手違いTS転生ウマ娘の運命改変録 〜ウマ娘トレーナーは史実を書き換えたい〜 作:みやび
さて、続いての秋シニア三冠の第2戦、ジャパンカップである。
だが、これはこれでまた非常に難しいレースだ。
そもそもジャパンカップは、海外から招待された未知の強豪ウマ娘が多く参戦するため、事前のデータが少なくレース展開が全く予想できないのだ。どちらかというと、周到に策をめぐらして自身のスタミナとパワーで相手をすりつぶす力技な展開を得意とするアルダンにとって、出たとこ勝負の真っ向勝負になりがちなジャパンカップは鬼門である。
前世史実での今回のジャパンカップはどうだったかと思い出すが、確か2400mの世界記録、とんでもないタイムが出たレースだった記憶がある。逃げ馬が二頭競り合ってとんでもないハイペースになったところを、最後オグリキャップが猛烈に追い込んで2着……とか、そういう感じのレースだったようなおぼろげな記憶である。
その史実に従うなら、ボクたちも後ろから行ってスタミナ切れの相手を差したいところだが、オグリちゃん相手に純粋な末脚勝負でアルダンが勝てる気がしない。それに、そもそも今年もそういうハイペースな展開になるのかという大きな疑問がある。
なんせ、昨年のジャパンカップでもボクたちはメジロの二人で大逃げをかましてペースをぐちゃぐちゃにしたうえで2着3着に粘り込んでいる。当然、海外勢も含めてアルダンの逃げは警戒されているだろう。さらに、前回の天皇賞秋でもアルダンは2番手からプレッシャーをかけてハイペースを作って勝っている。その点からも、アルダンが前に出た瞬間にハイペースの消耗戦は強く警戒されるはずだ。
「と思うんだけど、どうしようかね」
「いっそ前に行くけどスローペースで押し切る方向で行きましょうか」
「うん。それもいいかもしれないけど」
トレーナー室で膝を突き合わせながら、ボクたちは今回の作戦を固めていく。
今回も前目からレースを進める基本スタイルは変わらないが、できるだけペースを早くしない、つまりスローペースの展開を作る方向で行くことを考える。
なんせ距離は2400mだ。ウマ娘アプリの分類では中距離扱いだが、前世の競馬のSMILE分類で言えばLONG、立派な長距離であり、基本的にスタミナが求められるタフなレースだ。
2000mの天皇賞秋と違って距離が伸びる分、序盤から無理にハイペースを作って相手のスタミナを削っておく必要性は下がる。
それに、スローペースで前につけて体力を残し、最後の直線で押し切るというのは戦術的にも理にかなっている。
だが、普通に体力を残して有利なポジションから仕掛けた程度だと、後ろで同じように体力を温存していたオグリちゃんの爆発的な末脚にぶち抜かれそうな気がする。それに、去年の勝者であるペイザバトラーさんあたりに分析されて作戦を見抜かれ、最後に差されて負ける可能性もありそうな気もするのだ。
「うーん、あとは……ロングスパートとか?」
「ロングスパート、ですか?」
「そう。最高速が足りないなら、トップスピードを維持する時間で補うという話」
誤解のないように言っておくが、アルダンのスピードが遅いわけではない。むしろウマ娘全体で見ればトップクラスだ。
あくまで、オグリちゃんのような数年に一度レベルの超一流の末脚には純粋な切れ味で勝てない、といった次元の話である。
だからこそ純粋な直線での力比べだと辛いのだが、勝負の条件をずらせば戦いようはいくらでもある。
その一つがロングスパートだ。マックちゃんがデビュー戦で見せたように、1000m近い距離をずっとスパート状態で走り続けられるスタミナがあるなら、相対的な最高速度が多少遅くても勝負になる。なぜなら、普通のウマ娘はそんなに長くスパートのトップスピードを維持することなどできないからだ。
とはいえ、ロングスパートはロングスパートで欠点も多い。
スローペースで進むと、後続の選手たちがスタミナを温存したまま内側で密集した団子状態になる。その状態から早めに仕掛けようとすれば、前を塞がれないように大外をぐるりとまくって回るしかなくなるのだ。
バ群が短くて密集している時にそれをやると、コーナーでかなりの距離のロスを強いられる。
そう考えると、バ群が縦にバラけるハイペースの方がまくりやすいのだが……。
「コーナーの難易度が高くて、外からのまくりが上手く決まりやすい中山や京都、阪神の内回りコースなんかでやる手なんだけどね。コーナーが緩やかで直線が長い東京レース場では、どうしても外に回らないといけなくなるからコースの不利が大きくて、あまりいい手ではないんだけど……」
