廃人サバイバー、異世界へ行く   作:ドレットノータス

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お久しぶりです。
今回から学院受け入れ準備編です。

前回までとはかなり毛色が変わって、施設やお金、アルカノアの仕組みみたいな話が増えてきます。

なお、今回も例によってかなり行き当たりばったりです。
「これどうなってるの?」とか「ここもう少し説明ほしい」といったところがあれば、遠慮なく感想で聞いてください。作者も考えながら設定を増やしていきます。

よろしくお願いします。


第61話 あるもの、ないもの

 会議が終わった翌々日、私たちはまた事務局の会議室に集まっていた。

 前回決めたのは、中央国際学院からの申し出を受け入れること、そのための準備期間を半年ほど取ること、それから学院生たちを迎えるための候補地までだった。

 つまり、「迎える」というところまでは決まった。

 

 けれど、実際に七十人近い人間を島へ連れてきて、何日も生活してもらうためには何が必要なのか。その中身については、まだほとんど何も決まっていない。

 今日はそこを、一つずつ具体的にしていくことになっている。

 私はリィナの隣に座り、机の中央へ置かれた大きな白紙を眺めた。

 今のところ、本当に何も書かれていない。

 

「建物は作れると思う」

 

 だから最初に、そこだけははっきりさせておいた。

 

「土地はあるし、木も石も金属も島で取れる。主任たちもいるし、半年もあるなら、少なくとも建物を建てるところまではそんなに困らないよね」

 

「そうですね。その部分については、王国側から大人数の建築要員を送り込む必要もないでしょう」

 

 クラウスさんは頷きながら、机の端へ置いていた資料を引き寄せた。

 

「主要な資材も人手もアルカノア側で賄えます。主任殿たちの施工能力を考えれば、建築そのものについて我々が余計な手を出すより、お任せした方が早いでしょう。むしろ今回考えなければならないのは、建物が完成した後のことです」

 

「完成した後?」

 

「七十人前後の人間が、数日から一週間ほど、実際にそこで生活するために必要なものです」

 

 そう言って、クラウスさんは白紙を自分の方へ少し引き寄せた。

 

「まず宿泊棟。寝室と、そこへ置くベッド、寝具。全員が食事を取れるだけの食堂と、その人数分を毎日調理できる厨房。浴場、給湯、厠、洗面所、排水、洗濯設備。持ち込まれた荷物を保管する場所に、夜間の照明。食料と備品を置く倉庫、清掃用具とその保管場所。それから、体調を崩した方を休ませる医務室も必要でしょう」

 

 クラウスさんが一つ挙げるたび、エルネスタさんが紙の上へ文字を書き足していく。

 かなり広く見えていた白紙が、思った以上の速さで埋まっていった。

 

「……思ってたより多いね」

 

「これでも最低限です。学院生だけでなく、引率する教員もいますから、雨風を防げる建物と寝床だけ用意して終わり、というわけにはいきません」

 

「でも、今挙げたものなら大体作れるよ?」

 

「作れるだろうな。ただし、作った後まで考えれば別だ」

 

 今度はボルグさんが話を引き取った。

 

「七十人分の飯は誰が作る。風呂へ順番に入れるなら、どれだけ湯を用意して、何時から何時まで使わせる。掃除はいつやる。食材や備品が減ったら誰が確認して補充する。具合の悪い奴が出たら誰が最初に診て、手に負えなければどうする。建物だけ作っても、その辺りが決まってなければ宿泊施設としては動かん」

 

 言われてみれば当たり前だった。

 今までこの島では、食べ物が必要なら集めるし、何かが壊れれば直せばよかった。私とファミリアたちが暮らすだけなら、決まった時間に何十人分もの食事を出したり、誰かが毎日浴場を管理したりする必要なんてない。

 

 私はどうやら、「建物を作ること」と「大勢の人を泊められる場所を作ること」を、ほとんど同じものとして考えていたらしい。

 

「……なるほど。建物が作れることと、七十人をちゃんと泊められることは別なんだ」

 

「そういうことです。建築については主任殿たちへ大きく頼れます。しかし、その中に何を入れ、どう使い、誰が維持するのかについては、別に考える必要があります」

 

 クラウスさんの答えに頷くと、今度はエルネスタさんが学院側から届いた資料を広げた。

 

「設備についても、一つ注意があります。大陸では照明、給湯、洗浄、保冷など、日常生活で利用する設備の多くに生活魔道具が使われています。また、学院の教育課程を見る限り、電気という現象そのものを知らない生徒はほとんどいないと思われます」

 

「電気自体は知られてるんだよね」

 

「はい。学術院や研究所では現在も、電力を動力として利用する研究が行われています。ただ、一般家庭や街中で実際に使われることは、ほとんどありません」

 

