第60話 迎えるための音
文書が届いた夜、私はなかなか眠れなかった。
眠れないというより、考えが止まらなかった。一般の生徒が六十人に、生徒会の八人を合わせて六十八人。それに、引率する大人たちも来る。その数字が、頭の中をずっとぐるぐる回っていた。
六十八人がどれくらいなのかを確かめようとして、ファミリアたちの顔を順番に思い浮かべてみた。七十を越えたところで、数えるのをやめた。
あの子たちのことなら、一人ひとり知っている。何が好きで何が嫌いなのか、どういう時に機嫌が悪くなって、どうすれば落ち着くのか。全部ではないけれど、少なくとも顔を見れば誰なのかは分かる。
でも、学院から来る生徒たちのことは、誰も知らない。顔も名前も、どんなことを考えているのかも分からない人たちが、それだけの人数で島に来るのだ。
怖いのかと聞かれたら、怖くないとは言えない。けれど、前と同じ怖さではなかった。あの戦いが始まってから、外から来る人間を見るたびに、何かを奪いに来たのではないかと思うようになった。今は全員がそうではないと、頭では分かっている。リィナがいて、事務局の人たちがいて、王国から来た人たちの中にも、私たちを傷つけようとしなかった人がいる。
分かってはいる。それでも六十八人という数字は、私には大きかった。
◆
朝になると、私はいつもより早く事務局へ向かった。
シルヴィアが隣について歩いていた。会議があることは伝えていなかったのに、私の様子がいつもと違うことには気づいているらしい。途中で一度、私の手に頭を押しつけてきたので、私は足を止めてその鼻先を撫でた。手のひらに伝わる温かさと重さを確かめてから、もう一度歩き出す。
事務局の前まで来ると、シルヴィアは入口の脇で足を止めた。中へは入らずに、近くで待っているつもりらしい。
「行ってくるね」
もう一度鼻先を撫でてから、私は扉を開けた。
会議室には、もう資料が並べられていた。学院から届いた文書の写しと、人数や必要な物資を書き出すための紙、それから島の地図。
地図の西側には、港や総合事務局、私たちの拠点――グラン・ヘイヴンへ続く道、ファミリアたちの生活区画まで細かく描かれていた。けれど中央から東へ行くほど書き込みは減っていき、東の端の方には、大まかな地形と島の輪郭しか描かれていなかった。
クラウスが整然と準備したのだと、見ただけで分かった。ボルグは物資の一覧を確かめ、ティナは文書の写しを人数分そろえている。エルネスタは記録用の紙と筆記具を用意し、マルセルは壁に広げた島の地図を見ていた。
会議卓の一番奥には私の席が用意されていたけれど、私はリィナの隣に座った。一人だけ離れた場所にいるより、その方が落ち着いた。
「今日は、受け入れるよう説得するための会議ではありません」
始まる前に、リィナが静かに言った。
「本当に受け入れられるのかを、皆で確かめるための会議です。不安なことや、受け入れられないと思うことがあれば、その場で言ってください」
「断っても、大丈夫なんだよね?」
「大丈夫です。断ることもできますし、それでライラさんが誰かに責められることもありません」
胸の奥に詰まっていた息を、ようやく吐き出せた。
◆
会議は、クラウスが進めた。
まず私が文書をどう理解しているのか、食い違いがないかを確かめたいと言われたので、私は昨夜から考えていたことを、自分なりの言葉で答えた。
「中央国際学院の生徒が、島を見に来たい。一般の生徒が六十人と、生徒会の八人で、六十八人。それに引率する人たちも来る」
一度、文書の写しに目を落とす。
「何日か島に泊まって、島やファミリアのことを学びたい。前に来た調査団みたいに、島を好きに調べていいって話じゃない。受け入れるかどうかも、どこまで見せるかも、こっちで決めていい。……それで合ってる?」
「おおむね合っています」
クラウスが頷いた。
「今回来るのは、軍隊でも調査団でもありません。島の所有権や資源を調べるための査察でもありませんから、学院側の希望をすべて受け入れる必要もない。受け入れる人数も、滞在する日数も、見学を許す場所も、アルカノア側で決められます。一度受け入れると決めた後でも、安全を確保できないと判断すれば、延期や中止にできます」
「途中で帰ってもらうこともできる?」