「なるほど、でも二つをかけ合わせればいいかもしれません」
アルダンが自信に満ちた笑みを浮かべた。
「つまり?」
「前に付ければバ群に邪魔されて外に出ないといけない、という可能性は低いです。そこから早めにスパートかければかなり良いかと思いまして」
かなり無茶な戦術だが、勝利を目指すならこれくらい無茶でもいいのかもしれない。
アルダンと詳細な作戦を詰めて当日に挑むのであった。
レース当日。東京レース場は国際色豊かな歓声に包まれていた。
パドックでは、去年の覇者ペイザバトラーさんや、ニュージーランドから来た強豪ホーリックスさんなど、海外のウマ娘たちが威風堂々とした歩様を見せている。日本勢も、アルダンをはじめ、オグリちゃんやスーパークリークさんなど、実績十分のメンバーが揃っていた。
ファンファーレが鳴り響き、ゲートが開く。
ボクたちの予想通り、レースの展開はこれまでとは全く違うものになった。
アルダンが前に出る素振りを見せた瞬間、海外勢を含めた周囲のウマ娘たちが過剰に警戒し、一斉にペースを落としたのだ。「またメジロがハイペースの消耗戦に持ち込む気だ。付き合わされてスタミナを削られてたまるか」という心理が働いたのだろう。
その結果、レースは誰も積極的にハナを切ろうとしない、極端なスローペースへと落ち着いた。アルダンは悠々と2番手の好位を確保し、息を入れながらスムーズに周回していく。
後方のバ群は完全に密集した団子状態だ。オグリちゃんもその集団の真ん中あたりで、周囲を海外のウマ娘たちに囲まれながらじっと脚を溜めている。
向正面を抜け、第3コーナーが近づいてきたあたり。
スローペースで温存されたスタミナを爆発させるため、各ウマ娘たちが最後の直線に向けて良いポジションを取ろうと神経を尖らせる。
だが、その駆け引きの真っ只中、アルダンが動いた。
まだ直線までは距離がある第3コーナーの途中で、彼女は突然ギアをトップに入れ、早めのスパートを開始したのだ。
一気に先頭に躍り出たアルダンの動きに、観客席がどよめく。
密集したスローペースのバ群の中で脚を溜めていた後続のウマ娘たちは、このタイミングでの仕掛けを全く予想していなかった。
普通、東京レース場の500m以上ある長い直線で、こんな早い段階からスパートをかければ最後に必ず失速して捕まる。だから後続は「アルダンが勝手に自滅する」と一瞬判断を遅らせたのだ。
だが、その一瞬の迷いが致命的な差を生む。
アルダンは失速しない。
分厚い筋肉の鎧に支えられた脚は、強烈な負荷に耐えながら、一切のブレなく力強く芝を蹴り続けている。
第4コーナーを回り、長い直線に入ったところで、後続もようやく事態の異常さに気づいてスパートを仕掛けてきた。
しかし、スローペースで密集していたことがここで仇となる。
バ群の真ん中で脚を溜めていたオグリちゃんは、前も左右も他のウマ娘に完全にブロックされ、抜け出すための進路が見つからない。自慢の末脚を発揮するスペースがないまま、もがくようにバ群の中で沈んでいく。
大外からようやく抜け出してきたのは、海外勢のペイザバトラーさんとホーリックスさんだ。
世界トップクラスの末脚が、逃げ粘るアルダンの背中に襲い掛かる。
残り200m。アルダンのペースが落ちはじめる。ロングスパートの代償だ。
差がじりじりと縮まる。残り100m、50m,海外勢の息遣いがすぐ後ろまで迫る。
「耐えろ、アルダン!」
ボクがスタンドから叫ぶ。
アルダンは苦しそうに顔を歪めながらも、必死に逃げる。筋肉が悲鳴を上げても、肺がが限界を迎えても、前へ前へと体を押し出していく。
そして、海外の強豪たちがアルダンに並びかけようとしたその瞬間。
アルダンがわずかに頭一つ分リードを保ったまま、先頭でゴール板に飛び込んだ。
電光掲示板に1着のランプが灯る。
タイムは2分25秒台。史実の世界レコードには遠く及ばない、スローペースからのタフなロングスパート勝負。
だが、これは間違いなく、ボクとアルダンが策を練り、その鍛え上げた肉体で勝ち取ったジャパンカップの栄冠だった。
オグリちゃんは進路を塞がれたまま不完全燃焼に終わり、掲示板外に沈んだ。
ターフから戻ってきたアルダンは、大粒の汗を流し、息を荒くしながらも、ボクに向かって最高の笑顔を見せてくれた。
天皇賞秋に続く、GⅠ連勝。
これで、ボクの密かな目標であった「アルダンの年度代表ウマ娘」というタイトルに、大きく近づいたのであった。