手違いTS転生ウマ娘の運命改変録 〜ウマ娘トレーナーは史実を書き換えたい〜   作:みやび

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14 ビューティードリームカップ

 ジューンブライドの季節である6月。宝塚記念の熱気も冷めやらぬ時期に行われるトレセン学園の恒例行事が、ビューティードリームカップである。

 

 前世のアプリゲームの記憶では、ある有名な勝負服デザイナーが花嫁衣装を模した勝負服を作り、選ばれたウマ娘たちがそれを着てターフを走るといった、華やかで可愛らしいイベントであったはずだ。

 しかし、こちらの現実世界においては、生徒会が主催する謎のサバイバルイベントへと変貌を遂げている。

 俗に花嫁を捕まえろレースといわれるものである。

 

 ルールは至ってシンプル。逃げる側、花嫁役を、追いかける側が捕まえたら婚約できるという謎のリアル鬼ごっこである。

 困ったことに、その逃げる側としてノミネートされたウマ娘には、実質的な参加拒否権が存在しないのだ。

 いや、規約上は参加を断ることももちろんできる。だが、断ろうものなら周囲のウマ娘たちから、脚が遅くて逃げ切れないから不安なんでしょ? とクッソ煽られることになる。闘争本能の塊であり、基本負けず嫌いなウマ娘という生き物たちは、そう挑発されては参加せざるを得なくなるのだ。

 

 さて、そんなバレンタインデーよりも遥かにアクティブで殺伐としたイベントだが、今回もまたボクは参加を誘われてしまった。

 現役時代は毎年ノミネートされ、なんだかんだで毎年誰かしらに追いかけられていた。だが、ボクは去年無事に学園を卒業し、今は立派な社会人のトレーナーである。今年からはもうこの狂気のお祭りから解放されると信じて疑わなかったのだが……どうやら甘かったようだ。

 

「さあアルダン、やるわよ。準備はいいかしら」

「はい、お姉さま。抜かりはありません」

「……なんで私まで、こんなことに巻き込まれなければならないのでしょう」

 

 ボクの目の前に立ち塞がった今回のお相手は、威風堂々たるメジロ三連星の皆様だった。

 ラモーヌはまあ、なんだかんだで付き合いも長いし、彼女が1年生の時から毎年このイベントでボクを追い回してきていたのでいつものことだ。しかし、普段はおっとりしているアルダンまで、目が据わっていてやる気が凄いことになっているのはちょっと怖い。一人だけ体操服姿のマックちゃんは、完全にほかの二人に巻き込まれただけのようで、心底めんどくさいという感情が顔にありありと出ている。

 

「にしても、トレーナーさん。やっぱりそれ、すごい格好ですね……」

「そうかな? ボクとしては機能美の結晶なんだけど」

 

 マックちゃんが呆れたような、それでいてどこか目のやり場に困るような視線を向けてくる。

 こちらとしても、現役時代に6年間ずっと彼女たちの包囲網から逃げ切ってきたプライドがある。今回も本気で逃げ切る意志を表すつもりで、現役時代の勝負服を引っ張り出して着てきているのだ。

 走りやすさと可動域を限界まで重視した、個人的には非常に気に入っているデザインである。股関節と肩関節の動きを一切阻害しないように、また極限まで空気抵抗をなくすために行き着いた、ノースリーブかつハイレグのレオタード仕様だ。

 体型がもろに出る上に肩と脚は丸出しになるため、一部の好事家やメディアからは痴女だとか無駄にエロいとか言われているのは知っている。だが、身長140cmのちんちくりんな幼児体型のボクの体格を見て発情するのは、一部の業が深いロリコンだけでしょうに。

 ちなみに今回は花嫁というテーマを意識して、形はいつもの勝負服と一緒だが、色は純白の別衣装にちゃんと仕立ててある。頭には短いベールもかぶっているので、誰がどう見ても立派な逃げる花嫁だとファンにはすこぶる評判のやつである。

 ボクはこれでも現役時代にジュニア最優秀賞やらティアラ最優秀賞やらを獲得しているので、恩恵としてこの手の勝負服のバリエーションは複数持っているのだ。

 目の前を見ると、ラモーヌもアルダンも気合の入った本気の勝負服姿で並んでおり、やる気十分すぎてちょっと引く。マックちゃんだけが普通の指定体操服でぽつんと立っているのが、なんだかシュールだった。

 

 会場となるレースコースは4200mという長丁場。おまけに途中に謎の障害物が設置されていたりする、逃げさせる気が全くない鬼畜コースだが、ボクは今年も負けるつもりは毛頭なかった。

 本日の参加者は、逃げる側が8人に対して、追いかける側が12人だ。そのうちの3人がボクをピンポイントで狙ってくるわけだから、モテるウマ娘は本当につらいね。

 逃げる側は20m、約10バ身弱のハンデをもらって先にスタートを切る。頭のベールを奪われたらその時点で負けで、誰にも奪われずにゴール板にたどり着くまで逃げ切れれば逃げる側の勝ちである。

 

 結婚行進曲のファンファーレと共にゲートが開き、一斉にスタートが切られた。

 早速、アルダンが猛烈な勢いでボクの背中を追いかけてくるのが気配でわかる。パワーを増した彼女の踏み込みは恐ろしいが、ボクは冷静に後ろを振り返り、スピード系のデバフスキルをぶつけながら距離を保つ。