 蒸気も電気も、この世界に存在しないわけではない。

 学術院や研究所には実験機があるし、少し変わった趣味を持つ貴族なら、研究への出資のお礼として、役目を終えた試作機を屋敷へ置いていることだってあるらしい。

 ただ、それが普通の生活の中へ入り込んでいないだけだ。

 

「問題は、学院生が電気を知っているかどうかではありません」

 

 そこから先はリィナが引き取った。

 

「こちらでは、照明でも給湯でも、何かの器具を使う時に少量の魔力を流すことが、あまりにも日常的なんです。使い方を説明していれば普通に使えるでしょうけれど、急いでいる時や寝ぼけている時、それから普段使っている魔道具と似た操作部を見た時に、無意識に魔力を流してしまう可能性があります」

 

「それ、やっぱり壊れる?」

 

「量によりますね。一般の方が生活魔道具を起動する程度なら、その器具一つが故障するくらいで済むと思います。ただ、中央国際学院には一般の方とは比較にならないほど魔力量の多い生徒もいますから、そういう方の魔力が配線まで流れ込めば、同じ系統につながっている設備をまとめて巻き込む可能性があります」

 

 部屋の明かりを点けようとしただけで、宿舎一棟分の設備がまとめて止まる。

 それはさすがに困る。

 私は頭の中で配線を思い浮かべてから、自分なりの対策を口にした。

 

「だったら、最初から系統を細かく分けよう。客室はいくつかずつ、厨房と浴場は別。重要な設備もできるだけ独立させる。一か所に変な魔力が入っても、全部まとめて止まらないようにする」

 

「その方がいいですね。電気側の対策としては、かなり有効だと思います。ただ、それでも魔力を流された器具そのものは守れませんから、配線へ魔力が通らないようにする保護も必要です」

 

「そっちはリィナができる?」

 

「できますよ」

 

 即答だった。

 そこで、ふと気になった。

 

「そういえばリィナ、電気のこともかなり分かるんだね。魔法とは別の研究だと思ってた」

 

「私にとっては魔法研究の一部ですよ。電気や熱、圧力のような別の方法で同じ現象を再現すると、術式だけを見ていた時には分からなかったことが見つかるんです。その結果を元の術式へ戻せば、無駄な部分も見つけやすくなります。もちろん電気の方もきちんと改良していますよ。ただ、そこで得たものを術式へ戻すと、そちらまでさらに良くなってしまうことが多くて……」

 

「じゃあ、電気の研究をして、その成果で魔法の方まで良くしてるんだ」

 

「結果としては、そうなることが多いですね」

 

 少しだけ困ったように笑うリィナを見て、なんとなく納得した。

 電気を研究している人たちからすると複雑かもしれないけれど、そこで見つけたものまで自分の専門へ持ち帰って、さらに良くしてしまうあたりがリィナらしい。

 

「ですから、今回の設備についても、保護術式を組むこと自体は難しくありません。学院でも特に魔力の強い方が全力で流した程度なら、電気側へ通さないようにできます。ただ、問題は数ですね」

 

 リィナは、机の上に並んでいる大量の項目へ視線を落とした。

 

「ライラさんが作った家具や設備は、最初から術式を刻むことを前提に作られていません。そこへ一つずつ下処理をして、魔力を受け流す加工を施し、それから術式を組み込んで最後に動作確認をすることもできます。でも、七十人分の宿泊施設すべてとなると、半年では終わりません。私もそれだけをしているわけにはいきませんから」

 

「リィナが普通に無理って言うくらい多いんだ」

 

「さすがに、この数を一から全部は無理ですよ」

 

 それなら、最初から手間の少ないものを使うしかない。

 

「だったら、最初から術式を入れやすいように加工してある家具や設備を買えばいいんじゃない? 全部を完成品としてそのまま使うんじゃなくて、リィナが最後にアルカノア用の保護を追加できる状態のもの」

 

「それが一番現実的でしょう」

 

 クラウスさんが頷いた。

 

「王宮や高位貴族向けの家具や設備は、魔力量の多い方が使用することも前提として、術式の追加や調整をしやすい加工が施されています。そこへリィナ様がアルカノア用の保護を加えるのであれば、一から作業するより遥かに短期間で済むでしょう」

 

「そこまで準備されてるなら、リィナ一人でも半年で間に合う?」

 

「はい。その程度なら問題ありません」

 

「じゃあ、それでいこう」

 

 これで設備については、一応の目処が立った。

 ただ、そこで今度は、主任たちにどこまで頼るのかという話になった。

 

「主任なら家具もかなり作れるよね。ベッドとか机とかも、買わないで済むんじゃない?」

 

