人間の声が消えた浜辺は、あまりにも広すぎた。
つい昨日まで、そこには確かに人々が息づいていた。負傷者の呻き声に、治癒術師達の掠れた祈り。水を配り、人数を記録し、生き残った数を確かめ合う乾いた声。壊れた船を直すために生木を削る音と、誰かの名を呼ぶ叫び、そして二度と返らないその名を待つ、重い沈黙。
そのすべてが、今は消えていた。聖戦軍第一陣の生存者達は外海へと去り、この島から人間の軍勢は一人残らずいなくなった。
もちろん、浜に何も残らなかったわけではない。畳まれた天幕の跡や、寝台が沈めた歪な四角い窪み、水桶を置いていた泥の跡が砂の上に残っている。何度も人が行き来して不自然に踏み固められた地面には荷車の轍が走り、灰になって冷えきった焚き火の跡や、簡易結界の杭が抜かれた暗い穴が点々と続いていた。船の修理で散らばった木片と、捨てられずに一箇所へまとめられた、乾いた血の匂いのする布の山もあった。
潮風には、まだ薬草と血と、燻る煙の匂いがかすかに混じっていた。負傷者区画にはもう誰も並んでおらず、巨獣達が見張りを続けていた出入口にも、朝の光が虚しく満ちているだけだった。
浜は空になった。けれど一度傷を刻まれた場所は、二度とただの無垢な砂浜には戻らない。
ライラは、その波打ち際に静かに立っていた。
朝の風に白銀の髪が細く揺れていた。服も髪も整えられていたけれど、目元に沈む疲れは、昨日よりもさらに濃くなっているように見えた。私は彼女の少し後ろに立ったまま、何も言えずに浜辺を見つめていた。
侵略者達が去ったことに、安堵がないわけではなかった。恐怖に駆られて何をするか分からない敗残兵も、牙を剥く武器を持った人間も、もうこの島にはいない。それでも、胸の奥を吹き抜けていく空白だけは、どうしても消せなかった。
「……帰った」
ライラの小さな声は、波音に吸い込まれていった。しばらくして、彼女はもう一度、空っぽになった浜を見渡した。
「でも、まだ残ってる」
私は、何も返せなかった。人間達が去っても、この島に刻まれた爪痕は消えない。その事実を、私もまた身をもって知っていたからだ。
◆
不意に、沖合の水面が静かに、重く持ち上がった。
風が立てた波ではない。海の底から、とてつもなく大きなものが戻ってくる時のうねりだった。顔を上げたライラの視線の先で、深い青の中に、黒く滑らかな背がひとつ、またひとつと浮かび上がる。去っていく聖戦軍の船団を外海まで送り届けていた海の子達が、帰ってきたのだ。
最初にモササウルスの巨大な頭が海面を割った。濡れた鱗が朝の光を鈍く跳ね返し、顎の端から小さな滝のように海水が流れ落ちて、広い波紋が浜へ優しく押し寄せてくる。
少し離れた場所では、バシロサウルスが穏やかな背を覗かせていた。けれどその動きはいつもより緩慢で、身体の側面には、船体を無理に押しのけた時のものらしい浅い擦り傷がいくつも走っていた。岩礁の近くに姿を見せたダンクルオステウスの硬い頭にも、岩や沈船を砕いた白い削れ跡が残っている。その下を旋回するメガロドン達の何体かは、背びれに鋭い切り傷を負っていた。最後に深い海から浮かび上がってきたトゥソテウティスの触腕の一本にも、白く掠れた傷が走っている。命に別状はなさそうだったけれど、普段の滑らかなうねりには、少しだけ元気が足りなかった。
ライラは砂浜のぎりぎりまで歩いていき、冷たい波に靴先を濡らした。水の苦手なシルヴィアは少し後ろの乾いた砂の上で待っていたけれど、今日ばかりは不満そうに鼻を鳴らすこともなく、ただ静かに海を見ていた。
「おかえり」
ライラが海に声をかけると、モササウルスが胸の奥に響くような低い音で喉を鳴らした。海そのものが震えるような重い音だったが、人間を威嚇していた時の猛々しさはどこにもない。それは、確かな返事だった。
「こっち、見せて」
ライラが手を差し伸べると、モササウルスはその巨体をゆっくりと傾けた。大きすぎて抱きしめることはできないけれど、顎の下の擦れ傷や、欠けた背の鱗、尾の付け根の赤みは、ここからでもはっきりと見て取れた。深い傷ではなくても、彼らだって無傷ではなかったのだ。
