この乙女ゲームの攻略情報は、妹だけが知っている〜主人公の師匠ポジになってしまった兄より〜 作:ゲスト047562
これが2度目の人生と知った時、皆はどんな反応をするだろうか。
新たな道を歩ける? 素晴らしいことだと思う。世界を楽しめる感性は大事にすべきだ、心から祝福しよう。
だが俺はそうじゃない。2度目の人生なんか欲しくなかった。
何故なら、人生とは苦しみの方が遥かに多いからだ。
仕事、人間関係、老い、政治、生活、etc……数え上げたらキリがねえよ。
1歩進む度に細くなっていく道。後ろを振り返る間に、目の前が暗く何もかも消えている世界。『ああ、失敗したな』と分かっていても、引き返す事の出来ない長い永い道のり。
分かるだろ? 大人になると、ふとした時に何度も痛感する。人生こそ最も過酷で疲れる生き地獄だと。
9割の苦しみと1割の快楽の為に、もう一度人生をやり直せるか? 俺は無理だね、即座にNOと断る。それくらいには、人生というものに辟易していたんだ。
だから、この世界に来た時には絶望したよ。1度きりの人生だからこそ割り切れる部分もあったんだ。また同じ絶望を繰り返すのか、と。
……だが。そんなものはまだ軽いものだった。
俺がここに来て、本当に絶望したのは──。
『おにい!』
俺は、普通の人間だった。
家族全員を養えるそれなりに裕福な家庭に生まれ、普通に恋をして、普通に仕事して……普通の愛を知る、普通にありふれた男。
そんな普通の人生でも、大切な人との別れは特にクるものがあった。
友人、親戚、家族。歳を重ねれば重ねる程に、近しい者は去ってしまう。その度に、自分の心がヒビ割れていくのを感じていた。
どれだけ煙草をふかしても、女を抱いても、
俺は、そんな苦痛を妹に
『……うそ。お、おにい?』
だからあの時。俺の魂が、彼女を前世の妹だと認識した時。
思ってしまった。
ああ、まだこの地獄は続くのか。
そこにあったのは、家族愛なんてものじゃない。
遺してしまった者に対する罪悪感。また長く辛い道を走り続けなければならない恐怖。
何より、そんな自分に対する嫌悪感。それらをない混ぜにした絶望。
『? どしたのおにい』
『……』
再会してしまったあの日、俺は壊れてしまったんだろう。
少しでもふざけた態度でいないと、心が死んでしまう。妹が視界に入る度、心臓が掻きむしりたい程痛くなる。
誰もいなくなった家の中でも、腹がグルグル廻り続けて、気持ち悪い感覚が収まらないんだ。
『エ゛エッ……!!』
頼むよ。誰か教えてくれ。
後何度朝日を数えたら、この地獄から解放される?
後何度夜を迎えたら、俺の世界は救われる?
後何度呼吸をすれば、呼吸は止まってくれる?
後何度吐き出せば、心の膿は無くなる?
