎日。

 

 私はその言葉を、心の中でもう一度繰り返した。

 

 国家管理級の資源地から、最上級素材が、毎日。

 

 しかも、その運搬は物理的な荷運びだけではない。

 

 ファミリア達は、採った素材を自分達で収め、必要な時に取り出せる。

 

 外界の採掘隊が何台もの荷車を使い、護衛をつけ、港や街道を押さえ、何日もかけて運ぶような量を、この子達は毎日のように持ち帰っている。

 

 胃が痛くならない方がおかしかった。

 

「……すごいね」

 

「ライラさん、たぶん、私が言っている意味の三分の一くらいしか伝わっていません」

 

「そうかも」

 

 素直に頷かれて、私は少しだけ笑いそうになった。

 

 ◆

 

 説明している間にも、採集組の仕事は続いていた。主任は素材を無駄のない手際で仕分ける。

 

 木材、石材、鉄、黒曜石、繊維、原油。

 

 採集組は、だいたい自分で置き場を分かっているが、時々間違える子もいた。

 

 テリジノサウルスの一体が、ベリーの一部を食料保管ではなく木材の横に置こうとした。主任が無言でそちらを見ると、テリジノサウルスがピタリと動きを止める。主任が正しい場所を指差すと、テリジノサウルスは、少しだけ気まずそうにベリーを持ち直した。

 

「そこじゃないって言われてるよ」

 

 ライラが笑う。小型の子達は、運ばれてきたベリーに興味津々だった。特に色の濃い実を見て、何体かが近づこうとする。

 

「あ、それは待って。知らない実、食べる前に確認しようね」

 

 テリジノサウルスが、少し得意げにその実を前へ出した。見つけたものを見せに来たらしい。私の目が、また研究者のものになる。

 

「ライラさん。その実、少し見せていただいても?」

 

「うん」

 

 実を受け取って、確かめる。深い紫色、薄く光を含むような皮、わずかに甘い香り。そして、内部にかなり濃い魔力があるのが分かった。

 

「……薬用に使えるかもしれません」

 

「食べられる?」

 

「まだ分かりません。少なくとも、すぐ小型の子達に食べさせるのは避けた方がいいと思います」

 

「じゃあ、別に分けておこう」

 

 主任がすでに小さな箱を持ってきていた。私は、少し固まる。

 

「用意が早いですね」

 

 主任は無言で片手を上げた。ライラは笑う。

 

「主任、こういうの早いから」

 

 採集組も、主任も、ただ素材を集めるための道具ではない。役割があり、個性があり、ライラとの大切な時間があるのだ。

 

 ◆

 

 昼過ぎ、海側から資源が届いた。海棲組のいる場所から運搬役が素材を受け取り、拠点側へ運んでくる。

 

 黒い粘り気のある資源。原油だ。

 

 それを見た瞬間、私はまた言葉を失った。

 

「……海底資源まで、日常的に」

 

「海の子達も採ってきてくれるよ。たまに、よく分からないものも混じるけど。海の底にあるものとか、昔使ってた気がする素材とか」

 

 深く聞きたい衝動を、私は必死に抑えた。

 

 今はただの、穏やかな日常を見ているだけ。そう自分に言い聞かせる。

 

 だが、研究者としての本能は叫んでいた。海底資源を日常的に採集するファミリア。それを分類し、保管する拠点。最上級素材。物理的な運搬量を無視するような収納能力。魔力を感じない中心人物。

 

 記録したい、細かく聞きたい、成分を調べたい、分布を測りたい。

 

 けれど、それをすればライラを困らせるかもしれない。この家の日常を、研究対象として切り分けすぎてしまうかもしれない。

 

 私は、小さく息を吐いた。今は見る、覚える。恐怖だけで語らないために。それで十分だ。

 

 その時、シルヴィアがまた私の肩の近くへ顔を寄せてきた。

 

「シルヴィアさん、近いです」

 

 私が言うと、シルヴィアは少しだけ下がった。

 

 しかし、私が採集組ばかり見ていることが不満なのか、また顔を寄せる。

 

「ちゃんと見ていますよ」

 

 小さく言うと、シルヴィアは少し得意げに喉を鳴らした。ライラが呆れたように言う。

 

「シルヴィア、採集組の邪魔しないでね。今、リィナは見学中だから」

 

 シルヴィアは、見学なら自分も見られるべきだと言いたげだった。思わず笑ってしまう。

 

「あとで、また訓練もお願いしますね」

 

 その言葉で、シルヴィアはようやく少し満足したようだった。

 

