廃人サバイバー、異世界へ行く   作:ドレットノータス

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ARKPVP名物タレットタワー
ちなみに全部ヘビーオートタレットです


鋼の塔

森を抜けた者達が最初に目にしたのは、無慈悲なほどの「光」だった。

 

暗く湿った枝葉の隙間ではない。重く絡みつく根と泥の奥でもない。遮るもののない、眩い朝の光だった。

 

木々の密度が急激に薄くなり、まとわりつくようだった枝が途切れる。踏み固められていない広大な草地が、視界の先に一気に開けた。

 

正面ルートを命がけで駆け抜けた、聖騎士中心の中隊が最初にその平原に辿り着いた。

 

「……抜けた」 誰かが掠れた声で呟いた。 「森を越えたぞ!」

 

その声には、勝利の歓喜など微塵もなかった。かろうじて溺れずに泥沼から這い上がった者のような、ただ圧倒的な安堵だけがあった。

 

彼らは一晩中、恐怖で眠れていない。鎧には黒い泥がこびりつき、盾には無数の傷が走り、聖印のいくつかは無残に砕け散っている。昼の森で備えを奪われ、夜の森で精神を削られ、それでもまだ武器を手放さずに立っている者達だった。

 

別の谷道からは、武装神官を含む中隊が木々の間から姿を現した。 小川沿いからは、負傷者を背負った混成中隊が遅れて平原へ這い出てくる。 岩場沿いからは、弓兵と結界担当を残した中隊が、仲間を呼びながら森の縁を抜けた。

 

彼らは、一つの統制された大軍ではなかった。 海で分断され、空で散らされ、森で引き裂かれた残存集団の、痛々しい集まりだった。互いの位置も、正確な数も、誰が生き残っているのかも分からない。ただ、それぞれが「魔王の城」があると信じてる方角へ、必死に進んできただけだった。

 

その先に、開けた平原があった。そして、その遙か奥に。

 

「あれが……魔王の城か」

 

誰かが激しく息を呑んだ。 遠くに、巨大な外壁が見えた。自然のものではない。森でも、岩山でもない。高く、重く、無骨で、どこかこの世界の理から外れた歪な人工物。

 

だが、彼らの視線はすぐに、その手前で停止した。 平原の前に、無数の「塔」が立ちはだかっていた。

 

 

最初、それは不気味な見張り台に見えた。 黒い金属の骨組み。幾重にも重なった足場。奇妙な角度で組まれた梁。

 

しかし、近づくほどに異質な違和感が彼らの胸を支配していった。

 

人がいない。見張りも、弓兵も、砲兵も、誰一人としてそこに立っていない。魔法陣の輝きもなければ、詠唱の気配もない。神聖な祈りの光すら一切なかった。

 

それなのに――塔は、生き物のように動いていた。

 

塔の上に並ぶ複数の黒い筒が、別々の方向へウィインとゆっくり首を巡らせる。中腹に据えられた別の銃身が、森の出口へ向く。横へ張り出した足場の上でも、同じような鉄の筒が、別の兵の動きを正確に追っている。

 

一つの塔が一人の人間を見ているのではない。塔そのものに、無数の冷酷な「目」があるようだった。

 

「……なんだ、あれは」 聖騎士が、乾いた声で言った。 「見張り台ではないぞ。人が、いない」

 

「魔法陣もない。どうやって動いているんだ」

 

武装神官が聖印を強く握りしめる。だが、そこから感じるものは魔力ではなかった。祈りに反応する邪気でも、瘴気でもない。

 

ただの冷たい金属。ただの異質な構造物。 ただ、それが無数の黒い筒を、一斉にこちらへ向けている。

 

理解できないテクノロジーの存在が、彼らの足を止めた。しかし、止まり続けることもできない。背後にはあの眠れない地獄を連れてきた森がある。

 

前には、不気味な塔。奥には、未知の拠点。 ならば、進むしかなかった。

 

 

聖戦軍は、塔と塔の間に広大な「空間」を見つけた。 広い。人が何十人も同時に走れるだけの十分な幅がある。馬車は無理でも、歩兵なら通れる。盾を構えても抜けられるし、負傷者を抱えた者も、急げば進める。

 

塔の正面さえ避ければ、いける――そう見えた。

 

「塔の正面を避けろ!」 聖騎士の指揮官が叫び声を上げた。 「間を抜ける! 散開しろ!」 「盾を前へ! 結界を重ねろ!」

 