「怪我、少しあるね。大丈夫そうだけど、今日はもう休んで」
モササウルスは、大したことはないと言うように、鼻先で優しく水面を叩いた。
「そっちも。……疲れたね」
バシロサウルスが、水面近くを滑るように円を描いた。その動きは、いつもよりずっと重たそうだった。
私は直接触れることはできなかったけれど、胸の前でそっと両手を重ね、彼らの身に残る魔力の気配を確かめた。聖水や聖印、対魔術式の拒絶といった異物の感触は、アポカリプスの強い潮に洗われて、ほとんど流されている。今すぐ彼らの身体を蝕むような、深い神聖術の残りは見当たらなかった。
「聖水の残留は、ほぼ流されています。ですが、ひどく疲れています。深い海流の中を泳ぎ続けていた子達は、魔力の巡りが少し不安定です。安静にさせてあげてください」
「休ませる」
ライラは短く答えると、海面に見える影を、一匹ずつ慈しむように見つめていった。
「おかえり」「うん、大丈夫だよ」「そこ、痛む?」「今日はもう、遠くには行かないで」
何隻の船を沈めたのか、何人の侵略者を海に落としたのか、ライラはそんな数字を一度も聞かなかった。無事に戻ってきたか、怪我はしていないか、どれほど疲れているか。彼女にとって大事なのは、ただそれだけだった。
海の子達がそれぞれの安息地へ散っていくのを見送るライラの肩から、ほんの少しだけ力が抜けるのが分かった。無事に戻ってきてくれたことは、確かに救いだった。けれど彼らの無事を確かめるほどに、もう二度と戻ってこない子達の不在が、かえって冷たく浮かび上がってくるようだった。
◆
浜の片づけは、必要なところだけにとどめた。本格的な後始末は後でいい。今はまず、別のことをしなければならなかった。
それでも、そのままにしておけない危ないものだけは、私が分けて隔離した。人間が使っていた不衛生な水桶は一箇所に集めて封じ、血と膿の染みた布は、清潔な物資と混ざらないよう厳重に分ける。散らばった聖印の欠片は、ファミリア達が触れて傷つかないように一つずつ拾って布に包み、聖水が染み込んでいそうな砂地には、目印の小さな杭を打った。
拾い集めた割れた聖印の重みを、私は手のひらの上でじっと感じていた。本来は誰かの無事を祈り、痛みを鎮めるための神聖な印だったはずのものが、この島ではファミリア達の身体を焼き、命を奪うための兵器になった。指先に伝わる魔力の名残が、ひどく冷たく感じられた。
浜の遥か向こう、海を見下ろす丘の上には、人間達が作った戦死者墓地が見えていた。むき出しの土はまだ新しく赤く、並んだ簡素な木標が、朝の光を浴びて冷ややかに立っている。
ライラは、その墓地を一度だけ静かに見つめた。
「墓地は……あのままで、よろしいのですか」
少しためらいながら尋ねると、ライラは短く答えた。
「うん。あれは、もう動かないから。……でも、こっちには入れない」
こっち、という言葉が何を指すのか、私には分かった。屋敷や生活の場所、幼い子達が日向ぼっこをする草地に、採取組がのんびりと往復する小道。家族が平穏に暮らすための場所だ。
人間の墓地を壊して暴くようなことはしない。それは死者に対する、彼女なりの静かな一線だった。けれど、彼らの存在を暮らしの中へ踏み込ませることもしない。それは冷たさではなく、家をもう二度と汚させないための、揺るぎない境界線だった。
◆
あの子達を見送る場所は、人間達の墓地とは別のところに用意されていた。
浜辺から少しだけ内陸に入った森で、潮の匂いが薄れる代わりに、青々とした下草と湿った土、そして力強い木の香りが満ちている。戦いの爪痕こそ残っていたけれど、その一角だけは、昔から何ひとつ変わっていないかのような穏やかな静けさに包まれていた。
そこには、一本の巨大な古木が立っていた。太い幹からいくつもの枝が横へ大きく張り出し、その上の方では、とりわけ日当たりの良い一本の枝が、外に向かって誇らしげに伸びている。
赤枝が、いつも好んで陣取っていた場所だった。
