廃人サバイバー、異世界へ行く   作:ドレットノータス

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第4話 うちの子達

正門から奥へ続く通路を前に、私は思わず足を止めた。みんなの無事を確かめると決めたものの、いざ中へ進もうとすると、少しだけ怖くなってしまったのだ。

 

シルヴィアもカイザーも、ちゃんとここにいた。二頭とも私のことを覚えていてくれたし、見たところ怪我もなさそうだった。それは嬉しい。ものすごく嬉しいのだけれど、だからといって、ほかの子たちまで全員無事だとは限らない。もし、いつもの場所に誰もいなかったら。名前を呼んでも返事がなかったら。そんなことを考えてしまい、なかなか一歩を踏み出せずにいた。

 

目の前に広がっているのは、何度も増改築を繰り返してきた私の拠点だった。大型の恐竜が通れるように広げた道も、作業場へ続く通路も、高い足場へ上がる坂も、全部覚えている。壁に残った傷や床の擦れた跡まで見覚えがあるというのに、今は少しだけ、知らない場所のようにも感じられた。

 

背後から低い喉の音が聞こえてきたので振り返ると、シルヴィアが大きな首を傾げてこちらを見ていた。まるで、いつまでそこにいるのかと不思議がっているようだった。

 

「……うん。行こうか」

 

小さく頷いて、私は最初の区画へと足を踏み出した。

 

◆

 

最初に向かったのは、正門からほど近い大型肉食恐竜たちの区画だった。

 

拠点が襲撃されたときにすぐ対応できるよう、防衛の中心になる子たちを集めていた場所だ。もちろん、それだけではない。大きな身体でもゆっくり休めるように通路を広げ、床を補強し、何度も手を加えた覚えがある。最初は効率や安全のためだったけれど、結局のところ、あの子たちが窮屈そうにしているのを見ていられなかっただけかもしれない。

 

区画の入り口をくぐると、乾いた草と土に混じって、むっとするような獣の匂いが漂ってきた。薄暗い奥には巨大な影がいくつも並び、あちこちから低い呼吸音が聞こえてくる。

 

ギガノトサウルスに、カルカロドントサウルス。それから、何頭ものティラノサウルスたち。伏せている子もいれば、大きな頭を床に預けて眠っている子もいる。見上げるほどの巨体が当たり前のように並んでいる光景に、私は思わず息を呑んだ。

 

「……わぁ」

 

分かっていたつもりだったけれど、実際に見ると、とんでもない迫力だった。どの子も『ARK』では何度も見てきたはずなのに、こうして目の前にすると、あまりの大きさに圧倒されてしまう。

 

しばらく呆然と眺めていると、入り口の近くで伏せていたティラノサウルスが、ゆっくりと頭を持ち上げた。その顔を見た途端、私は思わず声を上げた。

 

「あっ、グラウ!」

 

名前を呼ぶと、大きな頭がこちらへ向き、低い声が返ってきた。嬉しくなって駆け寄ると、グラウは私の方へ少しだけ首を下げてくれる。

 

「よかったぁ。グラウもいたんだね」

 

そっと鼻先に触れると、硬い鱗の向こうから確かな体温が伝わってきた。この子は気が短くて、ちょっと目を離すとすぐに前へ出たがるくせに、私が近くにいるときだけは妙に大人しくなる。そんなところまで覚えているのだから、なんだかおかしくなってしまう。

 

「ふふっ、相変わらずだね」

 

グラウをひとしきり撫でてから、今度は奥にいる子たちへ目を向けた。少し離れたところには、見覚えのある白っぽい個体が伏せている。

 

「ブランは……あ、いたいた。まだ寝てるの?」

 

そう声をかけると、ブランは面倒くさそうに尻尾を動かしたものの、こちらを見ようともしなかった。どうやら、今は私より睡眠の方が大切らしい。

 

「もう、ちょっとくらい顔を見せてくれてもいいのに」

 

思わず苦笑してしまったけれど、その反応もまた、私の知っているブランそのものだった。

 

