手違いTS転生ウマ娘の運命改変録 〜ウマ娘トレーナーは史実を書き換えたい〜 作:みやび
実は今年、ボクにはひそかな目標がある。
担当であるアルダンを、今年の年度代表ウマ娘にすることだ。
史実において、メジロ冠の競走馬が取ったことのない肩書の一つであり、もちろんこちらの世界でもまだメジロ家から選出されたウマ娘はいない。
去年はその名誉ある座をあのオグリちゃんに取られてしまった。まあダービーと有馬勝ってるししょうがないだろう。タマモさんと一騎打ちで、アルダンの名前はほとんど上がらなかった。しかし今年はどうにかしてアルダンに獲らせてあげたいと考えている。
そのためには、少なくともGⅠレースでの2勝が最低ラインの条件になるのが普通だ。だが、史実の記憶を辿ると、今年の主役であるイナリワンはGⅠを3勝するはずなのだ。そのうちの1つである春の天皇賞はアルダンが勝っているためすでにつぶしているが、宝塚記念では彼女に負けてしまっている。もしこのままイナリさんに年末の有馬記念まで取られると、史上初のグランプリ春秋制覇という強烈なインパクトを残すことになる。そうなると、仮にこちらが同じGⅠ2勝のラインに並んだとしても、選考ではかなり厳しくなるだろう。
だからこそ、ひとまずこの秋の天皇賞をきっちりと勝って、天皇賞の春秋制覇という実績は確実に手に入れておきたいところである。ルドルフやタマモさんがすでに達成している偉業なので目新しさには少し欠けるかもしれないが、それでも文句のつけようがない華々しい戦績だ。
そんな青写真を頭の中で描いていたのだが、秋の初戦である前哨戦のオールカマーで、アルダンはあっさりとオグリちゃんに負けてしまった。
オグリちゃん、脚の不調からの病み上がりで迎えた復帰戦のはずなのに、レースの序盤からかなり前の方に位置取りをしておきながら、最後の直線で3ハロン34秒台というとんでもないタイムで差し切るなんて言うことをしている。ウマ娘の常識から考えても無法が過ぎるだろう。
やっぱりオグリちゃんは強い。あんな理不尽な末脚を使われたら、正攻法では勝ちようがない。
では本番でどうするか。そのための対策は一応しっかりと考えてきた。
迎えた天皇賞(秋)の当日。
出走者の顔ぶれは豪華の一言だ。前哨戦で猛威を振るったオグリちゃんだけでなく、ヤエノムテキにスーパークリーク、そしてイナリワンといった、この世代を代表する有名どころのライバルたちが一堂に会している。
さて、今回の作戦だが、オグリちゃんやイナリさんが仕掛けてくるであろう最後の末脚勝負が一番怖い。あの二人の異常な瞬発力の前には、スピードは一流レベルでしかないアルダンでは、残念ながらまともにやり合って勝つのは難しい。
一方、ヤエノムテキやクリークさんは、スタミナを活かして前目につけて押し切る形を得意としている。つまり、序盤のポジション取りで負けさえしなければ、同じ戦術でスタミナを持つアルダンのほうが有利に立ち回れるはずだ。
結論として、前でいいポジションをがっちりとキープしつつ、後ろで待機している連中に最後の末脚を使わせない展開を作る。すなわち、序盤からハイペースに持ち込んで全員のスタミナを削り切る、泥沼の消耗戦術である。
問題は、そのハイペースを自然に演出するための相手だが……。一人だけで強引にペースを作ろうとすると、集団から離れた前ポツンの形になり、風の抵抗をもろに受けて不利になる上に後ろに冷静に脚を溜められる危険性がある。できれば前方に二人は欲しいところなのだが、都合よくその相手をしてくれそうなウマ娘が誰か思いつかない。
ひとまずそのあたりは、ゲートが開いてからの本番の展開で臨機応変に考えるしかないだろう。アルダンにならそれができると信じている。
パドックに目を向けると、アルダンはいつものようにおっとりと穏やかに微笑みながら、観客席に向かって優雅に手を振っている。
うん、まさしく名家のお嬢様といった感じでとても美人である。
そして、ボクの指導でみっちりと鍛え上げられたその体は、メジロ家特有の少しカッチリとした勝負服の上からでもはっきりとわかるほど、健康的にむっちりと仕上がっている。
彼女が観客席の最前列にいるボクの姿を見つけると、パッと花が咲いたような満面の笑みでこちらに手を振ってくれた。
ふふん、いいだろう。これが担当トレーナーの特権だ。周りのカメラを持ったファンたちの羨望の視線が少し痛いが、今は気にしないでおこう。
「今、一斉にスタートしました!」
実況の声が響き渡り、レースが始まった。
特に大きく出遅れる者などのトラブルもなく、2000mの激闘が幕を開ける。
一番手で風を切って逃げ始めたのはレジェンドテイオーさんだった。そして、その後ろの2番手争いに、なんとスーパークリークが積極的に参加してくれた。