「ベッドの枠、机、棚、建具、大型の家具。その辺りなら問題なく作れるだろうな」

 

 ボルグさんはあっさり認めたものの、そのまま続ける。

 

「だが、何でも主任たちに作らせればいいって話でもない。例えば寝具だ。マットレス、枕、掛け物、シーツ。そういうものは老舗の寝具屋が何世代もかけて、通気性や湿気の逃がし方、体の沈み方、耐久性なんかを改良してきてる。主任が作れないとは言わんが、半年しかないのに、そこまで一から試させる意味がない」

 

「作れるかどうかじゃなくて、今からわざわざ作る必要があるかどうかってこと?」

 

「そういうことだ。もう良いものを作れる奴が外にいるなら、そこから買った方が早い。その分、主任たちには主任たちにしかできない仕事をやってもらえばいい」

 

「それなら、寝具は外から買おう。ほかにもそういうのある?」

 

「鏡、ガラス器、医療用具、精密な金具。この辺りもそうだな。島で一から試作品を作るより、最初から出来のいいものを買った方がいい」

 

 主任たちはすごい。

 でも、すごいからといって、何百年も寝具だけを作ってきた人たちの仕事まで、今からやらせる必要はない。

 主任たちには建物や大きな家具を作ってもらって、細かいところは、それを作り続けてきた人たちに任せる。

 その方がたぶん、ずっと早い。

 

 そうして「買うもの」が増えていくと、当然、別の問題が出てきた。

 クラウスさんが、それまでとは違う紙を一枚、私の前へ置く。

 

「まだ発注先も数量も確定していませんので概算ですが、現在想定している設備と物資を揃えた場合、おおよそこの程度になります」

 

 紙に並んでいたのは、今までの項目ではなく数字だった。

 一番上から順番に目で追って、一番下まで辿り着く。

 もう一度、最初から見直した。

 高い。

 かなり高い。

 もう一度見ても、数字が小さくなったりはしなかった。

 私は隣に座っているリィナへ、ゆっくり顔を向ける。

 

「……リィナさん」

 

「はい?」

 

 リィナがこちらを見る。

 そして、一拍置いて首を傾げた。

 

「どうして急に敬称が付いたんですか?」

 

「ちょっとお願いがあって」

 

「金額を見れば分かります」

 

 分かっているらしい。

 それでも一応、聞いた。

 

「これ、貸していただけたりします?」

 

 一瞬だけ、会議室が静かになった。

 リィナは私から見積書を受け取ると、自分の方へ引き寄せ、数字を上から下まで確認していく。

 

「貸すこと自体は構いませんよ。返していただけるのであれば」

 

「本当に?」

 

「はい。ただ、この金額ですと……」

 

 一番下に書かれている数字を見ながら、少しだけ考える。

 

「今の私の資産では、少し足りませんね」

 

「リィナでも足りないの?」

 

 さっき見た金額より、そっちの方が驚いた。

 リィナは聖女で、研究者で、とんでもない人だとは思っているけれど、お金持ちという印象はあまりなかった。

 

「普通の聖職者なら、そもそもこの金額を個人で出そうとは考えませんよ。私の場合は、研究の方で少し事情が違うんです」

 

「前に言ってた、術式の権利?」

 

「はい。私が改良した生活魔法や、新しく作った術式の中には、私の名義で登録されているものがあります。家庭用の小さなものだけではなく、街灯や公衆浴場、農業用水路、医療施設で使われる消毒術式など、かなり広い範囲で採用されていますから、その使用料にあたるものが王国内外から継続的に入ってきます」

 

「それがずっと積み重なってるんだ」

 

「そうですね。ただ、そこからかなりの額を寄付していますので、全部が残っているわけではありません」

 

 そこで、ふと思った。

 

「もし寄付してなかったら、今回の金額って払えた?」

 

 リィナは見積書へ視線を落とし、少しだけ考えた。

 

「……おそらく、全額出せたと思います」

 

「…………」

 

 私は見積書を見る。

 それからリィナを見る。

 

「リィナ、そんなに持ってたんだ」

 

「持っていた、の方が正しいですね」

 

「十分すごいよ」

 

「ありがとうございます。ただ――」

 

「そもそも今回は、リィナ様個人から借りるべき費用ではありません」

 

 クラウスさんが、話を元へ戻すように口を挟んだ。

 

「今回整備するのは、アルカノアが外部からの来訪者を迎えるための公的な施設です。リィナ様の私有施設でも、ライラさん個人の家でもありません。それを一個人の資産だけで建てるのであれば、公的な施設と個人所有物の区別まで曖昧になります」

 

「ああ……公費でやる話なんだ」

 

「そういうことです」

 

「だったら、アルカノアの予算から――」

 

 そこまで言って、自分で止まった。

 そんなものがあった記憶がない。

 