幹の表面には、無数の深い爪痕が刻まれていた。何度も木に登った跡、降りる時に樹皮を削った跡、背中をこすりつけた古い傷。彼がよく体を休めていた太い枝の一部は、長い年月の間にこすれ合って、滑らかな光沢さえ帯びていた。
すぐ近くには小型の子達がいつもじゃれ合っていた暖かな草地があり、少し離れた岩場は、採取組が拾ってきた木の実を一時的に置いておく場所になっていた。どれほど戦火に晒されても、そこには確かに、彼らの愛おしい暮らしの匂いが染みついていた。
その大木は、今日も変わらずそこに立っていた。けれど、いつもその高い場所からみんなを見守っていた誇り高い獣の影だけが、どこにもなかった。
大木の前で、ライラはふっと足を止めた。
何も言わなかった。踏み出そうとした足が、それ以上動かなくなっただけだった。私は彼女を急かさず、言葉もかけなかった。今その横顔に何かを言うことは、ひどい不作法のように思えたからだ。
ライラはただ、木漏れ日の差し込む枝を見上げていた。もうそこにいない大切な家族の姿を、目に焼き付けるように。
◆
赤枝の亡骸は、その大木の根元に静かに寝かされていた。
白いきれいな布がかけられていたけれど、凛々しい顔立ちの一部と、背中に残る古い鞍の擦れ跡だけは、そっと見えるようにしてあった。どれほど名前を呼んでも、もう枝の上から面倒そうに尾を揺らして応えてくれることはない。小さな子達が勝手に森の奥へ行こうとするのを、木の上から低く吼えて引き留めることも、もう二度とないのだ。眠っているだけのようにさえ見えたけれど、眠っているだけなら、ライラが近づいた瞬間に、その耳が微かに動いたはずだった。
その隣には、別の白い布が五つ、静かに並べられていた。
ディロフォサウルスのミズハ。雨上がりの水たまりを見つけると、真っ先に飛び込んで跳ね回っていた子だ。まだ拠点が小さかった頃は、ライラの足元を何度もくるくると回っていたという。戦いの後、ライラの手の下で、いちばん最初に息を引き取った。
ディモルフォドンのコハネ。飛行組の中でもとりわけ小さな女の子で、シルヴィアの頭の周りさえ平気で飛び回るような、お転婆で怖いもの知らずの子だった。伝令を妨げる任務の最中に聖印の矢を受け、戻ってきた時には、もうその美しい翼は動かなかった。夜明けを待たずに、冷たくなっていった。
ダイアウルフのナギ。群れの中でもとりわけ物静かで、遠吠えを上げることも滅多になく、いつも仲間の後ろをそっと歩いていた子だ。迷子になった小さな子を見つけるのが誰よりも得意で、回収班が戻らない時は、真っ先に匂いを追って飛び出していった。最後まで自分の足で立ち上がろうとしていたのに、治療区画でライラの声を聞いた瞬間、ほっとしたように座り込んで、そのまま目を開けなかった。
メソピテクスのクルミ。罠の確認や物資の回収によくついていく子で、木の実が大好きで、丸いものを見つけるとすぐに小さな両手で抱え込んで離さなかった。昼までは、私が与えた水もちゃんと飲んでいた。けれど私の術式が追いつかず、その日の夕方、小さな手でライラの服の裾を握ったまま、静かに息を止めた。
そして、ドエディクルスのゴロ丸。のんびりした性格で、いつも石の多い斜面で丸くなっていた。戦うための子ではなかったのに、傷ついた幼い子達を甲殻の上に乗せて、安全な治療区画まで何度も往復して運び、その途中で神聖術の槍を受けた。丸まっていれば平気だと強がるように動き続けていたけれど、最後は、ミズハ達が逝った翌日に、お気に入りの敷物の上で眠るように息を引き取った。
あの子達は、犠牲になった兵士のように一律に並べられていたのではなかった。大切な家族を安らかな寝床へ送り出すように、一体ずつ丁寧に横たえられていた。
赤枝の傍らには、彼が愛用していた古い鞍布。ミズハのそばには、雨の日にいつも咥えて振り回していた、大きな葉。コハネの近くには、抜け落ちた美しい羽根を束ねたもの。ナギの足元には、群れの仲間がどこからか咥えてきた小さな青い布紐。クルミの手元には、小さな丸い木の実。ゴロ丸の横には、彼がいつも嬉しそうに転がしていた、丸く磨かれた自慢の石。