「できます。滞在中はアルカノア側の規則が優先されますから、規則を守らない者や、危険な行動を繰り返す者がいれば、行程の中止や滞在の打ち切りを求められます」
「前の調査団みたいに、島を調べるの?」
「違います」
答えたのは、リィナだった。
「以前の調査団は、島の環境や魔獣、資源を調べて記録するのが目的でした。今回来るのは、学ぶために来る学院の生徒たちです」
「でも……ここを見て、何を勉強するの?」
それが、昨夜からずっと分からなかったことだった。私はただ、ファミリアたちと暮らしているだけだ。特別なことをしているつもりも、誰かに教えられるようなことをしているつもりもない。
「これほど多くの、種類の違うファミリアが、人間と家族として暮らしている場所は、外の世界にはほとんどありません」
リィナはそう言った。
「使役する者とされる者としてではなく、同じ場所で暮らして、互いに役割を持ちながら生活している。その在り方そのものが、外の人間にとっては珍しいのです」
「私は、普通に暮らしてるだけだけど」
「ライラさんにとっては、そうなのでしょう」
リィナは小さく微笑んだ。
「ですがそれは、アルカノアが、ただ近づいてはならない禁忌の島ではなく、外の人間を迎えて交流できる場所として見られ始めている、ということでもあります」
私はしばらく考えた。外では、ファミリアは家族ではないのかもしれない。少なくとも、ここで私が当たり前だと思っていることを、外の人たちは当たり前だとは思っていないらしい。
◆
次は、今の島がどれだけの人間を迎えられるのか、という話になった。
ボルグが、手元の一覧を見ながら口を開いた。
「事務局は問題なく動いてる。港との連絡も、物資の管理も、来訪者の受け付けもできるし、職員が暮らす場所も、少人数の客を泊める部屋もある。だが、六十八人の生徒と引率者を同時に何日も泊める設備は、どこにもない」
足りないものが、一つずつ挙げられていった。宿泊する部屋と寝具に、食堂と調理場。浴場と厠と、洗濯をする場所。荷物を置く場所や、怪我人を休ませる救護室、飲み水や食料を保管しておく場所。
「作ればいいんじゃない?」
私は、率直にそう言った。資材ならあるし、建てる場所さえ決まれば、主任たちは普通の人間よりずっと早く造れる。
「建物を造ること自体は、それほど難しくないでしょう。ただ、六十八人以上が安全に何日も使えるようにするなら、建物だけでは足りません。どこを入口にしてどこを通らせるのか、食事や入浴の時間をどう分けるのか、誰が掃除をして、誰が物資を補充するのか。衛生や管理まで考える必要があります」
クラウスの説明に、私は首を傾げた。
「建てるより、その後の方が大変なの?」
「そういうことだ」
ボルグが頷いた。言われてみれば、事務局の人たちも毎日食事をして、洗濯をして、掃除をしている。それが六十八人分増えるなら、ずっと続けられる形にしなければならないのだ。
◆
私は、ずっと気になっていたことを聞いた。
「みんなを、家に泊めるの?」
グラン・ヘイヴンの中を、知らない人間が大勢歩いている光景が頭に浮かんで、胸の奥がまた固くなった。
「いいえ」
リィナが、すぐに否定した。
「グラン・ヘイヴンは、ライラさんとファミリアたちの家です。学院生全員をそこへ入れる必要はありません」
テーブルの上に、島の西部の地図が広げられた。
「グラン・ヘイヴンはライラさんたちが暮らす場所で、総合事務局は外との連絡や調整をする場所です。学院生が泊まる区画は、そのどちらとも別に造ります」
リィナが指したのは、西側の港から歩いて行けて、事務局の建物も見える場所だった。けれどグラン・ヘイヴンの門からは距離があって木々にも隔てられているし、大型の子たちが普段使っている道からも外れている。
「港から動きやすくて、事務局からも管理できます。何かあった時には、船へ戻りやすい場所でもあります」
「家の中に全員を泊めるのは、無理」
それだけは、はっきり言っておきたかった。
「ライラさんに、それをお願いするつもりはありません。学院生の滞在場所と、ライラさんたちの暮らす場所は、最初から分けます」
私は地図の上の距離を、もう一度目で追った。外の人間を迎えることと、自分たちの家を差し出すことは同じではない。そう分かって、肩に入っていた力が抜けた。