「……そういえばアルカノア、国庫ないよね」

 

「現在の国庫残高は――と言いたいところだが、残高以前の話だな」

 

 ボルグさんが少しだけ難しい顔をする。

 

「正確には、国庫そのものが存在しない」

 

「作ったこと自体ないもんね」

 

「必要がありませんでしたから」

 

 クラウスさんが補足した。

 

「税収もありませんし、アルカノア独自の通貨もありません。定期的に島外へ商品を輸出して、貨幣収入を得ているわけでもない。これまでの生活では、それでも何も問題がありませんでした」

 

「考えてみたら、そりゃそうか」

 

 私は、今まで島でどう暮らしてきたかを思い返した。

 

「木が必要なら採ってくる。石が必要なら運んでくる。食べ物も必要な分を取ってきて分ける。主任たちに建物を作ってもらっても給料を払ってないし、見回りしてくれてる子たちにお金を渡したこともない。そもそも島の中で何かを買うって場面がほとんどないんだ」

 

「そういうことです。アルカノア内部だけを見るなら、貨幣を使わなくても生活が成立しています。問題になるのは、今回のように島の外で作られたものが必要になった時です」

 

「そこで初めて、外で使えるお金が必要になる」

 

「はい」

 

 島の中だけなら、何も困っていなかった。

 でも、王国の老舗から寝具を大量に買うとなれば、木材を一束持っていって交換してください、というわけにはいかない。

 

「それに、人間だけで考えたら、ここにずっと住んでるのって私だけだよね。リィナも事務局のみんなも王国の人だし」

 

「人間に限れば、その認識で間違いありません」

 

「じゃあ、国民って呼べる存在がいるとしたら、私とファミリアくらいになるのかな」

 

 窓の外へ目を向けながら言う。

 国民なんて言葉を、みんなに使ったことは一度もない。

 私にとっては、今まで通り家族だった。

 

「制度としてどう扱うかは別として、この島を自分たちの場所として暮らしている構成員、という意味なら、その考え方が一番実態に近いでしょう」

 

 クラウスさんの答えを聞きながら、少し考える。

 

「でも、ファミリアから税金を取るのは変だよね。というか、何を取ればいいのか分からない」

 

「取る意味がないだろうな」

 

 ボルグさんが腕を組んだ。

 

「採集、建設、輸送、警戒。必要な仕事はもう日常的にやってもらってる。木材を運んだ分を一度給料に換算して、そこから税金を取るなんてことをやり始めたら、今より面倒になるだけだ」

 

「だったら今のままでいい」

 

「内部だけならな」

 

 最後の一言で、話が見積書へ戻ってきた。

 

「つまり、島の中で暮らすだけなら今の仕組みで困らない。でも外から物を買おうとすると、アルカノアには国庫もないし、税収もないし、定期的に入ってくるお金もない」

 

「はい」

 

「それで王国に『施設を作りたいからお金を貸してください』って言って、本当に貸してもらえる?」

 

 クラウスさんはすぐには答えず、少し考えてから口を開いた。

 

「一般の商会や金融業者を相手にするのであれば、かなり難しいでしょう。過去の取引実績もありませんし、定期的な貨幣収入もない。ただ、今回はアルヴァリア王国政府との直接交渉です。国同士の場合、現在どれだけ金貨を持っているかだけで信用を判断するわけではありません」

 

「じゃあ、王国はアルカノアの何を見るの?」

 

「まず、これまで約束を守ってきた実績です。王国の調査団を、事前に取り決めた条件の範囲で受け入れていただいた。法国との戦争が終わった後も、合意した内容を一方的に破棄していない。王国との間で交わしてきた取り決めについても、アルカノア側から反故にされたものはありません。国家同士では、そうした履行実績そのものが信用になります」

 

「ちゃんと約束を守ってきたことが、取引の実績みたいになるんだ」

 

「少なくとも、『約束をしても守らない相手ではない』という判断材料にはなります。そして、もう一つ大きいのが――」

 

 クラウスさんは一度、リィナへ視線を向けた。

 

「リィナ様のお命を、二度にわたって救っていただいたことです」

 

「それも融資に関係するの?」

 

「それだけを理由に国庫から資金を出すわけではありません。ただ、王国がアルカノアをどの程度信頼できる相手と見るかという点では、当然考慮されます。リィナ様が王国にとってどれほど重要な人物かは、先ほどの話だけでもお分かりでしょう。その方を二度守っていただいた相手を、まったく実績のない外国と同じように扱う理由はありません」

 

 私は隣にいるリィナを見る。

 助けた時に、後で何か返してもらおうなんて考えたことはない。

 でも、あの時やったことも、王国側にはちゃんと残っているらしい。

 

