手違いTS転生ウマ娘の運命改変録 〜ウマ娘トレーナーは史実を書き換えたい〜 作:みやび
夏合宿も終わり、季節は8月下旬。夏休みも残り少し、まだまだ残暑は厳しいが、トレセン学園の空気は徐々に秋のレースシーズンに向けた熱気を帯び始めている。
エアコンの効いたトレーナー室のデスクにレースのスケジュール表を広げ、ボクは担当する二人のウマ娘と向き合っていた。
「さて、二人の秋のレーススケジュールを考えよう」
「はーい」
「はい」
アルダンとマックちゃんがそれぞれ元気に返事をする。9月以降に本格的な秋シーズンが始まるので、ここから年末までのローテーションをしっかりと決めておく必要があった。
「まずはアルダンからだ。天皇賞秋、ジャパンカップ、有馬記念の秋シニア三冠路線を軸に考えているけど、これでいいかな?」
「ええ、いいですよ。トレーナーさんがそうおっしゃるなら」
アルダンはおっとりと微笑んで頷いた。
かつてガラスの脚と呼ばれ、レースのたびに不安を抱えていた頃の彼女なら、この三冠ローテーションでも不安がかなりあったが、今のアルダンならこの三戦がどんな激戦になったとしても耐えうる頑丈な肉体を手に入れている。
「じゃあ、それに向けた秋の始動戦、つまり前哨戦はオールカマーにしよう」
秋シニア三冠路線の前哨戦となると、だいたい選ばれるのは京都大賞典、オールカマー、毎日王冠のどれかになる。距離はそれぞれ2400m、2200m、1800mで、場所は京都、中山、東京と、コースの形状も距離もバリエーションがある。
アルダンの場合、豊富なスタミナとパワーを活かして前目から押し切る展開が最も得意だ。そのため、直線が長くて末脚勝負になりやすい東京や、直線が平坦で追い込みしやすい京都よりも、直線が短く急坂があってパワーが要求される中山レース場が有利に働く。となれば、中山の2200mで行われるオールカマーが始動戦として一番しっくりくるというわけだ。
京都は長距離の移動が伴うから、コンディション調整の面でも少し手間がかかるしね。
「で、問題はマックちゃんだ」
「はい。私のスケジュールですね」
マックちゃんは姿勢を正し、真剣な表情でボクを見た。
彼女はあの無法とも言える1000mの大逃げでメイクデビューを圧勝した後、夏のGⅢ函館ジュニアで2着に入っている。
重賞で2着に入って賞金を上乗せできたのだから、このまま年末のホープフルステークスに直行しても除外される心配はほぼないだろう。ただ、現状短距離のレースばかりだし、ステイヤー気質を踏まえてもう1回ぐらい実戦経験を積ませておくのもありかと思っている。そうすると距離が長い2000mの京都ジュニアステークスあたりを挟むのが無難だろう。
ボクの頭の中ではそんな一般的なプランを練っていたのだが……。
「こちらですわ」
マックちゃんが自信満々にボクのデスクに一枚の紙を提出してきた。
それを見て、ボクは思わず目を疑った。
そこには、9月から年末までの約4か月間で、なんと7戦も走るというとんでもない過密ローテーションがびっしりと書き込まれていたのだ。
中山2000mの芙蓉ステークスから始まり、サウジアラビアロイヤルカップ、萩ステークス、京王杯ジュニアステークス、京都ジュニアステークス、そして牝馬限定の阪神ジュベナイルフィリーズに出走したあと、ホープフルステークスに出るという狂気のスケジュールである。レース場も東から西へ飛び回り、距離も完全にばらばらだ。
「なにこれ!?」
「トレーナーさんの現役時代のローテーションを参考に考えてみましたの」
「参考にしちゃダメな奴じゃん」
マックちゃんは褒められるのを待っているような誇らしげな顔をしているが、ボクは頭を抱えた。
