この乙女ゲームの攻略情報は、妹だけが知っている〜主人公の師匠ポジになってしまった兄より〜 作:ゲスト047562
(嗚呼、何と遠い……)
「あは、あははは!」
幾百年生き続けた血紅御前の玉体が、かつてないほど脈動する。
肉体の一部となるまで握り続けた薙刀が、光に照らされ嬉しそうに煌めく。身を守る為に着け終ぞ役目を果たす事の無かった具足が、今こそ主を守り抜く時だと音を鳴らして主張する。
己が全存在を尽くして相対するは、凡鉄の剣を構える、四半世紀も生きていないであろう、平凡な容姿の青年、代陀羅団。
「
薙刀が妖力を纏い、虎を形作る。自身の影が代陀羅に向かって伸び、彼女の分身が何体も現れる。
「いけっ!!」
妖力で強化した、幾多の自分による波状攻撃。妖憑きとなっても使われる機会が無かった、血紅御前の奥の手。
彼女自身、初めて解き放つ本気。常人どころか、歴戦の加護持ち達でさえ、ものの数秒で細切れに出来ると確信する攻撃。
「
そんな圧倒的な暴力の中心で、静かに、しかし確かに声が聞こえた。
分身の1体が吹き飛ぶ。腹部を中心に
代陀羅が跳ぶ。予備動作が殆ど無く、重力に逆らって浮き上がった様に見える優雅さで、思わず見惚れてしまう。
「
空中を歩く仕草で、分身の頭が縦に割れる。
薙刀で防御姿勢を取っていたにも拘らず、彼の足はまるで薙刀をすり抜けるかの様に、頭だけを破壊していた。
背筋が粟立つ。生身を捨てる前でさえ味わう事の無かった戦慄と快感が、血紅御前を襲う。
(これ程までに……これ程までに遠いのか!)
地面に降り立つ瞬間を狙って、残った分身達が薙刀を振るう。虎に形を変えた穂先が、大地ごと彼を喰い千切らんと口を開ける。
「白虎の陣」
その瞬間、彼の背後の光輪が光った。
空中に踏み台が作られ、代陀羅が踏み台を蹴り、銀色の閃光が分身達の間を稲妻の如く駆け抜ける。
「
剣を納める音を皮切りに、分身達の首が飛ぶ。
傷口の断面から妖力が噴水の如く噴き出し、血紅御前の姿を隠した。
(某も初めて出した妖技に簡単に反応するとは……本当に
全身を包む興奮とは裏腹に、思考は冷徹に敵を殺す術を模索する。
通用しない事は策の上。大事なのは、敵の意識を散らす事。
首を切っても動くかもしれない分身。妖力の霧で狭まった視界。光輪を出し続け、消耗し続ける妖力と集中力。
闇に身を隠し、殺せる機会を窺う。
そして、分身の形を敢えて崩した。
(……ここっ!!)
意識が一瞬でも分身に向いた彼の背後を取り、完全に死角を取った位置から薙刀による刺突。
同時に、崩れた分身が太刀へ変貌し、そのまま代陀羅の上半身を分かつ斬撃を振るう。
「
前後の強襲。どちらを避けても逃げ場無しの必殺技。
なのに、その必殺技が決まる気配が全くしない。血紅御前はそれが怖ろしく、そして楽しくて笑みが溢れる。
(さあどうする! この状況をどう打開する!? 見せてみろ!)
「青龍の陣」
置き去りになっていく視界の中で、代陀羅だけが取り残された様にスローモーションに映る。
彼は静かに居合の構えを取り、太刀に対処しようとしているかに見えた。
「
直後、薙刀の先端が爆発したかの様に弾け、体勢を崩される。
「!?」
いつ抜いたのか定かではない鞘が宙を舞い、目の前には剣が突き込まれていた。
「……! あはは、冗談だろう!?」
妖技の制御用に取っていた思考のリソースを、全て目の前の攻撃を防ぐ為に使う。
薙刀を回して剣を逸らす。手が痺れる程の攻撃をいなして間も無く、拳が叩き込まれた。
「くっ……!」
強烈無比な一撃。足が止まった瞬間を逃さず二の拳が腹部にめり込み、身体が僅かに浮く。
飛びそうになる意識を押し留め、柄で押し返す。ゼロ距離での戦闘は不利と判断して下がろうとするが、その出足を読まれ下がらせてもらえない。
応戦しようにも、武器を振ればその威力が殺される。ならばと無手の領域になれば、拳の使い方も分からぬままに案山子同然にボコボコにされる。
思考の外から、知らない打撃と感じた事のない痛みが彼女を襲う。
(強過ぎる! 某が
驚嘆すべきは、彼にとって血紅御前は
彼が打つ度、彼に打たれる度、その攻撃にある筈の重さが若干足りない。
本来なら即死させるレベルの威力を敢えて抑えているのは、他ならぬ彼自身がそれを望んでいるからなのだろうか。
文字通り手も足も出せない状況の中で為される屈辱に、されど彼女は笑う。
(これが塵気術! これが、完成された
いつ頃の話なのかも覚えていない、誰かが抜かした戯言。
『人によって受け継がれ、いつか神を護る術となる』
故に護神。そんな世迷言など、覚える価値も無しと文字通りに一蹴した。
その技術が今、この瞬間に結実し、産声を上げている。塵気術と名を変えて、自分という強敵の血を吸い輝きを増していく。
そうして受け継がれてきた技術が、更に錬磨されていくのを肌で感じ、血紅御前は嬉しくて彼の心意気に応えたくなってしまう。
(欲しい)
かつて、肉体という殻を捨てて取り込んだ
(欲しい)
かつての
(欲しい!)
