手違いTS転生ウマ娘の運命改変録 〜ウマ娘トレーナーは史実を書き換えたい〜 作:みやび
トレセン学園に入学する前の、才能あるウマ娘を事前にスカウトしておく行為。世間一般では青田買い、あるいは青田刈りと呼ばれるような事前交渉は、このウマ娘の業界において決してメジャーな手法ではない。
だが、一部の名家や有力クラブなどでは行われることもある方法ではあった。
そして今日、ボクはそんな面談の席に座っていた。
場所はルドルフが用意してくれたレストランの個室。参加者はボクと、あのシンボリルドルフの担当である岡辺トレーナー。そしてルドルフ本人と、今日顔合わせをする新入生候補の四人である。
「こんにちは! ボク、トウカイテイオーだよ!」
ドアを元気よく開け放ち、弾けるような笑顔で挨拶をしてきた小柄なウマ娘。
その顔を見た瞬間、ボクの脳内に真っ先に浮かんだ感想は一つだった。
ああ、これはボクとは合わないな。
理屈ではない。挨拶の第一声と、その立ち振る舞いを見ただけで直感的に理解してしまった。
前世の知識である史実においては、彼女はあのシンボリルドルフの血を引く産駒だ。ウマ娘として生まれ変わったこの世界に血の繋がりがどこまであるのかは定かではないが、彼女の全身からは確かにルドルフと同じ種類の気配を感じる。
違いを言うなら、ルドルフからあの特有の気取り屋で芝居がかった部分を削り落とし、代わりに子供らしい天真爛漫さを足したような部分だろう。
実力と天性の才能に裏打ちされた、圧倒的で、ある意味では傲慢とも言えるほどの純粋な自信。
それが悪いとは言わない。彼女には、その傲慢さに見合っただけの圧倒的な才能と、それを磨く努力、そして本物の能力が備わっているのは分かっている。
だが、ひねくれ者のボクには、そのあまりにも眩しく真っ直ぐな自信が、どうしても鼻に突いてしまうのだ。
しかし、ボクのそんな内心の引き気味な態度とは裏腹に、なぜか向こうはボクのことをえらく気に入ったようだった。
「ねえねえ、ムラサキさん! ボクのこと、どうかな?」
「実力はあると思うよ。才能も申し分ない。だけど、ボクのチームとは合わないかなぁ」
ボクが容赦なく切り捨てると、テイオーは不満げに頬を膨らませた。
「えーっ、どうして?」
「テイオーさんは、体格が小柄で線が細すぎるんだよ」
「でも、背の高さならムラサキさんよりボクのほうが高いよ?」
「それはボクがさらに小さいだけで、テイオーも一般的なウマ娘の平均よりは小さいだろう? それに、君のあの独特な走り方……あの柔らかいバネで地面を叩きつけるようなストライドじゃ、まるで自分から骨折してくださいと言いながら走っているようなものだよ」
事前に見せてもらった彼女の模擬レースの映像。
あの小柄で華奢な体格でありながら、尋常ではない関節の柔軟性をもって、バネのように地面を強く叩きつけて推進力を生み出す走り。俗にテイオーステップとも呼ばれるあの動きは、スピードを出すという一点においては無敵の効率を誇るかもしれない。
だが、脚への負担という面で見れば欠点だらけの走り方だ。その強烈な反発の衝撃に細い骨が耐え切れなくなった時、確実に骨折という形で悲鳴を上げる。
ボクの得意とする、筋肉を過剰につけて骨をサポートする基礎トレーニングを彼女に施せば、その最大の武器である柔軟性を削り殺すことになる。おまけに体重が重くなれば、あの飛ぶようなステップは自重がありすぎてうまくできないだろう。
彼女の才能を潰さずに勝たせるなら、日々のコンディションをミリ単位で見極めながら、関節に負担のかからないギリギリのラインを攻めるピーキーな調整を適宜行っていくしかない。
それは、安全マージンを最優先するボク向きの育成ではない。限界まで削る調整が得意な、隣に座っている岡辺トレーナーがやった方が絶対にいいはずなのだ。
「岡辺さんが受け持った方が、君の才能はもっと綺麗に伸びるよ。そう思わない?」
「えー、ヤダ。ボクはムラサキさんのほうがいいもん」
「なんでそこまでこだわるんだい?」
折れないテイオーにボクは不思議になって訪ねた。
「だって、ルドルフさんと同じやり方じゃ、ルドルフさんを超えられないでしょ?」
「いや、同じ道を辿って、より洗練された方法でアプローチすれば普通に上回れるでしょ」
彼女のその感覚的な考え方は、合理主義のボクには本気で分からない。
相手を上回りたいなら、相手の取った最適解をさらに改善してぶつけるべきだろうに。なぜわざわざ別の、しかも自分に合っていない遠回りな道を選ぼうとするのか。
ボクは一度姿勢を正し、真っ直ぐにテイオーの目を見た。
「ボクの育成手法は君には合わない。それは間違いない事実だ。それでも、どうしてボクがいいと思ったの?」
「それはね、ルドルフさんがムラサキさんのことをすっごく褒めてたからだよ!」
「……え?」
ボクが横に視線を向けると、当のルドルフは腕を組み、どこか誇らしげな、満面の笑みを浮かべて頷いていた。
こいつ……ボクのいないところで後輩に何を吹き込んでいるんだ。
