廃人サバイバー、異世界へ行く   作:ドレットノータス

43 / 67
ARKPVP名物タレットタワー
ちなみに全部ヘビーオートタレットです


第40話 鋼の塔

森を抜けた者達が最初に目にしたのは、容赦のないほどの光だった。

 

暗く湿った枝葉の隙間でも、重く絡みつく根と泥の奥でもない。遮るもののない、眩しい朝の光だった。木々が急にまばらになり、まとわりつくようだった枝が途切れて、踏み固められていない広い草地が、目の前に一気に開けた。

 

正面の道を命がけで駆け抜けた、聖騎士を中心とする中隊が、最初にその平原へたどり着いた。

 

「……抜けた」

 

誰かが、掠れた声で呟いた。

 

「森を越えたぞ!」

 

その声には、勝利の喜びなど少しもなかった。泥沼からかろうじて這い上がった者のような、ただの深い安堵だけがあった。

 

彼らは一晩中、恐怖で眠れていなかった。鎧には黒い泥がこびりつき、盾には数えきれない傷が走り、聖印のいくつかは無残に砕けている。昼の森で備えを奪われ、夜の森で心を削られ、それでもまだ武器を手放さずに立っている者達だった。

 

別の谷道からは、武装神官を含む中隊が木々のあいだから姿を見せた。小川沿いからは負傷者を背負った寄せ集めの中隊が遅れて平原へ這い出し、岩場沿いからは、弓兵と結界担当を残した中隊が、仲間を呼びながら森の縁を抜けてくる。

 

彼らはもう、ひとつにまとまった大軍ではなかった。海で分断され、空で散らされ、森で引き裂かれた生き残りの、痛々しい集まりだった。互いの居場所も、正確な数も、誰が生き残っているのかも分からない。ただそれぞれが、魔王の城があると信じる方角へ、必死に進んできただけだった。

 

森の先には開けた平原があり、その遥か奥に、巨大な外壁が見えていた。

 

「あれが……魔王の城か」

 

誰かが、激しく息を呑んだ。森でも岩山でもない、自然のものではない何か。高く重く無骨で、どこかこの世界の理から外れた、歪な人工のものだった。

 

けれど彼らの目は、すぐにその手前で止まった。平原の前に、数えきれないほどの塔が立ち塞がっていたのだ。

 

◆

 

最初、それは不気味な見張り台に見えた。黒い金属の骨組みに幾重にも重なった足場、奇妙な角度で組まれた梁。けれど近づくほどに、異様な違和感が彼らの胸を占めていった。

 

見張りも弓兵も砲兵も、塔の上には誰一人として立っていなかった。魔法陣の輝きも、詠唱の気配も、神聖な祈りの光さえ、どこにもない。それなのに、塔は生き物のように動いていた。

 

塔の上に並ぶいくつもの黒い筒が、低い駆動音を立てながら、それぞれ別々の方向へ、ゆっくりと首を巡らせている。中ほどに据えられた別の銃身は森の出口の方へ向き、横へ張り出した足場の上でも、同じような鉄の筒が、別の兵の動きを正確に追っていた。一つの塔が一人の人間を見ているのではない。塔そのものに、数えきれない冷たい目がついているようだった。

 

「……何だ、あれは」

 

聖騎士が、乾いた声で言った。

 

「見張り台ではないぞ。人が、いない」

 

「魔法陣もない。どうやって動いているんだ」

 

武装神官が、聖印を強く握りしめた。けれどそこから感じ取れるものは、魔力ではなかった。祈りに反応する邪気でも、瘴気でもない。ただの冷たい金属と、得体の知れない作りがあるだけだった。それが、数えきれない黒い筒を、一斉にこちらへ向けているのだ。

 

理解のできない仕組みが、彼らの足を止めた。けれど、立ち止まり続けることもできなかった。背後には、あの眠れない地獄を連れてきた森がある。前には不気味な塔が、その奥には得体の知れない拠点がある。それなら、進むしかなかった。

 

◆

 

聖戦軍は、塔と塔のあいだに、広い空間を見つけた。

 

人が何十人も同時に走れるだけの、十分な幅があった。馬車は無理でも、歩兵なら通れる。盾を構えても抜けられるし、負傷者を抱えた者も、急げば進めそうだった。塔の正面さえ避ければ行けると、誰の目にもそう見えた。

 

「塔の正面を避けろ!」

 

聖騎士の指揮官が、すぐに声を張り上げた。

 

「間を抜ける! 散開しろ!」「盾を前へ! 結界を重ねろ!」

 

