廃人サバイバー、異世界へ行く   作:ドレットノータス

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久しぶりの更新です。不定期になりますが今後もよろしくお願いします。


第3部
第60話 迎えるための音


文書が届いた夜、私はなかなか眠れなかった。

 眠れない、というより、考えが止まらなかった。

 六十八人、という数字が頭の中をぐるぐる回っていた。一般の生徒が六十人。生徒会の八人。それに、引率する大人たちも来る。

 六十八人がどれくらいなのか確かめようとして、ファミリアたちの顔を順番に思い浮かべてみた。七十を越えたところで、数えるのをやめた。

 あの子たちのことは、一人ひとり知っている。何が好きで、何が嫌いなのか。どういう時に機嫌が悪くなって、どうすれば落ち着くのか。全部ではないけれど、少なくとも、顔を見れば誰なのかは分かる。

 でも、学院から来る生徒たちのことは、誰も知らない。顔も、名前も、どんなことを考えているのかも知らない人たちが、それだけの人数で島に来る。

 怖いのかと聞かれたら、怖くないとは言えない。けれど、前と同じ怖さではなかった。あの戦いが始まってから、外から来る人間を見るたびに、何かを奪いに来たのではないかと思うようになった。今は、全員がそうではないと頭では分かっている。リィナもいる。事務局の人たちもいる。王国から来た人たちの中にも、私たちを傷つけようとしなかった人はいる。

 分かっているけれど、それでも六十八人という数字は大きかった。

 

---

 

 朝になって、私はいつもより早く事務局へ向かった。

 シルヴィアが隣について歩いていた。今日は会議があるとは伝えていなかったけれど、私の様子がいつもと違うことには気づいているらしい。途中で一度、私の手に頭を押しつけてきた。私は足を止め、その鼻先を撫でた。手のひらに伝わる温かさと重さを確かめてから、もう一度歩き始める。

 事務局の前まで来ると、シルヴィアは入口の脇で足を止めた。中へは入らず、近くで待っているつもりらしい。

 

「行ってくるね」

 

 もう一度鼻先を撫でて、私は扉を開けた。

 会議室には、すでに資料が並べられていた。学院から届いた文書の写し。人数や必要な物資を書き出すための紙。そして、島の地図。

 地図の西側には、港や総合事務局、グラン・ヘイヴンへ続く道、ファミリアたちの生活区画まで細かく描かれていた。けれど、島の中央部から東側へ行くほど記されているものは少なくなり、東端に近い部分には大まかな地形と島の輪郭しか描かれていなかった。

 クラウスが整然と準備したのだと、見ただけで分かった。ボルグは物資の一覧を確認し、ティナは文書の写しを人数分揃えていた。エルネスタは記録用の紙と筆記具を用意し、マルセルは壁に広げられた島の地図を見ている。

 私は、会議卓の最奥に用意されていた席ではなく、リィナの隣へ座った。一人だけ離れた場所にいるより、その方が落ち着いた。

 

「今日は、受け入れるよう説得するための会議ではありません」

 

 会議が始まる前に、リィナが静かに言った。

 

「本当に受け入れられるのかを、皆で確かめるための会議です。不安なことや、受け入れられないと思うことがあれば、その場で言ってください」

 

「断っても、大丈夫なんだよね?」

 

「大丈夫です。断ることもできます。それによって、ライラさんが誰かに責められることもありません」

 

 胸の奥に詰まっていた息を、ようやく吐き出せた。

 

---

 

 会議はクラウスが進めた。

 

「まず、我々の説明とライラさんの理解に食い違いがないか、確認させてください」

 

 今回届いた文書をどのように理解しているか、と私に尋ねた。私は昨夜から考えていたことを、自分なりの言葉で答えた。

 

「中央国際学院の生徒が、島を見に来たい。一般の生徒が六十人と、生徒会の八人で、六十八人。それに引率する人たちも来る」

 

 一度、文書の写しへ目を落とす。

 

「何日か島に泊まって、島やファミリアのことを学びたい。前に来た調査団みたいに、島を好きに調べていいって話じゃない。受け入れるかどうかも、どこまで見せるかも、こっちで決めていい」

 

「それで合ってる?」

 

「おおむね合っています」

 

 クラウスが頷いた。

 

「今回は軍隊でも調査団でもありません。島の所有権や資源を調べるための査察でもない。学院側の希望をすべて受け入れる必要もありません。受け入れる人数、滞在する日数、見学を許可する場所は、アルカノア側が決められます。一度受け入れを決めた後でも、安全を確保できないと判断した場合は、延期や中止が可能です」