別の中隊でも、全く同じ判断が下されていた。 「走れば抜けられる! 塔の間だ! 正面の射線を外せばいい!」

 

彼らは無能ではなかった。目の前の塔が危険であることは理解していた。正面から近づけば何かが起きると強く警戒していた。だからこそ、正面を避け、間を抜けようとしたのだ。

 

――それが、決定的な悲劇だった。

 

塔と塔の間には、確かに道があった。だから、彼らはそこを突破口だと思った。 だが、その不自然な空白は、逃げ道などではない。

 

左の塔が右を撃ち、右の塔が左を撃つ。奥の塔が正面を塞ぎ、斜面側の塔が背後を強襲する。 通れそうに見えたその空白こそが、最も多くの黒い銃身が交差する「完璧なキルゾーン」だった。

 

鋼の塔は、壁ではなかった。壁なら、立ちはだかる。だが塔は、あえて道を見せる。その罠の道へ、人間が自分から群れをなして入ってくるのを、ただ静かに待っているのだ。

 

 

勧告は、もうなかった。

 

第一防衛線では、聖女の声があった。引き返すよう告げる声。これ以上進めば危険だと警告する声。 第二防衛線では、私の知識が線を引いていた。治療している者、逃げる者を分けるための、死なせないための識別があった。

 

だが、今はこの平原に、そうした言葉は一切響かなかった。

 

「勧告は……ないのか」 義勇兵の一人が愕然と呟いた。 「聖女様の声は? 魔女は、もう何も言わないのか」

 

武装神官が塔を睨みつける。 「……問答無用で、撃つ気だ」

 

森へ戻れという警告もない。降伏を促す言葉もない。ただ、塔が無機質に首を巡らせていた。

 

 

拠点最上階の指揮所で、ライラは淡い光の面を静かに見つめていた。

 

そこに、リィナはいない。

リィナは第二防衛線から戻った、傷ついたファミリア達の緊急治療へ向かっていた。

 

森の子達は、多くが深く傷を負っていた。聖水の焼けるような痕、聖印付きの矢が残した術式、結界杭に触れた裂傷。それらは普通の傷ではない。私でなければほどけない拒絶の痛みがある。だから、ここに私の言葉を届ける余地はなかった。

 

ライラは一人で指揮所に立っていた。 光には、森の出口から次々と出てくる人間達の生体反応が映っている。かつて私との間で構築していた安全識別は、表示としては空しく残っていたが、自動制御のタレットの判断からは完全に切り離されていた。

 

射程圏内の人間反応は、すべて一律の色に染まっていた。 ――標的。

 

ライラは、まず森の子達の撤退を確認した。 「森の子達、塔の線から出て。追わないで。もういい、戻って」

 

ユタラプトル、ダイアウルフ、小さな子達が森の深い位置へ下がっていく。 だが、そこに赤枝の生体反応はない。いつも高い場所から最後まで見守っていた、あの古参のティラコレオの反応がない。その絶対的な不在を、ライラはじっと見つめた。

 

少しだけ、彼女の指先が止まる。 それから、光の面へ視線を戻した。

 

「ここから先は、塔に任せる」

 

ファミリア達が射線の外へ出た。ライラは短く、鋼のトーンで言った。

 

「撃って」

 

 

最初の音は、巨獣の咆哮ではなかった。魔法の破裂音でも、弦の鳴る音でもない。祈りの詠唱でもなかった。

 

乾いた、凄まじい連続音だった。 鋼が無感情に息を吐き出すような、圧倒的なテクノロジーの音。森を抜けた聖戦軍には、何が起きたのか一瞬理解できなかった。

 

矢は見えない。魔法の光もない。ただ、空気を引き裂く金属音が響き渡った。 次の瞬間、頑強な大盾が猛烈に跳ね飛んだ。

 

正面の塔を見ていた聖騎士は、真横の塔を完全に視界から外していた。塔と塔の間へ踏み込んだ先頭の盾に、人知を超えた超高速の弾丸が叩きつけられる。

 

盾が軋み、腕が強引に弾かれ、前衛の隊列が一瞬で横へ崩れ落ちる。

 

「横だ! 横から来ている!」

 

誰かが絶叫した。だが、その悲鳴は次の無慈悲な掃射にかき消された。 彼らは、その瞬間に思い知らされた。ここは突破口などではない。ここが、最も残酷に屠られる場所なのだ、と。

 

 

最初に崩壊したのは、正面ルートを選択した聖騎士中隊だった。彼らはどこまでも勇敢だった。大盾を構え、聖印を光らせ、結界を必死に重ねて前進した。

 