別の中隊でも、まったく同じ判断が下されていた。

 

「走れば抜けられる! 塔の間だ! 正面の射線を外せばいい!」

 

彼らは、無能ではなかった。目の前の塔が危険なことは分かっていたし、正面から近づけば何かが起きると強く警戒していた。だからこそ正面を避けて、あいだを抜けようとしたのだ。それが、決定的な悲劇だった。

 

塔と塔のあいだには、確かに道があった。だから彼らは、そこを突破口だと思った。けれどその不自然な空白は、逃げ道ではなかった。左の塔が右を撃ち、右の塔が左を撃つ。奥の塔が正面を塞ぎ、斜面の側の塔が背後を襲う。通れそうに見えたその空白こそが、いちばん多くの黒い銃身が交差する、完璧な殺し間だったのだ。

 

鋼の塔は、ただ立ち塞がるだけの壁ではなかった。わざと道を見せておいて、その罠の道へ、人間が自分から群れをなして入ってくるのを、ただ静かに待っていた。

 

◆

 

もう、どこからも勧告はなかった。

 

第一防衛線には、聖女の声があった。引き返すように告げ、これ以上進めば危ないと警告する声だった。第二防衛線には、治療している者や逃げる者を分けるための、死なせないための線引きがあった。けれど今、この平原には、そうした言葉はひとつも響いていなかった。

 

「勧告は……ないのか」

 

義勇兵の一人が、平原を見渡して愕然と呟いた。

 

「聖女様の声は? 魔女は、もう何も言わないのか」

 

武装神官が、塔を睨みつけた。

 

「……問答無用で、撃つ気だ」

 

森へ戻れという警告も、降伏を促す言葉もない。ただ、塔が無機質に首を巡らせていた。

 

◆

 

家の最上階の指揮所で、ライラは淡い光の面を静かに見つめていた。

 

そこにリィナがいないのは、第二防衛線から戻った、傷ついたファミリア達の手当てに向かっていたからだ。森の子達の多くは、深い傷を負っていた。聖水の焼けるような痕に、聖印付きの矢が残した術式、結界の杭に触れた裂け傷。どれも普通の傷ではなく、リィナでなければほどけない拒絶の痛みが残っている。だから今、ここにリィナの言葉が届く余地はなかった。

 

ライラは、ひとりで指揮所に立っていた。光の面には、森の出口から次々に出てくる人間達の反応が映っている。リィナと一緒に組み込んだ安全識別は、表示としては虚しく残っていたけれど、タレットの判断からは、すっかり切り離されていた。射程に入った人間の反応は、すべてが同じ、標的の色に染まっていた。

 

ライラは、まず森の子達が引いたのを確かめた。

 

「森の子達、塔の線から出て。追わないで。もういい、戻って」

 

ユタラプトルもダイアウルフも小さな子達も、森の深いところへ下がっていく。けれどそこに、赤枝の反応はなかった。いつも高い場所から最後まで見守っていた古参のティラコレオの反応が、どこにもない。その絶対的な不在を、ライラはじっと見つめていた。

 

その指先が少しだけ止まってから、ライラは光の面へ目を戻した。

 

「ここから先は、塔に任せる」

 

ファミリア達が、射線の外へ出た。ライラは短く、鋼のような声で言った。

 

「撃って」

 

◆

 

最初の音は、巨獣の咆哮ではなかった。魔法の破裂音でも、弦の鳴る音でも、祈りの詠唱でもない。

 

乾いた、凄まじい連続音だった。鋼が感情もなく息を吐き出すような、聞いたこともない音。森を抜けた聖戦軍には、何が起きたのか、一瞬分からなかった。矢も見えず、魔法の光もない。ただ空気を引き裂く金属の音が響き渡り、次の瞬間に、頑丈な大盾が猛烈な勢いで跳ね飛んだ。

 

正面の塔を見ていた聖騎士は、真横の塔を、すっかり視界から外していた。塔と塔のあいだへ踏み込んだ先頭の盾に、目にも留まらない速さの弾が叩きつけられる。盾が軋み、腕が強引に弾かれ、前衛の隊列が一瞬で横へ崩れ落ちた。

 

「横だ! 横から来ている!」

 

誰かが絶叫したけれど、その声は、次の容赦のない掃射にかき消された。その瞬間に、彼らは思い知らされたのだ。ここは突破口などではなく、いちばん残酷に屠られる場所なのだと。

 

◆

 

最初に崩れたのは、正面の道を選んだ聖騎士の中隊だった。

 

