手違いTS転生ウマ娘の運命改変録 〜ウマ娘トレーナーは史実を書き換えたい〜   作:みやび

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13 メイクデビュー

 メジロマックイーンは事前の予想をはるかに超える仕上がりになりつつあった。

 ボクの指導のもとで基礎トレーニングをしっかりと積み重ねた彼女の肉体は、ただ細いお嬢様のものではなくなった。柔軟でありながら力強い筋肉に覆われ、はちきれんばかりの張りとボリュームを備えていた。パドックを歩くその姿は、男女を問わず観客の目を釘付けにして魅了するほどの存在感を放っている。

 先輩であるアルダン以上のナイスバディに成長したマックちゃんのスタミナとパワーは、同年代のウマ娘たちと比べても完全に規格外だ。シニアクラスまで成長すれば、ボクがこれまで見てきたどんなステイヤーのウマ娘より上回るのではないかと思えるほどである。

 筋肉の鎧を着こんで体が重くなった分、純粋なトップスピードや一瞬の切れ味はどうしても少し鈍る。だが、ある程度以上の距離があるレースならば、無尽蔵のスタミナとパワーに任せて前につけ、そのまま力技で押し切ってしまえばいいだけである。彼女にはスタートのタイミングを見極め、冷静にコース取りを行うだけのクレバーさと器用さも備わっているから、前が塞がれて自分の特長を生かせなくなるという可能性も低い。それを考えれば、ボクから見て今のマックちゃんが同世代相手に負ける気は全くしなかった。

 

 ある種のメジロの完成形とも言えるマックちゃんの圧倒的な仕上がりを間近で見たアルダンは、自身の鍛え直しをしていた。その結果、最大の強敵であるオグリちゃんが怪我をして不在だったことも大きいだろうが、春の大一番である天皇賞(春)を見事に勝利で飾った。

 そのレース展開たるや、最初から最後までハイペースで前方でけん引し、後ろから追いすがる後続のウマ娘たちを底なしのスタミナとパワーだけで完全にすりつぶすという、対戦相手が少しばかり気の毒になってくるような力強いものだった。

 

 そんな素晴らしい仕上がりのマックちゃんだが、メイクデビュー戦を走るにあたって一つだけ問題があった。

 この早い時期のデビュー戦は、1000mや1200mといった、極端に短い距離のレースしか番組が用意されていないのだ。

 完全なステイヤーとして育成している彼女にとって、短距離のスピード勝負は最も分が悪い。どうやってこの距離を乗り切ろうかとボクが頭を悩ませていると、当のマックちゃん本人が「私に考えがありますから、お任せくださいませ」と自信満々に言うので、ひとまず彼女の判断に任せてみることにした。

 どうするつもりなのかなぁとスタンドから見守っていたのだが、ゲートが開いた瞬間、ボクは思わず目を丸くした。

 マックちゃんは、スタートからゴールまでの1000mという距離を、ペース配分を一切無視してひたすら全力でスパートし続けるという、常識外れのわけのわからない戦法で圧勝してしまったのだ。

 確かに、長距離を得意とするステイヤーのウマ娘が、レース終盤で長く脚を使い続けるロングスパートを仕掛けることはあり、それが1000m近くに及ぶこともないわけではない。だが、それをスタートからゴールまで、1000mのスプリントレースの最初から最後まで通してやってのけるのは、いくらなんでも無法が過ぎるだろう。結果として、彼女はスタートからずっと先頭を一人で走り続ける、大逃げのような形で後続を大きく突き放してゴール板を駆け抜けた。

 

「ふふっ。いかがでしたか、トレーナーさん」

 

 レース後の控室。無事にデビュー戦を白星で飾ったマックちゃんが、立派に成長した胸をそらしながらどや顔で尋ねてきた。

 

「いや、普通にすごいよね。短距離のスピード勝負を自分の持っているスタミナの総量を1000mで全部使い切るつもりでスパートし続けるなんて。その方法があったかと思ったし、本当に驚いたよ」

「ふふん。トレーナーさんの鍛え上げたスタミナがあれば、これくらい造作もありませんわ」

 

 誇らしげに笑う彼女を見て、ボクは本当にすごいウマ娘だと感心した。さすがにこれが通用するのはメイクデビューだからであり、もっと上位のレースになればスプリントやマイルの距離では同じ戦法は通じないだろう。だが、2000m以上のレースであれば、序盤からハイペースに持ち込んで強引にスタミナ勝負の泥仕合に持ち込むことができそうだ。なかなかにえげつない走りである。