後何度、後何度、後何度……。
後何度、
死を望み苦悩する自分と、命を尊さを知るが故に自己を護り続ける自分がいるという自己矛盾。
そして、いつしか心の何処かで燻っていた言葉。
『
胃の中身が胃酸まで吐き尽くして、鏡に映るゾンビの様な顔をした俺が見つめ返してきた時。
『……ははっ?』
俺は、自分が吐いた言葉の意味が分からなくなっていた。
◇◆◇◆◇
『? 何ヲ笑ウコトガアル』
「あ? あー、俺今笑ってた?」
血紅御前の言葉で、我に返る。
本当に最悪だ。自分の感情を言語化するなんて、どういう拷問だよ。
奴は俺を不思議そうに見つめ、攻撃してくる気配が無い。
その厚意に甘え、煙草に火を付ける。
『……オカシナ男ダ。死ヲ望ムト口ニシナガラ、マルデ死ヌ様子ハナイ。妖力マデ宿シテイルニモ関ワラズ、ソノ剣ハ強ク澄ミ切ッテイル。何ナノダ貴様。一体、何ガシタイノダ』
「何がしたい、ねぇ……」
溜息と共に浮かぶ煙を見つめる。
全く、どいつもこいつも……俺に何か高尚な理由を求めてきやがって。
薫る煙に浮かぶのは、いつだってたった1人。
『おにい、今暇だからまた手伝ってヨ』
『俺の意見は?』
……本当に困った妹だ。おかげで色々と苦労する羽目になっちまった。なあ? 結。
『おにい! まだそこのイベスト進めないで! ウチ見てない!』
『ぁあ!? おまっ揺らすな! 操作が!』
なあ、結。俺達の仲が悪かったら、きっとこんな風に思い悩む事も無かったんだろうな。
だがお前がいなかったら、俺は誰かを守る道なんて……警察なんて仕事は選ばなかったよ。
『おにい……おにいは、ウチを置いてかないよね?』
『……』
なあ、結。人はいつか死ぬ。誰だって、いつか別れる時が来るんだ。
だから、そんな事言わないでくれ。お前はもう、1人でも立派にやっていけるじゃないか。
「……ハッ。決まってんだろ」
なあ、結。
『どしたの? おにい』
幸せになってくれ。
「俺は、
俺なんかの事を忘れちまうくらい、幸せにされちまえ。
「生憎俺は、
沢山の愛に包まれて、孫に囲まれて老衰で死にやがれ。
この乙女ゲームの攻略情報は、妹だけが知っている。それで良いんだ。
自分が愛した世界で、自分の愛する沢山の推しに囲まれる。彼女にとって、それ以上に幸せな事があるだろうか。
そんな圧倒的ハッピーエンドを迎えて、そして……俺が消えても、彼女の心の傷を塞いでくれる奴が必ず現れてくれる。
そんな世界にするから。だから。
「
原作改変? 介入した結果? 闇堕ちIFルート?
どうでも良い。クソ喰らえだ。
俺にとっては全部同じだ。結果的に結が幸せであればそれで良い。他の連中など知ったことか。
「……まあ、そのついでに困ってる弟子の手助けくらいはしてやるさ。一応、師匠なもんで」
『……ア。アハハ!』
俺の答えに、血紅御前が笑いだす。
その笑いには、先程までは無かった感情が乗っている。
『ソウカソウカ! ソレガ貴様ノ核カ!』
まるで新しい玩具を貰った子供の様な、無邪気な声音。
無機質だった時と比べて、遥かに人間味が増したな。その変化に比例して、奴の全身から妖力が噴き上がる。
『ソノ心意気、シカト受ケ取ッタ。今マデノ非礼ハ詫ビヨウ。故ニ此レヨリ、全霊デ貴様ヲ殺ス』
「ハッ! そうかい」
全力ねえ。俺からしたら、
とはいえ、俺も久々に
相手が発する熱に充てられた……いや、それだけじゃない。
「お前のそういう所が好きなんだよな、俺」
『……エ? ナ、──』
……なあ、結。お前のせいだぞ。
1度終えた筈の痛みを耐えてまで、俺がここに立ってるのは。
粉々になって灰と化した、なけなしのプライド。それを再び握りしめたくなるのは。
「お前の流儀に倣って、俺も名乗らせてくれ」
化け物みたいな連中しかいない世界でも、俺が俺でいられるのは。
全部全部、お前の
妹とのかつての後悔が、日々の積み重ねが、抜け殻だった魂に火を灯す。
灼熱の魂が、俺の血肉の細胞まで焼き焦がさんと燃え上がる。
「俺は唯の加護無し。凡人の成れの果て」
そう。それが俺。
自分が笑って死ぬ為に、妹以外の全てを捨てる。そうしなければ笑えない、愚かな凡人だ。
これは、そんな大馬鹿野郎が、
「俺のささやかな願いの為に、お前を殺す」
どうか。どうか。
妹よ。この馬鹿な珍道中を、笑ってくれ。
「代陀羅団。推して参る」
主人公の師匠ポジになってしまった兄より。