黙視の佐天は今日も線を視る。 作:寿限無
―――ここはどこだ
真っ黒な塊目の前で髑髏を巻いている。私はそれに触れなくてはいけない気がしておそるおそる手をかざす。
そこから風が吹いた。人を巻き上げ吹き飛ばす風。まるで私を拒むように突き刺す風の剣。その先には二人の人がいた。
―――教えてやる。これが、モノを殺すっていうことだ
―――生きているのなら、神様だって殺してみせる
先人達の教え、偉業、それはとても大いなるものだ。彼、彼女達の残した戦闘記憶、思念、そして死に対する理解が私の中にインストールされていく。
だが彼らと私では決定的に思想が異なる。
浄眼という特殊な眼を持っていた少年
両儀式という「」に繋がった第三人格があったからこそ視ることのできた女性
彼ら、いや私達にはともに一度死を迎え蘇ったという特殊な経歴をもっていながらもまったく違う。彼らはともに主人公だった。世界の中心とは言わないがたった一つの小さな物語が彼らの周りで回り続けた。
一歩間違えたば死んでいただろう。一歩間違えば自分を殺していただろう。それでも彼らはその運命を自ら手繰り寄せ道を切り開いた。
―――私には不可能だ
私にはできない。私は彼らではない。私は…ただの登場人物にも記されない凡キャラだ。
だがそんなことは関係ないと言わんばかりに流れ込む記憶は止まらない。止められない。
ハードもソフトもまったく構成が違うものが一つの小さなHDDに入るわけがないのだ。
「―――うぷっ」
汗で張り付いたパジャマ、頬に張り付いた長たらしい黒髪、震える手、そしてのし上がってくる吐き気。なにより眼を覆い隠す赤色の包帯が煩わしい。
だがこれを取るわけにはいかない。最悪志貴のように短い命をすり減らしてしまうかもしれない。これを取るということはそういうことなのだ。私は掻き毟りたくなるような衝動を抑え、なんとか吐き気を止める。
今、私の中にある逆流しようとする記憶とそれに結びついた私の魂。記憶なぞ捨てたいとことだが捨ててしまえば魂ごと引っ張られきっと私は死んでしまうだろう。もう二度とあの場所に落ちるのはごめんだ。なにもない真っ暗な空間なんてとてもじゃないが耐え切れない。
「……ん、ふぅ」
気持ちが落ち着く。ドロドロに溶けたかのような体の輪郭が段々と定まっていく。そして冷静になりふと私はどこにいるのかと当たりを見渡し始める。
タンス、ベット、申し訳程度に置かれた女性物の置物。いつもの風景。
―――あぁ、そうか。私は帰ってきたんだ。
ぐちゃぐちゃになった記憶を手繰りよせパズルのピースのように端々を組み合わせる。
御坂さん達と別れて自分の部屋に戻り初春から渡された学校のプリントを見ていた。見ているだけでやる気が少しもでなくて放置してシャワーを浴び、今日は妙に疲れたので早く寝たんだ。
時計をみればAM:6:30
登校時間を考えればあと三十分しか寝れない。だがこの三十分は私にとっての至高の時間になるだろう。だが正直もう一度寝てあの流動に巻き込まれるのもごめんだ。二人には悪いが名の通りまさしく
だが…もう一度寝よう。正直私は今の三十分を逃すのが惜しい。おやすみ、時計…good bye。
笑顔、それは人の恐怖を煽るための行為であり決して怒りながら出してはいいものではない。なぜ私がこんなことを言うかというと目の前にまさに怒りながら笑顔を浮かべた初春が玄関前で立っているからである。
怒らせる要因はいくつも浮かぶがここまで怒るものはない。とりあへず謝ってはいるが自分のなにが悪いのかわからなければその謝罪も薄いものでしかなく結果余計に相手を怒らせてしまった。怒髪天を衝く、その言葉の意味をやっと理解できた初春に感謝すべきかはたまたそんな自分の不幸を嘆くべきか。
「佐天さ~ん?私が何故怒っているかまだワカリマセンカー…?」
「い…イエス、マム」
思わず使った言葉が裏目に出たのかますます笑顔に影ができ、余計に恐怖心を煽る表情になっていく。そう鬼に金棒どころか現代兵器フル装備一式をもたせたような、そんな状態で原始時代の装備の桃太郎を挑ませるみたいな、マシンガンで一掃の上に支援砲撃をくらったみたいな。
「そうですかーそうですかー」
「あー…えっと初春さん?」
「今、何時でぇすかぁ?」
「えっ?」
その言葉に時計をみるデジタル時計には7の文字が表示されておりピッタリ三十分寝ただけだ。しかしよく見れば7の隣の文字はPMと表示されている。
「なんだ…7時じゃ……PM:7:00」
「佐天さん昨日言っていましたよね?今日は私と一緒に行くって」
初春の後ろに阿修羅が現れて今の私は阿修羅すら凌駕する存在だ!と言わんばかりに出しゃばっている。阿修羅が阿修羅を凌駕とはこれやいかに・
結局一緒に登校しなかったことに対して怒っているのか、そんな小さなことに怒れるものなのか。そこでふと遠野志貴の記憶の中のとある少女を思い出す。
遠野志貴がカレー先輩と読んでいた埋葬機関の異端審問官シエル。彼女もアルクェイドと歩いていただけの遠野志貴に対して殺意ある黒鍵を投げていた。何故投げていたかわからないがきっとシエルと一緒に学校に行く約束を破りアルクェイドとデートしていたからだろう。
つまり初春も同じ状況なのだ。まて私は初春に黒鍵を投げられるのか!?
「フフフ、思い出したみたいですねェ」
「be cool.be coolだよ初春」
「おっと手が滑りました」
シュッと頬を掠るバラの花。棘は取ってあることからこれが初春の優しさが垣間見れるのだがそんなことを言っている場合ではない。あと擦れた頬が少し熱い。
「初春様ぁー!どうか!なにとぞ!おゆるしくださいませ!!」
「はぁ…もういいです。明日は佐天さんを起こしにきますので忘れないようにしてください」
そう言って魔王は去っていった。
「あぁ、初春を怒らせたら怖い」
私は心の底からそう思った。