そこからは、一頭ずつ名前を呼びながら区画を回っていった。元気よく首を持ち上げる子もいれば、眠そうに片目を開けるだけの子もいる。中には私が近づく前からこちらを見ていた子もいて、名前を呼ぶと、それぞれ違った反応を返してくれた。

 

餌場でいつも場所を譲らなかった子。大きな身体のわりに、ちょっとした物音に驚いてしまう子。初めて遠征に連れていったとき、帰り道で崖に引っかかってしまった子。そんな思い出が次々と浮かんできて、気づけば、さっきまでの緊張はずいぶんと薄れていた。

 

「……みんな、元気そうでよかった」

 

そう呟くと、近くにいた一頭が低く喉を鳴らした。それにつられるように何頭かが顔を上げ、区画のあちこちから重たい声が聞こえてくる。普通の人が聞いたら威嚇されていると思うかもしれないけれど、私にはみんなが返事をしてくれたように思えた。

 

最後の一頭まで確認して入り口へ戻ると、シルヴィアが待ちかねたように首を持ち上げた。私と目が合うなり、ふん、と鼻を鳴らしてくる。

 

「はいはい、次も付き合ってね」

 

そう言って鼻先を撫でると、シルヴィアは満足そうに喉を鳴らし、先に立って歩き始めた。

 

◆

 

次に向かったのは、ワイバーンたちの区画だった。

 

高所へ続く坂を上ると、風通しのよい広い空間が現れた。大きな翼を持つ子たちが休めるように作った場所で、岩棚のような足場がいくつも並んでいる。その上には、赤い鱗のファイアワイバーンや、白い身体のアイスワイバーン、細身のポイズンワイバーンたちが、それぞれ思い思いに身体を休めていた。

 

「……あっ、みんな!」

 

嬉しくなって声を上げると、近くにいた一頭が首を持ち上げた。それにつられるように別の子もこちらを向き、広げかけた翼が周囲の空気を揺らす。

 

「おはよう! 久しぶり……って、久しぶりでいいのかな?」

 

思わず首を傾げてしまった。私の感覚では、昨日まで一緒にいたはずなのだ。もっとも、その昨日が本当に昨日なのかも、今となってはよく分からない。考えても仕方がないので、とりあえず目の前の子たちに声をかけることにした。

 

一頭ずつ名前を呼んで顔を確認し、こちらへ首を伸ばしてくる子には手を振り、眠そうな子には小さく声をかける。どの子も落ち着いた様子で、見たところ怪我をしている子もいなさそうだった。

 

その間、シルヴィアはずっと私の隣についていたのだけれど、どういうわけか妙に得意げだった。名前を呼んでみると、ふんす、と鼻を鳴らして胸を張る。

 

「……いや、あなたが偉い顔するところじゃないでしょ」

 

思わず突っ込むと、今度は少し不満そうな声を出した。もしかして、一番に私を見つけたことを褒めてほしいのだろうか。それとも、みんなのところまで案内しているつもりなのか。どちらにしても、考えていることがなんとなく分かるのだから困ってしまう。

 

「はいはい、ありがとね」

 

そう言って首を撫でてやると、シルヴィアは途端に機嫌を直した。威厳たっぷりの見た目に反して、こういうところは本当に分かりやすい子だった。

 

◆

 

その後も、ほかの区画を順番に回っていった。

 

小型の子たちが暮らす場所へ足を踏み入れると、干し草や穀物の匂いに混じって、小さな足音や鳴き声が聞こえてきた。大型組とは違って、こちらはずいぶんと賑やかだ。

 

何の音だろうと思っていると、目の前の干し草がもぞもぞと動き、その中から丸い鳥のような生き物が一羽、ぽてぽてと歩いてきた。

 

「……あっ、ドードー!」

 

思わずしゃがみ込む。ふっくらとした身体に短い脚、どこか間の抜けた表情。あまりにも見覚えのある姿に顔が緩んでしまうと、その子は逃げるどころか、当たり前のように私の膝へ身体を寄せてきた。

 

「ふふっ、相変わらず人懐っこいねぇ」

 

そっと背中を撫でると、柔らかな羽毛が指先をくすぐった。さっきまで巨大な肉食恐竜やワイバーンばかり見ていたせいか、この小ささが余計に愛おしく感じられる。

 