 

「途中で帰ってもらうこともできる?」

 

「できます。滞在中はアルカノア側の規則が優先されます。規則を守らない者や、危険な行動を繰り返す者がいれば、行程の中止や滞在の打ち切りを求められます」

 

「前に来た調査団みたいに、島を調べるの?」

 

「違います」

 

 リィナが答えた。

 

「以前の調査団は、島の環境や魔獣、資源などを調査し記録することが目的でした。今回来るのは、学ぶために来る学院の生徒たちです」

 

「でも……ここを見て、何を勉強するの?」

 

 それが昨夜からずっと分からなかったことだった。私はただ、ファミリアたちと暮らしているだけだ。特別なことをしているつもりも、誰かに教えられるようなことをしているつもりもない。

 

「これほど多くの、異なる種類のファミリアが、人間と家族として暮らしている場所は、外の世界にはほとんどありません」

 

 リィナが言った。

 

「使役する者と使役される者としてではなく、同じ場所で暮らし、互いに役割を持ちながら生活している。その在り方自体が、外の人間にとっては珍しいのです」

 

「私は、普通に暮らしてるだけだけど」

 

「ライラさんにとっては、そうなのでしょう」

 

 リィナは小さく微笑んだ。

 

「ですが、アルカノアが、ただ近づいてはならない禁忌の島ではなく、外の人間を迎え、交流できる場所として見られ始めているということでもあります」

 

 私はしばらく考えた。外では、ファミリアは家族ではないのかもしれない。少なくとも、ここで私が当たり前だと思っていることを、外の人たちは当たり前だと思っていないらしい。

 

---

 

 次は、今の島がどれだけの人間を迎えられるかという話になった。

 ボルグが、手元の一覧を見ながら口を開いた。

 

「事務局は問題なく動いてる。港との連絡も、物資の管理も、来訪者の受け付けもできる。職員が暮らす場所も、少人数の客を泊める部屋もある。だが、六十八人の生徒と引率者を、同時に何日も泊める設備はない」

 

 不足しているものが、一つずつ挙げられた。宿泊する部屋。寝具。食堂と調理場。浴場。厠。洗濯をする場所。荷物を置く場所。怪我人を休ませる救護室。飲み水や食料を保管する場所。

 

「作ればいいんじゃない?」

 

 私は率直に言った。資材はある。建てる場所さえ決まれば、主任たちなら普通の人間よりずっと早く造れる。

 

「建物を造ること自体は、それほど難しくありません。ただ、六十八人以上が安全に何日も使えるようにするなら、建物だけでは足りない。どこを入口にして、どこを通り、食事や入浴の時間をどう分け、誰が清掃し、誰が物資を補充するのか。衛生や管理まで考える必要があります」

 

「建てるより、その後の方が大変なの?」

 

「そういうことだ」

 

 言われてみれば、事務局の人たちも毎日食事をして、洗濯をして、掃除をしている。六十八人分が増えるなら、それを続けられる形にしなければならない。

 

---

 

 私はずっと気になっていたことを聞いた。

 

「みんなを、家に泊めるの?」

 

 グラン・ヘイヴンの中を、知らない人間が大勢歩いている光景が頭に浮かんだ。胸の奥が、また固くなる。

 

「いいえ」

 

 リィナがすぐに否定した。

 

「グラン・ヘイヴンは、ライラさんとファミリアたちの家です。学院生全員を、そこへ入れる必要はありません」

 

 テーブルの上に、島西部の地図が広げられた。

 

「グラン・ヘイヴンはライラさんたちが生活する場所。総合事務局は外部との連絡と調整を行う場所。学院生が泊まる区画は、そのどちらとも別に造ります」

 

 リィナが指した場所は、西側の港から歩いて移動でき、事務局の建物も見える位置だった。けれど、グラン・ヘイヴンの門からは距離があり、木々にも隔てられている。大型のファミリアが普段使っている道からも外れていた。

 

「港から動きやすく、事務局から管理できます。緊急時には船へ戻りやすい場所です」

 

「家の中に全員を泊めるのは無理」

 

 私は言った。それだけははっきり言いたかった。

 

「ライラさんに、それをお願いするつもりはありません。学院生の滞在場所と、ライラさんたちの生活圏は、最初から分けます」

 