「強いから信用されるっていうより、今まで何をしてきたかを見てもらえるんだ」

 

「そうです。もちろん、信用だけで返済能力が生まれるわけではありませんから、そこは別に判断されます。アルカノアには豊富な資源がありますし、採集や生産の能力もある。エラスモサウルスやケツァルコアトルスのような、王国側から見ても価値の高い輸送能力もあります。今後、外部との取引が始まれば貨幣収入を得られる余地も大きい。そうしたものを合わせて、返済可能性を判断してもらうことになります」

 

「担保に島とか鉱山を出したりはしない?」

 

「それは避けます。今回は土地や鉱山を差し出す担保融資ではなく、これまでの履行実績と、今後の返済能力を前提とした政府間の信用供与を求めます」

 

「じゃあ、かなり無担保に近い形?」

 

「交渉次第ですが、その方向です」

 

 そこまで聞いて、もう一つ気になった。

 

「返す時は金貨じゃないと駄目? 今の話だと、金貨を稼げるようになるまで待つより、島にあるものとか、エラスモやケツァルで何かを運ぶ方が早そうだけど」

 

「そこも交渉できます。王国側が価値を認める資源や物資、それから輸送のような役務を、返済の一部として認めてもらう契約は可能でしょう」

 

「じゃあ王国から金貨の袋を持ってきてもらう必要もないんだね。こっちが必要なものを王国側で発注して払ってもらって、その分をアルカノアの借金として記録する。そのあと、決めた方法で返していく」

 

「その形が一番現実的です」

 

 ようやく、私の中でも話が一つにつながった。

 でも、まだ一つ引っかかる。

 

「それだと、王国が私たちを助けるだけにならない?」

 

 王国にはこれまでもかなり助けてもらっている。

 今回まで一方的に頼る形になるのなら、少し落ち着かなかった。

 

「王国にも、きちんと利益がありますよ」

 

 クラウスさんはすぐに答えた。

 

「これまで、王国とアルカノアの間には外交上の関係こそありましたが、経済的な関係はほとんどありませんでした。事務局を通した連絡やエラスモ便はありますが、大規模な売買や融資のように、双方の経済が直接つながる関係はまだありません。今回の計画が成立すれば、それが最初の大きな一歩になります」

 

「王国としては、最初の取引相手になっておきたい?」

 

「かなり簡単に言えば、そうですね」

 

 今度はリィナが続けた。

 

「アルカノアがこの先もずっと外部と一切取引しないのであれば別です。でも今回のように、必要なものを外から調達する機会が増えていくのであれば、いずれどこかとは経済的な関係を作ることになります。それなら王国としては、早い段階から安定した取引相手になっておきたいでしょう。今回の発注だけでも王国内の職人や商会には大きな仕事が生まれますし、将来的にはアルカノアから資源を買ったり、輸送を依頼したりする関係につながるかもしれません」

 

「じゃあ、友好国だから助けてくれる部分はあるけど、王国側もちゃんと得をする」

 

「はい。その方が長く続く関係になりますから」

 

 それを聞いて、少しだけ肩の力が抜けた。

 

 一方だけが何かを与え続けるより、両方に続ける理由がある方が、私には分かりやすい。

 

「あと、リィナの知り合いに頼んで、特別扱いしてもらうとかじゃないんだよね?」

 

「それはしません」

 

 リィナは迷わず答えた。

 

「私は技術的な説明や交渉の補助には参加しますし、今回必要になる設備についても、私から説明した方が早いことは多いでしょう。でも融資そのものは、私個人から王宮へのお願いではありません。アルカノアからアルヴァリア王国へ、正式な政府間要請として出すべきものです」

 

「分かった。難しい交渉とか、書類の作り方は任せる。でも、私たちが何を借りて、その代わりに何を約束するのかだけは、決まる前にちゃんと教えて」

 

「もちろんです。最終的にアルカノアが何を受け入れるのかを決めるのは、ライラさんですから」

 

 資金の目処が見えてきたところで、今度は王国から誰を連れてくるのかという話になった。

 

「建物を造る人だけ呼べばいいわけじゃないんだよね」

 

「はい。現時点で必要と考えているのは、王宮営繕の経験がある棟梁、家具や建具の職人、魔道具技師、それから給排水や浴場設備に詳しい専門家です」

 

 エルネスタさんが資料を見ながら、まず技術者側を挙げていく。

 続いてティナさんが、別の紙をこちらへ向けた。

 

「ただ、その方たちだけでは、実際に学院生を迎えた時の運用までは分かりません。接遇については、大人数を長期間迎えた経験のある方にも来ていただきたいです。例えば執事長級の方ですね。部屋の配置、荷物の受け渡し、洗濯物の扱い、食事の流れ。私たちが問題ないと思っている場所でも、初めて来た方には使いにくいことがあります」

