手違いTS転生ウマ娘の運命改変録 〜ウマ娘トレーナーは史実を書き換えたい〜   作:みやび

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26 夏合宿

 最近、どうも腹まわりが太った気がしていた。

 アルダンお勧めの、学園近くにある少し古ぼけたレトロなアパート。そこに彼女と引っ越して二人で暮らし始めてから、明らかにボクの食生活は変わったからそのせいかと最初は思った。

 アルダンの作ってくれるご飯が美味しくて、毎食ついつい現役時代と変わらない量を平らげていたし、その割には現役時代と比べれば一日の運動量がガクんと減っていたから、「ああ、これが早くも訪れた中年太りというやつか」と一人で納得していたのだ。

 

「おめでたですね」

「……は?」

 

 体重を測っておこうかと立ち寄った保健室で、担当の先生にさらりと言われた。

 どうやら、ボクのお腹の中に子供ができたらしい。

 

 いや、ちょっと待ってほしい。子供ができるって、普通はドラマみたいに劇的なつわりとかがあるものじゃないのか。炊きたてのご飯の匂いで「うっ」と洗面所に駆け込んだりするやつ。あとレモンとか酸っぱいもの食べたくなるやつ。ボクにある自覚症状といえば、お気に入りのジャージのウエストゴムが少しキツくなったな、ぐらいしか変化がないんだけど。

 先生曰く「この辺りは個人の体質による差も大きい」とのことだが。ウマ娘の歴史本でGⅠを、妊娠数ヶ月の身でありながらそれと気づかず圧勝した鉄のウマ娘がごく稀に現れるという記録を読んだことがある。よく考えたら妊婦のあれこれって前世の話だしね。

 もしかしたらボクの異常な丈夫さは、母体の生体ストレスすら有効なのかもしれない。

 なんにしろおめでたである。

 早速アルダンにそれを伝えたのだが

 

「ありがとうございます……! ありがとうございます、トレーナーさん……っ!」

「いや、これボクがお礼を言われるようなことじゃないと思うんだけど。……まあ、どういたしまして?」

 

 大粒の涙を浮かべ、その瞳に星雲のような重たい光を宿しながらボクを力いっぱい抱きしめて喜んだ。もともと子供好きなお嬢様だ。それが大好きなボクとの子供になったのだから、その喜びと母性の爆発たるや筆舌に尽くしがたい。

 

「素晴らしいわ。産まれたら、私が責任を持って立派なメジロの至宝に育て上げるわ」

「いやラモーヌは早く自分の相手を見つけて自分で産みなよ!」

 

 そして、どこからともなく爆速で祝いに駆けつけたラモーヌが、本人たち以上に腕を組んでドヤ顔で喜んでいる。だから人の子を勝手に後継者リストに入れるな。

 というか早く相手を探せ。お見合いリスト全部燃やしてるの聞いてるからな。

 

 だが、そんなお祭り騒ぎの中、ひとつ思い浮かんだ疑問がある。極めて純粋な生物学的疑問だ。

 いつ、どうやって子供ができたのか、本気で全くわからない。

 確かにアパートではアルダンの強い希望で、同じダブルベッドで毎晩くっついて寝ていた。だが、ウマ娘同士の間に子が宿るというこの世界の神秘的な生態系において、その具体的なトリガーは何なのだ。深夜二時を過ぎて手を繋いだら発動するのか? 互いの領域、固有スキルの濃密なエネルギーが干渉し合った結果なのか? 今世では孤児院とレースと勉強漬けの人生だったから、三女神様の定める生殖の神秘など誰も教えてくれなかった。

 でもいまさら聞けないので、おそらくこのままなのだろう。

 

 もちろん、現実的な問題がないわけではない。なんせアルダンはまだ学園の高等部に籍を置く学生だ。ボクのほうは一応18歳の成人トレーナーだが……そのあたり、コンプライアンスや法律的に大丈夫なのかという問題がある。

 念のためメジロのお婆様に電話を入れたら、どうにかしてくれると返事があった。

 さすがは歴史ある名家。話が早すぎる。

 お金に関しても、現役時代に強い奴らを避けて手堅い重賞を荒稼ぎしたボクの貯金と、アルダンの持っている資産を合わせれば小さな無人島が買えるくらいには潤沢にあるので、生活の心配は全くなかった。

 

 そして迎えた、本格的な夏のシーズン。

 