 ◆

 

 夕方に近づく頃、採集作業は一段落した。倉庫には、朝より明らかに素材が増えている。

 

 木材の山、石材の積み場、鉄鉱石、黒曜石、原油、分類待ちの珍しい実。

 

 見えていた量と、実際に倉庫へ積まれた量は、最後まで合わなかった。

 

 けれど、この家ではそれが当たり前なのだ。

 

 主任はその前で、無言の最終確認をしていた。木材の束を少しずらし、石材の積み方を直し、珍しい実には印のついた布をかける。

 

 採集組は、それぞれの場所で休み始めていた。

 

 マンモスは水を飲み、テリジノサウルスは座り、アンキロは尻尾をゆっくり揺らしている。ドエディクルスは丸くなって休んでいた。

 

 ライラは、採集組の間を優しく歩いていく。

 

「今日もありがとう。助かったよ」

 

 マンモスの鼻に触れ、テリジノサウルスを見る。アンキロやドエディクルスにも声をかけ、丸まったまま少し揺れるのを見て、ライラはまた笑った。

 

 アルゲンやケツァル、リニオグナタ、空を旋回するワイバーンにも見上げて声をかける。

 

 そして最後に、主任のところへ戻る。

 

「主任も、ありがとう。今日もたくさん整理してくれて助かった」

 

 主任は無言で片手を上げた。その仕草はそっけないけれど、ライラは満足そうだった。

 

 私は、その光景をじっと見つめていた。

 

 ファミリア――自分が選んだ言葉を、改めて心の中で噛みしめる。

 

 魔物ではない。従魔でもない。ただの資源採集用の道具でもない。彼らは、自らの役割を持ち、協力し、帰ってきて、ライラに労われる。

 

 この島の資源は異常だ。外界の常識を揺るがすほどに。

 

 ファミリア達の収納能力もまた、外界の理屈からは大きく外れている。

 

 けれど、それを行っているのは、ただの異常な戦力ではない。この家の一日を支える、大切なファミリア達だった。

 

 ◆

 

 夜になった。倉庫の中は、朝よりずっと満ちていた。

 

 ライラはそれを見て、少し安心したように言った。

 

「これで、しばらく大丈夫かな」

 

 私は、思わず倉庫の中を見渡した。外界基準なら、しばらくどころではない。王国の工房や軍施設が見れば目の色を変える量と品質だ。学術院なら数年分の研究計画が立ち、教会研究施設なら申請書が山になる。

 

 けれど、ライラにとっては家の備蓄、採集組にとっては今日も繰り返したいつもの仕事、主任にとっては整理済みの在庫。異常が、日常として積み上がっている。

 

「ライラさん」

 

「うん?」

 

「今日、見せていただいてよかったです。この家のことを、また少し知れた気がします」

 

 ライラは首を傾げた。

 

「採集してるところ?」

 

「はい。この家が、どうやって回っているのか。ファミリア達が、どうこの場所を支えているのか。それを見られました」

 

 ライラは少し照れたように笑った。

 

「みんな、よくやってくれるから。だから、ありがとうって言わないと」

 

 ライラは近くにいたカストロイデスの頭を軽く撫でた。

 

「おつかれさま」

 

 カストロイデスは満足そうに目を細める。

 

 この島では、世界の常識を揺るがす資源さえ、家を支える日常の一部として運ばれている。魔力溜まり、最上級資源、国家管理級の価値――外界の研究者達が聞けば熱に浮かされるような言葉がいくらでも並ぶ。

 

 そして、目に見える運搬量を超えて素材を収める、ファミリア達の不思議な力。

 

 それもまた、この家では当たり前のことだった。

 

 けれど、ここにあるのは、それだけではない。

 

 朝に出かけ、昼に戻り、夕方に労われ、夜には眠る。

 

 毎日繰り返される、採集組の一日。

 

 ライラの家を支える、穏やかで大切な日常。

 

 だからこそ、恐怖だけで語ってはいけない。私は静かにそう思った。

 

 倉庫の扉が閉じられる。主任が最後に鍵を確認し、採集組はそれぞれの場所へ戻っていく。夜の家に、静かな音が戻ってきた。

 

 ライラはもう一度、採集組の方を見て言った。

 

「今日もありがとう」

 

 その声に、いくつもの小さな反応が返る。

 

 鼻を鳴らす音、翼を畳む音、尻尾が揺れる音、遠くの海で水が揺れる音。

 

 それらすべてが、この家の、愛おしい夜の音だった。

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