 

「料理人も?」

 

「必要だと思います。食材が十分にあることと、七十人分を毎日決まった時間に出せることは別ですから。食事の質だけでなく、厨房の広さや動線、保存方法まで見てもらいたいですね」

 

「安全面では、警護と救護の経験者も必要でしょう」

 

 今度はマルセルさんが続けた。

 

「ただし、ファミリアから人を守るためではありません。知らない土地で怪我をする、夜間に道を間違える、立入禁止区域へ誤って入る、人数確認をしたら一人足りない。そういう、人間側の行動から起こる事故を想定します。学院生が規則を破ると決めつける必要はありませんが、何か起きた時に対応できないのでは困ります」

 

「思ってたより色んな人が必要なんだね」

 

「それと、熟練者だけで固めない方がいいと思います」

 

 ティナさんが付け加える。

 

「王宮勤務に慣れた方ばかりでは、一般的な大陸人の感覚が分かりにくくなるかもしれません。若い職人や助手も何名か一緒に来てもらい、実際に同じ場所で生活してもらった方が、学院生に近い目線からも意見を出してもらえるでしょう」

 

「その人たちには、ここで実際に生活してもらう?」

 

「はい」

 

 クラウスさんが頷いた。

 

「技術を教えてもらうだけではありません。学院生を迎える前に、先遣組として実際にアルカノアへ滞在していただきます。人数は十数名程度を想定しています」

 

「どのくらい?」

 

「役割によりますが、数週間から、長ければ数か月です」

 

「そこまでいるなら、その人たちが泊まる場所も必要になるよね。本番の学院施設を先に作る?」

 

「いえ。その前に、専門家用の受け入れ拠点を作ります」

 

 クラウスさんは地図上の候補地へ視線を向けた。

 

「学院生用の施設ほど整っている必要はありませんが、宿泊、食事、入浴、作業、打ち合わせができる程度の設備は必要です。宿舎、厨房と食堂、浴場と厠、工房、倉庫、会議室、最低限の医務室。資材を下ろせる場所もあった方がいいでしょう。そして、その拠点自体を最初の試作品として使います」

 

「その人たちに実際に使ってもらって、不便なところを探してもらうんだ」

 

「そういうことです」

 

 ティナさんが頷く。

 

「港から宿舎まで迷わず来られるか、部屋や浴場は使いやすいか、荷物を置く場所に困らないか、食事の時間や動線に無理がないか。そういったことは、私たちより、初めて来た方の方がよく気づきます」

 

「私は、夜間の移動と避難経路、それから禁止区域がきちんと伝わるかを見たいですね」

 

 マルセルさんも地図を見ながら続ける。

 

「我々はもう、この島に慣れすぎています。大型のファミリアが道の横で寝ていても、わざわざ立ち止まる者はいないでしょう。しかし、初めて来た人間が同じとは限りません。何が怖く、何が分かりにくく、どこで判断を誤りやすいのかは、実際に来た人間から聞いた方がいい」

 

「学院生が来る前に、一回、本番に近いことをやってみるんだね」

 

「はい。失敗するなら、その時にしておきましょう」

 

「それはやった方がいいと思う」

 

 七十人が来てから問題が見つかるより、十数人の大人がいる時に見つかった方がずっといい。

 最後に残ったのは、人と物をどうやって運ぶかだった。

 

「人員については、エラスモ便で問題ないと思います」

 

 ティナさんが人数表を確認すると、ボルグさんも横から覗き込んだ。

 

「十数人なら首長で十分だな。書類と手荷物くらいなら一緒に載せられる。普通の船より遥かに早いし、海が多少荒れても出せる。途中で海の魔物に当たっても、あいつなら逃げ切るか、自分で追い払う」

 

「ネッシーたちなら、そのくらいは全然平気だよ」

 

 私が答えると、ティナさんが少しだけ笑った。

 

「ライラさんはやっぱりネッシーと呼ぶんですね」

 

「だってネッシーだから」

 

「事務局では、すっかり『首長』で定着してしまいましたね」

 

「最初にそう呼び始めたの誰?」

 

 聞いてみると、ボルグさんとマルセルさんが互いに顔を見た。

 

「……誰だった?」

 

「覚えてませんね」

 

 どうやら、誰か一人が決めたというより、いつの間にかそうなっていたらしい。

 ちゃんと名前があるんだから名前で呼んでほしいような気もするけれど、本人が気にしている様子もないので、そのままになっている。

 

「じゃあ、人と書類はネッシーたち――エラスモ便でいいね。問題は家具とか設備か」

 

「そっちは首長では無理だな。積めるものもあるだろうが、そんな使い方をする意味がない」

 

