手違いTS転生ウマ娘の運命改変録 〜ウマ娘トレーナーは史実を書き換えたい〜 作:みやび
有馬記念でのアルダンの成績は4着。ジャパンカップからのローテーションを思えば健闘と言える結果だったが、あの日の話し合い以降、ボクとアルダンの間にはどこかぎこちない空気が漂っていた。
ボクの方針に愛想を尽かされたかな。これは契約変更かなと思っていたが、年が明けても契約はそのまま続いていた。
「契約を変えるつもりなんて、毛頭ありませんよ」
アルダン本人も穏やかな笑顔でそう明言してくれている。
だが、何となくぎくしゃくした雰囲気が収まらないのだ。
練習メニューをこなす際、彼女はどことなく無理をして限界を超えようとする。それを察知したボクがすかさず止める。止めれば素直に言うことを聞いてくれるのだが、目を離すとまたどことなく無理な負荷をかけようとする。
何かが根本的に食い違っているのに、それが何なのか分からない。まるで見えない壁を手探りで撫でているような、もどかしく上手くいかない日々が続いていた。
「ということで助けて、生徒会長!」
「知るか。帰れ」
「ひどいっ!」
ボクが藁にもすがる思いで泣きついたのは、トレセン学園の現生徒会長であるシリウスシンボリさんだった。
学年で言えばボクの一つ下の後輩にあたる彼女は、あのへっぽこ皇帝ルドルフの後を渋々継いで生徒会長をやっている。ぶっちゃけた話、対人関係の調整能力においては、ルドルフよりよほど頼りになる傑物だ。
おまけに彼女はラモーヌやアルダンたちメジロ姉妹の従姉にあたるため、親族としての視点からも何かアドバイスがもらえるのではないかと頼りに来たのだが、出だしの反応は氷のように冷たかった。
「シリウスさぁん!! ボクにはもう君しか頼れる人がいないんだよぉ!!」
「うっとおしい! 生徒会室でデカい声を出すな、ちんちくりん!」
「ぐじゅぐじゅ……ぴぇん」
「……はぁ。お前なぁ」
ボクが分かりやすく泣き落としの構えに入ると、シリウスさんは書類から顔を上げ、心底面倒くさそうに深いため息をついた。
口は悪いが、なんだかんだで見捨てずに対応してくれる。本当に優しくてちょろい……いや、面倒見のいい人である。
「で、なんなんだよ。忙しいんだ、手短に話せ」
「アルダンとぎくしゃくしちゃっててさ。どう接していいか分かんないんだ」
「夫婦喧嘩は犬も食わねえよ。他所でやれ」
「夫婦じゃないし!!」
なぜ周りは事あるごとに既成事実化しようとするのか。
「そもそも原因は何なんだよ」
「いや、ボクは絶対に怪我させないっていう方針でやってるんだけど、アルダンは勝ちたいから無理をしたいみたいで。それをボクが無理やり押さえつけてる形になってるから、嫌なら移籍してもいいって有馬の前に話したんだけど……」
「……夫婦喧嘩は犬も食わねえよ」
「だから夫婦じゃないし!!」
なんでそこに戻ったし。ボクの必死のツッコミを華麗にスルーして、シリウスさんは呆れたように鼻で笑った。
「お前なぁ、そもそも大前提がちげえんだよ」
「前提?」
「あのアルダンがお前から離れるわけがねえだろ。あいつがお前みたいなちんちくりんのどこを気に入ってんのか、心底趣味が悪いと思うがな」
「……今、ボクのこと馬鹿にした?」
「ああ、した。大馬鹿野郎だ」
「ぴぇん」
今日のシリウスさんはお口がいつも以上に悪い。
いやお口は前からずっと悪いか。
「いいか。アルダンは絶対に移籍なんかするわけねーだろ。でも、あいつがお前の制止を振り切ってまで無理をしたいってなんで言ってるか、お前本当に分かってないのか?」
「え? レースで勝ちたいから、じゃないの?」
「はぁ……。なんで勝ちたいんだよ。お前との関係を悪くしてまで、自分を壊してまで勝ちにこだわる理由は何だ?」
「……なんでだろ?」
「はぁーっ……こいつ、なんで自分のことになるとここまでアホになるんだろうな」
「また馬鹿にした?」
「した。百回でもしてやる」
「ぴぇん」
アルダンが何を考えているか。
勝利への執着。ボクの指導への反発。いや、違う。シリウスさんの言い方からすると、もっと別のところに根っこがあるということか。
「生徒会長様、どうかこの愚かなボクにヒントプリーズ」
「ヒントもクソもねえ。アルダンのやつはな、お前の唯一になりてえんだよ」
「ボクの唯一……?」
「そうだ。だってお前、最近オグリキャップのクラシック登録に首突っ込んでチョッカイかけたり、ラモーヌやルドルフと裏でコソコソ仲良くしたり、挙句の果てには来年の新入生のスカウトまで受けるとか言う話も出てるだろ。だから本妻が心配して焦ってんだよ」
「だから本妻言うなて。……というか、それヒントじゃなくてほぼ答えじゃん」
「お前は自分のことに関しては度し難いほど馬鹿すぎるから、ここまで直球で言ってやらねえと分かんねえだろ」
他人の不調や、レースの展開なら予知みたいに見通せるくせにな。
そう呟いて、シリウスさんは呆れ半分、諦め半分の顔で肩をすくめた。