「場所だけでなく、見せていいものも決めておく必要があります」
クラウスが続けた。
「事務局には、各国との連絡文書や物資の記録、西側の生活圏の詳しい地図などがあります。学院生に事務局の仕事を見学させるとしても、入れる部屋と、見せられる書類は分けなければなりません」
「見せたくないものは、見せなくていい?」
「当然です。工業設備や保管庫、ファミリアの詳しい配置なども、見学の対象には含めません」
何を見せるかは、場所だけの問題ではないらしい。その細かな線引きは、受け入れを決めた後で改めて整理することになった。
◆
滞在場所の話がまとまると、マルセルが地図を自分の方へ引き寄せた。
「アルカノアは、以前より平穏になっています。ですが、安全な観光地になったわけではありません」
マルセルの指が、細かく書き込まれた西側の地図をなぞっていく。
「ライラさんたちが日常的に暮らして、状況を把握しているのは、島の西側の一部です。港も総合事務局もグラン・ヘイヴンも、その生活圏の中にあります。ただ、西側であっても、ファミリアたちの巡回路から外れれば安全は保証できません。深い森や崖、洞窟、波の強い海岸もありますし、野生の魔獣が残っている場所もあります」
指が東へ進むと、地図の書き込みは急に少なくなった。
「島の中央から東は、地形も、そこに棲む魔獣も、まだ十分には分かっていない未開域です」
「東の方は、私もほとんど知らない」
空白に近いその部分を見ながら、私は言った。
「たまに遠くから見たり、飛んでる子から話を聞いたりはするけど、何がいるのか全部は分からない。だから、絶対に入ってほしくない」
「その点は、最も重要な禁止事項としてお伝えします」
マルセルが頷いた。
「ファミリアの生活区画や繁殖している場所、工業設備や物資の保管場所など、外の人間を入れられない区域もあります」
「ファミリアが、知らない人に優しいとは限らない」
「そのとおりです。安全なのは島全体ではなく、西側の中でも、ライラさんとファミリアたちが日常的に暮らして、巡回している範囲だけです」
マルセルの指が、見学を許せそうな範囲をぐるりと囲んだ。
「悪意がなくても、人は危険な場所へ入ります。珍しいものを見たいという好奇心だけで、決められた道から外れる者がいないとは限りません」
頭の中に、知らない生徒の姿が浮かんだ。立入禁止の印を見ても、少しだけなら大丈夫だと思って先へ進む。自分なら戻れると思って、生活圏の外へ続く森へ入っていく。
「それが、一番怖い」
「ですから、入ってはいけない場所を伝えるだけでは足りません。どこまでなら安全なのかも、分かる形にしておく必要があります」
移動は原則として集団で行い、一人での行動は禁止。見学は決められた道と区域に限り、案内役のいないところでは行わない。朝の点呼に加えて、見学へ出る前と、滞在区画へ戻った後にも人数を確かめる。夜は宿泊棟から出さず、見学を許す区域の境目には、目立つ標識と簡易柵を立てる。
それは、誰も越えられない壁ではない。ここから先はアルカノア側が安全を保証できない、と示すための境界だった。規則を破った場合はその日の見学を中止し、重大な違反や危険な行動が繰り返された場合は、校外学習そのものを打ち切る。
「それでいい」
規則をここまで細かく考えてくれる人がいることが、ありがたかった。
◆
ファミリアとの接触については、私が決めることになった。
「学院生の中には、ファミリアに近づきたい、触れてみたいと望む者もいると思います」
ティナに言われて、私は思いつくことを一つずつ挙げていった。
「勝手に触らない。勝手に食べ物をあげない。背中に乗ろうとしない。卵や子供に近づかない。毛や羽や鱗や牙を、勝手に持って帰らない。落ちているものでも、許可なく持って帰らない。魔法や武器を向けない。驚いても勝手に走らないで、案内役の指示に従う」
言いながら、頭の中で家族の顔を思い浮かべていた。
「接触できるのは、ライラさんが許したファミリアだけ、ということでよろしいですか?」
「触っていい子は、私が決める。触られるのが嫌な子もいるし、人が怖い子もいる。小さいから安全とか、大きいから危ないとか、そういうことでもないから」
