その音は、耳で聞くというより、胸の奥まで直接響いてくるようだった。私は門の上にいる巨大な竜を見上げたまま、しばらく動くことができなかった。
ゲームの中では何度も見てきた姿なのに、こうして目の前にすると、あまりの大きさに圧倒されてしまう。それでも、さっきから聞こえている優しい喉の音には、どうしようもなく覚えがあった。
シルヴィアだ。何度も名前を呼んで、何度も一緒に空を飛んだ、私のシルヴィア。見間違えるはずがないと思う一方で、本当にそうなのかという不安も消えなかった。
その子は門の上から、じっと私を見つめていた。襲いかかる様子も、警戒して威嚇する様子もない。ただ、そこにいるのが本当に私なのかを確かめているようだった。
「……シルヴィア」
今度は、さっきよりもはっきり名前を呼べた。すると、シルヴィアの大きな瞳がわずかに細められ、もう一度、ごろごろと喉を鳴らす。人間とはまるで違う顔なのに、その反応には見覚えがあった。嬉しいときや甘えたいときに見せていた、あの子の仕草だった。
次の瞬間、シルヴィアは防壁から身を乗り出し、大きな翼を広げた。何をするのかと思ったときには、その巨体がふわりと宙へ浮かび、ひと羽ばたきで門の外へ降りてくる。
「わっ!?」
慌てて数歩下がると、すぐ目の前に巨大な竜が着地した。地面がずしんと揺れ、翼が巻き起こした風に髪が乱れる。あまりの迫力に尻もちをつきそうになったけれど、シルヴィアはそんな私などお構いなしに、長い首を伸ばして顔を近づけてきた。
「ちょ、ちょっと待って……!」
思わず声を上げたものの、シルヴィアは鼻先を私の目の前まで寄せたところで、ぴたりと動きを止めた。
近くで見ると、ますます大きい。顔だけでも私の身体よりずっと大きく、鼻先から吐き出される息は驚くほど温かかった。かすかに焦げたような匂いもするけれど、不思議と嫌な感じはしない。
それよりも気になったのは、シルヴィアがそれ以上近づこうとしないことだった。
「……あれ?」
じっと待っている大きな瞳を見て、ふと気づく。もしかして、私が手を伸ばすのを待っているのだろうか。
家で飼っていた動物たちのことを思い出した。大型犬にしても、気難しいトカゲにしても、触れ合うときには相手の様子をよく見ることが大切だった。嫌がっているのに無理やり触るのはよくないし、初めて会う子ならなおさらだ。
もっとも、シルヴィアとは初対面のつもりなんてなかったけれど。
「……触っても、いい?」
思わず尋ねると、シルヴィアは目を細め、ほんの少しだけ鼻先を下げてくれた。
私は握っていたナイフをゆっくりと鞘に戻し、空いた手をそっと差し出した。指先が鱗に触れた瞬間、その感触に思わず目を見開く。
硬くて、滑らかで、それでいて確かな温かさがあった。金属でも石でもない、生き物の身体ならではの手触りだった。そっと手のひらを当ててみると、呼吸に合わせて鱗の下がかすかに動いているのが分かる。
「……うそ。本物だ……」
シルヴィアがいる。画面の向こうでも、夢の中でもなく、こうして手の届くところで、ちゃんと息をしている。
もう片方の手も伸ばして鼻先を撫でてみると、シルヴィアは気持ちよさそうに目を細め、また低く喉を鳴らした。その反応があまりにも嬉しくて、私も思わず笑みをこぼす。
「シルヴィア……」
もう一度名前を呼んだ途端、今度は待ちきれなくなったように、ぐい、と大きな鼻先が押しつけられてきた。
「わっ、ちょっ、重い!」
思っていた以上の力によろめき、倒れそうになったところを慌てて踏ん張る。けれど、シルヴィアはまったく悪びれる様子もなく、嬉しそうに喉を鳴らしながら、これでもかというくらい鼻先を押しつけてきた。
「待って待って、力加減! 潰れちゃう、潰れちゃうから!」
必死になって押し返してみるものの、びくともしない。シルヴィアにとっては軽く甘えているつもりなのだろうけれど、こちらからすれば巨大な岩に押されているようなものだった。
ようやく少し離れてくれたところで、私は大きく息を吐いた。すると、シルヴィアは不満そうに鼻を鳴らし、もっと撫でてほしいと言わんばかりに首を傾げてくる。
「……もう、相変わらずなんだから」
思わず、そんな言葉が口から出た。
美しい鱗に巨大な翼、雷を宿した身体。見た目だけなら、物語に登場する威厳たっぷりの竜そのものだ。それなのに、甘えん坊で、力加減が下手で、こちらの都合なんてお構いなしにくっついてくる。
その全部が、私の知っているシルヴィアだった。
そう思った途端、視界がじわりと滲んだ。
昨日からずっと、訳の分からないことばかりだった。夜の間は一人きりで、見たこともない生き物の声に怯えながら、朝が来るのを待っていた。でも、今は目の前にシルヴィアがいて、名前を呼べば返事をしてくれる。
それだけで、胸の奥に溜まっていた不安が少しずつほどけていくような気がした。
シルヴィアが心配そうに首を傾げたので、私は慌てて目元を拭った。まだ泣くには早い。せっかく本物のシルヴィアに会えたのだから、もっと撫でてあげたいし、できれば背中にも乗ってみたい。
けれど、その前に確かめたいことがあった。
「……そうだ。ほかの子たちは?」
シルヴィアがいるのなら、ほかの子たちもここにいるのだろうか。あの巨大な拠点まであるのだから、きっとそうだと思いたい。けれど、実際に顔を見てみるまでは安心できなかった。