確かに、ボクは現役時代にこれ以上に無法で常識外れなローテーションを組んで走っていた。だが、それはボクの丈夫さがあってこその荒業だ。
「マックちゃん、その意気込みは買うけど、君にはあまりお勧めできないよ」
「だめ、ですか?」
「そうだね。まず大前提として、ボクとマックちゃんではレースを走る目的が根本的に違うんだよ」
「目的、ですか?」
「そう。ボクは純粋な賞金ほしさで走っていたけど、マックちゃんはどちらかといえば、誇りと名誉のために走っているでしょう?」
ボクの言葉に、マックちゃんは目を瞬かせた。
彼女の目標は明確だ。メジロ家が目標とする天皇賞の盾を獲ること。
そういった勝ちたい大舞台のレースにターゲットを絞ってスケジュールを組んだ方が、当然コンディションの調整はうまくいきやすく、勝率も有利になるのだ。
一方で、当時のボクのようにとにかく稼ぎたい、あるいはトレーナーとしてのデータを集めたいという目的であれば、ライバルが強力すぎる大レースをあえて外すことだって普通にある。
ボクも現役時代のクラシッククラスの時、秋のジャパンカップや有馬記念は思い切り回避しているのだ。なんせ、あの世代には無敗の皇帝シンボリルドルフと、天衣無縫の三冠ウマ娘ミスターシービーさんがいた。あんなバケモノ二人が正面からやり合う頂上決決戦混ざるなんて本当に勘弁してほしかったのだ。だから、ボクは強い相手のいないステイヤーズステークスなどの裏路線に出て、確実に賞金を稼ぐ道を選んだ。
残念なことに、ウマ娘のレースは2着ぐらいまでならGⅠのほうが賞金が高いが、それ以下の順位に沈むくらいなら、手薄なほかのレースに出て1着を獲ったほうがよっぽど儲かるのだ。
まあ賞金以外にも、ボクはいろんなレース場でいろんなコースを実際に走ることで、コースの特長だけでなくバ場や芝の感触を確かめ、将来自分がトレーナーとして指導する際のデータ収集に役立てようと思って手当たり次第にいろんなレースに出ていたという事情もある。
だが、そのどちらも、王道を歩むステイヤーであるマックちゃんには全く不要な要素だ。
「マックちゃんには、将来勝たなければいけない明確な目標のレースがあるんだから。あちこちのレースに顔を出すより、目標に向けて確実に勝ちに行く調整を覚えたほうがいいと思うよ」
「……そうですか」
ボクが諭すように言うと、マックちゃんはしょんぼりと肩を落とした。立派に成長したムチムチの体が、少しだけしぼんでしまったように見える。
とはいえ、本人がこれだけやる気に満ちているのに、完全に頭ごなしに否定して水を差しすぎるのも指導者としてどうかと思う。
「でも、実戦経験を積むのはいいことだ。年末の大舞台はホープフルステークスとして、それまでの前哨戦としてひとまず、将来の天皇賞と同じレース場である東京と京都のコースを経験させる意味で選んでみよう。東京は京成杯で、京都は京都ジュニアステークス。この2つのレースに絞って出走するということで、どうだろう」
「……はい。わかりましたわ」
ボクが代替案を提示すると、マックちゃんも納得したように頷いてくれた。
よしよし、それなりに無難なところに落ち着けた。
……いや、待てよ。よくよく考えたら、メイクデビューと函館に加えて、さらに京成杯と京都ジュニア、そして年末のホープフルステークスまで走るとなると、ジュニア級だけで5戦もすることになる。
最近の常識からすれば、ジュニア級で5戦というのはあまり普通ではないくらい多い気がする。
まあでも、ボクはジュニア級の時点で10戦近く走っていたから、それに比べれば半分だし普通でよしとしよう。
自分のガバガバな基準に少しだけ目を背けながら、ボクは秋のスケジュール表に決定のサインを書き込んだ。