正門を日中開放するようになって、数日が経った。
最初は少し心配だったけれど、今のところ大きな問題は起きていない。シルヴィアと何度か周辺を調査し、危険そうな場所を避けながら少しずつ行動範囲を広げたおかげで、最近では外で過ごす子たちの姿も珍しくなくなっていた。
今も、門の外ではドードーが二羽、ぽてぽてと草地を歩いている。日当たりのいい場所を見つけたらしく、一羽が座り込むと、もう一羽もその隣に身体を落ち着けた。少し離れたところではモスコプスが草を食んでいて、気が済んだのか、そのままのんびりと寝そべっている。
一方、オヴィラプトルの中には、門の近くを何度も行き来している子もいた。外が気にはなるけれど、あまり遠くまで行くのは落ち着かないらしい。
「……ふふっ、楽しそうだねぇ」
そんな光景を眺めながら、私は正門の内側で床材を取り外していた。
みんなが自由に外へ出られるようになったのは嬉しい。ワイバーンたちは以前より頻繁に空を飛ぶようになったし、採取組も近くの森や岩場へ出かけるようになった。朝から日向ぼっこを楽しんでいる小型の子たちを見るだけでも、門を開けてよかったと思える。
ただし、実際に何日か運用してみると、困ったことも出てきた。
「……やっぱり、ここをどうにかしないとね」
私が見つめていたのは、正門から居住区へ続く広い通路だった。
外へ出た子たちは、当然ながら帰ってくる。そのときに持ち込まれるのが、泥や草、木くずに石ころ、それから時々、正体の分からない汚れだった。
特に採取組が戻ってくると、通路はあっという間に散らかってしまう。カストロイデスたちは木材を運んでくるし、アンキロサウルスの足元には砕けた石がくっついている。大型の子たちが通れば、それらがさらに広い範囲へ散らばってしまうのだ。
先日など、外から戻ってきたワイバーンが通路の近くへ着地し、置いてあった軽い資材をまとめて吹き飛ばしてしまった。幸い怪我をした子はいなかったけれど、さすがにこのままでは危ない。
「……つまり、玄関が必要ってことだよね」
普通の家なら、外から帰ってきたら玄関で靴を脱ぐ。それと同じように、この拠点にも外と居住区の間に、汚れを落としたり荷物を置いたりする場所があればいい。
もっとも、恐竜たちに靴を脱いでもらうわけにはいかないので、そこは少し工夫が必要だった。
私は傍らの板に炭で簡単な図を描き、必要な設備を考えていく。
外門は今までどおり日中開放し、その内側にもう一枚、居住区へ続く門を作る。間には掃除しやすい石床を敷き、泥や汚れを洗い流せるように排水溝を設ける。作業場へ向かう側には資材の仮置き場を用意すれば、採取してきたものを居住区まで運び込む必要もなくなるだろう。
「……うん。これなら、結構よさそう」
ただし、問題は出入りする子たちの大きさだった。
うちにはドードーのような小さな子もいれば、カイザーのように見上げるほど大きな子もいる。その全員に同じ入り口を使わせるのは、どう考えても危険だ。
小型組には専用の通路を作り、採取組は工業区画へ直接行けるようにする。大型組には十分な幅を確保した門を用意して、ワイバーンたちには高所の発着場所を使ってもらえばいい。
内門は感圧板で自動開閉する仕組みにしたいけれど、こちらも身体の大きさによって調整が必要だろう。特に大型の子たちは尻尾が長いので、通り終わる前に閉まらないようにしなければならない。
「……あれ? これ、思ってたより大がかりじゃない?」
最初は玄関をひとつ作るだけのつもりだったのに、いつの間にか拠点の出入り口をまとめて改修する話になってしまっていた。
まあ、増築を繰り返してきた今までと、あまり変わらないのだけれど。
◆
「……よし。まずは、ここからかな」
図面を見直していると、隣から大きな鼻先が伸びてきた。
シルヴィアだった。
さっきまで上空を飛んでいたはずなのに、いつの間にか戻ってきていたらしい。私の手元を覗き込むように首を下げ、興味深そうに図面を眺めている。
「シルヴィアも気になる? 今ね、みんなが出入りしやすいように玄関を作ろうと思ってるんだ」
そう声をかけると、嬉しそうに喉を鳴らしてくれた。
「シルヴィアたちの降りる場所も、もう少し広くするつもりだよ。今のままだと、翼を広げたときに危ないからね」
自分たちの場所の話だと分かったのか、シルヴィアは大きな翼を少し広げてみせた。
その途端、ばさりと風が起こり、足元に置いてあった木片と布が転がっていく。
「あっ、こら!」
慌てて飛ばされたものを押さえ、私はシルヴィアを見上げた。
「そういうところ! そういうところを何とかしたいの!」