誰が教えたわけでもない。生き残ったファミリア達がそれぞれ、自分にできるやり方で、大切にしていた思い出の品を持ち寄って、彼らの傍らにそっと供えていたのだ。
◆
亡骸の前で、私は無意識に、胸の前で両手を組もうとしていた。死者を前にすると、長年仕込まれた神学校の規律のせいで、身体が勝手にそう動いてしまう。
死者の魂を安息へと送るための厳かな聖句や、痛みを鎮め、失われたものを神の光のもとへ戻すための美しい祈りの言葉を、私は数えきれないほど覚えていた。病床で、戦場で、冷たくなった施療院の寝台の傍らで、何度も口にしてきた言葉だった。
けれど、この木陰で、私の指先はぴたりと止まった。
この戦いは、聖戦という法国の都合のよい正義のもとで行われた。聖なる水がこの子達の身体を焼き、神聖な加護の印がこの子達に呪いを植え付け、白銀の祈りの旗を掲げた侵略者達が、この平穏な家を土足で踏み荒らしたのだ。そして私自身も、その法国にかつて魔女と断じられた。
その神聖術の言葉を、祈りの旋律を、今この無垢な子達の前で口にすることが、私には到底許されないように思えた。それは彼らの死を、もう一度人間の都合で美しく飾るだけの、欺瞞に満ちた暴力ではないのか。
私は口を開きかけ、きつく唇を噛んで閉じた。言葉はいくらでもあったのに、どれ一つとして、この木陰に響かせてよいものはなかった。
赤枝の傍らにしゃがみ込んでいたライラが、私の迷いに気づいて、ゆっくりと顔を上げた。
「祈りじゃなくていいよ」
私の指先が、小さく震えた。ライラは赤枝の額にそっと手を置きながら、静かに続けた。
「名前、呼んであげて」
その言葉の本当の重さに、私は息を呑んだ。
祈りを捧げるのではなく、ただ名前を呼ぶ。それは法国のいかなる教典にも記されていない、不格好な弔いだった。けれどライラがこの場所で求めているものは、それだけだったのだ。戦死した魔物として処理するのでも、損耗した戦力として数字で帳簿に記すのでもなく、彼らがこの家で確かに生きて暮らしていた時のように、ただ名前を呼ぶ。
私は、組もうとしていた手をゆっくりと下ろした。祈りという防壁を取り払って、そこにいる愛おしい家族達の姿を、まっすぐに見つめるために。
◆
ライラは、赤枝の鞍布をそっと指先で撫でた。
「赤枝」
名前を呼んでも、返事はなかった。それでもライラは語りかけた。
「いつも、高い木の上から見てた。小さい子が勝手に遠くへ行くと、よく怒ってた。怒るって言っても、静かに降りてきて、その子の前に座るだけだったけど」
その穏やかな光景を、私も見たことがあるような気がした。大木の上から静かに目を光らせていた古参の姿を。小さな子達が境界線を越えようとすると、いつの間にか音もなく降りてきて、その行く手を大きな体で塞いでいた、ぶっきらぼうな優しさを。
「でも、ちゃんとみんなを待ってた。回収組が遅いと、面倒くさそうな顔をしながら、いつも迎えに行ってた。呼ぶとちゃんと来てくれた。すぐには来ない時もあったけど、最後には、私のところに絶対来てくれた」
ライラの声が、かすかに掠れた。
「最後も、そうだったね。……小さい子達を、みんなを守ってくれて、ありがとう」
それを最後に、ライラはしばらく動かなかった。泣き叫ぶことも取り乱すこともなく、ただ次の名前を呼ぶまでに、ひどく長い静寂が必要だった。
やがて、ライラは隣の布へと視線を移した。
「ミズハ」
ミズハのそばに置かれた大きな葉に、ライラはそっと触れた。
「雨が降ると、いつも外に出たがったね。濡れるのが嫌な子も多いのに、ミズハだけは水たまりを見つけたら真っ先に飛び込んで、泥だらけになって帰ってきた」
少しだけ、ライラの口元が動いた。笑ったのかもしれなかった。
「まだお家が小さかった頃、私が歩くと、ずっと足元をくるくる回ってた。踏みそうで、何回も止まったんだよ。……最初に帰ってきてくれて、最初に、寝ちゃった」
ライラは、そっと目を閉じた。
「ありがとう、ミズハ」
次に、コハネの布へと手を伸ばした。小さな小さな翼は、白い布の下できちんと畳まれていた。