 地図上の距離を、もう一度目で追った。外の人間を迎えることと、自分たちの家を差し出すことは同じではない。それが分かって、肩に入っていた力が抜けた。

 

「場所だけでなく、見せてよいものも決める必要があります」

 

 クラウスが続けた。

 

「事務局には各国との連絡文書や物資の記録、西側生活圏の詳細な地図などがあります。学院生に事務局の仕事を見学させるとしても、入れる部屋と見せられる書類は分けなければなりません」

 

「見せたくないものは、見せなくていい?」

 

「当然です。工業設備や保管庫、ファミリアの詳しい配置なども、見学対象には含めません」

 

 何を見せるかは、場所だけの問題ではない。その詳しい線引きは、受け入れを決めた後に改めて整理することになった。

 

---

 

 滞在場所の話がまとまると、マルセルが地図を自分の方へ引き寄せた。

 

「アルカノアは以前より平穏になっています。ただし、安全な観光地になったわけではありません」

 

 マルセルの指が、細かく記された西側の地図をなぞった。

 

「ライラさんたちが日常的に生活し、状況を把握しているのは、島の西側の一部です。港も、総合事務局も、グラン・ヘイヴンも、その生活圏の中にあります」

 

 指が、西側に描かれた道や建物を通り過ぎ、記載の少ない中央部へ近づいていく。

 

「西側であっても、ファミリアたちの巡回経路から外れれば、安全は保証できません。深い森、崖、洞窟、波の強い海岸があります。野生の魔獣が残っている場所もある」

 

 さらに、その指が東へ進んだ。地図の情報が、急に少なくなる。

 

「島の中央部から東側は、地形も、生息する魔獣も、まだ十分には把握されていない未開域です」

 

「東の方は、私もほとんど知らない」

 

 私は、地図の空白に近い部分を見ながら言った。

 

「たまに遠くから見たり、飛んでいる子から話を聞いたりはするけど、何がいるのか全部は分からない。だから、絶対に入ってほしくない」

 

「その点は、最も重要な禁止事項として伝えます」

 

 マルセルが頷いた。

 

「ファミリアの生活区画、繁殖している場所、工業設備や物資の保管場所など、外の人間を入れられない区域もあります」

 

「ファミリアが、知らない人に優しいとは限らない」

 

「そのとおりです。安全なのは、島全体ではありません。西側の中でも、ライラさんとファミリアたちが日常的に生活し、巡回している範囲だけです」

 

 マルセルの指が、見学を許可できそうな範囲を囲んだ。

 

「悪意がなくても、人は危険な場所へ入ります。珍しいものを見たいという好奇心だけで、決められた道から外れる者がいないとは限りません」

 

 頭の中に、知らない生徒の姿が浮かんだ。立入禁止の印を見ても、少しだけなら大丈夫だと思って先へ進む。自分なら戻れると思い、生活圏の外へ続く森へ入っていく。

 

「それが一番怖い」

 

「ですから、入ってはいけない場所を伝えるだけでは足りません。どこまでなら安全なのかも、分かる形にする必要があります」

 

 移動は原則として集団。一人での行動は禁止。見学は決められた道と区域に限り、案内役のいない状態では行わない。朝の点呼に加え、見学へ出発する前と、滞在区画へ戻った後にも人数を確認する。夜間は宿泊棟から出ない。許可区域の境目には、目立つ標識と簡易柵を設ける。

 それは誰も越えられない壁ではない。ここから先は、アルカノア側が安全を保証できないと示すための境界だった。

 規則を破った場合は、その日の見学を中止する。重大な違反や危険な行動が繰り返された場合は、校外学習そのものを打ち切る。

 

「それでいい」

 

 規則を細かく考えてくれる人がいることが、ありがたかった。

 

---

 

 ファミリアとの接触については、私が決めることになった。

 

「学院生の中には、ファミリアへ近づきたい、触れてみたいと希望する者もいると思います」

 

 ティナが言った。

 

「勝手に触らない。勝手に食べ物をあげない。背中に乗ろうとしない。卵や子供に近づかない。毛や羽や鱗や牙を、勝手に持って帰らない。落ちているものでも、許可なく持って帰らない。魔法や武器を向けない。驚いても勝手に走らないで、案内役の指示に従う」

 

 言いながら、頭の中で家族の顔を思い浮かべる。

 

「接触できるのは、ライラさんが許可したファミリアだけ、ということでよろしいですか?」

 