すると、シルヴィアは一瞬こちらを見つめてから、気まずそうに顔を逸らした。
「もう……」
思わずため息をついてしまったけれど、本人に悪気はないのだろう。あれだけ大きな翼なのだから、少し動かすだけでも周囲に影響が出てしまう。
「シルヴィアが悪いってわけじゃないんだけどね。だから、安心して降りられる場所をちゃんと作ろうと思ってるの」
鼻先を撫でながら説明すると、シルヴィアはようやくこちらへ顔を戻した。
「その代わり、できたらちゃんと使ってね? その辺に降りちゃ駄目だから」
返ってきたのは、少し不満そうな鼻息だった。
……これは、完成したあとも何度か言い聞かせる必要がありそうだ。
そんなことを考えていると、工房の方から足音が聞こえてきた。
振り返ると、ヘルメットを被った主任が、何本かの杭と木材を抱えて歩いてくるところだった。私のそばまで来ると、いつものように片手を上げ、持ってきた資材を地面へ下ろしてくれる。
「あっ、主任! もしかして、手伝ってくれるの?」
主任は返事の代わりに、もう一度手を上げた。
「ふふっ、ありがとう。ちょうど目印を立てようと思ってたんだ」
さっそく杭を一本手に取り、図面を見ながら内門を作る予定の場所へ置いてみる。ところが、主任はその位置をしばらく見つめたあと、少し離れたところへ目を向けた。
「……ん? そっち?」
示された方を改めて見てみると、確かにその方がよさそうだった。
最初の位置では、採取組が工房へ曲がるときに通路が狭くなってしまう。特にアンキロサウルスのような横幅のある子が通ることを考えれば、もう少し余裕を持たせた方がいい。
「あ、本当だ。こっちの方が広く使えるね」
私が杭の位置を変えると、主任は満足したように片手を上げた。
「……主任って、こんなに頼りになったっけ?」
思わず笑ってしまう。
元々は、面白半分で作ったヘルメットを被せたら妙に似合ってしまい、そこから主任と呼ぶようになっただけだった。それなのに、こうして一緒に作業していると、本当に現場監督みたいに見えるのだから不思議なものだ。
「じゃあ、主任。今日もよろしくお願いします!」
少しふざけて頭を下げると、主任は相変わらずのんびりと片手を上げてくれた。
◆
主任と一緒に作業を進めていると、正門の外も次第に賑やかになってきた。
近くの森ではカストロイデスたちが木材を集め、その少し奥ではマンモスが大きな鼻を使って枝を動かしている。岩場の方からは、ときおり重たい音が響いていた。
目を向けると、アンキロサウルスが棘のついた尻尾を振り、黒っぽい岩を砕いているところだった。岩の表面には鈍い金属光沢があり、砕けた欠片の一部がふっと消えていく。
「あ、ちゃんと採取できてるんだ」
先日の狩りで見た、あの不思議な採取の仕組みだ。
どうやらシルヴィアだけでなく、採取組の子たちも同じように素材を回収できるらしい。まだ詳しい仕組みは分からないけれど、これなら資材を集めるのも随分と楽になるだろう。
それに、面白かったのは採取組だけではなかった。
森の近くで作業している子たちの周囲には、何頭かの肉食恐竜がついていたのだ。
ティラノサウルスが少し離れた場所を歩き、カルカロドントサウルスは森の奥へ視線を向けている。さらに遠くではギガノトサウルスがゆっくりと外周を回り、上空にはワイバーンたちの姿もあった。
「……あれ、もしかして護衛してる?」
私は思わず作業の手を止めた。
もちろん、外へ出るときには危険な場所へ近づかないように伝えていたし、採取組にはできるだけ護衛をつけようとも考えていた。でも、誰が誰についていくかまで細かく指示した覚えはない。
それなのに、みんな自然と役割を分担しているように見えた。
採取している子たちから少し距離を取り、周囲を警戒する戦闘組。そのさらに外側では別の子たちが巡回していて、拠点の中には休んでいる子もいる。
「……すごいなぁ。ちゃんと分かってるんだ」
私が思っていた以上に、みんなは自分たちで考えて動けるのかもしれない。
もちろん、どこまで意識して行動しているのかは分からない。たまたま同じ場所を歩いているだけという可能性もあるけれど、それにしては位置取りがうまかった。
何から何まで私一人で指示しなくても、みんながある程度自分で動いてくれるのなら、これほど助かることはない。
ただし、気になることもあった。
ここ数日、拠点の近くにいる野生生物の様子が少しずつ変わってきているのだ。
初めて周辺を調査したときには、森の奥から大きな鳴き声が聞こえたり、草地に見慣れない巨大な足跡が残っていたりした。けれど、最近はそうした痕跡が以前より少なくなっていた。