「ということで、夏合宿です!」

「わーい!」

「わーい!」

「……なんで私まで、こんな所に連行されているんですか」

 

 ギラギラと太陽が照りつける、メジロ家所有のプライベートビーチ。

 お揃いの麦わら帽子を被ったアルダンとマックちゃんがはしゃぐ横で、青い髪を揺らした小さなアルヴちゃんが、アルダンに買ってもらった緑色のビーチボールを抱えながら、ボクに向かって「心底うっとおしい」という無表情を向けていた。

 

 事の経緯はこうだ。孤児院のちびっこたちを、アルダンのポケットマネーで一泊二日の海のバカンスに招待したのだ。みんなで海に飛び込み、でっかいスイカを割り、ボクのジャイアントスイングで空を飛び、ちびっこたちは最高に満足した顔で昨日無事に孤児院へと帰っていった。

 あの子たちには将来は厳しい受験戦争を突破してトレセン学園に入ってレースで身を立てようというガッツのある子は、アルヴちゃん以外に一人もいない。正直才能の世界だから、妹らではかなり荷が重いのはボクもわかっている。学園自体が進学校としての側面も持っているため、一般の生徒として入ってくる子は今後もいるだろうが、ターフの第一線でバケモノたちと覇を競えるレベルの素質があるのは、今のところアルヴちゃんだけなのだ。

 

 そんな事情もあり、アルヴちゃん一人だけは未来の英才教育という名目で、ボクたちの夏合宿にそのまま延長戦として拉致されることになった。

 波打ち際を、軽いフォームでサクサクと駆け抜けていく彼女の小さな背中。それを見つめながら、ボクは日傘の下でトレーナーの目を光らせる。

 

 絶対に、やりすぎないことは大事だ。

 彼女はまだ小学校に上がるか上がらないかの幼い体だ。骨も関節も柔らかい。日々のメニューは、体がこれから出来上がっていくための「適切な刺激」としての負荷をほんの少し与えるだけに留め、すぐに十分な昼寝と食事でリカバリーさせる。

 もしこのジュニア未満の時期に、大人の勝手な都合で過度なオーバートレーニングを課すと、骨端線が早期に固まってしまい、ボクのように身長140cmで完全に成長がストップした永久ちんちくりん要塞が完成してしまう。将来とんでもないクールビューティーになるであろうアルヴちゃんに、そんなボクと同じ悲劇を背負わせるわけにはいかない。

 

「うおおおおおおおおおおっ!!」

 

 一方で、そんな繊細なアルヴちゃんの基礎メニューとは対照的に、乾いた深い砂浜では、地獄のような光景が繰り広げられていた。

 学園指定のに身を包んだマックちゃんが、足をとられる重たい砂を強靭な太ももで爆発的に蹴り上げながら、猛スピードで往復ダッシュを繰り返しているのだ。

 

 クラシック級の夏。マックちゃんの絶対的なスタミナとパワーは、大体この時期の厳しい合宿を越えたあたりで、生涯の成長の上限値に到達して完全に仕上がるとみている。マックちゃんの力強い踏み込みを見ていると、彼女の器はすでにほぼ出来上がっているのが分かった。

 

 問題は、合宿を終えて秋のシーズンを迎えたあと、その完成した器にどんな新しいスキルを組み込むかだ。

 

「……手持ちの札が、本当にすっからかんだなぁ」

 

 ボクは冷たい麦茶の入った水筒を揺らしながら、一人ごちた。

 ボクが持っている牽制やスタミナ奪取のデバフスキルは、すでに春の時点でマックちゃんに全部叩き込んである。おまけに、あのルドルフが持っていたポジション確保や盤石の構えといったスキルも、春先に二人で実技指導をしたおかげで、マックちゃんは大体そつなくマスターしてしまった。

 

 ここから先、長距離の菊花賞を見据える圧倒的な先行ステイヤーに、ボクは何を教えてやればいい? 