 いくら鍛え上げたアルダンでも、ボクの牽制を正面から受けながら追いつくのは至難の業だろう。これを強引にぶち破ってこれるのは、圧倒的なフィジカルと精神力を持つあのライオン丸、ルドルフぐらいである。純粋なスピードではライオン丸ほどとは言えないアルダンでは、そこまでの理不尽な突破はできないだろう。

 ボクがアルダンにデバフスキルを使った隙を突き、今度はラモーヌが外から一気に近寄ってくる。しかし、ボクはすかさずスタミナを削るデバフスキルを彼女の足元に投げつけた。

 途端に、ラモーヌの動きがわずかに鈍り、控えめな位置取りへと下がる。このレースは4200mという過酷な長距離だ。スタミナの塊のようなほかの二人に比べれば、中距離を得意とするラモーヌはスタミナの絶対量に不安がある。だからこそ、序盤での無理な消耗は避けたのだろう。

 

 一方のマックちゃんはというと、二人の熾烈な攻防に呆れながら、最後方でのんびりと自分のペースで走っている。

 ボクはそんな風に手持ちのいやらしいスキルを次々と使い、ポジションを巧みに調整しながら、メジロ姉妹の猛追をひたすら躱し続ける。

 しかし、ボクたち3人がコースのど真ん中で派手にデバフスキルをばらまきまくったせいで、周囲を走っていたほかの参加者たちがそのあおりをモロに受け、後方集団の走りは無茶苦茶になっていた。

 ボクの放ったスタミナデバフの余波を受けて失速し、あっさりと追いかける側に捕まる逃げ役もいれば、逆に追いかける側がプレッシャーの余波で失速し、どうしようもなくなっている組もある。

 全体的に「あの白レオタードとメジロの集団には近寄らんでおこう」みたいな暗黙の了解がレース全体に出来上がり、ボクたちに近寄る者はすぐに誰もいなくなった。

 

 そのままどうにか終盤戦に突入し、残り1000mの標識が見えたあたり。

 ついに、二人が本気の勝負に出た。

 領域、あるいは固有スキルと呼ばれるものを使って勝負を決めに来たのだ。

 背後から迫る二つの気配。周りの空気が物理的な重さを持ったかのようにずんと重くなり、二人の内面の感情が周囲の空間そのものを侵食していくような錯覚を覚える。

 ラモーヌの領域は、いつも通りのドロリとした濃厚なはちみつみたいな、息が詰まるほど重苦しい愛が全身にしみ込んでくるようなやばい代物だ。

 だが、今回初めてその直撃を受けたアルダンの領域も、それはそれで強烈に重苦しい。彼女の領域からは一期の夢よ、ただ狂えとでも言わんばかりの、彼女らしい一途さが狂気的なまでの高まりを見せており、背筋が凍るほど怖い。

 こちらも負けじと自分の領域を全開にして対抗する。とにかく相手の体力を吸収する、スタミナグリードの最上位版みたいなエグい代物である。

 二人がボクの領域にあてられてスタミナ切れを起こすのが先か、ボクが二人の重い執念に捕まってベールを奪われるのが先かの、意地と意地の削り合いだ。

 後ろからじりじりと距離を詰められ、息遣いすら聞こえそうな位置まで追いつかれてきているのがわかる。だが、こちらももう切れる手札はない。ひたすら歯を食いしばり、脚を回して必死に逃げることしかできない。

 

 そして最終直線に入った。

 後ろの気配がふっと鈍る。ボクのスタミナ吸収と長距離の疲労が限界を超え、ついにラモーヌとアルダンの二人が力尽きた感じがあった。

 よし、逃げ切った。これで今年もボクの勝利だ。

 そう安堵してゴール板を見据えた、その瞬間だった。

 

「あああああああああああああ!!」

 

 地鳴りのような叫び声と共に、大外から凄まじい風圧がボクの横を通り抜けた。

 最後方で完全に沈黙していたはずの、マックちゃんだ。

 序盤から今まで全く何の反応もなかったから、完全に存在を忘れていた。彼女は4200mという距離の終盤で、ボクたちのデバフの削り合いなどどこ吹く風とばかりに、ステイヤーの頂点たる無尽蔵のスタミナを爆発させてスパートをかけてきたのだ。

 

 待って、もうこっちも余力すっからかんなんだけど!! 

 

 ボクが焦ってベールを守ろうと身構えたが、そんな心配は全くの無用だった。

 マックちゃんはボクのベールに手を伸ばすどころか、こちらを一瞥することすらなく、弾丸のようなスピードでボクを綺麗にぶち抜き、そのまま誰よりも早く1着でゴール板を駆け抜けていったのである。

 

 ……たぶんあの子、途中で「花嫁を捕まえる」というレースの本来の趣旨を完全に忘れて、ただ純粋に1着でゴールすることだけを目指して走っていたな。

 まあ、マックちゃんは二人と違ってボクを捕まえることにはあまり興味がなさそうだから、別にいいんだけどさ。

 

 結果として、見事1着を飾ったマックちゃんには、生徒会から景品として可愛らしい花嫁衣裳の勝負服が贈られ、今年のビューティードリームカップは波乱のまま幕を閉じるのであった。




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