「……やっぱり、みんながいるからかな?」
上空をワイバーンが巡回し、地上ではティラノサウルスやカルカロドントサウルスが歩き回っている。そんな場所に、わざわざ近づこうとする野生生物は少ないのかもしれない。
安全になるのはありがたい。小型の子たちを外へ出すときも、少しは安心できるだろう。
けれど、近くの生き物たちがいなくなれば、それだけ周辺の環境も変わっていく。食料を確保する場所についても、今後は拠点から離れたところまで調べる必要が出てくるかもしれなかった。
「……その辺も、ちゃんと見ておかないとね」
私は手元の板に、周辺の野生生物の痕跡が減っていることを書き加えた。
今すぐ何か問題が起きているわけではないけれど、こういう変化は覚えておいた方がいいだろう。
◆
昼が近づく頃、早速、改修の必要性を実感する出来事が起きた。
森の方から戻ってきたカストロイデスたちが、運んできた木材をいつもの通路へ置き始めたのだ。
「ちょっ、待って待って! そこ通路だから!」
慌てて声をかけると、一頭がこちらを振り返った。けれど、その間にも別の子が木材を運んできて、通路の端に積み上げようとしている。
「ああもう、だからそこじゃなくて……!」
私は急いで仮置き場にする予定の場所へ走り、杭を立てて範囲を示した。
「木材はこっちね。ここならいっぱい置いても大丈夫だから」
カストロイデスたちはしばらく私と杭を交互に見ていたけれど、やがて一頭が方向を変え、指定した場所へ木材を運んでいった。
「あっ、そうそう! そこそこ!」
嬉しくなって声を上げると、後から来た子たちも同じ場所へ向かい始めた。どうやら、ひとまず分かってくれたらしい。
「ふぅ……よかったぁ」
安心したのも束の間、今度は小型組の方から鳴き声が聞こえてきた。
振り返ると、一羽のドードーが、大型組用に広げていた通路へ入り込もうとしているところだった。
「あっ、こら! そっちは駄目!」
急いで駆け寄り、ひょいと抱き上げる。
ドードーは何が起きたのか分かっていないらしく、私の腕の中で不思議そうに首を傾げていた。
「もう……ここは大きい子たちが通るところにするんだからね?」
そう言い聞かせながら、小型組用に作っている出入り口へ連れていく。
こちらはすぐ近くの日当たりのいい草地に繋がっていて、大型の子たちが通る道とは少し離してある。低い柵をつければ、うっかり危ない場所へ入り込むことも減るはずだ。
ドードーを下ろすと、その子は何事もなかったように草をつつき始めた。
「……ほんと、危なっかしいなぁ」
思わず苦笑してしまう。
こういう子がいるのだから、やっぱり通路はきちんと分けなければならない。大型の子が悪いわけでも、小型の子が悪いわけでもなく、単純に身体の大きさが違いすぎるのだ。
私は作りかけの柵をもう少し伸ばそうと考え、資材を取りに振り返った。
すると、いつの間にか主任が隣に立っていた。その手には、ちょうどよさそうな長さの杭が何本も握られている。
「……主任、もしかして持ってきてくれたの?」
主任は何も言わず、いつものように片手を上げた。
「……あはは。ほんと、助かるなぁ」
私はありがたく杭を受け取り、主任と一緒に柵の位置を調整し始めた。
◆
結局、その日はほとんど一日中、正門の周辺を行ったり来たりしていた。
外門の内側には石床を敷き、泥や汚れを落とせるように排水溝を作る。採取組用の仮置き場も、工業区画へ繋がる位置に確保した。
内門についてはまだ仮設の段階だけれど、感圧板を置く場所や開閉の仕組みはおおよそ決まった。大型の子が通る門は特に頑丈に作る必要があるし、閉まるタイミングを間違えれば尻尾を挟んでしまうかもしれないので、完成後も十分に試すつもりだった。
小型組用の通路には低い柵を設け、採取組と大型組の通る道も分け始めている。ワイバーンたちの高所の発着場所については、もう少し広げる必要がありそうだけれど、地上の通路とは離れた場所に着地できるようにしたい。
「……うん。これで、だいぶよくなったかな」
まだ完成とは言えないものの、朝と比べれば随分と使いやすくなった。何より、実際にみんなが出入りする様子を見ながら作っているので、どこを広げればいいのか、何が邪魔になるのかも分かりやすかった。
しばらくすると、外へ出ていた子たちが少しずつ戻ってきた。
カストロイデスたちは仮置き場へ木材を運び、アンキロサウルスは岩場の方からゆっくりと歩いてくる。泥のついた足が石床を踏むと、細かな土がぱらぱらと落ちた。
「……ああ、やっぱりここ必要だね」
実際に使ってもらうと、改めてそう思う。
