手違いTS転生ウマ娘の運命改変録 〜ウマ娘トレーナーは史実を書き換えたい〜 作:みやび
最近、トレセン学園の生徒やウマ娘ファンの間で流行っているものに「ウマチューブ」というものがある。
前世で言うところの某動画配信サイトや某生放送サービスなどと似たようなシステムで、一般の人たちが自身のチャンネルを持ち、動画を投稿したり生放送を行ったりするプラットフォームだ。
最近では現役もしくは引退した有名ウマ娘がファンサービスの一環として生放送を行うのがトレンドになっており、なんとあのシンボリルドルフもついにチャンネルを開設して配信を始めるという。
引退してトレーナーの資格取得に向けた勉強をしているアルダンと一緒に、ボクたちは自宅のソファに並んで座り、リビングのテレビ画面にその配信を見ることにした。
第一回のタイトルは『シンボリルドルフ、現役時代を語る』だそうだ。
正直、すごく心配である。あのへっぽこライオン丸が一人で語るとなると、大半の視聴者が理解できない難解な四字熟語を並べ立てるか、空気を凍らせるおやじギャグを連発して放送事故になるのが目に見えている。彼女が生徒会長だった時から一切修正ができなかった彼女の悪癖だ。
一応、夫である岡辺トレーナーが画面外で監修していると聞いてはいるが……あの男もルドルフのことになると冷静さを欠くからなぁ。夫婦の盛大な惚気が始まるかもしれないが、まあそれはそれで視聴者が求めているものなのだろう。
若干の不安と好奇心を抱きながら待っていると、定刻になり、画面が切り替わって生放送が始まった。
『あー、コホン。映っているかな。こんばんは。シンボリルドルフだ』
画面の向こうには、書斎のような落ち着いた部屋を背景に、私服姿で少しリラックスした様子のルドルフが座っていた。画面の右端には、ものすごい勢いで視聴者のコメントが流れていく。
【皇帝キター!】
【ルドルフ様美しい……】
【トレーナーさんは裏にいるの?】
【私服助かる】
『今日は記念すべき第一回ということで、私の現役時代について少し振り返ってみようと思う。……が、私の戦績や無敗の三冠についての話は、すでに様々なメディアで語り尽くされているからな。今日は少し視点を変えてみよう』
ルドルフがふっと、意味深な笑みを浮かべた。
『私の現役時代を語る上で、決して外すことのできない唯一無二の存在がいる。皆もよく知っているだろう。……紫の女王、ヴィオラレジーナだ』
「ぶふぉっ!?」
いきなり自分の名前が出たボクは、飲んでいた麦茶を盛大に吹き出しそうになった。
「あら。先輩のお話になるみたいですね」
「い、いや聞いてないんだけど! なんでボク!?」
画面のコメント欄も一気に加速する。
【ミス・パーフェクト!】
【ちんちくりんトレーナーだw】
【出た、全戦完全連対のバケモノ】
【あの皇帝を一番苦しめたライバル】
なんであいつはボクのことをこんなにライバル視してるんだ。全敗だぞ全敗。
模擬レースでいい勝負してたシリウスさんとかラモーヌとかのほうがよほどライバルだろ。
『彼女との出会いは衝撃だった。あの小柄な体のどこに、あのような無尽蔵のスタミナと反骨精神が隠されていたのか。特に忘れられないのは日本ダービーだな。あの時の彼女が仕掛けてきた、息もつかせぬデバフの五連……あれには本気で肝を冷やした』
「いや、肝を冷やしたって言いながら、最終的に全部力技で弾き飛ばしてちぎったのはお前だろうが!」
ボクは思わずテレビ画面に向かってツッコミを入れた。
当時のボクは、あの手この手で嫌がらせのようにスタミナを削り、視界を塞ぎ、泥仕合に持ち込んだというのに、こいつは「これが帝王の走りだ」みたいな顔をしてすべてを強引にぶち抜いていったのだ。思い出すだけで腹が立つ。