 

「でも、今の戦法に加えて、まだレース中にできることはいろいろあるよね」

「例えば、どのようなことですの?」

「そうだね。マックちゃんは前を走るわけだから、後ろにいる周りのウマ娘たちのペースを乱してスタミナを削る牽制のスキルとか。あとは、相手の息遣いに合わせてプレッシャーをかけ、スタミナを吸い取るスキルとか」

「……え、えげつなさすぎますわ。そんな悪役みたいな真似……」

 

 ボクが淡々と提案すると、マックちゃんは信じられないものを見るような目でドン引きしていた。

 いや、これくらい普通だって。勝負の世界なんだから。少なくとも、現役時代のボクとあのシンボリルドルフの間では、レース中に互いのスタミナを削り合うデバフの五連撃なんて、常識を通り越してただの挨拶レベルだったし。

 

「まあ、アルダンみたいに自分の走りを強化するバフを盛ることもできるけど、マックちゃんの圧倒的なスタミナとパワーを活かすなら、相手の力を削ぐデバフをメインに組み立てたほうが絶対に効率がいいと思うんだよね」

「トレーナーさん。私のことを、性格が悪いウマ娘みたいに言うのはやめてくださいまし」

 

 いや、別にそんなこと微塵も思ってないけど。純粋な盤面制圧の戦術の話をしているだけなのだが。

 マックちゃんはすでにスタミナとパワーの基礎値が上限近くまで仕上がりつつある。これ以上自分の能力を伸ばすより、周囲の能力を下げる技術を身につけたほうが勝率は間違いなく上がる。

 本人は少し嫌がっているが、これも勝利のための立派な武器だ。とりあえず、年末のホープフルステークスまでには、ボクの持っている牽制スキルをいくつか教えてあげようと心に決めた。

 

 一方、マックちゃんとは対照的に、後からチームに入ってきた新入生のテイオーちゃんはというと……。

 

「うーん……」

「どうしたの、ムラサキさん。そんなに眉間にしわ寄せて」

 

 学園のグラウンドの隅で、ボクは頭を抱えていた。

 テイオーちゃんがボクのチームに入ってから三か月。予定していた基礎体力作りのトレーニングが、思いのほか早く終わってしまったのだ。

 ボクの育成方針は、基本的に時間をかけてじっくりと肉体を作り上げる形だ。マックちゃんに至っては一年近くかけて筋肉と装甲を盛り続けた。だが、テイオーちゃんの場合はどうしても骨格が小柄で線が細いため、体に筋肉を盛るにも物理的な限度があるのだ。

 あと、本人の柔軟性が高かったので、あまり筋肉の柔軟性をあげる必要がなかったのもある。マックちゃんもアルダンも結構堅かったからね……

 この三か月間、食事と筋力トレーニングで鍛えさせた結果、彼女の体は限界ギリギリまで出来上がってしまった。これ以上体重を増やしたり筋肉をつけたりすれば、彼女の最大の武器であるあの軽やかなテイオーステップのバランスが完全に崩れてしまうレベルだ。

 とはいえ、もともとがガリガリだったのがようやくふんわりと健康的な肉付きになっただけで、アルダンやマックちゃんのようなダイナマイトなムチムチ体型にはとてもなっていないのだが。

 

「いやね。ボクのチームでは、これ以上テイオーちゃんに教えられることがあまりないなって思って」

「えーっ! なんでさ! スピードの出し方とか、レースのスキルとか、もっといっぱい教えてよ!」

 

 テイオーちゃんは頬を膨らませて抗議してくるが、ボクが知っているスキルセットの中には、彼女向けのものがほとんどないのだ。

 テイオーちゃんの走りは、その類まれな柔軟性を活かし、軽い走りで圧倒的なスピードと瞬発力で勝負するタイプだ。だから、加速系や最高速を引き上げるスキルを中心に教え込むのが一番合っている。だが、ボク自身が現役時代に泥臭いスタミナ勝負ばかりしていたため、そういった純粋なスピード系の技術の手持ちが多くない。

 史実の血統上は親子とはいえ、ルドルフとテイオーちゃんでは走りのスタイルがかなり違うため、ボクがルドルフからパクって覚えたスキル群も彼女にはあまり相性が良くない。

 ボクの得意な相手を拘束するようなスキルだって、テイオーちゃんの真っ直ぐな性格とあの軽い体格じゃ、逆に相手のパワーで弾き飛ばされてしまいそうだ。デバフをばらまいて盤面をコントロールするような器用で陰湿な立ち回りも、彼女が得意とするタイプではないだろう。