「じゃあ、ボクはどうすればいいと思う?」
「分かってるだろ」
「でも、シリウスさんの意見を聞きたい」
「よく話し合うだけだろ。逃げずに向き合え」
「……まあ、そうだよね」
腹を割った話し合いか。
確かに、最近のボクは怪我をさせないという自分の理論を押し付けるばかりで、アルダンの感情や不安を何となくで処理しすぎていたかもしれない。トレーナーと担当ウマ娘の前に、ボクたちはパートナーだったはずなのに。
ちなみに後日、ルドルフから「なぜそういうデリケートな悩みを、私ではなくシリウスに相談するんだ!」と盛大に拗ねられた。
「ルドルフは対人関係や恋愛相談については絶望的にポンコツで全然役に立たないから」と正直に答えたら、余計に拗ねられた。
いや、事実だから仕方ない。シリウスやラモーヌとの関係を拗らせていた件や、オグリちゃんのクラシック登録漏れの件など、ボクは君のやらかしをまだ許していないのだから。
「というか、ボク自身、アルダンとどうなりたいんだろうね」
トレーナー室のデスクで頬杖をつきながら、ボクは一人呟いた。
ぐるぐると一人で考えても答えは出ない。
「……もう、本人に直接相談しちゃお」
「私に相談、ですか?」
「うわっ!?」
いつの間にか背後に立っていたアルダンに、ボクは心臓が止まるかと思った。気配が全くなかった。足音が消えるスキルでも身につけたのだろうか。
「手っ取り早いかと思って、という声が聞こえましたので。何でも相談に乗りますよ、トレーナーさん」
「あ、うん。えーとね……単刀直入に聞くけど、アルダンはボクとどうなりたいの?」
シリウスさんからのアドバイス通り、逃げずに真っ直ぐ向き合うことにした。
すると、アルダンはいつものおっとりとした笑顔のまま、少しも淀むことなく答えた。
「結婚して、子供は10人ぐらい欲しいですね」
「予想以上に重いしぶっ飛んでる!?」
「ふふっ。賑やかな家庭になりそうですよね。もちろん、産んでくれますよね?」
「しかもボクに産めと!?」
どういうことだよ。
ウマ娘同士でも子供ができるという謎の生態系は知っているが、なぜボクが産む側で確定しているのだ。ちんちくりんのボクが十人も産んだら物理的に体が弾け飛んでしまう。
というか、正直に話せばいいってわけじゃないんだよ。話し合いで解決するつもりが、貞操の危機しか感じないわ!
「な、なんでいきなりそんな話になるのさ……」
「ですから、まずはひとまず結婚からですね」
「しないからね! ボクもアルダンもまだ未成年だよ!」
「ぶー」
頬を膨らませるアルダンは無駄に美しくて可愛いが、言っていることは何一つ可愛くない。ヤンデレ一歩手前である。
「じゃあ、結婚がダメならどこからならいいんですか?」
「ううーん……実はボク、恋愛とかそういうのよく分かんないんだよね」
「えっ。そこからでしたか」
アルダンが目を丸くして固まった。
恋愛音痴で悪かったね。前世は恋愛と無縁のおっさんだったし、今世でも勉強とレースしかしてこなかったから色恋沙汰なんて経験値ゼロなんだよ。
「だってさ、そもそも付き合うって何するのよ。具体的に」
「ええと……休日に二人で待ち合わせをして、デートしたり……」
「お出かけやカフェ巡りなら、今の時点でも毎週のようにいつもしてるじゃん」
「た、確かにそうですね。じゃあ、記念日にプレゼントを交換したり……?」
「誕生日とかレースの勝利祝いとかで、もう普通にしてるじゃん」
「……確かに。もしかして私たち、もうすでに付き合ってました?」
「告白したりされたりした記憶は一切ないけど」
二人して顔を見合わせ、同時に首を傾げる。
なんだかんだ言って、アルダンもメジロ家の箱入りお嬢様だ。実際の恋愛の機微など何も分からないのだ。
前世の記憶持ちの恋愛音痴ちんちくりんトレーナーと、発箱入りメジロのお嬢様。
何も分からない者同士の、果てしなく不毛な会話であった。
「……ふふっ。あはははっ」
沈黙の後、先に吹き出したのはアルダンだった。
ボクもつられて笑ってしまう。なんだこの会話。有馬記念からずっと引きずっていたあの深刻な雰囲気や、胃が痛くなるような見えない壁は、一体どこへ消えてしまったのだろう。
「はぁ……おかしいですね。私、どうしてあんなに焦っていたのでしょう」
「アルダン……」
「分かりました。ひとまず、トレーナーさんがきちんと18歳になったら、一緒に婚姻届を書きましょう」
「だから書かないって言ってるでしょ」
「じゃあ、18歳になったら書くかどうかを真剣に相談しましょう。それならいいですよね?」
「……まあ、ただの相談だけならね」
約束を取り付けたアルダンは、憑き物が落ちたような、今日一番の輝くような笑顔を見せた。
ボクの唯一になりたい。その不安を取り除くための言葉としては、あまりにもぶっ飛んでいて不器用すぎるけれど。
こんなバカみたいな冗談を言い合うことで、張り詰めていた関係があっさりと元に戻るのだから、ウマ娘とトレーナーの絆というものは本当によく分からないものである。