「この学園で、私の真のライバルだと言えるのはヴィオラだけだ。彼女はそう言っていたよ。だからね、ルドルフさんがそこまで認める人がトレーナーになってるなら、ボクもその人に担当してもらいたいなって思ったの!」
おい、ルドルフ。お前、なんちゅう恐ろしいことを言ってくれてるんだ。
もしその発言を、現生徒会長のシリウスさんや、メジロの至宝であるラモーヌさんが耳にでもしたらどうなるか分かっているのか。嫉妬とプライドが爆発して、血で血を洗う野良レース十本勝負が突発的に開催されるぞ。
最近、URAの仕事とトレーナーとの恋愛にかまけて練習をサボり気味なお前じゃ、今のあいつらを相手にしたら半分ぐらいしか勝てないだろうが。いや、それでも半分勝つこいつがやべーのか。
「……はぁ。岡辺さん」
「何だい?」
「ボクが担えなくなりそうだと判断した時は、素直に岡辺さんに担当を引き継ぐこと。それを約束してくれるなら、考えてもいいですけど」
「ずいぶんと弱気じゃないか、紫の女王様ともあろう者が」
ルドルフが面白そうに茶化してくる。
「向き不向きというものを冷静に理解しているだけだよ。こういう小柄で柔軟性に全振りしたタイプの調整理論は、ボクの中ではまだ未完成なんだ」
「自分がこの学園で一等小柄なのにね」
ちんちくりんで悪かったな、このライオン丸め。顔面を蹴り飛ばすぞ。
岡辺さんも、笑いながらボクの条件に応じてくれた。
「テイオーちゃん、分かった。ひとまず、入学前の基礎体力を作るところまではボクが引き受けよう。その後の本格的なレースプランについては、君の成長を見ながらまた決める。これでどう?」
「うん、分かったよ! わーい、よろしくね、ムラサキさん!」
無邪気に喜ぶテイオーを見ながら、ボクは密かに頭を抱えた。
また一人、最高に才能があって、最高に手のかかる面倒な担当が増えてしまった。
一応、仮とはいえ担当として受けることになったので、今いるチームのメンバーにも顔合わせとして紹介することにした。
「トウカイテイオーだよ! よろしくね!」
「メジロアルダンです。こちらこそ、よろしくお願いしますね」
「メジロマックイーンですわ。……よろしくお願いいたします」
グラウンドに集合した三人。アルダンはいつものようにおっとりと微笑んでいるが、マックちゃんはどこか警戒したような、少し硬い表情で挨拶を返した。
ひとまず、彼女の現在の体の状態を見るために、三人で軽く併走してもらうことにした。
ボクも最後尾からついていき、彼女の走りを後ろから観察する。
ふむ。これが生で見るテイオーステップか。
足首と膝の尋常ではない柔らかさを使い、着地の瞬間にバネのように反発して次のストライドへと繋げる。柔軟性でストライドが異常に広いうえ、接地時間が極端に短いため、確かにトップスピードに乗った時には恐ろしく速い。
ボクは走りながら、頭の中で彼女の骨格と筋肉の動きをトレースし、自分の体で同じ動きを再現してみた。
トン、トン、とリズミカルに地面を弾く。確かにスピードは出るが……予想通り、足首から脛の骨にかけて、下から突き上げるような強烈な負荷がかかるのが分かる。
「ええっ!? ムラサキさん、ボクのステップ、そんな簡単に真似できるの!?」
振り返ったテイオーが、目を丸くして素っ頓狂な声を上げた。
「まあ、素晴らしい柔軟性と関節の使い方が必要だし、体格が大きいウマ娘だと着地の反動が大きすぎて自壊するから、これを実戦で使える人はそう多くないと思う。でも、理屈さえ分かればそこそこ真似するのが無理なほどではないよ」
正直なところ、このテイオーステップは、テイオー本人の体格でもまだ大きすぎて骨への負担が限界を超えていると思う。ボクぐらい極端に小柄で体重が軽く、かつ異常なほど骨が丈夫な体質でなければ、本来は実用に耐えない両刃の剣だ。
そう考えると、この走り方そのものを根底から修正したほうがいいと思うのだが……今の彼女の才能を殺さずに勝たせるための代替策が、すぐには思いつかない。
フォームをいじれない以上、ひとまずは食事と基礎的な運動で、骨の密度そのものを高めて体を丈夫に作っていくぐらいしか思いつかなかった。
1年ぐらいは、とにかく徹底的に地味な基礎体力作りだな。
「とても元気で、可愛らしい子ですね」
練習後、タオルで汗を拭きながら、アルダンはテイオーを見つめてそう言った。彼女の母性本能をくすぐるのか、そこそこ高評価のようだ。
「私は、あまり好きになれませんわ。……少し、自由奔放すぎます」
一方のマックちゃんは、腕を組んでツンとそっぽを向いてしまった。メジロ家としての規律やストイックさを重んじる彼女からすれば、テイオーのあの子供っぽい無邪気さは、ただの不真面目や無規律に映るのだろう。
前世の知識にあった、あの有名な二人の親友であり最大のライバルという関係性は一体どこへ行ってしまったのか。
とはいえ、同じチームになった以上、ボクとしては上手くやってほしいものである。
うちのルドルフはもう卒業済みなので、テイオーもカイチョーではなくルドルフさんと呼びます。
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