一発目は大盾でどうにか耐えた。だが、二発目で盾が激しく軋み、三発目で盾に刻まれた聖印の加護が粉々に砕け散った。四発目で、鉄の盾列が歪む。

 

「膝を落とせ! 結界を重ねろ! 前を――」

 

指揮官が叫んだ瞬間、真横の塔から放たれた弾丸が、大盾の隙間を容赦なく穿った。正面へ意識を向けていた大盾の列が、斜めから押し潰されるように崩れた。

 

さらに奥の塔がウィインと首を巡らせ、無感情な連続音が平原に響き渡る。

 

聖騎士達は決して怯えなかった。崩れた列を命がけで立て直そうとし、後ろの兵を必死に守ろうとした。旗手は聖戦の旗を高く掲げ、自分たちの位置を必死に示そうとした。

 

だが、自動制御の塔は感情を持たない。彼らの勇気も、神への信仰も、その崇高な覚悟も、何一つ見てはいない。ただ、射程内に入り込んだ動く物体へ、ただ銃口を向けるだけだ。

 

旗手が倒れ、白銀の旗が泥の上に落ちる。その旗を拾おうとした兵が、次の瞬間には膝をついた。

 

号令が響いていた場所から、瞬く間に人の声が消えていく。聖騎士中隊の旗だけが、朝の風の中で寂しく倒れていた。その旗を再び拾い上げる者は、もう二度と現れなかった。

 

 

同じ頃、谷道の武装神官中隊もその絶望の塔に直面していた。彼らは谷の出口に強固な結界を張り、上方からの攻撃を警戒していた。森での戦いから「上」を警戒する彼らの判断は、戦術としては正しかった。

 

だが、鋼の塔は木の上から奇襲してはこない。谷の上に直立する塔が、機械的に下へと銃口を向けた。

 

「結界!!」 武装神官達が必死に祈る。白い光の防壁が広がるが、そこへ猛烈な弾雨が降り注いだ。結界が上空から凄まじい速度で削り取られていく。

 

「耐えろ! 祈りを切らすな!」

 

だが、真横の塔が首を巡らせた。谷の側面から、死角を突いた別の連続音が撃ち込まれる。

 

バリィィィンッ!!!

 

神聖な結界が、斜めからガラスのように無残に割れ砕けた。

 

「なぜだ……」 神官の一人が、血を吐きながら掠れた声で呟いた。 「なぜ、我らの祈りに一切反応しない……」

 

塔は、彼らの神聖術を恐れてもいなければ、憎んでもいない。ただの「排除すべき障害物」として、効率的に削り落としているだけだった。

 

彼らの祈りは届かない。怒りも届かない。無機質な鉄の音が、彼らの命をただ一律に刈り取っていく。 やがて、谷道から祈りの詠唱は消え失せた。結界の淡い残光だけが空中に虚しく残り、それもすぐに霧散していった。

 

 

小川沿いでは、負傷者を抱えた混成中隊が地獄の混乱の渦中にいた。彼らは遅れて森を抜けた者達だった。

 

負傷者を背負った兵、腕を吊った聖騎士、そして治療術士。戦える者も戦えない者も無秩序に混ざり合っていた。だが、第三防衛線の自動射程に入った時点で、塔はもう誰一人として区別しなかった。

 

「負傷者を下げろ!」「どこへだ! 森へ戻れ!」 「後ろから後続が来ている! 戻れない!」

 

前には自動の殺戮兵器。後ろからは森から押し出されてくる後続。横には深い小川と岩場。負傷者を避難させる安全な場所など、どこにも残されていなかった。

 

一人の治療術士が、倒れた兵へ駆け寄ろうとした瞬間、彼女の目の前の地面が激しく爆ぜた。治療術士は恐怖で足を止める。

 

「なぜですか……!」 彼女は、震える声で叫んだ。 「私は、ただ治療を……!」

 

だが、塔は彼らの役割など見ていない。ライラが識別を解除した以上、もう誰も見てはいないのだ。その場に踏み込んだ者は、一律に射線の対象となる。

 

「下がれ!」「でも、負傷者がいるんです!」 「いいから下がれ!!」

 

言い争う間にも、無感情な掃射は続く。混成中隊は、前にも後ろにも動けぬまま、川沿いで無残に軍としての形を失っていった。

 

 

岩場沿いの弓兵と結界担当の中隊は、最初だけ有利に立ち回っているように見えた。彼らは巨大な岩陰に身を隠し、弓兵が塔の砲座を的確に狙い撃った。

 