全員に会わせないつもりはなかった。人間に慣れていて、触れられても嫌がらない子なら、会わせてもいい。ただ、それを決めるのは私だ。
「会わせる時は、私かリィナか、私が任せていいと決めた案内役が一緒にいること。会わせた後でも、その子が嫌がったら、そこで終わり」
エルネスタの筆が、決まった条件を紙の上に書き留めていく。
「受け入れると決めたら、私からみんなにも話す。人間が来るからって、嫌がる子の居場所を変えさせたくない。近づいてほしくない場所があるなら、そこは見学する場所から外して」
「それも、受け入れの条件に加えましょう」
◆
条件がまとまったところで、リィナが口を開いた。
「もう一つ、考えておかなければならないことがあります」
全員が、リィナを見た。
「六十八名以上の知らない人間を迎えることで、ライラさんへの負担が大きくなりすぎないように、先に決めておきたいのです」
「全員の案内を、私がするの?」
「ライラさんが毎日、全員の相手をする必要はありません。到着した時に短い挨拶をしていただければ十分です。普段の案内や説明は、私と事務局の皆さんで担当します。学院生からの質問はいったん事務局で預かって、ライラさんに確かめる必要があるものだけをお伝えします」
リィナは続けた。
「疲れた時や、気持ちが辛くなった時は、途中でもグラン・ヘイヴンへ戻って構いません。ライラさんの調子に合わせて、予定を変えることもできます」
「途中で、会いたくなくなってもいい?」
「もちろんです」
リィナは、間を置かなかった。
「迎え入れることと、ライラさんが我慢し続けることは、同じではありません」
その言葉を聞いた時、胸の内側に掛かっていた何かが外れたような気がした。一度受け入れると決めたら、最後まで自分が責任を持って相手をしなければならないと、どこかで思い込んでいた。けれど、そうではないらしい。
「それなら……前よりは、楽かも」
六十八人という数字が、また頭に浮かんだ。気がつくと私は、窓の向こうにあるグラン・ヘイヴンの方角を見ていた。
「武装した兵が六十八人来るのとは、違います」
リィナが、静かに言った。
「分かってる。分かってるけど……多いなって」
怖いというのとも、少し違った。大きな数字が、そのまま重さになって胸の上に乗っているような感覚だった。
「無理もありません」
クラウスが言った。いつも事務的に話す人だと思っていたから、その言葉は少し意外だった。
「六十八人もの知らない人間を、一度に自分の暮らす場所へ迎えるのです。不安に感じるのは当然です」
◆
何かあった時の対応も、クラウスとマルセルが役割を整理してくれた。
学院生の日常の移動や人数確認、案内と規則の管理は、事務局が受け持つ。危ないと感じたら、案内役はその場で見学を止められるし、マルセルは安全のために必要だと判断すれば、私の許可を待たずに全員を滞在区画へ戻せる。怪我人の最初の手当てはリィナを中心に行って、事務局の職員がそれを手伝う。誰かを捜さなければならなくなった時には、私が状況に合ったファミリアを選び、島全体やファミリアの暮らしに関わる最後の判断も、私がする。
「現場での一時停止や避難は、我々の判断で行います。ライラさんにお願いするのは、島全体やファミリアに関わる、ライラさんにしか決められないことだけです」
全部を一人で背負わなくていい。そのことが、ようやく実感できた。
◆
今回の受け入れが持つ意味についても、話し合った。
クラウスは、これから先も外からの来訪の申し出は増えるだろうと言った。今回決めた規則や、これから造る滞在区画は、その後の来訪者にも使える。事務局にとっても、これほど大人数の滞在を受け入れるのは初めての仕事になる。
リィナが口にしたのは、別の意味だった。
「兵士でも調査団でもない若者を迎える、最初の機会です。戦争の記録や噂でしかアルカノアを知らない生徒たちに、今の暮らしを見てもらえます」
「噂とか怖い話だけじゃなくて、本当の暮らしを見てもらうってこと?」
「そうです。ライラさんにとっても、人間をこれまでとは違う形で見る機会になるかもしれません」
リィナはそこまでしか言わなかったけれど、意味は分かった。
「……でも、意味があっても、嫌なら断っていいんだよね?」