彼らは、どこまでも勇敢だった。大盾を構え、聖印を光らせ、結界を必死に重ねながら前へ進んだ。一発目は、大盾でどうにか耐えた。けれど二発目で盾が激しく軋み、三発目で、盾に刻まれた聖印の加護が粉々に砕け散った。四発目で、鉄の盾の列が歪んだ。

 

「膝を落とせ! 結界を重ねろ! 前を――」

 

指揮官が叫んだその瞬間に、真横の塔から放たれた弾が、大盾の隙間を容赦なく穿った。正面に気を取られていた大盾の列は、斜めから押し潰されるように崩れていく。さらに奥の塔が低い駆動音とともに首を巡らせ、感情のない連続音が、平原に響き渡った。

 

聖騎士達は、決して怯まなかった。崩れた列を命がけで立て直し、後ろの兵を必死に守ろうとした。旗手は聖戦の旗を高く掲げて、自分達の居場所を示そうとした。

 

けれど、塔は何も感じない。彼らの勇気も、神への信仰も、その気高い覚悟も、何ひとつ見てはいない。射程に入り込んだ動くものへ、ただ銃口を向けるだけだった。

 

旗手が倒れ、白銀の旗が泥の上に落ちた。その旗を拾おうとした兵も、次の瞬間には膝をついていた。号令が響いていた場所から、見る間に人の声が消えていく。聖騎士の中隊の旗だけが、朝の風の中で寂しく倒れていた。それを再び拾い上げる者は、もう二度と現れなかった。

 

◆

 

同じ頃、谷道の武装神官の中隊も、その絶望の塔に向き合っていた。

 

彼らは谷の出口に固い結界を張り、上からの攻撃を警戒していた。森での戦いを経て上を警戒したのは、戦い方としては正しい判断だった。けれど鋼の塔は、木の上から不意を突いてくるわけではない。谷の上にそびえる塔が、機械的に、下へと銃口を向けたのだ。

 

「結界を!」

 

武装神官達が必死に祈り、白い光の壁が広がった。そこへ、猛烈な弾の雨が降り注ぐ。結界は、上から凄まじい速さで削り取られていった。

 

「耐えろ! 祈りを切らすな!」

 

けれど、真横の塔が首を巡らせた。谷の側面から、死角を突いた別の連続音が撃ち込まれる。神聖な結界が、斜めからガラスのように無残に割れ砕けた。

 

「なぜだ……」

 

神官の一人が、血を吐きながら掠れた声で呟いた。

 

「なぜ、我らの祈りに少しも応えない……」

 

塔は、彼らの神聖術を恐れてもいなければ、憎んでもいなかった。ただ取り除くべき障害として、淡々と削り落としているだけだった。祈りも怒りも届かずに、無機質な鉄の音が、彼らの命をひと続きに刈り取っていく。やがて谷道から祈りの声は消え、結界の淡い残り火だけが宙に虚しく残って、それもすぐに消えていった。

 

◆

 

小川沿いでは、負傷者を抱えた寄せ集めの中隊が、地獄のような混乱の中にいた。遅れて森を抜けてきた者達だった。

 

負傷者を背負った兵に、腕を吊った聖騎士、そして治療術士。戦える者も戦えない者も、ばらばらに混ざり合っていた。けれど第三防衛線の射程に入った時点で、塔はもう、誰ひとり区別しなかった。

 

「負傷者を下げろ!」「どこへだ! 森へ戻れ!」「後ろから後続が来ている! 戻れない!」

 

前には人のいない殺戮の塔があり、後ろからは森から押し出されてくる後続が来る。横には深い小川と岩場があって、負傷者を逃がせる安全な場所は、どこにも残されていなかった。

 

一人の治療術士が倒れた兵へ駆け寄ろうとした瞬間、その目の前の地面が激しく爆ぜた。恐怖に足を止めて、彼女は震える声で叫んだ。

 

「なぜですか……! 私は、ただ治療を……!」

 

けれど塔は、彼らの役割など見ていなかった。ライラが識別を外した以上、もう誰も見てはいないのだ。そこへ踏み込んだ者は、ひとしく射線に捉えられる。

 

「下がれ!」「でも、負傷者がいるんです!」「いいから下がれ!」

 

言い争うあいだにも、感情のない掃射は続いていた。寄せ集めの中隊は、前にも後ろにも動けないまま、川沿いで無残に、軍としての形を失っていった。

 

◆

 

岩場沿いの弓兵と結界担当の中隊は、最初だけ、うまく立ち回っているように見えた。巨大な岩陰に身を隠し、弓兵が塔の砲座を正確に狙い撃ったのだ。

 