「コハネ。飛ぶのが本当に速かったね。シルヴィアの周りを平気でぐるぐる飛び回って、よく怒られてた」
私のすぐ後ろで、シルヴィアが低く喉を鳴らした。怒りの音ではなく、懐かしい思い出に応えるような、切ない響きだった。
「高い場所が本当に好きだった。屋根の端とか、梁のてっぺんとか、はらはらするところにばっかり止まって。……でも、夜になると、ちゃんと私のところに戻ってきた」
ライラは、そばに置かれた羽根の束を見つめた。
「戻ってきたのに……助けてあげられなくて、ごめんね。ありがとう、コハネ」
ナギの白い布の前で、ライラは長く佇んだ。少し離れた草地では、ダイアウルフの群れが一匹も遠吠えを上げることなく、静かに座って逝ってしまった仲間を見つめていた。
「ナギ。走るのが誰よりも速かったのに、いつも先頭を走らなかった。遅れてる子がいないか、ずっと後ろを気にして、すぐ戻ってあげてた。……そういう、優しい子だった」
ライラは、ナギの布にゆっくりと額を寄せた。
「撫でられるのは嫌いなふりをして、夜になると、いつも私の寝床のすぐ近くまで来て寝てたよね。最後まで、自分の足で歩こうとしてた。……もう、歩かなくていいんだよ。おやすみ、ナギ。ありがとう」
一匹のダイアウルフが、悲しげに低く鳴いた。
「クルミ」
ライラは、クルミの手元に置かれた木の実を撫でた。
「ご飯の時だけは、誰よりも早かったよね。寝床の隅に、こっそり木の実を隠してたでしょ。知ってたよ」
少し離れたところで、小さなファミリアが悲しげに鳴いた。クルミといつも一緒に遊んでいた子が、布の端に寂しそうに鼻を寄せている。ライラは、それを止めなかった。
「危ない場所を見つけるのが、誰よりも上手だった。クルミが先に見つけてくれたから、みんな助かったよ。最後まで、ぎゅって掴んでてくれたね。……ありがとう、クルミ」
最後に、ライラはゴロ丸の丸い布と向き合った。丸くなって眠るその姿は、生きていた頃の穏やかな昼寝の姿勢にそっくりだった。
「ゴロ丸。水浴びはあんなに嫌がってたのに、泥遊びは大好きだったね。いつも体中に土をつけて帰ってきて、お家を汚して」
採取組のドエディクルスが一匹、ゆっくりと首を下げて大木に寄り添った。
「変な形の丸い石を集めるのが、本当に好きだった。……これも、ゴロ丸が持ってきたやつだよね。綺麗だね」
ライラは、そばに供えられたよく磨かれた石に、優しく触れた。
「みんなを、たくさん運んでくれてありがとう。休んでいいよ、ゴロ丸」
◆
私は、ただ立ち尽くしていた。
それは教会のどんなに洗練された祈りよりも深く、この静かな森の隅々にまで染み渡っていく、本物の弔いの言葉だった。
彼らは、ただのファミリアでも、防衛線を守るための戦力でもなかった。木の上からみんなを見守っていた子がいて、雨の日に水たまりへ飛び込む子がいて、高い場所が大好きな子がいた。後ろばかりを気にして走る子がいて、こっそり木の実を隠していた子がいて、水浴びが大嫌いな子がいた。数字でも大義名分でもなく、彼らはこの場所でライラと共に生きていた、かけがえのない家族だったのだ。
私は、赤枝の前にそっと膝をついた。手は組まず、祈りの聖句も唱えず、ただ震える声を絞り出して、その名前を呼んだ。
「……赤枝さん」
人間の敬称をつけた、少しおかしな呼び方だったかもしれない。けれど私にとっては、それが一番自然な言葉だった。
「あの子達を守ってくださって、ありがとうございました。……間に合わせられなくて、ごめんなさい」
あの夜、私がシルヴィアの背から飛び降りた時、赤枝はまだ微かに息をしていた。それなのに、私の手は間に合わなかった。
赤枝は答えなかった。それでも私は、その沈黙をまっすぐに見つめた。
「あなたの名前を、私は一生、忘れません」
ライラは何も言わなかった。私の奇妙なさん付けを直すこともしなかった。
それから私は、ミズハ、コハネ、ナギ、クルミ、ゴロ丸の名前を、一つずつ呼んだ。声は震えて、うまく言えないままだったけれど、彼らの生きた名前から、私は決して目を逸らさなかった。