そして、何よりも自分が。この眩く美しい星を手にしたいと、心が躍っている。
「しっ!」
「はああああああっっ!!」
凡庸な青年から織りなされる、非凡な技術の集大成。
傍目には、身体を少しだけ動かしているだけにしか見えない。
だがそれが何と難しく、美しいことか。
(成程、妖力を淀み無く肉体強化に回している。あの光輪は妖技に反応しているな。短筒を使わなくなった、抜く手間も惜しそうだ。痛い、身体の奥深くまで浸透していく。動きが読まれている、なら無理にでも押し通す!)
一手やり取りするごとに、彼への理解が深まっていく。
身体の動きを見切り、拳を受け止め、脚を誘い込む。動きが読めないならば薙刀で牽制し、わざと攻撃を受けて力づくで反撃する。
まるで綱引きの如く、主導権を握り合う戦い。その中で見えてくる代陀羅団という男は。
(……
どこまでも、凡人だった。
だが、言葉通りの意味などでは決してない。
誰にも分からない程小さな努力の積み重ね。それを愚直に積み上げてきたという自負。
そこには、急激な覚醒や閃きによる成長など無い。誰もが投げ出したくなる様な、本当に気の遠くなる程地道な反復の
どこまでも美しく気高い、妖魔の入り込む隙間など無い人の頂。
その精神に、神性を感じてしまった。
「わが銀は虹にもまして美しき」
だからだろうか。自然と謳われたのは、在りし日の祝詞。
失われ零落した神性が、彼という神性に触れて回帰していく。
「いなづまとこそ 似むと願ひむ」
既に準備は出来ている。あちこちに散らばった妖力を神力へと変換し、この地に陣を刻む。
「さあ受けてみよ我が超神技!
銀色の液体が止めどなく溢れ出す。それは何体もの銀色の虎に姿を変え、雪崩の如く代陀羅に襲いかかる。
大量の虎が視界を埋め尽くし、積み重なる。
やがて地響きが収まると、銀の氷山が出来上がっていた。
その氷山が、虹色に輝き縦に割れた。
「おお……!」
ドロドロに溶けてゆく銀の中から、代陀羅が現れる。目や口から血が流れてはいるが、その足取りはしっかりと地を踏んでいる。
「……うん、良し」
何かを決意した顔で、彼は剣を構え直す。
今までとはまた違う構え、これまでとは込められる妖力の質が違う。それを見て、血紅御前もまた覚悟を決めて薙刀を向ける。
(……そうか。終わりにするんだな、この戦いを)
殺意は雄弁に語り合う。
これまでの事、これからの事、そして自分が
「塵気術、玄武の陣」
「
彼の遥か遠くを見つめる眼差しに、胸がズクンと痛む。
だが、そこに退屈や侮蔑が無い事は、彼女が1番理解していた。
(楽しかったな)
そう思って笑いかけると、彼もまた笑みを返してくれる。
今の血紅御前にとっては、それだけで良かった。
それだけが、彼らを繋ぐ唯一の──。
「
「
斬、と。自分の攻撃に完璧に合わされたカウンター。
鉄を断ち、骨肉を喰んで
彼女が見てきた世界で、最も綺麗な流星だった。
(……某が妖魔として生き永らえた意味を、やっと見つけたよ)
自分の肉体が崩壊していくのを感じながら、彼女は最後の力を振り絞る。
「……代陀羅団」
「……何だ?」
「某の事、忘れてくれるなよ」
「! ははっ、そうそう忘れるインパクトじゃねえよ、お前は」
「あはは、そうかそうか」
(いんぱくととやらは分からぬが……まあ良いだろう)
彼の言葉に満足し、残りの力を手に乗せて代陀羅に贈る。
そして最後に、若干の優越感と少しの嫉妬を込めて今代の神託の巫女を見やる。
血紅御前の視線に気付いた彼女は、今にも射殺さんばかりにこちらを睨んでくる。心が折れた様子はまるで無い。
それが嬉しくもあり、羨ましくもある。だが、それをぶつける時間は残されていなかった。
(好きと言ってくれた。某が捨てた人の可能性を見せてくれた。何より、某を倒してくれた。何と楽しく、素晴らしい時間だったろうか)
「……
最後の願いと共に、彼女は幽世へと吸い込まれていった。