 一応、スタートの出遅れを防ぐ技術や、コーナーを無駄なく回るための基礎的なスキルだけは教えたが……。

 

「もうボクの手持ちの札はないよ。本当に空っぽ」

「えー、ウソだぁ。マックイーンに教えてたみたいな、相手の体力を奪うやつとかあるじゃない?」

「いや、あれは君には絶対に相性が悪いからやめておきなさい」

 

 相手のスタミナを吸い取るような高度な技術は、強靭なフィジカルがないと逆に相手に引っ張られる危険がある。テイオーちゃんのあの軽い体でやろうものなら、たぶん吸引力で負けて逆に自分のスタミナを吸い尽くされて自滅する未来しか見えない。

 

「やっぱり、ここから先はボクじゃなくて、ちゃんとした別の指導者に頼んだ方が君のためになると思うんだよね」

「むむぅ……ムラサキさんがそこまで言うなら仕方ないけど……」

 

 テイオーちゃんもしぶしぶ納得してくれたようだ。

 とはいえ、彼女を誰に預けるかが問題だ。当初は適任だと思っていたルドルフのトレーナーさんのところも、この感じだとあまり適切には思えない。たぶんスキル関係とかはあそこはボクと似たり寄ったりだ。

 となると、転生者仲間のトレーナーのツテを頼って適任者を探すしかないか。彼女の才能を潰さないためにも、こういう損切りは早い方がお互いのためになる。

 

「ということで、誰かいい引き受け先はないですかね?」

 

 数日後。ボクはルドルフの担当である岡辺トレーナーをカフェテリアに呼び出し、テイオーちゃんの移籍先について相談を持ちかけた。

 

「君でも難しいか。君自身のやり方ならうまくいくかと思ってたけど」

「ボクのは自分の丈夫さを前提としてるから他人に使えないんですよ。それより心当たりがあるなら教えてくださいよ。才能は折り紙付きなんだから、欲しがる人はいくらでもいるでしょ」

「そうだな。彼女のスピードと柔軟性を極限まで引き出せる指導者となると……やはり、彼女に頼むしかないんじゃないか」

 

 そう言って岡辺トレーナーが提示してきたのは、ボクたちと同じ三女神の使命を帯びた転生者仲間である、俵さんという女性トレーナーだった。

 

「うげ。ボク、あの人あんまり好きじゃないんですけど。無駄にチャラいし、ギャルみたいにノリが軽いし」

「そう言うな。指導者としての腕は確かだ。それに、彼女ならテイオーの奔放な性格とも上手くやっていけるだろう。それともやっぱり移籍をやめるか?」

「いやぁ、ボクの手にはもう余るので、目をつむって彼女にお願いしますけど」

 

 ボクが渋い顔をすると、岡辺トレーナーは苦笑した。

 あのひとは、よく言えば常識に囚われない破天荒。悪く言えば貞操観念がガバガバな人物だ。もともと同性愛者だったらしいが、こちらの世界の同性愛が普通に存在する環境に毒されて、あんな風になってしまったらしい。

 あと、なぜか事あるごとにボクのことをすごいライバル視して絡んでくる。一部では天才と呼ばれることもあるぐらいには育成の腕は確かなのだが、非常にめんどくさい人なのだ。

 

「まあ、そう毛嫌いするな。いや、もしかしてお前さん、あの手の積極的なタイプが苦手なのか? 現役時代は、自分からいろんなウマ娘を侍らせていたじゃないか」

「侍らせてません! ただの友達です! ボクは清く正しい純情なウマ娘ですし、前世から含めて交際経験もないです!」

「はははっ。あれだけの修羅場みたいな状況を作っておきながら、本気でそう思ってるのか? まじかよ」

「どう見えてたんですか、ボクのこと!?」

 

 ボクが声を荒げると、岡辺トレーナーは肩を揺らして笑い声を上げた。

 なんだか、ボクのあずかり知らないところでひどい風評被害を受けている気がする。ボクはただ、運命を変えるために少しばかりお節介を焼いていただけなのに。

 

 ともあれ、これでテイオーちゃんの移籍先はどうにか決まりそうだ。

 ボクの手を離れるのは少し寂しい気もするが、あの輝くような才能が新しい環境でどう花開くのか、一人のトレーナーとして、寂しくも楽しみでもあった。




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