◆
いつの間にか、葬儀の場には信じられないほど多くのファミリア達が、静かに集まっていた。
誰かが静粛を命じたわけでもないのに、どの子も、今日は声を上げてはいけないのだと分かっているようだった。小型の子達は白い布の端に寄り添い、互いに場所を譲り合うようにして静かに伏せていた。ダイアウルフの群れはその場に毛並みを並べ、鼻先を地面に伏せている。ティラコレオ達は、大木の周りの枝々に身を潜めていた。けれど赤枝がいつもいた日当たりの良い特等席の枝にだけは一匹も登ろうとせず、少し離れたところから、じっと下を見守っていた。
シルヴィアは、ライラが倒れたらすぐに支えられる距離を保ちながら、彼らの眠る場所を大きな足で踏み荒らさないよう、静かに翼を畳んでライラの後ろに佇んでいた。
さらに遠く、木々の隙間からは、あの黒い巨体が見えていた。カイザーは大木から十分に離れた平原の端で足を止め、その巨大な頭を、静かに、深く下げていた。それがこの島の王者としての精一杯の別れの礼なのだと、その場にいる誰もが分かっていた。
言葉はなくても、誰がもう戻ってこないのかを、彼らは知っていた。誰の場所が空っぽになってしまったのかを、みんなが痛いほど分かっていたのだ。
◆
ライラは、大木の幹に刻まれた赤枝の深い爪痕を見つめた。何でもない日常の中に刻まれた、生きていた証だった。
それを見つめていたライラの小さな肩が、初めて、かすかに震えた。
「ごめんね」
消え入りそうな、ひどく小さな声だった。
「守れなかった」
ライラさんのせいではありません、と、私は反射的に言いかけた。けれどライラは、静かに首を横に振った。
「でも、うちの子だから」
私は、それ以上何も言えなくなった。誰の判断が正しかったのか、戦いを避ける方法はあったのか、そんな理屈は、彼女のこの痛みの前では何の薬にもならない。ライラにとっては、守るべき大切な家族が死んだ。ただそれだけが、世界のすべてだった。守れなかったという重い悔恨を引き受けることこそが、彼女が彼らの主人であることの、あまりにも残酷な証だった。
ライラはもう一度赤枝を見つめ、それからミズハ、コハネ、ナギ、クルミ、ゴロ丸を、順にそっと見つめていった。名前を呼び終えても、彼女はしばらく立ち上がろうとはしなかった。
静かな風が吹き抜けて、古木の葉が小さく鳴った。赤枝がいつもいたあの滑らかな枝が、かすかに軋んだ。そこにはもう誰もいないのに、まるで彼が最後に、気にするなと尾を揺らして返事をしたかのように、木漏れ日の中で、枝だけが静かに揺れていた。
◆
日が西の海へ傾き始める頃、ライラはゆっくりと立ち上がった。
疲れのせいで、足元がほんの少しふらついた。シルヴィアが慌てて一歩踏み出しかけたけれど、ライラはそっと手を上げて、少しだけ待って、と大竜を制した。
そして、並べられた白い布の前に、まっすぐに立った。
赤枝、ミズハ、コハネ、ナギ、クルミ、ゴロ丸。名前はもう全員呼び、思い出もすべて伝えた。それで彼らが戻ってくるわけでも、この深い悲しみがきれいに消えるわけでもない。けれど名前を呼ばなければ、彼らが生きた毎日を終わらせることはできなかった。外の人間達が叫ぶような損耗や勝利という数字ではなく、愛おしい家族として見送るために。
「おやすみ」
驚くほど小さな囁きだった。けれど、その場にいたすべての命が、その温かい別れを確かに聞いた。
人間達の墓地には、階級と部隊の名が刻まれた。けれどこの森に遺されたのは、まったく違うものだった。彼らが愛した木と、いつも昼寝をしていた心地よい岩場と、駆け回っていた暖かな草地。傍らに添えられた葉と羽根と青い布紐と、木の実と磨かれた石。そして、ライラが呼んだ、彼らの愛おしい名前。
この大きな戦いが終わったのは、侵略者の船団が島を去った時でも、敵がいなくなった時でもなかった。ライラが、帰ってこなかった子達の名前を一つずつ呼び、最後に「おやすみ」と告げることができた、その瞬間だった。
その時ようやく、この島の暮らしの中で続いていたひとつの戦いが、静かに、優しく幕を閉じた。