黙視の佐天は今日も線を視る。 作:寿限無
私の日常は結局あまり変わらないはず。例え直死の眼、直死の魔眼を持っていたとしても根本的にはこの世界には魔術は存在しないはずなのだ。
彼らの過ごす非日常は魔術やあちら側の超能力者がいたからこそ成り立ったものであり、その運命に巻き込まれたからこそ彼らは落ちたのだ。
だが、私にもそんな非日常の力が宿っていたせいなのだろう。私の日常はこちら側の存在のせいで容易く壊れた。
私が感じ取った異変。人を拒む空気。自然と周囲一帯には人が存在せずここだけが世界から切り離された異空間かのように思えた。そして目の前に立つ頬にバーコードをつけた神父服の男。神父服を着ているが全体的に見れば彼は不良といった雰囲気だろう。
「君は、いったい何者なのかな?」
そんな男が私に声をかける。口に咥えたタバコが一瞬で燃え尽きたところを見ると炎系の能力者なのだろう。彼はこちらを見て面倒そうに頭を掻く。
「どちらにせよ今日のことは忘れてもらうよ…ちょうどあの子のための道具があるからね。あぁ何を言ってるかわからないっていう顔をしてるけどどうせ今日のことを忘れるんだ。どちらにせよ知っても知らなくても変わらないだろう?」
次の瞬間、目の前の男は蜃気楼のように消え私の前に姿を現し頭を掴もうとする。男にとっての作業は私にとっての危険だ。そして次の瞬間…
―――触るな
間一髪でそれを避ける。しかし男はそのまま私の包帯を掴み、解けた。
線、線、線、線、線、線、死、死、死、死、死、死、死死死死死死死死
プツン、と頭の中のスイッチが変わり私は男に顎に蹴りを入れる。空中を突き抜けるように体を捻じ曲げ…跳んだ。地上から7mおおよそただの人間には出せない跳躍を出し、顎を突き刺す。当然男は吹き飛び辛うじて意識を失ってはいないものの意識は混濁し立つことさえ暫くは困難だろう。
かつて遠野志貴が無意識にはなった蹴りであり、七夜家に伝わる体術の未完成版、本来の名を『閃走・六魚』遠野志貴はこれを自分でもよくわからない蹴りと呼んでいたもの。
「う、あ…ァ」
ブチブチと筋肉繊維が引きちぎれる音が聞こえる。人体のリミッターを外し遠野志貴の人外じみた動きを真似た影響だろう。私は蹴り上げた後そのまま地面に激突し倒れふした。
だがそれだけでは終わらない。何かが焼かれる音、アスファルトが焼かれたときに出る異臭、それとともに倒れふしたまま見た倒れた男の手から出る炎の剣。
それを真横に勢いよく転がる。あとのことなど考えず痛む足で勢いを付けただ右に転がる。長い髪が目に入りそうになり一瞬目を瞑ってしまう。
「まったく、素人だと思ったらどうやら同業者みたいだね…油断して損したよ」
「あなたこそ随分と回復が早いですね。あと
対象の線は見える、だがそれをなぞる得物が今の俺にはない。バック中身の定規を取り出すにも一旦距離を置くか隠れる場所がなければならない。だがあいにくとここは交差点の中央、どこにも隠れる場所もなければ炎剣を遮る障害物もない。
しかし相手も若干フラフラと体が揺れているところを見ると満足に動けないはず。
だから私は………走った。
「くッ、逃がさないよ!」
私の横を炎でできた灼熱の十字架が通り過ぎていく。これは男が外したのではなく私が外させた。特殊な歩合により男の目には私がブレテ横に移動したかのように見えたはずだ。だが当然その歩法にも伴う筋肉の引きちぎれるブチプチという音。
そしてそのまま離れこの異空間より抜け出す。周りを見ればデパートが建ち、周りには人だかりができている。
「…どうにか抜け出せたみたい?」
拍子抜けするほど簡単に抜け出せたせいか少し気になって周囲を警戒するが特に何もなくただ人が過ぎていくだけだ。そして私は警戒を解き近くのベンチに座って空を見上げる。そして先ほどの蹴りや歩法を思い出す。七夜と呼ばれた人外専門の暗殺集団の末裔、いや滅び死んだ存在の七夜志貴の技。鍛えあげられた体を特殊な歩法や人体のリミッターすら解除して人外を滅ぼすその技を私は鍛えていない体でもって実行した。当然その代償はあったがそこまでのほどではない。たった数本の筋肉繊維が引きちぎれた程度だ。
「いっつッッ!」
落ち着いて暫くたったせいだろう。戦闘状態にあり分泌したアドレナリンの効能が切れ本来の痛みが襲いかかってくる。
訂正、数本の筋肉繊維が引きちぎれた程度だと言ったが数本も筋肉繊維が引きちぎれたに変更。
ベンチで唸る私は周囲からさぞかし不思議に映っただろう。そして私はそのままその人だかりに紛れ姿を消した。