しばらく撫でていると、ほかのドードーたちまで寄ってきた。気づけば足元を何羽もの丸い身体に囲まれ、立ち上がることさえ難しくなってしまう。

 

「ちょ、ちょっと待って。順番、順番だから!」

 

慌てて手を伸ばしながら、一羽ずつ相手をしていく。どの子も好き勝手に動き回るので、なかなか思うようにはいかない。それでも、こんなふうに動物たちに囲まれていると、自然と笑顔になってしまうのだから仕方がなかった。

 

ようやくドードーたちの相手を終えると、今度は奥にいる子たちを確認していった。卵のそばをうろうろしているオヴィラプトルに、干し草の上でのんびり寝そべっているモスコプス。水場の近くにはダエオドンが身体を丸めていて、木材置き場ではカストロイデスたちが何やら忙しそうに動き回っていた。

 

「あはは、そこも変わってないんだ」

 

カストロイデスの一頭がこちらへ顔を向けたので、軽く手を振ってみる。けれど、その子は一瞬だけ私を見つめると、すぐに木材の方へ戻ってしまった。

 

「……あれ? そんなに忙しい?」

 

少しくらい構ってくれてもいいのに、と思ったけれど、あまりにもいつもどおりの反応だったので、結局笑ってしまった。

 

私は名前を呼びながら区画の端まで確認し、その後は採取組の広場へ向かった。アンキロサウルスは岩壁の近くで身体を休め、ドエディクルスは石の上で丸くなっていた。マンモスたちは長い毛を揺らしながら干し草を食べていて、私が近づくと、そのうちの一頭が大きな耳を動かしてくれた。

 

「おはよう。みんな元気?」

 

声をかけながら、鼻先を寄せてくる子を撫でたり、寝ている子の顔を覗き込んだりしていく。ここまで来ると、最初のような緊張はほとんどなくなっていた。見慣れた子たちが、見慣れた場所で、それぞれ好き勝手に過ごしている。その光景を眺めているだけで、不思議と安心できた。

 

ほかの区画も回り、寝床の奥に隠れている子や、物陰で眠っている子まで、一頭ずつ確認していく。思っていた以上に時間はかかったけれど、怪我をしている子も、具合の悪そうな子も見当たらなかった。

 

どうやら、みんな元気に過ごしていたらしい。

 

◆

 

区画を一通り回ったところで、私は最後に工房へと向かった。ここには、特に思い出深い子がいる。

 

木材や石材、金属などが積まれた作業場を見渡しながら、私はあることを思い出していた。

 

いつだったか、ちょっとした思いつきで専用のヘルメットを作ったことがあった。せっかくだからと色まで塗って、出来上がったものを被せてみたら、これが驚くほど似合ってしまったのだ。あまりにも似合っていたので、気づけばその呼び名がすっかり定着してしまった。

 

『主任』。

 

そんな名前をつけた、ギガントピテクスのことだった。

 

工房の奥を覗くと、見覚えのある大きな背中が目に入った。広い肩に長い腕、分厚い毛並み。そして、その頭には、塗装がところどころ剥げたヘルメットがちゃんと載っている。

 

「主任!」

 

思わず声を上げると、その子はゆっくりと振り返った。私をじっと見つめたあと、主任は大きな片手を持ち上げる。まるで、いつもの挨拶でもするような、のんびりとした仕草だった。

 

「……ふふっ、いた。主任も、ちゃんといたんだね」

 

思わず笑いながら近づいてみると、周りにはきれいに束ねられた木材や、修理途中らしい柵が置かれていた。主任が片づけたのかどうかは分からないけれど、その佇まいはまるで、私がいない間もずっとここで仕事をしていたかのようだった。

 

「……お仕事中だった?」

 

そう尋ねると、主任はまた片手を上げた。その何とも言えない返事に、私はとうとう声を出して笑ってしまった。

 

「もう、主任ったら」

 

主任のそばへ歩み寄り、ヘルメットの縁にそっと手を伸ばす。少し塗装が剥げているところまで覚えていたとおりで、ゲームの中でふざけて作ったはずのものが、今はこうして本物になっている。