「なら、クチバシですね」

 

 マルセルさんが、ごく普通のことのように言った。

 

「……クチバシ」

 

「ケツァルコアトルスです」

 

 エルネスタさんが淡々と正式名称を補足する。

 

「分かってるよ」

 

 リィナが隣で小さく笑った。

 

「この事務局、だんだんファミリアの呼び方が雑になっていません?」

 

「仕事の最中に毎回正式名称で呼んでいられるか。首長は首長、クチバシはクチバシだ」

 

 ボルグさんはまったく悪びれない。

 私は少し考えたけれど、やっぱり本人たちが嫌がっていないならいいことにした。

 

「荷物はケツァルを二体か三体で一組にして、ワイバーンの護衛を付けよう。エラスモほど速くはないけど、普通の船より少し早いくらいで飛べるし、一度にかなりの量を運べる」

 

「人員輸送には使わないのですか?」

 

 ティナさんが尋ねる。

 

「基本はやめた方がいい。かなり高いところを飛ぶから寒いし、空気も薄くなる。長時間、人を乗せて飛ぶようにはできてないんだ。それにケツァル自身は戦うのに向いてないから、大荷物を載せて島の外まで飛ばすなら、護衛のワイバーンは必須」

 

「では、人と書類は首長、家具や設備類はクチバシ。正式な計画書には『エラスモ便』と『ケツァル輸送』として記載します」

 

 クラウスさんがまとめる。

 

「書類に首長とクチバシと書くわけにはいかんからな」

 

「当然です」

 

 エルネスタさんが即座に返した。

 

「王国側には、貨物をまとめて保管できる場所と、ケツァル数体が安全に降りられるだけの広さも確保してもらう必要がありますね」

 

 クラウスさんは、また新しい項目を書き足す。

 

「王都の真ん中に降ろすわけにもいきませんから、軍用港か、その周辺で候補地を探してもらいましょう。そこまで大型貨物を運び込める道も必要です」

 

「それも正式な要請に入れる?」

 

「はい。人員、物資、輸送拠点まで、一つの計画としてまとめた方がいいでしょう」

 

 ようやく話が一通りまとまったところで、マルセルさんが地図を自分の方へ引き寄せた。

 

「では、専門家用の宿泊施設と資材置場ですが、この辺りが最も使いやすいと思います」

 

 指したのは、学院生用施設の予定地から少し北側。

 港にも近く、本工事の場所へもすぐに行ける。クチバシ――じゃなくてケツァルから下ろした資材を運ぶにも便利そうだった。

 でも、その場所を見た瞬間、私は首を横へ振った。

 

「そこは駄目」

 

 全員の視線が私へ集まる。

 

「理由を伺っても?」

 

「そこ、採集に行った子たちが帰ってくる時によく通る」

 

 マルセルさんが地図を見直した。

 

「道は記載されていませんが」

 

「人間が使う道じゃないから載ってないだけ。この辺りから森へ入って、こっちへ抜けてくる子が結構いるんだよ。建物だけなら避けて通ってくれると思うけど、知らない人が十人以上ずっと生活してたら、落ち着かない子が出ると思う」

 

「なるほど。人間側の動線だけを見ていました」

 

 マルセルさんは素直に場所を見直し、最初に指したところから少し東へ指をずらした。

 

「では、こちらならどうでしょう。港からの距離は多少伸びますが、予定地との行き来には大きな問題はありません」

 

 私は普段のみんなの動きと、周囲の地形を頭の中で重ねてみる。

 

「そこなら大丈夫。少なくとも、よく使う道とは重ならないと思う」

 

「では変更しましょう」

 

 クラウスさんが決めると、エルネスタさんがすぐに記録を書き直した。

 地図には港も事務局も、人間が使う道も載っている。

 

 でも、ファミリアたちが毎日どこを歩いて、どこで休んで、どこから帰ってくるのかまで、全部が描かれているわけじゃない。

 そこは私が見ないと分からない。

 

「では、最後に役割を確認します」

 

 クラウスさんが、机の上に広がった紙をまとめながら話を戻した。

 

「リィナ様と我々事務局職員は王国へ向かい、政府間融資の正式な申請、人材の確保、王宮御用達を含む各工房や商会への発注、物資の集積場所とケツァル輸送拠点の調整を行います。先遣組の人選が終わり次第、エラスモ便でこちらへ送る準備も進めます」

 

「私は島に残るんだよね」

 

「はい。学院施設の予定地を整えつつ、まず先遣組が到着したその日から生活と作業を始められる拠点を作っていただきます。宿舎、食堂、浴場、厠、工房、倉庫、会議に使える場所、それから最低限の医療設備。あくまで専門家用ですから、本番の学院施設ほど細かく整える必要はありません」