私はシルヴィアの向こうにそびえる大きな門へ目を向けた。その奥からは、先ほどから時折、低い息遣いや重たい足音が聞こえている。
「……中、入れる?」
そう尋ねると、シルヴィアは顔を上げ、門の方へ向かって短く鳴いた。さっきまでの甘えるような声とは違う、低く鋭い鳴き声だった。
すると、門の奥で何かが動き始めた。金属が擦れる重たい音に続いて、がこん、と大きな音が響く。やがて巨大な門が、ゆっくりと開き始めた。
「……おお」
思わず声が漏れた。画面越しには何度も見てきた門だけれど、実際に開くところはまるで迫力が違う。重たい金属の扉が動くたびに地面まで小さく震え、開いた隙間からは、乾いた草や獣の匂いが流れてきた。
門の向こうには、大きな生き物が通れるほど広い通路が伸びていた。壁には何度も修理を繰り返した跡があり、奥へ続く坂道にも見覚えがある。やっぱり、ここは私の拠点なのだ。
そう思いながら中を覗き込んだところで、私は思わず息を呑んだ。
正門のすぐ内側に、黒い山のような巨体が伏せていた。分厚い皮膚に覆われた背中が呼吸に合わせて上下し、傍らには鋭い爪を持つ巨大な足が投げ出されている。
私が足を止めると、その大きな頭がゆっくりと持ち上がり、こちらへ視線を向けた。
「……カイザー?」
ギガノトサウルス。『ARK』でも屈指の巨体を持つ肉食恐竜で、私の拠点でもひときわ存在感のある子だった。
実物の迫力は想像以上だったけれど、その落ち着き払った様子には見覚えがある。シルヴィアのように飛びついてくることもなく、カイザーは片目だけを開けて、じっと私を見つめていた。
「……ほんとに、カイザー?」
もう一度名前を呼ぶと、その大きな瞳がほんのわずかに細くなり、腹の底に響くような低い音が聞こえてきた。威嚇の唸り声とは違う、どこか落ち着いた声だった。
背後でシルヴィアが短く鳴くと、カイザーはゆっくりと頭を下げ、再び地面へ顎を預けた。もう確かめる必要はないと言わんばかりの、随分とあっさりした反応だった。
「……ふふっ」
思わず笑みがこぼれた。シルヴィアとは大違いだ。あの子は会った途端に飛びついてきたというのに、カイザーは相変わらずどっしりと構えている。威厳があるというか、貫禄があるというか。こうして見ると、本当に拠点の主みたいだった。
「……カイザーも、いたんだ」
シルヴィアだけではなく、カイザーもいる。見たところ大きな怪我もなく、元気そうだった。巨大な肉食恐竜を目の前にしてこんなことを思うのも変な話だけれど、私にとってはずっと大切にしてきた家族の一員なのだ。
私は門の内側へ、ゆっくりと一歩踏み出した。
足元の地面は硬く踏み固められ、壁には大きな爪痕が残っている。奥へ続く通路も、その先に見える作業場も、全部覚えていた。初めて足を踏み入れるはずなのに、どこに何があるのか分かるというのは、なんとも不思議な感覚だった。
シルヴィアが後ろから鼻先を寄せてきたので、振り返って軽く撫でてやる。すると、嬉しそうに喉を鳴らし、また少しだけ身体を押しつけてきた。
「もう、分かったってば」
苦笑しながらその鼻先を押し返し、もう一度拠点の奥へ目を向ける。
シルヴィアがいて、カイザーもいる。だったら、きっとほかの子たちもいるはずだ。そう思ったところで、私はまだ大切なことを確かめていないと気づいた。
「……あ、そうだ。点呼しなきゃ」
一頭ずつ確認するだけでも大仕事だろうけれど、まずはみんなの顔を見たい。私はシルヴィアの鼻先をもう一度撫でると、カイザーに向かって小さく手を振った。
「みんな、ちゃんといるか確かめるね」
もちろん、言葉で返事が返ってくるわけではない。けれど、シルヴィアは嬉しそうに喉を鳴らし、カイザーも静かにこちらを見つめていた。
ここがどこなのかも、帰る方法も、まだ分からない。それでも、この知らない世界で最初にやるべきことだけは決まっていた。
私が名前をつけ、大切に育ててきた子たちが、ちゃんとここにいるかを確かめることだった。
今回登場したギガノトサウルスは、『ARK: Survival Evolved』に登場する大型肉食恐竜です。
名前の元になっている現実のギガノトサウルスも、全長およそ13メートル級とされる非常に大きな肉食恐竜です。
しかし、ARKに登場するギガノトサウルスは、それよりもさらに大きく、かなり誇張されたサイズで描かれています。
ゲーム内ではティラノサウルスよりも明らかに巨大で、陸上の生物としては別格の存在感を持っています。
ARK Wiki上でも、ゲーム内の見た目から約45メートル級とする推定が紹介されており、現実の恐竜というよりは、ほとんど怪獣に近いスケールです。
また、ARKのギガノトサウルスには「怒り」の要素があります。
大きなダメージを受けると怒りが蓄積し、暴走することがあるため、テイム済みであっても扱いには注意が必要です。
まとめると、ARKにおけるギガノトサウルスは、
現実のギガノトサウルスをさらに巨大化・凶暴化させた、怪獣級の大型肉食恐竜
です。
ティラノサウルスが「強い恐竜」の代表だとすれば、ARKのギガノトサウルスは、そこからさらに一段上の危険生物として扱われています。