「触っていい子は、私が決める。触られるのが嫌な子もいるし、人が怖い子もいる。小さいから安全とか、大きいから危ないとか、そういうことでもないから」

 

 全員との接触を禁止するつもりはなかった。人間に慣れていて、触れられることを嫌がらない子なら、会わせてもいい。ただ、それを決めるのは私だ。

 

「接触する時は、私かリィナか、私が任せていいと決めた案内役が一緒にいること。会わせた後でも、その子が嫌がったら、そこで終わり」

 

 エルネスタの筆が、決まった条件を紙の上へ書き留めていった。

 

「受け入れると決めたら、私からみんなにも話す。人間が来るからって、嫌がる子の居場所を変えさせたくない。近づいてほしくない場所があるなら、そこは見学する場所から外す」

 

「それも、受け入れ条件に加えましょう」

 

---

 

 ファミリアとの接触条件がまとまったところで、リィナが口を開いた。

 

「もう一つ、考えなければならないことがあります」

 

 全員がリィナを見た。

 

「六十八名以上の見知らぬ人間を迎えることで、ライラさんへの負担が大きくなりすぎないよう、先に決めておく必要があります」

 

「全員の案内を、私がするの?」

 

「ライラさんが毎日、全員の相手をする必要はありません。到着した時に短い挨拶をしていただければ十分です。通常の案内や説明は、私と事務局の皆さんで担当します。学院生からの質問はいったん事務局で預かり、ライラさんに確認する必要があるものだけをお伝えします」

 

「疲れた時や、気持ちが辛くなった時は、途中でもグラン・ヘイヴンへ戻って構いません。ライラさんの調子によって、予定を変更することもできます」

 

「途中で、会いたくなくなってもいい?」

 

「もちろんです」

 

 リィナは間を置かなかった。

 

「迎え入れることと、ライラさんが我慢し続けることは、同じではありません」

 

 その言葉を聞いた時、胸の内側に掛かっていた何かが外れた気がした。一度受け入れると決めたなら、最後まで自分が責任を持って相手をしなければならないと、どこかで思っていた。けれど、そうではないらしい。

 

「それなら……前よりは、楽かも」

 

 六十八人という数字が、また頭に浮かんだ。私は無意識に、窓の向こうにあるグラン・ヘイヴンの方角を見ていた。

 

「武装した兵が六十八人来るのとは、違います」

 

 リィナが静かに言った。

 

「分かってる。分かってるけど……多いなって」

 

 怖いというのとも、少し違う。大きな数字が、そのまま重さになって胸の上へ乗っているような感覚だった。

 

「無理もありません」

 

 クラウスが言った。いつも事務的に話す人だと思っていたので、その言葉は少し意外だった。

 

「六十八人もの見知らぬ人間を、一度に自分の暮らす場所へ迎えるのです。不安に感じるのは当然です」

 

---

 

 緊急時の対応についても、クラウスとマルセルが役割を整理した。

 学院生の日常的な移動、人数確認、案内、規則の管理は事務局が行う。危険を感じた場合、案内役はその場で見学を中止できる。マルセルは安全上必要だと判断すれば、私の許可を待たず全員を滞在区画へ戻せる。怪我人への初期対応はリィナを中心に行い、事務局職員が補助する。捜索が必要になった場合は、私が状況に合ったファミリアを選ぶ。島全体や、ファミリアの生活に関わる最終的な判断は私がする。

 

「現場での一時停止や避難は、我々の判断で行います。ライラさんにお願いするのは、島全体やファミリアに関わる、ライラさんにしか判断できないことだけです」

 

 全部を一人で背負わなくていい。そのことが、ようやく実感できた。

 

---

 

 今回の受け入れが持つ意味についても話し合った。

 クラウスは、今後も外部から来訪の申し出が増える可能性があると言った。今回決めた規則や、これから造る滞在区画は、その後の来訪者にも使える。事務局にとっても、これほど大人数の滞在を受け入れる最初の仕事になる。

 リィナは、別の意味を口にした。

 

「兵士でも調査団でもない若者を迎える、最初の機会です。戦争の記録や噂でしかアルカノアを知らない生徒たちに、今の暮らしを見てもらえます」

 

「噂とか、怖い話だけじゃなくて、実際の暮らしを見てもらうってこと?」

 

「そうです。ライラさんにとっても、人間を、これまでとは違う形で見る機会になるかもしれません」

 

 リィナはそこまでしか言わなかったけれど、意味は分かった。

 