いくつかの矢は、確かに黒い筒に当たった。金属に弾かれるものもあれば、隙間へ入り込んで火花を散らすものもある。武装神官の執念の光が、ひとつの砲座を真っ黒に焦がし、その黒い筒は、ぎこちなく動きを止めた。

 

「止めたぞ! 化け物の大砲を一つ潰した!」

 

誰かが叫び、一瞬だけ、希望の火が走った。けれど壊れたその砲座の横には、まだ傷のない銃身がいくつも並んでいた。

 

一つの銃身を止めても、その横にはまだ数えきれない銃口がある。一つの塔を黙らせる前に、今度は隣の塔が、機械的に首を巡らせた。岩陰に隠れていたはずの兵達へ、死角の斜め上から、乾いた音が容赦なく突き刺さる。

 

「別の塔だ!」「下がれ! 岩の裏へ!」「駄目だ、そこも狙われている!」

 

岩は、正面からの盾にはなる。けれど、あらゆる方向から交差する射線を防げるわけではなかった。一つの塔の正面から逃げた結果、彼らは別の塔の、まさに狙いどおりの射線へ、自分から飛び込んでしまっていた。

 

◆

 

倒木の斜面を降りてきた義勇兵の中隊は、いちばん凄惨な形で、見る間に形を失った。

 

斜面の足場は最悪で、まともな盾の列を組むことさえできない。斜面で足を滑らせた者を助けようとして後続が詰まり、前へ出ようとする者と下がろうとする者がぶつかり合う。

 

「走れ! 駆け抜ければいい! 塔の間へ滑り込め!」

 

彼らは、通れそうに見えた空白へ向かって必死に走った。そこへ、左右の塔が一斉に向いた。

 

乾いた連続音が響き、盾が弾け飛び、誰かが倒れ、後続がその身体に足を取られてつまずく。さらに奥の塔が、斜面の出口へ、正確に銃口を据えた。

 

義勇兵達は、どこまでも勇敢だった。けれど隊列を組めない最悪の地形で、人のいない鉄の番人達の殺し間に、自分から突っ込んでしまったのだ。助けを呼ぶ声と、退けと叫ぶ悲鳴と、前へ行けと怒鳴る声と、神の名を呼ぶ祈り。それがひとつ、またひとつと、確実に消えていった。最後に残されたのは、泥にまみれて倒れた旗と、斜面に虚しく転がる、数えきれない盾だけだった。

 

◆

 

森の出口からは、さらに別の後続の中隊が、次々にその惨状へ追いついてきた。彼らが目にしたのは戦いではなく、一方的な惨状そのものだった。

 

倒れた旗と、折れた盾、砕けた聖印。射程の外から泣き叫ぶ治療術士に、倒れた仲間を引きずり戻そうとして、さらに撃ち抜かれていく兵士。指揮官の声はもうどこからも聞こえず、塔の無機質な作動音だけが、平原に響いていた。

 

「前が詰まっている!」「戻れ! 森へ戻るんだ!」「後ろから来るな! 押すな!」「負傷者を下げろ!」「どこへ下げるんだ、後ろは森だぞ!」

 

叫び声が交差したけれど、後続が押し寄せたせいで、退く道さえもう働いていなかった。前には容赦のない砲座、後ろには逃げ惑う後続。通り道に見えた場所は、すべてが計算された射線だった。合流は救いではなく、混乱を爆発させ、被害を最悪の形で広げるだけの罠になった。

 

中隊が、文字どおり消えていった。正面を突破しようとした聖騎士の中隊は旗を失い、谷道の武装神官の中隊は祈りの声を失い、倒木の斜面の義勇兵の中隊は、まとまりを失った。

 

伝令が喉を枯らして中隊の名を呼んでも、返事はなかった。もう一度必死に呼んでも、重い沈黙が返ってくるだけだった。全員が息絶えたわけではない。倒れて呻いている者も、盾の下で身動きの取れない者もいる。けれど中隊としては、もうどこにも存在していなかった。命令に答える者も、旗を掲げる者も、号令に応じる声もない。それは、部隊が消えてしまったということだった。

 

◆

 

その頃、私は後方の治療区画にいた。

 

外から、あの乾いた、感情のない音が、途切れ途切れに響いてくる。第三防衛線の塔が動いている音だった。それが何を意味するのか、私には痛いほど分かっていた。

 

私の声は、もうそこには届かない。私が必死に組み込んだ識別の印は、ライラの手で、塔の仕組みからすっかり切り離されている。止めることはできなかった。けれど目の前には、深く傷ついたファミリア達が、次々に戻ってきていた。