「はい。意味があることと、ライラさんが受け入れなければならないことは、別です」
◆
最後に、受け入れる場合の準備の予定が示された。
「受け入れるのであれば、来島は早くても半年後とするのがよいでしょう」
クラウスが、準備案を机の真ん中に置いた。
「六十八名以上が何日も暮らせる設備を、一から整えることになります。建物だけなら主任殿たちがすぐに造ってくださるでしょうが、その中身と、それを動かす人と仕組みを用意するには、どうしても時間がかかります」
最初の二か月で、滞在区画と見学区域を決めて、必要なものを数え、会わせるファミリアを選ぶ。学院生に見せていい情報と、見せてはいけない情報の整理も、ここで済ませておく。三か月目と四か月目で宿泊棟と各設備を建て、五か月目に簡易柵や標識、夜の照明、避難路を整える。そして最後の一か月で、動線の確認や模擬の案内、避難の訓練を行い、最終の点検をする。
すべての説明が終わっても、クラウスは私に答えを急かさなかった。
「話はここまでです。今日は決めずに、もう一度考えることもできます」
私は、地図を見た。
学院生が泊まることになる場所は、西側の港に近く、事務局からも見えて、グラン・ヘイヴンの門からは離れている。人間を迎えるからといって、家族の暮らしをすべて明け渡すわけではない。私が毎日全員と会う必要もないし、危なければ止められるし、約束を破ったら帰ってもらえる。家族が嫌がる場所には近づけさせないし、中央や東の未開域にも入らせない。
それでも、怖さがなくなったわけではなかった。
「来る子たちは、戦いに来るんじゃないんだよね?」
「はい。学びに来る生徒たちです」
リィナは、はっきりと答えた。
私は地図を見たまま、しばらく考えていた。来てほしい、とまでは言えない。まだ会ったこともない六十八人を、そこまで信じることはできない。でも、来てはいけない、とも言い切れなかった。
「私たちの約束を守ってくれるなら、来てもいい」
ゆっくりと、言葉にした。
「家族に勝手に近づかないこと。入ってはいけない場所に入らないこと。危ないことをしたら、途中でも帰ってもらうこと」
それから、地図の東側へ目を移す。
「特に、中央より東には絶対に行かないこと。あそこは、私たちも全部は知らないから」
最後に、窓の向こうを見た。
「私から家族にも説明する。嫌がる子の場所には入れない。それを全部、ちゃんと伝えてくれるなら……受け入れる」
「それらを条件として、中央国際学院の校外学習を受け入れる。それでよろしいですか?」
「うん。半年後なら、迎えられると思う」
◆
会議が終わった後、私たちは全員で外へ出た。
地図で候補にした場所まで、実際に歩いて確かめに行く。西側の港からはそれほど遠くなくて、振り返れば事務局の建物が見えた。グラン・ヘイヴンの方には木々が立ち並んでいて、ここから門を直接見ることはできない。
着いた場所の足元には草が生えていて、まだ誰にも踏み固められていない土が広がっていた。今はまだ、ただの空き地だった。
しばらくすると、主任がやって来た。ギガントピテクスの大きな体が、私たちの後ろで足を止める。
「ここに、人が泊まれる家を造ってほしい。たくさん来るけど、家族の邪魔にならないように」
地面を指さして頼むと、主任はすぐには頷かなかった。土地の端までゆっくり歩いて、地面の傾きや木々の位置を確かめ、港と事務局の方角を見比べてから戻ってくる。そして私を見下ろして、短く頷いた。
後ろの方で、枝を踏む音がした。何かが始まる気配を感じ取ったのか、建築組のファミリアたちが集まってきていた。
「不安ですか?」
隣で、リィナが聞いた。
「不安。でも、全員が敵じゃないって、分かってるから」
主任が振り返って、建築組に短い合図を送った。大きな手が地面の一点を指すと、建築組の中から一頭が進み出て、太い杭を取り出した。
杭が、地面に打ち込まれた。
低く重い音が、静かな空気の中に響いた。戦いに備えるための音でも、囲いを造るための音でも、誰かを追い払うための音でもない。誰かを迎えるための、最初の音だった。
半年後の光景を、私は思い描こうとした。けれどそこに立つ生徒たちの顔は、まだ一人も思い浮かばなかった。
それでも、よかった。誰かを迎えるための音が、今ここで鳴り始めた。それだけで、十分だった。