クリークさんもスタミナに自信があるタイプだ。担当の奈瀬トレーナーが、こちらと同じような前目での押し切る戦法を考えて指示を出したのだろうか。ボクとしてはハイペースを一緒に作ってくれる相手が欲しかったので、これは非常にありがたい展開だ。
しかし、こういった過酷なペースの中でのポジションの競い合いなら、今のアルダンが負ける気はしない。
独占力のスキルを発揮したアルダンは、先頭を走るレジェンドテイオーさんの真後ろの死角にぴたりとつき、自分のスタミナ消費を最小限に抑えつつ、後ろからプレッシャーをかけて前のペースを無理やり上げさせる。
すぐ横にいるクリークさんは、アルダンからその風よけとなる絶好のポジションを奪おうと体を寄せてきたり、あるいは意図的に自分のペースを落としてアルダンのリズムを崩そうと試みているが、うまくいっていない。
こういったポジション争いの技術なら、ボクが手取り足取りしっかり教え込んだアルダンが有利だろう。なんせボクが現役時代、体格で圧倒的に不利な状況のまま、あのシンボリルドルフ相手にずっとポジション争いを仕掛けるために編み出したあれこれのスキルを全部教え込んである。純粋な妨害技術や位置取りの巧みさだけなら、皇帝にも勝ると自負しているボクの全部を余すところなくアルダンには教え込んであるのだ。
見ている感じ、ハイペースで後続を全員すりつぶすつもりだったアルダンと、クリークさんでは想定していた戦法が少し違いそうだ。
クリークさんは、ペースを巧みに乱高下させることで相手のスタミナを無駄遣いさせ、自分だけはスタミナを残しつつ周りを潰すことを考えていたようだ。だが、アルダンの容赦のないハイペースと重いプレッシャーに巻き込まれ、その計算がぐちゃぐちゃにされているのがわかる。
確かに、クリークさんの戦術のほうがスマートで賢いのは確かだ。ハイペースな展開は、そのペースを作った者が一番スタミナの消費が激しくなるというリスクがある。ペースを乱す側に回ったほうが、自分がスタミナを残せる余地が生まれるからだ。
だが、今のアルダンはそんな理屈は関係ないと言わんばかりの、純粋なスタミナの暴力による真向勝負を仕掛けている。
まあ、真向勝負と言っても、アルダンはただ愚直に走っているわけではない。逃げているレジェンドテイオーさんを完全に風よけとして利用したり、周りの息遣いに合わせてスキルでスタミナを吸い取ったりしながら、自分のスタミナはしっかりと維持している。ついでに、先頭のすぐ後ろという絶好のポジションから後方に向けてデバフをばらまき続けているので、後ろで控えている連中はたまったものではないだろう。
この何重にも張り巡らされた罠の中を、力技で切り裂いてぶち抜いてくるのは、それこそルドルフみたいな理不尽なウマ娘でもいない限り不可能だ。
やがて、集団は第四コーナーを回って東京の長い直線へと入った。
ここからが本当の勝負だ。後ろから後続の足音が迫ってきているが、それを気にする素振りも見せず、アルダンは力強いストライドで抜け出しにかかった。
道中がハイペースだったゆえに、集団が縦に長いレース展開になったためだろう。各ウマ娘のスパートの仕掛けが全体的に早い。コーナーから詰めてきているが、さすがに早いだろう。中山のコーナーなら残り400mだが、東京の第四コーナーはまだ800mはある。まあこうやって早仕掛けさせるのもまた作戦ではあるのだけれども。
クリークさんは懸命に歯を食いしばって粘っているが、道中での消耗がたたって、アルダンの背中に追いすがるだけで精一杯のようだ。
さらに後ろからは、本命のオグリちゃんやイナリワンが持ち前のすごい末脚で迫ってくる。観客の歓声が一段と大きくなるが、その勢いは徐々に鈍り始めている。直線の途中に待ち構える坂で、彼女たちの残された最後のスタミナが容赦なく削られているのだろう。
残り200mの標識を越え、彼女たちはどうにかアルダンに追いすがるポジションまでたどり着いた。だが、そこでピタリと足が止まった。道中のハイペースとデバフの連続で、末脚を伸ばすためのスタミナを完全に使い尽くしてしまったのだ。
「はあああああああっ!!」
一方のアルダンは、ここでさらに顔を上げ、気迫に満ちた叫び声をあげた。
メジロの名に恥じない分厚いスタミナは、まだ最後の力を残していた。
そのまま追いすがるライバルたちを力強く突き放し、アルダンは無事、2着に1バ身の差をつけて見事に先頭でゴール板を駆け抜けた。
これで目標の天皇賞春秋連覇を達成だ。年度代表ウマ娘への道が、はっきりと開けた瞬間だった。
「ちなみに独占力のスキルは独占したい相手を思いながら使うと効果が上がります」
「あー、ルドルフのやつもきつかったけどあれはトレーナーのこと考えて使ってたのかねぇ」
「……」
「なにアルダン、目が怖いよ」