『コメントで「ムラサキさんはどんなウマ娘だった?」と来ているな。そうだな……一言で言えば、非常に合理的で、それでいて度し難いほど無防備な奴だった』
「無防備?」
「どういうことでしょうか」
アルダンが首をかしげる。ボクも嫌な予感しかしない。
『当時の彼女は、レースにおいては悪魔のように計算高かったが、プライベートでは本当に隙だらけでな。自分の魅力に全く無自覚だった。学園の風呂場では、よくシリウスや他の先輩たちに捕まって、されるがままにされていたものだ』
【ファッ!?】
【何そのけしからんエピソード】
【詳しく】
【ちんちくりんの背中流したい】
「おいバカ! 全国ネットの配信で何を暴露してんだあいつは!」
「……先輩? お風呂で、されるがまま、ですか?」
「ち、違うんだよアルダン! あれはボクがお風呂の入り方とかシャンプーの使い方もよく分かってなかったから、みんなが哀れんで世話を焼いてくれていただけだ!」
アルダンの目が笑っていない。ボクは必死に言い訳をするが、画面の向こうのルドルフは止まらない。
『他にもあるぞ。私が生徒会室で事務仕事をしていると、彼女はよく私の膝の上に乗ってきて、そのまま無防備に丸くなって昼寝をしていたものだ。あの紫の髪を撫でるのが、当時の私の密かな癒やしで──痛っ! な、なんだ岡辺君、急に脇腹をつついて……わかった、わかったから機嫌を直してくれ』
【岡辺トレーナー嫉妬してるwww】
【夫婦漫才助かる】
【皇帝の膝の上で寝るヴィオラレジーナ尊い】
【本妻がキレたぞ】
「嘘だろ!? ボク、こいつの膝の上で寝てたっけ!?」
「……へえ。生徒会長の膝の上で、お昼寝ですか。ずいぶんと可愛がられていたのですね、先輩」
「アルダンさん、目が! 目からハイライトが消えてるから! 違うんだ、たぶん疲れてて無意識に空いてる椅子に座っちゃっただけで、深い意味は全くないから!」
ボクがソファーの上で土下座せんばかりの勢いで弁明している間にも、コメント欄は【愛が重い】【これは正妻戦争】と勝手に盛り上がっている。
『コホン。失礼した。私が愛しているのはもちろん夫だけだが、ヴィオラレジーナというウマ娘が、私にとってそれだけ特別な戦友だったということだ。……彼女は今、トレーナーとして素晴らしい活躍をしている。メジロアルダンのように才能あるウマ娘を、彼女にしかできない方法で輝かせている』
ルドルフの表情が、ふと真面目なものに変わった。
『私は、今のウマ娘界において、彼女以上の天才トレーナーはいないと断言できる。現役時代の彼女には一度も負けなかった私だが……もし今、トレーナーとしての彼女と勝負しろと言われたら、勝てる自信はないな』
【皇帝がそこまで言うか】
【ムラサキやばいもんな】
【アルダンの有馬は熱かった】
【ちんちくりん最高!】
画面はルドルフの綺麗な締めくくりで感動的な雰囲気に包まれ、そのまま第一回の生放送は終了した。
配信自体は大成功だったのだろう。視聴者数もとんでもないことになっていた。
だが、ボクのリビングには、感動とは程遠い、ひどく冷たくて重い沈黙が降りていた。
「……さて、先輩」
「は、はい」
「ルドルフさんのお膝は、そんなに寝心地が良かったのですか?」
「アルダン、ちがうんだ。話を聞いてほしい。あれには深い海よりも深い事情が……」
「今夜は、私のお膝でたっぷりと寝かしつけて差し上げますね。逃がしませんよ」
その後、ボクがアルダンの豊満な膝枕(という名の拘束)から解放されるまで、数時間の説教と重い愛情表現を受ける羽目になったのだった。
あのへっぽこライオン丸め。次に会ったら絶対にスネを蹴飛ばしてやる。