その後ろからは、護衛についていたらしいティラノサウルスも戻ってきた。大きな身体が通路を通り抜けていく様子を見ながら、門の幅や曲がり角に問題がないか確認しておく。
小型の子たちは、それぞれ好きなタイミングで寝床へ戻り始めていた。朝から日向ぼっこをしていたドードーも、今度はちゃんと小型組の通路を通っている。
「ふふっ、そうそう。そっちだよ」
声をかけると、ドードーは短く鳴いて、そのまま寝床の方へ歩いていった。
どうやら、こちらも少しずつ覚えてくれそうだった。
夕方になると、上空を飛んでいたワイバーンたちも高所へ戻ってきた。大きな翼が動くたびに風が起こるけれど、地上の通路から離れた場所へ降りてくれるおかげで、朝のように資材が飛ばされることはなかった。
……ただし、一頭を除いて。
「……シルヴィア?」
名前を呼ぶと、私のすぐ近くへ降りようとしていたシルヴィアが、ぴたりと動きを止めた。
「そこじゃないでしょ?」
そう言いながら高所の発着場所を指さすと、シルヴィアは少し不満そうに首を傾げた。
「駄目。まだ作業中なんだから、ここに降りたら危ないの」
今度は小さく鼻を鳴らし、しばらく私の方を見つめている。どうやら、納得していないらしい。
「……あとでそっちに行って、いっぱい撫でてあげるから」
そう付け加えると、シルヴィアは少し考えるような素振りを見せてから、ようやく翼を広げて飛び立った。
「もう、ほんとに……」
思わず笑ってしまう。あの子に悪気はないのだろうけれど、こういうところは少しずつ覚えてもらうしかなさそうだった。
◆
日が傾き始めた頃、私はようやく作業を切り上げることにした。
まだ完成していない場所は多いし、感圧板の調整もこれからだ。大型組用の門は補強が必要だし、泥落としの水場も、もう少し使いやすくしたい。
それでも、今日一日でずいぶん形になったと思う。
私は道具を片づけながら、改めて正門の方へ目を向けた。
外では、まだ何頭かの子たちがのんびりと過ごしている。草地で休んでいる子もいれば、森の近くを歩いている子もいる。採取を終えた子たちは資材を運び、護衛についていた子たちも、それぞれの場所へ戻り始めていた。
もちろん、全員が外へ出ているわけではない。居住区の中には、朝からずっと寝ている子もいるし、餌場の近くでのんびりしている子もいる。外へ出るのが好きな子もいれば、自分の寝床で過ごす方が好きな子もいるのだ。
せっかく広い場所があるのだから、みんなが好きなように過ごせる方がいい。そのために必要なのが、安全に出入りできる通路や、汚れを落とす場所、採取したものを置く場所なのだと、今日一日でよく分かった。
「……まだまだ、やることいっぱいだなぁ」
思わず苦笑してしまったけれど、不思議と嫌な気分ではなかった。
最初は立派なお城を作るつもりだった拠点も、気づけばみんなが暮らしやすいように増築を繰り返し、随分と不格好な形になっている。
そして今度は、その外側にまで手を加えようとしているのだ。
「……まあ、いっか。みんなが暮らしやすいなら、それで」
そう呟いたところで、正門の方から低い鳴き声が聞こえた。
振り返ると、カイザーがいつもの場所で伏せたまま、こちらを見ていた。
「カイザーも、今日一日ありがとね」
声をかけると、大きな頭が少しだけ動いた。
カイザーは今日もほとんど正門から動かなかった。外へ出ようと思えばいつでも出られるはずなのに、どうやらここが気に入っているらしい。その姿を眺めていると、なんだか安心してしまう。
外へ出た子たちが戻ってきて、家の中にいた子たちはそれぞれの場所で過ごしている。工房では主任が道具を片づけ、高所からはシルヴィアのごろごろという喉の音が聞こえてきた。
朝から賑やかだった拠点も、少しずつ夕方の落ち着きを取り戻し始めている。
私は使い終わった道具を抱え直し、もう一度、開かれた正門を眺めた。
数日前までは、外へ出ることにも少し緊張していた。けれど今は、みんなが当たり前のように外へ出て、当たり前のように帰ってきている。
もちろん、まだ自由に行ける場所は限られているし、この島についても分からないことばかりだ。だからこそ、これから少しずつ調べて、安全に過ごせる場所を増やしていけばいい。
それに合わせて、通路を作り、門を直し、必要なら新しい建物だって増やせばいいのだ。
「……うん。明日も頑張ろう」
小さく頷き、私は工房へと歩き出した。
背後では、外から戻ってきた子たちの足音が、途切れることなく続いていた。
まだ名前のない私たちの家は、こうして少しずつ、その外側の世界へと広がり始めていた。