 

「……ちゃんと被ってるんだね」

 

なんだか嬉しくなって、ヘルメットを軽く撫でた。その下にあるのは、いつもの主任の大きな頭だ。主任は相変わらず何も言わず、ただ私をじっと見つめている。

 

「……ありがとね、主任」

 

そう言って大きな腕を撫でると、主任はもう一度、ゆっくりと片手を上げた。

 

◆

 

工房を出て中央広場へ戻ってきた頃には、太陽もずいぶんと高く昇っていた。思えば、何度も立ち止まって名前を呼び、顔を確かめながら歩き回っていたのだから、かなりの時間が経っていたのだろう。それでも、疲れより嬉しさの方がずっと大きかった。

 

シルヴィアも、カイザーも、主任もいる。大型の子たちも、小さな子たちも、みんなそれぞれの場所で元気に過ごしていた。もし誰かがいなくなっていたらどうしようと、最初は怖くてたまらなかったけれど、すべての区画を回っても、いない子は一頭もいなかった。

 

「……よかったぁ」

 

広場の真ん中で立ち止まり、大きく息を吐く。今になって急に足の力が抜けそうになったのは、昨日からずっと緊張しっぱなしだったせいかもしれない。あるいは、ようやく安心できたからなのかもしれなかった。

 

そんな私の様子に気づいたのか、隣を歩いていたシルヴィアが、そっと鼻先を下げてきた。さっきのようにぐいぐい押しつけてくるのではなく、私のすぐそばで静かに止まっている。

 

「……シルヴィア」

 

大きな鼻先に手を当てると、シルヴィアは優しく喉を鳴らした。その鱗を撫でながら、私はゆっくりと周囲を見渡す。

 

巨大な門に、何度も修理を繰り返した防壁。恐竜たちが行き来する広い通路と、それぞれの子が休むために作った区画。どれも数えきれないほど見てきたはずのものだけれど、今は少し違って見えた。

 

ここには、みんながいる。餌を食べて、眠って、ときどき喧嘩をして、私が名前を呼べば、それぞれのやり方で返事をしてくれる。そんな当たり前だと思っていたことが、今はどうしようもなく嬉しかった。

 

「……みんな、うちの子だ」

 

ぽつりと呟いて、シルヴィアの鼻先に額を寄せた。

 

ここがどこなのかも、どうすれば日本へ帰れるのかも、まだ何も分からない。お父さんやお母さん、家にいる子たちのことを考えると、今でも胸が苦しくなる。それでも、少なくとも私は一人きりじゃなかった。

 

遠くから恐竜たちの低い鳴き声が聞こえ、高い足場ではワイバーンが大きな翼を広げている。正門の方へ目を向ければ、カイザーがいつものように悠然と伏せていた。その光景を眺めているうちに、自然と笑みがこぼれた。

 

ここにいる子たちは、戦力でも、所有物でも、ただの道具でもない。

 

みんな、私の大切なうちの子たちだった。




オヴィラプトル
小型の恐竜。
ARKでは卵に関係する補助役で、繁殖やキブル作りを支える存在です。

モスコプス
ずんぐりした草食生物。
ベリー、繊維、皮、キチンなど、さまざまな素材を集められる便利な採取役です。

ダエオドン
巨大なイノシシのような生物。
周囲の味方を回復できるため、戦闘後や大規模戦闘で重宝されます。

カストロイデス
巨大なビーバー。
木材集めが得意で、建築を支える生物です。野生では水辺に巣を作りその中に、木材やセメント、シリカ真珠をため込む。よくプレイヤーが巣に強盗に入りキレたカストロイデス達に追い掛け回されています。

アンキロサウルス
硬い装甲と尾のハンマーを持つ草食恐竜。
ARKでは金属鉱石集めの代表的な生物です。

マンモス
雪原などにいる大型哺乳類。
木材集めに向いており、建築や資材集めで活躍します。

ギガントピテクス
巨大な類人猿のような生物。いわばビックフット。
テイム後はプレイヤーの頭装備だけつけることが出来ます。
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