いくつかは、確かに黒い筒へ命中した。金属に弾かれるものもあれば、隙間へ入り込んで火花を散らすものもある。武装神官の執念の光が、一つの砲座を真っ黒に焦がした。

 

黒い筒の一つが、ウィインとぎこちなく動きを止める。

 

「止めたぞ! 化け物の大砲を一つ潰した!」

 

誰かが叫び、一瞬だけ希望の火が走った。 だが――その破壊された砲座の横には、まだ無傷の銃身がいくつも並んでいた。

 

一つの銃身を止めても、その横にはまだ無数の銃口がある。一つの塔を黙らせる前に、今度は隣の塔が機械的に首を巡らせた。岩陰に隠れていたはずの兵達へ、死角である斜め上から乾いた音が容赦なく突き刺さる。

 

「別の塔だ!」「下がれ! 岩の裏へ!」 「駄目だ、そこも狙われている!」

 

岩は正面の盾になる。だが、すべての方向からの十字砲火を防げるわけではなかった。彼らは一つの塔の正面から逃れた結果、別の塔の理想の射線へと自ら飛び込んでいた。

 

 

倒木の斜面を降りてきた義勇兵中隊は、最も凄惨な形で、瞬く間に形を失った。 足場が最悪だった。まともな盾列を組むことすらできない。斜面で足を滑らせた者を助けようとして後続が詰まり、前へ出ようとした者と下がろうとした者がぶつかり合う。

 

「走れ! 駆け抜ければいい! 塔の間へ滑り込め!」

 

彼らは通れそうに見えた「空白」へ向かって必死に走った。そこへ、左右の塔が一斉に向いた。

 

乾いた連続音。盾が弾け飛び、誰かが倒れ、後続がその体に足を取られてつまずく。さらに奥のタレットが、斜面の出口へ正確に銃口を固定した。

 

義勇兵達はどこまでも勇敢だった。だが、隊列を作れない最悪の地形で、自動制御の鉄の番人達のキルゾーンに自ら突っ込んでしまったのだ。

 

助けを呼ぶ声、退けと叫ぶ悲鳴、前へ行けと怒鳴る怒号、神の名を呼ぶ祈り。 それらが、一つ、また一つと確実に消えていく。最後に残されたのは、泥にまみれて倒れた旗と、斜面に虚しく転がった無数の盾だけだった。

 

 

森の出口からは、さらに後続の別の中隊が次々と惨状へ追いついてくる。 彼らが見たのは、戦闘などではなかった。ただの、一方的な「惨状」だった。

 

倒れた旗。折れた盾。砕けた聖印。射程外から泣き叫ぶ治療術士。倒れた仲間を引きずり戻そうとして、さらに撃ち抜かれる兵士。指揮官の声はもうどこからも聞こえず、ただ塔の無機質な作動音だけが平原に響き渡っている。

 

「前が詰まっている!」「戻れ! 森へ戻るんだ!」 「後ろから来るな! 押すな!」 「負傷者を下げろ!」「どこへ下げるんだ、後ろは森だぞ!」

 

叫びが交差するが、後続が押し寄せたことで退路すら機能不全に陥っていた。前には無慈悲な自動砲座、後ろには逃げ惑う後続。通路に見えた場所は、すべてが計算された射線だった。合流は救いではなく、混乱を爆発させ、被害を最悪な形で広げるだけの罠となった。

 

中隊が、文字通り消えていく。 正面突破を試みた聖騎士中隊は旗を失い、谷道の武装神官中隊は祈りの声を失い、倒木斜面の義勇兵中隊は統制を失った。

 

伝令が喉を枯らして中隊名を呼ぶ が、返事は、ない。もう一度必死に呼ぶが、やはり重い沈黙が返ってくるだけだった。 全員が息絶えたわけではない。倒れて呻く者も、盾の下で身動きの取れない者もいる。だが、「中隊」としては、もうどこにも存在していなかった。命令を返す者も、旗を掲げる者も、号令に応じる声もない。それは、部隊の消滅を意味していた。

 

 

その頃、リィナは後方の治療区画にいた。

 

外から、あの乾いた、無感情な音が断続的に響き渡っている。第三防衛線が、タレットが稼働している音。私には、それが何の意味を持つ音なのか、痛いほど分かっていた。

 

私の声は、もうそこには届かない。私が必死に構築した識別の魔法印は、もうライラの手によってタレットのシステムから完全に切り離されている。止められない――けれど、目の前には深く傷ついたファミリア達が次々と戻ってきていた。