 メジロの歴史ある本家の書庫を漁って、過去のステイヤーたちが使っていた秘伝のスキルでも探すか。それとも、プライドを捨てて知り合いの優秀なトレーナーに頭を下げて回るか。

 とはいえボクがまともに会話できる中央のトップトレーナーなんて、ルドルフに精気を吸われ続けている岡辺トレーナーか、テイオーを預けたあの貞操観念ガバガバなギャルトレーナーの俵さんくらいしか思いつかない。岡辺さんのはルドルフとほとんど一緒だしなぁ……

 

「……俵さんに頼むか……」

「呼んだ?」

「わわっ!?」

 

 呼んでもいないのに現れた俵さん。

 見た目だけならナイスバディのお姉さんだ。今もセクシーなビキニ水着を着ている。年齢だけならボクより10以上上だと思うんだけど。

 ファッションセンスは高いんだよなこの人。

 

「……なんでメジロ家所有のプライベートビーチに、部外者の俵さんが堂々と不法侵入しているんですか」

 

 ボクがジト目を向けると、俵さんはセクシーなビキニ姿のまま、ケラケラと軽薄そうに笑った。

 

「かーっ! つれないこと言わないでよ紫ちゃん! うちら同じ三女神様のミッションを背負った転生者同士のズッ友じゃん?」

「ズッ友になった記憶は一ミリもありません。通報しますよ」

「固いこと言わないの! テイオーちゃんがどうしても『ムラサキさんに今のボクの走りを見せたい』って聞かないからツテを頼って合同合宿の許可をもらってきたんだから!」

 

 まあ、貞操観念が終わっている以外は優秀な人だ。

 ヒラヒラ見せる許可証は本物だろう。

 

「ムラサキさん! 見て見て、ボクの脚!」

 

 俵さんの後ろから、可愛らしい水着を着たテイオーちゃんがパタパタと駆け寄ってきた。

 

「俵トレーナーのメニューをこなしたら、すっごく関節が柔らかいまま、全力で地面を叩いても全然脚が痛くならないステップが踏めるようになったんだよ!」

 

 ボクは日傘を少し傾け、テイオーちゃんの足元と全身の筋肉のつき方をじっくりと観察した。

 ……驚いた。見事な仕上がりだ。

 彼女の最大の武器である極限の柔軟性を一切殺さず、かといって体重を重くするような無駄な筋肉はつけず、強烈なステップの衝撃を吸収する体幹と腱だけをピンポイントで補強している。ボクの「絶対に怪我をさせない安全マージン」の思想とは真逆の、バネの限界値をミリ単位で攻める超ハイレベルでピーキーなチューニング。

 性格と貞操観念はともかく、俵さんがウマ娘界隈で「天才」と呼ばれるだけの腕を持っているのは紛れもない事実だった。

 

「……見事な調整だね。俵さんに預けたのは、テイオーちゃんにとって間違いなく正解だったよ」

「っしょ〜! もっと褒めていいよ! ……ていうかさ、ムラサキちゃん」

 

 俵さんが急に顔を近づけ、ボクの少しふっくらとしたお腹まわりをじろじろと見つめてきた。

 

「そのおなか、太ったわけじゃないよね? あの恋愛偏差値マイナスの鉄壁ちんちくりんエースが、まさかのおめでた? 結婚したのか、私以外のやつと」

「ちんちくりんとか言わないでください! まあおめでたなのはそうですが」

 

 ボクが顔を赤くして抗議すると、背後からスッと、冷たいソーダ水を持ったアルダンが微笑みながら寄り添ってきた。

 

「はじめまして、俵トレーナー。私が、先輩のお腹の中にいるメジロの至宝の『父親』、メジロアルダンですわ」

「うっわ。本物のヤンデレ名家令嬢の凄み……! 紫ちゃん、あんた本当に凄いところに捕まったね……」

 

 俵さんが本気で少し引き気味に一歩後退した。ボクもたまにアルダンの瞳のハイライトが消えるのが怖いです。

 

 ボクはコホンと咳払いをして、無理やり話を本題に戻した。

 

「俵さん。ちょっとお願いが」

「なになに?」

「マックちゃんにスキル教えてもらえないかなって」

「? 紫ちゃんが教えればいいじゃない。岡辺さんあたりも教えてくれるでしょ」

「ボクのも岡辺さんのもめぼしいの大体覚えちゃって」

「へー、すごいじゃない」

 

 マックちゃんは褒められて照れている。

 同じお嬢様でも差があるな……

 

「じゃあ代わりに紫ちゃんはテイオーちゃんにスキル教えてよ。独占力がいいかな。皇帝の代名詞だけど教えられる人少ないし」

「大丈夫ですよ」

 

 交渉成立だ。夏合宿はこうして過ぎていくのであった。

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