 

翼を傷めたミクロラプトルが小さく震え、聖水を浴びたディロフォサウルスの肌には、白い焼け跡が生々しく残っている。槍傷を負ったデイノニクスは、肩を動かすたびに苦しそうに息を荒げていた。雪フクロウが冷気を纏わせて熱を鎮め、ダエオドンが低く鼻を鳴らして、治癒の力を満たしていく。主任は無言で布と水を並べ、手当ての順番を狂いなく整えてくれていた。シルヴィアは私のすぐそばで、心配そうに低く喉を鳴らし続けている。

 

「動かないでください」

 

私は、震える手で術式を組んだ。

 

「聖印の拒絶が残っています。先に、これを外しますね」

 

白い光の棘を、一つずつ丁寧にほどいていく。手の下で、ファミリアが痛みに小さく鳴いた。

 

「大丈夫です。痛いのは、今だけですから」

 

声はどうしても震えそうになったけれど、手は止めなかった。

 

「……ごめんなさい」

 

ほんの小さく、誰に向けたのか分からない謝罪がこぼれた。森を進んだ人間達へなのか、傷ついたファミリア達へなのか。死なせてしまった赤枝へなのか、それとも、ライラへなのか。

 

外で、またあの冷たい音が響いても、私はもう空を見上げなかった。今は、目の前の子を救わなければならない。止められなかったことを今さら悔やむより先に、まだ間に合う命の傷を、ほどかなければならないのだ。

 

「今度は、絶対に間に合わせます」

 

そう自分に言い聞かせて、震える手を、もう一度必死に動かした。

 

◆

 

指揮所で、ライラは光の面を見つめ続けていた。

 

外では聖戦軍の中隊が次々に崩れていき、内側では、傷ついたファミリア達がリィナの手で手当てを受けている。ライラは、射程の外へ下がる反応を、ひとつも追わなかった。

 

「逃げるなら追わない。射程から出た人は、そのまま」

 

森へ戻る者も、浜へ向かって退く者も、すべて見逃されていった。

 

「前に来るなら撃って。塔を攻撃するなら撃って。家に向かうなら止めて」

 

人間が憎くて撃っているのではなかった。ただ、近くで見分けることを、もうやめていたのだ。赤枝は、近くで見分けようとした。小さな子達を守り、倒れている人間まで気にかけようとした。だから、帰ってこられなかった。もう二度と、自分の家族にそんな残酷なことはさせない。ここから先は、塔がすべてを止める。

 

ライラは、光の面の中で動く赤い印を見つめていた。前へ出る者だけが撃ち抜かれていき、逃げる者は、決して追われない。それが、ライラの中に残された、家を守るための最後の線だった。けれどその線の内側へ踏み込んできた者へ向ける慈悲の言葉は、もうどこにもなかった。

 

◆

 

生き残った聖戦軍の者達は、地獄の中で、少しずつ分かり始めていた。塔と塔のあいだは、突破口などではない。中隊ごとにばらばらに抜けようとすれば、ただ消されるだけなのだと。

 

大盾だけでは足りず、結界だけでも足りない。一つの砲座を止めたところで、塔全体は止まらない。射程の外へ逃げれば、決して撃たれない。けれど前へ進むには、誰かがその絶望的な射線を受けるしかなかった。

 

「散るな……」

 

聖騎士の一人が、血を吐きながら掠れた声で言った。

 

「中隊ごとでは、抜けられない。集めるんだ。残っている者を、全員まとめるしかない」

 

指揮官を失った部隊も、後から来た部隊も、このままばらばらに進めばただ殺されるだけだということだけは、全員が痛いほど分かっていた。

 

◆

 

塔と塔のあいだは、道ではなかった。塔が互いに獲物を譲り合い、死角をすっかり消すための、空白だった。

 

いくつもの中隊が、そこで静かに消えた。いくつもの白銀の旗が、そこで倒れた。それでも森の出口からは、まだ何も知らない後続が、次々に姿を見せる。負傷者を抱えた者に、盾を失った聖騎士、祈り続ける神官。何が起きているのかも知らないまま朝の平原へ出てくる者達のあいだに、叫びが響き渡った。

 

「散るな! 全隊、一か所に集まれ! このままでは、ばらばらに潰されるぞ!」

 

その声が全員に届いたかどうかは、分からなかった。塔の乾いた機械の音が、再び平原に冷たく響き渡る。森の出口から、また新しい中隊が姿を現し、人のいない鋼の塔は、次の標的へ向けて、一斉に黒い銃口を巡らせた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。