 

翼を傷めたミクロラプトルが小さく震え、聖水を浴びたディロフォサウルスの皮膚には白い焼け跡が生々しく残り、槍傷を負ったデイノニクスは肩を動かすたびに苦しげに息を荒げている。

 

雪フクロウが冷気をまとわせて熱を鎮め、ダエオドンが低く鼻を鳴らして治癒の力を満たす。主任が無言で布と水を並べ、治療の順番を狂いなく整えてくれていた。 シルヴィアは私のすぐ近くで、心配そうに低く喉を鳴らし続けている。

 

「動かないでください」 私は震える手で術式を組んだ。 「聖印の拒絶が残っています。先にこれを外しますね」

 

白い光の棘を、一つずつ丁寧にほどいていく。ファミリアが痛みに小さく鳴いた。 「大丈夫です。痛いのは、今だけですから」

 

声が防ぎきれずに震えそうになる。それでも、手を止めなかった。

 

「……ごめんなさい」

 

ほんの小さく、誰に向けてなのか分からない謝罪を呟いた。森を進んだ人間達へか、傷ついたファミリア達へか、死なせてしまった赤枝へか、それともライラへか。

 

外で、またあの冷酷な音が響き渡る。私はもう、空を見上げなかった。今、目の前の子を救わなければならない。止められなかったものを今さら悔やむより先に、まだ間に合う命の傷をほどかなければならないのだ。

 

「今度は、絶対に間に合わせます」

 

そう自分に言い聞かせ、震える手をもう一度、必死に動かした。

 

 

指揮所で、ライラは光の面を見つめ続けていた。 外では聖戦軍の中隊が効率的に壊れていき、内側では傷ついたファミリア達が私の手で治療を受けている。

 

ライラは、射程外へ下がる反応を一切追わなかった。 「逃げるなら追わない。射程から出た人はそのまま」

 

森へ戻る者も、浜へ向かって後退する反応もすべて見逃される。

 

「前に来るなら撃って。塔を攻撃するなら撃って。家に向かうなら止めて」

 

彼女は、人間を憎んで撃っているわけではなかった。だが、もう「近くで見分けること」をやめていた。 赤枝は近くで見分けた。小さな子を、倒れている人間を守ろうとした。だから、帰ってこられなかった。もう、自らの家族にそんな残酷な真似はさせない。ここから先は、塔がすべてを機械的に止める。

 

ライラは、光の面の中で動く赤を見つめていた。前へ出る者だけが撃ち抜かれていく。逃げる者は、決して追われない。それは、彼女の中に残された最後の「家を守るための線」だった。けれど、その線の内側に踏み込んできた者へ向ける慈悲の言葉は、もうどこにもなかった。

 

 

生き残った聖戦軍の者達は、地獄の中で少しずつ理解し始めていた。 塔と塔の間は、突破口などではない。中隊ごとに各個に抜けようとすれば、ただ消されるだけだ、と。

 

大盾だけでは足りない。結界だけでも足りない。一つの砲座を止めたところで、システム全体は止まらない。射程外へ逃げれば、決して撃たれない。だが、前へ進むには、誰かがその絶望的な射線を受けるしかないのだ。

 

「散るな……」 聖騎士の一人が、血を吐きながら掠れた声で言った。 「中隊ごとでは抜けられない。集めるんだ、残っている者全員をまとめるしかない」

 

指揮官を失った部隊も、後続の部隊も、このまま各個に進めばただ殺戮されるだけだということだけは、全員が痛烈に理解していた。

 

 

塔と塔の間は、道ではなかった。そこは、塔が互いに獲物を譲り合い、死角を完全に消し去るための空白だった。

 

いくつもの中隊が、そこで静かに消えた。いくつもの白銀の旗が、そこで倒れた。 それでも、森の出口からは、まだ何も知らない後続が次々と現れる。

 

負傷者を抱えた者、盾を失った聖騎士、祈り続ける神官。何が起きているのか知らないまま、朝の平原へ出てくる者達の間に、絶叫が木霊した。

 

「散るな! 全隊、一か所に集まれ! このままでは各個に潰されるぞ!」

 

その声が全員に届いたかどうかは分からない。 タレットの乾いた機械音が、再び平原に冷酷に響き渡った。

 

森の出口から、新たな中隊が姿を現す。 無人の鋼の塔は、次の「標的」へと、一斉にその黒い銃口を向けた。

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