 

「ちゃんと寝て、食べて、風呂に入れて、仕事ができればいい?」

 

「最初はそれで十分です。細かい使い勝手は、むしろ来ていただいた専門家に見てもらいましょう」

 

「それなら主任たちとすぐ始められる」

 

 そこまで聞いて、私はようやく一つのことに気づいた。

 

「……リィナも王国に行くの?」

 

「はい」

 

 リィナは、当たり前のことのように答えた。

 

「今回は技術的な説明だけではなく、政府間の話もありますから。私はアルカノア総合事務局長として同行した方がいいでしょう。設備の条件についても、王国側の研究者や職人へ直接説明した方が早いですし」

 

「どのくらい?」

 

「最初の手配が済むまでです。融資の確認、人選、発注先との打ち合わせ、それから必要なら魔導院や工房にも顔を出します。ただ、ずっと戻らないわけではありませんよ」

 

「……そっか」

 

 行った方がいいのは分かる。

 魔力と電気の両方が分かっていて、必要な設備の条件も知っていて、王国側の研究者や職人とも話ができる。それに今のリィナは、ただ王国からここへ来ている人ではなく、事務局をまとめる立場でもある。

 

 それでも、答えるまで少しだけ間が空いた。

 リィナはそれ以上何も聞かず、少しだけ声を柔らかくした。

 

「その間に、こちらの準備をお願いできますか? 先遣組が来た時、最初に生活するのはライラさんたちが作った場所になりますから」

 

「専門家の人たちが来ても、すぐに寝て、食べて、仕事を始められる場所を作ればいいんだよね」

 

「はい。私たちが戻る頃には、主任さんたちならかなり進んでいそうですけれど」

 

「主任に話したら、たぶん今日から始めると思う」

 

 それを想像すると、少しだけ気が楽になった。

 

「分かった。そっちは私がやる」

 

 朝には何も書かれていなかった紙が、会議を終える頃には文字と数字、それに矢印や書き込みでびっしり埋まっていた。

 最初は、土地があって、材料があって、主任たちがいて、半年もあるならどうにでもなると思っていた。

 

 その考え自体は、たぶん間違っていない。

 建物なら作れる。

 水も引けるし、電気も通せる。

 ファミリアたちは必要な資材を集めてくれるし、主任たちは普通なら何か月もかかりそうなものでも、驚くくらいの速さで形にしてしまう。

 

 でも、それだけでは七十人の人間を迎えられない。

 アルカノアには、大勢の人を泊めるために外の人たちが長い時間をかけて積み上げてきた細かな技術がない。

 専門の寝具屋もなければ、接客だけを何十年も続けてきた人もいない。

 

 外から物を買うための金もない。

 国庫もなければ、税金もない。

 今まで必要がなかったから、作る理由さえなかった。

 その代わり、外の世界では簡単に用意できないものが、ここにはある。

 島中から必要なものを集めてくれるファミリアたち。

 主任たちの建築能力。

 魔海を高速で渡る首長――エラスモたちに、大量の荷物を空から運べるクチバシ――ケツァルたち。

 それから、外の世界とアルカノアの両方を知っているリィナや、事務局のみんなもいる。

 

 全部を自分たちだけで作る必要はない。

 ここにあるものは使えばいい。

 ここにないものは、外から持ってくればいい。

 買うための金がないなら、信用を借りる。

 その代わり、どうやって返すのかをちゃんと決める。

 今まで必要がなかったから、なかった。

 必要になったなら、これから作ればいい。

 

「結局、私が最初にやることは?」

 

 最後に確認すると、クラウスさんは今日使った大量の紙を一度見てから、少しだけ笑った。

 

「ここまで色々話しましたが、ライラさんにお願いすることだけなら簡単です。我々が人と物を連れて戻ってきた時に、その人たちが困らず生活できる場所を作っておいてください」

 

「かなり簡単になったね」

 

「最終的には、ですが」

 

「分かった。それならできる」

 

 会議が終わったあと、私は一人で外へ出た。

 少し歩けば、先日みんなで決めた場所に打ち込んだ杭が、あの時と変わらず地面から突き出しているのが見える。

 あの時は、ここがいつか誰かを迎える場所になる、ということしか決まっていなかった。

 今は、その誰かを迎える前に、まずここへ来てもらわなければならない人たちがいる。

 建築組の作業音が聞こえる方へ向かって歩いていくと、こちらに気づいた主任が手を止め、ゆっくりと顔を上げた。

 

「主任。最初に造るもの、決まったよ」

 

 私が声を掛けると、主任は何も言わず、続きを聞くように身体ごとこちらへ向き直る。

 その向こうには、まだ建物一つない土地が広がっていた。

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