「……でも。意味があっても、嫌なら断っていいんだよね?」

 

「はい。意味があることと、ライラさんが受け入れなければならないことは、別です」

 

---

 

 最後に、受け入れる場合の準備予定が示された。

 

「受け入れるのであれば、来島は早くても六週間後とするのがよいでしょう」

 

 クラウスが、準備案を机の中央へ置いた。一週目は滞在区画と見学区域の決定、必要なものの算出、接触させるファミリアの選定。学院生へ見せてもよい情報と、見せてはいけない情報の整理も行う。二週目から三週目で宿泊棟と各設備を建てる。建築は主任を中心とした建築組が担当し、私は資材を用意する。四週目に簡易柵と標識、夜間照明、避難経路を整える。五週目に動線確認、模擬案内、避難訓練を行う。六週目は最終点検と予備期間。

 

 すべての説明が終わっても、クラウスは私に答えを急がせなかった。

 

「問題は以上です。今日決めず、もう一度考えることもできます」

 

 私は地図を見た。学院生が泊まることになる場所。西側の港から近く、事務局から見える。グラン・ヘイヴンの門からは離れている。

 人間を迎えるからといって、家族の暮らしをすべて明け渡すわけではない。私が毎日全員と会う必要もない。危険なら止められる。約束を破ったら、帰ってもらえる。家族が嫌がる場所へは、近づけさせない。中央部や東側の未開域にも、入らせない。

 それでも、怖さがなくなったわけではなかった。

 

「来る子たちは、戦いに来るんじゃないんだよね?」

 

「はい。学びに来る生徒たちです」

 

 リィナははっきり答えた。

 私は地図を見たまま、しばらく考えた。来てほしい、とまでは言えない。まだ会ったこともない六十八人を、そこまで信じることはできない。でも、来てはいけないとも言い切れなかった。

 

「私たちの約束を守ってくれるなら、来てもいい」

 

 ゆっくり言った。

 

「家族に勝手に近づかないこと。入ってはいけない場所へ入らないこと。危ないことをしたら、途中でも帰ってもらうこと」

 

 地図の東側へ視線を移す。

 

「特に、中央より東へは絶対に行かないこと。あそこは、私たちも全部は知らないから」

 

 それから、窓の向こうへ目を向けた。

 

「私から家族にも説明する。嫌がる子の場所には入れない。それを全部、ちゃんと伝えてくれるなら……受け入れる」

 

「それらを条件として、中央国際学院の校外学習を受け入れる。それでよろしいですか?」

 

「うん。六週間後なら、迎えられると思う」

 

---

 

 会議が終わった後、全員で外へ出た。

 地図で候補にしていた場所まで、実際に歩いて確認する。西側の港からはそれほど遠くない。振り返れば事務局の建物が見えた。グラン・ヘイヴンの方向には木々が立ち並び、ここから門を直接見ることはできない。

 場所に着いて、私は足元を見た。草が生え、まだ誰にも踏み固められていない土が広がっている。今は、ただの空き地だった。

 

 しばらくして、主任がやって来た。

 ギガントピテクスの大きな体が、私たちの後ろで足を止める。私は地面を指した。

 

「ここに、人が泊まれる家を造ってほしい。たくさん来るけど、家族の邪魔にならないように」

 

 主任は、すぐには頷かなかった。土地の端までゆっくり歩き、地面の傾きや木々の位置を確かめる。港と事務局の方角を見比べてから戻ってきて、私を見下ろした。そして、短く頷いた。

 後ろの方で、枝を踏む音がした。建築組のファミリアたちが、何かが始まる気配を感じ取って集まってきている。

 

「不安ですか?」

 

 隣でリィナが聞いた。

 

「不安。でも、全員が敵じゃないって、分かってるから」

 

 主任が振り返り、建築組へ短い合図を送った。大きな手が、地面の一点を指す。建築組の中から一頭が進み出て、太い杭を取り出した。

 杭が地面へ打ち込まれた。

 低く重い音が、静かな空気の中へ響いた。

 戦いに備えるための音ではない。囲いを造るための音でも、誰かを追い払うための音でもない。

 誰かを迎えるための、最初の音だった。

 私は、六週間後の光景を思い描こうとした。けれど、そこに立つ生徒たちの顔は、まだ一人も思い浮かばなかった。

 それでもよかった。今は、誰かを迎えるための音が、ここで鳴り始めた。それだけで、十分だった。

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